006 水不足の集落
正司が集落を出発したのは、ちょうど昼を回った頃だった。
「えーっと、目的の集落は日が昇る方角でしたよね」
朝日を目指して、正司は疾走する。
すでにもといた集落は、見えなくなっていた。
正司がカダルたちと砂漠を歩いたとき、マップから日中に歩いた長さを計算しておいた。
そのとき算出した距離は、およそ15キロメートル。
思ったより進めていないのは、砂漠の砂が異様に柔らかく、歩くたびに足首くらいまで埋まってしまうからである。
カダルは首長のいる集落まで二日かかると言っていた。
これを距離に直すと、およそ30キロメートル。
「なるべく急ぎますか」
正司が本気で走れば、砂漠でも時速100キロメートルは出せる。
もちろんそれなりに体力は使うし、身体強化を維持したままでは魔力の消費も激しい。
最高でどのくらいまで魔力が持つか未検証ではあるが、首長の集落くらいまでならば、十分可能と考えていた。
「そろそろ出発して15分くらいですか。まだ集落は見えないですね」
マップは全面灰色であるためアテにならないが、これだけ開けた砂漠ならば、集落を見逃すとは考えにくい。
身体強化を解き、正司は小休止することにした。
魔法で水を出して喉を潤す。
「魔法で出した水と、普通の水。違いはあるんでしょうか」
ふとそんな疑問が頭を掠める。
顕微鏡がないため検証できないが、魔法で出した水は不純物が少ない気がしている。
不純物がほとんど含まれていない場合、それは純水となる。
「純水はほとんど電気を通さないはず。それとあまり飲用にも適さないと聞いたこともあるけど、大丈夫ですかね」
正司は大学時代の記憶を思い起こしてみた。
たしか、実験で使用した純水は、飲用不可と書いてあった気がする。
「ああ、でも置き水をすれば平気だった気がします。大気中の二酸化炭素だって、そこらへんを漂っているイオンだってみんな溶け込むでしょうし、今度から魔法で出した水を飲むときは、一度容器を振ってからにしましょう」
妙なところで拘る正司であった。
「そろそろ出発……の前に空から見てみましょう」
身体強化をかけ、思いっきり飛び上がった。
体感距離で10メートル以上飛び上がった正司は、集落を無事発見した。
「あそこですか。思ったより近かったですね」
結局正司は、カダルと分かれてから30分ほどで、次の集落に到着したのであった。
「ようこそいらっしゃった」
水盤に導かれた者ですと自己紹介したら、すぐに首長のところまで連れて行かれた。
来訪者が珍しいのか、途中集まってくる人たちから大歓迎を受けた。
「えっと、タダシと言います。凶獣の森でカダルさんの娘のアライダさんと出会ったので、私が水盤のお導きの人物ではないかと言われて、こうしてやってきました」
「ほう、そうですか。よういらしてくださいました。わたしが首長のタンドレスですじゃ。タダシ殿のその姿、とても似合っておりますぞ」
「ありがとうございます。この外套はとても気に入っています」
シュテール族の一員の証である外套を着て現れたタダシ。
これがあって、首長だけでなく、集落の者みんながタダシに好意的視線を向けていた。
「さて早速でありますが、水不足の件についてどこまで知っておるじゃろうか」
「カダルさんから一通りの説明は受けました」
「では、タダシ殿は水不足を解消してくださるお人でありましょうか」
「そうですね。私はこれでも魔道使いですので、お役に立てるかと」
「おお、そうですか。なるほど、なるほど」
正司は自分を魔道使いと呼んだ。
カダルが言うには、魔道士は大変希少で、その情報は国家間でやりとりされる程であるらしい。
ゆえに、正司は今後も人前では魔道士を名乗らず、魔道使いと名乗るつもりでいた。
ちなみにこの砂漠。
どこの国の所領でもないらしい。
デルギスタン砂漠という名前がついているが、デルギスタンという国があるわけでもなく、同名の種族がいるわけでもない。
砂漠の民はどこの国にも属さず、その中でルールがあり、みなが守って暮らしているのだという。
