088 北の地
王国軍がトエルザード領に侵攻した時のこと。
――王国軍、国境の町を占拠
そんな噂が流れ、ラクージュの町の人々は大いに驚いた。
王国とラマ国の戦争が終結して、まだ十年と経っていない。
それなのにまた、王国は戦争を開始したのだ。
しかも今度の相手は、ミルドラルだという。
自分たちが当事者になったのだ。
「王国軍はなぜ戦争をしかけてきた?」
「オレたちに恨みでもあるのか?」
町の人々の不安は募る。
「三公会議があっただろ。当主の留守を狙ってきたのでは?」
「だとすると、この町が目標なのか?」
ラクージュの町の人々は噂好き。そして噂が噂を呼び、加速度的に広がっていく。
とくにいまは、当主が三公会議に出席して不在。
一体、この領はどうなってしまうのか。撃退できるのか。それとも蹂躙されてしまうのか。
人々の関心はそこにあった。
だが、僅かな期間で、事態は急変する。
トエルザード家から、「王国軍撃退」の発表がなされたのだ。
戦争の噂が市井に流れてから、まだほとんど日が経っていなかった。
侵攻してきた王国軍は壊滅。すべて捕らえられたという。
さすがトエルザード家。さすがミルドラル。
人々の不安は、歓喜によって塗り替えられた。
町は平穏を取り戻した。
穏やかな日常が戻ってきたのである。
そんな町民の様子を伝え聞いたルンベックは、一仕事終えた顔で一息ついた。
報告によると、武装解除した王国兵は、小分けされた仮設施設で大人しくしているという。
暴動や脱走の可能性は低いらしい。
逆に、四六時中キョロキョロ、オドオドしているという。
どうやら、多くの王国兵にとって、「トラウマ」となる出来事があったらしい。
この捕虜たちだが、捕らえておくだけで維持費はかかるが、実費はすべて王国に負担させる予定である。
人質の身代金も当然貰う。
支払いを渋れば、王国は体面を失うため、支払わざるを得ないだろう。
なにしろ、国のために戦って捕虜になったら、国から捨てられた。
そんな話が市井に出回れば、王国民はどう思うか。
二度と王国のために働こうとする者はいなくなる。
そして何十年、何百年経っても、王国民は忘れない。
ことあるごとに引き合いに出してくることだろう。
「そろそろ賠償金の額も試算させておこうかね」
ルンベックは部下を呼んで、王国が支払えそうな金銭、譲渡できそうな品物、手放しそうな権利の一覧を作成するよう申し渡した。
和平交渉において、それらの資料は役に立つ。
ルンベックの目は、もはや戦後に向けられていた。
「失礼します。面会希望の方がいらしています」
家臣の一人がやってきて、ルンベックに耳打ちした。
告げられた人物の名を聞いて、ルンベックの片眉が少し動いた。
「面会予定はなかったと思ったけど」
「極秘にと仰せられまして……」
家臣も困った顔をしている。
「……分かった。すぐに会おう」
トエルザード家の屋敷には、複数の来賓室がある。
そのひとつにルンベックが向かうと、すでに誰かが待っていた。
「失礼、挨拶は省略させていただきます。……極秘と伺いましたが」
「はい、ルンベック様。お時間を割いていただき、ありがとうございます」
ファファニアは優雅に会釈した。
「……そろそろ本題に入りましょうか。私も少々、あとが詰まっておりまして」
「そうですわね。これはわたくしとしたことが」
ホホホと、ファファニアは上品に笑った。
ファファニアが極秘に会いに来た。
単刀直入に用件を切り出すのかとルンベックは想像したが、予想は外れ、通り一遍の社交辞令から始まった。
無聊を慰めるヒマはない。
少々礼に反するが、ルンベックは先を促した。
分かった上で、ファファニアは焦らしたのだろう。
コホンと小さく咳払いすると、真正面からルンベックを見据えた。
「先ほど、お祖父様より手紙が届きました」
「バイダル公からですか。それはそれは……」
バイダル公コルドラードとは、先の三公会議で顔を合わせている。
ラクージュの町にいるファファニアを通して、何か話を持ってきたのかと思ったが、その内容に心当たりはない。
今回の王国侵攻のことだろうかと一瞬考えたが、人払いをしてまで話す内容ではない。
(バイダル公はそのまま自領に戻ったはず……向こうで何かあったか?)
