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【神獣郷ライブラリ】挿絵・設定・番外・短編ギャラリー  作者: 時雨オオカミ


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リリィ説得失敗ルート『失ってから気づくもの』


 先日、文化祭をとても楽しんだので精神状態も良好。

 よし、見るぞ……! 


 手指を操作して空中ディスプレイに映されているのは、以前知り合った「サタソ様」のチャンネル欄。ライブの欄に置いてある動画のアーカイブをゆっくりとスクロールし、それを見つけた。 



【実況】リリィ説得失敗ルートが鬱すぎるらしいから見にいこうぜ! 【ストーリー視聴】



 そう、リリィを説得失敗したルートの配信が過去、アーカイブに残っている。これを今日私は見にきたのである。


 え、自分でそのルートを見に行かないの? と思うだろう。だけれど私にはそこまでの勇気がない。確かにクリアした当初ならまだ、耐えられたかもしれない。でもあのリリィだよ? 


 私、リリィのことが本当にもう大好きで大好きで仕方ないわけで……本物の友達と思っているくらいには大好きで……つまり、目の前で自分がゲームを進行しながらこのルートを辿るのはメンタルに的に無理!! としか言えない。


 だからこそ、朝から自分のメンタルチェックをしてるわけだし。

 先日の文化祭でだいぶ気分の調子もいいし、この状態ならきっとメンタル的な意味での体力ゲージが長くなっているので早々に底は尽きない。


 それに、自分が配信しているわけではなく、動画アーカイブを見ているだけならしんどくなったときに動画の一時停止を選択することができる。その選択肢が存在することはかなり重要だ。

 VRで体験するのと、アニメのようにゲームの動画を見るのとでもかなり違う。


 つまり、まあ……配信で泣き喚いて進めなくなったり、ルート選択が途中で辛くなってやめてしまったり、そういうことをしないための措置である。


 失敗ルートを見るだけなのにディスプレイを操作する手指がちょっと震える。

 ぎい、と座っている椅子が軋む音がする。緊張で心臓がバクバクしている気がした。それほどに、鬱と断言されているルートに恐怖を抱いている。


 いつもならどんな話でも創作物として受け止め、楽しむ余裕があるが、リリィとは交流を重ねすぎている。普通とは違う、私達プレイヤーの対応によって変わり、成長するNPC。対私のリリィは本当に、本当に、現実の友達と相違ないほどの存在感を持っている。


 それでも、知りたかった。

 知らないままでいたくはなかった。そこに好奇心がないとは言えない。

 あのとき私が止めたリリィの悪意が、なにを起こし、どんな結末に転がっていくのか。誰に言われることもなく、謎の責任感のようなものに背中を押されて再生ボタンに触れる。


「……すぅ、はぁ………………よし」


 ……スタート! 



『†サタソ様†こと俺様の『ジェノサイド☆攻略チャンネル』へようこそ! よう、貴様ら〜! ただし、今回はジェノサイドじゃなくてバッドエンドルートの体験をしていくぜ! 


 下僕どもは一人でジェノったりバッドエンドを見られない軟弱なやつがいるよな? そんな貴様ら向けに、俺様が代わりに体験してやってくるぜ? 感謝しろよな! 


 配信形式はいつも通り、心の声をテロップ音声にしながらのものだ。大事そうなシーンは会話に集中したり、のるべく画面に映像だけ映すようにするから、余すことなく鬱シーンを見ていけ! 


 そんじゃ、さっそく今回はあの「リリィ」についてのバッドエンドがすげーって聞くから、やっていくぜ』



 最初はサタソ様のテンション高めのトークではじまる。一歩間違えば反感を買いそうなキャラ付けで視聴者に語りかけてきているけれども、彼はこのスタンスでずっとやっているようなので他の視聴者の皆さんは「はいはい」とか、「見たい!」やら、「生贄乙〜」なんて言って受け入れている。

 普段は自分の配信をやってるから、時間がなくて他の人の配信ってあんまり見たことないから新鮮だ。

 銀髪に赤いツノを生やした魔王様ロールプレイは相変わらず。お調子者らしくコメントと楽しいやり取りをしているが、説明と解説はノリに流されることなくしっかりできている。こういうところはちゃんと見習わないとなあ……私はどんどん話が脱線していったりするし。