「ではタダシ殿、こちらに来てくだされ。井戸に案内致します」
首長に連れられて、あれよあれよと村の中央に導かれた。
水不足が相当深刻らしく、正司を見る人々の顔は真剣だった。
まるで最後の希望であるかのような目を正司に向けるである。
「……ここですじゃ。この井戸が涸れてきておりまして、すでに集落すべての人をまかなう量は残っていないのです」
詳しく話を聞くと、この井戸ひとつで、およそ半日かけて桶三杯分の水が溜まるらしい。
その量だと全員が飲み水にしてギリギリ。他には一切使えないのだという。
「集落の人数を減らすわけにも行きませんしね」
砂漠で井戸水の枯渇は切実だろう。
正司は土魔法で砂の状態を確認するつもりでいたが、ここでひとつおかしなことに気づく。
(あれ? これクエストが発生しないんですけど)
てっきり水不足解消クエストが始まるものだと思っていたが、その気配がない。
首長もその周辺に集まっている人たちにも、クエストマークがついていないのである。
(うーん、この水不足で困っている事自体フェイクとかでしょうか? そんなはずないですよね。ということは、これは世界を良くする活動には入らないということになるのでしょうか)
どうにも不思議な感じだが、ここまできて「やはり止めます」というわけにもいかない。
水盤の密儀魔法で占った結果が正司を指しているならば、クエストマークが出ていようがいまいが、やるべきであろう。
ここは土魔法で探るべきだろうと、正司は目を閉じて念じる。
(砂の下の状態はどうなっているんでしょう)
魔力が抜け出し、正司の頭の中に足下の状態が浮かんできた。
「砂は七、八メートルくらい堆積している感じですね。その下に岩盤があります。水はその岩盤の上で留まっているようです。砂漠に染みこんだ水が他から流れ込んでいるのかな……どこから水が来ているのか、ちょっと遠くて分かりませんね」
「そうですか。何とかなりますか?」
「水の道が細いですし、ここはもともと水の気がないようです。これだと、どうがんばっても結果は変わらないかもしれません」
岩盤の上に溜まっている水の量が明らかに少ない。
「そ、そうですか」
頽れる首長。
その様子を見て、正司はもう少し頑張ってみようという気になる。
(もっと広く探ってみましょう)
魔力を多く使うが、探索範囲を10、20メートル広げるくらい誤差である。
正司は岩盤の上をもっと広範囲に見てみることにした。
(どこにも水の流れはないですね……この辺が唯一岩盤が低くえぐれているために水が溜まったみたいですね。いっそ岩盤を削ってみた方がいいでしょうかね)
岩盤の厚さがどのくらいあるか分からないが、池のようにすれば少しはマシになるのではないかと考えた。
(いや、最初に溜まった分を使いきれば結局同じだ。それでは根本的な解決にならない)
正司は悩みつつ、もう少し探索範囲を広げた。
すると、一カ所おかしなところを見つけた。
(水の道が途絶えていますね。どうしてでしょう……あっ、そうか。割れ目か)
岩盤に微少な裂け目があり、そこから水が岩盤の下に漏れ出ているようである。
ならばと正司は岩盤の下を探ることにした。
(岩盤の厚さは……結構ありますね。3メートルくらいでしょうか。その下は粘土層……いや、これは!?)
土の気配がない。しかもかなりの範囲に渡ってである。
正司は水魔法で、水の流れを追ってみて理解した。
岩盤の下には、地下水が溜まっている大きな隙間があった。
川のように緩やかに流れも感じられる。
「タンドレスさん、大丈夫です。何とかなりますよ」
「おお、タダシ殿。それは本当ですか?」
「水不足の原因は、砂の下にある岩盤だったんです。これが僅かながらヒビが入っている場所があって、そこの上を通った水がみんな岩盤の下に染み出していたんです」
「では水はその岩盤の下にあるのですか?」
「そうです。しかも巨大な地下の川が見つかりました。そこへ井戸を通せば万事解決です」
「おおっ……それは素晴らしい」
そこで首長はふと思った。
岩盤の下へ井戸を通す?