頭を回転させ、素早く思考するが、やはり満足いく予想は立てられなかった。
「祖父はウイッシュトンの町に戻る前、ちょうど良いからと寄り道をしたそうなのです」
そのせいで、王国侵攻の話が入ってくるのが遅れたらしい。
「なるほど。当主となると、なかなか町を離れられませんからね」
高齢のバイダル公ならば尚更だろう。他の町へほとんど足を運んでないに違いない。
その辺は息子のジュラウスがフォローしていることは容易に想像できた。
「町の名前は申せませんが、そこに語り部が住んでおります」
「ええっ!?」
ルンベックは意図せず、感情を表に出してしまった。失態である。
トエルザード家と同じく、バイダル家も語り部を匿っている可能性はあった。
語り部は口伝を子々孫々、伝えていくのだが、それは特殊な魔法のひとつと考えられている。
そして、土着の魔法など、画一化、近代化を推し進める帝国とは、合わない。
迫害されたわけではないが、住みづらかったことは容易に想像がつく。
大陸の西側に来ても、語り部たちは魔法ともいうべき「それ」を継承してゆかねばならず、人と深く交わるのが難しい。
必然、語り部は、その数を減らしていくことになる。
ルンベックを含めた歴代のトエルザード家当主は、口伝が失われるのを惜しみ、ずっと彼らを保護し続けてきた。
また、彼らの話す「音」の解読を行わせている。
ただし、何年経とうとも、解読は進まないのだが。
「そうですか。バイダル家で語り部を保護していたのですね」
彼らが伝える――伝承は、将来において切り札となりえる可能性を持っている。
ゆえにトエルザード家は、語り部の存在を大っぴらにしてこなかった。
バイダル家も同様だろう。
「トエルザード家と同じですわね」
「…………」
カマかけか、それとも確信を持って言っているのか。
ルンベックは、ファファニアの表情を見ただけでは判断つかなかった。
ゆえにルンベックは沈黙を貫く。
するとファファニアは、薄く笑って続けた。
「祖父がその町に立ちよって、語り部の口伝――それの意味するところを書き出し、つなぎ合わせたようなのです。それを急ぎ、わたくしのもとへ知らせてきました」
「解読した部分をつなぎ合わせたのですか。それはなんと?」
思わずくいついたルンベックに、ファファニアはもったいつけるように間をあけた。
「……どうでしょう。ここでひとつ、両家の持つ知識を合わせてみてはいかがでしょう。おそらく別々に研究するより、よほど有意義な結果がでるのではないかと思うのです」
「……そうでしょうか」
予想外のところから攻められたことで、ルンベックはファファニアのペースに乗せられてしまっていた。
おもわず、興味ある姿勢を見せてしまったのも失敗だ。
主導権を握り治すため、気持ちを新たにした。
だが、ルンベックは語り部の重要性をよく理解していた。
そしてつい最近、面会希望の中に語り部の長老の名を見つけたあとだった。
突然興味の無い振りをはじめたルンベックにも、ファファニアは気にすることなく言を紡ぐ。
「祖父は、語り部の伝える内容にタダシ様を見たようですわ。ですが、確証が欲しいようです。もしかすると、タダシ様を中心として、大陸全土を巻き込んだ……そんなお話になるかもしれません」
ですからこうして、秘密裏にやってきたのです……とファファニアは囁いた。
トエルザード家とバイダル家が抱える語り部とその秘密を統合する。
ルンベックは久し振り、答えに窮してしまった。
その日、正司が遅い昼食を摂ろうと食堂に入ったところで、ルンベックと出くわした。
テーブルの上には水差し、手にはコップが握られている。これらはルンベックのためらしい。
使用人がやってきて、ルンベックに粉末のクスリを差し出した。
「やあ、タダシくん。今から食事かい」
どうやらルンベックは、ちょうどいまクスリを飲むところだったらしい。
