086 正司のつくる町
王国領ミッタルの町へ、三公軍の第二陣がやってきた。
規則正しく行軍する様は、見ていて気持ちのいいものである。
出迎えたリーザとオールトンは、彼らの数と装備に着目した。
「ずいぶんと気張ったものね。私たちの倍はいるわよ」
つまりこれで、三公軍が三倍に膨れあがったことになる。
「王国を落とすつもりならば、これでも足りないはずなんだけどね」
三公軍は一応、戦略目標として、首都侵攻を掲げている。
そのためか、攻城の兵器が持ち込まれていた。
「使わないし、必要ないって言えばよかったかしら……いえ、周囲に城攻めをするってアピールのために持ってきたとか?」
町の壁や城壁は正司の巻物で事は足りる。
攻城兵器は、見栄えのために用意したのか、巻物が使えなくなったときの予備なのか。
通常ならば、エルヴァル王国の首都を陥落させるなど、夢物語に等しい。
だがこれまでの戦績をみると、不可能ではないと思えてくる。
それどころか、巻物があれば可能と判断するだろう。
「でも結局、ここで待機なのよね」
リーザとオールトンは二人だけで会議を開いた。
そこで諸般の事情を考慮した結果、ここを拠点として王国の出方を見ることに決まった。
ミッタルの町が陥落した時点で、王国は和平交渉に動き出すと、ルンベックは予想した。
ゆえに王国が戦闘的姿勢を見せない限り、ここで待機していようと。
「もし商人たちが本気になったら、ヤバいからね」
オールトンの言葉にリーザも頷く。
彼ら商人は損を嫌うが、損してでも成し遂げなければならないときは、躊躇しない。
王国が落ちるとなったら、彼らはこぞって金を出すだろう。
優秀な傭兵が多数雇われるのは必定。戦って勝ったとしても、被害が大きい。
後々大きなしこりも残る。
せっかく「八老会だけをターゲットにしているのだから、邪魔しないでね」と周囲に投げかけたのだ。無理攻めをする必要はない。
ゆえに、三公軍はしばらく動かないと他の軍にも通達を出している。
「この町の八老会は潰したし、いまはそれで満足しましょうか」
まさか簡単にミッタルの町が落ちるとは思わなかったのだろう。
八老会ゆかりの商会の多くは逃げ遅れた。
財産はことごとく没収され、商店もすべて打ち壊された。
彼らは身ひとつで、王都に逃げ帰らなければならなくなったのだ。
「和平の使者が来ればいいけど、どのくらい待てばいいかな」
オールトンは早く帰りたがっている。
屋敷に戻り、自由の身になって、どこか気ままに出かけたいのだろう。
「さあ、十日か、二十日か……そのくらいはかかるでしょうね」
国内の意見を統一させる必要はないが、今回、八老会がターゲットである。
彼らがいつ和平を決断するかによって変わってくる。
早めに諦めて瀕死になるか、最後まで抵抗して死亡するか。それを話し合うには一日や二日では足らないのではなかろうか。
「とほほ……」
オールトンの自由への日々は、まだ遠いようであった。
「ふう、今日はかなり進みましたね」
正司は額の汗を拭いて、大きく息を吐いた。
正司の後ろには、根っこから引き抜かれた木々が散乱している。
すべて〈土魔法〉で整地した結果だ。
町をフィーネ公領側に少しでも伸ばそうとしている。
また、〈森林浄化〉スキルとこの世界の人が行っている『浸食』を合わせると、どのくらい効果が高まるのか実験したかったのだ。
ちなみにここ数日の正司は、博物館のオープンにてんてこまい。
なかなかまとまった時間がとれなかった。
未開地帯にやってきたのも三日ぶりである。
ついつい張り切りすぎて、予定より多くの面積を整地してしまった。
(遅くなったし、今日は帰りますか。しかし、そろそろ道も考えないと行けませんね)
正司が見つけたこの場所は、フィーネ公領の町から直線で二百キロメートルもある。
最低でも徒歩で行き来できなければ、いくら立地が良くても、人は住めない。
(それは作物が育ってからにしましょう)
今日畑を確認したら、ようやく芽吹いてきたものがあった。生育は順調である。
未開地帯は気温が低い。
温度計などないし、体感で感じるだけだが、ラクージュの町よりも肌寒いので分かる。
