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072 ルンベックの提案

 その日、正司はリーザを送るため、ラクージュの町へ跳んだ。

 リーザとはここでお別れである。


「タダシ、ありがとう。楽しかったわ」

「いえいえ、私も貴重な経験ができました」


 三公会議が行われている間、正司とリーザは、ほとんど一緒に過ごした。

 フィーネ公領の約半分の地域を踏破したといってもいい。リーザが連れ回したのだ。


 リーザが指示し、正司が〈身体強化〉を使えば、一日でかなりの距離が移動できる。

 これまでリーザが行きたくても行けなかった町へ、次々と訪れることができた。


「タダシはこのあとお父様と一緒にラマ国ね」

「はい。久しぶりですので、楽しみだったりします」


「久し振りというほどでもないでしょうに」

 リーザはくすりと笑う。


 いまだ日本にいた頃の感覚が抜けない正司は、数ヶ月離れただけでも、そう感じてしまう。

 この世界だと、他国へ数ヶ月ぶりに戻る場合、「もう来たの?」くらいの時間感覚なのだろう。


「それでも楽しみです」

 笑顔で返すと、リーザは「そうね」と同意してくれた。


 ある意味ホームドラマのようなシーンだが、横にひとりだけ仏頂面の男がいた。

 優男である。それがほほを膨らませて、雰囲気をぶちこわしている。


「僕はまだフィーネ公領にだね……戻って旅を続けたいのだけ……あ痛たたた」


 途中でリーザに耳を引っ張られたのは、もちろんオールトン。

 今回、一緒に戻ってきた。


「叔父さまは、トエルザード家としての責務をしっかり果たしてください。お父様が戻ってくるまで、事務仕事が待っています。決裁すべき案件は多々あるのです」


 現在ミュゼが当主代行として町にいる。

 後継者のルノリーは幼いため、ミュゼの仕事を手伝うことはできない。


 かといって、リーザが手伝ったりすると、アップをはじめる家臣が出てくる。

 トエルザード家家臣の中には、有能ゆえに野心を持つとやっかいなのがいるのである。


 そういうわけで、ミュゼを補佐するのに一番適しているのがオールトンである。

 彼が風のように去っていってしまうため、仕事が滞ってしまうのだ。


「ねえ……だったらリュートだけでも返してくれないかな。あれがないと……」

 オールトンは懇願する。なんとも情けない姿である。


「リュートの代わりに書類を渡します。やり方は分かりますよね。許可、不許可、保留ですから、お願いします」


「しょ……書類」

 トホホと嘆いているオールトンを見て、正司は冷や汗を流す。


 こういうときのリーザは結構怖い。


 先日、駄々をこねるオールトンに「税金で食わせてもらった叔父さまの人生分、町民のために働きなさい」と真顔で迫っていたが、後ろに般若が見えた。


 以前リーザの口から、自身を後継者に推す者がいると聞いていたが、こういう態度が、それに拍車を掛けているのではないかと思うのである。


 もちろん賢明な正司は、口に出さない。

「それではスミスロンの町に戻ります。何かあったらまた来ますので……」


 逃げの一手である。

 それではと、正司は返事を待たずに跳んだ。




 三公会議で決裁された案件は多い。

 事務員は会議が終わってからが本番である。


 公的な書類作りとなる。

 ゆえにスミスロンの町には、いまだ多くの人々が逗留している。


 ルンベックは一足早くスミスロンの町を発ち、ラマ国へ入ることになる。

 ただし、『内緒』で。


 ここで大っぴらにラマ国へ入ると、王国に何か勘ぐられる。


 ――三公会議後、ラマ国に向かって当主が出発した


 すぐさま王国に、そんな情報が届けられる。


「当主自らラマ国に向かうなど、よほど重要な案件だ」

 どれだけ王宮が騒がしくなるか分からない。


 本来悟られたくないものが別にあり、それを隠すならばそれもいい。

 当主自ら囮となるのもやぶさかではない。


 だが今回は、そうではない。

 ラマ国の国主に会って、『ミルドラルの意志』を伝えなければならない。


「そういうわけでタダシくん。お願いするよ。いろいろ(・・・・)とね」

「分かりました。大丈夫です。問題ありません(・・・・・・・)


