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098 そしてリーザは躍る

 とある日の早朝、トエルザード家の屋敷。

 正司は食堂で朝食を済ませた。


 昨日まで博物館に日参し、溜まった仕事を処理していた。

 そしてついに最後の仕事が終わったのである。


(……長かったです)


 トラブルとはいかないまでも、将来を考えたら今のうちに決めておいた方がよい案件が色々あった。


 放置すればするほど、後になって困ることになる。

 面倒でも処理しなければ……といった案件が目白押しだった。


 だがそれも、もはや過去の話。

 解放された正司は、総支配人のレオナールから「しばらくは大丈夫」と、お墨付きをもらったのである。


「タダシ殿、あとはわたくしどもにお任せください。新しく入った者も厳しく躾けておりますので、すぐに使いものになることでしょう」


 正司にばかり頼っていられない。

 レオナールはそう言って、従業員たちの引き締めを約束したのだ。


(私はあの無間地獄から解放されたのですね)


 博物館のことがあったため、町つくりが中断したままだった。

 今日からは集中して、取りかかることができる。


「さあ、未開地帯です! はりきって行きましょう!」


 ――ガシィ


 突如、正司は頭を掴まれた。掴んだのはリーザ。

 十本の指を使って、まるでシャンプーするような指使いで、正司の髪をくしゃくしゃする。


「えっと……リーザさん? 何をしているのでしょう?」

 リーザが近くにいるのは分かっていた。


 だがなぜ、正司の頭を掴むのだろう。そしてくしゃくしゃにするのだろうか。


「ねえ、タダシ」

「はい、なんでしょう」


「未開地帯で、何をはりきるのかしら?」

 リーザの声が低い。低血圧だろうかと正司は思いつつ、「町づくりです」と小声で答える。


「ほほぉう~~」

 リーザの指に力が加わった。


「えっと……痛いんですけど」

 正司が抗議の声をあげるも、指の力が抜かれることはなかった。


「……さい」

「えっ? いまなんて?」


「……きなさい……私も連れて行きなさいって言ってるの!」

「私は北の町に行くだけですよ。リーザさんは、勉強とかいろいろ増えたって聞きましたけど」


 そう、リーザの勉強時間が、最近増えた。

 正確には、より詳しい内容の勉強をしなくてはならなくなった。


 これまで真面目に勉強をしてきたリーザは、もはや学ぶことが少ない。

 同年代の上流階級の人と比べても、かなりの知識を有している。


 王国に留学し、その分野の専門家から学んだりもした。

 幼い頃から当主としての教育も受けていた。


 これ以上何を詰め込む必要があるのか。普通ならばそう思う。

 だが今、リーザをとりまく環境は、一年前と大きく違う。


 普通ではない状態が起きているのである。

「そうね。今日は土木と治水の実践を学ぶ予定だったわ」


「でしたらついてこなくても……私はひとりでも大丈夫ですし……イタタタ」

 リーザの指の力が強まった。


 これまでリーザは、土木だろうが、治水だろうが、一般的な勉強は終了させている。

 ところが、通り一遍の知識だけでは、駄目なのだ。


 応用を学び、実践できるレベルの知識を身につける必要がでてきた。

 多種多様なものから正解を導き出し、トラブルがおきたとき、その場を収められるような経験。


 そういったもの――これはいわゆる領主に必要な能力だが、それを身につけるよう、ルンベックから直接申し渡されていた。


 治水ひとつとっても、その内容は多岐にわたる。

 治水をどこまでやるか、どの程度やるかは、領主の裁量となる。


 そしてそれが失敗したとき、責任をとるのはもちろん領主だ。

 中途半端な知識しか持っていなかった領主の決断が町を混乱させた例は、枚挙に暇がない。


 道の幅ひとつとっても、予算がないからと想定より狭くしてしまったことで、馬車が渋滞を起こしたり、歩行者との接触事故が多発したりする。


 領主は権限が大きいからこそ、間違った決断ができないのだ。

 正しい選択をし続けるためには、「ちょっとかじったことがある」程度の知識では、まったく足りない。


 それをリーザが学ばねばならなくなった。