岩盤は固くて掘れたものではない。
岩の塊であるのだ。削ることすら難しいだろう。
「何本も掘るのは面倒なので、この井戸を広く拡張してもいいですか?」
「できるのですか?」
「大丈夫です」
「お、お願いします。お願いします」
「分かりました。やってみます」
本来、砂地に穴を掘るのは大変難しい。
余分な土砂が出るし、掘ったそばから崩れるからだ。
だが正司は、砂を固めながら広げていくことで、無駄な砂を出さないようにし、井戸も崩れないように固定したのである。
集落で使われている井戸は、大人が一人で掘り進めたものであって、とても狭い。
直径1メートルほどであろうか。
正司はどうせなら複数人で使えるようにと、四角い井戸を作った。
一辺の長さは3メートル。井戸とは思えないほど大きなものだった。
「出来ました。岩盤を打ち抜いたのでちょっと手間取りましたけど、これで大丈夫です」
「なんと!?」
首長だけでなく、固唾をのんで見守っていた人々が井戸にすがりつく。
耳をそばだてると、下方からゴーと水の流れる音が聞こえる。
「す、すばらしい。なんてすばらしいのだ」
「水面まで10メートルと少し深いですが、水深はかなりあります。飲料用ですから、これに屋根をつけて余分な埃が入らないようにした方がいいですね」
「はい。それはわたしどもで行います。まさかこれほど早く、しかも的確に水不足を解消していただけるとは」
首長の言葉に、拝んでいる人もいる。
この世界でも人に対して拝むことがあるんだと考えていたら、密儀魔法はそうやって行うのかもしれないと思い直した。
「結構魔力を使ったので、どこか休めるところはありますか?」
自分ではそれほど魔力を使った感じがしないが、どうにも身体が重い。
正司はふらふらと井戸から離れた。
「そ、それは気づきませんで、申し訳ありません。すぐに用意致します」
人々に担がれるようにして、正司は運ばれていくのであった。
そのとき、井戸の方をチラッとみたら、すでにあり合わせの紐を結んで長さを足した桶を井戸に放り込んでいる姿が見えた。
「……すごく身体がダルいです」
一人にさせてほしいと伝えたところ、その願いはすぐに叶えられた。
どうも、集落の全員が井戸に向かったらしい。
ずっと節水していたため、よほど嬉しかったのだろう。
マップで確認すると、正司の周囲にはだれもいなかった。
「マップを広域にすれば……井戸に人が集まっているのがよく分かりますね」
いま正司は、枕が上がらない状況である。
この体調のダルさは魔力を使い過ぎたからではなく、『内臓疾患(重度)』の影響ではないかと考えなおした。
「クエストマークを三つ見つけました」
自分が歩いた所ならば、そこにいる人や動物、魔物までマップに表示される。
井戸の周囲で動く三つのクエストマークを確認して、正司はそっと目を閉じた。
「……ダルいです」
一晩明けて、第一声がそれである。
窓から差し込む朝日が眩しい。
昨晩、十分な睡眠を取った。
だが、朝になっても正司のダルさは一向に収まる気配がなかった。
「これは血圧が関係しているのでしょうか」
高血圧症を発症したのかもしれない。
医療技術が未発達なこの世界では、正司の病状を正確に知る術はない。
日本で医者にかからなかったので、病名も不明である。
体調について、不安ばかりが増大している。
「早くクエストをこなしなさいと身体から言われている気分ですね」
正司は、枕にひっつく自分の頭を無理矢理離して、部屋から出て行くのであった。
「おお、タダシ殿。昨晩はよくお休みになったようで」
「タンドレスさん、おはようございます。一晩泊めていただき、ありがとうございます」
「なんの。タダシ殿ほどの魔道士様でしたら、いくらでもいてくださって構わないのですよ」
魔道使いと名乗ったのに、魔道士にされてしまった。
それだけ首長は集落のことを真剣に考えていたのだろうと、正司はあえて訂正しないことにした。
「ちょっと集落の中を歩きたいのですけど、よろしいでしょうか」
「お食事を用意致しますので、その後ではどうでしょう」
「いえ、ちょっと食欲がなくて。それに井戸の様子も気になりますので……では行ってまいります」
引き留められる前に正司は首長の家を出た。
井戸までの道は、マップが出来ているのですぐに分かる。
正司は周囲を確認しながら、ゆっくりと歩いた。
治癒魔法を3段階にあげるのに貢献値が2必要だった。
そして井戸に集まった人たちの中に三つのクエストマークがあった。