(作物の生育に適しているといいのですけど)
そう願いつつ、正司はトエルザード家の屋敷に跳んだ。
「タダシお兄ちゃん、ちょっといい?」
夜、寝ようと思ったところにミラベルがやってきた。
「はい、ミラベルさん。いいですよ」
こんな遅くに? と多少訝しげにしつつも、自室にミラベルを招き入れた。
正司の自室といっても、トエルザード家の客間を正司の部屋にしているだけだ。
ちなみに応接用の部屋は完備されている。
ミラベルは椅子に座ると、おもむろに口を開いた。
「あのね、未開地帯のもっと奥に行ってみたいの」
ダメかな? とミラベルは可愛らしく聞いてきた。
(未開地帯の奥ですか。私もまだ行ったことはないんですよね)
正司は考える。
ミラベルひとりくらいなら、魔物から守れる自信はある。
だが、一度も訪れたことがない場所は、〈瞬間移動〉で跳ぶこともできない。
となると、〈身体強化〉と〈気配遮断〉で踏破していかなければならない。
「七時間、八時間走っても、景色は変わらないと思いますよ。途中で飽きてしまうと思いますけど」
「そっかー……うーん」
子供にとって、七、八時間じっとしているのは苦行である。
ミラベルは悩んでしまった。
「どうして未開地帯の奥に行きたいのですか?」
なぜミラベルがそんなことを言い出したのか、逆に正司は興味を持った。
「だって、未開っていうくらいだし、おもしろそうじゃない?」
目をキラキラさせてくるのは、いつものことだ。
だが正司は、それだけではないような気がしてきた。深夜訪れて、そんな質問を投げかけてくるには、理由が弱すぎる。
というわけで、もう少し詳しく聞いてみることにする。
「何か別の理由がありそうですね。もし、ちゃんとお話ししてくれたら、協力してもいいですよ」
その言葉にミラベルは本気で悩んでいるようだ。
しばらく、うーん、うーんと呻ったあと、意を決したように話しはじめた。
「あのね、海が見たいの」
「へっ? あそこは森林地帯ですよ」
「うん、それは分かっているんだけど、ずっと北に行くと、海に出るでしょ?」
「……そうですね。あの場所から千キロメートルか二千キロメートル北に進めば、たしかに海に出ると思います。海が見たいのですか?」
「ううん、そうじゃないんだけど……いまお父さまがすごく悩んでいるの」
バイラル港の状態を詳しく調査した結果、あそこは壊滅といっていいほどの被害を受けたことが分かった。
バイラル港はミルドラル唯一の港であり、いまは閉鎖中。
住民総出で復興作業に従事しているという。
トエルザード家の家臣からも、多くがバイラル港に向かい、復興の指揮を執っている。
ルンベックもかなりの予算を港の復興に回したという。
壊滅したと言っても、人海戦術で昼夜を問わず作業を行えば、復旧にかかる日数は大幅に短縮できる。
だからそれはいい。
ルンベックが悩んでいる問題があった。それは……。
「船乗りたちが王国の港を使いたくないと言っているわけですか」
ミラベルは10歳。
子供心に、親の心配事を解消させてやりたいのだろう。
バイラル港にいる船乗りたちはいま、王国との取引に嫌な顔をしている。
今回の襲撃の狙いが徐々に明らかになってきたからである。
港の襲撃は、戦略上有効だったからではなく、ミルドラル唯一の港を破壊して、王国の利益を確保することが狙いだった。
つまり、あの襲撃の裏には、強欲な商人たちがいた。
もちろん画策したのは、王国の港を使用している商人たちである。
自分が儲けたいという『理由』で、港は壊滅させられた。
これを知った船乗りたちは、王国商人たちの裏切りに怒り心頭になったのである。
大陸の西側には、港は三つしかない。
ミルドラルに一つ、王国に二つ。
船乗りたちは王国へ寄港したがらない。
かといって大陸の東側、つまり帝国まで向かうには、船の大きさが足らない。
最低でも乗組員の食糧と水を積んだ上で、商品を運ぶスペースがなければいけないのだ。
中型船にそれを求めるのは厳しい。
ではどうすればいいか。
