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090 国のかたち 前編

 大陸の西側ではこの時期、様々な場所で色々なことが同時に起きていた。

 どれほど情報収集に長けた人物でも、すべての事象を知ることは敵わなかった。


 ゆえに、どの勢力がどれだけの情報を握っていたのかは、もっと後になってからでないと分からなかったのである。


 王国商人ルドグラと投資家のリディスは、そういった者たちの中でも、かなりの情報通であっただろう。


 情報の断片を数多く集め、足りない部分を想像力で補強し、論理的な思考によって繋ぎ合わせた。


 なまじ情報の収集と分析に秀でていた彼らは、ある意味『間違った結論』に至ってしまったのはご愛敬だろうか。


「「ぜひタダシ様のお手伝いをさせてください!」」

 二人の言葉が重なった。


 だがそれは、今の正司にとって、あまり必要のない提案だった。


「タダシ様、この方々がそう仰っていますけれど、どうされますか?」

「うーん、困りましたね」


 手伝うもなにも、正司は手伝いを欲していなかったのである。

 一体何の手伝いをしたいのだろうかと思ってしまう。


(ルドグラさんは商人ということですし、今後お話を伺うこともあるかもしれませんけど、リディスさんの投資家って……別に私は事業を行うわけでもないので、投資なんて必要ないんですよね)


 金ならば、正司はうなるほど持っている。

 リーザやルンベックから貰った金はまだ手を付けてないし、博物館の収入もある。

 しかもそれは現在進行形で増えている。


 衣食住はトエルザード家が負担しているので、生活費はほとんどかかっていない。

 必要なものがあれば自作できるし、そもそも欲しいものがないので、使う予定のない金ばかり貯まっていく。


 そんな状態で投資されても、その金を何に使えばいいのかと思うばかりである。


(それよりもです、お二人はとても気になる事を言っていたんですよね)

 正司の思考はそっちに集中していた。


 これから先、正司のことが知れ渡るにつれて、多くの人がやってくる。

 正司としては「マジか」と思う内容である。


(人が寄ってきても面倒な事態が起こる未来しかみえないです……ということはあれですね。これまでトエルザード家の人たちがうまく隠してくれていたわけですか)


 正司が平穏無事にやってこられたのは、不用意な接触がないように情報を制限して、裏で守られていたのだと理解できた。


「お話は分かりました。もし協力が必要な場合がありましたら、私から声をおかけしようと思います。それでいいでしょうか」


「はい。では連絡先をお教えいたします」

「ご連絡、お待ちしております」


 すぐに「分かりました、手伝ってください」という言葉を期待していたわけではなかったようで、ルドグラとリディスは、正司に連絡先を教えると、にこやかな顔で去って行った。


「ふう」

 二人の姿が見えなくなったあとで、正司は大きく息を吐き出す。


「お疲れ様でした、タダシ様。ですがこれから先、彼らのような人々が群がってきますわ。それはもう次々と……」


「えっ、それは嫌なんですけど」

 露骨に顔をしかめる正司に、ファファニアはクスクスと笑う。


「今回は良い機会だと思いましたので、口を挟みませんでしたが、ああいった方々には、よほどの事が無い場合以外、すぐに断ってもいいと思いますわ」


「それはそうなんですけど中々……そういえば、先ほどの話です。あれは本当ですか?」

「先ほどの話ですか?」


「そうです。私が八老会に喧嘩を売ったようになっているんですけど」

「ああ……」

 とファファニアは手をポンッと叩いた。


「少しでも目端めはしの利く者は、そう考えても不思議ではございません」

「そうなんですか? 本当に?」


 訝しげに問いかけるタダシに、ファファニアは懇切丁寧に説明した。

 いわく、正司はトエルザード家の意向を受けて動いたにしては、行動が速すぎる。


 少なくとも王国軍を捕獲した事と、正司が単独で港を解放した事はほぼ独断だろうと思われている。

 これにラマ国に巨大な壁を設置したことを合わせれば、目的は明白。


 八老会がこれまで何年、何十年もかけて準備した計画を阻止しに動いたのだと。


「それほどタダシ様の動きが速かったのです。一人で考え、一人で行動し、一人で解決してしまった……のではないでしょうか」


「一人というわけでは……でも勝手にやったわけでは……いや、すみません。たしかに先走りました」


「分かっていましたわ。なにしろ、トエルザード家の動きとは思えませんでしたので」

 神速にも程があると。


 トエルザード家が委細を決定し、タダシに行動させたとは思えないとファファニアは言った。


「そんなものですか」

「はい。国家が意志決定するまで、時間がかかるものです。立場が上の者ほど、感情だけでは動けません」


 確かに……と正司は考えた。

 あのとき正司は、感情で動いてしまった。


 港の様子を見に行きたいと訴え、「見てくるだけ」と言われたものの、解決してしまった。

 あの場にルンベックの意志は入っていない。


 ルンベックは城塞都市の情報と合わせて、最低でも一日、ことによったら数日かけて情報を集めてから動く予定だったのだ。


(トエルザード家の意志で動いていないと言われれば……たしかにそうですね)

