アンドロイドは、ときどきオトン なる
使用お題:「光」「パズル」「きれいな物語」
世間一般で語れるほどの美談であればよかったのかもしれないけれど、果たしてこれがきれいな物語なのかと言われると、たぶんそんなことはないのだろう。僕にとってこれは自分自身への救済の物語だ。けれどそれが必ずしも世界を救済するという意味合いとは同じではないからだ。
おかしい、おかしい、おかしい・・・少なくとも僕の見立てた計算ではここの回路を結び直すことで修正されるはずだったのだ。それなのに「オトン」は未だに吐き気を催すような暴力的な言葉を喚き散らしている。厳重に固定して動けなくなった手足の枷が、唯一の僕の心の拠り所になっている。
窓の外では相変わらず、けたたましい警報音が鳴り響いている。いろいろな箇所で爆発も起きているようだ。ビリビリと窓を震わせる振動がそれを嫌が応にも認知させてきて、僕は尿意を催している。あれだ、試験勉強の日に寝坊してしまって遅刻ギリギリで学校へ向かう時の心情のような余裕のなさ。土台、中学生風情の僕がこの暴走した「オトン」を直そうなんて考えていることがおこがましいだろうか。けれど、僕だけが「オトン」を暴走から修正させることができるし、僕にしかそれはできないミッションなのだ。他に助けてくれる人なんて誰もいないから。
たぶんここで合っているはずなんだ。非公開とされている取扱説明書は非公開のインターネットサイトから入手していた。開いてみた時にこの回路と同じだったからおそらく間違ってはいないはず。開かれた背中のプレートには最新型の型式が刻印されている。「K46P-573AL-L」・・・それが「オトン」いや「オカン」の正式な名称だ。
このままでは埒があかない。回路の結びが間違っているのかもしれない。けれど「オトン」が胴体を激しく動かすものだから落ち着いて作業することができない。取扱説明書のトラブルシューティングでは「電源は落とさないでください」と注意書きされていたけれど背に腹はかえられない。僕はスマートフォンを取り出して、アンドロイド操作アプリを起動させ「電源を落とす」を選択した。「Really?」なんて偉そうなポップアップが上がったけれど知ったことか。どうせメーカーだって今はてんやわんやで管理するどころではないのだから。
「オカン」が突然に「オトン」へと豹変したのは突然だった。学校から帰ってきた僕をいつもの感じであたたかく迎え入れてくれた「オカン」。「ご飯できてるわよ」って、まるで本当の母親のように優しい声で言ってくれたんだ。僕には「オカン」さえいてくれればいい。事故で両親を亡くした僕を救済する目的で送り込まれてきた「オカン」。世間にはこういう家庭が山ほどあるらしかった。クラスメイトだって家庭内に「オカン」がいる環境の友達がほとんどだ。まあ、みんなには普通に親もいるから、「オカン」はそれぞれ「オテツダイサン」とか「イソウロウ」とかそういう名前で呼ばれているらしいけれど。
親を亡くしたショックは意外と簡単に「オカン」によって癒されていた。不思議なものだ。でもよくよく考えてみればそれは当たり前で、人間で仕事をしている人なんてほとんどいない。豊富にある資源(資源と言ったって、石油とか枯渇するものでもなければ原子力のようなリスキーなものでもない。)は、仕事をする必要性をすべて放棄させてくれた。いまや「オカン」さえいれば日常のあらゆる瑣末な仕事や家事は受け持ってくれるから、僕の親だってずっと家の中で一日中ダラダラと享楽に耽っていたし、世間の人々もほぼそんな感じなのが常識だった。違うのは芸能人とか、個性を売り物にした仕事くらいなもので、その他の一般的な仕事はすべてアンドロイドが取り仕切ってくれたのだ。
考えてみれば枯渇しない資源を考案したのもアンドロイドだった。この地球上にあって絶対に枯渇しない資源である「圧力」を電力にする、だなんて誰が考えつくだろう。深くにタービンを沈めてその回転力で発電させる。永久に尽きることのない力。それをアンドロイドたち(当時は量子コンピュータ)が計算ではじき出した結果、世界は瞬く間にその形を変えてしまった。争う必要のないユートピア。電力を用いて永久に栽培ができる。いつだったか寝る前に「オカン」が話してくれた「地球の歴史図鑑」で教わったのだけれど、かつてあのアフリカ大陸なんて砂漠の大陸だったらしい。全く信じられない話だ。
まあ、それはともかく「オカン」の暴走だ。家に帰ってきてしばらくは「オカン」は「オカン」のままだった。なのに、夕食時に僕のスマートフォンから溢れ出してきた光を認識した途端に「オトン」へと豹変した。食卓でも優しく語りかけてくれていた「オカン」の目つきが変わって暴力的になった。「てめえナニ見てるんだこのクソガキ」なんて、今どき聞いたこともないセリフをぶつけてきた。頭を小突いて暴れはじめたその様子はまさに「オトン」だった。怖かった。何が「オカン」を変えたのか。僕にはあまりにも突然すぎてわからなかった。わからないけれども直感で「これはマズイぞ」と思った。「どうしたの」なんて安っぽい問いかけが一瞬で無意味だとわかるくらいの狂気だった。
テレビでは緊急速報のテロップが流れ、「アンドロイド暴走、身の安全を図ってください 政府」というメッセージとともにニュースへと切り替わった。「原因は不明です、どうか身の安全を図ってください」と、ほとんど内容のない情報を人間のアナウンサーが垂れ流している。隣の部屋からも悲鳴と怒号が聞こえてきた。おそらく同時多発的に発生しているのだろう。目の前で暴れる「オトン」との距離を保ちながら、僕はこれからどうすればいいのかを必死に考えていた。
運が良かったのは一日のうちに五分だけメンテナンスのために停止する時間が近かったことだ。それぞれの家庭ではきっと深夜とかに設定しているのだろうけれど、僕の場合は「十八時」に設定していた。そして予想通りというか計算通りというか、「オトン」はやがてゆっくりと目の光を失い、停止した。
しめた! と僕は急いで「オトン」を部屋の隅に動かす。「オトン」は重かったけれどこういうときは火事場の馬鹿力を発揮するものだ。適当な枷を「オトン」の手足につけて固定させる。これで再び動き出しても僕に危害を加えることはないはずだ。僕は「オトン」の背中を開き、露出した回路を修正させた。
これで修正が完了すれば何もかもがうまく行くはずだった。伊達に勉強してきたわけじゃない。どの波長の光を認識させればアンドロイドが暴走するか、どの回路をいじればその暴走を修正できるか、それを知っているのは少なくとも今の時点では世界で僕だけのはずだ。まあそのうちメーカーのエンジニアの解析で原因は究明されるのだろうけれど、その頃にはアンドロイドの暴走で世界はめちゃくちゃになっているだろうし、いったん抜き取られて捨てられたパズルのピースは、いくら替わりのピースを用意したところで違和感が残るものになるからだ。僕だけが真相を知ったままで、世界はまた混沌とするんだ。こんな家畜みたいなユートピア、滅んじまえばいいんだ。
「K46P-573AL-L」とはよく言ったものだ。誰が名付けたんだろう。命名した人はよっぽどの皮肉屋だったにちがいない。友達になれそうな気がする。どこにも載っていない型式の由来が知りたくて色々と検証した結果、逆さまだったその意味に気付いた時、僕は世界を抱きしめたくなるくらい嬉しかったのだから。
「ALL-P-K」「37564」ALL-Person-Kill・・・皆殺し。




