配信者達のハッピーハロウィン
とあるハロウィンの日。
私は適当に配信しながら街中を歩いていた。そして、ことあるごとにやってくる視聴者とエンカウントしてはお菓子を配るという行為をしていた。視聴者プレゼント企画のようなもので、簡単なものなのだが……毎度毎度、みんな材料費って言ってゴールドを置いていくのでとても困っている。そんなに私は信用がないだろうか? と
私のパートナー達を模して作ったー可愛らしいアイシングクッキーのセットを配り歩きながら首を傾げる。肩に乗ったアカツキが、放心状態の私がなにかにぶつかりそうになるたびに髪を咥えて引っ張り、操縦してくれていた。パートナーになにやらせてんだよと思われかねないが、私がこんな状態のときはだいたいいつもこんな感じである。
コメント欄もまあまあ好評なのでそのままだ。のそのそ歩くレキにまで腰にツタを巻きつかれ、後ろから押されているためまるで迷子紐かハーネスかなにかだと言われているが、それだけ心ここに在らずな感じだから仕方ない。
配信中のくせにそうやって歩いて、いよいよ本気で心配され始めた頃。
ふと向けた視線の先に、よりいっそう派手だけれど見覚えのある装備をした男性がベンチに座って項垂れているのを発見した。
確か、以前ユウマと霧の演習場でバトルしていた人……だったはず。同業の配信者で、白い髪に黒い悪魔のようなツノ、とっても派手な装備で、金の大きなハサミを武器している人だ。名前はサタソ様……だったよね。
普段はPKありのサーバーにいるはずの人を見かけて、さすがに気になった。コメント欄でも知っている人が多いのか、ざわざわとなんでこっちにいるの? と疑問視する声が上がっている。しかも項垂れてるし。
「わっふ!」
「んみゃぁ〜」
見覚えのある姿に反応したのか、オボロが彼の足元で寝ているケルベロスを見て耳をピンとさせて走り出す。同じく後ろにいたザクロちゃんも、こちらは初見のはずなのに彼の後ろで寝ているらしきニーズヘッグを見て駆け出していく。同じドラゴン系統の聖獣だからか、お友達にでもなりたいのかもしれない。案外ドラゴンを三メートルサイズとかで連れてる人っていないからね。ほら、大抵みんな手乗りサイズとかまで縮小してラブラブしてるから……。
「っと、待ってください!」
そんな彼女達を私が追いかけることになるのは、当然の流れだった。
「あん? ああ、舞姫ちゃんじゃん! なに? サインなら書くぜ?」
顔を上げた彼は憔悴したような顔を一瞬でニコニコの笑顔にしていて、プロだな……などという感想を抱く。私はすぐにキレ散らかしてしまうのでここまで意識を変えることはできない。昔から配信者やってる人ってすごいんだなぁ。
「あ、いえ、その……なにやら項垂れていたのと……うちの子達が挨拶したがったので」
「そっか。改めて紹介しとくと、俺様のかわいこちゃん達の名前はベロとニー。よろしくな〜お前ら」
ケルベロスのベロがくあっと大口を開けてあくびをし、オボロと鼻と鼻をくっつけて挨拶している。なにあれ可愛い。ちょっとした嫉妬心みたいなものが湧き上がりそうになったけど、全てはもふもふの戯れによって癒されるのである。でもうちの子はお嫁にはあげないんだからね!