「たしかに私の勉強は大事だわ」


「そうですよね」

 正司がホッとしたのも束の間。


「でも、タダシをひとりにするのはもっと危険だと、私の心が訴えかけてくるの」

「いえ……魔物が出ても、何とかできますし……私ひとりでも」


「私もついていくから」

「……はい」


 こうして正司の活動に、リーザが同行することになった。




 未開地帯にあるミラシュタットの町は、フィーネ公領から直線で百キロメートル北にいったところにある。

 正司はフィーネ公領まで道を繋げるため、途中・・まで高速道路を建設した。


「ここは?」

「ミラシュタットの町から十五キロメートルほど南に行ったところです」


 正司とリーザはいま、高速道路の上に立っている。

 道路が高い所にあり、速く走ることができるからこの名前をつけた……と正司は説明している。


 高速道路は片側だけで馬車二台分の広さがあり、その両脇に歩道も準備されている。

 かなり巨大な道となっている。


 リーザは、正司がここへきた理由が分からない。

 ここは何もない、ただ道の上なのだ。


「この辺にサービスエリアをつくろうと思うんです」


「なにそれ」

 初めて聞く言葉だった。


「休憩所ですね。ちょっと休めるスペースがあると、便利だと思いませんか」


「そりゃたしかに便利だけど……」

 やはり意味が分からない。休みたければ勝手に休めばいいのではなかろうか。

 リーザなどは、そう考える。


「じゃ、つくりますね」

 正司は〈土魔法〉で高速道路の道幅を拡げた。


「この高速道路を使うすべての人が休める場所を作りたいと思います」

 道を拡げてスペースを確保したあとは、三階建ての建物を作る。


 一階は店舗と休憩所、二階と三階は簡易宿泊所ができた。


「……相変わらずね」

 感心半分、呆れ半分といった感じで、リーザは呟く。


 休憩にはトイレや水分補給の場所も必要だからと、高架橋をぶち抜いて井戸を掘り、水を汲み上げる魔道具を設置した念の入れようだ。


 こんなところに高価な魔道具を設置して、盗まれたらどうするのかとリーザは思うが、〈土魔法〉で固めて、硬化までしている。


 正司以上の魔道士がいれば別だが、そうでなければ取り外せない。


「魔石の入れ替えが必要なんですよね。あと、壊れたときはどうしましょう」

「町ができた時にでも、鍵式に代えたらいいんじゃないかしら」


「なるほど、それはいい案ですね。さすがリーザさんです」

「それはどうも」

 ヤレヤレといった風でリーザが答えた。


 リーザが気になったのは、「なぜここに休憩所をつくった」である。

「ちょうど中間がいいのかなと、思いましたので」


「なるほど中間……ん?」

 納得しかけてから、何かおかしいものを感じた。


 高速道路はまだ完成していないが、長さは百キロメートルになるはずである。

 なぜ、十五キロメートルの地点が中間なのか。その答えはすぐに分かった。


「……町ができてる」

「まだ場所だけですよ」


 休憩所からさらに十五キロメートル南に移動した場所に、正司は町の候補地を見つけた。

 いまは壁で囲って整地しただけだが、正司の魔法ならば建物は一瞬である。


 ぐりんと首だけ巡らせて、リーザは正司を睨む。

 目は「いつの間に?」と雄弁に語っている。


「偶然見つけたんですけど、ちょうど三十キロメートル離れていたんです。ミラシュタットの町の五分の一くらいですかね、ここ」

「広さは問題じゃないのだけど……」


 つまり、そういう(・・・・)ことなのだ。町は「あの」二つだけではなかった。

 これはもう、あといくつ町が増えるか分からなくなってきた。


 リーザは眩暈をおぼえた。

 計画を立てなおさなければと、頭の中のメモ帳に書き込む。


 ルンベックはまだ知らないはず。

 教えたら、半泣きになるだろう。


 使える人材を揃えるより、正司が町を作る方が早いのだ。

 何かが激しく間違っていると、リーザは心底思う。


「まったくあなたは……あれ? あそこは?」

 広さ的には、ここは町と村の中間くらいといえる。


 キレイに整地されたことで、左手側にできた高速道路が目に留まった。

 なぜ左手側に高速道路があるのか。


「ああ、あれですか。この町はジャンクションとしても利用しようと思ったのです」