 サタソ様の解説によると、ミズチの攻略までは変わらないらしい。

 ミズチの浄化をするのは必須イベント。そして、そのあと何度かミズチの浄化イベントをこなしてアイテムの『清水』を10個以上入手する必要があるらしい。


 リリィのイベントをこなしていないと清水は高価なままだし、普通はそんなにたくさん持っていないが……ジェムツリーガチャがあるから持っている場合もある。しかし、この「ストーリー」はリリィの店で買ったものではなく、ガチャ産でもなく、イベントドロップした清水×10個以上がある場合限定の話らしい。


 つまり、ミズチの浄化イベントをこなしたあとすぐにリリィのストーリーへ行くのではなく、10回ボス浄化を成功させて王蛇の滝壺の浄化された水から清水を入手する必要がある、と。


『ちなみにミズチ戦の立ち回りをさらっとおさらいすると……よっと!』


 サタソ様が滝壺の下に残り、彼の一番のパートナーらしきケルベロスが滝壺の中に突っ込んでいく。


 彼のパートナーは演習場で見たことのあるケルベロスしか知らなかったが、他にもいかにも月属性らしき翼のあるドラゴン……ニーズヘッグと、彼の首元にいる、小さいが複数首のある蛇竜型の多分ヒュドラ、それに彼の影の中に潜んでときおり姿を出すヘルハウンドの四匹だ。


 首元にいるヒュドラは多分援護のために小さくしているんだろう。彼はミズチの前に堂々と仁王立ちし、撃たれまくるアクアブラストを全てヒュドラや影の中から巨大な前足や尻尾だけを出して反撃するヘルハウンド、そして上空でうろちょろしているニーズヘッグのブレス攻撃で相殺している。


 プレイヤーが狙われるなら的になったまま、一歩も動かず相殺をする。

 ミズチの噛みつき攻撃すら影の中から這い出た巨大な闇の腕がその口を押さえつけて攻撃を逸らし、真横にドオンとすごい衝撃で穴が開く。

 薄らと笑みを浮かべたままその様子を眺めている彼には、確かに魔王っぽいオーラがある気がした。


 そして、滝壺の上でケルベロスが毒壺を壊していく音が響いて、ウオーン、と長い長い遠吠えがした。


 その瞬間、サタソ様は背中に背負っていた巨大な金の鋏を素早く持って向かってきていたアクアブラストを一刀両断! 背後に飛んでいく水飛沫が顔に少しかかったが、そのまま走り出して大きく跳躍し、ニーズヘッグの足に片手で掴まって素早く滝壺の上に。


 着地とともにひとつだけ残された毒壺を破壊した。

 ケルベロスの様子を見るとやたらと長い太刀を口に咥えている。

 あの毒壺は聖獣達が近づけるようなものじゃなかったはずだけど……と思ったけど、どうやら人に「装備」されているリーチの長い武器を一時的に聖獣が利用することでの破壊は可能であるらしい。仕様の一部っぽいからこれもこれで正解なのだろう。


『ただ、ちゃんと一個はプレイヤーが壊さないとダメだぜ。じゃないと清水のドロップ数がちょっと渋い』


 なるほどこれも効率……。

 毒壺を壊し、目の前に現れたミズチの首振り攻撃をジャンプして避け、ニーズヘッグの足に掴まって飛びながら再び下へ。


 浄化されたミズチに見つめられながらイベントをこなし、ミズチが去ったあとに清水を限界まで採取。


『ゲッ、下ブレした』


 10個入手する前に採取できる限界になったらしい。

 コメント欄がやいのやいの盛り上がっている。下ブレ魔王様とかなんとか言われている。かわいそう。


 結局サタソ様はもう一度ミズチ戦をして規定数まで清水を入手することになっていた。


 さて、清水が手に入れば次はいよいよリリィの説得失敗ルートである。

 私も思わずディスプレイの前で背筋を伸ばして畏ってしまう。


『そんじゃ、行くか。失敗ルートに入るにはこの入手した清水を、ある特定の店で売却する必要がある。もちろんリリィの店じゃねーぞ? 真向かいの道具屋だ。真向かいの道具屋にはリリィと同期っつ〜設定が実はあってな。