鼻先で挨拶を交わしている犬達とは違い、ザクロちゃんのほうは闇色の竜ニーズヘッグの大きさにちょっとびっくりしつつも、かっこい〜! と憧れの視線を向けている。ニー君は顔を背けていて、なんとなく照れくさそうだ。普段殺伐としたサーバーにいるから、こうしてのんびり交流することが少ないのかもしれない。
「んで、項垂れてた理由か……舞姫ちゃん、今配信してる?」
「してますね」
「んー、そっか。まあいいか? 突発コラボとかいいじゃんね? いえ〜い視聴者諸君見てる〜? 今から舞姫ちゃんは〜俺様とデートで〜す!」
「ええ、大丈夫なんですかそれ」
「へーきへーき。俺様が美味しいご飯のお店教えてあげるからさ!」
「行きます!」
「俺様との匂わせ写真っぽいものを撮って寄越してくれれば奢るよ」
「いえ、ちゃんとそれは払いますので……あの、一応聞いておくんですが別に炎上したいわけじゃないんですよね?」
「んなことしたいわけないじゃん! めちゃくちゃ炎上するのも楽しいけどね。すげー罵倒が飛んでくると、世の中のクソどもに今いっせいに注目されてるのが俺様なんだなって思うと興奮するけど。匂わせ写真はね、配布して俺様とデートしてる風にしていいよってやるやつ!」
「……」
正直引いた。
「俺様人気だからさ〜、おんなじ聖獣連れた女の人とかがどれだけ匂わせっぽくできるか選手権してるタグとか作られてて、見るの好きなんだよね。それ用」
ファンもファンだった。
そんなこんなで引きつつ、ホイホイついていって美味しいお店を教えてもらった後のことである。陽気にしていたサタソ様が突然お酒を飲んで自ら酩酊デバフをつけながら愚痴り始めた。私はいったいどうすればいいんだ。
「んでさ、俺様ハロウィン企画でぇ〜エンカウントした視聴者に『トリックオアトリート』言って、お菓子用意してなかったらバトるやつやってたんだけどぉ〜! 俺様がギリギリ死ぬ間際くらいのバトルするの好きなの知ってるくせに、み〜〜んなお菓子をホイホイ渡してきてさぁ〜〜!! 正直企画倒れっていうかよ〜俺様とバトるの好きな人がいっぱい来てくれると思ってたのにさぁ〜!」
「……わ、分かります! 分かりますよそれ!! 私も期待していた反応と違ったときはなんで!? って思いますし、視聴者のみなさんって結構こっちの思惑とは真逆なことしてきますよね!! それでちょっと悩んじゃったりとか」
「俺様ぁ、楽しみにしてたのにぃ〜」
「ユウマ呼び出しましょうか? また演習場で鬱憤ばらしとか」
「舞姫ちゃんはそういうのやらないわけ?」
演習場での出来事を思い出す。
ユウマやサタソ様の立ち回り。そして、彼が執拗に狙ってくるのは巨大ハサミで首を切断してくることであるという事実……ギリギリ回避は楽しくて好きだが、さすがにあれは恐怖が打ち勝ちそうだ。首を振ってごめんなさいと言うと、彼はますます項垂れた。
「でも、それってきっと……いつもサタソ様さんを応援している人達がスパチャ以外でなにか渡せるチャンスだったから……っていうのもあるんですよね。だから、こうすればいいんじゃないですか? お菓子もらえてもイタズラするぞ! って」
「バトって菓子までせびっていけって視聴者がそれでいいんならやるけど……おおう、来てくれんのね。ありがとな〜お前ら〜」
「ほらやっぱり! 愛されてますねぇ〜」
「そう言う舞姫ちゃんもな、愛されてねーと材料費渡してきたりなんてしねーだろ」
「……! それもそうですね! ということは、私達、視聴者に愛されちゃってるんですね〜」
「そういうことだな〜。お前ら〜愛してる〜! いえ〜!」
「い、いえ〜い!」
彼のお酒のビンとジュースの入ったコップを合わせる。そしてしばらく談笑したのち、お互いの悩みを解消して円満に解散することができた。
最初はどうなるかと思ったけど意外と平和に終わったな!
……そう思ってた時期が私にもありました。
「サタソ様炎上してるぅ!?」
炎上芸人としてもまあまあ有名なサタソ様は、私とのコラボ配信でおもしろがった人達によって、一見貶してるように見せかけて褒めている投稿によってめちゃめちゃ言及されていて、実質炎上バズりのような状況が出来上がっていたのであった。