093 会議は躍る
「分かっているとは思うが、これは重要な話だ。各国の状況を今一度整理しよう」
ルンベックの発言に、ミュゼは神妙に頷く。
ミュゼもまた事の重大さをよく分かっていた。
話を持ち込んだリーザはというと、ゴクリと唾を飲み込んだ。
父親が何を言い出すのか想像できるゆえに、緊張が隠せないのだ。
ミラベルは……糸の切れた操り人形になって、椅子に座っている。
一番の当事者であるが、いまはいない者として扱われている。
ちなみにレオナールの姿はすでにいない。
気を利かせて、そそくさとその場を去っている。
「繰り返す。これは大事なことだ。くどいと思わず聞いてほしい」
「はい、お父様」
「いいですわよ」
「うむ……今回の戦争、我らミルドラルが受けて立った形だ。王国の狙いはラクージュの町だったと思う」
リーザが頷く。
進軍方向と速度からいって、ほぼ間違いない。
「フィーネ公家とバイダル公家が介入するより前にこの町を落としたかったのですわね」
「そう。だが王国も、ミルドラル全土を征服するつもりはなかったと考えられる。派遣した軍の規模から言ってもね」
進軍はトエルザード公領まで。
そこからは、交渉によって譲歩を引き出す作戦だっただろうとルンベックは語った。
「でもお父様、王国は目的を達せられず、反対に逆侵攻されました」
リーザの言葉に、ルンベックは頷く。
「そうだね。私は弟に王都クリパニアだけは落とさないようにと伝えた。リーザ、理由は分かるね」
「はい。王国を落としてしまうと、ミルドラルが強大になりすぎてしまうからです」
「そうだ。ラマ国の警戒心をことさら煽る必要はない」
この話は、ここにいる全員が理解している。
現状、ミルドラルとラマ国はそれなりに友好的な関係を築いている。
だがミルドラルが王国の富を手に入れてしまった場合はどうだろうか。
今はいいとして、十年後、ラマ国との関係は良好なままであろうか。
おそらく、ラマ国は最大限ミルドラルを警戒することになる。
つまり、軍備拡張だ。
そうなれば、ミルドラルもラマ国を警戒せずにはいられない。
ともに睨み合う関係となる。……だが、国力はミルドラルがずっと上。
「敵視されているなら、いっそのこと統一した方がいいんじゃないか」という声があがるのは必然の流れ。それができる国力もある。
だがそれこそが、帝国が歩んだ道。
帝国は、なまじ周辺国家を併呑したがゆえに引くに引けなくなってしまった。
結局、大陸の東側すべてを手中におさめることになったのだ。
だが急速に拡大した領土を治めるには、帝国の人材は不足していた。
戦争による国土の荒廃や働き手の減少、インフラの断絶など、様々な要素をはらんだ末に、帝国は内乱に突入した。
そしてその混乱は、いまも続いている。
「帝国と同じ道は、歩みたくないですわ」
「そうだね。だからこそ三国は安定して存続したいと考えている。さて話を戻そう。タダシくんが作ったとされる新しい港町のことだ」
さきほどリーザにカックン、カックンされたミラベルは、その後、自分の知っていることを洗いざらい喋らされた。
なぜそんなことをしたのか? ことの発端は何なのか?
