第2話 消された平穏
俺は走っていた。
全速力で家に走っていた。
「あいつ……! 本当にやりやがった……!」
いたって普通の男子高校生、柿田 紀行は間違いなく普通じゃない鬼のような表情で、不審者に見えてもおかしくない表情で走っていく。
「ふざけるなよ……絶対に許さねえ」
息を切らしながらも家に着き、乱暴にドアを開ける。
「あら、おかえり。いったいどうしたの?そんな息を切らして」
「ごめん母さん! ちょっと今俺忙しい!」
母の言葉に目もくれず、一目散に階段を駆け上がり自分の部屋へ入る。
「あの女、どうやったら現れる!」
あの女に会いたい。あの女をぶっ飛ばしたい。普通を消したお前に慈悲はない。
「やっぱり夢の中か? けど寝れる気がしねえ」
ベッドに入る。しかし目は冴えている。
「くそ、どうやったら寝れる」
そう呟いた途端、急な眠気に襲われる。
「そうか……これだけは礼を言ってやるよ」
そのまま目を瞑り夢の中へと落ちていった。
「こんなに早く会いに来てくれるなんて嬉しいなぁ〜。まさかこんなに早くくるとは思って……うわぁ!?」
女の姿が見えた瞬間に殴り掛かる。最初の一撃は躱される。
「危ないですよ〜? そんな私がちょっとイタズラしただけで……わぁ!?」
無言で次の攻撃へと移る。殴り合いの喧嘩なんてした事ないが殴り掛かる事くらい俺だって出来る。
「もう、これじゃあ話も出来ませんし……止まってください」
女が言うと俺の身体が動かなくなる。正確に言うと首から下が金縛りにあったように動かないのだ。
「これでようやく会話が出来ますね…もう、暴力はいけま」
「てめえ! 俺のクラスメイトを返せ! お前にとってはイタズラかもしれないけどよ! 俺にとっては大切な普通の一部なんだよ!」
宣言通り、こいつは俺の普通を消してきた。
俺はいつも通り遅刻ギリギリで登校したのだが今日はいつもよりクラスがざわついていた。
「おはよー。ん、みんなどうした?」
「おう紀行、今日も遅刻ギリギリだな。それで遅刻しないのがいつも不思議だぜ」
俺の友達の春田 篤志が話しかけてくる。
こいつは小学校からの親友。小中高と全部一緒のクラス。こいつが部活を始めてから一緒に遊ぶ時間は減ったが、それでも部活の休みの日はよく遊びに行ったりする位の仲だ。
「うるせー。で、何かあったのか?」
「あの元気女が今日休みだってよ。今日雨降るんじゃね? やべー、折り畳み傘持ってくれば良かったわ〜」
「あいつが?」
俺達が言う元気女とは俺の前の席の前嶋を指す。
名前の通り明るく、元気であり今まで高校3年間遅刻、欠席が無い。たまにサボる俺と違って優等生だ。それにいつもクラス1番に来る。そんな女が休むなんてクラスがザワつくはずだ。
「おい、あいつの遅刻まであと何分だ?」
「あと5分! やべー、ちょーレア物じゃん」
「もしかして休んだらあんなにステータスにしていた皆勤賞も無くなっちゃうなあ、くくっ」
クラスではそんな会話が飛び交う。
「はぁ、あいつがいないと俺隠れて寝られないじゃねーか」
「たまには授業をちゃんと受けてみたらどうだ? この機会に」
「俺はここの体育以外は寝る時間なんだよ」
俺と篤志はそんな会話をしつつ席につく。
「5…4…3…2…1…遅刻キター!」
「やっべえ、今日雪降るぞ!」
結局前嶋は来なかった。彼女の初めての遅刻だ。そんなこんなでクラス(の主に男子)が騒いでいると先生が入ってくる。
「おいお前ら、HR始めるぞ。静かにしろ」
「せんせー、前嶋さんが遅刻でーす」
「なに、前嶋が…? 珍しいな、連絡も無いし…あとで家に電話するとしよう。よし、改めてHRを始めるぞ」
