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082 戦いの序章

 未開地帯は、あまりに広い。だれも全容を把握できないほどに広い。

 正司が見つけた場所も、未開地帯全体からしたら、点みたいなものだろう。


 翌日正司は、秘密基地からフィーネ公領の町までの距離を測ってみた。

(二百キロメートルくらいありますね)


 まっすぐ南下しただけなので、実際に道を作ろうと思ったら、距離はもっと伸びる。

(出没する魔物のグレードが低いからいいですけど、この距離はかなり問題ですね)


 フィーネ公領までの道中、G3の魔物がもっとも多く出現した。

 G4とG5の魔物は見かけなかったので、いても少数だろう。


 凶獣の森と同じで、未開地帯の奥に行けばグレードが上がると考えられる。

(壁で囲った中に魔物が湧くかどうかですが、これは日をおかないと分かりませんからね)


 そして数日後。

 正司はミラベルを連れて、未開地帯にある秘密基地……町候補地へと跳んだ。


「さあ、どうでしょうか」

「ドキドキだね」


 すぐにマップで確認する。

 見たところ、魔物を示す赤点は表示されていない。


〈気配察知〉で探索しても同じ結果がでた。


「どうやら、ここは当たりだったみたいです」

「ほんと? 魔物がいないの?」


「ええ、少なくとも今はいません。数日経って魔物は湧いていないことが確認されましたので、町として使える可能性がかなり高まったと言えます」


「やったぁー!」

 ミラベルは飛び跳ねた。


 なにしろこの数日間、ミラベルは正司の顔を見るたび「まだかな?」と駆けよってきた。

 それに対して、正司の返答はいつも同じ。


「確認するには、日数が必要です。もう少し待ってください」

 それを聞くとミラベルは、「早く行きたいな」と、いつも残念そうな顔をした。


 正司が見て分かるほど、ミラベルはソワソワしていたが、とにかく我慢してもらうことしかできなかったのだ。


「それでミラベルさん。この前お話ししましたけど、私はここに町を作ります。ですが、ひとつ問題があります」

「フィーネ公領から遠いんだよね」


「ええ……思ったより離れているので、受け入れてくれるか心配です」


 直線で二百キロメートル。これはかなりの距離だ。

 だれもが馬を所有しているわけではない。徒歩で移動すると十日間はかかる。


 その間、魔物が出る未開地帯の中を通過しなければならないのだ。

 もし正司が作る町をフィーネ公領に組み込んだ場合、道中の安全はフィーネ公が守らねばならない。


 二百キロメートルの街道を守るのは、現実的でない。

 どうすればよいか、考えていかねばならないことである。


「それで私はこれから整地をします。ミラベルさんはどうしますか?」

「うーんと……向こうに行ってる」


 ミラベルは湖の方を指差した。

 観光したいのかなと正司は考えた。


「分かりました。魔物はいませんので危険はないと思いますが、気をつけてください。何かあればすぐに向かいますので」


「うん。分かった! じゃ、行ってくるね!」

 ミラベルは跳ねるようにして、駆け出していく。


「気をつけてくださいよー!」

 遠ざかるミラベルの背中に正司は声をかけるが、果たして聞こえたのか。


(ミラベルさんは今日もリュックを背負っていますね。中身は何なのでしょう)


 不思議とミラベルは、ここに来るときにリュックを手放さない。

 リュックの中には宝物が入っているらしいが、それは何なのか。


(子供らしくていいと思いますけど……っと、整地をするのでした)


 ここは草原。山林ではないため、邪魔な木々は少ない。

 まばらに生えている木はそのままにして、高低差を無くしていきたいのだが……。


(さて、どう整地しましょう。完全な平らにするよりも、湖や川に向かって、かすかに傾斜がついているといいですね)


 排水ができないと水たまりができてしまう。

 どこからでも湖や川に向かって下がるように土地を作れば、その問題は解決する。


(ほんの少しでも傾いていればいいのですから、大体で作って、あとで微調整しましょうか)


 南北は直線で十数キロメートルある。

 中央より北寄りに湖があり、その左右から南に向かって川が流れている。

 北の壁の向こうには、岩山が見える。


 東西は直線で二十数キロメートルあり、二本の川によって三等分されている感じだ。


 いま正司がいる場所はちょうど中央付近。

 距離が離れているため、川や湖が見えない。


(では整地を始めましょう)


