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第01話「1000回目の告白」1/2


 人間の想像力によって生まれたキャラクターが産み落とされる「創造世界そうぞうせかい」――幾億にも枝分かれした世界の一つである氷結界は、日夜吹雪が吹き荒び、大地は雪に覆われ、海は氷河が常なる零下の世界。

 其処に住まう者達は、極寒の寒さに耐えられるように出来ている。属性や能力に応じて分配して産み落とすのも創造世界のシステムだからだ。


 * * *


 アイス・バウンド――氷結界で一番盛んな街。毎日多くの来訪者に溢れ、情報交換や取引が行われている。来訪が多い理由の一つとしては、この街が白夜山に最も近いからだ。街の外れは氷河に面しており、孤島として浮かぶ白夜山目当ての観光スポットとなっており、白夜山にあると噂される財宝目当てに足を運ぶ冒険者も少なくない。


 その街の酒場「れいぞうこ」――西部劇風な内装に、一切の暖房もない冷蔵庫の中に居るようなこの店は、今夜もある冒険者の()()を肴に騒がしかった。


「ガーハッハッハ!! これでヒバチの旦那、999回目の失恋だなぁ!」

「懲りないねぇ! 遊郭界ゆうかくかい行きゃあ、あれくらいの女いくらでも抱けるのによっ!」

「それでどうすんの? 1000回目はどうやって失恋するつもりかね!?」


「うるへぇ~!!」


 店内には白熊のような生物や、防寒具を着た氷結界の住人達で溢れてる。その中でただ一人、店の奥側の席でぽつんと座り、この世界には到底不釣り合いな格好で飲んだくれているのが紅蓮魔ヒバチ。テーブルには大量の徳利が散らかっており、客からの嘲笑に苛立ちながら早朝からヤケ酒をしていた。

 他の客がヒバチから離れているのは気遣いではない。全身炎熱帯の彼の近くに立つだけで、住人達は汗をかいてしまう程の熱気に包まれ、耐えられなくなるからだ。


「――皆さん笑い過ぎですよ! ヒバチさんが可哀想です」


 そんな客達の茶茶入れを叱り、一人だけ親身にヒバチの元へ熱燗を運ぶウェイトレス――白井しらいユキメ。雪のように白い髪を靡かせ、白い浴衣に緑のエプロンをつけた雪女は、ヒバチの熱気に包まれても嫌な顔一つせずに寄り添う。


「ヒバチさんごめんなさい……。お気になさらないでくださいね」


 白井ユキメは、この店のアルバイト。ヒバチが失恋した後は決まってこの酒場にヤケ酒をしに訪れ、ユキメがいつも笑顔で応対する。ヒバチとは十分に顔馴染みなのだ。


「いやぁユキメちゃんだけだよ、俺の気持ちを分かってくれるのは……。かつてクエストで荒稼ぎしてた俺様が、仕事全部ほっぽらかしてあの子の為に全てを捧げたのによ、今日までの告白全部失敗……」


 こんないじけるヒバチでも、元々は創造世界にその人有りと言われていた賞金稼ぎだ。世界各地を冒険する道中で、人々を苦しめる悪党や魔物などの討伐依頼を受けては、見事完遂し高額の報酬を受け取って生計を立てて()()


 それがある日、クエストの途中に立ち寄ったこの氷結界で白夜山の財宝の噂を耳にしたことから彼の生活は激変。今や全てのクエストを放り投げて、白夜山の山頂に住まう白蓮華つららに現を抜かしていたのだ。


「あぁ~あ、財宝の噂なんて信じてなければよ~。まさか『銀世界に輝く絶世の美女』っていう例えで、あのつららちゃんが()()()()()()だったなんてなぁ。俺以外誰もあの山から生きて帰れていないから、そりゃ気にしたのも無理ないんだけど」


 そう……財宝の噂とは、つららの存在そのものなのだ。苦労して登り詰めた山頂に、蒼い髪靡かせる美女がいたら、興味を持たずに降りる男は居ないだろう。


「自信持ってくださいヒバチさん。いつもこうしてお酒飲んだ後は、今度こそ!って元気出してるじゃないですか」

「まぁ次回も行くって、つららちゃんに予告はしたけどよぉ……今度こそ自信持てねぇや。もうユキメちゃんと結婚してこの酒場のオーナーにでもなろうかな」

「じ、冗談やめてくださいっ。私はただのアルバイトで、このお店営める立場では……」

「いいじゃないのぉ! 俺が店主で、ユキメちゃんは副店主! ここを二人の愛の巣にしようぜぃ!!」

「そんな……」


 女を口説き慣れているヒバチは、簡単にユキメの頬を染めさせる。今まで自分に適う敵なしと自負していたヒバチも、恋に連戦連敗となれば、不老不死もクソもなく、心が折れてしまうという訳だ。



「おいおいここは俺の店だぞ……。俺がいつお前に店を譲ると言ったんだ?」



 そんな仲睦まじい二人の間に水を差すのは、黒白のバーテンユニフォームを着たペンギン顔の店長。皆からマスターと呼び慕われており、可愛らしいコミカルなペンギンの姿をしつつも、ダンディ且つ商売に厳格な性格の持ち主だ。


「けっ! いいじゃねぇかよこんな店、マスターが死んでも俺が繁盛させてやるって言ってんだから、むしろ感謝しろっての」

「俺はまだまだ現役で引退するつもりはないし、お前がこんなとこで店を営むのは場違いにも程があるだろ。それとユキメちゃんは不老不死じゃないんだ……命あっての人生だ。彼女のやりたい事は彼女に決めさせてやりなよ」

