盲点 yo
使用お題:「光」
「光が欲しい」
街にある酒場でそう少年がつぶやいた時、周囲の大人は少年に冷たい目線を投げかけました。
「何を言っているんだ小僧。ここがどこだかわかって言っているのか」
彼らがいるのは、光の国と呼ばれる場所です。他には闇の国、火の国、水の国、地の国、草の国、そしてこれら6つの国の中間に位置する中庸の国です。それぞれ、名前に冠したものがとりわけ特徴的な国で、火の国には火が多く、水の国は水に溢れています。中庸の国がそれらを仲介し、草や土、火や水を仲介して売買しています。そして光の国は昼間を、闇の国は夜を売って暮らしていました。こうして世界は昼夜を共に獲得し、水等の資源をふんだんに利用して暮らすことができているわけです。そんな中、光の国にいるこの少年が、改めて「光が欲しい」と発言するのは、すでに充分すぎる光を持っているはずの光の国の住民からしたら不思議なことでしかないのです。
大人のうちの1人が言いました。
「光の国にいながら光が欲しいとはどういう了見だ。俺は7つの国を全て旅してきたからわかるが、ここ以上に光に満ちた国はない。これ以上光を求めて何がしたいのか知らんが、他国の人間からしたらおまえだって充分すぎるくらい光を持っているんだぞ」
他の大人たちもそれに同調します。次の大人が言いました。
「おまえ、光を手に入れてどうするんだ」
少年は不思議そうな顔をして答えます。
「でも、僕に見えているこの世界はとても暗いんだ。いつも夜だよ」
そんなはずはない、と大人たちはいきり立ちました。光の国では光が多すぎるために本来夜が来ません。闇の国から夜を買ってきて、やっと暗い時間を作っているのです。それなのに、なぜこの少年は――。
「贅沢なガキだ。今に痛い目を見るぞ」
大人たちは口々に少年を罵ったのでした。
それでも、少年には大人たちになぜそんな口をきかれるのかがわからずにいました。少年にとって世界は暗く、大人たちの表情さえよく見えません。ほぼ真っ暗な闇の中に、うっすらと人影が揺らめいているのが見えるばかりで、何も光と呼べるものは見えないのです。
生まれたときからそうであれば、少年は特に疑問を抱かなかったかもしれません。人が揺らめいて見える程度の光の量でさえ、「多い」と言われるような世界なのだ、と理解したことでしょう。しかし、少年がさらに幼いころ、もっと明るく、光に満ちた光景の中に自分がいた、という記憶がありました。そこでは色が判別でき、遠くが見え、人の表情も窺うことができました。その記憶の中では、少年の母と思しき女性と、兄弟――おそらくは弟だと思われます――が笑顔でこちらを見ていました。少年はその記憶があればこそ、今自分に見えている世界には光が足りないと思っているのです。
少年はそこにいる大人たちから光をもらうことは諦め、別の方法を探しました。光原に行き、自分で光を採集し始めたのです。光原は街の門を出てしばらく歩いたところにあります。普段は大人たちがここで光を採集し、他国へ売る分と自分たちで保管する分を分けて管理をしています。そうでないと、光の乱獲によって光が枯れてしまうからです。
ですが、少年にはそんなことは関係ありません。少年にはそもそも光が足りない。少年は光原でとにかく光を集めました。1つ採集しては目に宿してみます。光によって、目に入れると痛いものとそうでないものがありました。なるべく目に入れても痛くなさそうなものを選びながら、集め続けました。
光は、目に宿してからなじむまで、しばらくの時間を要しました。光を目に宿した直後は、目にゴミが入ったようなゴロゴロした感覚に襲われ、どうにも目がかゆくなります。少年はそのかゆみに耐えながら、1つひとつ、光を目に宿していきます。宿した光は、だいたい一晩眠ってから起きると目に馴染むようで、朝起きたときには目のかゆみもなくなっています。そうして少年は毎日光原に行き、光を採集していったのです。
少年が光採取を始めてからしばらくした時、ついに少年は大人たちに見つかってしまいました。
「おい小僧、こんなところで何をしていやがる」
「光が欲しくて……」
「勝手に光を漁るんじゃねえ! 立派な泥棒だぞ!」
大人たちにこっぴどく叱られ、少年はこれまで盗んだ光の分、大人たちの長の家で働かされることになりました。長は少年をひどくこき使いました。早朝から掃除や洗濯、食事の後の皿洗い等をさせました。しかし、少年の目にはまだ光が足りていないので、暗闇の中で食器を扱う必要がありましたが、そんな状態でうまくできるわけがありません。少年は月に5枚は皿を割っていました。
