第四話 袋とじ開けるときはついつい周りを確認しちゃう
アッシュの目の先に大剣の刃先が向けられた。
「国内の問題さえどうにかしちまえば我々王国軍がじきに魔王城を落とす。その前にお前が魔王討伐を為せるだけの実力があるのか俺が試してやるよ」
アンバーはいかにも挑発するようにアッシュに言葉を発する。アッシュもそれに応じようとしてゆっくり背中の剣を抜こうとする。その時、鎧を着ていてもその屈強な体躯と簡単に判断できるほどの大男が口を挟んだ。
「無理矢理にでもお前を彼らに同行させてやりたいところではあるんだ。早急に世界に平和を取り戻す必要がある。そのための大事なピースが勇者様なんだ。しかしアンバー、お前の言い分もわからんというわけではない。お前の言う通り私たち王国軍にも矜持というものがある。戦いで決めたいというならそうすればよい。だが、ここは玉座の間である。ここでやりあうのはダメだ。ならば模擬戦をするというのはどうだろうか。勇者様が勝てばアンバーを旅に連れていく。アンバー、お前が勝てばこの王国でしっかり働いてもらうことになるぞ。国王それでもよいですか」
ウィリアムスがトゥネーロ国王に視線を向ける。すると国王の方も「それでもよい」というようにうなずき返した。そして王国軍団長は勇者の近くまで歩み寄り声をかけた。
「勇者様、こいつは実力で師団長にまで登り詰めた男だ。貴方が敗北すればトゥネーロ王国が魔王討伐の戦果をいただくことになる」とウィリアムスは優しそうに笑みを浮かべた。
「それでは中庭の訓練場で模擬戦でもおこなってみてはいかがじゃろうか。ワシが立ち会ってやろうではないか。そなたらもよろしいかの」
トゥネーロ国王の提案に二人の若者は異論はないといった感じである。
カナリヤは心配そうな様子で玉座の間での出来事を見守っている。そんなカナリヤの心配をよそにアッシュは彼女の方に目を向け安心しろと言わんばかりの自信満々といった表情をしている。
この国の人々だってみんなの平和を願っているはずなんだ。だがアンバーは絶対に我々のパーティの力になる。王国軍の騎士たちに案内されながら勇者はそんなことを考えていた。
城の中庭にある訓練場の真ん中に二人の青年が相対している。張り詰めた空気が側で見ているカナリヤや国王たちにも伝わってくる。
そこで国王がこの模擬戦のルールを伝える。
「ルールはいたって単純じゃ。そなたらのその得物を使って相手に一撃を喰らわせるんじゃ。使えるものは何でも使ってヨシ!顔でも腹でも好きなところにブチこむがいいぞ。合図があったら戦闘開始じゃ」
「あの、そんなに簡単でいいんですか。てゆーか国王そんなキャラでしたっけ」
まるで得点があったときのスポーツ実況のように若干声を上ずらせながら国王が熱を込めた声でルールを言い放ち、それに少し引きながらカナリヤがツッコむ。
「それでははじめェェェェェ!!!!!」
アンバー、トゥネーロ王国軍の中でもかなり剣の腕が立つと聞いた。そんじょそこらのまものなんかとは比べ物にならない相手だろう。
「おいお前、いくら模擬戦用の木剣とはいえ俺ゃあ本気でいくからよ。油断してるとお前が目指してる魔王すらこの剣が攫っちまうぜ」
そういい終えた途端のことであった。十数メートルは先にいたであろうアンバーが真っすぐにアッシュに向かって駆けてくるではないか。アンバーの得物は大剣である。あまりにも小回りは利かないであろうそれで向かってくる姿にアッシュは驚きを隠せなかった。そのためか一瞬反応が遅れてしまった。
気づくと玉座の間の時と同じように勇者の目の先には剣先があった。
「あり」
若き騎士はキョトンした表情で勇者を見つめていた。
「今のが外れるたァ一体どんな反応してるんだィ勇者様」
誰もが決まったと思った瞬間、勇者としての勘だろうか、間一髪でアッシュは薙ぎ払われた大剣を躱した。
すかさず弐の太刀、参の太刀がアッシュに向けて放たれる。
しかし、どの攻撃もアッシュには届かない。
「あんなに大きな剣をあんなに早く振るなんて」
驚いているのはアンバーだけではなかった。彼の攻撃を見たカナリヤは両手で閉じなくなった口を押えている。