そう問いかけたリーザに、ミラベルは「だって秘密基地だよ。隠れ家みたいで楽しそうだったし」と宣った。
「――秘密基地」
それを聞いたとき、リーザは眩暈をおぼえた。
加えて、「町にでっかいお城を作ったの」と無邪気に言われたときは、腰から砕けそうにもなった。
「城……それも巨大な?」
どこよりも高い塔を一瞬で作り上げる正司である。
あれほど広い博物館ですら、難なく作り上げるのだ。
それが城を作った。一体何の冗談なのか。
リーザは最悪を想像したが、正司の場合、リーザの最悪のさらに上を行くことが多い。
もはや想像の埒外になってしまっているかもしれない。そして極めつきは……。
「町の名前を何にしようかって話になったので、ミラシュタットって名前にしたんだ。だから港町はお姉ちゃんの名前を使ったんだよ」
「どう? ちゃんとお姉ちゃんのことも忘れてないでしょ」
そんなどや顔のミラベルに対してリーザは……。
「なんで私の名前をつけたのよぉ! ちょっとミラベル、町の名前を変えなさい!!」
本日最高速のカックン、カックンが披露されたとしても、致し方ないといえよう。
ちなみに新しく町を作った場合、その名前は、為政者が決めるのが普通。
そしてこの場合、命名権は正司にある。
正司が「どんな名前がいいか」とミラベルに聞いてきたならば、こういう流れになる可能性はある。
人はやはり、馴染みのある名前を付けたくなるものである。
「………………」
リーザは虚ろな目で父親を見た。
ルンベックは首を横に振る。
町の命名権は、最高権力者にある。
そして未開地帯という『だれの所有地でもない』場所に町を作ったのだから、正司が町の名前をつけるのはおかしくない。
(でも、集落に名前をつけるのと同じレベルなの、これ?)
よく勝手に住み着いた人たちが、自分たちの集落に名前をつけたりする。
だが、さすがにただの集落とはレベルが違うのではないかと、リーザは心底思うのである。
「それでだ。以上を踏まえて考えてみよう。一ヶ月やそこらで町ができてしまった。いま二つの町があるらしいが、それをミルドラルに組み込むとどうなるかな」
「ラマ国と王国を大いに刺激しますわね」
未開地帯は広大だ。広大すぎると言っていい。
本来、そこに町は作れない。
だが、正司はそれを軽々とやってしまった。
この先、十や二十の町でも作れるのではないか? 各国はそう思うだろう。
そしておそらく「できる」。しかも簡単に。
ルンベックが何を言いたいのか。
今回、正司が作った町をミルドラルに組み込んだ場合、いまは二つの町だからいい。
だが、たとえば数年後に町の数はどうなっているだろうか。
もしかすると、ミルドラルの三公家を合わせた以上の町が未開地帯に出現しているかもしれない。
そして十年後、ミルドラルの国土、もしくは人が居住できる面積は、いまの十倍に膨れあがっているかもしれない。
国土が十倍……想像できない広さだが、それほど未開地帯は広大なのだ。
「お父様、やはり各国のパワーバランスは崩れると思いますか?」
「確実に崩れるね。今回の戦争で私たちが腐心していたのは何だったのか、というレベルで警戒されるだろうね。それこそ畑に一粒一粒種を蒔いていた横で、箱ごとバラまいたようなものだ」
これまで散々頭を悩ませていた各国への配慮などどこ吹く風だろう。
もし今後もポンポンと町ができるならば、王国やラマ国だけでなく、帝国すら警戒の目を向けてくることになる。
「どうしたらいいですか?」
「そうだね……どうしようか」
ルンベックだって聞きたい。
いくら当主と言えども、さすがにこのような事態は、過去一度も想定したことはない。
「ひとつだけ確かなことがありますわ」
ミュゼが言った。
「なんだい?」
「これはトエルザード家だけで話しても、まったく意味がないということです。さすがに規模が大きすぎますもの」
なるほどとルンベックは頷き、直後、自らの額を叩いた。
「三公会議かぁ!」
また三公を集めなければならない。しかも他国に知られることなく。
「でもやらなければなりませんわ、お父様」
