第01話「1000回目の告白」2/2
零下40度――日夜猛吹雪で時間の概念さえ忘れてしまいそうな真夜中の白夜山――こんな夜更けに山へ足を運ぼうとする愚か者がいるのなら、それはクエストを請け負った冒険者か、自殺志願者か……
「いやぁ参った参ったぁ。今日はいつもより吹雪がひでぇや」
……紅蓮魔ヒバチであろう。
自らの身体を松明代わりに燃やして闇を照らし、下駄で踏むごとに雪道を溶かしていくヒバチは、今日も懲りずに白蓮華つららの居る山頂を目指していた。
今宵の逢瀬は特別だ。なにせ今度の告白で1000回目――999戦0勝999敗のヒバチには、勝っても負けても記念すべき回数に到達する。無論勝つ方が良いのだが、今のヒバチに勝ち負けはあまり関係なかった。とにかくつららに会って話をしたかったのだ。
度重なる登頂のおかげで、すっかり覚えてしまった山路を渡っていたところ――
「ん?? 何だ、この音は……」
異変が起きる。
雪玉だ。山の斜面から雪玉が転がり落ちてきた。
「どわぁぁぁっ!?」
雪も積もれば岩となる――巻き込まれれば即死は免れないであろう。ヒバチなど小人の様に見えてしまう程の巨大な雪玉は、次々と彼を潰さんと狙うように落ちてくる。
それでもヒバチに後戻りはない。進路を塞がれる前に大玉一つ一つをヒラリと躱しながら登っていく。
「……こりゃあ、まーたお前らの仕業か。これで182回目。しかも久々だからか、いつもより数が多いな」
雪崩に巻き込まれるのならまだしも、これらは自然現象によって出来たものではない。これらは全て、外敵を追い払うための罠——明らかに人為的に作られた生命体なのだ。
『ウヘヘ……』
『ウヘヘヘヘ……』
『ウヘヘヘヘへへへェ……』
やがてヒバチを取り囲むように地面に落下してきた雪玉からは、丸い手足が生え、巨大な雪達磨へと姿を変える。
ザッと数えても20体。どれも共通して黒い目玉と、歯を見せて不気味に笑っているこの雪達磨は、つららが体内の水分を消費して作り上げた即席の尖兵。自我を持つだけでなく、つららの命令通りに行動することも可能なのだ。
「よう! 相変わらずの間抜けヅラだな。でも全体が綺麗に丸みを帯びて、艶も出ている! どうやらつららちゃん、今日は体調と気分共に良さげだねぇ。ウヘヘヘヘ……」
『『『ウヘヘ……?』』』
雪達磨の造りを見ただけで、生みの親たるつららの状況さえも洞察するヒバチ。ここまで来るとストーカーを通り越して変態だ。
『ウヘ――!』
しかし煽てようとしても、雪達磨たちの使命はヒバチの排除。一斉に拳を振り上げて襲い掛かる。雪で出来てるとはいえ、ヒバチを殺さんとするその打撃は、山路を穿つ程であった。
「うぉっと!! 動きにもキレがある! 威力も素ん晴らしい! こりゃあつららちゃん、気合もたっぷりだな~!!」
それでもヒバチは恐れない。むしろ燃え滾っていた。
つららはただ待っているのではない――これまでより熱く激しい愛を自分と語らいたくて仕方ないから、いつもの逢瀬に華を添えて心待ちにしている――と、彼はそう解釈したからだ。
「炎魔飛翔脚――っ!!」
炎を脚に集中させ、ヒバチが宙へ跳ぶ。巨体がアダとなり、押し競饅頭状態の雪達磨たちは、頭上を取ったヒバチに対して防御で受けるしかない。真紅に光るヒバチの脚は雪達磨に飛び蹴りを炸裂させる!
