第八話 本のにおいを嗅がずにはいられないのは自分だけじゃないはず
ヨットにはなにやらあのカラスを倒すための策があるようであった。
「お前らの手を借りるなんざ御免だが、こちらは一人素手っていう状況だ。なあ、バルドルさん」
フォルが言うと「しょうがないだろ、フォル。普通、探し物ごときで武器を持ってくるワケないだろ」とバルドルは言い訳をする。
「てことであのデカカラスにバルドルさんは何もできないんで、俺ともう一人片翼を数秒でも止められるやつは・・・」
フォルが助けを乞うと「俺が行く」とアンバーが言い放ちすぐさま走り出す。
「ちょっと待て!」
フォルがアンバーに続いて彼とは逆の翼に向かう。その間にも鉄の矢は放たれる。アッシュやフォルら動ける者たちはそれを躱したり受け流したりし、ヨットとカナリヤはバルドルが近くから拾った大きい岩に護られている。
翼を止める二人が位置につき、得物と全身を目一杯使い大きな翼の動きをなんとか食い止める。
「おい、これでどうすりゃあいいんだよ」
アンバーが叫ぶと彼の足元に影が一つ走る。影の主はキュウであった。キュウは鋭く尖った石を片手に慣れた手つきで地面に魔法陣を描き出す。描き終わるとすぐさまフォルのもとへと向かい同様に魔法陣を描く。
「ニルテ」
キュウが詠唱すると魔法陣が発光を始め、アンバーとフォルが食い止めていた翼の力はほとんど感じられなくなった。急に自身の身体の制御ができなくなったからか、カラスは胸から上を使いなんとか翼の制御を取り戻そうと必死になっている。
「よくやったキュウ、これで俺たちの役目はとりあえず・・・」
フォルが口を止める。どうやらカラスの翼と同じように彼の身体は動けなくなっているらしい。
「おまけしときやした」とキュウは一言。
「いやおまけって何!?ただの嫌がらせしか残ってないけど!?負けてるの俺なんだけど!??」
動けなくなっていてもフォルのツッコミは健在だ。
「よくやってくれました。お膳立てをありがとう。ここからは自分の時間です。アッシュさん、合わせてくださいね」
まるで水を得た魚のようにヨットの口が回る。彼は杖を空に向けてかざし、杖の先に魔力を集中させる。
タイミングを見計らい彼はじゅもんを詠唱する。
「ブリズ」
カラスの片目が彼の方を向いた瞬間に大人一人ほどの大きさになった氷のつぶてを杖から射出する。氷は回転しながらカラスの目まで飛んでいく。ヨットのじゅもんに気づき、避けるのは間に合わないと思いカラスは氷を嘴で受けた。氷の勢いが強かったのもありカラスの体ははじかれ、弱点ののど元ががら空きになった。
「これで嘴は封じた」
ヨットの言葉が終わらないうちにアッシュが跳ぶ。「おおおお」という掛け声を出し勇者は剣を振り切る。カラスはギョッと一度アッシュを睨みつけるもやがてその目を閉じ力なくその場に倒れた。
「アッシュ様、やりました!」
カナリヤが歓声を上げる。この場にいたものたちはそれぞれ安堵の息を漏らす。
あの化け物カラスの討伐に成功した。振り払った剣を左手に立ち尽くす勇者の眼前に輝く一片の何かがひらひらと、ひらひらと落ちてくる。もう一方の手を前に出し光を放つそれを手にする。
【アッシュ は テツガラスのハネ を てにいれた】
「それはカラスの落とした戦利品ってことでさァ。文字通り止めをさしたのはアンタでィ。手柄ってことでアンタが持っていくといいさ」
キュウが潔い表情でアッシュに言い放った後、広間の奥にある宝石やら割れた鏡やらの方へ足を向ける。彼はその宝の山のもとでしゃがみ込み宝石たちのたまり場をまさぐり始めた。
「あったあった。じゃっ、これで俺らの探し物は見つかったんでそろそろお暇させてもらいまさァ。アンタらも見つけるものがあるんでしょ」
キュウが青く光る石を見せびらかしながらそう言うと、目的を思い出したのかアッシュもカラスたちが作った宝石溜めに駆け寄り、ガステル伯爵の依頼のブレスレットを探し始める。カナリヤとヨットもそれに倣い勇者と同じようにそこに腰を下ろす。