 正司は慎重に整地をしていた。

 少しずつ地面をならしては移動する。それを繰り返していくと……。


「あれ? これはなんでしょう?」

 ポツンと小さな旗が地面に刺さっていた。どう見ても人工物である。


(砂浜でやるフラッグ競技で使う旗に似ていますね)

 正司はそれを手にとってみた。


「あーっ、タダシお兄ちゃん。それ抜いちゃダメ!」

 ミラベルがやってきた。


「これはミラベルさんの物ですか?」

「そうだよ。わたしの宝物なの」


「宝物……ということは、リュックの中に入っていた?」

「うん」


 元気よく答えるミラベルの手には、同じ旗が二本、握られていた。


 旗をリュックの中に入れて、持ってきたらしい。

「旗がミラベルさんの宝物なのですか?」


「うん。作ってもらったんだ。こうやって地面に刺して、こっからここまでがわたしのお家にするの」

 ミラベルの視線の先には、一列に並んだ旗が何本も刺さっていた。


(えっと旗を立ててって……つまり縄張りですか)

 正司はようやくミラベルの意図に気付いた。


 ミラベルもミュゼから勉強を教わっている。

 それゆえ、未開地帯の扱いはよく知っているだろう。


(つまり最初に所有権を主張したかったのですね)


 どうりで探索の初期段階からついていきたがったわけである。

 ナイショにしようと、正司に約束させた理由も分かった。


 すべてはこれのためだったのだ。


「分かりました。ではその旗の内側はミラベルさんの土地にしましょう」

「わあい、やったーっ!」


 無邪気に喜んでいる。

 可愛いところもあるなと正司が思って、旗を目で追っていくと……。


(い、意外と広いですね……)


 ミラベルの縄張りは、トエルザード家の屋敷より数倍広かった。




 さらに正司が整地を続けていると、ミラベルがまたやってきた。

 リュックがしぼんでいるから、すべての旗を置き終えたのだろう。


「タダシお兄ちゃん。ミラベルのお城を作って」

「お城ですか?」


「うん。みんなで住めるような、大っきなお城がほしいの」

「みんなでということは、リーザさんとかですか?」


「そう。他にもいっぱい。みんなで一緒に住めるようなおっきなお城……できる?」

 何とも可愛らしい話ではないか。


 あの縄張り。ミラベルは、みんなで住める場所がほしかったのだ。

 そのためにわざわざ旗を作らせて持ってきた。


「それはできると思いますけど……作ってみましょうか」

「ほんと?」


「ええ……ちょうどいま、色々考えていたところなのです」

 フィーネ公がここを受け入れてくれない場合、この町は独立勢力となる。


 砂漠に住む一族などと同じ扱いだ。

 そのとき、求心的な建物、それも目立つような大きな建物があった方が便利だ。


「それでミラベルさんは、どんなのがいいのですか?」

「王国にあったお城がいいな」


 無茶な注文がきた。


「王国のお城ですか……私は見たことがないので、それはちょっと難しいですね」

「だったら、タダシお兄ちゃんがこれだって思うお城をつくって!」


 無茶ぶりがきた。


「そうですか。それは助かります。ではミラベルさんのために、私がお城を作りましょう。まずは整地ですね」


 ちょうどミラベルが旗を立てた内側は、丘のように盛り上がっている。

 城ならば目立つ方がいい。この高さを利用しようと正司は考えた。


「これでどうでしょう」

 台座を作る感覚で、少し高めの土台を作り上げた。


「すごい! キレイ!」

 できたのはまだ土台だけ。

 この上に城を建てるのだが、真っ先に思いつくのが日本の城である。


(和風建築はこの世界には合いませんよね。かといって、複雑な城は無理ですし)


 外国の城といって正司が真っ先に思い浮かんだのは、ヴェルサイユ宮殿だった。

 ではそれを造れるかといえば、ノーである。


 そもそもあれを城といえるのか微妙であるし、外観は覚えていない。

 絢爛豪華な内装はよく写真や映像で見たので覚えているだけだ。


(ヴェルサイユ宮殿は使えませんね。……あと思い浮かぶのは、テーマパークのシンデレラ城とかですか)