 それが巡り巡って、いまの状況を作り出しているらしい。


「本当に接触してくる人が増えるんですか?」


「もちろんです、タダシ様。王国からラマ国、そしてミルドラルもそうです。時間はかかるでしょうが、帝国からも話をもちかけてくると思います」


「それって全部の国じゃないですか」

 嫌そうな顔をする正司に、ファファニアは「でも事実だと思いますわ」と、親しみの篭もった笑顔を向けた。


 このファファニアの戯れ言とも予言ともとれる言葉は、すぐに現実のものとなった。

 この日から数日後、正司へ面会を求める者たちが続々とやってきたのだ。




 数日後。

「……というわけで、ファファニアさん。何とかならないんでしょうか」

 博物館の事務室で、珍しく正司は愚痴をこぼしていた。


 面会を求めるといっても、強引にやってくるわけではない。

 みな礼儀正しく、紳士的もしくは淑女的である。断れば引いてくれる。


 ただ、彼らが正司と会える場所が博物館しかないため、連日顔を出すのである。


「タダシ様が留守の時は、わたくしが対応致しましたわ」

「ご迷惑かけました」


「いえ、これも渉外の仕事だと考えております」

 宣伝部は、博物館外での交渉が多い。


 だからと言って、正司個人への客まで対応する必要はない。

 今度どこかでお土産でも買ってこようと、正司は考えた。


 しかし……と正司は思う。

 押しかけてきたとはいえ、用件を聞かずに追い返すわけにはいかない。

 しかも相手はそれなりに地位や名誉を持っていたりする。扱いが難しいのだ。


 かといって、相手の言い分をホイホイ聞くわけにもいかない。

 応対ひとつとっても、熟練の交渉術が必要になってくる。正司が苦手な部分だ。


 その点ファファニアは、適任だったりする。

 バイダル公の直系というだけで、相手の態度は変わってくる。


 トエルザード家の家臣ではないため、ファファニアがお断りの返事を出しても、変に話がこじれることもない。

 まことに得がたい人材であった。


「ファファニアさん、私はしばらくここに来るのを止めようかと思います」

「まあ、そうですの?」


「用事があってひと月ほど来られないと言っておけば、かなり減ると思うのです」

「たしかにそうですわね。いま足繁あししげく通っているのは、上流階級の方々ばかりですし」


 領主に連なる者たち、有力な家臣、大きな商会の商会長が主である。

 彼らだって忙しく、そうそう来ていられない。


 正司が一ヶ月留守にすると分かれば、足が遠のくことが予想できた。


「その間、ちょっと行きたいところがありますので、そこへ向かおうかと思います」

「あら、どちらに向かいますの?」


「王国のサーマルンの町です」

「サーマルンの町というと……馬ですか。あそこは馬の産地で有名ですし」


「はい。先日レオナールさんに聞いたら、周辺の村々で飼育が盛んと聞いたものですから」


 サーマルンの町を中心に、大小十以上の村が繋がっている。

 その各村で、乗馬用や荷運び用の馬が数多く飼育されている。


 あの周辺は馬の飼育に適した牧草が多く生えているらしい。


「タダシ様は馬に興味がおありなのでしょうか」

「馬というより、馬の飼育ですね。少し見てみたかったので」


「飼育に興味ですか……あまりない考え方ですわ」

 いい馬が欲しいというのならば分かる。


 正司は馬自体ではなく、その飼育に興味があるという。

 その理由をファファニアは考えたが、心当たりはなかった。


 興味があるということなので、純粋に見てみたいのだろうとファファニアは思った。


「我がバイダル家もサーマルンの町と取引しております。たしか、オーラン村から仕入れた馬を購入していると聞いたことがあります」


「そうなんですか。やっぱり有名なんですね」

「サーマルンの町は、バイダル公領とラマ国とも近いですので、交易するのに便利なのです」


 サーマルンの町は、王国の内陸側にあるらしい。

「オーラン村ですね。ありがとうございます」


「そこは良い軍馬を育成しているところです。タダシ様が気に入るか分かりませんが」

