096 バランスブレーカー
ルンベックは正司に「建国」を勧めた。熟考のすえ、正司も同意した。
問題は、それをどう実現させるかである。
正司には、その道筋が見えない。
「なるべく早く、各国に話を通しておくべきだろうね。各国の反応をみるのは大事だと思うよ」
「なるほど、それはそうですね」
協力、静観、敵対……どれを採択するかによって、その後の対応が違ってくる。
すべての国と仲良くしたいが、それは理想だ。
だが、相手が気に入らないからといって、交流を完全に絶ってしまうのもよくない。
たとえば、棄民を移動させるとき。これは必ず他国の協力がいる。
村や町に住めないからといって、もとはその国の民である。
先に筋を通すべきであろう。
それに、ここまで勝手に移動してこいとはいかない。
正司が全員を見つけて運ぶわけにもいかない。
物理的に時間が足りないし、漏れが出たら見捨てるのかという問題もでてくる。
「それとね、国の運営には多くの人が必要だ。どうせ声をかけるのだから、各国から人材を出してもらおう。その方が早く人材が揃うし、その下に人をつけることで、おのずと後継者が育つ」
正司は思う。博物館の従業員ですら百人を超えているのだ。
国を機能させるのに、どれほど多くの人が必要かと。
勝手に来て勝手に住め。トラブルは各自で解決しろ。
そんな国を正司が認めるわけがない。
だが、管理する人がいなければ、一人では何もできない。
早急に使える人材を揃えるならば、他国の人材を使わせてもらうのが一番だ。
もちろん派遣してくれればだが。
「他人の協力を得るには、手順が大事だと思う。とくに利権が絡むときはね。手順さえ守れば、彼らはきっと断らないよ」
くどいようだが「人」と「人材」は違う。
国の運営を任せられるような人は、それこそ教育と経験に裏打ちされた実力を有している。
村や町で職にあぶれた人たちを集めても、よりよい国家運営は不可能だろう。
最初は必ず、使える人材をもってこなければならない。
だが、各国から人を集めても、全員が同じ目的・目標を持つわけではない。
それを強制できるものでもない。
最初はなるべく同じ目標に向かって邁進できる者たちを選ぶべきだ。
それを見極める自信は、正司にはない。
そういった事情があって、ルンベックが人集めをすることになった。
実際に動くのは家臣だが、最初の交渉相手は他国のトップとなるだろう。
ならば最初の交渉は、こちらもそれなりの者でなければならない。
「最初はミルドラルから人を集めるよ。フィーネ公もバイダル公も賛成してくれた。使える家臣を寄越してくれる。タダシくんはその人たちと協力して、町づくりを完成させてほしい」
各公家から二十名ずつ、総勢六十名の家臣が集まった。
バイダル公コルドラードは、「半年前に分かっていれば、いくらでもやりようがあったのに……」とぶつくさいいつつも、最高の人材を貸し出した。
貸し出したといっても、おそらく行ったっきりになるだろう。
国が安定するまで手が離せないだろうし、後進の育成も大事になってくる。
なにより重要な地位についたとき、他国との牽制もあり、その地位から退くのは難しくなる。
コルドラードが選出した二十名は、虎の子の家臣たちであった。
一方、地盤の強化が済んでいないフィーネ公リグノワルは大変だ。
手足となってくれる者を送り出せば、自分の仕事が滞ってしまう。
やむなく前フィーネ公のルソーリンへヘルプの手紙を出した。
未開地帯に一番近い領地を持ち、未開地帯の魔物に夫を奪われたルソーリンは、あそこがどれほど危険な地か知っている。
リグノワルからの手紙を読んで、ルソーリンが両膝と両肘を床に着いて項垂れたのも致し方なかっただろう。
ルソーリンは自分と苦楽を共にしてきた家臣たちを送り出す選択をした。
本当はルソーリンも向かいたがったが、さすがに自重した。
こうしてそれぞれの思いを背負い送り出された六十名は二つの町に分かれ、それぞれの町に必要なものを提案していく。
ところがその試みは、最初から躓いてしまった。各町三十名では、まったく足りないのである。
町は思いの外、広すぎた。
期限があるわけではないが、このままでは時間ばかりが過ぎていく。
行動を開始して幾日もしないうちに「追加申請」が届いたのは、彼らが優秀ゆえのことだろう。