ミラベルが考えたのは、港がないならば、もうひとつ作ればいいということだ。
「なるほど……そういうことでしたか」
ただ、面白そうだからではなかった。
しかも、思ったよりまともな理由だ。
船乗りの生活や、父親の悩みを考えて、この少女は10歳にして、解決策を思いついたのだ。
(うーん、ただ港を作っても、交易できなければ意味はないんですよね)
船が新しい港まで運航したとしても、そこに何もなければ往復する意味は無い。
遊覧船や連絡船ではないのだから、乗ることや移動することに意味はないのだ。
今度は正司が悩んでしまった。
港を作れるかと言われれば、「できる」と答えられる。
〈土魔法〉で崖を崩せばいいのだから、造作もない。
だが港を作ったところで、だれも使ってはくれないだろう。
「どうかな?」
ミラベルが上目遣いで聞いてくる。
頷くのは簡単だが、それでは意味がない。
「港があっても、そこで交易ができなければ意味はありません。中継港にすることも可能ですが、だからと言って、帝国まで数ヵ月もかかるような船旅の中継地点を作ったところで、どれだけ使用してくれるか分かりません」
正司にしてはめずらしく、現実的な回答だ。
さすがに「とりあえずやってみましょうか」とは言わなかった。
「そうなの?」
シュンとするミラベルに、正司は何かしてあげたくなる。
「ただ港町を作っても、それは陸の孤島です。港に住む人も生活物資は完全に船の搬入頼りになります。自給自足できればまた別なのでしょうけど」
そこまで考えて正司はふと思った。
(自給自足って、できますかね)
自給自足できる最低限が揃っていればいい。
たとえば水があって、作物が育つ環境とか。
土地は有り余っているわけだし、畑ができれば、少なくとも飢えることはない。
ただ、そこに住む人は少なく、交易としては最小規模になる。
港を作る場所によるが、バイラル港から未開地帯だと、十日か二十日くらいかかるだろう。
帝国まではその五倍かかるため、やはり帝国まで行くのは大型船のみになる。
(ミルドラルが港を二つ持った場合、人々の生活や物資の流れがどうなるかですね)
いっそのこと、複数の町を作ってはどうだろうか。
まだ調べてないが、海岸沿いに湧く魔物のグレードは低いことが予想される。
凶獣の森を進んだとき、そうだったからだ。
それをそのまま当てはめるのは、もちろん危険。
だが低いグレードしか湧かない地は必ず存在している。
そこに港を作り、周辺に十の町を作ったとしよう。
それだけでトエルザードと同じくらいの規模にならないだろうか。
(砂漠の民は、水を求めて大変な思いをしていました。砂漠を捨ててその周辺で暮らしている人も多いです)
大陸の南部は、国家がないことから分かる通り、水気がない場所が多い。
広い砂漠だけでなく、荒地も一杯あった。
岩や石がゴロゴロした地ばかりが続き、あそこはとても作物を育てられるような環境ではなかった。
逆にラマ国とミルドラルは人が多く、溢れ過ぎている。
王国もそうだというし、帝国の人余りはもっと酷いらしい。
(……あれ? そうすると、町をひとつ作るだけじゃなく、沢山つくって、それを有機的に結びつけたら、救われる人が増えるし、町ももっと大きくなるんじゃないでしょうか)
たとえば町の連合である。
正司がマンションに住んでいたところは、町内会活動が盛んだった。
複数の町内会が集まって、連合町内会が結成されていた。
町を作る構想は、それと同じではなかろうか。
「ああっ!」
「タダシお兄ちゃん、どうしたの?」
「なるほど、分かりました。それが『国』なんですね?」
「なんのこと?」
複数の町を統括する組織があればいいと正司は考えたが、それこそが国家ではなかろうか。
(なるほど……可能かどうか分かりませんが、複数の町というのはいい方法かもしれません)
ブツブツと呟く正司に、ミラベルは「??」と首を傾けて聞いている。
ほとんど聞き取れないが、「ミルドラルを手本に」とか「未開地帯に三つの勢力を」などと聞こえてくる。
「ミラベルさん!」
「な、なに?」
「未開地帯の北に港を作る……これは面白い案かもしれません」