早ければ今日にでも段階が上げられると正司は考えた。
内臓疾患(重度)が次の段階で消えるのか心配であるが、偏頭痛や腰痛が消えたのだから、いつかは治療できると正司は信じている。
ゆっくりとした動作で、井戸の近くまでたどり着く。
「あんたかい。優秀な魔道士さまはっ!」
だれかが正司に気づくや、笑顔の人々に囲まれた。
「まさかこんなすぐに水不足が解消されるなんて思わなかったよ」
「水盤のおかげ……いや、魔道士さまのおかげだね」
「いや、あのっ……」
「洗濯物をいくらやってもいいって言われて、家ん中にあったものすべて持ってきちまったよ」
「久しぶりに甕を満タンにできたのさ。もう嬉しくって」
「ちょっ……私には、用事が……」
これは駄目かも知れないと、正司は井戸から離れた。
人から感謝されるのは嫌なことではないが、いま目的は他にある。
正司はマップで灰色に示された別の場所に向かった。
(……井戸の周囲は危険です。クエストマークが表示された人以外、話しかけないようにしましょう)
三つのクエストマークが確認できたのだから、この集落の中を歩けばきっと見つかる。
そんな思いを胸に彷徨っていると……。
「――いたっ!」
マップの端に見慣れた黄色い三角が見えた。
急いで向かう……が、足がもつれた。
(このダルさは本物。私の身体はいま、危険を訴え続けているのでしょう)
クエストをあと二つこなして、治癒魔法の段階をひとつあげる。
それだけを考えて、正司はクエストマークが示す場所に向かった。
「あの~、すみません。少しよろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう。あれま、魔道士さまですか」
「井戸を掘った人のことを言っているのでしたら私です」
「やはりそうですか。ありがとうございます。これで集落のみんなが生き延びることができました」
正司が声をかけたのは、背の小さな老婆であった。
正司を見て拝んでいるのは、他の人と変わらないので、スルーした。
「少々唐突なお話かと思いますが、何か困っていることはないでしょうか」
駆け引きや会話術など不要。
切羽詰まった正司は、直球にそう切り出した。
「魔道士さまが深い井戸を掘ってくださったので、満足でございます。困っていることなど、ございません」
「いえ、井戸のことではありません。私はタダシと申します。よろしかったらお名前を教えていただけないでしょうか」
「魔道士のタダシさまですね。わたくしはベクトーナと申します」
「それではベクトーナさん。ほんの些細なことでもいいのです。何か困っていること……もしくは、何とかしたいなと思っていることはないでしょうか」
ここでタダシは、クエストを信奉しており、その導きのために旅をしていると語った。
「そういうことでしたか。本当にわたくしには困っていることはないのですが、ひとつだけ、やり残したことがあるのです」
「それは何でしょう。よろしかったら、お聞かせ願えませんが?」
「以前、集落を出て行った息子から手紙が届きまして」
「ご子息からですか」
「ご子息なんてそんな大層なものではないんですよ。……砂漠を出た先にある集落で、息子は木を伐って鍛冶師に売るという仕事をしておったんですわ」
水不足に陥る前から、自由を求めて砂漠を出ていく若者が一定数いるのだという。
そんな者たちも、だいたいが砂漠を出たとしても、その近くで暮らしている場合が多いという。
「そのご子息のことで困っているわけですね」
「困っているというか、最後に来た手紙には、働き口を見付けたからラマ国へ行くと書いてあったんですわ。だけど、ラマ国は遠いですわ。手紙はよう出せんだろうし、わたくしも息子の居場所は知らんので、返事も出せずじまいでの。ずっと気にはなっておったのですわ」
この集落に限っては、行商人がやってくるらしい。
2ヶ月に一度だが、周囲の集落からもその日を目指してやってくるという。
その行商人に頼んだことがあるが、ラマ国といってもどこにいるか分からないなら手紙は渡せないと断られたらしい。
(私の場合、マップがあるから大丈夫ですけどね)
「分かりました。でしたら私が届けましょう。人の多い場所へ向かう予定でしたので、次の移動先はラマ国にします」
「でも、居場所が分からないんじゃ、渡しようがないでしょう」
「安心ください。そこは信じてもらうしかないですが、特定の人を探す魔法が存在するのです。その人が生きている限り、届けることが可能です」
