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065 三公そろい踏み

 フィーネ公領にあるスミスロンの町。

 もうすぐここにミルドラルの三公が集まる。重大な会議が開かれるのだ。


「やあタダシくん。御苦労だったね」

 スミスロンの町にある屋敷に着いたあと、ルンベックは正司を労った。


「途中、何事もなくて良かったですね」

「何事も? そ、そう……だね」


 何事もなかっただって!? 一瞬そう言いかけたルンベックだったが、いつもの政治的な顔を覗かせ、すぐに笑顔を作った。


「それはそうでしょ。道中襲われることなんて、そうそうないわよ」

 ちなみにリーザは、「そうそうない」事態に出くわしたことがある。


 傭兵団の襲撃を受けるなど、そうそうあっては堪らない。


「そうですよね。魔物も現れる前に倒しましたし、平凡な旅でしたね」

「現れる前というのは……音だけ聞こえたアレだね?」


 道中、正司は魔法で周辺の索敵をしていた。

 魔物を見つけるや否や、〈火魔法〉で狙い撃ちしている。


〈火魔法〉とマップ連動させると、正司の魔法は馬車の中からでも100パーセントの命中率を誇るのである。


 馬車の中にいたルンベックたちは、発射音と着弾音だけしか聞こえない。

 一度正司に尋ねてみたところ、「護衛の仕事をしています」と要領を得ない。


 なんとなく事情を察したリーザが、あとでこっそりルンベックに伝えている。


「タダシくんのおかげで何事もなく到着してよかったよ。本当にありがとう」

 いつもの調子を取り戻し、ルンベックは正司に握手を求めた。


「いえ、僅かながらもお役に立ててよかったです」

「私は会議に集中するから、タダシくんは自由にするといい」


「ありがとうございます」

「それで、帰りもよろしく頼むよ」


「はい」

 正司がそう答えたとき、『クエストを完了しました 成功 取得貢献値2』という文面が目の前に表示された。


(やった! 貢献値が2もらえました)


 スミスロンに来るまでにいくつかクエストをこなしていた正司は、現在貢献値を9持っていた。

 連続クエストをクリアしたことで2増えたため、残り貢献値は11になった。


 そこでふと正司は気になった。

 これは連続クエストである。この続きはないのだろうか。


(連続クエストといっても、すぐに表示されない場合もあるのでしょうか。とりあえず、ここまでで一旦終了みたいですね)