砕け散った雪達磨はただの雪へと戻り、雪道に埋もれて消えていく。
「さぁ! そうと分かればのんびりしてる場合じゃねぇ! 待ってなよぉ、つららちゃ〜ん!!」
下手な小手調べも前向けに受け取り、1000回目の告白に燃えるヒバチは山頂目指してひたすら駆け上がるのであった……。
* * *
白夜山 山頂
普段は倍以上の時間を要するところ、今日だけは1時間で登り切ったヒバチ。山頂に着いてまず目に入るのは、つららの庭でもある直径約500mの広大な湖。この一面銀世界の美しい風景も、今やすっかり見慣れてしまったヒバチにとっては花より団子。
とにかくつららは何処だと、湖を見渡していると――
「やっ! お早い到着だね」
お目当ての娘は傍の畔にビーチチェアとパラソルを立て、万年真冬なのに真夏気分を堪能しながらヒバチの到着を待っていたのだ。欠伸をしながら立ち上がり、気さくな挨拶を交わす反面、両手は常に拳銃を取り出せるよう太腿のホルスターが開いている。
「ようよう、つららちゃん! さっきはなかなか味なことしてくれたね。良い準備運動になったぜ!」
「どういたしまして。今日は特別な日だから、少しはこっちも捻りを加えてやろってね。そっちこそ、期待していいんだよね?」
「心配御無用! 期待は裏切らんよ。何てったって今日は付き合って1000回目だかんね! 胸が高鳴っちゃうよー!」
突如、銃声が響き渡る。
「わひっ!?」
「……語弊があるね。付き合ってすらいないんだけど」
早速だがつららが先制を取った。放たれた弾丸はヒバチのこめかみを掠り、もみあげを削ぎ落とす。
彼女の武器は、回転式の二挺拳銃。白く細い腕をした彼女が持つにはあまりに重量級だが、つららは慣れた手付きでクルクルと回している。そして握ってからヒバチに照準を当てて発砲するまでに2秒と掛かってない。
「バッカ……お前! 俺の立派な髪どうしてくれんのよ! ちょっとしたジョークじゃないの!!」
「こんな所で冷めた笑いを誘うんじゃ、そんな口も凍らせた方が良いと思うんだよね。うん――」
「ちょい待ち……! ひぃぃぃぃぃ~!!」
全速力で逃げるヒバチを連射で追い詰め、湖に白煙が立ち込める。煙が晴れると、彼が通った箇所にはたちまち花弁のような氷塊が咲いていた。
つららの銃弾には、特殊な液体窒素が込められている。撃ち込まれただけで広範囲に液体窒素が広がり、着弾地点には爆風を凍らせたような塊が出来上がる。身体に被弾すれば傷口はおろか飛び散る血が見事に凍らされ、赤い薔薇を完成させるだろう。
「……はっ! いよぉ〜〜っ!!」
ただヒバチも逃げるばかりではない。音で発砲された銃弾の数を計算し、弾切れになったところで全身を燃え盛らせてつららに反撃を仕掛けた。
「業炎魔神――!!」
全身火達磨になったヒバチは、際限を知らない火となって燃え滾る。火は瞬く間に巨大な炎となり、ヒバチの体躯も己自身の型を破ることで巨大な炎の魔神へと姿を変えた。
その炎からはいくつもの火柱が上がり、つららを囲むように軌道を描くことで、ヒバチに対して無謀な攻撃を強いる状況が完成する。
「へぇ……今まで見たのより一番大きいね」
「ありきたりだけどな、雪達磨からピンと来たんだよ! 俺がとにかくデカくなりゃ、こんな山頂、すぐに俺の独壇場にならぁな!」
「アッハハハハ……!」
つららは追い詰められている筈が、ヒバチの大胆な技に笑いで返してやった。
「……何がおかしいんだい?」
「アハハ……ごめんごめん! だって考えてごらんよ。ここは凍った湖の上だよ? 並大抵の熱には耐えても、あんたがそんなに熱をあげたら……」
「ふぁっ――」
しまったと気付く頃には手遅れだった。炎の魔神は足元からドボン――凍った湖の表面が溶け、ど真ん中で浸水したのだ。