 その言葉の直後、正司とルンベック、そして護衛二名の姿がスミスロンの町から消えた。

 ボスワンの町にあるトエルザード家所有の屋敷に跳んだのである。




 他の護衛たちは、このまま帰路につく。

 行きと同じように、ゆるゆると馬車で進みながら、ラクージュの町を目指す。


 世間ではこう見るだろう。

 ルンベックはラクージュの町に帰還するらしい。

 多くの護衛に守られて、行きとは別のルートを通るようだと。


 町の領主から歓待を受けながら、相互の交流を深めつつ帰路に就く……と思わせるのである。


 ルソーリンはあらかじめ、そのことを各町の領主に知らせてある。

 領主たちは、馬車がやってくれば歓待したフリをする。


 ルソーリンはルンベックがどこで何をしているか、領主に話したりしない。

「馬車の中にはいないが、いるものと扱え」と伝えるのみである。


 領主たちも「ああ、何か事情があるのだろうな」と思うだけ。

 歓待した、されたという形さえ整っていれば、探りにきた者たちも、真実は掴めない。




「しかし、タダシくんの魔法は便利だね。これが当たり前と思ってしまうと、堕落してしまうよ」


「これがないと、凶獣の森では生きていけませんでしたから」

「なるほど……たしかにそうかもしれないね」


 凶獣の森を抜けるのにかかった日数、歩いた距離。

〈瞬間移動〉の魔法がなければ、正司が人里に出るまで、どれだけ余計に時間がかかっただろうか。


 当時を思い出し、遠い目をする正司に、ルンベックはそっと目を伏せるのであった。

 若い頃、相当苦労して、それこそ生きるか死ぬかの状況で魔法を学んだのだろうと、ルンベックは考えた。


 若い頃の苦労を隠したがる人と、自慢したがる人がいる。

 正司がどちらのタイプかルンベックには判断つかないが、あえて地雷を踏みに行く必要もないのである。


 ちなみに二人は、屋敷の庭に到着している。

 使用人がルンベックを見て悲鳴をあげかけたのはご愛敬だろうか。


 急な訪問にアタフタする者はいない……はずだが、さすがに当主が前触れもなくやってきたことで、屋敷全体が騒がしい。


 ルンベックがひとこと「私がここにいるのは他言無用だ」と告げたことでそれも収まった。

 屋敷の外の人たちに悟られてはならないと。


 今回、正司の魔法で屋敷に跳んだため、ルンベックの姿は誰にも見られていない。

 そして当主に「隠せ」と言われたら、家臣たちは全力で隠さねばならない。


 ルンベックの行動は、他国が注目するに値する。

 使用人たちの不手際でそれがご破算になってはまずい。


 盛大に顔を引きつらせた使用人たちが、右往左往する横で、ルンベックはサラサラと一通の手紙を書いた。


「……これでよし」

 蜜蝋に指輪を押し当て、封をする。


「これを城に届けてくれ」

「ハイッ!」


 使用人の一人が駆け足で出て行く。


「彼……ずいぶんと妙な顔をしていたね」

 ルンベックが問うと、護衛のひとりが「前触れもなく庭に現れるからです」と言った。


 ボスワンの町は山の中腹にあり、町にいたる道は南と北に一本ずつしかない。

 だれがいつやってきたか、監視するのは容易である。


 また、貴族街にいたる場所には門が設置されている。

 屋敷の前には門衛もいる。


 それらをかいくぐり、何の連絡もなく突然現れたのだから、使用人たちの頭に「?」が浮かんでいるのだろうと。


 ちなみに、当主の移動を秘匿させようとしたら、それに使われる労力は並大抵のものではない。


「さて、城に使いを出したし、今日はもうやることはないかな。タダシくんはいつも通り、ゆっくりしてて構わないよ」


「分かりました。すぐに城に向かうのではないですか?」

 急いだからこうやって何もかも無視してやってきたのではなかったのか。


「使者がミルドラルから重要な知らせを持ってきたので、国主と秘密裏に面会したいと書いただけだからね」


「ルンベックさんの名前を出していないのですか?」

「手紙は誰に読まれるか分からないからね。それだけ重要な案件だと私は思っている。タダシくんだって、そう思うだろう?」


「まあ……そうですね」

 正司は苦笑いする。


 トエルザード公が使用する正式な印章を用いたとはいえ、重要度が低いと判断されれば、二、三日待たされる可能性もある。

 それを見越してタダシにヒマを出したのだ。


「分かりました。この町に知り合いもいますし、明日、顔を出してこようと思います」

「それがいいだろう。……そうだ、少しだけ王国の話をしておこう」


「王国の話……ですか?」

 いきなりのことで、正司は面食らった。


「妻から王国の歴史や風土、経済や政治のことは聞いていると思う。私が話したいのは、生きた王国……そうだね、今現在、王国が何を考えて、どう行動したがっているのかを話しておこうと思うのさ」