 リーザと出会ってから一連のクエストは一旦おしまいのようである。




 屋敷内で旅装を解き、一息入れる。

 ここでも正司は、一室が与えられた。


 通常の護衛の場合、ひとつの部屋に四人とか六人が詰め込まれる。

 交代で警備をするための措置だが、正司にはそれがない。


「魔法使いをこき使う雇い主はいないわよ」

 実戦レベルで攻撃魔法を使えるような貴重な人材は、他と区別して扱うのが普通であるらしい。


 これまでもそういう扱いだったので、正司も「そういうものですか」と納得している。


「そういえばリーザさん。馬車の小窓から覗いただけですけど、この町って人がとても多いですね」


 これまで正司が見てきたフィーネ公領の町は、みな多くの人で賑わっていた。

 中でもここスミスロンの町は、祭りでもあるのではないかと思うほど、道に人が溢れていた。


「村で食い詰めた人たちがやってくるのよ」

 他の町にくらべて人が多い……つまり飽和状態になっているのだ。


「村から……あっ、三男とか四男ですか?」

 そう言った話は、どの国に行ったときも聞いてきた。


「そうよ。フィーネ公領はトエルザードに比べると平地が多いから、これでも分散して暮らしているはずよ」


 リーザの言葉通り、魔物が湧かない土地は多数あるようで、そこで多くの人が暮らしているとミュゼから習っている。


「そういう場所を村として組み込めないのですか?」

「兵が足らないでしょ。さすがに無理だと思うわよ」


 フィーネ公領はいま、慢性的な兵力不足だ。

 村だけでなく、街道を整備して守るとなると、既存の兵だけではまったく足りなくなるらしい。


「それよりタダシ。お父様はフィーネ公に会いに行ったし、私たちは観光するわよ」

「はい。どこへ行きます?」


「まずは会議が行われる会場を順に見て回りましょう」

「順にですか?」


「そう。三公会議の前に、プレ会議がもう何日も前から行われているのよ。会場は全部で八つ。今も会議の真っ最中だと思うわ。外から眺めるだけでもいいから、見てみたいわ」


 リーザは正司を連れて歩き出した。

 案の定、通りは人でごった返していた。




 フィーネ公の屋敷。

「これはこれはルンベック殿、お久しぶりでございます」

「ルソーリン殿もお変わりなく」


 いまルンベックが相対している人物こそ、フィーネ公領の当主ルソーリン・フィーネである。


「何を仰いますやら。夫に先立たれてからというもの、老ける一方ですのに」

 そう目を伏せるルソーリンは、たしかに38歳という年齢よりも老けて見えた。


 ミュゼの場合、34歳であるにもかかわらず、20代でも通用する若々しさを持っているのと対照的だ。


 三年前、ルソーリンは、魔物との戦いで夫のラグラットを亡くした。

 それ以降、当主として、このフィーネ公領の舵取りを行っている。


 といっても、家臣たちが切り盛りしているのが現状だ。

 ルソーリンが独自に決定できる裁量は、ルンベックやコルドラードよりも少ないと言われている。


 ルンベックは、ルソーリンに導かれるまま、テラスへ足を運んだ。

 三公会議には、それぞれ二名の書記官が付くことになっており、発言はすべて記録される。


 今回の訪問は、ルンベックの到着を知らせることとともに、内々の話をしようと考えたからである。


「そういえば、『根切ねきり甲虫こうちゅう』を駆除していただいたとか。穀倉地帯を守っていただけたこと、大変嬉しく思いますわ」


 お礼を申しあげますと、ルソーリンは優雅に礼をした。


「いえいえ、たまたま出くわしただけですので」

 一方のルンベックは、早口でそれだけ言った。


「英雄騒動もそうですけど、トエルザード家は人材が豊富でよろしいですわね。本当に羨ましいですわ」

 実はこれ、正司が絡んでいたりする。


 魔物の出る平地が多いフィーネ公領で、穀倉地帯は重要な食糧供給場所である。


 その隣接地の草原で、草がみな枯れるといった事態がおきてしまった。

 原因は土中にいる根切甲虫と呼ばれる小さな虫である。


 その甲虫は、草の根を好んで食べるというからタチが悪い。

 何十万、何百万という根切甲虫のせいで、草原の草がことごとく枯れてしまったのである。


 そして土中にいることから駆除が難しい。

 唯一の希望が、長雨だったりする。


 雨水が土中に浸透すれば、根切甲虫は窒息する。

 子供用プールのように足首まで水浸しになるのが理想である。


 もし根切甲虫を全滅させたければ、それだけの規模になるような大雨が降らない限り難しい。

 このままでは穀倉地帯にまで進出してきてしまう。


 そこへ通りかかったのが正司たち一行だった。

「それは大変ですね」と正司は、〈水魔法〉で荒れ地と化した草原地帯を水の底に沈めてしまったのである。


