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077 戦争の目的

 エルヴァル王国とトエルザードの間には、東西に長く森が広がっている。

 その森の北側にあるレーギスの町。


 正司とリーザが出現したのは、外壁近くにある倉庫の脇。


「ここは……? 屋敷の中ではないんですか?」

 正司は、てっきりトエルザード家所有の屋敷に跳ぶものと思っていた。


「ここは我が家の所有する倉庫よ。屋敷もあるけど、あれは町の中央だもの。どうせ外を見る必要があるでしょ。二度手間になるじゃない」


「それで倉庫の陰に出たのですか」

「ここは王国に売り出すものを置いたり、向こうで買ったものを保管する倉庫ね。たまに差額で儲けることもあるのよ」


 安い時に王国から買ったものを保管しておき、高くなったときに売り払ったりするらしい。

「なるほど、つまり税の運用ですね」

 すぐ隣が王国領なので、王国に近い場所に倉庫を所有していた方が便利なのだろう。


 そろそろと倉庫の陰から顔を出す。

 周囲には人の姿はない。


「この先はすぐ外壁なのよ。ここの領主からの手紙だと、少数の兵を残して本隊は進軍したとあったけど……静かよね」


「周囲には、だれもいませんね。町の人はどこへ行ったのでしょう」


「敵が攻めてきた場合の対処法は、周知徹底してあるわ」

「どのようにするのです?」


「家に閉じこもって、鍵を掛けるのよ」


 攻城戦になると矢や石が外から飛んでくるので、外を歩いていると危ない。

 家の外壁は土か石、レンガでできている。


 屋根はさすがに木製の所もあるが、それでも外にいるより家の中の方が安心度は高い。

 同時に、鍵をかけて静かにしていれば、留守と変わらない。

 外から入ろうとしても、一軒一軒鍵をこじ開ける手間はかけないだろう。


 城門が破られた場合、領主の屋敷を含めて、重要拠点が占拠される。

 町民はとにかく息を殺して、嵐が過ぎ去るのを待てと伝えてあるようだ。


「いい判断だと思います。……それで本当にみなさん、家の中にいるのでしょうか」

 正司はマップで表示できる範囲を広げてみた。


 半径一キロメートルくらいが表示できるようになると、たしかに家々の中に人を表す点が存在している。


「ああ、なるほど……たしかに家の中に人がいます」

「タダシは、魔法で探ることができたのよね。敵の様子は分かるかしら」


「調べてみますけど、町の反対側までは無理ですよ」

「この付近だけでも分かればいいわ」


「やってみます」

 マップで表示できる範囲を最大まで広げてみた。


(……ひっかりましたけど、これは……森の中ですか?)


 森の中にいる集団を拾った。

 正司は〈土魔法〉に切り替えて、指向性を持つソナーをイメージしながら探ってみる。


「間違いありません……森の中に反応があります。数は二百くらいです」

「森の中にいるの? だとすると、壁に上っても森の中は見えないわよね」


「森の中程なので、ちょっと見えない距離ですね」

 マップの点は密集していて数が判別しづらい。


 彼らが踏みしめた地面から〈土魔法〉で把握したのが二百ほどの集団だった。

 そして彼らが微動だにしていないことも正司は気付いている。


「手紙にあった部隊とは別よね。伏兵を置くなんて、こしゃくなことをするじゃない」


 レーギスの町から見えるところに一部隊配置しているのだろう。

 その部隊が、この町から監視されているのは分かっているはずだ。


 もし領主が、門を開いてその部隊に戦いを挑めば、おそらく森の中に隠れていた部隊が姿を現す。


「伏兵ですか。誘い出して戦うつもりですかね」

「その可能性はあるわね。この町の壁は高いから、普通に攻めたら、攻略するのにかなりの時間がかかるもの」


 リーザの予想は当たっていた。

 レーギスの町の兵数は、王国側に把握されていた。長年の諜報の成果である。


 王国軍は、それと同数の兵を町の北側に展開させている。

 伏兵は町の南にある森の中におり、これまで一度も姿を見せていない。


 もし領主が門を開いて兵を出した場合、王国軍は大音響で合図を送る手はずになっていた。

 そうなれば、伏兵が領主の軍の後方から牙をむく。


 また、トエルザード公領側から援軍が来た場合、姿を見せていた軍は王国へ撤退する。

 その際、追撃を振り切るためにも伏兵が役に立つ。


 森の中の二百の兵は、投入する時まで絶対に見つかってはならない切り札として、そこに隠れていたのだ。


「タダシ。悪いけど、伏兵を無力化できる?」

「はい。壁でいいですよね」


 マップで見ると、二百の集団は小さくまとまっている。

 密集具合からすると、身を寄せ合っている感じだ。


(魔法で探った感じだと、草を周囲に積んで、隠れているようですね。周囲に兵を置かないのは、見つからない自信があるからでしょうか。魔法で探ればすぐにバレてしまうのに、いいんですかね)