「ほぎゃあああああああ〜!!!!」
「どしたどしたー。もしこれで何の手も打ってないんじゃ、今度こそ終わりなんじゃないのー?」
「ひゃあばばばばばばば……!!」
だが足から湯気を上げて消えていくヒバチは、本当にこの事態を危惧していなかったか、もう下半身まで沈んでしまっている。
「え……まさか本当に見落としてたの??」
「……………………」
意外や意外、よりによってヒバチは弱点である水に沈み切って、殆ど不老不死の生涯を終えてしまった……
「えぇ……こんな初歩的な……確かにいつも何考えてるか分かんない間抜けな男だけど……こりゃいくら何でも――」
「誰が間抜けだよ」
「――誰がって、アンタしか……ひゃっ!?」
……かに見えた。つららの真後ろにヒバチが腕を組んで立っていたのだ。
「……どうして?」
「さっき燃えて沈んだのは、俺の映し身さ。燃えさえすればどんな姿にでも変えられるから、いくつかの火柱に分かれてキミの後ろに回り込んだってワケ」
「なるほど……完全に気を逸らして背後を取ったわけか」
「その通り! しかしつららちゃんが俺の事を少しでも心配してくれたのは心底嬉しかったぜぇ〜!」
「勝手な解釈しないで……って、わっ! バカ! 抱き付こうとすんな!」
背後を取ったヒバチの腕は、つららの肩をガッチリ捕らえて離さない。1000回目にて初のつららへのお触りで、ヒバチは興奮は最高潮に達する。
「わあああッ! あち、あぢゃぢゃぢゃ!!」
「あぁ……とっても冷たいのにこの玉のような触り心地……そして微かに香る香水……これが夢にまで見たつららちゃんの白い柔肌ぁ……辛抱堪らんっ!! チューしよ、チュー!」
そして大きな腕で細い彼女の体を抱き締め、ひょっとこの様な顔で近付き、つららの頬へ念願の焼印を刻みつける――
『ウヘヘ』
「うへへ……?」
……間の抜けたリアクションが返ってくる。
「な、何だお前はぁ?!」
『ウ……へ……』
ヒバチが抱きしめていたのはつららに扮した雪達磨――ヒバチの1000度の唇により白い柔肌は、儚く溶け落ちる……。
「秘技・映し身返し――てねぇ! いやぁひっどいアホ面だったわ! 写真に収めときゃ良かった」
「お前―!! 折角今日の為に使わないでおいた俺の妙技を簡単にパクるんじゃねぇよ!!」
「いやいやあんなの出し惜しむ技でもないっしょ……。アタシも使う機会無かったってだけで、随分前から思い付いてたし」
ヒバチは彼なりに足りない頭で考案した技ゆえ、いとも容易くつららに真似されたのが結構応えた。
「しかもどんな女も一発で墜ちる俺様の愛の口付けを躱すなんて……ちょっと傷付くわ。そんなに俺が嫌いかよ……」
「一発で命を落とすの間違いでしょ。そう簡単にアタシもファーストキスを奪われちゃ、女が廃るってもんだ」
「……やっぱ一筋縄じゃいかねぇか。だがそれがいい! それでこそ俺が惚れた女だ!」
「フフッ、馬鹿言ってないでもっとアタシを楽しませなよ。これで終わりじゃ興覚めだからね」
「あたぼうよ今までのは前座だ! こっからがヒバチ様の晴れ舞台よっ――」
「その心意気、いいね――」
いつもと違う戦術も見せ合ったところで、これより本番。双方一直線に駆け出し、互いの技を出し合う。不老不死同士の『殺し愛』は、より苛烈を極めるのであった。
* * *
夜が更け、吹雪の勢いは強くなれど、二人の撃ち合いは終わる気配すらなかった。
五分と五分――互いに一瞬の隙を突き合い、瀕死になっても懲りずに蘇る。そしてその繰り返し。いつもは当たって砕けろ精神で玉砕していたヒバチも、何度銃で撃ち抜かれようとも、心にまで傷を負わない。むしろ炎が弱点でもあるつららを殺してしまうくらいの勢いで逆に追い詰めたりと、今まで手を抜いていたかと疑う程だ。
