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しあわせの欠片 鶯

使用お題:「光」「パズル」「きれいな物語」

 気が付くと、みのりは真っ白な空間の中に浮かんでいた。どこまでもただ真っ白な空間に、ぱちぱちと目を瞬かせる。

 不思議な夢だなあ、と思いながら、みのりはぐるりと辺りを見回した。すると、視界の端に、何かきらりと光るものが映る。興味を引かれて手を伸ばすと、それは薄く引き伸ばされた光の欠片だった。のぞき込むと、鏡のように自分の顔が映り込む。驚いて手を離すと、欠片はそのままふわふわと宙を漂っていた。もう一度手を伸ばすと、今度は伸ばした手の人差し指の先に、ぴたりと吸いつく。そのまま、円を描くように動かしてみると、欠片も一緒についてきた。

 ふと、すぐ近くに同じような光の欠片が浮かんでいるのが目に付いた。ひとつ、またひとつと、どこからともなく生まれ出るように、光の欠片がみのりの周りを回りだす。そのうちの一つに触れると、その欠片もまた、みのりの手にくっついた。右手と左手にひとつずつ。つい出来心で、二つの欠片をくっつけてみる。すると、欠片は元から一つだったかのように、割れ目もなく一つに同化した。

 みのりはなんだか面白くなってきて、周りの欠片に次々と手を伸ばした。歪な形のパズルを組み合わせるように、光の欠片をくっつけていく。初めは掌にいくつも収まりそうな小さな欠片だったが、光を継ぎ合わせていくうちにどんどん大きくなって、しまいには、その欠片の集合体はみのり自身よりも大きなほどになっていた。

 光の全身鏡をのぞき込む。そこに映っていた自分の姿に、みのりは息を呑んだ。全身真っ白なドレスに身を包んだ自分。慌てて今の自分の姿を見直すが、着ているのはいつもと変わり映えのしない服装だ。困惑したまま、再度光をのぞき込む。そこに映る自分は、変わらず純白のウェディングドレス姿だった。その姿がぐいーっと引き伸ばされたかと思うと、みのりは光の中に吸い込まれた。


 光の中に、またさっきのような小さな欠片がたくさん舞っている。先ほどと違うのは、それがただの光の欠片ではなく、その一つ一つに、どれも違った光景が映し出されているということだった。その中のいくつかは、みのりにも覚えがある。

 通っていた幼稚園。お遊戯会の発表。

 小学校。運動会でのかけっこ。修学旅行で初めて登った東京タワー。

 中学校。毎日毎日通った、吹奏楽部の部室。友達と号泣した卒業式。

 高校。ブレザーになった制服。初めてもらったフルートのソロパート。

 懐かしい思い出が、鮮やかにみのりの脳内に蘇る。

 ふと、自分の隣にきらめいていた欠片に目を止める。そこに映っていたのは、先程もみたウェディングドレスを着た自分だった。先ほどまでの欠片たちとは違う、見たことのない自分の姿に、心臓がドキリと嫌な音を立てる。

 見たことのない景色はまだまだあった。

 ウェディぐドレス姿の自分。隣にいるタキシード姿の男性は、顔がよく見えない。両親は泣いているようだ。

 小さい赤ちゃんを抱いた、少し年上の自分。見たことのある園服姿の女の子の手を引く自分。

 大きな音楽ホール。オーケストラに囲まれて、鮮やかなドレスでフルートを吹く自分。観客は歓喜の涙を流してのスタンディングオベーション。

 スーツ姿で、英語の横断幕に手を振る、今より少し若い自分。テレビで見たアメリカの街並みを歩く自分。

 映し出された光景に、みのりの唇が歪む。

 ああ、これは。この光景たちは。

 みのりの手が、近くに寄ってきた欠片を振り払った。ふわりと遠のいた欠片の中で、白髪の老婦人が孫らしい男の子と話している。

 なんて素敵な景色なんだろう。けれどどこか現実味のないそれは、とてもきれいな物語のようで。けれどその正体を、みのりは知っていた。胸中で呟く。

 この光景たちは、私が夢見た未来だ。

 私が夢見て、捨てた未来だ。


 幼稚園の頃。「将来の夢はなあに?」と聞かれた自分は、「お嫁さん」と答えた。

 小学生の頃。まだ明確な夢を持てなかった私は、「お母さんのようになりたい」と思った。

 中学生の頃。吹奏楽部に入ってフルートをはじめた。いつかは大きなホールで演奏がしてみたい、と音楽に興味をもった。

 高校生の頃。海外への語学留学に憧れた私は、将来はアメリカに留学したいと思い始めた。

 けれど、どれも叶わなかった。

 高校生になっても彼氏の一人もできなかったし、大学では何人かとお付き合いをさせてもらったけれど、誰一人として長続きしなかった。

 中学、高校と続けてきたフルートは、大学のブラスバンドサークルが肌に合わず、大学入学後すぐにやめてしまった。地域の吹奏楽サークルを探すという手もあったけれど、そこまでして続けたいと思えなかった。

 海外留学に興味を持ったけれど、結局高校に入って英語は最も苦手な科目の一つになってしまった。海外に行くことは興味があっても、留学という選択肢は高校の三年間の間に、いつの間にか頭の中から消えた。

 そうして捨ててきた未来が、自分の周りできらきらと光っている。

 みのりは、急に辺りが暗くなったように感じた。足元がくらりと揺れる。

 いや、と叫んだはずの声は、みのり自身にも聞こえなかった。

 そして、世界は唐突に暗転する。


 みのりははっと目を覚ました。白い天井。さらりとしたシーツの感触が、素肌に心地よい。

「あ、起きた」

 隣からかかった声に、慌てて体を起こす。すでに身支度を整えている恋人が、その姿にくすりと笑って、みのりの頭をぽんぽんと撫でた。

「おはよう。もう八時だよ。よく眠れた?」

「え……あ、あの、私何か言ってた?」

「いや、何も。どうしたの?」

 何か口走ってはいまいかと不安になったみのりだが、どうやら大丈夫だったようだ。ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、自分がまだ寝巻姿であることに気づいて慌てて布団を引き寄せた。

「なんでもない。私も早く着替えるね。映画、何時からだっけ」

「十時半だから、ゆっくりしても大丈夫だよ。朝ご飯、卵焼きと目玉焼き、どっち?」

 当たり前のようにかけられる言葉に、みのりはふわりと胸があたたかくなるのを感じた。

「卵焼き。甘いのがいい」

「りょーかい。じゃ、作って待ってる」

 笑って背を向けた恋人の、スカートの裾をさりげなく掴む。気づいて振り返った彼女に、みのりはゆっくりと笑いかけた。

「おはよう、咲ちゃん」

「なあに、改まって」

「さっき、おはようって言いそびれちゃった。咲ちゃんの朝ごはん楽しみ」

「はいはい。さ、早く着替えないと朝ご飯冷めるよ」

「はーい」

 何気ない会話に、無意識に口角が上がる。不思議な夢で見た、あったかもしれない未来の欠片は、みのりの頭の中からさらさらと零れて行った。代わりに脳内を満たすのは、恋人の作る美味しい朝ごはんへの期待と、今日のデートの段取りだ。お気に入りのワンピースをクローゼットから取り出しながら、みのりは何よりもあたたかく、きらきらとした高揚が全身を包むのを感じていた。


 いまが、しあわせ。

 あの頃思い描いていた、理想の未来よりも、ずっと。

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