 情けないことだが、正司は西洋の城と言われても、それほど詳しく知らない。


 もちろんモン・サン・ミッシェルのような有名な城は、正司も写真で見たことがある。

 見たことがあるが、まったく造れる気がしない。


(博物館を作ったときの要領でいきますか)


 写真か実物を見れば、外観は真似することができるが、今回のようにおぼろげな記憶を頼りに造る場合、どうしても全体が甘くなる。


 ぼやけたような城を作るよりはと、正司は四角い無骨な城を作り上げた。

 ミラベルの縄張りが思いの外広かったため、城はかなり大きなものになった。


(五階建てにしたのですけど、平城みたいに見えますね。もっと上に伸ばしてみましょうか)


 ミラベルの縄張りがあまりに広く、学校の校舎くらいの高さでは、平城に見えてしまう。

 全体的に高さが足らなかったため、その三倍まで一気に引き揚げた。


(なんとかサマになってきましたね)


 正司は知らなかったが、いま造ったのは、イギリスのドーバー城に似ていた。

 床の広さや高さは、その何倍もあるのだが。


「ミラベルさん、これでどうでしょう? ちょっとマンションっぽくなりましたけど、できるだけ城っぽくしてみました」


「ふえ~~」

 かなり四角いが、ちゃんと城のように見える。


 芸術的な部分がそぎ落とされているため、無骨な外観をしているが、それがまたとてつもない威圧感をもたらしていた。


「どうですか?」

「……すごい。すごいよ、タダシお兄ちゃん!!」


「そうですか。喜んでもらえてなによりです」

 正司が満足げに微笑むが、それもそのはず。


 エルヴァル王国の王都クリパニアにある城は、これの何分の一しかない。

 そもそも王国は土地が貴重なので、これほどの大きさを持った建築物など存在しない。


 帝国も同様だ。

 巨大なひとつの建物を造るより、その広さを生かして複数の建物を造った方が、利便性が高まる。


 つまり正司は、ミラベルにせがまれて世界一大きな建物を造ってしまったことになる。

「やったぁ! ミラベル城だぁ!」



 ――ミラベル城



 正司も否定しなかったので、名前は『ミラベル城』に決まってしまった。


 その日はミラベルにせがまれて、城の内装を作ったり、外観に修正を施して終わった。

 ちなみに城の部屋数は、大小合わせて四百を超えていた。




 オールトンが率いる三公軍は、トエルザード公領内を順調に進む。

 いくつかの町を経由し、何事もなく国境を越えた。


「ここから先は、エルヴァル王国ね」

 リーザは待ってましたとばかりに、不敵な笑みを浮かべた。


 もしその姿を正司が見ていたら、悪の女幹部を連想しただろう。


 それほどリーザの立ち姿と笑い顔は怖かったのである。

 隣で見ていたオールトンですら、二歩引くほどに。


 なにしろリーザは、王国の謀略に色々と引っかき回された過去がある。


 不穏な噂を聞き、留学を取りやめて王都から脱出することになったのが始まりだ。

 遠回りしてラマ国を目指したものの、道中で傭兵団の襲撃を受けた。


 正司のおかげで怪我人もなく……いや、最終的な怪我人はゼロだったが、それだけでもう、リーザは王国の所業を腹に据えかねていた。


 ラマ国では、バイダル公家子息誘拐事件の影響で、町から出られなくなるところだった。


 正司のコネでなんとか出たものの、その頃はもうバイダル公家とラマ国が一触即発。

 国境の町に両軍が集まっていた。


 今まさに軍事衝突がおきる直前。

 そこまで話が進んでいたことに、リーザは驚いたものだ。


 正司が誘拐犯を捕まえたことで両軍は引くことになったが、あれもすべて王国の仕業であった。


 バイダル公領に入ってからも酷かった。

 公家子女であるファファニアが、毒の影響で衰弱死寸前の状況だった。


 正司の回復が間に合ったからよかったものの、怒り心頭のバイダル公は、そのまま王国と戦争を始めてもおかしくない状況だった。


 これだけ裏で暗躍している王国をどうして許せようか。

 リーザはこれまでやられてきたことを三倍返ししたい気分だった。


「しかし……こうしてみると、タダシに頼ってばっかりよね」

「ん? 何があったのかい?」


「いいえ……少し前のことを思い出していただけです、叔父さま」

 リーザの独り言が聞こえたのか、オールトンが近づいてきた。


「そうそう、リーザ。もうすぐレクタの町だよ」

 レクタの町は、王国の国境の町として知られている。


「知っていますけど、何か問題がありまして? 叔父さま」

「リーザの作戦案からすると、野戦になるようだけど……」


 レクタの町は、王国が威信をかけて、大きな壁を作り上げた。

 通常ならば敵は籠城を選択する。


 そうなれば、ひと月かかっても攻め落とせないだろう。

「そのことですか。噂をバラまいておきましたから、壁の中に籠もることはないと思いますわ」


「土魔道士がいれば、町の壁なんか一瞬で崩壊するぞ」

「勝機は、敵味方入り乱れる乱戦の中にあるんじゃないか?」


 リーザは、そのような噂をとにかく声高に言わせた。

「それはまた……」


「それと……日をおいて、別の噂も流させました」


「降伏すれば命は助かるらしい。だがもし拒否したら、町を蹂躙するって」

「逆らった町を見せしめにしてから進軍するらしいぞ。うちの町はその中に入ってないだろうな」


 つまり、野戦で敗北したあとで籠城するとエラいことになる。

 決断するなら早い方がいいと、せかしているのである。


 それを聞いたオールトンの顔が引きつった。

 三公軍の中に正司――つまり土魔道士がいないことは、敵に知られていない。


 その場合どうなるか。領主は町の噂を真実と捉えるだろう。

 オールトンは考えた。もし自分が領主でも、籠城は選択できない。


 というのも、国境を越えていった王国兵が捕まったことがここで生きてくる。

 すでに侵攻軍が壊滅した事実は、広く知れ渡っている。


 それに関与したたった一人の土魔道士の存在も当然知られている。


 レクタの町の領主は考えるだろう。

 土魔道士相手には、どんな土壁も意味を成さないと。


 では王都から援軍が来るまで耐え凌げばいいのか。

 いや、そもそも王都から援軍が来るのか?