「数日は水が引かないと思いますけど、大丈夫ですか?」

 もともとそこは魔物が出る草原である。だれも利用する者はいない。


 唖然としつつ頷く村人を残し、正司たちは立ち去った。

 どうやら、その話がもう届いていたらしい。


 史上最強の水魔道士がこの旅に同行していると、フィーネ公領では事実確認にてんやわんやの大騒動になっている。

 そんなことはおくびにも出さず、ルソーリンはただただルンベックの言葉を待った。


「才能ある者には、最大限報いたいと考えています。家臣の者たちにその心が伝わっているのでしょう」


「羨ましいですこと」

 ルソーリンは二度言った。


 もうここ何年も災難続きであるフィーネ公領では、強力な魔道士は、喉から手が出るほど必要な人材だろう。


 バイダル公領での話は、間違いなくルソーリンの耳に入っている。

 ということは、ここまでずっと秘匿していた魔道士たちをルンベックは一気に表舞台に引き揚げたのだと考えていることだろう。


 それゆえ、これまで隠していられる余裕があって「羨ましい」に繋がったのだとルンベックは理解した。


(……さて、話を切り出しにくくなったな)

 これは失敗したなと、ルンベックは考えた。


 三公会議を前に、二つほどルソーリンの意志を確認したかったのだが、どうにも雲行きがあやしい。


 今回の三公会議、ルンベックは勝利条件を二つ設定している。


 ひとつは、フィーネ公が王国と手を切ること。

 これについては、援助を惜しまないつもりだ。


 そしてもうひとつが、仇討ちとも思える政策を止めさせること。

 いまフィーネ公が行っている未開地帯への進軍は、実利がない。


 ルソーリンはいまだ夫の政策を引き継いでおり、毎年多くの資金を投入して未開地帯を開拓している。

 まるで魔物が仇であるかのように、ルンベックには見える。


 事実、そうなのだろうが。

 このままでは、フィーネ公領が疲弊したままだ。


 一旦魔物退治の矛を収めてもいいのではないかと、ルンベックは考えている。

 以上の二つを約束させられれば、対王国において、かなりのアドバンテージとなる。


「そうそう、バイダル公もすでにいらしております。公の屋敷の方に滞在しておるそうです」

「そうですか。でしたら、バイダル公にも会わねばなりませんね」


 公家の力でいえば、トエルザード、バイダル、フィーネの順になっている。

 これは魔道士を抜きにした国力だけの序列だ。


 魔道士を入れた場合……トエルザードが突出している。

 正司のせいで。


 ルソーリンとしては、かなり水をあけられていると感じているはずである。

(二度も羨ましいと言っていたし……話は次回にするか)


 その後は当たり障りのない話に終始し、ルンベックは屋敷を後にしたのであった。




「ねえタダシ、三公会議ってどういうものか知っている?」

「ええ、ミュゼさんの講義で習いました。ミルドラルのために各公家が協力し合うための会議ですよね」


 会議が行われている会場を巡りながら、リーザと正司はそんな会話をしていた。


「以前話したように、法を改正したりするときは、この会議の場で話し合うのよ。ほかにも交易や魔物討伐の関係、税金、他国との交渉なども行うわ」

「議題が多くて大変そうですね」


「そしてここが大事なのだけど、三公会議には、自領の事情を持ち込まないことになっているの。あくまでミルドラル全体のためにというのが大前提なのよ」


 リーザは少し詳しく説明した。

 ようはこの会議で利益を追求したり、他者を貶めたり、我を通したりしてはならないということらしい。


「ミルドラル全体のため……ですか」

「そう。もし何らかの事情があって仲違いしていても、三公会議では最大限協力する。個人の感情は二の次なのよ。規則にもそう明記されているわ」


 三公会議専用の規則があるらしい。


「なるほど……オリンピックみたいなものですね」

 敵対国や戦争国であろうと、この期間だけは一緒に競い合おうというのに似ていると正司は考えた。


「オリンピック? それはよく分からないけど、今回はトエルザード(うち)の持ち出しが多くなりそうだわ」


 協力といっても、各領でできることと、できないことがある。

 そして今、トエルザード家ではできて、他家ではできないことが多い。


 ルンベックはその辺を十分理解した上で、三公会議を提案したらしい。

「ここで一気にミルドラルの問題を片付けてしまおうという事ですね」


 どうせ手を打たねばならないならば、傷が浅いうちに行うべきではないか。


「そういうことね。分かっているじゃない、タダシ。……王国が表だって動いてからでは遅いの。それでも自領のことを脇において、ミルドラル全体のことを考えるのは難しいのだけどね」


