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英雄神話ドラグティン ゲオルギオ・ハーン

使用お題:「きれいな物語」

   表裏のない物語というものはない。きれいな物語の裏にも物語がある。それもまた『きれい』であるという保証はない。


 サラービア共和国。巨大な帝国が崩壊し、独立したこの共和国の一つであるこの国ににはとある英雄神話がある。要約すれば次のようになる。

『当時、サラービア共和国は在任十年を超える独裁者ボロンによって圧政が敷かれていた。ボロンは先の紛争で活躍し、二十代にして陸軍大将になり、その名声を利用し、政界へ進出し、サラービア共和国の第三代首相になった。しかし、その後の統治は苛烈で、軍隊に対する指導力を利用し、政敵を抑え、秘密警察を設立し、国民を監視、自らは王のようにふるまっていた。国は次第に荒れていった。その状況に憤りを抑えられなかったアレクサンデル・ドラグティンは当時陸軍の大尉。わずか五百名の部隊を率いて、祖国解放を掲げた救国軍を旗揚げする。救国軍による革命の火は瞬く間に広がり、一年後には首都ベオグランド近郊での戦いに勝利し、独裁政府を打倒した。また、彼は革命に際して数々の奇跡を起こしている。

1、旗揚げ時は付近のサラービア軍の迎撃が決定的に遅れ、ドラグティンの部隊を逃し、レジスタンス勢力との合流を成功させてしまった。

2、わずか一年で革命を成功させた。

3、革命後、経済は回復を見せ、失業者も激減した。

4、国内の治安も回復した。

5、独裁政府を打倒したが、驚くべき早さで政府機能を回復させている。

 ドラグティンはサラービア共和国を独裁者の魔の手から救い出し、復興させた大英雄であり、彼が首都に入った際は人々から歓呼の声で迎えられている。

他にも、戦傷者の傷を手に触れただけで回復させたこと、実はサラービア王族の血を引いていたなどの逸話も多い。しかし、一番の奇跡は苦しんでいたサラービア国民の顔に笑顔を取り戻したことだろう』


 サラービアの南部の街トゥティン。南部とはいえ冬が間近に迫っているから冷たい風が吹いていた。それでも街の人々の表情は明るい。復興に向けてせっせと働いている。そんな街の表通りの小さな酒場に夕方の少し前から酔っぱらいの中年男と旅人らしい厚着をした若い女性がテーブルを挟んで椅子に座っていた。テーブルの上には酒や粗末なつまみがのった皿が置いてあった。

「どんな魔法使いでも人々の表情に笑顔を取り戻すことなどできないんですから、私はこのドラグティンという英雄のことがとても気になるんです」

 大きな瞳を輝かせながら若い女性は陽気な声で言った。蛇のような瞳から、彼女はヒューマン(人間)ではなく、ラミア(蛇女)の血が少なからず入っていることはほろ酔い気分の中年男でもわかった。彼は無精ひげに手を当てたあと、すっかり真っ白くなった頭を掻いた。この白髪のせいで男は実際よりも老けて見られてしまう。まあ、男にとっては好都合なのだが。

「へぇ、だから、サラービアに来た、と?」

 男が質問すると女性は頷いた。学生のような元気なその女性に男は少なからず嫌悪感を持っていた。世の中全てが輝いて見えるのだろうな、と。『酒やつまみをおごる』という条件がなければ二、三言話して距離をとりたいところだ。いくら若い女でもタイプでない女と一緒にいられるほど男は鈍感でもない、と心の中で呟いてた。

「そうです。あ、申し遅れました。私はカーリン。カーリン・カルスドルプ、といいます。まだ大学を出たばかりで、フリーのライターをしています」

「フリーのライター? ああ、それで、記事のネタに俺の話を聞きたいわけ、か」

「そうです」

 蛇女の血が入っているとは思えないほど明るい声で返事をしてくる女に男は舌打ちをする。若いとは思ったが、ズバリ的中して呆れているのだろう。

(豊かな低地国の金持ち大学生あがりというところか。その記事とやらでいくら稼ぐか分からんが、せいぜいただ酒をごちそうになるとしよう)

