はじまりの街の神獣は、君と夢見た理想の場所を護り繋いでいく
鳳凰さんと、原初の共存者のお話
夕焼けに沈んでいく作りかけの街。
その全貌が眺められる丘に、一人と一匹がいる。
「のう、『 』本当に外に出ても良かったのか?」
「大丈夫だ。よっこいしょ……少し、話がしたくてね」
一匹はあたたかい炎を纏う優美な鳥の神獣。
そして、もう一人は白髪と白い顎髭を蓄えた老人。
二人は、街を眺めながらゆっくりと語らい始める。
「話、とは」
神獣が問うと、老人は神獣の羽毛を背にして街を眺めながら呟く。
「僕らの理想の街が、今そこにある。これを君はどう思う?」
しばし間を置いて、神獣が答える。
「お前の夢が叶うと思うと、我も誇らしいと思っている。お前の望んだ、人と聖獣達が共存する理想の街だ」
「ああ、僕らの夢見た街。帝国では叶わなかった夢の実現だ。結局、帝国の考えは変わらなかったけれど、僕らはやり遂げた。共存を夢見る者達が集まって、こうして理想の街が作られている。とても素晴らしいことだと思う」
「海を挟んだ向こう側の大陸には、もう我ら聖獣、神獣は協力せぬ。だからこそ、移住してきたのだ。お前が頑張ったからこその、この美しい街だ。なんだ、そんなことが話したかったのか?」
(笑い声が響いている)
「でも街づくりには時間がかかるよね」
「それはそうだろう。我らケモノとは違い、すぐさま進化するように発展して行くわけでもあるまい」
「そう、当たり前だ。君達とは違って成長はとても遅くて、時間がかかる。そして、僕がその時間を超えられるとも思えない。完成した街を見ることも……きっと叶わないんだと思うんだよね」
「なにが言いたい」
(老人の声で、軽い咳と笑い声が響く)
「ごめんごめん、そんなに悲しい顔をしないでよ『 』」
「お前があまりにもひどいことを言うからであろう」
「でも事実だよ。僕は、街の完成を待つことなく、遠からず寿命で死ぬんだ」
「そうであろうな。しかし、心配することはない。我らがついて行く。黄泉路を共に」
(わずかな沈黙)
「そのことなんだけどね、『 』契約を解除しよう」
(動揺する鳥の鳴き声と、翼がバタバタと動かされる音)
「……失礼、動揺しすぎた。それは、我のことはもう、友とは思っていないということか? 教えておくれ『 』。なぜそのような残酷なことを言うのだ」
「違うよ。君のことは大切な友達だと思っている。一緒に冒険したよね、長い時間。ずっと、ずっと。苦しいこともたくさんあったけれど、とても楽しかった。君達といられた時間は、僕にとっての宝物だ」
「ならば、なぜ!」
(荒げられる声の合間に、咳をする音が混じって聞こえてくる……)
「言ったろう? あの街は、僕らが望んだ理想の街だ。僕が完成を見ることは叶わない。だからね、『 』。君には、この街の完成を見届けてほしいんだ。そして、末永く守ってあげてほしい。僕はそう願いたい」
(息を呑むような音。衣ずれ。そして、羽毛に腕を回し、抱きしめる人間の笑顔)
「頼めるかい?」
「お前は……随分と残酷なことを言う」
「分かっているよ。それでも、君達だからこそ頼みたい。パートナーは、人間の寿命に引きずられる。でも、契約を解除してしまえば、君達神獣は長生きだから街をずっと守ってくれることもできるだろう?」
(カチカチと、もどかしげにクチバシを開閉する音)
「それは……我にだけ、告げることで良かったのか」
「うん、もう、時間がないし……みんな、街を作るのに、手伝ってくれているから」
「そうか……もう、すぐなのか?」
「うん」
「……」
(わずかな沈黙)
「あい、分かった。お前の頼みを快く受け取ることにしよう」
「ありがとう、相棒」
「他の奴らにも言ってやれ」
「うん」
「しかし、我の頼みもお前には聞いてほしい」