「最善を尽くすためにも巻き込んだ方がいいと思いますの」
ここにいる全員の気持ちは、ひとつになった。
「お姉ちゃん、もうやめて……わたしの首はゾーキンじゃないの」
いや、なってなかった。
トエルザード家の面々が頭を悩ました翌日の朝。
正司が王国からあっさりと帰ってきた。
「ただいま戻りました。とても有意義な時間でした。お土産があるんですが……」
皆までいわせず、リーザがダダダダと正司に駆けより、その腕を取る。
「えっ、リーザさん!? いつ戻ってきたんですか?」
「いいからタダシ、こっちに来て!」
「はいっ?」
リーザは両手で正司の腕を抱え込み、すぐさまルンベックのもとへ連れて行く。
やってきた正司を見て、ルンベックはその日の仕事にすべてキャンセルを出す。
「タダシくん、未開地帯に町を作ったらしいね」
「……はい、どうしてそれを?」
「それに関して質問があるのだ、いいかね」
「ええ、構いません。というか、私も町のことで相談したかったですし」
「あのね、タダシ。町のことはミラベルから聞いたの。それと港町の存在はすでに、王国にも知られている。もっとも、信じられていないようだけど」
「ミラベルさんから……なるほど、そういうことですか。だったら、少し補足しないといけませんね」
「補足?」
リーザが首を傾げる。
「あれから時間を見つけて町の整備を進めていたんです。人が住める目処も立ちました。……そうだ、一度見に行きますか?」
「見せてくれるかね」
「ぜひ見たいわ!」
正司の言葉に、ルンベックとリーザは大いに食いついた。
ちなみにミュゼは留守番で、ミラベルは謹慎である。
ミラベルの場合、謹慎されなくても、外には出られないかもしれない。
なにしろ勉強量がルノリー並に増えたのである。
もはや遊びに抜け出すヒマはなくなったとみていい。
「じゃ、行きますね」
正司は、最初に作った――ミラシュタットの町へ跳んだ。
「着きました、ここが町です。北に大きな山が見えると思います。町はその麓まで続いています。ここからでは見えませんけど、大きな湖もあるんです」
「…………」
「…………」
ルンベックとリーザは驚きのあまり、口が半開きになっている。
たしかに町である。
見渡す限り、すべてが町であった。というか、町並みができていた。
ルンベックはいろいろと想像していた。だが、それを上回っていた。
リーザは諦めていた。だが、さらなる絶望がそこにあった。
「殺風景だったので、仮で道路と家を作ってみたのです」
作り物のような町並みである。同じ顔をした家が立ち並んでいる。
ここには戸建てしかないが、目を凝らすと、遠くに団地らしき建物もみえる。
道路は広くとられており、人っ子ひとりいない町並みは、いっそ恐怖を感じさせる。
「いつの間に……こんな」
分かっていることだが、そう言わずにはいられなかった。
リーザはルンベックの袖を引っ張り、気を落ちつかせる。
「家を建てたのは最近ですね。建物がないと、どうしても全体像が見えてこないですから」
町が広すぎて全体が把握できない。
そして目に見えるだけでも、すでに想像を絶してしまっている。
「次は城の方へ行ってみますね」
「城ぉ?」
リーザが聞き返したときにはもう、正司は跳んでいた。
いつもの軽い酩酊感の直後、目の前に巨大な城が出現していた。
「ええっ!?」
王都クリパニアには、エルヴァル王国が誇る城がある。
いまリーザが見ている城は、それより大きい。
一目で分かるほどだ。王都の城など目ではないほどの威容を誇っていた。
「無骨すぎて、あまり城らしくないですね。ですけど、これでも城なんです」
「…………」
「…………」
いや、そういうことを言いたいのではない。
だが、口から言葉がでてこなかった。
正司はどこと戦争するつもりなのだろうか。
高い城壁は、どうやって越えればいいのか分からないほどだ。
難攻不落にも程がある。
「中に入りましょう」
この城は、博物館よりも大きい。確実に大きい。
それは分かるが、各フロアが巨大すぎて、ここに軍隊を駐留させることもできそうである。