 話を聞いて「なるほど」と正司は思った。

 ミュゼの講義は、学校の授業のような感じだ。


 内容は正しく、公正であることを第一としている。

 個人の感情を排除して、一般的にこう見えている、こう考えられているといったことを理路整然と話してくれている。


 一方、ルンベックがこれから話す内容は、おそらく新聞や雑誌、テレビなどで流れる「生」の情報。

 講義とはまた違った情報が得られると正司は判断した。


「ありがとうございます。そういうことでしたら、聞かせてください」


「多少生臭い話になるけどいいかな」

「はい、大丈夫です」


「そうかい。じゃ、王国商人の頭の中を見てみよう。彼らはね、『信用』で商売をしているんだ……したがっていると言ってもいい」


「普通、そうなのではないですか?」

 信用がなければ、商売は成り立たない。


「あくどい商人でなくとも、儲けを第一とする商人も多いよ。多少のごまかしは想定内だ。だけど、王国に居を構える大きな商会は信用を大事にする。なぜならば、財産をすべて失っても、『信用』さえ残っていたら、再出発は可能だからね」


 ――財産をすべて失っても、『信用』があれば再出発は可能


 正司はゆっくりと頷いた。


「理解したようだね。実は二十年ほど前、王都で大火が発生した。七日七晩、町を焼き続けたらしい」


 住宅街から発生した火は、乾燥した風に吹き上げられ、瞬く間に商業地域にまで押し寄せていったという。

 水魔法使いがどんなに水を生み出しても火は衰えず、多くの家々が全焼した。


「そのとき、資産のすべてを失った商会は多い。借金だけ残して資産はゼロだ。だけど、五年もしないうち、信用ある商会だけは立ち直った。なぜだか分かるかい?」


「信用があるから、みなが援助したのですか?」


「そうなんだ。難を逃れた商会から『引き続き取引したい』『金を貸したい』という声が多くあがったんだね。これは二十年経った今でも語り継がれている話さ。信用があって持ち直した商会に大小はない。商会長や商会員の信用が、商売を建て直したと言っても過言ではないのさ」


 反対に信用のない取引を続けていた商会は、そのまま名前が消えていったという。

「そうだったんですか。同じ財産を失った身でも、明暗が分かれた感じですね」


「大きく分かれたね。だから王国商人たちは、『信用』を使って他国でも大きく商売をしている。信用を担保に店を開いているのさ。私はね、そういう商人はとても好感が持てると考えている。自国の商人は、そりゃ保護しなければならない。だけどそれと同じように信用を守る商人たちも保護したいと考えている」


「とてもいいことだと思います」


「そして王国は商人の国だ。儲けられればいいと考える商会もあれば、いま話したように信用を第一とする商会もある。つまりね、王国は国として商人の信用を落とすようなことはできなくなっているんだ」


 そんなことをすれば、何十年も信用を守ってきた商会が反発する。

 声をあげて異を唱える。


 王国は商人の国ゆえに耳を傾けなければならない。

 ゆえに「信用を無くす行為を大っぴらにできない」という枷がはめられている。


「でもリーザさんが襲われましたね」


「そうだね。彼らは証拠が残らない形で動くしかないんだ。私たちは証拠を見つければ勝ち。王国はその時点で手を引かねばならない。つまり、ミルドラルとラマ国は、王国と水面下で争っているのが現状といえるね」


 決して水の上には出てこない。

 まさに水面下の戦いだろう。


 表だって信用を落とせない王国が次に動くとすれば、ラマ国ではなくミルドラル。

 それは必然だろう。ゆえにルンベックはラマ国へ来たのだと言う。


「どうして王国は、帝国と商売したいのですか? そこまでする価値があるんですか?」


「もう、新しい販路は開拓できないからね。商人は増えて、人も増えている。だけど、購買力は横ばいか、下降傾向にある。このままいくと、ほとんどすべての商人たちが、薄い利益を多くの商人で奪い合う形になってしまう」


「えっと人口の増加によって土地が足らないからですよね」


「そうだね。みなが等しく貧乏になれば、余力がある人が相対的に減るからね。贅沢品から売れなくなっていく。文化発祥の地を自認する王国としては、厳しい時代になったね。だから、物が不足している帝国との交易を行いたいんだ」