これは口から出任せだが、ベクトーナはあんなに簡単に井戸が掘れる魔道士ならば、人を探す魔法くらい持っているだろうと、あっさりと信じた。
よく考えてみれば、密儀魔法の水盤も似たようなものである。
ベクトーナが信じる下地はあったものと言える。
「手紙は家にありますですわ」
ベクトーナと一緒に家に向かい、手紙を受け取ろうとする。
クエストを受諾しますか? 受諾/拒否
(やったクエスト画面が出ました)
正司は受諾を選択し、ベクトーナからも手紙を受け取った。
マップに白い点線が描かれたのを確認すると、ベクトーナに微笑んだ。
「少し時間がかかりますが、これは無事届けます」
「ありがとうございます、魔道士さま」
やはり正司は拝まれるのであった。
(しかし困りましたね。クエストを受けたがいいが、これはすぐに完遂することができません)
ここからラマ国までどのくらい距離があるか分からないが、貢献値獲得はずっとあとになってしまう。
(いや、これを届ければクエストクリアという簡単なものです。受けておいて損はないでしょう。得られる貢献値が少ないわけですし、これからもクエストマークを見付けたら、全部受けておいた方がいいでしょう)
ひとつのスキルを5段階まであげるのに、貢献値が16必要である。
最初は「結構楽かな」と思っていた正司だが、貢献値の上げづらさを見て、考えを改めた。
コツコツには自信がある。地道にやっていこう。
そう考える正司であった。
ベクトーナと分かれて、マップを埋めつつ歩くこと三十分。
「……もうだめだ。休憩しよう」
この身体のダルさ。
栄養や水分補給では癒やせないことは分かっている。明らかに、病気の症状だ。
「おじさん、どこか痛いの?」
胸を押さえてうずくまっていると、声をかけられた。
やはり「おじさん」かと諦観の表情で見上げると、幼い少女が心配そうにこちらを見つめている。
「疲れたので、ここで休んでいるんです」
心配をかけないように微笑んだが、それが弱々しいものになったと正司は思った。
これは本格的に危ないかもしれないと、背筋が冷たくなる。
「おじさん、具合悪そうだよ。平気?」
そう言われて、こんな幼い少女にも心配されているのかと苦笑していると、マップにクエストマークが表示されていた。
(自分は矢印ですし、それに重なるように表示されているこのクエストマークは……まさかこの子?)
困った人がいるならば大人だろうと思っていた正司だが、最初の依頼人はアライダという14、5歳の少女だった。
この少女はアライダの半分以下の年齢っぽいが、だからといって困っているはずがないと考えるのは早計だ。
「おじさんの名前はタダシといいます。あなたのお名前を教えてくれますか?」
警戒させないよう、慎重に言葉を選ばねばと、正司は久しぶりに緊張した。
「わたしはポロニーだよ」
「そうですか。これで私とポロニーは友達ですね」
「そうだね、タダシおじさん」
30歳でおじさんと呼ばれるのは間違っていない。
先に心構えをしておいて良かったと思う正司であった。
「それでポロニーさんは、何か困っていることはないですか?」
胸を押さえて横になっている正司の方がよっぽど困っているように見えるが、そこはスルーである。
「困っていること?」
突然のことに、考えが思い浮かばないらしい。
「そうです。こうしたい、こうしてほしいって思うことはないかなという事です」
「えっと……」
ポロニーは思い浮かばないようだ。正司の質問で困惑している。
これでは本末転倒だと思い、攻め方を変えた。
「ポロニーのことじゃなくてもいいですよ。自分のまわりで、困っていることとかないですか?」
「うーんと……」
しばらく考えて、ポロニーは思い出したようだ。
「ミンミンが怪我をしちゃったの」
「……ミンミン?」
蝉か? と正司は首を傾げた。
ミンミンとは、リギスというポロニーが飼っている小動物のことだった。
砂漠に生息するリスに近い生き物で、しばらく姿が見えないと思ったら、怪我をして戻ってきたのだという。
飼っていると言っても、首輪をつけているわけではないらしい。
ミンミンという名前をつけているものの、呼べば来るものでもないらしい。
それは果たして飼っているといえるのかと正司は思ったが、家の軒下を寝床と定めているため、ポロニーは自分が飼っていると思っているらしい。
ちなみに餌は生きた砂漠の虫。
