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「神屋さん!私、花枝涼子っていいます!よろしくねー!」
青木が教室を出てすぐ、鐘の音が鳴り止むか鳴り止まないかというタイミングで、前の席からくるっと体を向けた女子生徒に、にこにこと話しかけられた。
心の準備ができていなかった壱希はびくっと体を揺らしてしまう。
ブラウンベージュのショートボブ。
瞳の大きな小柄な美少女ーーー涼子はそんな壱希になおもにこにこと笑顔を向ける。
「いやーもう、女の子が編入してくるなんて本当に嬉しいよー!仲良くしてね!いっちゃんって呼んでいい??」
「え、いっ…?は、はなえさん、あの…」
「涼子って呼んで!あー、いっちゃんマジで美人ー!」
ずい、ずいっと、身を乗り出してきて距離が縮まる。
きらきらと見つめられ、褒められ、どこにどう反応していいかわからない。
涼子は可愛い見た目に反し、かなり積極的で物怖じしない性格らしかった。
「こら!こらこらりょーちゃん!神屋さんが困っとるやろ!距離詰めるの早すぎやけん!」
「えー、だってー」
「だってじゃない!ごめんな、神屋さん。こんなんやけどいい子やけん、怖がらんでやって」
涼子の右横の席、つまり壱希の右前の席の男子生徒が助け舟を出してくれた。
変わった訛りのあるその男子生徒は、細身で背が高く、赤茶に染めた短い髪をワックスで遊ばせ、制服も軽く着崩している。両耳にはピアスが二つずつ。
山吹学園の校則はかなり緩いようだ。
「あ、うん。えっと…」
「俺は仁野圭。よろしく」
「よろしく、圭」
そう返すと、ブハッと圭が吹き出した。
肩を揺らして笑っている。
涼子もにこにこと嬉しそうに笑った。
「あはは!いっちゃん、そんなきれーな顔していきなり名前呼び捨てとか、ギャップ!距離の詰め方が私と変わんない!」
「それ!意外やったわー!俺も壱希って呼ぶわ」
「う、うん」
「かわー!いっちゃんかわいー!」
美少女と派手なイケメンが笑う。賑やかだ。
随分と仲がいいらしい。
(高校生ってこんな感じなのか…すごい元気だな…)
三人の様子に、他の生徒たちも混ざって話しかけてくる。
涼子と圭のおかげで、壱希は戸惑いながらもクラスメイトと交流が持てた。
だが、隣の席のあの黒縁眼鏡の男子生徒だけは、そんな壱希たちには一瞥もくれず、荷物をまとめると静かに教室から出て行った。
その彼に、誰も声をかけることはなかった。
(あ、あいつ…)
でも、壱希はあの男子生徒のことが、正直言ってこのクラスの中で一番気になった。
静かだが、あれはきっと、本当の意思や能力を隠している男だ。
まるで鷹だ。
「ねぇりょーちゃん。私の隣の席のやつは…」
「ああ、高木ね。っていないじゃん、帰ったの?」
「まじか。気付かんかった。隣の席は高木真っての。無口で何考えてるかよくわからんけど、悪いやつじゃないよ」
圭がカラッと笑って言う。
彼にかかればどんな奴でも「悪いやつ」ではなくなるのだろう。
「たかぎ、しん…」
壱希はその名前を復唱する。
とても気になる存在だった。だけど。
(あまり関わらない方が良さそう…席は隣だけど)
面倒を起こさず、落ち着いた学園生活を送るという目標を持っている壱希。
そして能力を隠している高木も、近い目標を持っているのではないかと思う。
気をつけよう。
この学園で、やらなければならないことがあるのだから。
やっと与えられたこの自由な時間を、大切にしたいのだから。
一通りクラスメイトと話をした後、壱希は涼子と圭と一緒に寮に戻ることにした。