第25話 ナンバーズ
「……」
「……」
サウナのドアが開かれ、爺さんが中に入ってくる。
「こちらに……気付いてない?」
「ね、言ったでしょ。これが私の能力」
確実に爺さんの視界に俺達は入ってる。が、本当に爺さんには俺達の事が見えていないようだ。
「どうなってるんだ……?喋っていてもこちらに気付く様子は無い」
「うん。何しても大丈夫……けど」
「けど?」
「私はともかく、他の人に能力に能力を発揮する場合効果があるのは5分……その後5分のクールタイムがある」
「……というと?」
「紀行はあと30秒程で効果が切れる」
「そういう事は早く言え!」
サウナに入った時のように、架純の手を引き連れ急いで出る。乱暴にサウナの扉を開けたのだが、それでもこちらに気付かれていないようだった。
そのまま脱衣場までなんとか逃げ切る事が出来た。
「本当に危なかったな……ったく、肝心な事は早く言えって」
「別に紀之だけが見えるようになるだけで……私は大丈夫だったのに」
「急に人が出てきたら怖いだろ……」
きょとんとした顔を見せる架純。最近割と架純って常識が無いような気がしてきた。
「そうだ、架純の能力の名前は?聞いておきたい」
「名前はね……××××」
「えっ……?」
上手く聞こえない。聞こうとすると靄がかかるような感覚。
「そっか……紀行でも聞こえないんだね……」
架純は寂しそうな顔をしながら持っていたタオルで身体を拭き、服を着始める。
「どういう事だ?」
「私の能力が紀行に教えちゃダメって言ってる……私でも制御出来ないことがあるの。ごめん」
「そうか。それなら仕方ないさ」
俺も自分の能力を全く制御出来ていないので架純の事を責められない。むしろ同情したいくらいだ。
「ありがとう、紀行。私は先に出てるから、ゆっくりしてってね」
「おーよっ、ありがとなっ」
というかいつの間にか一緒に入ってる事を気にしてなかったな……それ所じゃ無かったってのが正しいか。
さて、今度こそゆっくり爺さんと風呂に入るとしよう。
◇
その後は邪魔も入る事無くゆっくり風呂に入り、出た後は肉を食い、爺さんが寝るまで組手。そして俺も眠る事は無いが一時の休憩を取るところだ。
「この爺さん、アホみたいに避けやがって……」
ちなみに俺は寝泊まりも道場でする事になったので爺さんがいなくなった後は1人さみしく過ごす事になる。ああ、俺のわくわく合宿ライフは何処へ。
道場の床に寝転び目を閉じる。こうすることで少しは心が休まるのだ。
「あれ……?」
この能力を持ってから1度も感じなかった眠気。それも強烈な眠気。
「なんで……今頃……もしかして……能力者……」
必死に瞼を開けようとするもぴくりとも動かない。これが能力者の襲撃だとしても俺はもうどうしようもない。
「くそっ……みん……な……」
そのまま俺は闇の中へ意識を手放した。
「やっほー。元気ですか?」
「……お前かよ。いや、お前で良かったわ」
何も無い暗闇の空間に、俺をここに呼んだであろう許されざる実験の首謀者、デザイアが笑顔で仁王立ちしながら待ち構えていた。
「お前とはなんですか、私は美少女デザイアちゃんですよ?」
「いい事を教えてやろう、本当の美少女は自分の事を美少女と言わない」
「それは本当の美少女を見た事無いからです!私クラスになると自称しても問題ナッシングなんです!」
こいつの自信は本当にどこから来てるんだ。1度こいつの頭の中を覗いてみたい。
「私の頭なんてみなさんの願望しか入ってませんよ」
「思考を読むな、そしてしっかり脳を入れろ!で、何しに俺を呼んだんだ」
「それはですねぇ、伝え忘れていた重要な情報をみなさんに順に教えているところなんです」
「重要な情報?」
「ええ……私の与えた能力の中でも激強の10個、私はこれをナンバーズと呼んでます」
デザイアは不気味な笑顔を浮かべながら話を続ける。
「この10の能力に会っちゃうと大体死んじゃいますからね……なので優しいデザイアちゃんはこの能力を教えてあげてなるべく会わないようにさせてあげるのですっ」
「へぇ……珍しくいい事をするんだな」
「珍しくじゃありません!あ、ちなみに【ゾンビ】も中に入ってますよ」
「ふーん……ってえっ!?」
いきなり俺の能力が出てきて驚いてしまう。その反応を楽しむかのようにデザイアは嘲笑する。
「【ゾンビ】の他には【死神】、【洗脳】、【狂戦士】、【時間操作】、【絶対王政】、【絶対防御】、【魔法使い】、【書き換え】、そして【消去】の10個。ちゃんと覚えてね?」
聞くからにやばそうなのばかり並んでいる。正直ゾンビがこんな所に並んでいいのか不思議で堪らない。
「……俺が勝てそうなの殆ど無いんだけど。狂戦士くらいか?可能性ありそうなの」
「それは紀行君次第です。私は強い能力を出しただけなので使用者次第で幾らでも化けます」
「使用者……おい、そうだ。お前に頼みがある」
「頼み?いいでしょう、聞いてあげます」
「架純を……この実験から解放してやってくれ」
「架純……あぁ、あなたの幼馴染の子ですか」
デザイアがわざとらしく手をポンと叩く。そして表情が一変、失望したような顔へと変わる。
「あなた……それ本気で言ってるんですか?」
「どういう事だ?」
「まあ分からないなら分からないでいいです。私から教える気はありません。でも少し考えれば分かることですよ?」
「おい、デザイア!訳の分からない事を言ってないで」
「あなたは人に頼めば何でも教えてくれると思っているのですか?そんな甘ったれた考えをしてるとみんな死んじゃいますよ?」
罵声のようなデザイアの声が俺の言葉を遮る。
「私はあなたに期待しています。私を失望させないでください」
「俺に勝手な期待するなよ!俺は普通の高校生だ!」
「いいえ、紀行君。君は普通の高校生ではありません。ヒーロー、悲劇のヒーローです。またここで会いましょう、ふふっ」
視界の先で何か光ったと思うと、暗闇だった空間が真っ白に染まっていった。
「帰ってきた……か」
すぐに冷たい床の感覚といつもの空腹感が戻ってくる。現実世界に帰ってきた証拠だ。
「はぁ……言いたいことだけ言いやがって……無茶苦茶な奴だな」
ナンバーズ。悲劇のヒーロー。その言葉達が頭から離れずにこびりつき、妙な不安を覚える。
そしてその不安が形になるのはすぐ先の事だった。