よって、ミンミンは自分で餌を取って食べるのだという。
やはり、飼っているのか微妙なところである。
「……こっち」
ポロニーに連れられてやってきたのは、家の軒下だった。
ミンミンはいた。
といっても、二本ある柱の隙間に身体を差し込んで、尻尾を外に出している姿なので、身体はほとんど見えない。
「この前ミンミンが怪我をして、ここから出てこないの。おじさん、治せる?」
仰向けになって頭を砂中に突っ込んでいるように見える。
ピクリとも動かないが、寝ているのか怪我が酷いのか分からない。
(戦ってできた傷なら顔か背中でしょうし、ここからじゃ見えないですね)
尻尾を引っ張って、反撃されたり逃げられたりしたら困るため、正司はそのままの状態で治療してみることにした。
「おじさんがやってみましょう」
そう伝えるとクエスト受諾画面がでたので、迷いなく受諾を押す。
(やはり声に出して意思確認が必要なんですね。そうすると、言語を習得していないと詰むわけですか)
あのとき残っていた4ポイントの貢献値が正司を救ったといえる。
正司は回復魔法で、リギスを癒やすよう念じた。
小さな光がリギスに降り注ぎ、すぐに動きだした。
「ミンミン!?」
リギスが器用に砂中で向きを変えて、軒下から顔を覗かせた。
「どうですか? 治ったと思うのですけど」
リギスがポロニーの腕によじ登る。
たしかに懐いているようである。
「おじさん、治っているよ! すごい。治ったんだ」
「そうか。それはよかった」
そのとき、クエスト成功とともに貢献値が1入ったとメッセージが表示された。
(あと1ポイントですね)
「じゃ、おじさんは行きますね」
「うん。タダシおじさん、ありがとう!」
「どういたしまして」
最後のクエストマークを探して、正司は灰色に染まったままのマップの中に歩いて行った。
井戸に集まった人数から、前の集落より人が多いことが分かる。
それでも集落の中をくまなく探して歩かないと、目的のクエストマークを見つけることができなかった。
「あれがそうですね」
井戸にあったクエストマークの三つ目、そこへ正司はダルい身体を引きずりながら向かうと……。
「金目のものじゃないんだから、返しなさいよ!」
「だから知らないって言ってるだろ、しつこいな!」
若い男女が、大揉めしている真っ最中だった。
「ちょっと、いい加減にしないと本気で怒るわよ!」
「もう本気で怒っているじゃねーか。知らないものは知らないっての!」
「今ならまだ間に合うわ。返しなさい!」
「何で同じことばかり繰り返すんだよ。おまえ、頭がおかしいんじゃないか?」
「なんですってーっ!?」
言い合いをしているのは同い歳くらいの男と女。
両方とも正司より若い。二十代前半といったところだろうか。
言い合いから掴み合いに発展したので、正司は慌てて仲裁に入った。
「ちょっと待ってください。大丈夫ですか、おふたりと」
取っ組みあいが始まる寸前であった。
「あなたこそ大丈夫ですか?」
「えっ!?」
「お、おい、そんな脂汗流して……あんたの方が具合悪そうじゃないか」
「そんなに酷いですか?」
頷く二人。
自覚はあったが、喧嘩しているふたりから真顔で心配されるとは思わなかった。
「ちょっと、日陰で横になりなさい。ほらアンタ、頭の方持って」
「お、おう」
正司はふたりに持ち上げられ、木の下に連れていかれた。
「私はタダシといいます。体調不良ですので、こんな状態で失礼します」
「おれはベントってんだ。こっちの女はミルラ」
「ベントさんとミルラさんですか。お二人はどうして諍いを? 集落では同世代などそれほど多くないでしょう。反目しても、いいことはないと思いますか」
「あんた、魔法で井戸を掘ってくれた魔道士さまだろ。余所から来ておれたちの問題をアッサリ片付けちまった。尊敬するよ」
「大したことではありません。ただ私にはその力があっただけです。できることは限られていますし、今回はたまたまでしょう」
「それにしてもだ。おれは……いや、おれたちは小さな問題すら解決できねえ」
「それは先ほどの諍いでしょうか。よろしかったら私に話してみてはいかがでしょう。こう見えても、今まで人が抱えてきた問題を解決してきたのです」
正司からすれば営業トークのひとつだったが、ベントとミルラは感銘を受けたようだった。
「魔道士さまは、強大な力を人のために使っているのですね」
「おれには真似できねえな」
やや誤解が含まれていると感じたが、クエストを受けるために正司は優しげな微笑みを浮かべながら頷いた。