「次は農業区域に行きます。仮で畑を作ってあります。それだけですから、殺風景かもしれません」
こうしてルンベックとリーザは、農業区域やら、工業区域やら、商業区域やらを順に見せられた。
「……もう驚かないわ」
一生分の驚愕を使い果たした顔でリーザは言った。
「私がみたどの町より立派なのだけど、これはどう表現したらいいのかな」
ルンベックは、ヤレヤレと首を振った。
町の中が目的別に整理され、しかも整然と並んでいる。
道がかなり広く取られていることで、どこへでも簡単にアクセスできそうである。
また最初から計画して町が作られているので、雑然としたところがない。
ゆえに自分たちがいま住んでいる町がひどく時代遅れに感じてしまうのだ。
「今度は港町へ行きましょう」
「もうどんとこいよ」
町の実情を知るためとはいえ、何の準備もなく来てしまった。
予備知識なしで町を見たことで、相当驚いてしまった。
だが耐性はついた。もう大丈夫と、リーザは拳で胸を叩いた。
そして正司が跳んだ先は、リザシュタットの町で一番のランドマークがある場所――リーザ城だった。
「えええええっ!?」
先ほどの城すら霞むほどの大きさだった。
長さにして倍はある。
端から端までが目で追えないほどなのだ。
「ちょっとだけ頑張って作りました」
このリーザ城、中庭を広くとっている。
また、空中庭園を実現させたかったため、三階の西側は大きくせり出していたりする。
そういった遊び心をふんだんに取り入れた結果、ありえないほど巨大になってしまった。
そして城が縦と横に広がれば、必然、高さも必要になってくる。
そうしないと不格好になってしまうのだ。
「結局、十五階建てになっちゃいました。……あっ、しっかりと硬化をかけたので、強度は大丈夫なのですけど」
城一つの大きさが、それなりの町と同じ規模になっていた。
「いや……これはさすがに」
「タダシ……一体、いつ作ったのよ」
「これを作るのには苦労しました。さすがに数日かかりましたし」
大変だったんですよという雰囲気を滲ませて正司が話すが、ルンベックとリーザは別のところに引っかかった。
「たった数日?」
「数日でこれを!?」
見上げるほどの城は、この世界にあるどの建物よりも大きかった。
あまりに大きすぎて、もはや城のどこを見ていいかわからず、リーザの視線が泳ぐ。
すると、看板らしきものが目に付いた。
観光地にあるような看板である。そこに文字が彫られている。
ふとリーザがそれを口に出す。
「――リーザ城?」
「そうなんです。ミラシュタットの町にある城はミラベル城らしいので、このリザシュタットの町はリーザ城でいいのかなと思いまして」
リーザの脳裏にルンベックの言葉が蘇る。
「だれかが命名したものに横から口出しするのは恥ずかしいことだからね」
「リーザ城」
リーザは口の中でもう一度確認する。
正司は頷いた。間違ってないらしい。
「やっぱりあとで、首をきゅっとしなきゃ」
リーザが雑巾を絞る真似をする。
だれの首を? とは怖くて聞けない正司であった。
正司はルンベックに聞かれて、港町の仕組みを説明した。
町が段々畑のようになっているのは、海面までの高さがあるため。それにアクセスしやすいための配慮である。
船が入港するのに、どれだけ海底の岩礁を削りとったかなど、正司はこと細かに説明した。
「それで……この城はどうするつもりなのかな」
「あまり考えないで作ったので、とくにこれといって用途はなかったりします」
あくまで習作だと言い張る正司に、ルンベックは「三公会議でどう話せばいいのだ」と、悲壮感を漂わせていた。
ほとんど一日かけてふたつの町を見て回ったわけだが、肝心なことがまだ終わっていない。
「それでタダシくん。この町をキミはどうしたいのかな」
「そうですね。村や町に住めない人々って一杯いるじゃないですか。この町を彼らに開放したいと思っています」
想像通りの答えが返ってきた。
すでに町があるのだから、ここで暮らすのは、可能だろう。
だが人が増えれば、諍いも増える。