申請を受けた各公家は頭を抱えることになるのだが。
急遽人員が追加され、いまでは各町、二百名以上が働いている。
彼らは町中に散り、問題点を見つけては正司に報告していく。
それを受けた正司が、〈土魔法〉で町に反映させていくのだ。
たとえば地面がゆるやかに上下していて、雨水の排水ができていなかった。
これでは雨が降ると、町の特定の場所だけが水没してしまう。
たとえば道が整備されすぎていて、建物と道に余裕がない。
馬車だまりがないので、人気施設の周辺はつねに渋滞がおきてしまう。
たとえば町の入口。馬車や荷車は、徒歩と門を分けた方が安全である。
徒歩の門も、移住希望者用とそれ以外で分けた方が最初のうちは混乱が少ない。
たとえば、入口の近くに移住希望者用の簡易宿舎がほしい。
次々と正司に提案し、次々と町がつくり変えられていく。
なにしろ、「なるほど」と正司が納得したものは、すぐさま反映させている。
移住希望者用の簡易宿舎は、すぐさま巨大なものを複数棟建ててしまった。
ちなみに巨大な建造物は、みな正司お得意の「学校」と同じ構造になっている。
正司が一番イメージしやすいため、いろんなところで学校の建物が建っている。
町づくりを最初からできるとあって、派遣された人々は存分に腕を振るった。
理想を現実にできるとあって、アイデアを惜しみなく注ぎ込んだ。
城の周囲には、上流階級が住む一角を用意した。
そこから緑地を挟んで一般住居が立ち並ぶ一角をつくる。
商業区画と工業区画、農地の運用など、多くの意見が飛び出した。
正司はそれを聞き、理由を尋ね、納得したものを取り入れていく。
もし万一、「ちょっと違ったな」と思うことがあっても、人が住んでないので、いくらでも変更可能である。
この辺はもう、都市設計型シミュレーションゲームと同じ感覚である。
嬉々と提案する人々の要望を受けて、正司も張り切ったのだ。
一方のルンベックもまた、ゆっくりしていられない。
各国のトップと会わねばならないのである。
「まずはラマ国から話をしようと思います」
「これまでの付き合いからするとそれがいいであろうな」
ルンベックの話を聞いて、コルドラードも賛成した。
「その際、まず国主だけに話を通します」
「一気に話を広めんのか? 時間が限られておるであろうに」
「本当に協力的かどうかを判断しないといけません。だれもかれもというわけにはいきませんから」
「足を引っ張られるかもしれんか。分かった。国主には儂が話をしておこう」
「それが終わったら王国です。おそらく王国と交渉している間には……」
「その頃には、帝国にも話がいっておるであろう。あそこの海運力は侮れんものがある。港町は注意した方がいいかもしれんぞ」
「湖内通商で栄えたのがはじまりですからね。海軍力は脅威です。船に関しては我々は勝てませんし、どうしましょう」
「ラマ国の反応を見て決めてもよかろう。正直儂も、他国がどのような反応を示すか、予測がつかん」
「初めてのことですしね」
「儂が生きているうちに二度目がないことを祈るわ。小屋をつくる感覚で国ができたら、さすがに心臓に悪い」
「言っておきますけど、私も知らなかったんですからね」
「……分かっておる。分かっておるが……もうちょっと何とかならんかったのかとは思うぞ」
優秀な人材を多数貸し出したコルドラードは、自国の能吏をどう育てていこうか、頭を悩ませている。
多少能力に不安があっても、重要な役職を任せ、日々成長させていくしかないのだろう。
半年でも余裕があったらと、コルドラードは心底悔やむのであった。
ちなみに今のところ、帝国の出方は不明である。未知数といっていい。
敵対的となる可能性もまだ捨てていない。
帝国が方針を固めないうちに交渉に入りたいが、今の段階で引き込むと、主導権を取られる恐れがある。
帝国は遅れて参加させた方がいいというのがルンベックの考えだ。
出遅れたからには、他国よりよけいに協力しないと駄目だと思わせなければならない。
「波風がたたないように、タダシくんの希望を叶えさせるのは難しいですよ、本当」
「儂は彼に多大な恩義を感じておる。ゆえにできる限りの協力をしたいと思っておる」
「ええ、私もです。フィーネ公も似たようなことを言っていました」