「…………わーったよ」


 そしてヒバチなどの面倒な客の取り扱いにも慣れているため、彼も頭が上がらない。


 ――こうして酒場の雰囲気も落ち着くと、客の一人が話題を変える。


「ところでヒバチの旦那よぉ、ずっと前から気になってたけど……どうしてあのつららちゃんに惚れたんだ??」

「おぉ、俺もそれ知りたかったんだ! 同じ不死身って理由だけじゃないはずだぜ!?」


「…………」


 やはり話題は二人の恋話で尽きない。不老不死同士というシチュエーションも珍しい以上、命に限りある者達の好奇心は止まらないのだ。


「まさか相当のドM(エム)?」


「ちがわいっ!! ちゃんとした理由で惚れてらぁ!!」


「ほう! その理由とは!?」


 ヒバチは徳利の底を覗き、残った酒をグイっと一気飲みすると、惚れた理由を大胆に告白した。



「……一発ヤリたかったからだっ!!」



 店内、総ズッコケ。

 ヒバチが最初に惚れた理由は、つららの肉体目当てだったのだ。


「何だよ~! ムードもクソもねェな!?」

「ヒバチさんサイテー」


 熱気で離れていた客が、更にドン引きして離れる。これにはヒバチも焦って話を続けるのであった。


「違う違う! 最初だけだ! 最初だけ!! そりゃあんな寒い山のてっぺんで、露出多い綺麗な姉ちゃん見たら、誰だって興奮すんだろ?」


「「「確かに……」」」


「でもな……なんでだろ。何度も負けていく内に、俺も彼女も変わった気がしたんだ」


「「「……と言うと?」」」


「なんか会う度に、嬉しくなんだよな」


 騒がしかった店内の客は、いつしか全員静まり返ってヒバチの話に夢中になっていた。酒に飽きて語りたくなったヒバチ自身も、これまでの失恋を思い返しながら、どうして自分が彼女に首ったけなのかを振り返る。


「あいつよ――最初は近寄るなとか帰れとか鬼のような形相で俺を拒絶して、俺がまた来ると更に怒り狂って撃ち殺すんだけど……当然死なないから何度も蘇って会っていく内に、あからさまじゃないが、少し()()を見せるようになったんだよな。そんなつららちゃんを見て、なんか俺も嬉しくなってよ……」


 繰り返す逢瀬にて垣間見えた変化が、恋心を擽った。本能的な欲求はやがて、もっと相手を知りたいという探求心へと変わったのだ。


「もしかしたらあいつ……今日まで俺みたいな下心持った奴らにしか会ってないから、寂しかったのかなって。そう思うと申し訳なく思ってよ……だから俺は他の男とは違う! 俺は単純にキミのことをもっと知りたいんだ! って……そう気付いてもらいたいんだよな」


「「「………………」」」


 ヒバチ以外の全員が唖然としていた。無敵の紅蓮魔も恋には疎い。口から漏れた彼のありのままの想いを聞いて、何故それを伝えないんだと呆れ顔さえする始末。


「だったら――」


 俯き語るヒバチの瞳には、つららの姿しか映っていない。最初から自分なんて釣り合うはずがないのだと、確信したユキメは――



「ヒバチさんは、その気持ちのままで向き合えばいいんです!」



 こんなとこで酒を飲んでいる場合ではない――と誰もが思ったことを、真っ先にヒバチに伝えた。


「へ……? いや俺は、確かに今の気持ちのままで、つららちゃんに――」

「違いますよ! 変に自分を飾らずに、ありのままのヒバチさんを見せるんです。火吹き芸とか、火炎瓶とか、そういうのは要りません」

「えぇ……でも手ぶらって、つまんなくない?」

「つまんなくないです! それでいいんです!!」


 確証はないし、不死身でもない。だけど同じ女だからきっとそうだと、ユキメはどこか自信ありげに励ますのであった。


「さぁ! もうお酒はきれました! 今日はもう店仕舞いです! 皆さん早くお会計を!!」

「さぁさぁみんな出てった出てった。次の酒と()が入荷するまで、店は開けねぇよ」


「あーあ、もうこんな時間だ。早く家に帰ろうぜ」

「ほんじゃヒバチさんよ、1000回目の失恋楽しみにしてるぜ!」


「………………」


 ユキメはヒバチのテーブルにあった徳利を全部さげて、マスターは退店を促す。周りの客も空気を読んで、ゾロゾロと店を後にした。


 店に残ったのは呆然と座るヒバチと、彼の退店を待つユキメとマスター。

 これには無敵の紅蓮魔も、ようやく気付かされる。力押しで負かしてつららを惚れさせたかったのではない。ヒバチは単に彼女のことを知りたかったのだ。


 惚れた理由が分かったなら、さっさとそれを伝えに1000回目の告白に行け――と、二人の視線がヒバチの尻を叩く。


 こうしてはいられない。ヒバチはすぐに胴着と下駄を履き、唾で髪を整えて身支度を整えた。


「マスター! 酒代なんだけど……!」

「特上の酒の肴、持ってきてくれんだろ? それと比べたら今日のお代なんて、絶対足りないに決まってる……」

「……あんがとな、マスター!」


 いつもはきっちり金を払わせるマスターも、純粋な不老不死の恋を応援したくて粋な計らいをしてやった。


「ヒバチさんっ! 頑張ってくださいね!!」


 そんな二人の声援を背に、ヒバチは吹雪の夜の中を走り抜ける。



「待ってなよぉ、つららちゃん!!」



 行く先は白夜山――1000回目の告白成すか否かの、ヒバチの人生で最大の大勝負が始まる!


 * * *

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