表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

始まりの日



ーーーあなたは唯一の希望。


ーーーたった一つの希望。



幼い頃から幾度も聞かされた言葉。




だから私は。


だけど、私は…




「……っ!」




ばくばくと鳴る心臓。

落ち着けるようにゆっくりと呼吸する。


見慣れた天井から視線を下げれば、障子の隙間から細く月明かりが差していた。


ほのかに青白く照らされた静かな自室は、いつもと何ら同じで。

こうして呼吸を整える自分の存在だけが、壱希には異質に感じられた。



「はぁぁ…」



ひとり深く息を吐く。


まだ夜は深い。

嫌なものを振り切るようにゴロリと体の向きを変えると、もう一度眠りに落ちるべく、強く目をつぶった。





✳︎




「昨日はよく眠れたか?」



少し開いた窓から爽やかな風が入り込み、昴の後ろで白いカーテンがふわふわと軽やかに揺れていた。

日の光もあたたかで明るい。

季節は春から少し移ろいつつある。


壱希はゆっくりと瞬きをした。


「子ども扱いするなよ」

「子どもだろ」


ふん、と鼻を鳴らすと、昴は席を立って壱希の前まで来ると、その頭をがしがしと撫でた。

わ、ちょ、と小さく抗議して、形のよい少し猫目の榛色の瞳がジロリと向けられる。


「睨むなよ。…よく来たな、壱希」

「…お前が呼んだんだろ」

「それでもだ。歓迎するよ」

「……うん」


所在なげに視線が泳ぐ。

それを見て、昴は少し困ったように笑うと、もう一度頭を撫でて手を下ろした。


「まあ、ちょっとタイミングはズレたが、今日から晴れてうちの生徒だ。困ったことがあればすぐに言えよ」

「わかったよ」


白いシャツに明るい茶色のブレザー、グレー地に山吹色の細いラインが入ったタータンチェックのネクタイとスカート。

昴か理事長として運営するこの山吹学園の女子制服。


それを壱希が着ていることに、昴は感慨を覚えた。


「もうすぐ担任が迎えにくる。……頑張れよ」

「……ん」


少しの緊張を含んだ短い返事。

常よりもやや表情が固いのは仕方ないだろう。

年相応のその反応が、昴には嬉しかった。



「ーーー神屋さん。迎えにきました」



間も無くやってきた担任と一緒に、壱希は理事長室を後にした。



神屋壱希。

理事長の遠縁の、時期外れの転校生。



閉められた扉を見つめ、昴は願った。

どうかここでの生活が、彼女自身にとって実り多いものになるようにと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