 日本には『滅私奉公めっしほうこう』という言葉がある。

 古い言い回しだが、個を捨てて、全体のために尽くす考え方だ。


御恩ごおんと奉公』のようにギブアンドテイクとは違い、滅私奉公という言葉は、今で言う社畜に近いのではないかと思われる。


 個々の事情を捨てて、ミルドラル全体のために尽くす。

 その会議がいままさに行われている。


「うまくいくといいですね、その会議」

「そうね……お父様ならば、きっとうまくやるわ」


 後がない王国は、きっと近いうちに仕掛けてくる。

 その矛先は、まず間違いなくミルドラルである。


 今回の三公会議は、大陸西側の運命を決めるものとなるかもしれない。




 スミスロンの町にあるトエルザード家の屋敷。

 ルンベックは、そこに三公会議用の対策室を作った。


 常時十人以上の部下たちが、これまでの会議で話し合われた内容を精査し、情報の整理に明け暮れている。


「では成果を聞きましょうか」

 ルンベックたちが町に入るより一ヶ月前から、この町でプレ会議が開かれていた。


 当主が会議を行うだけでなく、配下の者たちもまた、一堂に会して会議を行うのである。

 会議は八つの会場で行われるため、成果もまた膨大な量になる。


 ルンベックは資料ひとつひとつに目を通し、報告を聞き、決裁されたものと、未決状態のものを選り分けていく。


 これは大変骨の折れる仕事だが、この後に控えている三公会議にも関わる重要な作業である。

 流れをすべて把握するつもりで、ルンベックは精力的に情報を吸収した。


「概ね、良好な結果がでているようだね。とくに危ない決定はないようだ」

 三公の配下たちはみな優秀である。


 そして会議の普遍的目標。

 ミルドラルのために個を捨てて協力するという旗印があるため、強引な議決は鳴りを潜めることになる。


 みなそれぞれ均等に譲り合って、うまくまとまるように意見を調整するのだ。


「懸念事項は……なるほど、流通関連が多いようだね」

 流通は難しい問題だ。物資だけでなく、食料もある。


 物の流れは、いかに三公であろうともどうすることもできない。

 どうやら流れが偏っていて、品不足と物価の上昇が各町で発生しそうらしい。


「この件は、三公会議の場で再提案されることが決まりました」


「なるほど、もっともだね。といっても流通を牛耳れるわけではないから、何らかの緩和措置をとって、自然と物流が均等になるよう調整させるくらいだろうけど」


 こうしてルンベックが次々と問題を処理していく中で、ひとつ目につく報告があった。

「フィーネ公領で棄民が増えているようだね」


 近年、棄民が増える要因はそれほどなかったはずである。

 ルンベックは首を傾げつつも、報告を深く読み込んだ。


(なるほど……数字としてあがったのは、目に見えない棄民の数か)


 棄民の数え方は、いろいろある。

 実際に各町付近にたむろしている人や、魔物が出ない場所に住み着いた人を数えて算出したもの。


 予想される人口から、税金を支払った者を抜いた暫定の数。

 他にも、毎年の統計から、新たに出た棄民を過去の数に加えていったものもある。


 最終的には、それらの数字を総合的に判断して、おおよその数を出しておく方法が採られている。


 今回ルンベックが見たのは、予定された人口から税金を支払った人の分を引いたものである。

 数としては正確さを欠くが、「潜在的にこれくらいの数がいる」と予想することができる。


 それからすると、フィーネ公領だけ、トエルザードやバイダルに比べて実数との乖離が激しい。


 つまり、普段頭数として計算されていない棄民がどこかにいる……もしくは、領を捨てて逃げ出してしまっている可能性がある。


「これは頭の痛い問題だね」

 トエルザード家が棄民救済をうたっているからではない。


 予想以上に、フィーネ領には「食えない民」が多いのだ。

(税収もかなり減っているだろうし、それでよく魔物対策を続けていられるな)