「こんにちは、ルンベックさん。……なんだか、お疲れのようですね」
「いろいろと忙しいね。そういえばタダシくん、レオナールから聞いているよ。博物館は盛況のようだね」
「はい。みなさんとても満足していただいています」
「それは良かった。家臣たちの家族も、我先にと見学を申し込んできたよ」
彼らがなぜ見学をルンベックの所へ申し込んでいるのか。
それは優待チケットのためである。
並ばずに入れる優待チケットは、トエルザード家が一括して管理している。
もしそれを正司がやろうとすると、非常に大変なことになる。
こういったものは、地位か権力のある者が仕切った方がいい。
トエルザード家が間に入ったことで、いらぬトラブルを防げるのだ。
「「しかし珍しい(です)ね」」
正司とルンベックの言葉が重なった。
最近のルンベックは忙しく、来客と会食する以外は、執務室で簡単に済ませていた。
一方の正司も、博物館に行けば一日帰ってこず、それ以外の時間は未開地帯にいたため、やはり戻ってきていない。
期せずして、二人がこの時間に顔を合わせたのは、ひどく珍しいことだった。
同じ屋敷で暮らしているのだから、遭遇することだってある。
ただルンベックと正司では、居住する区画が分かれていて、共通の動線が食堂しかない。
そうすると、意外に顔を合わせないものなのだ。
「疲れているようですから、元気になる魔法をかけましょうか」
「そうかい。……だったら、お願いしようかな」
正司は〈治療魔法〉をかけた。
ルンベックの顔色がもとに戻った。
それまでは、あまりに悪かったのだ。
話を聞いたところ、ルンベックはいつも、疲れても身体を騙しながら働いていたらしい。
疲労回復が必要だとは理解していても、仕事が押し迫っていると、なかなか休めないらしい。
「大分、楽になったよ。頭痛もおさまったようだ。これならクスリは要らないかな。この頃体調が悪かったのだけど、嘘のようにスッキリだ」
ルンベックが体調を崩すのは、疲れが溜まって免疫力が弱まったからだろう。
ルンベックはクスリを脇にどけた。
「クスリだけにしておこうかと思ったけど、食欲が出てきたみたいだ。これもタダシくんのおかげかな」
食事を摂る気力もなかったらしい。
ではなぜ食堂に来たかと言えば、執務室に置いてあったクスリを飲もうとして、水が切れているのに気付いたのだという。
人を呼んで持ってこさせてもよかったが、次の来客まで間があったため、休憩がてら、自分で取りにきたようだ。
「魔法が効いたのでしたら、それはよかったです。ですが、このままだとまた同じことになりますね」
水が切れるほどクスリに頼っているのはどうなのだろうか。
仕事は減らせないのかと正司が聞くと、ルンベックは苦笑した。
「各組織の代表が会いに来たりするとね。こちらも代表……つまり私が応対しなければならないからね」
相手は他の町からやってくることもある。
片道数日かけてきた相手に、五分や十分で会談を終わらせるわけにはいかない。
一日に数人と会談するだけで、かなりの時間をもっていかれるらしい。
「でもこれでまた頑張れる。妻は他の町を回っているからね。ここは私が頑張らないと」
「トエルザード家のみなさんは、本当に大変ですね」
「まあね。でも私と会いにくる人たちの多くは、非常に重要な問題を抱えていることが多い。疎かにはできないのさ」
頑張っているのは、ルンベックとミュゼだけではない。
オールトンやリーザでさえも一生懸命、トエルザード家の責務を果たすため動いている。
ルノリーとミラベルはいまだ勉強中だが、それは年若いせいであり、あと何年かしたら、リーザのように第一線で活動するのだろう。
「そういえばタダシくん。『世界の神秘』という言葉は知っているかな」
突然、そんな話をされて、正司は面食らった。
