ひとりだけ
別れ話を切り出すほうはずっと前から別れを言う決心があって、一人になる覚悟も、心構えも出来てるからいいかも知れないけど、言われるほうは青天の霹靂と言うか、なに突然シリアスなこと言ってんの?言ってる意味がわかんないんだけど、まるで「キミの余命あと三十分」と、言われるようなもので、展開が急すぎない?放送予定十回のドラマが三話で打ち切りが決定して強引に終わらせたみたいじゃん。
「色々考えた末での答えなんだ」と彼は言うけど、わたし全然考えてないし、てっきりずっと一緒にいれると思ってたのに。
頭を撫でられながらの甘い言葉。
誕生日プレゼントを渡す時の照れ臭そうな笑顔。
わたしのペースで歩いてくれる散歩。
あれはなんだったの?
「ずっと一緒にいようね」とか「離さないでね」とか「幸せになろうね」とか、口に出した瞬間は羽毛のようにフワフワとした心地よいものでも、時間が経つにつれて果たせなかった約束は湿気った布団のような重さで、わたし達の上に積み重なり押し潰されたのだろうか。
「ごめんね、叶えられない夢ってわかっていても、言ってみたかっただけなの、でも、それが重荷になちゃったね「そうだね」って嘘でもいいから、あなたに言われるだけで幸せだったんだよ、甘いベッドタイムストリーだけで良かったのに」なんて泣きながら負け惜しみ言ってやりましたよ。
畜生、ボケっ!急遽ソロデビューじゃんか。
自分、今日から一人体制っすよ。
やってやるっつーの!
全部やってやるっつーの、あんたの分までやってやるっつーの!
悲しんでるヒマがあるなら前に進んで、
どうよ!って言ってやるよ!
言ってやるよ!どうよ!って。
でも、どうなったら、どうよ!って言えるのだろうか?
美貌?
お金?
地位?
名誉?
なんだ?
やばい。
ソロデビューしたのに完全に方向性を見失ってる。
止まった瞬間に忘れようとしてたあれやこれが津波のように押し寄せて不安の海に溺れそうになる。一人の夜は嫌いだ。
止まるな。考えるな。とにかく動け!
なので「ウクレレ教室」に通ってみたが、今のわたしはそんな陽気な音色を奏でる気分じゃなかったので二回で挫折した。
そこでウクレレを床に叩きつけ破壊してみたが、ロックな感じは出なかった。
そうだよなぁ。でないよなぁ。でるわけないよなぁ。ウクレレだもんなぁ。
反省した瞬間、額に剣を突き立てられたようなジリジリとした脅迫観念に襲われる。
クソったれが!殺れるもんならやってみろよ!こんなんで負けてらんねーんだよ!
なので「囲碁教室」に通うことにした。
黙々とした感じに好感は持てたが、碁石が白と黒なのはさすがに味気ないのでリュックに入れてたM&Mを取り出し碁盤の上に置いていたら怒られたので辞めた。
可愛かったのに。
素敵だったのに。
碁盤の上のM&M。
記念に写メっとけば良かった。
と、思いながら、公園のブランコに座って揺られながらM&Mを食べた。
食べながら、どの色が一番多いんだろ?と思って、大量のM&Mを大人買いして、ガラスの瓶を購入して、色ごとに分けてみたりした。
意外と青が多かった。
「体に悪そう」と言いながら冷蔵庫に各色の瓶を並べた。
冷蔵庫のオレンジ色の明かりに照らされた瓶はキレイだった。
あの人に見せたいと思って凹んだ。涙が溢れた。
もう泣くのは止めようと、思いながら浮かんだのが「溶接」だった。
なんか溶接工の人が付けてる、中世の騎士みたいなお面の感じが勇ましくて「どうよ!」って感じだ。ついでに職人気質とかも身に付けて「バカ野朗!そんな仕事やってらんねぇよ!」なんて客とか社長とかにも偉そうに言うのだ。
でも「溶接教室」とかなくて、ようやく見つけたのが、ただの「職業訓練所」みたいなとこだったので断念した。
そこまで本気じゃない。
ホント言うと何事も本気じゃない。
お気楽モード全開の「教室レベル」で十分だ。
仕事も恋愛も。
いや。恋愛は本気で取り組んでましたよ。
多分。
自分なりに。
でも。
恋愛は一人でするものじゃなくて。二人でするもので。相手がいるもので。一人じゃできなくて。どっちかだけが良くても、どっちかだけが悪くてもダメで。二人とも気持ちよくないとダメなんだよなぁ。
セックスも。
彼だけを幸せにさえすれば良いと思ってたけど、彼の周りにあるものも幸せにしなきゃいけなかったんだ。
やばい思考が相方を求めてる。
それに、せっかくソロデビューしたと言うのに、いきなり一人反省会なんかしてるし。油断するといつもこうだ。
忍者の人が凧に乗ってビュッーって大空高く上げられた瞬間に、凧の糸を切られた気分だ。
なので、気分転換しにM&Mの青ばかりが入った瓶と、赤ばかりが入った瓶を冷蔵庫から取り出しリュックに入れて公園に行った。
「どっちがセクシーな大人になるほうだったかなぁ?赤だったか、青だったか」と思いながら公園のベンチに青い瓶と赤い瓶を置いて腕を組んで考えた。
でも。
自覚はないけど他人からみたら数値上、わたしは既に大人の女にカテゴライズされているようだ。
無自覚なわたしに必要なのはメンバーの補充じゃなくて、まず一人で色んなことにチャレンジして、試行錯誤して、あがいて、やるだけやって、ソロは無理です。って、なったときでもいいような気もする。
これまでの人生、自分で決めて進んできたんだ。まあ、ほとんど間違いだったけど、それはそれで、良かったと思うことにしよう。
これまでの経験を踏まえると、この作戦も間違ってる気もするが、完璧なんて可愛げがないし、今しかできないこともたくさんあるはずだ。
なんせ地球は時速1666キロで自転しているから、どんな出来事も音速以上のスピードでやってきては去っていくんだ。
それなら一人だってやるしかないじゃん。