「なるほど……馬にもいろいろありますからね。分かりました。いくつかの村を見て回る予定ですので、覚えておきます」


「では誰かがタダシ様を訪ねにきたら、王国へ馬の買い出しに出かけたと話しておけばよいでしょうか」


 通常、馬を買う場合、町へ足を運ぶものである。

 飼育している村を回ったりはしない。


 ゆえにもし、正司を追いかけて王国へ向かったとしても、訪れるのは町ばかり。

 飼育風景を見たいという正司と出会うこともない。


「ありがとうございます。そうですね。それがいいかと思います」

「そう致しますわ。ちなみにいつ頃出立されますか?」


「明日から出かけてきます」

「あら、すぐですわね」


「ええ、早い方がいいと思いますし……ファファニアさんにはお世話になっているので、何かお土産を買ってきますね」


「まあ! それは嬉しいですわ。お土産ですか、期待して待っております。ふふっ」


 こうして正司は、一時、ミルドラルを離れることになった。




 エルヴァル王国の北東に、サーマルンの町がある。

 王都から離れた場所にあり、一般的には田舎町と呼ばれる所だ。


 だが一部の者の間では、かなり名が知れている。

 名馬を生み出すサーマルンの町。


 周辺にある多くの村から、より厳選された馬ばかりがここに集まる。

 それを目当てに、多くの人が町を訪れる。


 サーマルンの町は、馬を求め、供給する場として連日大賑わいを見せていた。


 トエルザード公領からこの町へ向かうには、一度バイダル公領に入り、王国領との間に存在する大きな山を迂回しなければならない。


 ラクージュの町からだと、七日から十日はかかる。

 正司はもちろん、そんな回りくどい方法を採らない。


 町の方角を聞いて、真っ直ぐ進むのみである。

 しかも〈身体強化〉を施して、弾丸のようにすっ飛んでいくのだ。


「大きな川ですね」


 正司は森も山も順調に抜け、難なく王国領へ入った。

 そしてしばらく進むと、行く手を遮る大きな川に出くわした。


〈身体強化〉した正司ならば、助走をつけて飛び越えることができる。

 だが正司はそれを選ばなかった。


(急ぐ旅でもないですし、川に沿って歩きましょう)

 これまで移動した距離からすると、目的の町はもうすぐのはずだ。


 正司は周囲の景色を眺めながら、緩やかに川沿いを歩いた。

 気分はハイキングである。鼻唄まで歌っちゃったりしている。


 魔物が襲ってくるが、マップと〈火魔法〉の連携技で、視界に入る前に消滅している。


「最近忙しかったですし、こういう旅もいいものですね」

 ここは本来、魔物が湧く危険な場所である。


 だが正司は暢気な言葉を呟きながら、川沿いを歩いている。

 すると、マップに黄色い三角印が出現した。


(えっ、クエストマークですか? こんなとこに?)

 驚いて、マークのある方角へ歩いて行くと、五人の男たちの姿が確認できた。


 近くの木には、馬が繋がれている。

(いるのは人ですね……なぜここに? それにどういった人たちでしょうか)


 幸い彼らはこちらを見ていない。正司に気付いていないようだ。

 川を指して何やら話し合っている。


 正司は〈気配遮断〉をかけて、そっと近づいてみた。


「何だってこんなときに、橋が落ちるんだよ」

 悲壮な声が聞こえてきた。


(ここに橋があったんでしょうか。とするとどこかに……細道がありますね)

 男たちの後ろに伸びた道は、幅がかなり狭い。


 男たちはそれを使って、ここまで来たようだ。

 だが橋が壊れて先に進めない。そんな感じだろうか。


 マップにまたしても人を表す点が出現した。

(マップの外から何か来ました。この速度は……馬に乗っていますね)


 身を隠したまま様子を窺っていると、すぐに男たちも蹄が立てる音に気付いた。


「来たぞ」

「ようやくか」

「いや、一人だ」

「なんだと?」

 そんな会話が交わされる。


「ダメでした!」

 馬に乗った男がそんな声を発した。


「マジかー!」

「ヤバいぞ、これは」

 男たちが口々に騒ぎ始めた。


(何か困っているようですね。クエストマークが出ていますし、困り事の原因はおそらく……橋ですよね)