 王都近郊で迎え撃つつもりで、準備を進めているかもしれない。

 町にいる戦力をかき集めても心許ないのに、援軍が来るかどうかも分からない。


 レクタの町の領主からしたら、この現実は悪夢そのものだろう。

「た……たしかに、野戦の可能性はあるかな」


 少なくとも、土魔道士相手に籠城できないと判断するだろう。




 三公軍が街道を進み、レクタの町が見えたところでリーザは軍を止めた。

 町を背にして、王国軍が陣を敷いていたのである。


「予想通り、籠城しなかったわね」

 領主は野戦を選択したようだ。


「壁が用をなさないし、それだと町中が戦場になるからね。キミは悪辣なことを考えるね」


「それは褒められたと思っていいのかしら」

「ご想像にお任せするよ。それより希望通り野戦になったけど、勝算はあるのかな」


「もちろんですわ。敵兵の数は……あら、ウチよりだいぶ少ないわね」

「町の守備兵だけじゃ足らないから、傭兵を合わせた感じかな。あれでもよく集めた方だと思うけど」


 籠城するならば十分な戦力である。

 ただ、野戦となると見劣りする。


 いち地方都市の戦力と、急ごしらえとはいえ三公の軍が合わさったのだ。兵数が違う。

 しかも籠城できないとなれば、勝敗は決したようなものだ。


「敵は本隊を真ん中に据えて、左翼と右翼を置いているわ。典型的な防御の陣だけど……やる気があるのかしら。それとも舐められている?」


 リーザが首を傾げる。

 寡兵かへいが密集陣形を敷くのならばまだ分かる。


 この状況でなぜ兵を分散させるのか。

 リーザの目には、敵が「さあ、どんとこい」と受けて立ったようにしか見えなかった。


「町を守るために出てきたんだし、それに町を背にして突撃陣は組まないと思うよ」

「まあ、それはそうよね。ではこちらも向こうに合わせましょう」


 リーザが作戦を部下に伝え、伝令がそれを持って走る。

 ミルドラル軍がゆるゆると陣を構築し、右からバイダル、トエルザード、フィーネの三軍が並んだ。


 陣形は敵味方、ほぼ同じ。

 ただし、敵の数はこちらの三分の二ほど。


「まずは両翼を突撃させましょう」

 バイダル軍もフィーネ軍も数が多い。


 リーザの指揮で、両翼が突撃をかけた。

 戦闘がはじまったため、もうこちらの指示が届かなくなる。


「しばらく待ちましょう」

 余裕の表情を崩さないリーザと、心配そうに両翼を見つめるオールトン。


 いま戦端が開かれていないのは本陣のみ。

 戦局がどちらかに偏ったとき、動き出すことになる。


 バイダル公軍の左翼が、少しずつ敵を押し始めた。

 ここで敵の本隊は部隊を割いて救援を出すか、助けに入ることができる。


 だが敵本陣は動かない。

 これではリーザも動けない。


 右翼は拮抗しているが、時間が経てば数の差が地力の差となるだろう。


「そろそろ動くかしら」

 左翼へ救援に向かうだろうとリーザは予想している。


 もし敵が左翼の後ろを突こうと移動したら、その横腹に突撃しようと考えていた。


 ちなみに敵本陣が、リーザのところまで突撃してくることはない。

 いまは三公軍の左翼と右翼が前進して攻撃を仕掛けている状況だ。


 戦場を上から眺めると、リーザの本陣だけが後ろに控えている感じになっている。

 もし敵がやってきたら、右翼と左翼の一部が挟撃を狙って反転してくる。


 大将を討てば勝ちと分かっていても、動けないのだ。


「あら?」

 左翼が突撃を敢行し、それが成功した。中央突破を果たしてしまった。


 どうやらバイダル軍の猛攻を受けきれず、戦線が維持できなくなったらしい。