HRが始まりクラスが静かになると俺はあの女の言葉を思い出していた。
(じゃあ、宣言通り私は手段を選びません。あなたが能力を貰ってくれるまであなたの普通を消していきましょう)
……まさかな。
俺はその言葉に引っかかりつつも普通の生活を送っていった。
そして、全ての授業が終わり掃除の時間。
俺はいつも通り教室掃除をサボりながら窓の縁に座っていた。
「ちょっと柿田君?ちゃんと掃除してよ?」
「はいはーい、やるやるやりまーす」
「そうやって言っていつもしないんだから…今日はやってもらいますからね!」
学校あるある。1人はいる掃除にうるさい女子。俺はそのあるあるに絡まれている。
「もう、言うこと聞かないとそこから落とすよ!」
あるある女は目の前まで来て怒る。
「ちっ、しゃーねえ、面倒になる前に掃除するか…」
と、視線を逸らして立ち上がりその女の方を向くと__________
消えていた。先程まで怒っていた女は煙のように消えてしまっていたのだ。
「は…?」
俺は目を疑った。俺が視線を逸らしたのは一瞬。その隙にいなくなるなんて出来ない。
360度見渡してもその姿はいない。まるでそこに元々いなかったように。
「ちょ…わけわかんねえ…いきなり目の前で喋っていた奴が消えるなんて」
クラスの掃除の奴らはみんな道具などを持ってきていた為こちらの方を向いていない。なので何があったか誰にも聞きようがない。
「おいおい、これじゃあまるで魔法だな」
と呟いた時、あの言葉が脳裏に浮かんだ。
(あなたの普通を消していきましょう)
「おい、まさか本当だったのか?」
背筋がぞくっと来る。人を消すくらい、あの話が本当なら出来るだろう。人に能力を与えるなんぞほざいてる奴の話が本当なら。
「……嘘だろ……マジかよ……」
結局あるある女は戻らずに掃除の時間が終わり、HRの時間になる。
「あいつどこに行ったんだ?」
「知らね、腹でも壊したんじゃね?」
クラスでもあの女がいない事をそこまで時間が経っていないためそこまで不審に思う人もいなかった。
「どうした紀行? 顔色悪いぜ?」
「篤志……すまん、ちょっと考え事してて」
左隣の席の篤志が心配そうに声をかけてくれた。不安で押し潰れそうな今の俺の顔色は大層悪いだろう。
「HRを始める……が1つ皆に知らせないといけないことがある」
先生が入って来て開口一番言い放つ。
「前嶋が朝から行方不明になっている。普段通りに家を出たそうだが学校には来ておらず……」
ここで俺の中の疑念が確信へと変わった。
あいつだ。あいつしかいない。
あいつの言っていたことは本当。
怒りと後悔が入り乱れる。俺のせいで俺だけじゃない、2人の普通を奪った。
そのまま先生の他の言葉は耳に入らず、そして結局HRが終わっても女は帰ってこなかった。
俺はHRが終わると一目散に家へと帰っていった。
そして今に至る。
「これで信じてくれましたか?私の言ったことが本当だーって」
「信じる、信じるからあの二人を元に戻せ」
「信じるだけじゃダメですー。能力も受け取るまでがセットです〜」
いちいち癇に障る喋り方だ。中身がマトモなら間違いなく美少女なのに。
「分かったよ、受けとりゃいいんだろ! 受け取れば!」
「ふふ、ありがとうございます。良かった〜、もっと時間がかかると思ってましたが案外早く折れてくれました」
これ以上こいつに俺の普通を乱されてたまるか。
「能力は貰うけど使わねえ。ただ貰わないとお前が何するか分からないから貰うだけだ」
「ええ、それで大丈夫です。何せあなたに与える能力は………
【ゾンビ】ですから」
「………はぁ?」
次回、ゾンビになります。