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第1話:過去に負けた少年

 とても寒い、しんしんと雪の降る日だった。雪が一面を真っ白にコーティングし、あたかも、世界が彼一人だけかと思わせた。

 いつになく、暖かな服装で身を包んだ彼は、その中を、世界を、軽やかなステップで進んでいく。しゃりしゃりと小粋な音をたて、進む彼の後に、くっきりと足跡が残る。


 高村光太郎の『道程』が思い出された。


「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る・・・・」


 あぁ、なんて今の世界にぴったりな詩なんだ、と彼は思った。

 彼の目の前には、真っ白な世界が広がっているだけで、道はない・・・・・。たとえ、この先に地の果てまで堕ちよう穴があろうと、実際に堕ちるまで気づきはしないだろう。

 なんたって、彼は、すべてを覆い隠し、新しい世界を構築する白=雪を、何かきれいなものと勘違いしていた。そう、いつも、彼は甘かった。一を知って、十を知った気になっていた。いや、別にそれはそれでかまいわしない。彼にとって一番の不運は、誰もそのことについて教えてあげなかったこと。つまり、彼は、彼自身で気づくしかなかったのだ。

 

 それから、約47分後、彼は自分で作った道程を走って戻っていた。

 泣きたくなるのを必死で堪え、「くそ、くそ、くそ」と呪詛のように世界に恨みを籠めて、白い息とともに短く、短く発した。

 刹那、彼は彼自身が作った道程からずれ、何かにつまずいた。平衡感覚を失った体が、いともたやすく、そして、ゆっくりと白い世界に沈んだ。

 ひんやりとした雪の感触は、熱くなりすぎた頭を冷やすのに最適だった。


 そして、冷えた頭は、後悔の念を生み、容赦なく彼を襲った。


 なんで?どうして?なぜ、自分?


 次々とシャボン玉のように疑問は生まれ、一瞬ではじけて、消えていった。

 うっうっと嗚咽が漏れ始めた。

 

 いけない、他人に弱みを見せては・・・


 そんな教えも、この悲しみを前にしては、一瞬ではじけ、決壊した。

 堰をきったように涙があふれ、止まる様子は微塵もなくただ「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と慟哭するほかなかった。


 呼応してか、雪も徐々に激しくなり、やがて、すべてを真っ白にした。 


 

 目が覚める。先ほどの夢のせいで、呼吸が乱れている。パジャマも汗でぐっしょりと濡れて、体にぴったりとはりつき、不快だった。手がしびれ、震えた。立とうにも、倦怠感に襲われ、身動きがとれなかった。

 乱れた呼吸を整えようと、一つ長い息を吐いた。その息とともに、倦怠感もいくらかましになり、シャワーを浴びるまでの元気を取り戻した。

 重い足をあげ、風呂場へと向かう。


 シャーー、と朝特有の冷たい水に、汗、倦怠感もろもろが流されていく。そして、そのまますべてが流され、からっぽに・・・・・・なればいい・・・・・・。ふと、そんなことを思った。髪が濡れると、萎れてぴったりと顔にひっついた。前が見えない。だが、彼は、それをどけようとも、切って根源をなくそうとも思わなかった。手探りの状態で、風呂場を出ようとしたものだから、ドアのつっかえに足をとられる。


 平衡感覚を失う自分。近づく床。デジャウ。しかし、彼は、ぱっと手をだし、転倒するのを防いだ。その途端、口端がつりあがった。

 そうだ、これが人の強みだ。人は(・・・)過去から教訓を学び(・・・・・・・・・)未然に防ぐ・・・・・ことができる・・・・・・

 では、あの事件から学べることは?いや、気が早いか。何故、あんなことが・・・・・・起きたのか・・・・・、原因を考えなければ。思い返し、数々と浮かぶ誹謗中傷。その数々の誹謗中傷に必ずついてまわる語句があることに気がついた。


 「容姿」


 あぁ、そうか、自分の容姿が原因か、と冷え切った心と体はそう結論づけた。

 すると、彼は洗面所の鏡に身を映した。乾いて、ぼっさぼっさになった髪が、彼の美麗な顔を覆い隠す。だが、彼は、決してそれで満足はしなかった。後、もう一つ。彼がぼそっとつぶやく。


 リビングに出た彼が目にしたのは、じっちゃんの形見の大きいふちの眼鏡。昔からじっちゃんが愛用していた眼鏡。そっと、その眼鏡をとると、彼はじっと眼鏡を見つめ、


 「じゃちゃん、使わせてもらうわ」


 そう、眼鏡に告げると、レンズをぱきっとはずし、身につけた。かすかにじっちゃんの匂いが鼻孔をくすぐった。天国のじっちゃんもゆるしてくれるはずだ。


 その状態で、再び洗面所に戻ると、彼は、感嘆の声をあげた。 

 そう、まさに完璧だった。昔の彼の美麗な顔など見る影もなく、髪と眼鏡で完璧に包み隠していた。暗くて、ださい男。誰もが、最初に思いえがくであろうキャラ。

 そうだ。しゃべり方もおどおどとしたものに変えよう。そして、本も読もう。そうすれば、もう二度と、あんなことは起きないはずだ。


 楽しい高校生活を空費することを彼は半ば同意した。あぁ、なんて可哀相な子なのだろう。彼は、徐々に知るであろう、現実を突如として、たたきつけられたのだ。彼が弱いわけではない。ただ・・・運が悪かった・・・・・・・それだけの話・・・・・・・。だが、彼にとって、ただでは片付けれなかった。


 本と仮面と眼鏡で身を固めた彼こと近藤武蔵きんどうむさしは鏡の前で覚悟を決め、不敵に笑った。



タイピングするのめんどくさいです。

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