「ありました。これが伯爵のおっしゃっていた夫人のブレスレットですよね。はじめての依頼、達成できましたね。早速王国に戻りガステル伯爵に報告に参りましょう」
依頼のブレスレットを探し当てたカナリヤが嬉々としてアッシュに笑顔を向ける。
それぞれの目的を成し遂げた勇者一行、そしてシロツメ隊の面々はそれぞれの帰路につくこととなった。
「これで自分も新しい魔導書をいただける。あなたたちも冒険に必要な費用を調達できる。お互いwin-winの結果になりましたね」
ここまでの出来事を総括するようにヨットが仲間たちに話しかける。
「シロツメ隊の皆さまがいらっしゃらなかったら私たちだけであの大きなカラスさんを倒さなければならなかったんですよね。彼らにお礼を申し上げるのを忘れてしまいました。次にお会いできる時がくれば今回のことちゃんと感謝を伝えないとですね」
カナリヤはシロツメ隊すらも労いながら歩みを進める。
「それはそうと・・・何かを忘れている気がしてならないのですが・・・・・・」
一方、シロツメ隊も彼らが商談に使うのであろう宝石を携え、やってきた森の中の道をゆく。
「戦闘になるとしてもズタガラス程度だと思っていたがまさかあんなデッカイやつが相手になるとはな。勇者一行の力がなければこうしてこの道を帰ることもできなかったかもしれん。中々に面白い連中であったな」
バルドルが数刻前の新しい出会いに、アッシュとの出会いに思いをはせていると、キュウが何かもやもやした表情を浮かべている。それに気づいたバルドルが彼に尋ねると「あっ」と息を漏らした急が声を発する。
「拘束のじゅもん解くのわすれてた」
そのころ、ズタガラスの巣を張っていた洞窟で男が二人、体の自由を奪われたまま、闇に染まりゆく空に向かって咆哮を上げる。
「「俺のこと忘れてねェェェェェェェェ!!!???」」
忘れられていたアンバーも合流した勇者一行が王国の門をくぐろうとすると、背後から一目散に城の方へ駆けていく影が彼らの横を通った。傷ついた兵士が一人、走っているようであった。
そんな兵士のことはいざしらず彼らは依頼主のもとに到着した。
「いやー、なんとも申し上げにくいのですが、妻は新たに購入したブレスレットを気に入ってしまい今は『カラスなんかが咥えたものなんて身につけたくない』と申しておりまして。見つけていただいたところ申し訳ないのですが私がそれを受け取ることはできません。報酬の方はきっちりと支払います。そのブレスレットもあなた方に差し上げます」
何度も頭を下げながら伯爵が弁明する。苦労して届けたブレスレットをいまさら必要ないと言われてアンバーは顔を赤めていく。そのアンバーの顔を見て咄嗟に口を挟む者が一人。
「自分は魔導書さえいただければ何でもいいんで、もらえるものはもらっとけばいいじゃないですか。装備品としても使えそうですし」
ヨットがクールに戦士の怒りの矛を下ろさせた。
「魔術書ですね。私はこれを集めてはいるのですが、やはり本職の魔法使いの方が所持していた方がいいですね」とヨットの魔術書発言に対しガステル伯爵が古めかしく厚い本を持ってくる。それとともに家政婦が報酬の金を勇者たちの前に差し出す。
「ありがとうございます!これで私たちも冒険の第一歩を続けられます!」とカナリヤが爽やかに礼を述べる。
魔王城までの実質的な第一歩を踏み出そうとする勇者一行、先ほどくぐった門をもう一度通ろうとすると見慣れない馬車がそこにあった。どこの旅の者だろうかそこそこに格式の高そうな馬車で彼らが旅をするには大きすぎるほどではあった。また、馬車の横にはトープ王子が立っていた。
「良かった。君たちがガステル伯爵の依頼を受けていると聞いてまだこの王国にいるとは思っていたんだ。ギリギリ間に合ったようだ」とトープ王子が言う。