これにはつららも感嘆の言葉を漏らすのであった。
「——強いね。たった一日で何があったの? とても999敗した男には見えない変わりっぷりじゃん!」
「お褒めの言葉どうも! そっちも相変わらず強いねぇ」
気付けば撃ち合いをしながら言葉を交わしている。喋りながら闘っても隙が出るような相手ではない――互いにそう認め合っているからこそ成立しており、そのまま会話は止まることなく続けられる。
「それにしても……今日で1000回かぁ。思えば長いようで短かったね」
「おいおい勝手に終わらすなぁ!? 今日は記念日ってだけで最終回じゃねぇ! 1000回振られることになっても、明日も明後日も告白してやらぁ!!」
「ハハッ、本当にしつこいね。呆れ通り越して関心しちゃうよ。1000回も足を運ぶなんて、相当な物好きって理由だけじゃ普通はこんな続かない。折角だから、どうしてここまでアタシに言い寄るのか聞かせてよ」
「へっへっへっ、別に構わねぇよ」
ヒバチは苦笑いしながら、ぶつかるすれ違い様にその理由を打ち明けた――
「他人の気がしねぇからさ――」
「えっ――」
他人の気がしない――それはヒバチよりも前の過去の男達からは言われたことのない言葉だった。
「どういう意味……それ」
たったそれだけの言葉なのに、その真意が知りたくて、つららは脚を止めた。
動かなくなった彼女に、ヒバチも攻撃の手を止め、ありのままの想いをそのままぶつけることにした。
「俺が初めてキミに告白した時、キミはイエスやノーで返すどころか、ゴミを見るような目で俺の額を銃で撃ち抜いたのは覚えてるか?」
「…………うん、まぁ」
「ところがどっこい俺は死なねぇよって、二回目に会いに行った時のキミの反応ときたらよ、思いっきり目を見開いて、鬼の形相で俺を殺してきたよな? あの時のつららちゃんの顔が可愛くてよ~! まさか自分が仕損じるとはって驚いたような反応にしちゃ、物凄い初々しい感じがあってさぁ!」
「…………まさか不老不死者が自分以外に居るとは思わなったから……」
創造世界は、都合が良すぎる存在を産み落とさない。故にヒバチやつららの様な弱点持ちの殆ど不死身のような存在は珍しいのだ。
「それからつららちゃんに会いに来る度、いろんな表情を見せてくれるようになって、そんなキミに惚れた――だからもう俺にとっては他人じゃないのさ。俺の女にしたいってのは大義名分だけどよ、もっといろんなキミが見たいってのが本音。だからこのまま撃ち合うのも構わねぇけど、今日は貴重な1000回目だ。趣向を変えて……こういうのはどうよ!」
そう言ってヒバチは、懐から何かを取り出した。
「まずは飲み友達から! 朝まで飲んで食ってお互いを知り合おうぜ!」
……「酒」と書かれた壺と笹包み。どうやら1000回目に備えて事前に取り揃えた酒と肴のようだ。
つららは呆気に取られていた。この白夜山にやってきた無謀者達の尽くを葬り、自分は一人でいい、一人で好きに生きると決めていた彼女が、知らず知らずヒバチという男に対して心を開いていたのだから……。
「…………ぷっ」
そして彼の大胆ながら口上手とも言えない告白ぶりに、つららも存外悪い気はしなかった――
「バーカ。どう見てもそれだけじゃ足りないでしょ。飲みの方なら負ける気しないから、火を焚いて畔で待ってなよ。酒樽持ってくるから――」
「ガッハハハハハ! 俺の方こそ、話のネタには困ってないぜ! 外の世界の冒険話たっぷり聞かせてやっからな、覚悟しとけぇ!!」
こうしてヒバチの1000回目の告白は、飲み友という繋がりからで、ようやく成就したのであった。
* * *