 そんなことを考えながら正司は、彼らの周囲に、高い壁を設置した。

(四隅は壁でいいですけど、上は格子状にしておきましょう)


 イメージは虫かごである。虫かごには蓋が必要である。

(これでいいですね。あとは全体を硬化させて……これでいいですね)


〈土魔法〉のソナーで探ってみたが、あの集団以外に人はいなかった。

 気が緩んで、周囲をぶらつくような兵がいなかったのが救いだ。


 問題がないことを確認した正司は、リーザに向き直った。


「できました。全員抜け出せないよう、閉じ込めてあります」

「ありがとう。漏れはない?」


「はい、大丈夫です」

「伏兵以外もお願いできるかしら」


「はい。この付近にはいないようですけど」

「町の北側に行きましょう。きっとそっちよ」


 正司は、リーザを抱えて町中を移動した。

 大通りを進んだが、ときおり守備兵とすれ違うくらいだ。


 町の北側に向かうと、壁の外に展開している兵の集団がマップに映った。


「反応がありました。さっきの二倍以上……ひょっとしたら三倍近くいると思います」

「壁の上に守備兵が張り付いているわね。あの方角?」


「そうです」

「戦闘音は聞こえないわね。敵はどんな感じかしら」


「門を囲むように三つの部隊があります。一つが大きくて、残りの二つはやや小さめです」


「部隊を三つに……か。典型的な迎撃の布陣ね。タダシ、お願い」

「はい」


 リーザに請われて、先ほどと同じ虫かごを作る。

 壁の上から驚きの声があがった。


「終わったの?」

「はい。漏れはないと思います」


「……そう。相変わらず……なのよね」

「はい?」


 門の上の騒ぎは一際大きくなってゆく。

 事情説明が必要だが、ここは時間との勝負である。


「この町は安全だわ。次の町へ行きましょう。敵の本隊が次の町に到着しているかも」

 大きくなる騒ぎをあえて無視して、リーザは巻物を開いた。




 街道を北に進むとビニオンの町に着く。二番目の町である。

 レーギスの町から馬車で半日の距離だが、まだ敵軍は到着していないはず。そうリーザは予想していた。


「静かね。まだ知らせが届いてないのかしら」

 人目を避けて町の外れに出現した正司とリーザであったが、予想していた騒乱はおきていなかった。


 二人は町中を歩く。

 人の姿はなく、通りは閑散としている。


 一瞬、レーギスの町に戻ってしまったのではと思えるほど、状況が似通っていた。

「町の人がいませんね。みなさん、家の中に閉じこもっているのでしょうか」


「だとすると、もう避難命令が出てから随分経つことになるけど……タダシ、町の外はどうなっているか分かる?」


「探ってみます」

 マップで表示できる範囲を広げたが、人を表す点は表示されていない。


〈土魔法〉でソナーを打っても同じである。

「どうだった?」


「周囲には見当たりません」

「あらそう? やっぱりまだ、着いてないのかしら」


 時間的に到着しておかしくないと思っていたが、進軍途中でトラブルでもあったのだろうか。

 そんなことを考えていると、近くの家の窓が開かれ、中年女性が顔を出した。


「ちょっと、アンタたち!」

 女性が手招きしている。


「はい、何ですか?」

 正司が問い返す。


「あんたたち、家屋の中に避難しろって話を聞かなかったのかい?」

「えっ、それはいつの話ですか?」


「もう半日も前だよ。周りを見てごらん。だれも歩いてないだろ。本当に聞いてなかったのかい?」


 家に入り、中から鍵を閉めるよう、馬に乗った多くの兵が告げて回ったらしい。


 こういう場合、家が遠い者、外からやってきた者は、知り合いや手近な家々に匿ってもらうよう指示が出ているという。


「あたしたちも、困っている人を拒んじゃいけないって言われているんだ。アンタたち、家の中に入りな。いつ敵が攻めてくるか分からないからね」


「いえ、大丈夫です。すぐ家に戻りますから」

「だったら、いいけど……」


「ありがとうございます。私たちはすぐに行きます」

 リーザは正司の腕を取って走り出した。