「そ、そう?」
「ええ、希望が見えてきました!」
正司は立ち上がり、握り拳を頭上に掲げた。
相談を持ちかけたミラベルが、やや引いている。
「でも実現可能かは、完全に未知数ですね」
まだ未開地帯を踏破すらしていないのだ。
北に何があるか、どんな魔物が湧くのかすら把握していない。
「それで、港だけど……作れそう?」
「ええ、チャレンジしてみたいと思います」
「やったー!」
「そのかわりです、ミラベルさん。こればかりは、できるかどうか分かりません」
「うん、みんなには内緒だね」
「はい、よろしくお願いします」
「二人だけの秘密だね!」
こうして正司とミラベルの秘密は増えていく。
ミラベルと密談した翌々日のこと。
昨日正司は、博物館で一日働いた。
オープン後は案の定、多くの人で賑わった。
臨時に人を雇うことになり、すべてを取り仕切ったレオナールが、より一層フラフラになっていた。
レストランの大行列や、土産物の売れゆきが予想以上だったために、急遽屋台を増やしたり、土産物コーナーを拡張したりした。
それの箱作りが正司の仕事となった。
レストランは、下ごしらえ専用の部屋を新たにつくり、そこは常時可動させることが決まった。
この世界には、ブイヨンやレトルトといった時短できるものがないため、下ごしらえは存外時間がかかるのである。
従業員が本気で「もう漏れはない」と最後の最後まで確認した上でオープンしたのだが、フタを開けてみれば、予想外のことが頻繁におきる。
正司はまだ、博物館から離れることはできそうもなかった。
そして今日である。
ようやく時間を作って、ミラベルを連れて未開地帯へやってきた。
「……というわけで、昨日は忙しくて大変でした」
正司はミラベルに笑いかけた。
先日の密談から二日経っている。
その間に正司は、新しい町の構想を練っていた。
本当はいろいろ相談したいこともあったが、トエルザード家の面々はみな多忙を極めていた。
一番忙しいのはルンベックだろう。
仕事が列をなしてルンベックの後ろをついて歩いている有り様だ。
ミュゼは地方の町へ出かけている。
戦争によって動揺した町を慰問して回っているのだ。
噂が噂を呼んで、取り返しがつかなくなるまえに顔を出す。
その甲斐あって、地方に変な噂が広がってはいない。
オールトンとリーザは国境を越えて王国側へ進軍したと一報が入った。
いまは戦争に集中したいはずである。
ルノリーは後継者になるための勉学に忙しい。
遅れた分を取り戻すため、人の数倍努力している。
そういうわけで、トエルザード家の中で比較的ヒマなのがミラベルである。
一般的な教育と教養を勉強する程度で、あとは自由である。
リーザの時のように、通常の勉強が終わった後で、後継者になるための勉強はしていない。
ゆえに時折、正司がミラベルを連れ出しても、誰も文句は言わない。
ミラベルは毎回「内緒、えへへ」と行き先を告げないので、町で羽を伸ばし、博物館でも見学しているのだろうと周囲は思っている。
そういうわけで、正司とミラベルが未開地帯にいることを知っている者はいない。
正司の〈瞬間移動〉で到着すると、ミラベルは真っ先に畑を見に行った。
「もう、芽が出ているんだね」
「この前はポツポツでしたけど……いい感じに芽が出そろってきました」
麦とイモ類は順調に芽が出ていた。
野菜と薬草はたしかに芽が出ているものの、一部はまったく芽が出ていない区画がある。
芽の出なかった野菜や薬草は、この地の気温では発芽は難しいのだろう。
すべて成功するとは思っていなかったので、ダメならば別の品種を植えればいい。
いま必要なのは、人がここで生きていけるだけの食糧を生産できるかどうかだ。
「収穫できるのはまだ先だよね」
「そうですね。数ヵ月はかかると思います」
「そっかー……待ち遠しいな」
そう呟きつつ、ミラベルは視線を上にあげた。
釣られて正司も同じところを見る。
湖の先に、目印となった大きな山が見えた。
「あの山は、たくさんの水を蓄えて、地下に運んでくれますね」
「だから湖があんなに大きいんだね」