 男はそう開き直って追加の麦酒を店主に注文した。店主はニコニコした表情でそれを受けると、すぐに麦酒を持ってきた。店主がカウンターに戻ったのを確認すると、男は店の中を確認する。まだ夕方にもなっていないこともあって客は男とカーリンの他には二人しかいない。その二人のことも男は知っている。

「……いいだろう。で、ドラグティンの何が聞きたい?」

「ええっと……まず、ドラグティンってどういう人なんですか?」

 この質問に、男は思わず苦笑してしまった。

「おいおい、フリーライターさんよ。あんた、何も知らないで来たのかい?」

 男が指摘すると、カーリンはそのわずかに青白い頬を紅潮させる。

「えっ、いえ、ちゃんと調べましたよ。列車の中でドラグティン神話の本を一冊読みましたし、ここに着いてから何冊か、その絵本を……」

「はぁ? それだけ? 絵本で記事なんか書くのかい?」

「いえ、知らないよりはいいかな、と思いまして」

 カーリンは伏し目がちになりながらも答えた。嘘ではないにしても記者魂というか、プロ意識があるのか男でさえも心配になるほどだ。

「あの、そういえば、お名前を聞いていませんでしたが……」

 話題を変えるためかカーリンは尋ねた。男はカーリンの様子を見て、一考する。こんなに間が抜けた世間知らずならば、と思った。

「俺はサヴォという」

「名字は?」

「ヴラホヴィッチだ」

「サヴォ・ヴラホヴィッチですね、覚えました」

 カーリンはそう言って、笑顔を見せる。

「記者なのに、メモはいいのかい?」

「あ、それではお言葉に甘えて」

 カーリンは照れながら床に置いた旅行用の鞄からノートと筆記用具を取り出した。何とも呑気な様子である。


 カーリンの準備が終わると、早速、ドラグティン神話についての話になる。サヴォは世間でよくある話をいくつか紹介した。カーリンが時々酒をすすめたこともあって、サヴォはいつもよりも口数が多くなっていた。こんなに話すのは何年ぶりだろうか、と本人が考えるほどだった。

「なるほど、ドラグティンさんはすごい英雄なんですね。奇跡もそんなに起こすなんて。独裁者ボロンとはまるで違う……ん、でもボロンさんもサラービアとヘルツェの紛争で活躍された方ですよね。なにがボロンさんを変えたんでしょうか」

 サラービア共和国と隣国のヘルツェは十数年前に紛争があり、当時陸軍将校で司令官兼外交特使だったボロンはヘルツェ軍に一撃を加えた後に電光石火の早さで講和条約を結び、紛争を解決させた。その功績で彼は陸軍大将に昇格している。

「……ボロンは変わっていないさ」

 サヴォはふとそう言った。

「ボロンはなにも変わっていない。ただ祖国のために戦ったんだ。そもそも独裁者になったというが、彼は合法的に政権をとったんだ」

「そうなんですか?」

「そうだよ、お嬢ちゃん。あまり最近の本ばかり読むとそこが見えなくなっちまう。そもそもボロンの前に首相をやっていたガリチノスという男は初代首相ミヤトチの娘婿だった。それで放漫財政のおかげで支持率を確保していたミヤトチと与党のバックアップを受けて首相になっただけの男だから、まともな国家戦略どころか国際情勢も、行政案もなかったんだ。ボロンが国を悪くしたというが、とんでもない。実のところはガリチノス時代からすでにサラービアの状態は良くなかったんだ」

「ボロンはそれに拍車をかけた、と? 実際、軍備を増強していますよね」

 カーリンが鋭い指摘をすると、サヴォはふふっと笑う。

「それは読み違いだな。当時のサラービアは情勢がよくなかった。紛争でサラービアに上手くやられたヘルツェはマルメラと組んで、サラービアを挟み撃ちにしようとしていたから軍備を増強せざるおえなかった。それをガリチノスは財政悪化を理由に軍備を削減しようとした。いいかい、国境を突破されたらろくに要塞もないこの国はあっという間に征服されるんだ。だから、国境の戦力増強は正しい」