ルソーリンがひた隠しにしていたもの。あれはフィーネ公領のアキレス腱になり得た。
ルソーリンの決断が早かったからこそ大事に至らなかったが、それを間接的にでも決断させたのは正司である。
あれは正司の行動が、本人の知らないところで、当主に影響を与えてしまった珍しい事件である。
「そういうわけで、ミルドラルはいつものように一致団結していきましょう」
「うむ。天下百年の安寧のためじゃ。骨惜しみすべきときではないな」
こうしてミルドラルは団結し、他国を巻き込む作戦がスタートした。
○
やるべきことがいくら多くても、時間は有限である。
この日正司は、博物館に顔を出した。
「おはようございます。用事があって、しばらく顔を出せませんでし……」
すべて言い終わるより早く、正司は各主任たちに取り囲まれた。
しばらく留守にしていたのがいけなかったようで、正司が決裁する事案が山のように積み重なっていたのである。
待ってましたとばかりに集まる従業員に、正司は助けを求めようと視線を巡らす。
総支配人のレオナールが笑顔でやってきた。
「あっ、レオナールさん、おはようございます」
見ると、レオナールは紙の束を持っている。
「おはようございます、タダシ様。これはわたくしからのプレゼントでございます。仮に処理したものもありますが、最終的な判断をお願いするものばかりです」
レオナールは紙の束を差し出した。
その有無を言わせない雰囲気に、正司も頷くしかない。
そもそも何日も顔を出さなかった正司がいけない。
博物館の運営が軌道に乗り、一年、二年と経っていれば違ったであろう。
一ヶ月くらい放っておいても問題なかった。だが今は時期尚早。
起きたトラブルは、ほとんどが前例のない事態。
正司が最終決断するのが一番問題が少ない。
「とほほ……」
こうして正司は博物館でおきた様々な事象の処理にかかりきりになった。
そして、仕事は次々やってくる。
正司が仕事をすればするほど、新しい町へ顔をだすヒマがなくなる。
新しい町でも今頃、「すべきこと」が積み上がっていることだろう。
「とほほ……」
正司は決裁を待つ行列を目にしながら、書類を処理していくのであった。
○
一方、ルンベックもまた多忙を極めていた。
リーザが正司を連れて戻ってからというもの、気が休まる日がない。
正司に政治的判断をさせるのはまだ早い。今回の建国もそうだ。
ミュゼもそういった知識を正司に仕込んでいない。
生半可な知識で横やりを入れられても、現場が対処しきれない。
いまは大事な時期である。現場を混乱させてほしくないと、ルンベックは考えている。
正司も分かったもので、目的が達せられるならば手段は任せるとばかり、難しいところはルンベックに投げている。
ルンベックはそれを受けて、なるべく正司の意向に沿うような形に持っていくつもりである。
それが双方の利益につながる。ゆえに手を抜けない。
町に常駐している者たちは、測量を行い、町の運営に必要なさまざまな案を出している。
それが順調であるとの報告も受けている。
すでにミルドラルの多くの家臣が、新しい町で活動している。
次はラマ国の番であり、これから話を通して、町づくりに巻き込む。
エルヴァル王国はその後。最後は帝国。
この前正司は、大量の巻物を「みなさんの移動に使ってください」と言って渡してきた。
ルンベックはそれを快く受け取った。町への往復には絶対に必要だからだ。
ただ、馬鹿正直に各国へ均等に配るようなことはしない。
渡せば必ず秘匿しようとするだろう。
ゆえに他国の者へは、トエルザード家の家臣が「案内人」としてついていくことにした。
巻物で複数人を運べることは実験済みである。
それゆえ他国の者を案内するシステムにしたのだ。
ちなみにいつの間にか、港に巨大な船が何十隻も浮かんでいた。ルンベックはそれを知らなかった。ラマ国へ出向いていたのだから当たり前だ。
ちょうどラマ国の国主を港町へ案内していて、一緒に見て驚いてしまった。
数日前にはなかったのは確認している。
つまりこれは正司の仕業だ。まったくもって正司の行動は心臓に悪い。
ルンベックはそう思わずにいられない。
ルンベックが国主を案内したあとは、家臣がそれを引き継ぐ。