「はい。そういう意味で、ここは理想の地です」
水が豊富であるだけで、生きていくのがどれだけ楽になるか。
正司がここに町を作ろうと考えたのも、山の麓に湖があったからだ。
そしてここは少しだけ標高が高い。水害を受けにくいのだ。
唯一の難点は、山の麓なので緩やかな登り坂が続いていることだろうか。
(ラクージュの町と同じくらいの標高でしょうか)
フィーネ公領の平均的な町と比べたら、二、三百メートルは高所にあるはずである。
そして、いま正司たちが見上げている山は、標高三千メートルほど。富士山くらいはある。
この世界には絶断山脈といって、ヒマラヤ山脈と同じかそれ以上の高い山々がある。
それに比べたらこの山の標高など数分の一だが、麓から登ろうとすれば、こんな山でも苦労する。
ただしそれは一般人の話。〈身体強化〉を施した正司ならば、どうっていうこともない。
「山に行ってみたいですか?」
正司は聞いた。
「うん!」
ミラベルが頷いたので、二人は山登りをすることにした。
ミラベルを肩車して、正司は山を登っていく。
どうやらここも魔物が湧かないらしい。
(木々がほとんど生えていませんし、森林の魔物は湧かないのでしょうね)
魔物はテリトリー外へあまり出ないので、ここまで一度も魔物に出くわさなかった。
「ここ広いね」
山の中腹まで来ると、平地が出現した。
「ここは、山の中間地点くらいですね。それなりの広さがありますし、ここで暮らすのもありでしょうか。いや、難しいですね」
水の問題がある。
また山を上り下りすることを考えたら、あまりいい案とは言えなかった。
「休憩しよっ」
「そうですね。少し早いですが、お昼にしましょうか」
正司は『保管庫』から調理済みの料理を取りだした。
「これ、博物館のやつ?」
「よく分かりましたね。レストランや屋台の練習で作ったものです。捨てるのはもったいないので、保管しておいたのです」
本番で料理を出すときに手間取ってはいけないため、何度も何度も練習させた。
オープン後は混雑が予想されたので、時間を計って、どれだけの料理をどのくらいの時間で作れるのか統計を取ったりもした。
三十人分を一度に作るには、単純に一人前の材料を三十倍すればいいというわけではない。
大人数の料理を作るには勘が必要なのだ。
そのために、正司は惜しみなく素材を提供し、満足いくまで練習させた。
「おいしいね」
「ええ、プロの料理人が作ったものですので」
練習品を客に提供するわけにはいかないので、正司はそれをすべて貰ってきた。
『保管庫』に入れておけばいいのである。
といっても量が量なので、消費するのも一苦労だが。
正司はテーブルと椅子を〈土魔法〉で作り、そこで昼食を摂った。
食べ終わったあと、二人並んで下界を見下ろす。
眼下には、未開地帯の森林が延々と続いている。
「ミラベルさん」
「なに?」
「私はここに町を作ろうと思います」
「うん、知ってるよ」
「おととい、ミラベルさんとお話しして気付いたのですが、町はひとつより複数あった方が便利なのです」
町が複数あれば、余っているものを足りないところへもっていって売る。
それはなにもフィーネ公領まで運ぶ必要はない。
もちろんフィーネ公領との行き来ができなければ大変だが、身近な流通ならば、近所に複数の町があったほうが便利なのである。
遅まきながら、正司はそれに気付いた。
ミラベルが気付かせてくれたともいう。
「たくさんの町を作るの?」
「ええ、少し方針転換します。……聞いてもらえますか? 私の考えたことを」
「うん! いいよ、タダシお兄ちゃん」
ミラベルの元気な声に、正司は元気づけられた。
正司は、最近ずっと考えていた構想を語った。
「中心となる町の近所に、互いに交流できるような町をいくつか作りたいのです」
この場所を見つけるまでに、正司はいくつも魔物が湧かない地を発見している。
だがその場所は、どれも使い勝手が悪いものだった。
最初正司は、なるべく多くの棄民が受け入れられる場所を探した。そして見つかった。
周囲に作る町は大きさに拘らなくてもいい。