 ラマ国と絶断山脈の間にある亀裂を越えれば、交易は可能となる。

 だがこの道は、これまで軍用路として活用されてきた過去もある。


「あそこから帝国が攻めてくる可能性があると習いましたけど」

 陸路を開放すると、遠からずそうなるとミュゼは解説した。


「そうなるだろうね。帝国は物資を王国から手に入れる。反乱勢力はそのままだ。潤沢な物資を持つ帝国と、これまで以上に物が手に入らない反乱勢力。勝つのはどっちだろう」


「もとから帝国の方が数が多いですし、順当にいけば帝国が勝ちますよね」

「そうだね。私の試算では、五年以内に趨勢すうせいが決するとみている」


 帝国が求めるだけ物資を供給したら、そのくらいの期間で、反乱勢力は縮小され、壊滅へ向かっていく。


「五年は早いんですか、それとも遅いんですか?」

「帝国中で行われている反乱勢力が勢いをなくすのだから、早い展開だろうね。そして問題は、余った兵がどうなるかだ」


 帝国が動員できる兵は、ミルドラル、ラマ国、エルヴァル王国の兵の三倍から五倍はいる。

 帝国はそれだけ大きな土地を有しているのである。


 反乱勢力がいなくなれば、その兵たちがみな「遊んで」しまう。

 予備役に入れるにしても限度がある。


 ではどうすればいい?

 新たな場所へ攻め込むしかない。


「帝国に厭戦気分が蔓延して、もうこれ以上戦争は嫌だという空気が流れたとしよう。それでも兵役を解かれた武装集団が、なんの職もなく町に放たれたらどうなるか。彼らに職を与えるのは不可能だとして、兵の給金を払い続けるわけにもいかない。一番いいのは、戦争を継続させることだと、誰でも気付く」


 その場合、戦う相手は帝国の外に求めるしかない。

「……もしかして、王国はそのことを理解していないのですか?」


 自分たちで物資を運び入れ、帝国を強くし、反乱勢力との戦いに勝利させる。

 それが自分たちへ跳ね返ってくるのだ。


「知っていると思うよ。だからこそ、早期に陸路を確保したいのだろうね」

「?」


「経済をもって帝国を支配したいのさ。王国と戦争になれば、物資の流入は滞る。そうなれば、帝国はうかつに攻撃もできない。つまり、王国の物資に依存させる方向で帝国を支配できると、王国の上層部は考えていることになる」