「もう一度村に行って説得を……」

「いや無駄だ」

「だったら川を渡って……」

「無理だ。流されるぞ」


「あの……何かお困りですか?」

〈気配遮断〉を解いて、正司は穏やかに話しかけた。


 こんな何もない場所でクエスト保持者と出会えたのも、何かの運。

 相手を刺激しないように話しかけたのだが、男たちの反応は劇的だった。


「うわっ、ビックリした!?」

「いつそこに!?」

「見張りはどうした」

「俺は見てた! だが、誰もいなかったぞ」

「そんなはずないだろ!」

「いやマジだって」

「それより、どうやってここまで?」

 口々に騒ぎ立てる男たち。ちょっとしたパニックになっていた。


「初めまして、私はタダシと言います。何かお困りのことがあるかと思いまして、唐突ですが、声をかけさせていただきました」

 少し落ちついた頃を見計らって、即座に自己紹介してみる。


「そ、そうですか……でも一体どこから来たので?」

 正司は自分の背後を指差した。


「森を進んでいたら川に出くわしましたので、そのまま川沿いに歩いてきました」


「この魔物が出る森の中を?」

「歩いた?」

「しかもひとりで?」

 男たちは、何か恐ろしい者に出会ったような顔で正司を見た。


「えっと……私は、クエストというものを信奉しております。これは困った人々を助けることを生業なりわいと考えてください。と言っても自主的に行っていることで、助けたからといって金品などのお礼を戴くことはしておりません。ただ、私がしたいからしていることです」


「……はあ」

 突如話しはじめた正司に、呆気にとられている。


「みなさんの様子を窺ったところ、何やら困った様子でしたので、お話だけでも聞かせていただけないでしょうか。私にできることでしたら、手助け致しますので」


 男たちは、正司が来た方角に「何もない」ことを知っている。

 つまり、何日も魔物が湧く領域を歩かない限り、あんな所から出現できないのだ。


 武器ももたずに単身でそんなことができる人物に、男たちは心当たりがなかった。

 そもそも、そんなことをする酔狂な者がいるとは思えない。


 ――何なんだ、この男は


 これが正司に対する正直な感想であった。


「いかがでしょうか? もしかすると、手助けできることがあるかもしれません」

 そう言われて、男たちは戸惑った。


 互いに顔を見合わせて、逡巡し合う。

 すると、その中の一人が進み出た。


「タダシさんって言ったな」

「はい」


「俺の名はリスチャンだ。武装輸送隊ぶそうゆそうたいを率いている」

「武装……輸送隊ですか?」


「ああ、この先に拠点があってな、そこへ物資と交代要員を届けるんだ。向こうについたら、魔物のドロップ品を回収して戻ってくる。そんなことをやっている」


「なるほど、何となく分かりました。魔物狩人が自分の仕事に集中できるよう、人や物を運ぶのですね」

「その理解でいい」


「それで橋が壊れたとか、声が聞こえましたけど」

「聞こえてたか。……まあ、あれだけ騒げば、そうだよな」


 リスチャンは川を見た。

 川幅は百メートル近くある。かなり大きな川だ。


「先日の大雨で川が増水したんだ。いま俺が立っているこの場所も、水に浸かったのが分かるか?」


「ええ、草が泥を被ってますね。増水って……そんなに雨が降ったんですか?」


「降ったんだよ。つっても、大雨になったのは山の方だな。あっちが酷かったらしい。いくつかの支流がこの川へ合流していて、そのせいで溢れちまったんだな」


 バイダル公領と王国の間にある大きな山を含む一帯に、大雨が降ったらしい。

 魔物の出る領域では治水工事もできないだろう。


 大地へ降った雨水は、そのまますべて川へと流れ込む。

 一部では土砂崩れもおき、土砂や木々が川を流れ、橋にぶつかって止まる。


 だがそこで水がせき止められれば、橋にかかる圧力はどんどんと増えていく。

 ついに耐えきれなくなり、積み上がった木々ごと、橋は下流へ押し流されていく。


「そんなことがあったんですか」


 この川の中心部はそれなりに深いらしい。

 そして川はいまだ増水していて、流れも速い。


 橋が流されたことで、川を渡る手段がなくなってしまった。

 リスチャンは村に人をやって、船にできそうな木材を貰ってこようとしたらしいが、それは駄目だったという。


「ここから一日半ほど馬で行った先に、王国猟兵おうこくりょうへいの拠点があるんだ」

「王国猟兵ですか……それはどういった人たちなのでしょう?」


「知らないか? 王国にある魔物を狩る集団のことだ。傭兵団と違うところは、戦争に駆り出されないって言えば分かるか? 魔物狩人が一人や二人と少人数でやっているのと比べると、こっちは大人数だな。高グレードのドロップ品を王国商人が買い取ってくれるんだよ」