その様子を見てか横にいたウィリアムスが解説を始める。
「あいつは毎日剣の素振りを欠かさないからな。近づけば切り刻まれるのが関の山、未だに勝負がつかないだけでもさすが勇者様といえよう」
するとカナリヤの脳内に不思議なヴィジョンが浮かんでくる。
中庭で大剣を振り続ける青年の姿。一心に己と向き合い鋭く剣を振る。そしてその周りには城中を移動する侍女たち。彼が剣を振るうと風があたりを吹き抜ける。すると侍女たちのメイド服は裾をなびかせ聖域が覗こうとする。そしてその瞬間を横目で見逃さないようにするバカ一人の姿も映る。
「なに今の。見たこともない光景が」
カナリヤが呟くと国王が興奮して解説を始める。
「カナリヤ様。もしかしたらそれは神の眼と呼ばれる神のご加護じゃぞ。重要な場面をその眼に映してくださると聞いたことがある。噂には聞いていたが本当に主が神の力を授かりし巫女にあられるか。その特別な能力、ぜひ勇者様のためにお使いくだされ」
どうしてこんなにもしょうもない光景が見えてしまうのだろうか。というかこの場面は果たして重要なのであろうか。そう僧侶は思った。
「風起こしの異名を持つ俺の剣をこんなにも避けるたァ、やはりあんたかなりの使い手だな。でも反撃しなくちゃ勝てないぜ」
「どんな二つ名ですかァー-!完全に起きちゃいけないまものが目覚めちゃってますよ!!」(僧)
アンバーの言葉に燃えたのか今度は男の剣が若騎士に対して向けられる。
アッシュの剣がアンバーに襲い掛かっていた。
再び神の眼の力がカナリヤの脳内にヴィジョンを映し出す。
森の中、轟々と唸る滝の音。様々な悪意が渦巻くその森の一番暗い場所に彼はいた。うずくまりながら剣を振るうアッシュ。その剣の向けられた先には森に捨てられた雑誌のグラビア袋とじがあった。そう彼こそが聖なる開拓者なのだ。
「あんたら揃いも揃ってどんなことに武器を使ってるんですかァー-!今後一切剣を持たないでください!!剣士と名乗らないでください!!!てかアッシュ様だけ二つ名だけちょっとかっこいいのは何なんですか」(僧)
一体何枚の袋とじを開いてきたのだろうか。その正確な剣さばきを前に間合いを詰めていたアンバーの足が一歩、また一歩と後ろに下がっていく。
「ぐっ、嫌な剣筋だねェ勇者様。どこで習った」
・・・・・・
「無視かい。まあいい」
そして二人の討ち合いは激しさを増していく。両者はギリギリのところで相手の攻撃を躱し、受け流すのを繰り返す。
息も絶え絶えの中、そして再三の剣の重なり合いの末、刹那の綻びが生まれる。アッシュが足を踏み外し態勢を崩してしまう。生まれた隙をみすみす見逃すアンバーではない。
「もらい」
アンバーの両手に力がこもる。メイド服の裾をめくる時よりも疾くその大剣が振られる。
しかし、隙だと思っていたものが勇者の策略であったことをほんの短い時間で理解するのは誰も出来なかった。万事休す。よもや大剣が勇者の身体に触れるその瞬間。
「フラーム」
短い詠唱のあと、アンバーの目の前に小さな火花が散る。勇者は攻撃呪文を目くらましに使った。今度は逆にアンバーのほうが身体をのけぞらせてしまう。
勝負あった。アッシュの剣がアンバーの胴に中てられた。
「おい呪文使うとか聞いてねーよ!!!でもまぁルールを破っちゃいねーしお前の勝ちは勝ちだ。一本とられたぜ。次は真剣勝負だからな」
納得しきってはいないがアンバーも漢なのだろう。約束は守ろうとしているようだ。
その場にいるもの全員がアッシュの勝利を疑わなかった。
【戦士 アンバー が 仲間に なった】
「いやー、こんなに頼もしい仲間がいきなり味方になっちゃってこの後の冒険をするのに心強いですね」
城を後にしてカナリヤの足取りは軽そうだ。
「俺が抜けた王国軍がちと心配だが、ウィリアムスが馬車馬のごとくはたらいてくれるだろ。アッシュも頼むぜ。魔王倒してくれるんだろ」
すでに長年連れ添ったパーティのようにアンバーは会話に馴染んでいる。
「それとカナリヤ、気になったんだがお前が手に提げてる黒い袋は何だ」
袋・・・?袋・・・・・・???
アッシュとカナリヤは目を合わせ顔を真っ白にする
「国王にビデオ渡すの忘れてたァァー----ー-」