「? はい、リーザさんから以前教えてもらいました。ミュゼさんの講義でも少しだけ出てきたと思います。たしか『世界の理』と対になっている人物を指すのですよね」
「そうだね。この世界の仕組みは不変であり、私たちの思い、考えとは別の所に存在している。私たちが魔物が湧くことをいくら呪っても、それはどうしようもない。世界は昔から不変だからね」
それがいわゆる世界の理。
正司としては、りんごが木から落ちるといった、自然現象に対する解釈だと考えている。
魔法が存在するこの世界では、科学だけでは説明しきれないものが数多く存在している。
ゆえに魔法と科学が一緒くたになってしまっているのだろうと。
「その世界の神秘ですけど……何かあったのですか?」
「いや、今度、語り部の長老と会談する予定があってね。ふと思い出したのさ」
「そうですか。世界の神秘は、歴史を動かした英雄たちを指すのでしたね」
「そうだね。人智を越えた偉業を成し遂げた人、不可能を可能にして、多くの人々の生活を一変させた人、それはまさに奇跡の所業、神秘たるゆえんだね」
そして語り部たちが残す口伝こそ、世界の理と世界の神秘についての予言である……とされている。
だが、文字が存在しないため、常人には理解できない。
「語り部ですか……私も会ってみたいですね」
語り部と話せば、正司がこの世界にきた理由が分かるかもしれない。
そして、もしかすると帰り方も。
「うん、語り部の存在は秘匿されているし、気軽に会うことができないけど、タダシくんにいつか会わせてあげるよ」
「本当ですか?」
「そう遠くないうちにね……っと、そろそろ次の来客がくる時間だ」
ルンベックは執務室に戻るという。
「ではタダシくん、またね」
「はい。ルンベックさんも無理をしないでください」
そのまま正司とルンベックは別れる……はずだったが、ふとルンベックは足を止めて、正司に問いかけた。
「そういえば、タダシくんは乗馬できるかな?」
「……いえ? どうしてです?」
「今回の戦争でほとんどの馬は出払ってしまった。荷物の運搬に使われたんだが、馬の絶対数が足らなくてね。馬が少ないと乗馬用に回せないから、乗れる人が段々減ってくるんだよね。そうするとイザという時に困ると思ってさ」
「馬に乗れる人は、そんなに少ないんですか?」
「そうだね。馬を飼うスペースがあったら、人を雇って麦を植えた方が儲かるからね。では私は行くとするか」
(馬は少ないんですか……)
話を聞いて、正司も納得した。
働き手は有り余っている。安い賃金でも、町や村で暮らしていけるならば、文句を言わずに働くだろう。
だが、馬を飼育するには広いスペースが必要だ。
そんな場所があったら、食糧を植えた方がいい。そう考えるのも自然だ。
「馬の需要はあると思うんですけど……」
人を乗せる馬車に荷を運ぶ馬車。
ルンベックが言ったように、乗馬ができれば、町と町の移動は格段に楽になる。
騎馬隊だって、必要だろう。
だが馬は大食いだ。運動させるスペースだっている。
たしかにそんな場所があれば、人が食べるものを育てた方が儲かる。
結局、すべては土地問題に落ちつくのかと、正司は考えた。
(……ん? だったら、北の地に牧場を作るのはどうでしょうか)
未開地帯の気温はかなり安定している。
日本のように季節がハッキリしているわけではない。
(あそこは東北地方の秋くらいの温度ですよね)
夏のように気温が上がり、日差しが強くなることはないが、その分極端に寒くなることもない。
もっとも北にあるフィーネ公領でも、雪はほとんど降らないという。
寒暖差がほとんどないのだ。
(そういえば、西アジアとかヨーロッパの一部では、一年を通してそんな感じらしいですね)
未開地帯は安定して涼しい。
(でしたら、馬の牧場を作っても問題なさそうですね……あれ?)