「なんで皿1枚運ぶことすらままならないんだ!」
長は、少年の仕事の1つひとつに対して細かく、厳しくダメ出しをし、しまいには拳で殴りつけたり、皿1枚を割るごとに1回少年の腹を蹴りつけました。
そのたびに少年は「僕の世界は暗いから」と理由を述べましたが、長は「またそんなことを」と取り合いませんでした。
少年の寝床は屋根裏部屋でした。部屋といっても、屋根と天井の間の空間というだけで、ベッドもなければこれまで一度も掃除がされた形跡はなく、少年はそこの掃除から始めなければなりませんでした。そこは少年にとってだけではなく、大人たちにとっても暗い場所でした。日の光は全く入ってこない場所だったのです。
そこで働かされるようになっても、少年は夜な夜な屋敷を抜け出し、光原へ向かいました。夜の光原というのは不思議な雰囲気を醸していました。本来明るいはずの場所を、購入してきた夜で埋めているため、空間を1つ剥がすとそこにはとてつもない光が輝き、一歩間違えれば国中を明るく照らしてしまいます。そうなってしまったら最後、国のすべての人の安眠を妨げた大罪人としてとても重い処罰を下されてしまいます。
少年はそっと、ほんの少しだけ夜を剥がし、光のほんのひとかけらをつまんで目に宿しました。それを何回か繰り返した後、またひっそりと屋敷に戻り、朝には何事もなかったようにまた働きだすのでした。
この生活が1年ほど続きました。ある日、長は言いました。
「お前をここに置いておくのも今日までだ。明日からは別の寝床を探すんだな」
急な通達でしたが、少年にとっては嬉しい話です。やっとこの苦しい日々から脱出できるのですから。ですが、そうはいっても少年を泊めてくれる宿はありませんでした。少年が光を欲しがっていることは街中に知れていましたから、みんなが少年を腫物扱いしていたのです。
仕方ないので、少年は光原にほど近森で野宿をすることにしました。光の採集は昼に1つ、夜に2かけらと決めて、少しずつ、大人たちの目を盗んで行いました。
そんな日々が続いたある朝、少年は森で目を覚ますと、世界が一変していました。
木々にはやわらかい緑色と茶色がつけられ、その木々の間からは木漏れ日の線がきれいに透き通っています。自分の手や足を見てみると、細見でか細い肌色の手足には、地面と同じ茶色い土がついて酷く汚れていました。服も土だらけです。どろどろに汚れた自分の姿を目の当たりにして、少年は涙を流しながら大笑いしました。
「やった、やったぞ、ついに光を手に入れた!」
少年は嬉しくて酒場へと走っていきました。酒場では、朝から大人たちが酒盛りに興じていました。少年が入ってくるのを見るや、酒場の空気が凍り付きました。そのことも、もう少年には見えていました。しかし、少年には関係ありません。
「やった! ついに見えるようになった! ここは光の国。確かに光に満ちてる! 明るいなあ」
大人たちは何が起きたのかとお互いに目を見合わせました。少年が何を言い出したのか、わかりかねるといった表情ばかりが並んでいます。その中で、ある大人が声を掛けました。
「いきなりどうした小僧。汚い身なりで入ってきやがって」
「あ、おじさん。その声は、えっと、7つの国を全部旅したっていう人だよね。おじさんって右の頬にほくろがあったんだね」
確かに、彼にはほくろがありました。ほくろの大人はひどく驚いた顔で言いました。
「おい、まさかとは思うが、おまえ、おれの顔を知らなかったのか?」
少年は不思議そうな顔のまま答えました。
「そりゃ知らないよ。昨日まで僕の世界は真っ暗だったんだ。人の顔なか見えなかったよ」
大人たちはそこで初めて知ったのです。少年が本当に暗闇の中で生きていたことを。自分たちと同じような景色を見ていたわけではないことを。
「おい、小僧、こっちに来てみろ」
ほくろの大人が呼びました。少年は不思議そうな顔をしたまま近づいていきます。
「これが見えるか」
ほくろの大人が指した先には、皿一杯に盛り付けられたごちそうがありました。
「うん。この匂いは、唐揚げかな? こんなゴツゴツした見た目をしていたんだ!」
「食うか?」
「いいの? いただきます!」
ほくろの大人は、少年がもう食べれないと言うまで、ご飯を食べさせてやりました。