そして彼は威風堂々とした立ち振る舞いで隣にある馬車を指し示す。
「この馬車を使ってもらいたくて僕はいまここにいるんだ。先刻、王国軍の魔王城偵察の者が帰還してね、どうやら魔王城に入るには魔王の手先のまものたちが持つオーブを捧げる必要があるそうなんだ」
王子がそこまで言うと久しぶりにカナリヤの頭に神の眼が浮かぶ。偵察の男が魔王城付近の海食崖で何かから情報を収集している様子だった。男の話相手を見ると黒いローブを纏い邪悪な形の両剣を持った、頭に二本の太い角を生やしたいかにも魔王の手先と見て取れる鬼そのものであった。
「それ魔王側の敵じゃないですかァァァ!!!」とカナリヤがツッコむ。
「情報集める相手おかしいでしょォ!むしろそいつがオーブ持ってる側ですから!!私たちに倒される側!!」
カナリヤが声を荒げる。するとトープ王子が「いや」と否定しながら話し出す。
「どうやらその方はコスプレイヤーだったそうでね。インスタに写真を投稿しようと写真を撮影していたところを魔王の手先に仲間と間違われ愚痴をこぼされて運よくその情報を手にしたらしいんだ」
「とんでもない機密情報吐いてるじゃないですか。てか愚痴言うほど大変なの?魔王の組織って」(僧)
一連のやりとりが終わるとトープ王子が本題を、というように切り出す。
「ということで君たちには魔王の手先を打ち倒しオーブ集めをおこなってもらいたいんだ。長旅になるだろう。だからこそ我々から馬車の支援を、と思い僕がここに来たんだ」
王子の言葉に勇者たちは馬車の方に目を向ける。逞しい黒馬と上品そうな白馬がフンッと鼻息を立てる。
「こいつらは我がトゥネーロ国王でもとてもいい馬でね。黒いのはマカンナレス、通称マナだ。白馬の方はカタストナル、通称カナだ。そしてこの二頭の馬を我々トゥネーロの王族はこう呼んでいる。マナカナと」
「その馬双子か何かですか」(僧)
「マナもカナも少し気性が荒くてね、ある御者しかいまだに手綱を握れていないんだ」とトープが言うと馬車の陰から中年の男が出てきて親指を立てたグッドのジェスチャーをアッシュらに向ける。
「俺の名前はハイネ、今日から勇者様と旅をすることになりましただ。馬車のことならなんでもお任せくだされ」
ハイネがざっと自己紹介をしているその間、二頭の馬がアッシュに近寄りなつくような仕草を見せた。アッシュのほうも微笑みながら馬の頭をなでる。
「おや、こいつらが会ってすぐの者に一切の警戒をしないとはさすがは勇者様ですだ。これで馬車での旅に後顧の憂いはありませんな」
そんなことで彼らの旅がようやく始まる。そこでトープ王子が彼らの旅の指針を示す。
「最初に君たちに向かってほしいのは“機械の街アントムリット”。そこでどうやら強力な魔力の感知があったそうだ。そこへ向かってほしい。新たな情報があったらこのシラセバトを飛ばすよ」
「アントムリットか。伝統的な機械産業をおこなう街で、街の守護にも機械を使っていると聞いたことがある」とアンバーが街の特徴をさらっと話す。
「行きましょうか。アントムリット。私たちの旅を始めましょう」とカナリヤが言う。
「それはそうとヨットさんはどちらへ?」
カナリヤが尋ねると「この馬車が俺たちの物と知ったらすぐに入っていった」とアンバーが荷台を指さす。
荷台を覗くとそこには魔術書に顔をうずめた魔法使いがいた。その頭は時折細かく上下に揺れている。「ヨットさん?」とカナリヤが声をかけると彼は顔を上げる。その顔は普段は冷静そうな彼とは打って変わり、デロデロ歪んだ表情であった。
しかし、その顔をアッシュらに見られた彼は一気に顔の色を失っていき、口を開けっ放しにしてしまっている。
「あのこれは、自分は魔導書みたいな古い本の匂いが好きで、決して、その、変な意味があったりとかでは」と魔法使いが言い訳がましく言葉を紡ごうとする。
そんな言い訳には聞き耳持たずアッシュたちはなにも言うことなく荷台の幕を閉じた。