町の運営にかかわる費用を正司の個人資産で賄うわけにもいかない。
住民には、金銭や労働などで、「税」に相当するものを支払ってもらうことになるだろう。
そして、そういったものは不公平であってはならない。
つまり、町を管理する者が必要になってくる。
トエルザード家の場合、領主を町において、町と周辺の村を管理させている。
そして誤解されやすいが、領主が町の事務を行っているのではない。
町にはちゃんと行政府があり、領主はそこから上がってきた報告を承認、決裁するのが仕事である。
つまり、実際に町の運営をする人が大勢必要になってくる。
「タダシくん。我が家の場合は、譜代の家臣がいるから、彼らが人を雇って町の運営を行わせているのだ。たとえばこの町の規模だと、百人じゃ利かないくらいの事務員が必要になってくる」
「なるほど、そういえばそうですね」
町政をする役所が必要だと、ルンベックが言っているのだ。
お役所仕事といえばネガティブなイメージだが、役所が人々の生活を下支えしているのは事実である。
役所がなければ、人々の生活は成り立たない。
そして正司に家臣はいない。
正司とルンベックは、同時に同じ結論に至った。
「人材を貸していただくことはできますか?」
ノミを持ったことがない人に彫刻を彫れというのは酷な話である。
いくら人がいるからといって、町の運営に一度も携わったことのない者たちだけで町政を行えと言われても、できるものではない。
つまり、町政を行える者をどこからか連れてこなければならないのである。
仕事の内容を理解し、実際に動いたことのある者は大変貴重である。
とくにスタートアップのときはそうだろう。
「そうだね。その辺を含めて、少し話そうか。大事な話だからね」
王国との戦争が、やけに小さく見えてしまうルンベックであった。
「トエルザード公よ、急に呼び出すとは何事じゃ?」
バイダル公コルドラードは、ルンベックに会うなり、不審そうな声をあげた。
三公会議を開きたいとコルドラードのもとへ使者が来たのだ。しかも緊急だという。それも内密に。
どう考えもただごとではない。
聞けば「知恵を借りたい」という。
一体何があったのだと、コルドラードは相当訝しんだ。
ちなみに使者を運んだのも、コルドラードを連れてきたのも、すべて正司が行っている。
やり方は至って簡単。〈瞬間移動〉でひとっ飛びだ。
フィーネ公も同じやり方で来てもらっている。
ただしフィーネ公の場合、前フィーネ公であるルソーリンを間に介してであったが。
「これが〈瞬間移動〉ですか……さすがというか、何というか」
半ば絶句しているのは、新フィーネ公のリグノワル。
リグノワルは、ルソーリンのあとを継いで、このたびフィーネ公になった。
本人の性格は、いたって真面目。しかも小心。
リグノワルの兄であり、先々代のフィーネ公は弟のことを「重責に押しつぶされやすそうな人物」と評している。
リグノワルがフィーネ公に就任した途端、王国との戦争が勃発した。
陣容を整えさせて軍を送り出したと思ったら、今度は緊急かつ内密の招集である。
表面上は落ちついているが、内心では我が身の不幸を大いに呪っていた。
「お二方に集まってもらったのは、他でもありません。今後のミルドラルを決定づける大事な案件があるからです」
ルンベックの言葉に、コルドラードの顔が一層険しくなる。
「そのような大事があったならば、三公会議で議案にすれば良かったのではないのか?」
「いえ、そのときはまだ問題は発生していなかったのです」
「ふむ……戦争以上の難問であると?」
「もちろんです」
その言葉に、リグノワルの顔色がやや青白くなった。
「なるほど、大方かの魔道士がらみであろう」
「否定しません……というよりも、まさにそれなのですけど」
秘密裏に三公会議をするなど、よほどのことである。
その「よほど」を引き起こせる人物をコルドラードは、一人だけ知っている。
「……で、今回は何がおきたのじゃ? いや、何をしたというのが正しいかな」
「そうですね。戦争で私どもの目が王国に向いていた間に……」