「いいかい。寄り道しないで帰るんだよ」

 後ろからそんな声が届く。


「リーザさん、どういうことですか?」

「しまったわ。もうこの町に王国兵が来ていたみたい。予想より早いのよ」


「ですけど、戦っている音はしませんね」

「この町も壁が高いから、攻めあぐねているのかも……それとも次の町へ行ったとか? だとすると拙いわね」


 騎兵が先行した可能性をリーザは考えた。

「リーザさん、どうしたのですか?」


「思ったより敵の動きが速いのよ。次はボダの町……あそこは壁が低いわ。というか、そこから先は、魔物の侵入しか想定していないの」


 町の予算には限りがある。

 壁を一メートル高くするだけで、相当な資金が必要となる。


 国境やその次の町はいざ知らず、すべての町の壁が堅牢にできているわけではない。

 念のため正司が町の周辺を探ったが、王国の兵はどこにもいなかった。


「次の町へ行ったのは確実ね。でも避難命令が半日前……タダシ、ボダの町へ急ぎましょう」

「はい」


 巻物を使ってボダの町へ跳んだ……のだが、そこは攻城戦の真っ最中だった。

「ちょっと! なんでもう、王国軍が来ているの!?」


 リーザの予想よりずっと速い。

 国境からの距離を考えれば、信じられない進軍速度なのだ。


「リーザさん、ここにいると、危ないですよ」

 いまも壁の外から、攻城の矢が弧を描いて飛んできている。


 低い音とともに地揺れがするのは、魔法使いが火魔法を壁に叩きつけているからだろう。


「ちょっと待って。いま考える」

 リーザは、周辺の地図を頭の中に思い描いた。


 レーギスの町の領主は信頼できる人物である。

 王国軍がレーギスの町を出発した直後、鳥を飛ばしたのは間違いないはずである。


 レーギスの町からここまで一本道。

 鳥は手紙を携えて、翌朝にはラクージュの町に到着している。


 ミュゼはその手紙を読み、すぐにリーザをボスワンの町へ遣わした。

 リーザは正司を連れて、レーギス、ビニオン、ボダの町と順にやってきた。


 どう考えても、今頃はビニオンの町を包囲しているはずである。

 なぜボダの町で戦いが始まっているのか。


「王国軍はたった二日で、三つ目の町まで進軍したことになるのよ。これはおかしいわ」

 リーザは自分の言葉に苦笑を禁じ得ない。


 おかしいと言ったところで、実際にボダの町が攻められているのだ。

「兵や馬に〈治癒魔法〉をかけながら進んだのでしょうか」


 馬に〈治癒魔法〉をかけるのは、正司がよくやる手である。

「無理ね。そんな魔力があれば別のことに使えるもの。というか、〈治癒魔法〉を使える魔法使いをそれだけ揃えるのはたぶん不可能よ」


「報告が遅れたとかですか?」

「国境を預かる領主が職務怠慢……さすがにそれは考えにくいのだけど」


 そうしている間にも城壁への猛攻は続き、ついに壁の一角が轟音とともに崩れ落ちた。


「この町が占拠されたら、レーギスとビニオンの町が孤立するわ!」

 孤立するだけではない。敵軍はここを拠点にして、先へ進むことができるのだ。


 この先あと二つ、町を越えたらラクージュの町である。

 そうなったら大変だ。


 速ければ明後日の午後に、ラクージュの町へ敵軍が姿を現すことになる。

 そんな未来はだれも予想していない。


「タダシッ! おねがっ」

「壁を直しますね」


 大地が揺れて、崩れた壁が元通りになった。

「……タダシ?」


「他はどうしましょう?」

「…………ああ、うん……そうね」


「さっきと同じでいいですか?」

「ええ、やってくれる……かし……ら?」


「できました。壁の外にいた人たちはみなさん散っていましたので、複数の虫かごになりましたけど」

「虫かご……?」


「ああ、壁で隔離しました」

 虫かごは正司のイメージである。


「壁で閉じ込めたわけね。漏れはないかしら?」

「はい、大丈夫です」


 リーザには、壁の外にどれくらいの兵士がいたのか分からなかったが、どれだけいようと正司には関係ないだろう。


「ありがとうタダシ。これで王国の野望はひとつ潰えたわ」

