年越しは始まりの三人で【神獣郷オンライン年越し記念ss】
「アカツキ、オボロ、そろそろ起きて準備しましょうか」
「コッ」
「わふんっ!」
ベッド脇で眠っていた二匹に声をかけると、ぱっちりと目を覚まして明るい返事をしてくれる。
「は〜、毎日一緒にいられる幸せ半端ない……」
ゲームからログアウトしても広がる光景は、この二匹の眠っている姿なのだ。幸せじゃないわけがない。
――神獣郷オンラインが発売されて数ヶ月。
パートナーリアライズ計画という名の、ホログラム投影機能のついたぬいぐるみが発売されてさらに数ヶ月。
ゲームと同期して記憶と学習データを共有しているアカツキ達、AIが仮の体でもリアルにいるという状態はまさに私の思い描いた『夢』が叶った形となる。
アカツキ達は機械を搭載したぬいぐるみだから動物アレルギーも反応しないし、なのにもふもふさ、あたたかさは堪能できるし……まさに理想の生活!
ゲームの中でも一緒だし、学校にも意識データをホロスマホに移して過ごしてもらっているので、文字通りおはようからおやすみまで一緒に過ごしていることになる。
ときどき夢かな? とほっぺたをつねってみるが、現実だ。この幸せが!! 現実!!
そして、今は。
夏に神獣郷が発売してから、はじめての年越しだ。
学校はすでに冬休みに入り、自宅で少し年越しイベントのために神獣郷へログインして、そして先程までは年越しに向けて仮眠していた……というわけである。
本格的な年越し自体は家族全員のいるリビングでやるので、アカツキ達とともに過ごす時間はあと少しだけ。もちろん、おそばを食べた後にも三人だけの時間はとる。
でも、やっぱり神獣郷と出会えたことは私にとっての転機だったのだ。
「アカツキ、私と出会ってくれてありがとう。あなたがパートナーでよかったよ」
「くっくー? くっ!」
あの日、ホウオウさんに驚いて、思わずもふもふを堪能してしまってジト目をされてしまったのも、あの出会いの間でアカツキに起こされたことも、全部が全部特別な思い出なのである。
アカツキは「なにを今更! こっちこそ!」と言うように胸を張ってドヤ顔を披露した。そういうところは変わってないねぇ。
「来年は、ここに他のみんなも呼べるといいよね」
リアライズ計画のぬいぐるみは高いから、さすがにまだアカツキとオボロしかいない。
神獣郷で出会い、私についてきてくれた子達はアカツキ達も含めてもうすでに八匹もいるわけだが……いつか、八個分の機器を揃えてみんなで暮らしたいと思う。
そうするためにはかなり頑張ってお金をどうにかしないといけないが、なんとかできると私は信じている。いや、なんとかできるか? じゃない。なんとかするのだ。頑張らねば!