最初は城で重要な地位にある者。次は高位の文官や、武官。続いて各町の領主である。
領主は首都へやってきてからの案内になるため、全員を招待するのに何日もかかってしまった。
そして王国は当然、ラマ国に人を忍ばせている。
端で見ていてすぐ分かるほど、ラマ国の首都が騒がしい。
当然、ラマ国に潜り込んでいる間諜は、何かあったと感づいた。いや、それで感づかない方がおかしい。
何しろ王城へ入っていく馬車は増え続け、灯りは夜になっても消えることがなかった。
首都に暮らすラマ国民でさえ、何か重大なことが起きていると噂し合うほどだった。
間諜はそれを報告するため、鳥を飛ばした。
だが、肝心の中身はついぞ知ることが敵わなかった。
町にも一切、噂は漏れていない。
間諜は首を捻るものの、あれだけ大騒ぎしていても、なにひとつ口の端に上ることがないのだ。
だからこそおかしい。絶対に何かある。
王国の間諜は、一層気合いを入れて、情報収集に励むことになった。
なぜそれほどまで秘密が守られたのか。
それはルンベックが秘密を条件に招待したからである。
そしてこれが大事だが、招待された者たちは、決して仲間内以外にこの話を漏らさなかったのである。
一方、鳥を受け取った王国は困った。
何かあったのは確実だが、それが何なのか分からない。
日頃から金を握らせている者も、今回ばかりは口が堅い。
「国主が倒れたか?」
「いや将軍が寿命で」
「先日できた大壁が崩れたとか?」
「健在らしいぞ」
「将軍がか? それとも壁が?」
「それより帝国と密約したんじゃないのか?」
いくら想像しても、それを裏付ける証拠は出てこない。
まったくもって不可解な現象がラマ国でおきている。
そして王国はそれを知ることができない。
王国重鎮の目がラマ国に集まる中、ミルドラルから一人の使者が王国にやってきた。
その者は、先の条約をミルドラルの三公が認めた書類を持参した。
使者は、三公のサインが入ったそれを宰相のウルダールに手渡す。
ウルダールは中身を確認してから受け取った。
王都で行われた和平交渉の調印は、あくまで三公軍と王国が交わしたもの。
三公の当主がそれを正式に追認したことになる。
ウルダールがホッとしたのも束の間。
「そしてこれは、我が当主が個人的に宰相様にと書かれたものです」
使者はウルダールにそう小声で告げ、一通の書簡を差し出した。
書簡には、王都にあるトエルザード家の屋敷で、ルンベックが待つと書かれている。
ウルダールは宰相。それをトエルザード家が招待する。
言い方を変えれば、他国の宰相を自分の家に呼び寄せると言っていい。
本来ならば、「用があるなら会いに来い」と突っぱねるところである。
だが、先の戦争がここで効いている。
使者を使わしたのは、戦勝国の当主。当主は三人いると言っても、そこは関係ない。
かたやウルダールは、敗北した国の宰相。
言われるがままに、ウルダールはトエルザード家の屋敷に向かった。
「ようこそいらっしゃいました」
出迎えたルンベックを見てウルダールは驚いていた。
本当にいたのだ。いつ王国にやってきたのか。
だがウルダールは、質問を発しようとはしなかった。無意味と思ったのだ。
もはやミルドラルは「何でもあり」の国。
ラマ国と帝国を結ぶ大壁も、トエルザード家の魔道士が行ったもの。
戦争においては、強力無比な魔法が大量に使用された報告も入っている。
調査で巻物が使われたことが判明したが、それこそおかしな話である。
どれだけ金を払っても、敵国の戦意をくじくほどの巻物など、どうしたら手に入るというのだろうか。
聞けば聞くほど荒唐無稽な話が目白押し。
ゆえにウルダールは、書簡に書かれていた通り、誰にも告げずにトエルザード家の屋敷を訪れたのである。
あれだけ非常識の大安売りをした国である。
何を言われても驚かない。そんな心構えを持って望んだ会談で、ウルダールは顎が外れるほど驚かされた。
「実は未開地帯に、十万人以上住めるような町をつくりましてね。あっ、町はひとつではないですよ」
さらっと言われたとき、意味が分からなかった。
繰り返されてようやく理解したが、それは言葉の意味が理解できただけであり、心は納得していなかった。
それでもルンベックの話は続く。
町があまりに巨大すぎたので、国として扱いたい。