 ああ、そうだよ。イベントを知ってる奴らなら分かるだろ? リリィは自分の商人としての腕にも、なにもかもに劣等感を持っている。それを刺激してやることで失敗ルートに行くんだ』


 うわ、と思った。


『普通のプレイだと真向かいの奴がリリィの同期ってことも分からなかったりするが……まあ、これはいろんな店に売っぱらって実験した結果、ここだけが一発でルートに入って、リリィ自身に説明されることもあるから判明されたことだな。イベント中に話しかけたりしなくちゃその説明もないが。


 普段のあいつは劣等感も克服してるから、同期に対しての対応が普通になってる。わざわざ突っ込んで聞かなきゃ知れない話だな』


 アクセサリー屋さんがリリィの同期なのは知っていたが、他にもあったとは思っていなかった。確かに、普通にリリィと接しているだけの私はその事実を知らない。そのことにちょっとだけモヤっとしたが、単なる嫉妬なので押さえ込む。NPCの知らないことがあるってだけで嫉妬に駆られるってだいぶヤバくないか……? 


 サタソ様は店に清水を格安で売り払い、めちゃくちゃ感謝されている。

 さらに定期的に荷下ろしをする契約まで結んでいた。


 そうして起こるのは……リリィの店で高額でしか販売されていなかった独占商品が格安で市場にまわるということ。


 リリィがわざわざ毒を流し、採取を妨害し、売っていた商品価値の下落。

 高額な店よりも安い店に人が流れるのは当たり前の話だ。


『言っておくが、これは説得失敗……ってよりも、本当にバッドエンドルートって感じのやつだ。説得する余地すら消える。追いつければ説得するパートも一応発生するが、放っておけば……鬱展開が起きる』


 店に清水を格安で売り払って、一日様子を見る。

 カフェの外側から見ていれば、明らかにリリィの様子はおかしかった。

 転びそうになったり、ときおり不穏な顔を見せたり、滝壺の安全面が保障されたことを客に聞かされて、青筋を薄らと見せながら「よかったですわね」なんて心にもないことを笑顔で言って頷いたり。事情を知っている側から見れば間違いなくその状態が気に入らず、イライラしているように見える光景だった。


 そして、夕方。

 リリィが店を早めに閉めてお客さんを全員見送ったあとにこっそりと店を出ていく。こっとんを抱きしめて。


 そのあとを神妙な顔をして尾行するサタソ様。

 リリィの腕には力がこもっていて、抱かれているこっとんが少し苦しそうだった。


「どうして、こんなはずはありません。なんで、どうしてうまくいかないの。わたしはいつもそう……わたしには、やっぱり才能なんてないというの?」


 独り言が聞こえてくる。

 リリィはそうして一人で王蛇の滝壺までやってくる。


 鳥居をくぐる……しかし、その手前でイベントが発生した。


「いたっ! なにをするのこっとん!?」


 サタソ様の視界の中で、こっとんがリリィの手をツノで突き刺し、その腕の中から抜け出したのだ。


 嘘……と、私も言葉をこぼす。

 こっとんがリリィにそんなことをするだなんて信じられなかった。

 いつもの様子を見ても、そもそもリリィのイベントを思い出しても、常にこっとんはリリィの味方だった。彼女を見限ったりなんてしなかった。


「こっとん……? こっとん、どうして……どうして? どうして!? 契約が」


 そして、取り乱したリリィの様子で気がつく。

 彼女の身体から、共存者である証が消えていることに。


「一方的な契約破棄だなんて、そんなの許されるはずがないわ! どうしてこっとん! あなたは、わたしの最初の………………そう、あなたもわたしを認めてくれないのね。そっかあ……そうなの……なら、もういいわ」


 聖獣からの契約破棄。そんなことがありえるのかと驚く。

 今まで見てきたのは、人間側からの契約破棄の例だ。ユールセレーゼも、ホウオウさんも、そうして契約を解除して、パートナーが亡くなったあとでも生きていた。


 そう、なぜならそうしなければユールセレーゼも、ホウオウさんも契約を解除していなければパートナーの人間とともに死んでしまうから。

 共存者とパートナーとなる聖獣、神獣は一心同体。命も連動する。それは今まで経験したストーリーで知っていた。


 つまり。


 ……え? 


