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きれいな物語 佐屋

使用お題:「光」「きれいな物語」

 きれいな結末なんて、はじめからありえないのだった。


 目を開け、唇をそっと離す。華奢な肩のライン、少し見下ろしたところに、滴を受けて光るような瑞佳の長い睫毛、それがゆっくりとひらいて、夜空を映したような深い黒が私を見つめる。ちいさくその口が、声もなく動いた。

「     」

「え」

「     」

「みず、」

「はーい、いったん休憩―」

 ぱん、と手の叩く音とともに、一気に周囲に音が戻ってきた。はっと我に返る。既に瑞佳は魚のようにするっと私の腕の中を抜け、ステージを照らすスポットライトの下に、私は一人だった。

「お疲れ。すごいいい感じだよ、早見」

 夢の中に取り残されたように立っていると、先輩がステージに上ってきた。あ、ありがとうございます、と私は返す。

「本当に今回だけなのが勿体ないよ。演劇部、入部する気ないんだよね」

「すみません」

「いや、いいんだけど。でも、瑞佳も今回の文化祭で部活辞めるって言うし、なんか残念でさあ」

 端がくしゃくしゃになった脚本の頁を繰りながら続けた。

「でも、本当にありがとね。おかげで最後に、いいものが出来そうな気がする」

 一週間後に控えた文化祭で、私は演劇部の演目に出演することになっていた。そもそもは、演劇部員の瑞佳に頼まれ、照明や大道具の手伝いを時折していた事がきっかけだった。演劇部には慢性的に部員が足りない。現3年生にとって高校三年間の集大成ともなる文化祭で、演者がどうしても必要となった時に、男役として私に白羽の矢が立ったのは、ある意味当然のなりゆきなのかもしれなかった。

「早見は背も高いし、きれいだし、声も落ち着いててよく通るから、きっと舞台映えすると思う」

 昼休みの喧噪の中、熱心に私に説く、少し幼さの残った瑞佳の顔は、いつになく真剣だった。

「それに、すごいきれいな話なの。先生が今回のために見つけてきてくれたんだけど、先輩の最後の公演だから、私もちゃんとやりたいんだ」

 お願い、早見、と、彼女が時折言葉をつっかえさせながら、しかし一生懸命に言う、その様子を思い出す。でも、瑞佳には悪いけどやったことないし、人前出るの好きじゃないしさ、と何かと理由をつけて断ろうとしながら、実のところ私に瑞佳の頼みを断る選択肢などはじめからなかったのに、しかしそうして勿体づけたのは、少しでも、彼女が私にしか見せない表情を、私は近くで、目の前で、見ていたかったのだ。私自身が誰よりもはっきりと知っている、私はもうずっと前から、瑞佳のことが、好きだった。

 ステージの上から、体育館の入り口のほうを見る。瑞佳が、一生懸命な表情で、でもひどく楽しそうに、顧問に話しかけているのが見える。光の中から見るそこは、薄暗いのに、私にはかなしいくらい、光って見える。

 本当は、知っている。

 実は瑞佳が彼と恋人関係にあって、瑞佳は私よりずっと大人で、この演目で私がはじめて交わしたキスも、私にとってははじめてでも、彼女にとってはそうでないということ。


――早見ありがとう。

――だいすきだよ。


 指先で、唇に残る余韻を辿る。抱きしめたら折れそうな身体に、顔は小さく、短く切りそろえられた髪は細くやわらかい。寝不足の時だけ二重になる目、焦ると少し口の回らなくなるところや、顔にほくろが多いことを気にしているところ。瑞佳は前よりずっと綺麗になった。

 私は目を瞑る。けれど、この思いは誰にも、瑞佳にも、言わない。


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