「いいよ、もうすぐ死んじゃうだろうから、あんまり難しいことは聞けないけれど」
(寂しげに鳴く鳥の声)
「生かされる我らが、お前の旅路について行くことはできない。代わりに、我らの名前をお前に持っていってほしい」
「名前?」
「そうだ、名前だけでも持って行っておくれ。そうすれば、それらが道標になってお前が迷子になって化けて出てくることもあるまい」
(笑い声)
「君、僕のことなんだと思ってるわけ?」
「方向音痴」
「違いないね! なるほど、あの世でも迷うって思われてるのか。面白いな!」
「頼めるか?」
「もちろんだよ。君達の名前は僕のもの。元は、僕がつけた名前だからね」
「我が名は『 』――もらったものは、お前に返そう」
(もったいつけるように名乗りを上げて、神獣は満足そうに笑った)
「確かに返してもらった。それじゃあ、街のこと、頼むよ」
「ああ、お前が夢を見た理想の街。必ずや、この我が見守り……そして、末永く慈しみ育てることを誓おう。お前の望んだ未来を、我らが生き、そして繋いでいく。お前のことは、きっと忘れぬ」
「忘れてくれてもいいんだけど」
「忘れられぬよ。お前のような破天荒な大馬鹿者は」
「ひっどいなあ、あはは」
「ふふ、お前との思い出こそが我の揺り籠。この語らいも、きっと忘れることはなかろう」
「そっか……嬉しい、なあ」
「他の者達に自慢できてしまうな。お前と最後に話したのはこの我だ」
「そうだね、他のみんなには、ごめんって、言っておいて」
「ああ、必ず」
「みんなの名前も、もらってく」
(老人の声が小さくか細いものになっていく……)
「分かっている。我らはついていけないが、その名前がお前の道標になるはずだ。迷ったり心配せず、まっすぐ進むのだぞ」
「うん」
(返事の後、老人が力なく手をかざすと鳳凰の姿が光に包まれる)
「契約を解除される感覚というのは……こういうものなのか。どこか胸の奥が寂しくなるような……もう二度と、感じたくない感覚だ」
「もう、ないはずだよ」
「ああ、当たり前だ……全員の契約を、それも我以外のものは無断で解除したのだ。それに気がついた他の奴らも、もうじき飛ぶようにして駆けつけて来るだろう。間に合わない、のか?」
「うん、多分」
「そうか」
(短い沈黙)
「後悔はないか」
「うん」
「そろそろ日が沈むぞ」
「うん」
「お前は、我にとって誰よりも太陽であったよ」
「うん」
「たくさんの命を背負って、奔走して、夢を実現したお前を心から尊敬している」
「うん」
「……っ、お前は、最高の、友だ」
「……うん」
(声を震わせ、老人の体を支える神獣が彼にクチバシを寄せる)
「お前と旅ができて、よかった。ありがとう」
「……うん」
(涙を見せまいとする神獣に、彼は目元に手を差し伸べる)
「ぼくも」
(それ以降、彼が言葉を発することはなく、手のひらがクチバシから滑り落ちて行く……)
「いかないで……」
(か細い鳥の悲鳴に、応えるものは誰もいない)
(彼の最期に間に合ったのは、結局最初の一匹である鳳凰だけだった)
◇
空のような空間で鳥の神獣が目を覚ますと、その頬を涙が伝っていた。
「ふむ、懐かしい夢を見たのう」
狭間のような『すべてのはじまり』の場所で、こうして今日も彼は生きる。
「む、新たな共存者が来たか」
空間が揺れ、目の前に長い黒髪の少女が現れる。随分と慌てている彼女は、もしかしたらこの場所があの世かなにかかと思っているのではないかと思うほど、混乱していた。故に、彼は声をかける。
「よくぞ参った、《共存者》よ」
少女が驚いたように口を開く。
「我が名は、『鳳凰』である」
彼は名乗らない。名乗る名を持たない。
なぜなら、かつて貰った名前は、もうこの世のどこにもないのだから――。
だから、彼らは己の名を名乗らず種族のみを告げるのです。