第16話 ヒーローと正義の味方
会長の爺さんに特訓をしてもらって1週間。毎日通ってるがまだ1発もマトモに入らない。
「YearYearYear、それが君の実力かYO?もっと激しく来いYO!」
「言われなくとも!」
ぐぐ、と踏み込んで懐に飛び込もうと地面を蹴り上げる。常人なら反応出来ないのだが、お見通しかのように最小の動きで躱される。が、俺もこんなものじゃ終わらない。足をつけて勢いを強引に止めそのまま体を捻り顔面に蹴りを入れ……たかったがこれは手で止められる。
「なかなか動きが良くなって来たYO、ゾンビく〜ん。けどまだまだそれを含めてもワシには届かないYO?」
「クソ……本当に当たらねえな」
会長から貰った本は一通り試してみたのだがこの爺さんには届かない。他にもネットでボクシングから空手、テコンドー、色々調べて試してもダメだった。
組手を続けながら爺さんが口を開く。
「1つアドバイスをあげよう。この一週間見てきたけども君はワシに届かないからといって色々なものに手を出して迷走しすぎだYO。1度1つの物に絞ったほうが良いYO」
「そういう事は早めに言ってくれない!?」
「いやぁ、色んな知識を蓄える事も大事なんだYO?その中で1番しっくり来た物を1つ選ぶといいYO」
というと爺さんは1度大きく後にステップした。俺に考えろということか。
「うーむ……俺のしっくり来る奴か……」
そういえば1つ、面白そうなのがあったな。ちょっとやってみるか。
「ほう……その構えはボクシングか」
「ああ、俺にはこれがいいかなって」
左足を一歩出し、膝を軽く曲げる。これで機敏なフットワークがしやすくなる。足幅は狭過ぎず広過ぎず、肩幅の広さ。腕は楽に構え軽く前かがみになって顎を引き相手を睨みつけるように構える。
「さぁ来いゾンビ君、もっとワシを楽しませてくれYO!」
あえてリズムを崩しながらステップを踏んで近付く。まずはジャブ。常人のストレート並の威力と速度があるがこの爺さんは軽々と躱し続ける。
「ほらほら、もっと来いYO!」
フック、ワン・ツー、アッパーを組み合わせていく。ここまで来ると全て避けるのは厳しいらしく手で受け流したりするが、まだ綺麗にヒットはしない。
「爺さん……なんでそんなに動いてるはずなのに俺より疲れてないんだ……!」
「君は無駄な動きが多すぎるYO。無駄な動きがあればある程避けやすいし疲れやすくなる、当然だYO」
無駄な動き……確かにまだ始めたばかりだしそれが多いのは分かるがこの爺さんも爺さんだ。素人目から分かるほど無駄な動きが無い。全て紙一重で躱すか受け流している。達人の技だ。
「あぁクソ!今日は絶対1発は当てて帰ってやるからなぁ!」
「Year、それは楽しみになって来たYO!」
そんなむさくるしい2人の男の叫びが道場に響き渡った。
◇
「へーい、紀行君。今日はどうやった?」
「1発も当たらん……意味が分からん……」
スパーリングを続けて1時間、結局1発も当たらずに終了。有栖達は学校内の能力者に対して対策を練っていたので道場では無く家の方にいた為俺もそちらに合流した。
「流石お爺様だな。紀行の身体能力をもってすら当たらないか」
「……紀行、ファイト……あんなお爺さん紀行ならすぐ超えられる」
「ありがとな、架純。少し元気が出たよ。で、能力者について何か分かったのか?」
と聞くと有栖がドヤ顔をキメてくる。
「名前と顔と能力はバッチリや! 能力者を検知してはバレないように遠くから顔を見たりして頑張ったで!これや!」
「どれどれ……」
人数は5人、比較的安全そうな奴から危なそうな奴まで揃ってる。こいつらでチームとか組まれてたら厄介そうだが……
「おい有栖、この中で誰が誰と組んでるとかは分かったのか?」
「えっと……そ、それは……」
ドヤ顔から一変、一気に財布を落とした時みたいな困り果てた顔へと変貌する。
「その……ウチの能力で調べられるのはそこまでで……チームとかは……その……」
「まあそうだよな。変に近付くのも危ないし。まあこれだけでも十分だろ。ありがとう」
「……紀行、有栖を甘やかしちゃダメ」
「ウチの扱い酷くない!?」