「アカツキ、オボロ。妹達や両親の前で言うのはちょっと恥ずかしいから……今、今年の振り返りをやっちゃおう。ただの思い出語りだけど、付き合ってくれる?」
「こっこー!」
「うぉん!!」
ベッドの上に座ったまま提案すれば、膝の上にアカツキがジャンプしてのぼる。それから、ふくふくとした羽毛を丸めて収まった。尻尾が私のお腹側に当たっているから表情は見えないけれど、行動で全てを表してくれている。
オボロもベッドの上にジャンプして乗り、座っている私を後ろから包み込むようにして横になった。尻尾が私の体に緩く巻きつくように添えられている。それが可愛くて思わず頭を撫でようとすると、耳をパタッと倒して真ん中を撫でて! とアピールしてきた。ぐうかわ……。
「私ね、簡単に初日のことを思い出せるよ。今年一年……と言っても、私にとっては夏休みのときから数ヶ月だけのことだったけど、きっとずっと忘れない」
あの日に起こった出来事は鮮明に思い出せた。
顔にあたるアカツキの羽毛で起こされて、出会った。
あまりの可愛さにすぐ取り乱しちゃって、我ながら結構ヤバい顔をしていたと思うけど、それでもアカツキは全面的に私を信頼して受け入れてくれた。
もちろん、アカツキはAIだし、作り物で、最初のパートナーとして用意されていた存在だから受け入れてくれたんだと言われてしまえばそれまでなんだけど。
あのとき感じた感動。
出会った瞬間の胸の高鳴り。
全部が全部、私が感じた想いは本物だ。
誰がなんと言おうとアカツキは最高のパートナーで、私のところにきてくれた大切な子である。
オープンワールドの、他にプレイヤーがたくさんいる状況下でのゲームというのはあまり経験がなかった。だから、ひとりごとも含めて全部敬語キャラになるように無駄な頑張りをしてみたりとかし始めたんだよね。
すっかり敬語キャラが板についたけど、もしかしてそんなことをしたから口調が荒ぶるときとのギャップで変なあだ名をつけられたのかもしれない。
エレガントヤンキー。
今でも解せない。でも今は普通に受け入れているし、私の代名詞みたいになっているから別にいいやとも思っている。
本格的にゲームが始まってからは、育成ゲーム以外はあんまりしないから、最初は手探りの中やるしかなかった。
チュートリアルもメニューの中にあったらしいのに完全に見逃していて、ただ愛でるためだけにさっそくお金を使い込んでさ。
「実はチュートリアルもあったって聞いたときはびっくりしたよ。操作慣れしてる人が多いから、強制チュートリアルはなくて、メニューから選ばないとやれないって……ま、今は最初の間でやるかどうか質問が来るらしいからアップデートで改善されたらしいけど」
そうやって、なにもかも手探りの中でなにも知らないうちにアカツキが進化して、それから草原に出てオボロと出会った。
はじめてのスカウト。
アカツキと一緒にぎこちないながらもなんとかバトルをこなして、魔獣化したグレイウルフだったオボロを優しく抱きしめ、仲間になってもらった。
仲間になってからはオボロの陥落が随分と早くて、思わず笑っちゃったものだ。チョロ可愛くて素直で優しくて、ちょっとアホの子みたいなところがあるけれど、ちゃんと頼もしい狼のオボロ。
それからはただの思いつきだったのにやったこともない配信なんてはじめちゃって、エレガントヤンキーなんて不名誉だけど、今になっては受け入れたあだ名もつけられて……ミズチというボス戦に挑んだ。
一回撃退に成功しても納得がいかなくて、何度も、何度も、何度も挑んで観察をして、とうとうゲーム内時間で朝になるかという時間帯にようやくボス戦ギミックを解いて、ミズチを完全浄化することに成功したのだ。
痛みとかはないし、傷ついてもフィルターがあるから精神的にはなんの問題もなかったけど、やっぱり毒でどんどん体力が減っていくステータスを見ながらボス戦を攻略するのは心臓に悪かったなあ。
「あのとき、獣退散のお札を私が取って回って、ツボは手分けして壊していくようにしていたほうが攻略法としては早かったですよね」
よくよく思い返せばかなりガバをやらかしていて、反省すべき点はたくさんある。それでも……それでも、やっぱりそうやって失敗しながら攻略していくのが、楽しかったんだ。
それに。
「でも、完璧な攻略じゃなかったからこそ、朝日の中でアカツキが進化したんですよね」