「ジャ、ジャンク……ション? なにそれ?」

「分かれ道をつくるというか、複数の道がここに集まるというか、そんな感じです」


「町から複数の道が出るのは分かるわよ。それで左手側の道はどこへ伸びているの?」


「鉄が採掘できる鉱山を見つけたのです。そこまでの直通道路があるといいなと思いましたので、つくっちゃいました」

「…………」


 この未開地帯にも、鉄が産出される山の存在がいくつか確認されている。

 ただ魔物が出るため、周囲の安全を確保してから試掘が関の山。長期的な採掘はできない。


 正司の場合、見つけてからが違う。

 魔法でその土地一帯を浄化し、直通の高速道路まで作ってしまったらしい。


 苦労して鉱山まで出かけていく鉱夫たちの苦労は、ここでは必要ないようだ。


 この町は、ミラシュタットの町から三十キロメートル。

 十五キロメートル南に別の休憩所をつくり、さらに十五キロメートル先に町ひとつ作るらしい。


 単純計算で、フィーネ公領まで十五キロメートルごとに町か休憩所ができることになる。

 本当にいつの間にという感じだ。


「次の次の町は、魔物が沸くんです。ですから、〈森林浄化〉をかけておきました。しばらくしたら土地の状態が変わると思いますので、そのとき改めて町作りですね」


『浸食』の効果が使えないため、魔物が湧かなくなるには半年くらいかかるという。


 その手際の良さに唖然とするも、もうここは正司の国なのだから、好きにやらせたほうが……いいや、こういう時こそ節度をもった建国が望ましいと、リーザは葛藤することになる。


 だが、問題はそれだけではなかった。




「なにこれ? 池? それにしては……」

 リザシュタットの港町に向かった二人は、埠頭まで降り、そこから右に向かった。


 崖があったところはいつの間にか崩され、新しい埠頭が作られていた。


「ここは漁船の置き場にするつもりです。少し入り組んでいますけど、漁船でしたら数百隻は並べられると思います」


「相変わらず規模がおかしいわ」

 なぜ数百隻の漁船が必要なのか。


 たとえ必要だとしても、どうしてそんなにすぐつくることができるのか。


「せっかくですので、養殖場があってもいいかなと思って、それもつくっちゃいました」


「つくっちゃいましたって……養殖場? なにそれ」


 最近、同じ事ばかり言っている自覚があるが、正司と一緒にいると、問いたださねばならないことがやたらと多い。


「養殖場は、稚魚を育てて、大きくなってから出荷するのです。この辺の海は、〈水魔法〉で軽く探っただけですけど、大きな魚がかなりいるんですよね」


 寒冷地だからか、鱈、マス、鮭といった大きな魚が多数確認された。

 これらの養殖が成功すれば、干物や塩漬けにして輸出できるのではないかと、正司は考えている。


「それで養殖場ね……でも、こんなにたくさん仕切る必要があるの?」

「エビやカニもいるんですよ。北の海は、魚介類が豊富でいいですね。これくらいあってもいいかと思います」


 なにしろ生け簀が、数十と並んでいる。

 生け簀のひとつひとつは、小舟を出さないといけないほどに広い。


 たしかに小さいうちから育てて、大きくなってから食べるという発想はある。

 それを海に持ってきただけだ。何も変わったことはない。リーザはそう自分に言い聞かせた。


 ただしその規模は、想像の範疇を軽く超えているのだが。


「……あら? もう何か入っているの?」

 生け簀のひとつを覗くと、魚影が見えた。


「ええ、〈水魔法〉で捕まえて、海水ごとこの中に入れました。養殖の難しい魚ですので、どうなるかなと実験です」


「へえ……」

 生け簀の中では、カツオが群れをなして泳いでいた。




 町へ戻る途中、リーザは港に並ぶ輸送船を目に留めた。


 今頃、父親のルンベックは急ピッチで乗組員を鍛えていることだろう。


 希望者全員を鍛えると、ルンベックは言っていた。

 最初何を馬鹿なことをとリーザは思ったが、船員が余っても、船はあとからいくらでもできる。


 むしろ足らないのは船員の方だろう。

 その考えに至って、リーザは脱力したものである。


(まったく……少し目を離すと、タダシは何をしだすか本当に分からないわね。これからも気をつけなくっちゃ)