 軍の形を維持したままのバイダル軍に対し、完全に真ん中を抜かれてしまった王国軍。


「左翼は決着がついたわね。思ったより早かったわ」

 リーザの視線の先では、追うバイダル軍と、逃げ惑う王国軍の姿があった。


 なぜこうも早く決着がついたのか。

 それは、バイダル軍の士気が高かったことが関係している。


 つい先日、バイダル公家の子息が誘拐され、息女が瀕死の重傷に陥った。

 それが王国の仕業と聞かされたとき、兵たちはみな復讐に燃えた。


 左翼が瓦解したことで、敵の本隊が動揺した。

 予想外だったのだろう。


 それをいちはやく感知したフィーネ軍が、攻勢に打ってでた。

 もともと圧倒していたこともあり、こちらもすぐに決着がついた。


 両翼が崩壊し、敵本陣に左右から兵が迫る。


「なんか予想外の展開ね……でもこの機会を逃すわけにはいかないわ。全軍、突撃!」


 それは偶然、たまたまのタイミングだったが、迎撃のために左右へ向かう敵本隊へ、トエルザード軍が殺到した。




「……あっけなかったわね」

 レクタの町は落ちた。


 敵が野戦で負けたあと、すぐに領主は降伏を選択した。

 このままだと、散った王国軍とそれを追う三公軍で、泥沼な展開になる。


 被害は少ない方がいいと、領主はすぐさま門を開け、降伏を伝えてきたのだ。


「さて、ここからが本番ね」

「ねえリーザ。キミはまた悪い笑みを浮かべているけど、自覚ある?」


「あら、そうかしら?」

「自覚していると思ったけど、違うのかな?」


「まあ……しているかも?」

 リーザの返答に、オールトンはやれやれと首を横に振った。


 リーザは配下を呼び寄せ、紙片を渡した。

「このリストにある店を押さえなさい。ただし、人には手を出しては駄目。これを徹底させて」

「はっ!」

 配下の兵が出て行った。


 オールトンは、リストの中身を知っている。

 八老会とそれに連なる商会の名が書かれているのだ。


「あれは、ずいぶんと詳しく調べてあるよね」


 全部で二十四の商会がターゲットになっており、どこに店舗や倉庫があるか、事細かに書かれていた。


「ウチの家臣は優秀だもの。町の地図と商会の不動産くらい、いつでも最新のものが届けられるわ。叔父さまはそういうのに興味なかったから、知らないのでしょうけど」


 今回、選ばれた二十四の商会だけをターゲットにした。

 それで王国商人たちの恨みを躱す狙いがある。


 やみくもに財産を徴収して、すべての王国民から恨まれては、今後に支障をきたす。

 ただし、八老会とそれに直接関係している商会だけは別。こちらは徹底的にやる。


 彼らに生贄の羊となってもらうことで、ミルドラルと王国双方に多大な利益をもたらすのだから、やらない手はない。


「でも、すべて徴収するの? やり過ぎじゃない?」

「それでもまだ生ぬるいと、私は考えていますけど?」


 リーザは怒っていた。

 それは王国の陰謀からくる話だけではなかった。


 前触れもなく国境の町へ進軍してきたこともそう。

 ミルドラル唯一の港をだまし討ちのようにして焼き払ったことも関係している。


 これらはとても許せる行為ではない。だから王国は思い知る必要がある。

 報復は徹底的にやるし、だれに言われても、リーザは手心を加える必要は感じていない。


 そしてリーザは、ルンベックとミュゼの娘であった。

 現実処理能力が優れている。


 今回、王国を主導している八老会を徹底的に追いつめるつもりでいた。

 ただし、人的被害は出さない。あくまで金銭を含めた財産がターゲットである。