ルンベックはこれまでの一切を語った。
途中で質問を挟みながら、それは数時間にもおよんだ。
何しろ、コルドラードもリグノワルも、にわかには信じられない話だったのだから。
「話は分かった……とすれば、このあと儂らが何を言い出すのかも分かっておるであろう?」
「ええ、実際にこの目で見るのが早いですね。タダシくんにも伝えてあります」
話だけでは信じられない。現地を見学したい。
そう言い出すのは、ルンベックにも想像がついた。
そこで予め正司に二つの町を見学する旨を伝えてある。
できるだけ全体がよく分かるよう、それでいて安全が確保できるよう考えてほしいと。
正司としても、自分一人でできることはほぼ終わっており、これからを考えれば、要人の協力は不可欠。町の見学に否はない。
正司は張り切って巡回ルートを設定した。
「とくに準備はいりません。今から向かいましょう」
「うむ、頼む」
「お願いします」
こうして正司を加えた四人で、町の見学へと出発したのである。
見学の順番としては、ルンベックたちと同じ。
ミラシュタットの町を先に見てからリザシュタットの港町へ行く流れだ。
最初に見学したのは、ミラベル城。
「……をい、どこと戦争するつもりじゃ」
そうコルドラードが呟いたのをルンベックはしっかりと聞いた。
やはり同じ発想をしたかとルンベックが安心したのも束の間、やはりだれもがそう考えることに一抹の不安も覚える。
なにしろ城というものは「なんとなく」で作るものではない。
明確な目的をもって建築するのである。
仮想敵国すらない状態で、これほど立派な城を作る「意味」も「意義」も存在しない。
軍事的意味もなく、「ただ作っただけ」と言っても、他国は信じるかどうか。
ミラシュタットの町を一通り見学してから、リザシュタットの町へ跳んだ。
リーザ城という名を冠す世界最大の城を見て、コルドラードは腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「帝国の総掛かりでも、攻めきれないのではないか?」
呆然と呟くその姿は、バイダル家の当主とは思えず、親しい者に先立たれた寂しい独居老人のようであった。
港町を一通り見て回り、一行はようやくラクージュの町へ戻った。
ここから先は、また会議である。
三公の話し合いの邪魔になってもいけないと、正司は黙って退出した。
「…………ふう」
リグノワルはゆっくりと息を吐き出した。そうとう疲れたらしい。
もちろん、精神的にだ。
二公の視線がルンベックに集まる。
「町を見ていろいろ分かったと思います。タダシくんに聞いたところ、ひと月もあれば、あのような町は作ることは可能だということです」
「…………」
「…………」
「そんな恨みがましい目で見ないでください」
ルンベックは苦笑した。
二人の目が、「なんでこんなになるまで放っておいた?」と物語っている。
「町としては、ほぼ完成されておる。じゃが、トエルザード公の言いたいことは、そうではないのであろう?」
「ええ、その通りです、バイダル公。あれらの町の扱いについて、お二方の知恵を借りたいのです。いま私たちは、非常に難しい政治的判断を要求されると考えています」
「であろうな。他国は脅威じゃろう。帝国ですらなし得なかったことを軽々とやってのけたのだ。各国がどうでるか、想像できんわ」
「フィーネ公はどう思われます?」
「そうですね……未開地帯という名前は変えた方がいいですね。なにしろもう、開拓されたわけですし」
「いや、そういうことを聞いた訳じゃ……」
気まずい思いをしつつ、ルンベックは否定する。
「つまり、未開地帯だろうと凶獣の森だろうと、彼に開拓できない場所はないということですね」
その通りだ。正司がいれば、この世界で開拓できない場所は存在しないことになる。
三公の頭の中にどこにでもいる青年の顔が浮かんだ。正司である。
特別な人物という印象はない。
丁寧な言葉を話し、腰の低い人物。
だがやったことは、前人未踏。おそらくこれから先、同じような人物は二度と現れないだろう。
