綺麗な貴方 紫伊
使用お題:「光」「きれいな物語」
「ねえ、綺麗な物語ってどんな話だと思う?」
朝からお互いがはまりきった漫画について頭からつま先まで語り合い、語り疲れた頃、萌の赤い唇から唐突に言葉が飛び出した。
「綺麗な物語?」
「うん。少女漫画とかすごく綺麗な絵じゃない。でもえげつないくらいにドロドロしている展開のもあるじゃん。逆にごちゃっとした絵でお世辞にも綺麗って言えないけれどストーリーはすごく綺麗なものあるからさ、漫画に限らず綺麗な物語ってどんなのだろって思ったの」
「確かにそうだね。両想いより片思いのほうが綺麗だしね」
「明莉はそういうの好きだよね。でもそういうこと。恋愛もさ、現実離れした世界観だと純粋一直線で綺麗だけど、現実の生々しいものになるとなんか見てていたたまれなくなるし」
執着とかね、と机に並べたお菓子をつまみながら呟く。
「なんかあったの?」
「んー、告られた」
「また?」
「うん。私を好きになったところでかなわないのにねえ」
そういってポッキーをポリポリ齧る。その仕草すら綺麗なのだ。
萌は綺麗だ。そしてモテる。幼馴染の私をとてもよく知っている。
高校生になって軽く染めた胸まで伸びる髪。くるんと上を向いた睫毛にすらっと伸びる切れ目。短くしたプリーツスカートからすらりと伸びる脚。外見が綺麗な上に誰とでもフランクに接し、人当たりが良い。それらの綺麗さは幼いころから健在で、よく一緒に遊んでいた私はよく知っている。中学のころからモテまくっており、高校に入っても変わらないのだろう。
「告白されも心動かないの?」
「うーん、好きになってくれるのは悪い気はしないよ。でも好きっていう思いに応えられないのはなんとも気が重いよ。でも、付き合ったらそれはそれでまた辛いのよ」
「モテる女は大変だね。でもそんなモテるのが嫌なら綺麗にしなきゃいいのに」
私がそういうと萌は頬をぷくっと膨らませた。綺麗な顔とのギャップがまたかわいらしい。
「それはできないよ。毎日綺麗にして一日でも早く大人になりたいんだから。祐樹くんと釣り合う大人になるんだから」
「そんなにどこがいいのかね」
「それは明莉が分かってないだけだよ。大人の余裕にふわっと浮かぶ笑顔。黒縁眼鏡の似合う大人だし。高校の男どもとは全く違う」
熱に浮かされたように語りだす。私に言わせれば優柔不断で弱気な笑顔を浮かべているだけ。眼鏡だって目が悪いから分厚いレンズでどっかの漫画のキャラみたいだ。
「あーあ、明莉が羨ましいよ。何の理由もなく一緒にいられるんだから」
「まあそりゃ兄妹だからね」
「ねえ、帰ってくる予定ないの?」
「さあ?」
「ちゃんと聞いておいてよ。来るときは教えてよね」
「はいはい」
萌は幼い頃から私の兄―祐樹に懐いていた。兄とは五つ離れていて、よく私たちの面倒を見てくれていた。一人っ子の萌は隣の家でしょっちゅう一緒に遊んでいた。兄は大学進学と同時に独り暮らしを始めた。離れて萌は兄への恋心を確信したらしい。背伸びをして髪を染めたり化粧をしたりし始めた。きらきらした子たちを仲良くするようになり、徐々に一緒に過ごす時間は減った。時折うちに遊びに来てはだらだら話し、帰っていく。
「あーあ、祐樹くん元気かな?」
「元気なんじゃない」
綺麗な横顔を見ながら適当に相槌を打ち思う。萌は知らないけれど、兄には彼女がいることを。萌の思いは一方的で、その遠くの光を見るような瞳がとても綺麗なことを。私はそんな萌をずっと眺めていたいことを。
「そういえば来週帰ってくるようなこと言ってたよ」
「ほんと? 来週のために全力で綺麗にしなきゃ」
ぱっと笑顔を浮かべる萌。私もつられて笑顔になる。貴方は何も知らない。そのままその綺麗な物語をずっと紡いで。私はそれを横で見ていたいの。