「そんなことできるのですか?」


「さて、できるかもしれないし、できないかもしれない。難しいけど、やりがいのある仕事と思っているのかもしれないね」


 だから王国は、前へ、前へと突き進む。

 それが破滅への道なのか、繁栄の道なのか。


「未来は自分で掴み取るものと思っているのでしょうか」

「未来は自分で……か、いい言葉だね。そこに破滅が待っていようとも、なんとかなると信じているのだろう」


「なんか王国って、やっかいな国ですね」

 すべての話を聞いた正司は、ため息とともにそう吐き出した。




 ラマ国の首都ボスワン。


「このあと、トエルザードの使者と会う約束があったな」

「はい。手紙には極秘とありましたので、奥の部屋へ通してあります」


「ふむ……極秘とな。まあ、行けば分かるか」

「はい」


 国主のレジルオールは、側近の二人を連れて貴賓室へ向かった。


「いまミルドラルは三公会議の真っ最中でしょう。それに関して何かあるのかもしれませんね」

 側近のひとり、女性官僚のグーニーが、裾の長いローブを引きずりながら先導する。


「わが国との交渉は、これまでバイダルが行ってきた歴史があるが……」

 レジルオールは国主として、長年バイダルと様々な交渉をしてきた。


 その流れで考えると、バイダルの使者がやってくるのが自然である。


「トエルザードと交渉がないわけではありませんし、老公の気まぐれかもしれませんね」

 グーニーがそう言うと、同じく側近のレムロスが、ふと思いついた表情をする。


「今回は三公会議とは関係ない案件かもしれませんよ。先だって、トエルザード家の公女様が極秘裏にきていましたし」


 レムロスの言葉に、グーニーは「そういえばそうですね」と同意を示す。


「結局、会ってみないことには使者の用向きは分からんな。……それで使者殿は本物なのであろう?」

 レジルオールがレムロスに聞いた。


 この中で唯一、レムロスは帯剣している。

 これはレジルオールの護衛も兼任しているからである。


「はい。間違いなくトエルザード家当主からの手紙でした。本物であると確認がとれております」

「ならばよい。使者殿は、三公会議が行われているスミスロンの町から来たようだな。時期的に妙ではあるが、あまり気にせんほうがよいな」


 手紙は先日ルンベックが送ったものである。


 城からすぐに返事が来たため、ルンベックが使者に扮して向かったのだが、レジルオールたちはいまだ気付いていない。

 使者は、当主の意を受けたトエルザード家の家臣と考えている。


 そのため、手紙に注文をつけた文面があったことに眉をひそめたものの、よほどのことがあるのだろうと、すぐに会うことになったのだ。


「はじめましてレジルオール殿。非常に心苦しいのですが、わけあって使者としてここまで来てしまいました。トエルザード家当主ルンベックです」


 両手をひらき、歓迎の意を表すように笑みを浮かべたルンベックに、レジルオールの頬は引きつった。


 それもそのはず。

 城に置かれているルンベックの絵姿にそっくりだったのだ。


「「…………」」

 グーニーとレムロスは固まっている。


「し、失礼ながら……本人ですかな?」


「いかにも。大変重要かつ、内密な案件でしたので、こうして私がまかり越しました。どこに目と耳があるか分かりませんので、驚かせたこと、謝罪いたします」


「い、いや……このご時世……そうせねばならぬ理由はありましょう。本気で諜報の目を欺くには、それくらいしないと……しかし今は三公会議の真っ最中だったのでは?」


「つい先日終わりました」

「なんと!? まだその知らせは届いておりませんが」


 レジルオールは訝しんだ。

 三公会議に合わせて、十人を超える者たちを派遣してあった。


 それらの者から逐一、連絡は入ってきていた。

 緊急時には鳥を飛ばすことも伝えてある。


 そして彼らから、三公会議が終了したという知らせは来ていない。

「三公会議が終わったのは本当です。知らせも一両日中に届くことでしょう。たとえば、ルソーリン殿が引退した話などとか」


「!?」

 レジルオールは喉元まで出かかった声をかろうじて飲み込んだ。


 さらっととんでもないことを言われた。

 ミルドラルの当主引退など、重大ニュースである。鳥を飛ばしてもおかしくない。


「よ、よろしいのですか……そんなことを話して」

 グーニーが恐る恐るといった風で尋ねた。


「三公会議の終了宣言と同日に発表しましたから、まったく問題ありません」

「そ、そうでしたか……」


 これほどの重大事を軽く言ってのけるルンベックの態度にグーニーは感心するものの、当主が「使者」と偽ってやってきた理由は、これより重大事なのかと、空恐ろしいものを感じた。


 ルンベックは、当主交代など些細なことと思わせるほど秘密にしたい「何か」を持ってきたことになる。


 レジルオールは周囲に目を走らせた。

「まずは……これを先に言わねばなりますまい」


 ルンベックもつられて周囲に目を走らせる。

「使者殿のご希望通り、人払いは済ませてあります。この部屋での会話が外へ漏れる心配は無用です。では席へどうぞ。人払いをしてありますので、すべて自分でやってもらうことになりますが」


「ありがとうございます。それこそが私の望みです」

 こうして豪奢なテーブルについた四人は、互いに自己紹介をし、本題に入ることとなった。


「どこから話したら良いのか迷います。言い方ひとつで物事が複雑になる可能性もありますので」


「それほど重要なことなのでしょうか」

「そうですと、言わせてもらいます」


「「「…………」」」

 三人はルンベックの瞳の奥に、得体の知れなさを感じ取った。


 やや引き気味のレジルオールたちに気付いているのかどうなのか。

 ルンベックは笑みを絶やさずに、最近の出来事を語った。


 主に三公会議での出来事である。当たり障りのない話からはじめるようだ。

 会議で交わされた合意などを、すこし端折り気味に語った。


 レジルオールは、話しても問題なさそうな話題を選んでいるなとすぐに感じた。

 ルンベックの話は続く。


 グーニーが相づちをうち、レムロスが質問をする。

 ルンベックはそれに、丁寧に答えた。


 少しすると、レジルオールも落ち着きを取り戻した。

 互いに打ち解けてきたとき、それはやってきた。


「そういうわけで、三公会議が終わりましたので、つい先日、〈瞬間移動〉で屋敷に跳んだわけです」


 ――それを言うのか!


