【番外小話】ネコカブリは嘲笑う
本編44話くらいまでのネタバレを含みます。
ご了承ください。
三人称。『ネコカブリ』のあのひとメインのお話。
ある男が少女に道案内をしていた日のこと。
男は誇り高きPKである。
ただのプレイヤーキラーが誇り高いなどと、ごく一般的な平和なゲームしかやらないようなまともな人間ならば鼻で笑うだろうその事実だが、ことPKの許された……いやPK専用に用意されたと言っても過言ではないサーバーにおいてその言葉は。
――やっぱり爆笑ものだった。
その男も他人が誇り高きPKなどという単語を用いていれば、そりゃあ大笑いするだろうことは間違いない。しかし、そのゲーム『神獣郷オンライン』において、PKに共通する意識として『他人に負けるのは恥』というものがある。
もちろんPKを行えばカルマ値が上がり、カルマ値が高ければ高いほど己が討伐された際のリスクは上がる。最高にイカした顔写真がどの街にも配布され、PKは狙い、狙われる立場となるのだ。
そんなリスクを犯してまでわざわざ自分から選んだ道だというのに、それで無様に負けてしまったら圧倒的に恥である。強敵と戦った末に倒れるならばまだいい。それは勲章となる。しかし、慢心して弱者に不意を打たれたとなればそれは恥だ。
男はそう考えている。
男のいるサーバーはそんなPKばかりが集う、飢えた狼の群れの巣のような場所だ。
わざわざ運営側がPKのあるなしでサーバーを分け、初心者が一撃のトラウマで去ってしまわないようにと配慮した結果、選りすぐりのPKがかえって集まってしまい地獄絵図の阿鼻叫喚。いや、魔境。いや、地獄に存在するという修羅道……そんな風に呼ばれてしまうほどまでになったのが混沌の坩堝たる、この『PKありの麒麟サーバー』である。
もう一つある『PKありの鳳凰サーバー』では、初心者の街を守る神獣こそが好戦的で、定期的にPvP……プレイヤー同士による戦闘の大会が開かれているため、ある程度ガス抜きには成功している。
しかし麒麟サーバーではそれがないためによりいっそう上級者向けのサーバーと化している。
男は誇り高きPKである。
故に偶然サーバー選択時に迷い込んでしまったのだろう、初心者らしき少女に親切にも声をかけ、そして暗いフィールドへと案内してきたのだ。
誇り高きPKは子供を相手するのにも全力を出し、トラウマを刻み付ける。それは獅子は兎をも本気で狩るという話と同様。
たとえ相手の子供がいわゆるロリと呼ばれるような可愛らしく可憐な少女だとしても、そしてそのパートナーが自由を冠する小さな小さな子猫だとしても、彼はPKすることを心に決めていた。
「おにーさん、ありがと〜。なーんかいつもと違って、街が暗い雰囲気で怖かったんです」
「そっかー、そりゃそうだろうねー」
男は考える。
ゲームとは言え、相手の見た目は子供。普通なら躊躇うところだが、その男は残念なことに純粋そうな相手の顔が恐怖に変わる瞬間の顔を好んでいた。
もちろんリアルにそのような性癖は持ち込まないが、男はキャラクターがなぶられる姿が好きな、どこに出しても恥ずかしい(むしろ絶対に表には出してはいけない類の)立派なリョナラーであった。
「ここだここだ〜、ここでトラツグミっぽい声が聞こえるって噂があるのよね〜」
その場所はフィールドの中でも取り分け暗く、夜の色が濃い場所であった。
故に明かりの霊術や道具なしでは足元を確認することも難しい。
少女はおぼつかない足取りで大きな木の根本に立ち、辺りを見回し始める。
彼女が連れているのは子猫一匹。それも猫の気まぐれな特性が出ているのか、少女に寄り添わずに近くの茂みを歩き回りはじめる始末。
PKの際にプレイヤーを守る聖獣という存在は目障りであり、さらには大切な大切な聖獣がポリゴンとなって散っていくさまを少女に見せつけて殺すために男はそっと猫の後を追う。
そして、いざ猫を殺してやろうと手を伸ばし――その腕は、猫に辿り着くよりも前に赤いポリゴンを撒き散らして爆散する。
男の腕が、その部位が破壊されたことによるダメージの発生。
突然起きたその現象に男は困惑を持って、一瞬だけ思考停止した。
「にゃっはは〜、わざわざミーの子の晩ご飯になりに来てくれるなんてゴクローサン」
男が背後からかけられた声にふりかえると、そこには自身よりもかなり背の低い少女が一人。
しかし先ほどと違うのは、彼女の表情が怯えではなく、愉悦とも嘲笑ともとれる『少女らしくない』顔をしていることであった。
「なんっ」
男が声をあげるよりも前に、その場所にバクンという音が響き、無音になる。