といっても、それを運営できる人材がいない。
国はこれからどんどん発展していく。人材はどれだけあっても足りることはない。
「この話の続きに興味ありますか?」と、いい笑顔でルンベックは問いかけた。
締めくくりには、こんなことも言った。
「その巨大な町なんですけど、秘密を守れるのでしたら、すぐにでもご招待しますが、どうされます?」
こんな話をされて「いいえ結構です」と答えられる者がどれだけいるだろうか。
王国を代表するウルダールに、否と言えるはずはない。
そしてウルダールは気付いた。なぜ自分が呼ばれたのかを。
ルンベックはあえて、宰相を呼んだのだ。
国王や八老会のメンバーではなく。
それ以外の者と話した理由は明白。ミルドラルはまだ、八老会を許していないのだ。
「秘密厳守と先ほど申されましたが、もし守らなかったら?」
「それっきりですね」
「それっきりとは?」
「それは言えません。それっきりですので」
ウルダールは考える。未開地帯につくったという新しい町。
荒唐無稽の上をいく、まるで雲を掴むような話。
嘘を吐くならもう少し現実味のある話をしろと席を立っても、だれも怒らないだろう。
だがウルダールはそうしない。
先日以来、ラマ国の王城は、蜂の巣をつついたような騒ぎらしい。
各町の領主がひっきりになしにやってきたとか。
ラマ国首都で何かが起こっている。それはもう確実。
そこへきて、このヨタ話である。
戦争で勝ったミルドラルが、王国を騙すため? 戦力を削るため?
なんらかの意図を持って、壮大な与太話を持ってくる?
そんな必然性はない。ゆえにウルダールは席を立つことができなかった。
「その……未開地帯へは、どうやっていくのですかな」
「それはもちろん、〈瞬間移動〉の魔法ですよ」
「あの大魔道士殿に頼むということですか!?」
「いえ違います、とだけ」
「…………」
先ほどから要領を得ない話になっているのは、ルンベックが「ここまでなら話すけど、それ以上は絶対に話さない」というラインを決めているからである。
肝心なところはすべてはぐらかされている。
これはもう言葉を重ねてルンベックの真意を引き出すのではなく、伸るか反るか選択するだけだとウルダールは理解した。
八老会を外して宰相である自分のところに話を持ってきたのも重要なことだ。
王国民は多かれ少なかれ戦争の片棒を担いだ、だがその辺はどうでもいいのだろう。
ミルドラルはあくまで八老会の影響力を落とし、王国を従順な商業国家にさせようとしている。
そんな風にウルダールは感じた。
「……分かりました。私の一存で話が『それっきり』になったと分かったら、吊られかねません。これ以上は何も聞きますまい。秘密は守ります。必ず」
「そう言ってくれると思ってました。では、見学ツアーとまいりましょう。なに、現地で家臣が待っていますので、不自由はさせませんよ」
そう言ってルンベックは、巻物を読み上げた。
見学場所は決めてあり、ルートも決めてある。
すでに機密保持の約束をしているのだから、質問にはすべて答えられる。
その上で、ここでの話が漏れたら、関係は「それっきり」になる。
ウルダールとしては、絶対に話せない秘密を抱えたことになる。
「招待といいましたが、王国は私だけということですか?」
「いえ、そうではありません。最終的には王国の方も数百人は招待すると思います」
これでいくつかのことが分かった。
最終的にはと言うからには、段階的に招待するつもりであろうこと。
そして王国の方「も」と言ったことで、ラマ国はもうその位の人が招待されているのだろう。
ウルダールはさらに考える。
町だけできていても、ここには人がいない。
働いている者はみな何かの作業中だ。住民というわけではないらしい。
「あれは何ですかな」
「高速道路というものです。高い所にあり、障害物もなく速く進める道路という意味でそう名付けました」
「どこへ通じているのでしょう」
「まだどこにも」
「…………」
ここが未開地帯であることはほぼ間違いない。
王国にくらべても、気候が違う。
城の高みから見た景色は凄かった。町全体が見渡せないほど広かった。
人が住んでいない巨大な町を「遊び」でつくることは不可能。