 思考が停止した。

 頭が真っ白になる。


 つまり。


 手が震える。

 この先を見たくなかった。


 でも、止めるわけにはいかなかった。


 自暴自棄になったリリィが王蛇の滝壺へ足を踏み入れる。

 ここからはサタソ様が追わなくてもムービーが始まった。


 清水が入手できるようになっているなら、ミズチが浄化済みだと分かっていたんだろう。だから、それほど危険もないと思っていたんだろう。そうして、再び毒壺を設置しにきたのだろう。

 彼女が懐から出した瓶には毒々しいこっとんのツノから取れた毒のサンプルがまだ残っているようだったから。


 王蛇の滝壺を前にしたリリィがその水面に近づいていく。

 すると、ゆらりと水面が揺れたと思うと巨大なミズチがその体躯を滝壺の中から起き上がらせた。


 穏やかな青色の瞳が捉えるのは、突然のことに少しだけ狼狽えながらミズチを睨むリリィ。


 彼女の姿を捉えた途端、ミズチの穏やかな瞳の中に、赤い絵の具を垂らしたように真紅が滲み、広がった。額の宝石も内側から黒く、黒く濁って、浄化されていたはずのミズチは彼女を見ただけで再び魔獣に堕ちた。


 真紅に染まった瞳で睨みつけられたリリィが、まずいと思ったのか後ずさる。

 けれど、少し遅かった。


 カッ


 ……と、大口を開けたミズチの口の中で一瞬で溜められた水流が放たれる。


 そのとき、彼女の背後から走り抜ける小さな、しかし力強い足音が響き渡った。


 全力でリリィの背中にタックルするこっとんに押され、リリィが前方に派手に転がっていく。


 そして、先ほどまでリリィがいた場所に超強力なアクアブレスが放たれる。


「こっとん!?」


 リリィが振り向いたとき、アクアブラストに飲み込まれる寸前のこっとんの姿があった。薄らと笑うような顔で、致命的な必殺の水流の中に飲み込まれていく小さくてか弱い、けれどひといちばい勇気があって、パートナーが大好きなこっとんの姿が。


 ゴオ、と地響きが起こる。

 地面が抉れるほどの威力のアクアブラストが着弾し、水流が押し流したその跡地には砕けた宝石だけが残されていた。


 そこまでがムービーで流され、視点がサタソ様に戻る。


『あれは不可避なんだな〜これが。さて、助けますか。そっちのほうが悲惨だからな』


 なんでもないような明るい声でサタソ様が言いながら、転んで振り返った体勢のまま茫然自失しているリリィの元へ駆けていく。


 不可避。そうか、不可避か。

 リリィが劣等感のまま、そして説得をしないまま衝動的にここに来たら、ミズチは彼女を見た途端魔獣に戻るほどの憎しみを思い出して、攻撃をする。それをこっとんが助けて、代わりに死ぬ。


 それは、不可避なことなのか。


 こっとんは、こうなることを分かっていてリリィとの契約を一方的に破棄したのだろう。

 だってパートナーと共存者は一心同体。ユールセレーゼの主人や、原初の共存者アインがそうしたように、自身の死に連動してパートナーが死んでしまわないように、分かってて契約の解除をした。


 こっとんは、はじめからリリィの代わりに死ぬつもりだったのだ。


『説得する機会は一応道中にもあるから、わざと放置しない限りはこうならないから安心してくれよな! 