 まさかボダの町まで侵攻されるとは思わなかったが、大きな被害を出すことなく終息させることができた。


 壁の上で兵士たちが慌てている。外を指差してしきりに叫んでいる。


「さて、説明しにいきましょう。レーギスの町の件も一緒に伝えなければだし」

 説明が面倒だけど、避けて通れない。


 リーザが嘆息したところで、遠くから兵士たちが大慌てで走ってきた。

 迎撃するために召集された兵たちだろう。


「タダシ、こっちよ。ちょっと見つかりたくないので、回り道して行きましょう」

 リーザは正司を連れて、ボスワンの町にある屋敷へ向かった。




「……というわけでボダの町にいた王国兵は、タダシが捕まえたわ」

 リーザの説明に、ルンベックは両手で頭を抱えたままである。


 簡潔な説明ゆえに言葉足らずではある。だが、理解できる範疇のはずだ。

 それとも分からなかったのだろうかと、リーザが思っていると、ルンベックはようやく立ち直った。


「そうか。よくやったね」

 言葉と裏腹に、ルンベックは乾いた笑いを漏らした。


 城で歓待を受けていたルンベックのもとに急使がやってきた。

 お家の一大事だという。


 大慌てで戻ってみれば、リーザが正司を連れて出て行ったという。

 何が起こったのかと屋敷の者に問いかけるも、使用人の中に話を盗み聞きするような者はいない。


 だれもが首を横に振った。

 気持ちが焦り、焦燥しながら待っていると、何食わぬ顔で二人が戻ってきた。


 ルンベックは怒りを内に収め、事情を聞いた。

 するとなんということか。王国軍が国境の町に侵攻してきたのだという。


 リーザの話を聞くうちに、ルンベックの顔は徐々に険しくなる。

 町を素通りして街道を北に進む。その目的は明白。


 ――ラクージュの町を落とす


 退路を確保せずに敵地を進む無謀さは、軍人ならばだれでも理解している。

 わざとそれをする理由は、本丸を落とすのが目的だからであろう。


 聞けば、三つ目の町の壁が破られたという。

 ボダの町を占拠して一夜を明かし、十分休息を取ってから先を目指す。


 それが理解できたルンベックは頭を抱えた。

 だが、リーザの話は続いた。


 正司が壁を修復し、攻め入ろうとしていた兵をすべて捕らえたという。

 まだ敵と味方が混戦していなかったから良かったらしい。


 壁の中と外で敵味方が分けられていたのだから、確保は容易だったと正司は言った。

 もちろんルンベックの考えは違う。


 攻城中の敵兵を捕らえるのは、決して容易なことではない。

 壁が破壊されたということは、魔法使いの兵も中にいたはずである。


 縦の物を横にするくらいの感覚で「捕らえました」と言われても、どう反応していいか分からない。


 というよりも、王国の侵攻という大事に対して、正司もリーザも扱いがひどく軽いのだ。

 まるで屋敷の周りを散歩してきた程度の扱いである。

 それでも事態は終息したらしい。


 ようやく立ち直ったルンベックは、労いの言葉をかけたのだ。


「後始末ですけど、ボダの町の領主に会って、事情を話しておきました。レーギスの町とビニオンの町に使いを出すそうです」


「分かった。ボダの町の領主は私もよく知っている。うまくやってくれるだろう」


「それでお父様、捕まえた王国兵はどうしたらいいですか。タダシしか解放できないみたいです」


「タダシくん、だれかが外から魔法で壊すのも無理かい?」

「硬化をかけたので、魔法は弾くかと思います。……あっ、でも強力な魔法でしたら可能だと思います」


 正司が壊れないようにと強化した壁を壊す魔法。果たして存在するのだろうか。

 たとえあったとしても、中の人もろとも消え去ることになりそうである。


「……まあ、軍隊だから食糧も水も持ち込んでいるだろう。一日や二日くらい我慢してもらおう。それよりラクージュの町へ戻りたい。妻も心配しているだろうしね」


 ここへはルンベックを迎えにきただけである。

 ラクージュの町に戻ることに、二人にも異存はなかった。


 ラマ国にはあとで詳細を伝えればよい。

 正司は二人を連れて、久し振りにラクージュの町へ戻った。