そこで正司は考えた。
馬が飼えるならば、牛はどうだろうかと。
(牛も寒いところで飼うと夏バテしなくていいと聞いたことがあります。北海道は乳製品の宝庫ですし)
馬や牛は未開地帯で飼えそうな気がする。
羊も寒い地方で食用として飼われている。
あのもこもことした毛は、寒い地方で暖をとるのに適しているだろう。
(これはいけるかもしれませんね)
新しい産業を興せるのではないかと、正司は考えていた。
そのひとつに光明が見えたかもしれないのだ。
(これは是が非でも、港を作らないといけませんね)
ミラベルとの約束もある。
この日正司は、ルンベックとの会話をヒントにして、牧場作りを考えはじめた。
「わあっ、海だ! 海だよ、ねえ、海!」
はしゃいだ声をあげたのは、もちろんミラベル。
隣で正司が「そうですね」と冷静に返している中、ミラベルはぴょんぴょん跳ねながら、正司の周りを回っている。
よほど海を見たのが嬉しいのだろう。
ここは未開地帯の北の端。
正司が海に到達したと聞いて、ミラベルが強引に付いてきたのだ。
正司とミラベルが、山の中腹で作りかけの町を眺めてから、数日経っている。
ミラベルが勉強している間、正司はずっと北上していた。
そして昨日、ついに海岸線まで到達したのである。
「この辺りに出没する魔物は、G1かG2ばかりでした。凶獣の森もそうですけど、外周部分に湧く魔物のグレードは低いみたいですね」
「ねえ、タダシお兄ちゃん、ここに町を作るの?」
「いえ、危険は少ないですけど、港を作るには適してないと思います。今度は海岸線に沿って、西か東に移動する感じですね。そうやって良さそうな場所を探しましょう」
「そっかぁ~」
ミラベルが残念そうな声を出す。
ちなみに今、ミラベルは四つん這いになって、海を眺めている。
どういうわけか、この大陸の陸地は、海面からせり上がった場所ばかりである。
東尋坊のような絶壁を想像すればいいだろうか。
もしくは、東北地方にあるリアス式海岸やイギリスの白い壁でもいい。
陸から歩いて海に出られないようになっているのだ。
また、海面下でも浅い場所に尖った岩が多く存在し、陸の近くに船をつけるのは命がけとなっていた。
いまミラベルが覗いている海面も、はるか下にあったりする。
「ねえ、タダシお兄ちゃん。ここまでどうやってきたの?」
「町から北に向かって進んだだけです。特別、変なことはしていないと思います」
遠距離魔法で魔物を狩りつつ、〈身体強化〉で進む。
そうやって北を目指しただけである。
「そっかぁ……たった数日で、ミラシュタットの町からここまで来れちゃうんだ」
感慨深げなミラベルだが、何かいま、危険なワードが含まれていた。
「ミラシュタットってなんですか?」
「あの町の名前! わたしがつけたんだ!」
建設途中の町の名前らしい。
「ミラシュタットですか……」
「そうだよ。次は港を作るんでしょ? そしたらリザシュタットって名前にしようよ」
「別に町の名前はなんでもいいですけど……リザシュタット?」
ちなみにそのネーミングであるが、ミラベルの町という意味である。
もちろん正司は気付いてない。
「リザシュタットは港町の名前だけど……どうかな?」
「いい名前だと思います、ミラベルさん。それにしましょう」
「ほんと? やったーっ!」
町の名前ひとつでこんなに喜んでくれるなんてと、大喜びするミラベルを見て、正司はほっこりした。
「それではミラベルさん。町にできそうな場所を探します。海沿いを移動しますので、こっちに来て下さい」
「はーい!」
ミラベルは正司の右側にやってきた。
正司が屈むと、ぴょんっと肩に飛び乗る。
正司の肩は、最近、ミラベルお気に入りである。
「では行きますね」
「うん!」
すでに〈身体強化〉は施してある。
正司は勢いよく、駆け出した。
未開地帯は広くて深い。
あまりに広すぎて、正司がマップを頼りに移動しても、まったく全体像が把握できないくらいである。
港町を作るといっても、ミラシュタットの町から離れすぎてもいけない。
適度な距離感が大事である。
最初正司は、町から真北に向かった。
そこから東西をひた走りながら、魔物の出ない土地を探す。
正司とミラベルが捜索を開始して、二日目の夕方。
ようやくそれらしい場所を発見した。