 そんな感想を抱いているリーザの横で、正司はまったく反対の感想を持っていた。


(船の制作は、必要以上に段階を上げなくて正解でしたね。第三段階でも十分でした)


 第五段階まであげた〈回復魔法〉や〈土魔法〉の威力は凄まじいもので、「そこまで上げる必要あったかな」と思えるほどだった。


 第三段階で十分実用的。出来上がった船を見れば分かる。

 もし第四段階以上にスキルを上げた場合、できる船は豪華客船レベルになるかもしれない。


 戦争に使うような軍船になる可能性もある。

 巨大な船も軍船も正司はいらない。


 つまりスキルの段階上げを押さえたおかげで、残りの貢献値にも余裕ができ、常識的な範囲の船もできた。


 今回いい仕事したのではと、正司は思っていたのである。

 かなり自重できたと。


「町並みはもう、完全にできあがったわね」

「ええ、みなさんよく働いてくれます」


 双方の思いを理解し得ないことは幸せだったことだろう。




 リーザが視線を脇にやると、働いている人たちが目に入る。

 彼らは、正司がつくった町をベースに、その後を考えた設計を提案してくれる。


 提案を正司が魔法で実現する。

 そんなことを繰り返していったことで、町はもうかなりのところまで完成していた。


「あら? ねえ、タダシ。あの稼働している建物はなに?」

 大きな建物の煙突から、もくもくと煙が出ていた。


「あれは燻製工場ですね。いま試験的に稼働させているんですけど、見てみますか?」

「もちろんよ、見ないわけがないわ」


 この港町の産業をひとつでも増やしたい。

 そんな思いから正司は、魚の輸出を考えた。


 だが魚は腐りやすい。ならば保存食にすればいい。

 そう考えた結果が燻製である。


 燻製に必要なものはあまり多くない。消耗品は木のチップである。

 木を小さく砕く魔道具をつくり、建物を確保する。そうして燻製作りを始めてみたのである。


「煙が凄いわね」


「そうですね。燻製にも低温と高温がありますが、一番長期保存できそうなものを試行錯誤で開発してもらっています。それと美味しくなるよう木のチップをブレンドしたり……他にも酢漬けや塩漬けにも挑戦しているんですよ」