「どうやら侵攻の日を合わせてきたようですわね」

 リーザがことの顛末を話すのは二度目である。


 そしてそれを聞いたミュゼは、顎に手を添えながらそう答えた。

「お母さま、侵攻の日付を合わせたというのは……?」


「王国がとってつけたような宣戦布告理由をしましたが、それはわざとでしょう」

「ミルドラルの横暴がなんとかって話ですか、お母さま」


「そうです。あの文章をこの町に持ってくる度胸がないゆえにレーギスの町に届けたと思いましたが、わざと形式を整えなかったのかもしれません」


 通常、他国へ宣戦布告する場合、書面を国王に送る。

 ミルドラルの場合は、三公のいずれかに送ればよい。


 受け取った側は、誤解や行き違いがあればそれを正すし、一部でも正しいと認めるならば、誰かが釈明に出かけることになる。


 戦争は両国が議論を尽くしたあとの手段であり、避けられるならば、その方が双方にとってよい。

 往々にして避けられないものだが。


 だが今回は違う。レーギスの町へ宣戦布告文書を届けた直後に、侵攻が確認された。

 はじめから王国は戦争をしたがっているのだ。


 その証拠に開戦理由もあってないようなもの。

 ミルドラルの横暴に我慢の限界がきた……その程度のことしか書いてない。


 いつ、どこで、どのような事件がおこり、ミルドラルがどう対処して、王国がどのような被害を受けたのか、何一つ書いていない。

 でっち上げである。


 このような開戦理由を持参するのは、いかな厚顔無恥な使節団でもできなかったのだろうとミュゼは予想した。

 リーザの話を聞いて、真実は逆である可能性が出てきた。


 宣戦布告は、時間的余裕がなく、『レーギスの町にしか出せなかった』のだ。


 開戦の期日は迫っており、あの日に届けるのが王国としてベストだったのだろう。

 ラクージュの町に届ける余裕がなかったのだ。


「なるほど、原因はタダシくんだね」

 ルンベックはすぐ気付いた。


 一方、リーザと正司は、頭の上に「?」を乗せている。

 分かっていないらしい。


「三公会議に向かう途中、タダシさんが活躍したみたいね」

「クエストのことですか?」


 三公会議の道中、正司が受けたクエストを履行するため、〈火魔法〉〈水魔法〉〈土魔法〉を使っている。


 起きた事象は隠すことができないのだから、ミュゼはもとより、これらはすべて王国の知るところとなってもおかしくない。


「タダシが三公会議についていったことが王国にバレたってことですか、お母さま」


「道中の噂から類推して、スミスロンの町で確証を得たのでしょう。そして三公会議が終了しましたわね?」


「はい、お母さま。三公会議は無事終わりました」

「通例ですと、そこから十日は滞在しますわ」


「終了パーティがありますから、しょうがないのではないですか」


「ええ、そうですわね。おそらくその間に、王国へ鳥が飛んだのでしょう。そしてミルドラルの地理とトエルザード家の行動を予測したと思います」


 パーティが終われば、ルンベックは正司を連れて帰路に就く。

 三公会議を最大限に活用するため、行きとは違う道を選びつつ、トエルザード公領へ向かうだろう。


 途中の町で歓待を受けるのは行きと同じ。

 そこで二日から三日は、滞在することになる。


 視察にどこか別の町に足を伸ばすかもしれない。

「つまり、お母さま。お父さまとタダシは今頃……」


「帰路の途中だと思います。そしてこちら側から連絡する手段はありません。各町に馬を飛ばしても相当な日数がかかることでしょう」


 運良く、半分の距離まで来ていたとする。

 ルンベックと正司がいるであろう町を予測し、そのすべてに馬を走らせたとしても、到着するには三日、四日かかる。


 そこから大慌てで戻った場合、到着は速ければ五日後。七日かかってもおかしくない。


「タダシとお父様がいない時を狙って、進軍したということですか」


「おそらく……いえ、間違いないでしょう。こちらの予想を上回る速度で侵攻してきたのでしょう? あれは土魔道士が間に合わない日数を計算して進軍したからに他ならないのです」