そこはまるで、まんじゅうのような小高い丘だった。
丘の反対側は崖になっている。
ちなみに丘に木々は生えていない。
海側がキレイに削られているため、大昔の古墳のようにも見える。
(海に飛び出た巨大なおまんじゅうでしょうか)
マップで確認すると、丘やその周辺に魔物はいない。
魔物は湧いた場所からあまり動きたがらない。
魔物にはテリトリーがあると考えられている。
多くの場合、湧いた場所を中心として、その周辺を移動する。
今回の場合、その土地にまったく魔物がいないということは、そこで湧いた魔物が皆無である可能性が高い。
(だれかに討伐されたということもありえるんですけど……さすがに誰もいないですよね)
ここは未開地帯の北端。海に面した場所だ。
以前ミュゼは、船は港以外の陸に近づかないと言っていた。
地上からは見えないが、水中には鋭く尖った岩がいくらでもあるからだ。
難破させずに近づくのは不可能だと船乗りたちは学んでいるらしい。
(というわけで、ここに人がいた可能性はほぼ皆無。でしたら港の候補地として確保しておきましょう)
実際に魔物が湧くか調べるには、一度周囲を壁で囲い、数日待つ必要がある。
手間はかかるが、それが一番確実な方法だ。
「では手早くやってしまいましょう」
正司は丘を囲うようにして、〈土魔法〉で壁を作った。
「これで数日待つの?」
「はい。おそらく大丈夫だと思うのですけど、念のためですね」
「そっかぁ……それで港はどうやって作るの?」
「船着き場さえあれば港として機能しますけど、それだけだと港と丘との接続が難しくなります」
細い階段を延々と上るのは、苦行以外のなにものでもない。
そこで正司は、土地を階段状に盛ることを考えた。
段々畑の町バージョンである。
「まず、海面近くに埠頭を作ります。埠頭には倉庫が必要だと思いますので、それを一層目と考えます」
「一層目?」
「はい。倉庫の屋根より少し高い位置に平らな広い土地を作ります。それが二層目になります。だいたい一層目から二十メートルくらい上がった場所に二層目を作ろうかと思っています」
一層目は倉庫、二層目はその関連施設と、少しずつ地面の高さを上げていくのである。
「三層目はどうするの?」
「そこは港で働く人たちの住居ですね。港に下りやすいよう、三層目に住んでもらおうかと思っています」
そして四層目に通常の住居や商業施設を持ってくる。
この時点で、海面からかなり上がっている。
「じゃ、五層目は?」
「高級住宅街と上流階級の人たちが住む場所でしょうか。広い公園とかがあってもいいですね。そして最後はお城です。お城は丘になります」
「やったぁ! お城だぁ!」
お城と聞いて、ミラベルは喜んだ。
正司は、丘をまるまる城とそれに関係する建物のみに限定して、そこから海岸に向けて弧を描くように土地を造成していく感じにしたいと思っている。
「魔法で少し調べてみたのですけど、海底がかなり浅いのです。ですから、船が難破しないように、広範囲に亘って、深く掘り下げようかと思っています」
正司は〈水魔法〉と〈土魔法〉で、海の底をサーチしていた。
ミュゼの講義の通り、海底はかなり遠浅になっていた。
海岸からなんと数十キロメートルに渡って、船が近づけないほど浅いのだ。
海底にある岩の突起ごと、すべて削り取らないと、小舟ですら近づけない。
どうせならば、その削った岩を町作りに使ってしまおうと考えたのである。
「これから数日は、そんな作業ばかりになります。私ひとりで行いますので、港が完成したらミラベルさんに教えますね」
正司は博物館の方にも顔を出さねばならず、毎日ここで作業できるわけではない。
「そっか~……うん、じゃあ、できたら教えてね。楽しみにしてるっ!」
「はい。それと一応言っておくと、この場所に魔物が湧かないか、まだ分かりませんので、魔物が湧いたときは、別の場所を探します」
「そうだった!」
壁で囲った内側に魔物が湧くのか。
それが分かるのは早くても四、五日後になる。
その間に正司は、港の土台作りを始めることにした。
「楽しみだね~、でもきっと大丈夫だよ」
ミラベルの思いが通じるのか……それは数日経ってみないと分からない。
翌日から正司は、博物館と町作りに加えて、港作りの作業も加わった。