 何度も何度も機会はちゃんとある。普通にプレイしてるだけならこのルートにはいかないし、いけない。実際にプレイしてるときには森に入る辺りでこの先のストーリーについての警告文出るぜ。神獣郷ってそういうとこ、本当にお優しいよなぁ〜』


 のんきにテロップで説明しながらサタソ様はミズチの攻撃を抑えながらリリィを背負ってその場から脱出する。


 もちろん、抉れた地面に散った宝石のカケラを集めてから。


『ちなみにこれは余談だが、リリィの説得イベントを終えて店が復活してからなら彼女を王蛇の滝壺に連れてきてもこうはならない。ミズチも浄化されてすぐはさすがに元凶を見ると怒りを思い出しちまうんだろ。逆に言えば、時間をおけばリリィを見ても魔獣に堕ちたりはしないな。その代わり謝罪イベントがあったりするぜ』


 鳥居から脱出し、滝壺から離れたサタソ様がリリィをおろすと、彼女は地面にへたり込んだままぶつぶつと正気じゃない瞳で「どうして、こっとん」と呟き続けていた。


 そんな彼女にサタソ様が回収した宝石を渡す。

 砕けたこっとんの額の宝石だ。


 それを手のひらの上に渡されて、リリィは限界を超えたように目に涙を溜めると、その場で泣き出した。


「どうしてわたしなんかを守ったんですか」


「どうして契約破棄なんてしたんですか」


「最初からこうするつもりだったの……? ねえ、教えてよ! こっとん……!」


 泣き出した彼女の言葉は悲痛すぎた。

 画面の前で私の視界も滲む。


 こっとんはもう答えられない。

 どういうつもりでそうしたのかも、どれだけ彼女を愛していたのかも、伝えることはできない。


 そうして泣き続けるリリィを背景にディスプレイの中の景色は空を映す。

 サタソ様が空を見たのではなく、明らかにそれはムービーだ。


 夕方だった空が夜に覆われている。

 暗闇の袋小路に迷い込んだリリィの心に呼応するように。


 最後に、夜空に『エンド: 失ってから気づくもの』というテロップが現れ……サタソ様は昼間のカフェ前に戻っていた。


『つーわけで、バッドエンド踏んでもやり直しは可能だ。親切だよな! 貴様らも勇気があったら自分でこういうルート回収とかもしてみてくれよな! 


 ま、俺様の配信にまた見にきてくれてもいいぜ! 俺様は事前にやって泣いてから平静を装えるようにして配信してっから解説も的確! オススメだ!』


 泣いてるんだ……というツッコミが四方八方からコメントで来ている件については置いといて、私はサタソ様の配信終了の挨拶を聞いてから画面を閉じた。


「………………はぁ〜」


 ぎし、と椅子が軋む。

 天井を仰いだ。


「文化祭で貯めた元気がなければ即死だった」


 明らかに今HP1だけども。

 そして、居ても立っても居られなくて私はベッドに移動して神獣郷の世界にダイブする。


 向かうのはもちろんリリィのお店だ。

 忙しく働き、こっとんと笑い合う、いつもの親友の姿に私は平静を装って挨拶をして、彼女の時間が空いたときに聞いた。


「リリィ〜、ハグしてもいいですか?」

「あらあら、どうしちゃったんですかケイカさん」

「ちょっと元気がなくてですね」

「それじゃあ仕方ないですね。こっとんも一緒にどうぞ」

「わあい」


 快く受け入れてくれたリリィに抱きつく。後ろから肩に飛び乗ってきたこっとんも私の頬にふわふわの毛を押し付けて精一杯ハグをしてくれていた。


 ダメージを受けた心に沁みる〜!! 


「珍しいですね」

「悪い夢を見ちゃったんですよ」

「それは災難でしたね。甘いものをいっぱい食べて元気出してください。このメニューとかオススメですよ」

「性根逞しいなぁ〜。注文しますね」

「毎度ありがとうございます」


 にっこりとした悪戯っぽい笑みに私も笑いを返す。

 そうそう、この感じ。この感じがいつものリリィだ。


 こうして私は、リリィの店に3時間も入り浸ってメンタル回復に努めるのだった。

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― 新着の感想 ―
3時間も入り浸るのは、十分重い女では? それはそうと、散財は控えるべきでは? アイデンティティな気がしますが。
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