 商会に徹底的なダメージを与えてやると、リーザは意気込んでいる。

 結果、この町にあった二十四の商会は、すべて潰された。


 ほとんどの商会員は、兵がやってきた段階で逃げだそうとしたが、走って逃げられるわけがない。すぐに捕まった。


 彼らは薄衣一枚だけにされて、町から追放。

 店や建物は、物資を運び出した上で破壊する。


「痕跡を残してはだめよ。すべて打ち壊しなさい!」

「はいっ!!」


 二十四の商会があった場所は兵たちに破壊され、その日のうちに更地になった。


 二十四の商会から掠奪した物資は、ミルドラルに送られる。

 向こうで公平に分配されることになるが、それにはリーザたちは一切関わらない。


 ちなみに個々の兵に掠奪を許すと、あとで収拾が付かないことになる。

 また、部隊ごとでも不公平が生じる。


 するとどうしても「俺たちだけ分け前が少ない」と、上官の目を盗んで掠奪に勤しむ者が出てくる。

 それを避けるためだ。


 ミルドラルはこのようにして、後で分配する方法を採用しているが、それで揉めたことはない。


「では叔父さま、領主の了解をとりに行ってください」

「ええっ!? リーザが行けばいいんじゃないの?」


 現在、三公軍は町内での掠奪はしない旨を発表している。

 領主からも同じ発表をさせたいのだ。


 同時になぜ今回、二十四の商会を狙い撃ちにしたのかを説明させておきたい。

 こういった小さな積み重ねが、後々響いてくるからだ。


「実務は私がやりますのでお願いします、叔父さま」

「……はい」


 リーザに睨まれて、オールトンはしぶしぶ出て行った。


「領主の発表前に少し噂を流しておいてもいいわね。ねえ、誰かいるかしら?」

「はい」


 やってきたのは、どこにでもいる商人風の男だった。

 まったく特徴のない顔をしている。


「今回の戦争は王国が仕掛けたけれど、国の総意ではなかったって噂を流せるかしら? 八老会が欲をかいた結果だって」


「どのあたりまで正確さを出しますか? 一介の商人が八老会を名指しするのは違和感がありますけど」


「そうね……国の上の方が欲をかいたって感じの方がいいかしら」

「町民が勝手に察するかと思います」


「そうね……じゃ、そんな感じで。ミルドラルの報復は、それをターゲットにしているってのも付け加えてくれる? 自分たちはとばっちりを受けたって感じで」


「他の商人は、被害者の立場ということでしょうか」


「そうよ。だから責任は国の上にあって、自分たちはそのせいで酷い目にあったって流れを作ってくれるといいと思うわ」


「かしこまりました。噂を流すのに二十人ほど動かします。噂の流れ次第で増減させる感じでいきます」


「それでいいわ。軍はしばらくここに留まると思うから、噂はゆっくりでいいわよ」

「はい。慌てないで流すよう徹底させます」


 商人風の男は一礼すると出て行った。


「それでは腰を据えて待つことにしましょうか……っと、他の二公軍にそのことを知らせなきゃ」


 リーザは紙とペンを取り出して、文面を考えながら筆を走らせた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ミラベル城爆誕www [一言] 八老会の焦点を狙うのは分かりますが、8つの大商会全てが戦争に賛成してるわけじゃないだろうし、ミルドラルやラマ国にちょっかい出してるわけじゃないと思うので、そ…
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