そんな他愛の無い話をしている所に会長がずいっと割り込んで来る。
「この中で間違い無く組んでいない人なら分かるぞ」
「え、ホンマに?ウチでも分からへんのに?」
「ああ、この人だ」
といって1つの名前に指を指す。
「1年の担任の中尾先生だ。この人はプライドと警戒心が高く人と組むなんてありえないだろう。たとえ自分の能力がどうであろうとな」
「よく受け持ってない先生まで知ってるな……流石会長」
「この位御茶の子さいさいだよ。はは」
「……で、どうするの。殺るの。逃げるの。どっち」
架純が割と物騒な事を呟き会長が少し悩んだ後口を開いた。
「何かするまでは静観……とも言ってられないな。私に考えがある」
「考え?」
「ああ。とりあえず私が生徒会の仕事やらで先生に近付こう。それで相手の反応を見る。もし何もしてこなければそのまま見逃す。何かアクションを起こしたら容赦無く私が斬る」
「能力者と接触するのか!? 分かっているのは能力の名前だけだし……そんなの危険だろ!」
「私は生徒会長だぞ?生徒が危険に晒されているのに私が動かなくてどうする。それにこんな事他の先生に言っても信じてもらえないと思うぞ?」
「……ウチも接触は反対や。少なくともどんな能力か分かってからやないと。特にこの先生の能力はこの中でも危険に見えるで」
「だからこそだろう! 危険だからこそ私は動かなければならない!なんなら私1人でも行くつもりだ」
目が本気だ。本当に自分の命を度外視している。会長ってこんな危ない人……いや、躊躇なく俺の首切ったり普通に危ない人だったわ。うん。
「分かった分かった、じゃあ俺も一緒に行くから!2人ならなんとかなるだろ。とりあえず危なくなったら俺を盾にしろ!いいな!」
「ちょ、紀之君!?紀行君でもどうなるか分からへんで!?」
「一応俺も会長の意見は分からなくもないんだ。こんなふざけた実験で他の関係無い人まで巻き込まれるのは嫌なんだ」
「紀行殿……恩に着る」
俺だって少なくとも学校ではゆっくりしてたい。命を狙われる学校なんて嫌すぎる。その為にもここで1度大きく動いてみるのもありだろう。それに俺の能力ならそうそう死ぬ事は無い。
「なら動くのは明日だ。昼休み、私の教室に来てくれ」
「あ、明日!?」
「善は急げと言うだろう! よし、今日は明日の為に休め!解散だ!」
「え、ちょ、ウチまだ言いたい事いっぱいあるんやけど!」
「解散と言ったら解散だ!さあ帰れお前達!」
会長がどこかに合図を出すと待機していた執事達に強引に外に連れ出されてしまった。
「もう……なんなんや! ウチがせっかく安全に生き残る為に命をかけて情報を集めたというのに!」
「まあ会長の言うことも一理あるよ。仕方ないさ」
「もう……どうなっても知らんで!ウチは忠告したからな!」
「分かった分かった、とりま帰るぞ」
帰り道へ一歩踏み出した時、 隣にいた架純が小さな声で呟いた。
「……紀行はやっぱりヒーローだね。大きくなっても」
「ヒーロー?そんなん俺じゃなくて会長だろ」
「……あれは正義の味方。紀行はヒーロー」
「どゆこと? 違いがよく分からん」
「なになに、何の話?ウチも混ぜて!」
「……チンパンジーには理解できないと想うけど大丈夫?」
「もう嫌や!ウチの味方がおらへん!誰か助けて〜!」
夜の住宅街にいたいけな少女の声が響き渡った。
◇
人生とは選択肢の連続である。
出かける時どの服にしようか。テレビを見る時どの番組を見るか。そんな些細な選択からどの会社に就職するか。どんな仕事に就くか、など人生を左右する選択肢もある。
そして俺は最近、その人生を左右する選択肢を何度も選んで来た気がする。能力を受け取るか受け取らないか、仲間になるかならないか。命を有無を左右する大事な選択だ。
ちなみに、能力者に会うか会わないかも俺にとっては大事な選択だった。
そして、この選択肢は"会わない"が正解だったらしい。
「ふふ、静かになるのに3分かかりました」
人が滅多にこない教室に先生1人と地面に突っ伏している生徒が2人。
そう、俺と会長は死の淵に立たされていた。
本当に遅れて申し訳ございません……