「でも、軍備だけでは国は豊かにならないでしょう」

「正解だ。それに対しても手を打っていた。産業育成はボロン政権が最初から手を打っていた。ただ、当時は世界的に景気が悪くてな、十年程度ではそこまで成長しなかった。ドラグティンがあんなことをしなければまだ政権は続いていただろう」

「でも、ここまで希望にあふれていたでしょうか?」

 カーリンの指摘は鋭く、素早い。それにはサヴォも深慮のうえで回答するといういつもしていることが疎かになってしまった。

「さあ、どうだろうな。今のドラゴティンの政権が上手くいっているのはアルトラム連邦の強力なバックアップのおかげだろう。確かにその点はボロンよりも良いだろう」

「連邦?」

 アルトラム連邦。帝国崩壊後に旧帝国本土の各州が再結集して建国されたものだ。もとが帝国であり、皇帝がいなくなった分、近代化が大いに進み、今や大陸一の国という立場も回復しつつあるという。当然ながらサラービアとは比較にならないほどの大国だ。

「そうだ、アルトラム連邦。連中がドラゴティンに力を貸している。考えてみれば国境沿いの国の軍隊に動かすように裏で工作していたようだし、政権内でも親帝国派が力を持ちつつあった。まあ、突き詰めればボロンの力足らずかもしれんが、ドラゴティンのおかげで平和になった、とは思わんよ。連邦のおかげだ。連邦の野望の先兵だよ、ドラゴティンは」

「では、あなたは先兵にやられた道化、ということですか?」

 サヴォに冷や水を浴びせるような一言。それに驚いたサヴォはカーリンを見る。カーリンが口から蛇のような舌をチロチロと出していた。それが癪に障った。サヴォは杯に残った麦酒を一気に飲み干す。

「いいや、俺は道化ではない。道化はドラゴティンだ! サラービア軍人の恥だ! 祖国の守りてが連邦の傀儡になるとは笑止千万だ!」

 気が付くとサヴォは立ち上がってそんなことを言っていた。途端に青ざめるサヴォ。そして、恐る恐るカーリンを見た。カーリンの目はまるで得物を飲み込む前の蛇だった。

「……やはり、あなたでしたか。容姿もそっくりでしたので、すぐにわかりましたよ。無精ひげと白髪は変装でしたか?」

「き、貴様は……!」

 サヴォはカーリンから距離を取りながら、出口を確認する。

「ふふっ……お会いできて良かったですわ、サヴォさん。ルカ・ボロン元首相殿」

 カーリンはそう言って、コートの内ポケットに右手を入れた。直感的に危機を察知したサヴォは全速力で走り出した。物にぶつかりながらも彼は必死だった。悲鳴を出さなかったのは元軍人としてのプライドだろうか。

 その後ろ姿をカーリンは見ながらただ微笑んでいた。すると、店主が近づく。

「あ、あの、あんたは?」

 カーリンが素早く内ポケットから取り出したのは財布だった。

「彼の分も私が払いますよ、マスターさん。だから、彼のことは悪く思わないでくださいね」

 カーリンが冷たい笑顔を見せながら店主に言うと、店主は息を呑んだ後で頷いた。すると、カーリンは目を細める。

「もっとも、もう会うことはないでしょうけど」

 カーリンはそう言って、舌をチロチロと出した。外はすっかり真っ暗になり、仕事を終えた人々が酒場に入ってきた。


 翌日の夕刊の新聞記事にアパートの一室で毒殺された男のことが載った。毒物はすぐに判明せず、また誰が殺したかもわからなかった。部屋のドアはいくつもの鍵があり、その日、その部屋を尋ねたものもいなかった。怪死事件として世間を騒がせた後、さらなる衝撃で話題になった。亡くなったのは打倒されたと思われたサラービアの元独裁者ボロンだったのだ。


「これで物語はきれいなまま守られる。真実を知るものはいなくなったのだから」

 駅で列車を待ちながら新聞を読んでいたカーリンは呟いた。




                                    おわり


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