「そういう集団があるんですね」

「そうだ。それで今日、拠点から村に鳥が飛んできた」


 この世界では、高速で情報を届ける場合、鳥を使う。

 鳥の帰巣本能によって、かなり正確に届くのだ。


 鳥は予め覚えている自分の帰る処を真っ直ぐ目指す。

 そして近ければ近いほど、情報は確実に届く。


「鳥ということは、緊急事態がおきたのですか?」


「ああ、向こうも雨にやられたらしく、多数の怪我人がでちまった。予定より早いが交代を送ってくれと言われたんだ」


 他にも薬の在庫が切れそうなので、補充を急ぎたいと書いてあったらしい。

 普通、薬などの品は、かなり余裕を持たせておいてある。


 早々足りなくなることはないのだ。

 にもかかわらず、薬が足りないということは、怪我人があまりに多いか、重篤な場合が考えられる。


「それは心配ですね」

「心配だ。それだけじゃなく、その鳥に文を書いたのが隊長じゃないってことだ。ジョエリクの奴は、そんな大事なことを他人に任せるわけがない……ってことは」


 隊長はいま、手紙すら書けない状態にあるのかもしれない。

 そう考えてリスチャンは、いてもたってもいられなくなった。


 大量の薬を用意し、交代要員を伴ってやってくれば、橋が流れて川を渡れない。

 ことは急を要するだけに、大層困っているのだという。


「状況は分かりました。それでリスチャンさんは、どうしたいのですか?」

 ここはクエストを受けるためにも、はっきりと聞いておきたい。


「俺か? そりゃもちろん、向こう岸に渡りたいさ。だけど橋が流されちまっているんだぜ。これじゃ、どうしようもねえ」


 リスチャンがそう言ったとき、正司の目の前にいつもの文面が浮かんだ。


 ――クエストを受諾しますか? 受諾/拒否


(やりました。やはりこれがクエストでしたね)

 正司は躊躇わずに「受諾」を押す。


 マップには、反対側の川岸へ、白い点線が伸びていった。

(これは稀にみる簡単なクエストですね。この人たちを川の反対側に届ければいいのですから)