「酢漬けはよく食べるわ。塩漬け……まさか海の塩を使ったの?」

「ええ、そうですけど?」


「薪代が馬鹿にならないでしょう。海の塩は高価よ」


「ああ、そういうことですか。時間はかかりますが、陽の光で海水を蒸発させて塩を作っています。さすがに火で煮詰めることはやっていません」


 この塩作りもリーザが見たいというので、正司は案内した。

 マンションのような建物があった。といっても部屋や壁はない。


 互い違いに緩やかな斜面ができている。

 そこを海水がチョロチョロと流れていく。


 下地はコンクリートらしく、凹凸がある。

 そこを海水が複雑に流れていく。


 そのうちに溝に溜まった海水が蒸発。

 塩の層ができるようになっている。


 海水が一番下までいくと、魔道具によって上まで引っ張り上げられていく。

 こうして自動で海水が循環し、流れなくなったら終了である。

 中に人が入って、ほうきのようなものでガシガシとこびりついた塩を削り取っていく。


「そんな方法で海水から塩が採れるの?」


「時間がかかりますし、大きな設備が必要ですから、効率は悪いかも知れません。ちょっと思いついたのでつくってみただけですし」


 マンションのような大きさの自動塩乾燥設備が八棟並んでいた。

 普通に使う分には十分だろう。


 ちなみに塩漬けの場合、海水を五倍程度に濃縮すれば、殺菌されるのでほぼ目的は達成される。

 菌が食品にいくらとりつこうとも、塩によって菌の水分が吸い出され、菌が生息できなくなる。


「日干し、燻製、酢漬け、塩漬けね。なるほど……分かったわ」

 知らないうちに産業が出来ていた。


 父親はこれを知っているのだろうかと、リーザは少し不安になった。


 正司は以前、牧場計画についてかなり興奮気味に話していた。

 多くの馬や家畜を試験的に放牧しているのも知っている。


 これが主産業になるだろうとリーザは考えていた。

 だが、巨大な漁船埠頭、魚の養殖を見た。


 加工工場も可動している。

 もうどちらが主産業か分かったものではない。


「そういえば、炭づくりも試験的にはじめたと聞いたけど」

「はい。炭作りは知っている人が多いので、導入は簡単でした」


 町から離れたところにかなり多くの炭焼き窯ができているらしい。

 ただ、いま稼働しているのは、その何分の一だとか。


 どれもこれも試験的な運用で、本格稼働はまだまだ先。

 だが、この時点でさえもう、先の発展が約束されているようにリーザには感じられた。


「潜水艦は一覧に載ってないんですよね。あっても木製だと浸水が心配ですし、動力がなければ動けないんですけど……」


「はっ? 潜水……なに?」

 船が並ぶ方を見て、突然正司が、呟きはじめた。


 リーザには意味が分からなかったが、きっとロクなことではないだろうと考えて正司を睨んでいると……。


「どちらかといえば、潜水艦より高速艇が欲しいですね。動力は魔石を使った魔道具で何とかなりそうですし、一覧になければいっそ自分で作って……」


「……タダシ」

「はい、なんですか、リーザさん」


「あなたが何か突拍子もないものを思い浮かべたら、実行する前に相談してね。アドバイスできることもあるから」


「そうですね。分かりました。そうします」

 返事だけはいい。


「それでこのあとはどうするの?」

「次はですね……そろそろ〈森林浄化〉をかけなければいけない場所があるので、畑に行きます」


「畑? どこよ」

 首を捻るリーザをよそに、正司は〈瞬間移動〉の魔法を使った。


 するとだだっ広い畑の真ん中に出た。

「タダシ、ここはどこ? というか、何?」


 あるのは土だけだが、一面の畑である。


「港町のすぐ近くです。最北端でも麦が育ちそうでしたので、畑を作ることにしました。といっても、ここの魔物は、完全に排除できていないのですけど」


 もとは、魔物が出る森林地帯らしい。

 G1からG2までの弱い魔物しか湧かず、畑をつくるのに適していると、正司が〈森林浄化〉をかけて木をすべて引き抜いたらしい。


「いつの間に……?」

「やったのは一月前くらいですね。ですので、〈森林浄化〉を重ねがけしに来たのです」


〈森林浄化〉スキルを使えば、魔物が湧かなくなる。

 だいたい一ヶ月でその効果が切れる。


 効果切れを起こす前に重ねがけしておけば、効果はずっと続く。

 そのうち、土地の性質が変わって魔物が湧かない地になる。


 面倒でもそれまでは、魔法をかけ続けなければならない。


「麦も……なのね」

 港町の産業がまたひとつ増えていた。


 試験的に麦を植え、その生育を見ていたのだが、どうやら大丈夫らしいと分かったのはつい最近。

 ならばと正司は、最近ここで畑作りをしていたのである。


「それで、ここはどこなの?」

〈瞬間移動〉できたため、位置が分からない。


「港町から数キロメートル離れたところですね。大丈夫だと思いますが、塩害を避けたかったので、町よりも内陸につくりました」


 海から強風が吹くとき、塩気が混じることがある。

 未開地帯の森の中に畑を作れば、少しは防げるのではないかと正司は考えたのだ。


 周囲の森には、魔物が沸く。ゆえに人はここに来ない。

「この畑のことは、お父様も知らないわよね」


「えっと……そうですね」

「…………」


 気付いたら町がどんどんと発展し、知らない内に大きくなっている。

 新しい産業もどんどん生まれていく。


(これも報告する必要があるわね)

 やるせない気持ちを抑えつつ、リーザは心のメモ帳に「巨大な畑が誕生」と書き加えたのだった。




 正司が畑をまわり、しばらく〈森林浄化〉をかけていると、陽が高くなってきた。


「リーザさん、そろそろお昼にしようと思うのですけど」

「もうそんな時間なのね」


 畑は正方形をしていた。

 正司が魔法を使っている間、リーザが歩数を数えながら畑の外周を歩いた。


(歩数で八千歩くらい。だいたい四キロメートルね。これをあといくつ作るつもりか知らないけど、こういう畑がいくつもできたら、食糧問題が一気に解決しそうね)


