第5話 ハズレの能力
足りない。
食い足りない。
食べても食べても食い足りない。
「なんだよこれっ! 食っても食っても腹が減る……!」
俺が夢から覚めたのは大体寝てから1時間後。その間に母さんは買い物に出かけたらしい。目覚めてすぐに空腹感に襲われキッチンに向かい家の菓子類を貪り食っている。母さんがいたら食べ過ぎで叱られていただろう。これは助かった。
「ゾンビ……! やっぱりハズレじゃねえかよ!」
口の中にお菓子を詰め込む。が、どれだけ飲み込んでもまた空腹感が襲いかかってくる。
「俺が勝ち残りてえのはこの実験であって大食い選手権じゃねえんだよ……!」
口に出してみると確かに大食い選手権なら優勝出来そうだな、とは思ったのは一瞬。家にあった菓子類はほぼ無くなってしまった。
「やべえ、こんなに食っても腹が減って死にそうだ……くっそ、こっからは冷蔵庫の食材を……でも母さんがうるさいから食いたくは無いんだけど! でも生きる為には仕方がねえ!」
母さんの冷蔵庫管理は徹底的だ。何か盗み食いすればすぐにバレて叱られるのがオチだ。だがこの死ぬような空腹を満たすためなら仕方がない。ため息をつきながら冷蔵庫の食材を漁りつつ最後に残っていたお菓子、飴を口に入れる。
「とりあえずなんか食えるものを……ん?」
雨を舐めているうちにとある違和感に気付く。空腹感がかなり治まっているのだ。
「あれ……確かに腹は減っているけど死ぬ程じゃなくなった……? もしかして……」
試しに飴を噛み砕いて飲み込んでみる。するとすぐにあの空腹感が襲ってくる。
「間違いない……! とりあえず飴を舐めていれば空腹感は少しは治まる!」
すぐに次の飴玉を口に入れる。思った通り空腹感はだいぶ静まっていった。
「助かった……冷蔵庫の食材も無傷だし。とりあえずこの空腹感の対処法が少しでも分かっただけでも良しとするか」
落ち着いた所でお菓子のゴミを片付けバカ食いの証拠を隠滅していく。お菓子は大体俺が買って貯めておいた奴だから食ってる所を見られてなきゃ多分これで大丈夫だろう。
「口の中に食べ物があればいいのか……?そういえば何か口の中にあった時は空腹感が和らいでいたような……」
これはまた検証が必要だろう。ゴミを片付け終わり自分の部屋に戻って自分の能力について考える。
「食うだけの能力だったら【大食い】とかでいいからな……何か他に変わったこともあるはずだ」
少し身体を動かして感触を確かめてみる。特に変わった所は無いようだ。いや、五感が少し良くなった気がする。特に嗅覚。2つ隣の家の夕御飯のメニューが匂いで分かってしまうくらい……うん。よく考えたら少しでは無いな。
あと気になったのは食欲が暴れていたせいで気付かなかったが食欲以外の欲……睡眠欲や性欲が綺麗さっぱり消えた気がする。疲れもムラムラも全く感じないのだ。
「今の所分かった事はこれだけか……少なくともゾンビになっちまったのは本当みたいだな」
見た目はともかく中身はだいぶ変わってしまったようだ。実験が始まるまでに能力の事をしっかり把握しないと。
「あら、今日はやけに食べるのね」
「うん、腹減ってるもん」
晩飯の時間。それは今の俺にとって至高の時間。それにまたひとつ俺はこの能力について発見してしまった。
「肉が美味い……!めっちゃ美味い……!」
いつもより何倍も肉が美味く感じる。白米と共にかきこむ肉は最高だ。そして食べながら気付いた事がある。肉を口にした時初めて空腹感が治まったのだ。飴だけでは紛らわす事しか出来なかった空腹感がようやく解消された。
つまり、いつも食べ物は何か口にしてないといけない。その上空腹を満たすには肉を必要とする……といったところか。
(ゾンビはゾンビらしく常に食べ物を追い求め、そして肉を喰らえ、そういった所か。なるほど、ゾンビらしいと言えばゾンビらしいな。まだ人肉じゃないとダメじゃなくて良かったよ)
父は海外出張の為いつも母と二人きりの食事なのだが今日はまるでもっと大勢で食べているかのように食べ物が消えていく。
「ごちそうさま」
母は口を開けぽかんとしていた。それもそのはず、明日の朝ごはん、母の昼飯、俺の昼の弁当用にも作っていた為米やおかずの全て合わせると5人前は確実にあっただろう。それを俺一人で平らげてしまったのだから。いつもの5倍は食べている計算だ。
「さーて、食い終わったしコンビニ行くか」
実は家にあった飴もほとんど食べてしまい残りが少なくなってきている。空腹感を紛らわす為には何かを口にしてないといけない。これからの事も考えて今の内に大量に買っておかなければならないだろう。
近所のコンビニに着くと1人の男が慌ただしく外に出てくる。
「なっ……うおっ」
色々考え事(主にゾンビの能力について)をしていた為避けきれず前を見ずに走ってきたその男とぶつかってしまう。
「あっ……ちっ、マジかよ」
男はそう言って走り去っていく。
「なんだったんだあいつ……」
俺は特に気にせずコンビニの中へと入っていく。すると店員が近寄ってきて。
「大丈夫ですかお客様……ひっ!」
いきなり入ってきて第一声で心配された上に怯えられたんだけど。一体何があったのか?
「どうしたんですか?一体」
「さっきの男……コンビニ強盗だったのですが……それよりお客様……」
店員は俺のお腹を青ざめた顔で指差す。
「ん……?どうし……」
俺の腹を見ると1本のナイフが深々と刺さっていた。