そもそもガランとした城を見学したとき、声が震えて言葉がでなかったほどだ。
町の壁の上にも登った。
そこから外を眺めたところ、地平線の先まで森が広がっていた。
できたての真新しい道や家、城……これらは〈土魔法〉で一気に作り上げたものだと理解できる。
そしてそれを成し遂げた人物はだれなのか、ウルダールはもちろん理解している。
(反則であろう、これは……)
戦争を仕掛ける相手を間違えた……どころの騒ぎではない。
勝てる勝てないを論じることすら馬鹿らしい。
そしてひとつ腑に落ちることがあった。
戦後処理でミルドラルは最終的にかなり譲歩した。
あのまま交渉を続ければ八老会に大きなダメージを与えられるというのに、土壇場でどうでもいいような交渉を続けてきたという。
だがこれを見れば分かる。
これを見せられたら分かる。文字通り、あの場の譲歩など、どうでもよかったのだろう。
そしてウルダールの驚きは続く。
ミラシュタットの町を見学して大いに驚かされたのに、港町であるリザシュタットの町へ赴いたときには、さらに驚かされた。
崖を階段状に改造したこともそうだし、超巨大な城もそうだ。
だがもっと驚いたのは、港に停泊している巨大輸送船の存在だった。
(いつの間に……技術の流出? いや、違う。形も大きさも別物だ。というか、わが国の技術の方が遅れてないか?)
聞けば、見える範囲の海底の岩はすべて排除済みであるという。
どうやったのかと聞いたら〈土魔法〉という答えが返ってきた。
この広大な海の下にある突起や岩礁の類いは、〈土魔法〉によって、キレイさっぱり取り払われているなど、信じられるか。
「新しい町に新しい港町……」
もうウルダールはお腹いっぱいである。
様々な質問に答えてくれるものの、この町をどうするのかだけは、一切答えてくれない。
人がいなければ、町は成り立たない。
だれが住むのか。それだけは語ってくれなかった。
「おっと、大丈夫ですか」
「えっ? あっ? ……ああ」
「顔色が悪い。少し休みましょうか。歩き疲れたのでしょう」
気付いたら、ウルダールは地面にしゃがみ込んでいた。
どうやら頭から血が失せてしまったらしい。
ベンチに腰を下ろし、ウルダールはバレないようにため息を吐く。
商人は契約を重視する。
ウルダールは商人ではないが、それを大事にする人々をつぶさに見てきた。
今回ルンベックとは、一切契約を交わしていない。
口約束というものは交わしたが、とぼければそれでおしまいである。
だからと言って破れるものか。
そうウルダールは思う。
誰かに言ったら「それっきり」だとルンベックは言った。
それはあまりに怖すぎる。
ウルダールは商人ではないが、商人ならばこの町をみて狂喜乱舞するだろう。
商機がここには腐るほど眠っている。まだ商売敵がいないのだから、店も展開し放題だ。
だからこそウルダールのせいで「それっきり」になったら、どれだけ恨まれることか。
口約束しかしていないからこそ、契約の隙を突くこともできない。
漏らしたと相手が判断したら、それでお終い。
つまりウルダールは、直接的な表現だけでなく、「それっぽい」ことすら口に出せなくなってしまった。
「あなたが信用できると思う人の名を挙げてください。こちらで考慮しますが、その通りになるかどうかは分かりません」
この招待は続くらしい。ウルダールの紹介をもって。
ここでも試されていると、ウルダールは感じた。
「それは何人でもいいのですかな」
「ええ……名を挙げるのは自由です」
つまり、最終的にここへ招待するかどうかはルンベックが決める。
(なるほど、それで辿れるわけか)
ウルダールが五人紹介して、その中の三人を招待したとする。
三人は大いに驚き、ウルダールに報告する。
三人から紹介された者も同じだ。そうやって秘密を共有する者が増えていく。
そしてミルドラルは、王国の人の流れを掴むことができる。
「そうですか……では」
分かっていてウルダールは、何人かの名前を挙げた。
みな八老会と繋がりのない者たちだ。
ここで欲をかいて彼らの名を挙げても、ルンベックは招待しないし、ウルダールに失望するだろう。
ウルダールは、王国の発展に繋がると信じて、ルンベックの意に沿う人物の名を挙げたのであった。
こうして秘密を共有する国が三つに増えた。