 食料の安定供給は難しい。為政者の悩みの種である。

 不作の年は何年かに一度、必ずやってくる。


 ここならば港まですぐ。

 麦を船に積み込んで、各国に迅速に運べる。


 人類生存における最大の問題が、あっさり解決するかもしれない。

(本当に何なのかしら……)


 リーザは領主になるための勉強を始めているから分かる。

 食料不足に陥ったとき、食べるものをどうやって確保するか。


 日頃から商人と付き合いを持つことがどれだけ大切か理解した。

 困ったときに助けてくれる人が多ければ多いほどいい。


 かといって甘く接したり、好き放題させるのは違う。

 政治とはかくも絶妙なバランス感覚が必要なのだと思い知らされた。


(大変だけどやるしかないのよね)

 思索にふけるリーザは、正司が呼びかけていたことに気付いていない。


 正司は、昼に何を食べるか聞きたがったが、リーザからの反応はない。

(どうしたんでしょう、リーザさん。疲れているんですかね)


 思い当たることがある。最近、勉強の質と量が増えたのだ。

 そのせいでリーザの心は疲弊したに違いない……と正司は考えた。


(でしたら栄養のあるものを食べて、元気を取り戻してもらいましょう)

 魔物の肉がいいと正司は考えた。


 グレードの高い肉は栄養があるだけでなく、僅かながらもステータスが上がる効果も見込める。

 しかも食べておいしい。


 ここが重要だ。グレードの高い肉はおいしいのである。

 そこでふと正司はあることを思い出した。


(あれ? そういえば、この世界に落ちてきたとき、スキル一覧に〈料理〉がありましたね)


 最初正司は、〈料理〉スキルがないと、魔物の肉は調理できないのではないかと考えた。

 だがそれはすぐ、杞憂に終わる。


 魔物の肉を火で炙っただけだが、グレードの高い肉でもちゃんと食べられた。

 ならば〈料理〉スキルを取得したらどうなるのか。


(きっと美味しい料理を作れるようになりますね)

 そう思った正司は、スキル欄を開いて〈料理〉スキルを取得する。


(段階は……そうですね、ひとつだけ上げましょう。貢献値は1で済みますし)