「…………」

 正司をどうにかするのではなく、正司がいないうちに終わらせる。


 それが王国の狙いだとミュゼは言った。

 どうやら思ったより危なかったようだ。


 たしかに通常ならば、どの町にいるか予想がつかない。

 そして鳥を飛ばすことができない。


 鳥は、帰巣本能に頼った連絡手段なのだ。

 その土地で育てた鳥を放すからこそ、戻っていくのである。


「私がラマ国にいたこと、リーザが巻物を使ってやってきたことは、王国にとって想定外だっただろうね」


 正司が間に合わない日程で進軍が組まれていた。

 兵がすべて捕まったとは、王国も想定外だろう。


「奇襲という、あとで必ず非難されるような方法を採ってきたのは、そんな理由があったのですか」


「彼らは、ラクージュの町を抑え、トエルザード家に連なる者たちをみな人質にとるつもりだったのだろうね。そのために、すべての準備をしてきた。もちろんそれが最終目標じゃない。バイダルやフィーネの援軍が来ないうちにトエルザードを押さえて、王国は何かをしようとしたのさ」


 だがその野望は潰えた。正司が潰したのだ。

 もしかすると、フィーネは味方に回るかも知れないと淡い期待を抱いていた可能性もある。


『あの秘密』を王国が握っているのだから、トエルザード家を支配し、フィーネ家を秘密で脅す。

 二公を押さえれば、残るはバイダルのみ。そう考えたのかもしれない。


「なんにせよ未然に防げて良かった。いまの答え合わせは、捕まえた兵から聞けばいいのだからね」


「兵から事情を聞いた後はどうするつもりですか、お父様」


「さて、まだ決めていないが、王国には色々と責任を取らせる必要が出てくるだろうね。バイダル公とフィーネ公には連絡をしたのだろう?」


「ええ、押っ取り刀でやってくると思いますわ」

 ミュゼが微笑んだ。


「今後のこともあるし、問題が解決したから援軍はいらないとは言えないしね。我が領にミルドラルの兵が揃うわけだ。少し王国を脅しつつ、事態を好転させようじゃないか」


 現在、ミルドラルと王国は戦争中である。

 おそらくラマ国は中立を貫く。


 ここでラマ国がミルドラルに肩入れすると、条約関連でややこしくなる。


 ならばミルドラルは横やりを心配しないで、王国との戦争を継続すればいい。

 タイミング良く三公会議が行われ、意志が確認できているのもいい。


 新フィーネ公が立ったのもよい方向にはたらいている。

 フィーネは遠慮なく王国と対立できるだろう。


 それどころか、嬉々として借金を減らすよう動くかもしれない。

 順番が逆になったが、今度は政治で戦うことになる。


「とりあえず安心できたんだ。今日はゆっくり休むとしよう。明日、捕まえた王国兵の処遇を含めて、色々決めなければいけないからね」


 ルンベックがそう言って、この場は解散になった。

 たしかに明日からしばらく忙しくなるのだ。




 そして翌朝。

「タダシくん。朝食後にボダの町へ行きたいのだけど、頼まれてくれるかな。お礼ははずむよ」


「いいですけど、これくらいのことでお礼はいりませんよ」

 そんな和やかな会話が行われていると、ミュゼが鳥を持って入ってきた。


「どうしたのかな……ッ!?」

 ルンベックの余裕はそこまでだった。


 ミュゼが持ってきたのは、伝令に使う鳥である。

 足首に紙片が巻き付けられている。


 しかも赤い。それは緊急かつ重要であることを示す印。

 そのためミュゼは、足首から剥がさず持ってきたのだろう。


 ルンベックが鳥を受け取り、足に巻かれている紙片を外す。

 読み進めるうちに、顔が険しくなる。


「どうしたのですか、お父様」

「……リンフルの町が襲撃された」


 リンフルの町は、バイラル港から内陸に入ったところにある交通の要所である。

 周辺の村や町に何かあった際の避難場所ともなっている。


 要塞と思えるほど壁が高く巡らしてあり、常駐している兵も多い。


「えっ、リンフルの町がですか」

 ミュゼもさすがに驚きを隠せない。


「お父様、それは一体」


「町の各所から火の手があがったようだ。消火活動中に、武器を持った者が暴れ出したらしい」


 リンフルの町の領主は、何日も前から治安の悪化を認識していたらしい。