 最近のクエストは妙に時間がかかったり、人に話を聞いて回ったりと、面倒なものも多かった。

 今回のように単純明快なクエストは大歓迎である。


「分かりました。私が何とかします」

「あんた……何とかって、この川は泳いで渡れないぞ」


「橋を作りましょう。対岸まで行ける立派な橋を」

 その言葉に、男たちはあからさまにガッカリした。


「そんなの……どんだけ日数がかかるっていうんだ。そもそも橋は反対側にも人がいなきゃできないんだぞ」


「大丈夫です。〈土魔法〉で作ってしまいますから」

 すると今度は、男たちのだれもが顔をしかめる。


「おい、大人をからかうもんじゃない。魔法は万能じゃないんだ。そんな簡単に作れたら、橋職人が干上がってしま……って、できたぁのぉお!?」


 リスチャンがウダウダと喋っている間に、正司は石の橋を作り上げてしまった。

 材料はトンネルを掘ったときに『保管庫』に仕舞っておいた岩盤と、港を作るときに回収した石や岩である。


 あとは日本にいた頃の知識を使えばよかった。

 それはもう見事で頑丈な橋が出来上がった。


「どうです? 硬化させてありますので、強度は問題ないと思います。馬車が余裕ですれ違える広さがありますから、橋の真ん中で出会っても大丈夫です」


「………………」

 男たちに反応はない。


「……あの? 馬車二台分の幅じゃ、不足してますか?」


「い……い、いや、村からここまで……大小の難所があって、馬車なんて洒落たものは持ってくることはできないんだが……それより、この石橋はなんだ? 夢か幻か?」


「これは夢でも幻でもありません。〈土魔法〉で作った橋です。何なら、叩いて渡ってみますか?」

 日本のことわざを話してみた正司だったが、相手には伝わらなかった。


「い、いや、信じるよ。ようやく落ちついてきた……まさか、こんな辺鄙なところに魔道士様がおられるとは思わなかったから、驚いちまった」


「それより、急いでいるのではないですか?」


「……っと、そうだった。オイ、お前ら。大魔道士様がたった今、橋を作ってくださった。これで向こう岸まで行けるぞ。つうか出発するから馬を用意しろ!」


「おー!」

 男たちは馬に駆けよった。


「大魔道士様、ここに橋をかけてくださり、本当にありがとうございました。これでジョエリクの奴に会いに行けます」

 リスチャンの言葉遣いが変わった。目には畏怖も現れている。


「その拠点ですけど、気になることもあるので、私も一緒に行っていいですか?」

 気になるというより、興味があると言った方が正しいのかもしれない。


「……そりゃ、こんな大魔道士様が同行してくださるのは歓迎しますが。でもどうしてです?」


「この地に来たのは、馬の飼育を見たかったからです。ちょっと事情がありまして、少しだけ静かな所にいたいと言う思惑もあるんです。それでせっかく来たのですし、王国猟兵というのも見てみたいのです」


「そうですか。でしたらどうぞ。馬がないようですので、俺の後ろにお乗りください」


「それは大丈夫です。私の場合、〈身体強化〉をかけていますので馬より速いです」

「!? そ、そうですか……さ、さすが大魔道士様ですな」


 馬より速いと言った正司に、リスチャンは盛大に頬を引きつらせた。

「そういうわけで、私の心配は無用に願います」


「分かりました。そのように致します。 おい、準備はできたか?」

「バッチリです」

「荷物は背負いました」

「中も確認しました。全部揃ってます」

「馬の調子もいいですぜ」


「よし、だったら出発だ。橋を渡るぞ」

 リスチャンは部下を引き連れて出発した。


「この橋ですけど、増水しても大丈夫なように、少し高く橋をかけました。そのため、両岸は以前より遠くになったと思います」


「その方がいいと思います。大地の上に橋をかけても、魔物は橋の上には湧きませんから安全ですので」


「なるほど、橋の上には湧かない……洞窟と同じなんですね」

 山に洞窟を穿った場合、山に湧く魔物は、洞窟の中には湧かない。


 魔物の湧きには、そういったルールがある。

 この世界の人々は、それを体感的に知っている。


(あれ? もしかしてそれ、未開地帯に使えません?)

 橋を渡りながら、正司はこのひらめきをもっとよく考えてみた。


 正司は、町と町を道で結ぶ予定だった。

 だが、今の話からすると、橋を高くかければ、そこは魔物の湧かない安全地帯となる。


 つまり、町と町を橋で繋げてしまうのである。

 魔物は橋の下に湧くため、橋の上の通行は安全が保証される。


(柱を等間隔につけて橋をかける……なんかできそうな気がしてきました)


 正司の構想は、実は日本にも存在している。

 一般的に「高速道路」と呼ばれているそれだ。


(これはいいアイデアを思いつきました。リスチャンさんに感謝ですね。こんど未開地帯で試してみましょう)


「大魔道士様、立派な橋をありがとうございます。おかげで無事、渡りきることができました。対岸もしっかりできていて、ちょっとやそっとじゃ壊れることはなさそうです」


 リスチャンがそう言うと、正司の目の前に「クエスト完了 結果『成功』」の文字が記された。

 たったこれだけで貢献値1もらえたのである。


 正司としては、なんともおいしすぎるクエストだった。

「いえ、こちらこそありがとうございます。大変助かりました」


「? 助かったのは俺たちの方だと思いますが」

「それはまあ……私の事情という感じでしょうか。それより先を急ぐのですよね」


「そうでした。ここからだと馬の並足なみあしで一日半かかります。今日は夜通し飛ばして、明日の朝には到着できるように移動するつもりですが……」


「私のことでしたら大丈夫です。〈身体強化〉は万全です」

「……そ、そうですか。もし疲れたら言ってください。馬に乗せますんで」


「はい、そのときは遠慮無く乗せてもらいます」


 こうして正司は徒歩、残りの男たちは馬で、細道を疾駆した。



 そして翌日の早朝、全員だれ一人欠けることなく、目的地に到着した。



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― 新着の感想 ―
「今後何らかの思惑を持ってタダシに近づいて来る輩が増える」というファファニアの言動を聞いて「お前もな」と思った しかしあれだな、タダシは一応現役の社会人だったわりに(ここが異世界とは言え)色々と世間…
[一言] 話の内容はともかく、筆者が営業という職種をバカにしているのは伝わってきた。
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