「でしたら魔道士さま。ひとつ聞いてくださいませ。わたしには夫がいます……いえ、いました。近くの集落に荷物を届け、その帰りに病で命を落としました」
ミルラが語り出した。
夫の名前はバルトロといい、隣にいるベントを含めた三人が幼なじみとして一緒に育ったらしい。
一年前、ミルラとバルトロが結婚し、ベントはそれを祝福した。
三人の仲は、二人の結婚によっても変わらなかった。
いまより三ヶ月前のことである。
この近くにある集落のひとつには若い者が存在せず、砂漠を移動できる者がいない。
この集落から様子見がてら、交代で荷物を運ぶ者を出しているのだという。
「夫のバルトロは具合が悪かったんです。でも今回の当番は自分だからって、集落へ荷物を届ける役目を請け負ったんです」
集落に向かったのは、病を押して向かったバルトロの他にもう一名。
ここにいるベントであった。
「ここからはおれが話そう。おれとバルトロは無事荷物を届けて戻ろうとしたが、あいつは途中で具合を悪くした。休憩するにも周り一面砂だらけだ。あと少しで帰り着くってんで、そのまま強行したんだが、途中で倒れて……あっけなかったよ。みるみる呼吸が荒くなって……ちょうど今のあんたみたいに」
一瞬ぎょっとした正司である。
そしてひどい言われようだなと、少し落ち込んだ。
ただ、自分もこのままでは長くないのかもと思い始めていたので、忠告として受け取っておいた。無理をするのは止めようと。
「ベントが助けを呼びに来て、でも向かったときにはもう……いえ、それはいいんです。病だって本人も分かっていたようですし。ただ、問題は夫が手に入れたあるものがないんです」
「あるもの……ですか?」
「小箱です。半年前にも夫に当番が回ってきて、そのときも集落へ荷物を届けに行きました。そのとき小箱の制作を内緒でお願いしていたのです」
その集落周辺に生えている木質の柔らかい木を使って、見事な彫り物の小箱を作れる人がいるらしい。
半年前にバルトロはそれを依頼し、今回受け取ったのだという。
「その人はもう高齢で、最近はあまり造ったりしないみたいなんです。夫はなんとか頼み込んで、ひとつ造ってもらったそうなんです」
ミルラがそのことを知ったのはつい最近。
当番の者が荷物を届けたとき、「そういえばあの小箱は気に入ったのかね」と聞いたらしい。
もう造ることがないからなのか、小箱を作った者は、気になったらしい。
それを聞いた者が、こっちに戻ってきて同じ話をした。
だがミルラは小箱のことなど知らない。
夫の荷物の中にもなかった。
あらためて確認したところ、バルトロは半年前に注文して、あの亡くなる前の日に受け取ったのは間違いないという。
「あの日、一緒にいたのはベントしかいないんです。だから小箱を返してくれと言っているのです」
「おれは小箱なんか知らないんだ。注文したことも受け取った事も知らない。そう言っても、聞きやしないんだよ」
「なるほど。そういうことでしたか。でしたらこの問題、私に任せて戴けないでしょうか」
「魔道士さまにですか?」
「はい。如何でしょう」
「わたしは小箱が戻ってくるなら、問題ありません」
「おれだって疑いが晴れるんだったら、構わないぜ」
すると、「クエストを受諾しますか? 受諾/拒否」の画面がでた。
正司は、震える指で「受諾」を押す。
やった! と思ったものの、マップに白い点線が表示されない。
(あれ? ひとつ前に受けたクエストが完了していないからでしょうか)
メニューを開き、クエストの項目を見た。
一番上に「消えた小箱」とある。これはいま正司が受けたクエストだ。
その下に「息子への手紙」とあった。そしてその項目が光っていた。
(やはり、ゲームで一般的になっているクエスト画面と同じですね。アクティブにできるのはひとつだけですか)
正司は「消えた小箱」をタッチする。
すると、「息子への手紙」が光らなくなり、いま触った「消えた小箱」が光った。
(やはりクエストはひとつだけアクティブにできるようですね。そしてそれはメニュー画面から選べると)
メニューを閉じると、白線は相変わらずひとつだけ。
ただし今度は別の場所に向かって伸びていた。
(この線の先に小箱があるのでしょう)
正司がそれを伝えようとすると、急に視界が暗くなった。
「魔道士さま?」
「お、おい、あんた。大丈夫か?」
そんな声が聞こえてくる中、正司の意識はすぅーっと闇に吸い込まれていった。