毒を流すツボを全部壊して、ああやっとクリアだと思った瞬間。ミズチの最後の攻撃が繰り出された。ミズチの頭で崖の上から振り落とされて。空中で妙にスローに見える視界の中、もうダメだと思ったときに見えた太陽の光。
空の彼方から昇ってくる朝日に、私を受け止めて包み込んだ柔らかい白い背中。
朝日と一緒に進化を果たしたアカツキの姿は、今でもまぶたの裏に焼きついている。
「アカツキの進化、かっこよかったなあ……王子様かと思った」
「わふっ!? くうん! きゅうん!! くんくんくん!!」
オボロが前足を挙げて私の腕をポンポンと叩き、混乱したように鳴く。明らかに「私は!? 私もすごかったでしょ!? 私がライジュウとレースしたときもかっこよかったでしょ!?」と明らかに言っている雰囲気がある。多分合っているだろう。
「そのときのオボロもめちゃくちゃかっこよかったですよねぇ……」
「きゅふんっ!」
褒められてドヤ顔を決めるオボロちゃん可愛い。
「シズクが仲間になって、悪徳商人だって言うからてっきり悪そうな人とか男キャラだと思ってたらまさかの激かわリリィちゃんショックでびっくりしたり……リリィの言葉に胸が苦しくなったり……いろいろあったね」
リリィのことは、今では神獣郷の中でも一、二を争うくらいには仲の良い親友だと思っている。
そうやって友達になれたのも、もしかしたら奇跡だったのかもしれない。
いろんな子に出会って、いろんなキャラクター達が織りなすドラマを見て、泣いたり、感動したり、笑ったり。
「まったく、全部あげたらキリがないね! もうそろそろ本格的に年越しだし、一階に降りようか。みんなでおそばを食べよう! 妹達がおしるこも作ってくれてるらしいよ?」
「こっこー!」
「え、私? 私はおせち作るの手伝ったんだよ? どうだすごいでしょう!」
「くー!」
「うぉんうぉん!!」
ちゃんと働いたことを素直に褒め称えてくれるうちの子、ほんと好き。
「アカツキ達は機械の体だし食べられはしないけど、あとで神獣郷に行ったときに私が腕によりをかけて全部再現して作ってあげるから楽しみにしてて!」
「こっ!」
「わひゃん!!」
「あはは、オボロ声が裏返ってる!!」
「きゅーん……」
「あ、ごめん落ち込まないで! そんなところがめちゃかわだよ!!」
「わふん!」
「ドヤ顔……チョロかわ……」
「くう!」
「ん? あ、ベッドにホロスマホ置きっぱなしにしていくとこだったね」
おそばとおしるこが楽しみすぎて、ホロスマホを持っていくのを忘れるところだったみたい。手に取ろうとして……隣をとことこ歩いて再びベッドにのぼったオボロがスマホの上に前足を置く。
「えー、オボロどうしたの? 興味あるの?」
「わふっ!」
「コッ!」
オボロが得意げにホロスマホに肉球で触れ、スマホが画面を映し出す。
あ、反応するんだと思っていたら……。
「くぉん! くぉん! わふ!」
「くっくくー、こっこっ!」
なにやらアカツキがオボロに指示を出して、オボロがそれに従ってスマホをペタペタ触っているようだった。
覗き込んでみると、オボロが体で隠す。
ええ、気になる。どうしたの? と思って待っていたら、やっとオボロがスマホの上からどいたとき、その画面が視界に飛び込んできた。
『これからも よろしくね あかつきも おぼろも けいかちゃん だいすき』
「あっ……」
じわり、じわりと目頭が熱くなってきて、涙が次から次へと溢れ出てくる。
あれ、私ってこんなに涙腺緩いっけ? なんて思う暇もなく、膝から崩れ落ちてしまう。
「こっ!?」
「きゃう!? くん!?」
その場で座り込んで泣いている私を、アカツキとオボロが驚いたようにひと声鳴いてぎゅうぎゅうに体を押しつけておしくらまんじゅうにしてくる。
心配して私にくっついた二匹を両腕の中に閉じ込めて、抱きしめて、ホロスマホの画面をちゃっかりスクショして保存しながら、嗚咽混じりに言葉を絞り出す。
「いつ、こんなの……っ覚えたの……? ありがとう。ありがとう……大好き……来年も、よろしくね! みんな、わたしも、大好きだよ!」
年越しの少し前に起きた、出来事は小さいけれどとても大きな意味を持つサプライズプレゼント。
ああ、私はやっぱりこの子達が大好きなんだなって、そう再確認した日だった。
みんな、今年は本当にありがとう。
来年も、どうか末長くよろしくね。
新年、あけましておめでとうございます。
今年も神獣郷オンラインもろとも、どうかよろしくお願いいたします!