第二話 勇者はたいてい何やっても許される
「よろしくお願いしますね。アッシュ様」と私が目の前の勇者様に語りかける。
「この後はどうされますか。父上様はこのトゥネーロ王国の城に行くのが良いとおっしゃっておりましたが。お城はこの王国の北にあります。道案内は私にお任せくださいね。」
そんな私の提案を意に介さずアッシュ様は近くにあった民家の戸を叩いた。
「おう! いらっしゃい!」と民家からは元気な声が聞こえてくる。
戸を開けて中に入ると見慣れた顔がいつも通りそこにあった。ここに住んでいるのはイサキさんという私が幼いころから可愛がってもらっているおじさんだ。
「おう! カナリヤちゃん。そこの二枚目はどこで見つけてきたんだい。」
「この方は魔王から世界を救ってくださる勇者アッシュ様です。私はいま僧侶としてアッシュ様の旅に同行しております。」
「ほーう、このあんちゃんが勇者様かい。こんなおっさんにも何かできないものかねえ。そうだ勇者様、この家にあるもので旅に使えそうなものがあったら持っていくといいよ」とイサキさんがアッシュ様に持ち掛ける。
その刹那アッシュ様が部屋の中にあるツボを両手で持ち上げたと思うと、それを思い切り床に叩きつけた。ガシャーンという音を立てながらツボは割れ、床には破片が散り散りになっている。
「ちょっと! アッシュ様! 何をされているんですか。イサキさんがなんでも持って行っていいとおっしゃったとはいえ物を壊すのは違いますよォ!」
私がそう諫めるとアッシュ様は床に落ちたものを手に取りそれを私の方に向ける。彼が拾い上げた物は緑色に輝く草だった。
すると後ろから穏やかな声が聞こえてくる。
「いいんだよ、カナリヤちゃん。こんなもので魔王を討つことができるなら、おじさん嬉しいよ」
「いくらイサキさんが大丈夫でも申し訳ありません。ちゃんと弁償しますので」と私は詫びる。
「本当に大丈夫だから。だってこれ・・・」とイサキさんが別のツボに手をかけ「簡単に割れるやつだから」と人差し指を弾きツボにぶつける。思わず「痛ッ」と声を出してしまいそうだ。
しかし、イサキさんは痛がる様子を一切見せない。それどころかツボはカシャンという音とともにその形を失っていく。
「え・・・」と私は言葉を失ってしまった。その脇では「おおっ。こっちにはなんかの種が入っていますぜ。勇者様」と生きのいい声が発せられている。
「あ・・・あの・・・・・・」と目の前の光景をいまだに信じられないであっけらかんとしている私に、なにに合点がいかないのだろうという顔を向けてイサキさんが説明を始める。
「このツボは勇者様がアイテムを集めるために存在するツボなんだよ。国から無償で支給される仕組みになっているから俺たちには割れようが痛くもかゆくもない。中のアイテムも国が入れて発送してるからね。てゆーかここの国王が前の勇者の末裔だかなんだかで勇者様には手厚くもてなすのが王国民たる俺たちの務めみたいなもんだから」
つらつらと語るイサキさんの言葉に驚きが隠せないでいる私であったが、続く言葉には納得せざるを得なかった。
「だってこのあんちゃんはカナリヤちゃんが信じてついていこうと思った勇者様なんだろ? 俺だってどこの馬の骨なんかにツボは割らせたりはしないからね。」その言葉に教会でまものを一撃で倒したアッシュ様の姿がよぎる。
「そうですよね。皆さんも皆さんなりに魔王と戦おうとしているのですね。よーし、私もアッシュ様とイサキさんと共に戦います」
そして威勢よく近くにあったツボを高く持ち上げ、力を振り絞り床に叩きつける。
ツボが床に激突する瞬間、「私やってやりましたよ」という風に横目でイサキさんの方を見る。そんな私に反してイサキさんの顔は真っ青になっていた。
ガシャーンとツボの割れる大きな音が鳴り響く。その合間に「それ、俺が買ったツボ」と聞こえたのは気のせいだろうか。
イサキさんの家を出て次の目的地に向かう。イサキさんには何度も頭を下げた。「いいよ、いいよ」と言ってくれてはいたが本当に心が痛む。
そろそろ城に向かうと思ったが次もアッシュ様はコンコンとノックをする。そうして人の家に入りツボを割った。次も次も、その次も一向に城に向かう気配がない。
またコンコンと戸を叩く音が鳴る。
「入ってますぅ。あとちょっとだから待っててくだされ」という声があり、フンと気張る声がする。そののち戸の中から老婆が出てくる。
「あらお客さん。トイレを借りに来たのかい? 今空いたので使ってくだされ。」とアッシュ様に老婆が言う。アッシュ様は無言で空いたばかりのトイレに入っていく。
「ちょっとォォ! いくら勇者様でも人の家のお手洗いにずけずけと入っていくのは聞こえが悪いです。というかそういうのは先に済ませておいてください!」とすかさずツッコミをいれる。
「あら、あの方は勇者様なのかい。でしたらいくらでも使ってくだされ。わたくしたちもそれが本望ですのじゃ」と部屋の中央のテーブルで老人が私に向かって言う。
「お嬢さん、この王国には『勇者様のものは勇者様のもの、王国のものも勇者様のもの』という王国訓がありますのじゃ」と老婆も続ける。
(どこかで聞いたことあるセリフですわね。ていうかそれどこのジャイ〇ン?)なんて心の中で軽くツッコむ。
「わたくしも聞いたことがあるだけなのですが、先代国王は昔世界を救った勇者様でございまして。その際に我らがトゥネーロ王国は王国を上げて勇者様一行を支援したそうなのです。そんなこともあってか現在も勇者様には最大限の支援をするのが習わしとなっています」と老人の説明もある。
私も以前にそのような話を小耳にしたことはあるが、まさかここまでその意識が浸透していたとは。
そんな話をしているうちにお手洗いからアッシュ様が出てくる。そのままアッシュ様が老夫婦に近づくと老夫婦が話を始める。
「城を探しているのならこの家を出て北に進んだところにあります」と老人。
「持ち物に心配があるなら東のどうぐ屋に寄っていくといいですのじゃ」と老婆も続く。
(あれ? さっきまでと雰囲気が変わりました? なんかお二人とも白々しくなってません?)と心の中で呟く。
会話を終えるとアッシュ様は用が済んだとばかりにこの場所を後にする。
「アッシュ様、いろんな方のお話も聞けたことですし、そろそろお城の方に向かってはいかがですか」と催促する。
その瞬間、天のお告げが耳に入る。
ガラガラという戸の開く音とともに『たけし! そろそろご飯だよ。あんた今日の昼間ハローワークにはちゃんと言ったんでしょうね』という女の声がある。
『うるせーな母ちゃん。ハローワークには行ったよ。すぐリビングにも行くから』
(何だったんだ。今の)
そしてアッシュ様は踵を返しとある場所に向かった。教会だ。
「あの・・・」と私がその背中に声をかける間もなくアッシュ様は父上に話しかける。
「ああ勇者様、教会にどんなご用かな?」と父上が尋ねる。
そしてアッシュ様は神に祈りを捧げ、ひとときの休息をとるのであった。
この状況に私の叫びが教会にこだまする。
「全然話が進んでないじゃないですかぁ!!!」