「タダシくんは目的をもって町を作りました。それを実現させるには、多くの人材が必要になります」
「だが、儂は反対だな。トエルザード公よ、あの町をミルドラルに組み込むつもりじゃろ?」
「いえ、それを含めての相談になります。他国を刺激したくないのは私も同じですので」
「こうなってくると、彼が王国軍を蹴散らしたのが痛いですね」
「いえ、フィーネ公、決して王国軍を蹴散らしてはないかと」
ここで話し合われるのは、町作りだけではない。
ルンベックが言ったように、政治的判断が要求されているのだ。
トエルザード公領へ侵攻してきた王国軍を、正司はほんの僅かな時間で拘束してしまった。
そして三公軍が使用した巻物の出所も秘密にはできない。
すでにコルドラードもリグノワルも、あの巻物が正司謹製であることを知っている。
つまり正司は、攻めも守りもイケる。もうすぐそれは周知されるだろう。
そこへもってきての町である。
一国の軍隊を相手に、攻めと守りで無双できる存在が町を作った。
他国に警戒されない方がおかしい。
「本人は気付いておるのか?」
「いえ、タダシくんはやりたいことに集中するタチですので」
「そうか……」
コルドラードはしばし考え込む。
ルンベックが「知恵を借りたい」と言ってきたとき、何がおこったのかとコルドラードは思った。
実際に話を聞いてみて、なるほどと理解もした。
刹那的に回答を出すことはできる。
だが、それではいけないのだ。十年、二十年先を見据えた回答が必要なのだ。
そしてそれをいま、求められている。
だからこそルンベックは悩み、知恵を借りたいとまで言ってきた。
コルドラードは目を開いた。そして呟く。
「……これしかあるまい」
「バイダル公、何かいい案が浮かびましたか?」
「最善ではないが、次善の策程度ならばな」
「よかった……それは一体?」
「本音を言えば、町を作る前に相談して欲しかったが」
「そんなことを言わないでください。私だって被害者なんですから」
たしかにルンベックは、正司の被害者だろう。
だが、コルドラードもリグノワルも、ルンベックの被害者だ。
「儂の考えはこうだ。あの町は、ミルドラルには組み込まない。独立させた方がよいと思う」
「たしかに私もその方がいいと思います。ですが、独立させると他国の介入が懸念されます」
「うむ。だから巻き込むのよ」
「はい? 巻き込む?」
「巻き込むのじゃ。ラマ国も王国も帝国も、みんな一切合切巻き込んでしまえ。未開地帯にこれから先、どれだけ町ができるか分からんが、最初に巻き込んでしまえば文句もいうまいし、警戒されることもあるまい」
「つまりこういうことですか。私が悩んで解決できなかったので、お二方を巻き込んだのと同様、各国首脳を巻き込んで、一緒に悩んでもらおうと?」
「そんな感じじゃな。魔道士殿をトップにして、残りの国がそれを助ける。もちろん助けなくてもよい。自由選択じゃ」
「各国が牽制し合いますよ」
「織り込み済みじゃ。決定権は魔道士殿にあるのだし、各国が目を光らせておれば、変な決定は通らん。町の運営が軌道に乗れば、人材は自ずと育ってこよう。どうせ、魔道士殿の事だ、面倒は丸投げしたいのであろう?」
「そうですね。タダシくんは、村や町に住めない人々を救済したい。それだけのために町を作ったわけです」
正司は人の上に立ちたいから町を作ったわけではない。
ならば、町政を行うのが、トエルザード家だろうが、ミルドラルだろうか、各国選りすぐりの人材だろうか、関係ないのではないか。
そう問われて、ルンベックも頷かざるを得ない。
「その場合、町ではなく『国』とした方がいいであろうな。条約が結べるし、法も整備できる。なにより、住民の安心感が違う」
「そうですね。貿易もしやすいですし、後々を考えても、それがいいでしょう」
「ならその方向で話を詰めようか」
「分かりました。ではもうしばし、お知恵を拝借します」
こうして三公の会議は続く。
そしていつのまにか、町ではなく国家の樹立が決まってしまった。
しかも正司のいないところで……である。