 港に多くの船が入ってきた場合、ついついこちらまで足を伸ばして羽目を外す船乗りもいる。


 バイダル港の飲み屋で出入り禁止を食らうような連中がやってくることがあるのだ。

 そういった者たちの流入はままあり、これも一時的なものと考えていた。


 だが、何かあっては遅い。


 そう考えた領主は、近隣の町に散っている兵の何割かを呼び戻し、同時に傭兵団と契約して、町や周辺の治安維持を依頼したらしい。


 そんな最中の蜂起である。

「襲撃を受けて町が落ちかけたが、すんでの所で撃退できたようだ」


 呼び戻した兵があと少し遅れていたら、契約した傭兵団が一つ、二つ少なかったら、違った結果になったであろうと紙片にはある。


 多大な犠牲を払ったものの、なんとか撃退に成功した。

 これは襲撃側に統率がとれてなかったことがあげられる。

 軍隊のように全体を指揮する者がいたら、結果は簡単にひっくり返っていた。


 領主はすぐさま門を閉め、町内の治安回復に努めた。

 同時に周辺の村や町に連絡を取ろうとした。


 そんなときである。


「この紙片によると、襲撃の翌日、バイラル港の方角から避難民が多数やってきたとある。やってきた住民の話を聞く限り……バイラル港は落ちたと」


「「えっ!?」」


「紙片にはそこまでしか書いてない。追加情報は送るとあるが、リンフルの町からでは、容易に港の状況は入ってこないだろう」


「だったら私が巻物でバイラル港に……」

「いや、それは駄目だ!」


 リーザの言葉をルンベックが即座に否定する。

「お父様?」


「避難住民が歩いてやっていたということは、バイラル港はそれより二、三日前に落ちているはずだ。今は占領下にある。そんなところへ行ってどうする」


「港の襲撃は宣戦布告とほぼ同時。だれが襲ったのかと言えば」

「これも王国の戦略と考えていいだろう。問題は、なぜバイラル港なのかだが……」


 ミルドラルの他に港を持つ国といえば、王国と帝国しかない。

 帝国が前触れもなく襲ってくるとは考えにくく、これは王国の二面作戦が行われたとみるべきだ。


「単純に攻め易かったから……ではだめなのですか?」

「もう少し別の理由があると思う」


 現時点では分からないが、兵を分ける意味は大きい。

 そうすべき理由が必ずあるとルンベックは言った。


「バイダルとフィーネは、侵攻を受けていないといいが」

 援軍を要請されても駆けつけられないよう、王国が他領へちょっかいをかけた可能性もある。


「直接攻め込むことはできないでしょうけど、何か手を打っていたらやっかいですわね」

 ミュゼの懸念はもっともで、前回の誘拐事件のようなことも考えられる。


 ただしこれは、杞憂に終わる。

 今回、時間的余裕がなかったことと、バイダル公領に入り込ませていた者たちは、先の誘拐事件でほぼ使い潰してしまったために人手不足。


 フィーネ公領は、三公会議の会場となっていたため、多くの兵が巡回している。

 仕掛ける隙はないし、もし準備中に見つかりでもしたら警戒されてしまう。


 以上の理由で、手出しはできなかったのである。


「他の町から襲撃の報告が来ないことを祈る気分だよ。それでリンフルの町だが、門を閉めたとあるから、しばらくは大丈夫だろう」


「あの町を外から落とすのは難しいですわね」

「急襲こそ唯一の道だった。敵もそれは分かっていたはずだ。失敗したようだが」


 守りさえ固めてしまえば、町は安全だ。

 ただし、懸念もある。


 バイラル港からやってきた避難民のことと、リンフルの守備兵に多くの犠牲が出たとあった点だ。

 周辺の町から兵を補充したとして、バイラル港にどれだけの敵兵がいるのか分からない。


 予想より多くの兵がいて、それがリンフルの町に押し寄せた場合。

 再度激戦が行われれば、ひょっとすると陥落する可能性もある。


「やはり、港の様子を見る必要があるか……」

 ルンベックがそう呟いたとき、正司のマップに変化が訪れた。


 クエストで行き先を表す白線が、出現したのである。

 白線はずっと西の方へ伸びていった。


 以前、正司が一度だけ訪れたことのあるバイラル港のある方角に向かって一直線に……。



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