狭くても、時間はかかるが、〈森林浸食〉で魔物が湧かない場所を増やしてもいいのだ。
正司は大きな町をひとつ作り、そこを中心とした町群を形成したいとミラベルに話した。
「すごーい! タダシお兄ちゃん、それはすごいことだよ」
複数の町をつなげるという正司の案に、ミラベルは目を丸くした。
普通にやろうと思ってもできることではない。
何百年かけるならば話は別だが、そもそも未開地帯の中にそんなものを出現させようという発想自体ないだろう。
「それでですね、この前ミラベルさんが話してくれた内容も考えたのです。未開地帯にも港が必要だと……」
未開地帯は大きい。ハッキリ言って大きすぎる。
凶獣の森から脱出しようとして絶望を味わった正司は、森を踏破するのがいかに大変か分かっている。
正司はいま、思うことがあった。
(棄民のみなさんだって、それぞれ個性があるのですよね)
棄民は食い詰めたすえに、町に住めなくなった者たちだ。
それでも彼らには故郷がある。
かつて国に在籍していた……もちろん祖先がという場合もあるだろう。
それでも彼らの中には、国への帰属意識が残っているかもしれない。
彼らを一カ所に集めるのではなく、複数の拠点を選んで住んでもらうのはどうだろうかと。
(そうすれば国家間のしがらみも薄くなりますしね)
「ミラベルさん、私は思ったのです。この町と同じような大きな町をあとふたつ作ろうかと」
一つはここ。
もう一つは、港町。
港町は、資源が採取できる場所がいい。
資源を船で運搬すれば、どこへでも運び込めるのだから。
そしてもうひとつは港町とここをつなぐ中間地点に。
つまり交易の中心となる町だ。
最低三つの大きな町を作る。
これが考えたすえに導き出した、正司の結論である。
「三つも?」
「ええ、三つもです」
そこにミルドラル、ラマ国、王国出身の棄民に住んでもらう。
一応そう決めてあるが、元の国民が多くいるところには住みたくないと言う人も出るだろう。
最終的には、自分たちで選んでもらう。
(砂漠とその周辺に住んでいる人たちを入れれば四つですか)
これが最低三つと考えた理由。
もしかすると、大きな町があと一つ増えるかもしれない。
「そっか……ここと同じ町があと二つ……ってことは、ひとつはお姉ちゃんのお城が作れるね」
「えっ!? リーザ城ですか?」
「そう。もう名前はそれでいいよね」
「まあ……私は構いません……他に反対する人がいなければですが」
本人が一番反対しそうな気がする。
町の候補地すらできていないのに、もう城の名前が決まってしまった。
というか、城を作るのは決定なのかと、正司はあとで気付いた。
「あとひとつはどうしよう……ルノリー城かな」
「トエルザード家の当主の名前は、さすがにあとで問題になるかもしれません」
「そっか……まあ、いいや。それよりどこに作るの?」
「まだ決めていませんよ。未開地帯を探し歩いて見つけなければいけませんし」
他にも衛星都市を造るのに、この町の周囲だって調べねばならない。
正司のやることが、急に増えてしまった。
「町がたくさんできるんだね」
ミラベルが、眼下の森を見渡す。いまは木しか見えないが、いつか道ができ、町や村ができることだろう。
「すべての町が完成したら、ミルドラルのような感じになるでしょうね」
大きな町を拠点として、複数の町がそれに合わさる。
大きな町はすべて有機的に繋がり、全体でひとつの国のように機能する。
それはまさに、いまのミルドラルのようである。
「楽しみだね~」
「そうですね。ですがそれができるのはまだまだ先ですよ。何しろ、二つ目の町の場所すら決まっていないのですから」
二つ目の町は港にしよう。
だとするとここから北を目指して海まで出る。
そこから資源がありそうな場所を探す。
それはとても大変なことのように思えるが、これだけ広いのだ。
そんな場所がどこかひとつくらいあるのは確実。
時間をかけてでもそれを探してみようと、正司は思った。
「ではものの試しに、山の反対側を少し散策しましょう」
「わあい。また肩車して」
「いいですよ」
正司はミラベルを伴って、未開地帯の散策にでかけた。