そして透明な空間の中に包み込まれるようにしてその場から消失した男は、2秒後に『なにもないはずの空間』から赤いポリゴンが爆散することで死んだことを表す。
か弱そうな幼女の姿に惑わされ、無意識に慢心していた男の死に様は、狙われていた女にとってはまさに滑稽。恥の一言であった。
「にゃあっはっはっー! 情弱は死ぬ運命だにゃ?」
わざとらしく煽るように虚空に向かって喋る少女は、透明な空間を撫でるように手を動かす。
すると子猫は届いていないように見えるのにも関わらず、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らした。
その子猫の正体は『聖獣 ネコカブリ』である。
子猫の姿はフェイク。その実、『子猫に見えているだけの巨大なライオン』の聖獣である。
常にプレイヤーから見られる認識がズレているため、か弱い子猫にしか見えないまさに猫被りな性質を持っていた。
「まったくー、サーバー間違えて迷子になるよーな、かわいこちゃんなんてイマドキいないでしょ常識的に考えてさー。ニワカPK多すぎ問題」
少女――プレイヤー名『ルナテミス』は麒麟のPKありサーバーにおいて、その可愛らしいロリータな見た目と雰囲気でPKを誘い込み、葬り去る有名PKK。PK狩りと呼ばれる存在だ。
彼女の特徴である、『猫語尾のロリ』という情報だけが一人歩きし、名前と特徴だけしか知らぬ者……彼女曰く『情報弱者』にはか弱い少女のロールプレイをすれば三割程度は正体がバレないのである。
修羅道や世紀末とさえ言われる『あり鯖』では、たとえ相手がか弱そうでもとりあえず疑うのがセオリーだ。先程の男はまだまだPK初心者としか言いようがないだろうとルナテミスは笑う。
世紀末とはいえ、安全なプレイヤーはいる。
いわゆる正義の味方を演じたい厨二病だ。そのタイプのプレイヤーについてもらい、ある程度力をつけたPKの卵は実に調子に乗りやすく、そういうタイプほどルナテミスの手に引っかかるのだ。故に三割程度。
引っかからないプレイヤーならば、彼女は正々堂々真っ正面から不意打ちをかます。そういう人間である。
「鵺みたいなキメラは実装しないのかにゃあ……それとも、進化条件が特殊なのか……最初期でもないのにこの手探り感、いいよねぇ……」
彼女は月夜の明かりも乏しい中、ブツブツと独り言を零しながら彷徨い歩く。
「猿の魔獣はっけーん、ディアナ、お食事の時間にゃ」
「グルルルルルル」
子猫はその可愛らしい顔のまま、音もなく移動する。
しかし、やはりディアナの唸り声は子猫の姿の遥か上から響いている。
視線の先に佇む黒い毛皮の猿目がけ、子猫が高く、高く跳躍した。
その瞬間、視線の先にいた猿の姿が一瞬でなにもない空間に飲み込まれ、赤いポリゴンが砕け散る。
「猿が十匹目。あとは虎と、蛇と、セオリー通りなら狸かにゃ。胴体がニワトリのパターンもあるし、尻尾が狐の場合もある……コストが高いにゃ〜」
彼女が目標とするのは、己の相棒であるディアナを『鵺』に進化させることである。しかし、神獣郷オンラインはいまだ攻略情報が充実しておらず、鵺への進化方法、条件。そもそも実装されているのか? ということさえ分からない暗闇の中での模索をするしかない。
そのために彼女が現在試しているのは、『鵺』の伝承にある姿。猿、狸、蛇、虎などの複合した姿の元となりそうな魔獣・聖獣を相棒に食わせてデータを得ようとする方法である。
別の電子モンスターのゲームやアニメにて、そのような『仕様』もあったからという理由だけで、結実するかも分からないこの行為を続けている。
「聖獣に対する信仰ゲージがあるなら、妖怪系の聖獣に対する畏れゲージくらいあるもんだと思うんだけどなー」
愚痴りつつ、彼女は街へと戻る。
彼女にとって安全圏は己のホームである猫喫茶くらいだ。そこで寝て、ログアウトをして、そしてひと息つく。
『ネコカブリ』ルナテミス。
そんなルーチンを日々続け、ありサーバーとなしサーバーを点々と渡り歩き……そして後にとあるプレイヤーを脅しつけ、逆になぜかそのプレイヤーのファンになってしまうという、荒んで癒しを求める猫好きプレイヤー、その人である。
彼女の荒んだPKサーバーでの生活は、『ミズチ完全浄化クリア』がアナウンスされるまで続いていく……。
Q.なんで騙されたの?
A.顔で覚えているのではなく、猫語尾の幼女で覚えられていたから。つまり男がちゃんと他のPKのことを調べてなかっただけ。まさに情弱。
ケイカに出会う前のルナテミスはこんな感じで人をおちょくったり騙したり正々堂々あり鯖で闘争したりしていました。
最近は荒んでいた心が癒されているらしい……?