 レジルオールは叫んだ。もちろん心の中で。

 今のは表情に出ただろう。隠しおおせられたとは思っていない。


 三公会議の話を聞いているうちに、レジルオールは薄々と理解していた。

 どう考えても、ルンベックがここにいるのはおかしい。


 スミスロンから届く知らせと照らし合わせても、ルンベックが話している内容と日数が合わないのだ。

 どう考えても、諜報員の知らせの方が遅れている。


 そして最大の疑問。

 ルンベックを乗せた馬車が出入りしたのならば、何の報告もないのはおかしい。


 護衛をつけず、馬車も使わずにやってきた……と考えるほどレジルオールは呑気ではない。

 このご時世、人の目を盗んでやってくる者に対して、監視の目は厳しいのだ。


 そしてレジルオールは、ひとつの可能性に思い至っていた。


(ライエル将軍の話が本当ならば……)


 トエルザード家所有の魔道士は〈瞬間移動〉が使える。

 それもかなりのレベルで。


「隠すつもりはないのですね」

 ハハッと……レジルオールは愛想笑いが出た。


「そうですね、隠したところで無駄でしょうし」

 正司がライエルにコインを渡したことは、聞いて知っている。


 ならば堂々と話しても問題ないとルンベックは考えていた。

 この辺、ルンベックも正司と一緒にいることで、やや感覚がズレはじめている。


 ある意味「リーザ化」してきたとも言える。


 そしてあっさりと〈瞬間移動〉でこの町までやってきたことを暴露したルンベックに、レジルオールは、やはり恐ろしい者を見る目を向けるのであった。


 ちなみに為政者として、その感情は普通である。

 さまざまな力が自分とその周囲にどう影響を与えるか、常に考えているべきなのだ。


「それでですね、このような些細な話はここまでにしまして……」

 とまた、ルンベックはとんでもないことを言い出した。


「い、今までの話は取るに足らぬこと……なのですか?」

「? そうですね。それで三公会議で出た話題なのですが……」


「「「…………」」」

 三人は思った。先の話を聞いてよいのだろうか。


 もしかしてルンベックは、非常に大事な話をここで暴露することによって、ラマ国を進退窮まらせるつもりではなかろうか。

 そんな風に勘ぐってしまう。


「レジルオール殿に伺いたいのですが、いまのエルヴァル王国について、どのようにお考えでしょうか?」

 話が飛んだなと、レジルオールは思った。つまりここからが本題なのだ。


 しかも王国について聞いてきた。

 この場には、ラマ国とミルドラルのトップしかいない。


 どう答えてもかどが立つ。

 そう思ったが、レジルオールはその先の重要な話に興味があった。


「向こうには、不戦条約に不満を持っている者がいるようですな」


 戦争のきっかけを探っているとは言わない。

 それでも意図は伝わったとレジルオールは考えている。


「私も同意見です。しいて言うならば、戦争をしたがっている……ですね」

「そうとも言えます」


 ラマ国から譲歩を引き出すには、交渉だけでは絶対に無理。

 それが分かっているからこそ、王国は急進的な手段を取りたがっている。


 ただ、両国が結んだ不戦条約が足かせとなっている。


「ラマ国としてはいかがでしょう? 戦争をしたいですか?」


「「「まさか!」」」

 レジルオールとグーニーとレムロスの言葉が重なった。


 三人とも同意見らしい。

「……なるほど、よく分かりました。ですが、このままでは王国は諦めませんね」


 当たり前の話である。

 王国は……いや、現政権はもう後がない。


 どこかで大きな富を約束し、それを実現させる手段を提示しなければ、遠からず失脚してしまう。


「わが国は、『不戦条約』によって守られているとも言えます。幸い……将軍も健在ですので」


「期限はまだ数年残っていますし、宣戦布告してくる可能性は低いでしょう。ですが……」


 国と国の問題は、そう簡単にはいかない。単純な話ではないのだ。

 不可抗力で、両国の間に戦端が開かれることだってある。


「もちろん対策は常に採っております。それを聞きたいのですかな?」

 ラマ国が簡単に落ちるようではミルドラルも安心できない。


 だからこうしてやってきたのかと、言外に匂わせた。


「いえ、今日は提案をしにきました」

「……提案ですか?」


「はい。ちなみにこれは、三公会議によって合意されていることを先に述べておきましょう」


「その提案というのが、気になりますね。どのようなものですか?」


 いつラマ国と王国の間に戦端が開かれるか分からない。

 そんな状態で、どのような提案があるというのか。


「抜本的な解決策と申せばよいでしょうか……」

 相手の反応を十分理解した上で、ルンベックは一旦口を閉じた。



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