 第二段階にするだけならば、貢献値は2で済む。


 正司は〈料理〉スキルを第二段階に上げてから、調理を開始した。


「リーザさん、お昼ができました。どうぞ食べてください」

 調理用具や食器の類いはすべて『保管庫』に入れてある。


 食材も肉や野菜はもちろん、調味料に至るまで一通り備えてある。

 今回はシンプルにサラダ、ステーキ、スープ、サンドイッチである。


 椅子とテーブルは〈土魔法〉でその場で作る。

「ありがとう正司。お昼を作ってくれたのね。いただくわ」


 リーザはできたばかりの椅子に座った。

 そして食事をはじめ……なかった。


 湯気がたつステーキを凝視している。

「あれ? どうしました、リーザさん」


「ねえ、タダシ」

「はい、なんでしょう」


「このステーキ……オーラが立ち上っているわ」

「焼きたてですから、湯気だと思いますけど」


「違うわよ。この気圧されるようなオーラはなに? スープとサンドイッチからも少し感じるわ」


「私は何も感じませんけど、気のせいじゃないですか」

 いつもより美味しそうだなとは思うが、それだけだ。


「そう? おかしいわね」

 リーザは恐る恐るステーキを切り、口に入れる。


「おいしい!」

「そうですか、よかったです」


「すごく美味しいわよ。何て言うのかしら、身体に力が漲ってくるような」

「魔物の肉を使ったからですね」


「それだけなのかしら」

 不思議そうな顔をしつつ、リーザは「おいしい、おいしい」と連呼して、出されたものをすべて平らげた。


 満足した顔でフォークを置くとき、それは発生した。


 ――パキ


 リーザの手の中で、フォークが折れた。

「ん?」

「えっ?」


 折れたのは、正司が〈土魔法〉で作った金属製のフォークである。

 強化は施していない。強度は普通の金属製食器と変わらない。


 ――ペキ、ペキ


 リーザは手の中で、フォークを折った。いや、砕けたといっていい。

「……タダシ」

「はい、何でしょう」


「説明して欲しいのだけど」

「フォークが脆くなった原因ですか?」


「違うわよ!」

 バンッとテーブルを叩くと、リーザの手を中心に、テーブルにひび割れが走る。


 明らかにおかしい。異常事態である。

「リーザさん、いつからそんな、力が強くなったんですか?」


「それはこっちが聞きたいわね。……さっきの料理、何かへんなものを入れたんじゃないかしら」

「いえ、そんなことありません。いつも通りですよ」


「やっぱりあれは見間違いじゃなかったのよ。料理にオーラが立ち上がっていたわ。絶対になにかやっているはずよ」


 正司は感じなかったが、リーザの目にはたしかに「何か」が映っていた。


 ただ、禍々しい感じはしなかった。

 どちらかというと存在感があった。気圧されるような何かが。


 そして食べた直後にこれである。

 怪力の原因は、先ほどの料理しか思いつかない。


「料理にですか。そんなこと……あっ」

「タダシ」


「な、何でしょう。リーザさん」

「いま、『あっ』て言ったわね。どういうこと。説明しなさい」


「いや、変なことはしていないです。ただ〈料理〉スキルをですね……」

「〈料理〉スキル? 料理にスキルなんてものがあるの? 聞いたことないけど」


「そうですか?」

 あれ? おかしいなと正司は首を捻る。


「それ、どんなスキルなのよ」

「ええっとですね……」


 正司は『情報』から〈料理〉の項目を引っ張りだす。


〈料理〉――調理することによって、魔物の肉が内包している力を引き出すことができる。引き出せる力の大きさは段階によって変わる。


「なるほど。〈料理〉スキルの効果は、魔物の肉に含まれている力を引き出すことのようです」

「えっ……」


 たしかに魔物の肉には、僅かながら、ステータスを向上させる効果がある。

 だがそれは微々たるもの。自ら身体を鍛える方が安上がりである。


 毎日腕立て伏せを続ければ腕力がつく。それと同じだ。

 高グレードの魔物の肉を食べると、似たような効果がおきる。


 だが、いくら腕力が上がったとしても、その後鍛錬しなければ元に戻ってしまう。

 体力や素早さも同じである。


 結局、一時的に身体能力が向上するものの、その維持に努めなければ意味がない。

 そしてこの効果は一般にも広く知られていることである。


 正司の〈料理〉スキルはその効果を遙かに超えていた。ゆえに……。

「これ、いつ元に戻るの?」


「さあ、私にもよく分かり……イタタタタタタタ」

 リーザは最後までいわせず、正司の頭を掴んだ。指先に力を加える。


「ねえ、これ……戻るのよね」

「わ、分かりませ……痛いです! リーザさん、本当に痛いです」


 第二段階の〈料理〉スキルでも、正司にそれなりのダメージを与えることが可能らしい。


 その後、使用した魔物の肉から予想して、上昇した力の検証が行われた。

 結果、以下のことが分かった。


 ステーキの肉により、腕力が上昇。

 細い金属棒ならパキパキ折れるようになった。


 スープに入っていた肉により、肺活量が上昇。

 一時間くらい息を止めていられるようになった。


 サンドイッチに入っていた肉により、火炎耐性が上昇。

 炎に手をかざしても熱いと感じるだけで火傷しなかった。


 いずれも第二段階の〈料理〉スキルでG5の肉を使っている。


 正司の場合、基礎能力が向上しているためか、腕力上昇の効果はほぼ感じられなかった。


 ゆえにこのことから、食べた人の基礎値から上昇するのではなく、ある一定値まで力を引き上げるものであるらしいと分かった。


 しばらくしてリーザは力の制御を覚え、食器を破壊することはなくなった。

 これで人前に出ても大丈夫と、安堵の息を吐き出す。


 すかさず正司は、笑顔でいった。

「魔物の肉には、もともとそんな潜在能力ポテンシャルが隠されていたのですね。新発見ですよ、リーザさん」


「他人事みたいに言うなぁ!」

 リーザは正司を追いかけた。


 その後、正司の料理禁止令が出されたのは、至極当たり前のことであった。



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