 収入が少ないのに支出ばかり増えれば、財政など簡単に破綻する。

(三公会議で提案……いや、この場合は、援助を申し出た方がよいかもしれない)


 王国との縁を切らせるためにも、その方が良い。

(バイダル公と会って、少し話してみるか)


 しばし頭の中で考え、それが一番得策だという結論に達した。

 どうやらフィーネ公領の建て直しは、時間がかかりそうな感じだ。


「どう考えても時間がかかる……これは構造的な問題だね」

 ルンベックはひとつ息を吐き出してから、報告書を閉じた。




 スミスロンの町に到着した翌日。

 ルンベックは朝から出かけてしまった。


 どうやらバイダル公の所へいくらしい。

 三公の立場はみな平等で、上下があるわけではない。


 それでも長年当主をやってきた人物に礼を尽くすのは当たり前のことである。

 本音は、高齢の老公にご足労願うわけにはいかないというところのようだ。


「……というわけで、今日は観光をしましょう」

「今日もですよね」


 昨日も一日中散策していた。

 町を探検するのは楽しい時間だが、護衛としてやってきた正司は、本当にこれでいいのかと思うこともある。


 それに重大な会議の脇で遊び呆けているのは、やや思うところがあったりする。


「どうせタダシは、専門の訓練を受けたわけじゃないのだから、気にする必要はないのよ。道中の魔物退治だけでもかなり助かったはずよ。……それより一度、本場の舞台舞踊ぶたいぶようを見てみたかったの!」


「えっと、なんですか、それは」

 舞台舞踊と聞いても、何のことか分からない。


演者えんじゃと観客が一体になって作り上げるもの……これも芸術の一種かしら」

「?」

 やはりよく分からない。


「ちょっと説明しづらいわね。舞台舞踊は、スミスロンの町が発祥なのよ。タダシも初めてでしょうし、まずは見てみましょう。それがいいわ」


 リーザは御者を呼んだ。今日は馬車で向かうらしい。


 そして連れて行かれた先は、大きな演芸場。

 ここも出入りする人が多く、出てくる人たちはみな一様に満足げな表情を浮かべている。


「貴賓席があるから、そっちに行きましょう」

「……はい」


 いつになくリーザのテンションが高い。

 何が何だか分からない正司は、黙って付いていく。


 ――ごぉおおおお!


 建物の中に入るとすぐに、大勢の声が耳を打った。


「どう、タダシ。すごいでしょう?」

「これは?」


 人々が観客席の中で身体を揺らしている。

 一糸乱れぬ……とはいかないものの、多くの人が同じ動きをしている。


 これは振り付けだろう。決められた動作を観客がやっていることになる。

 正司は壇上に目をやった。すると何人かの派手な衣装に身を包んだ人々が、やはり似たような動きをしている。


 よく見ると、舞台と観客の踊りが一致していた。

 舞台で手を高々と挙げると、観客たちも真似をする。


 声を発せば、同じ言葉が返ってくる。

 舞台と観客が一体となって――リーザの言葉が頭をよぎった。


「これはあれですね。地下アイドル?」

「地下? ここは地上よ」


「そういうことではなく……いえ、いいです」

 以前正司は、テレビで地下アイドルの特集番組を見たことがある。


 少数のコアなファンが、アイドルと一緒になって踊っている映像が流れていた。

 目の前の舞踊が、正司が見たそれにそっくりなのだ。


「舞台の上で踊っているのが演者ね。ひとりひとりが『代表』と呼ばれているのよ」

「代表ですか? 何を代表しているのです? もしかして、観客?」


「そうよ。ほらっ、動作が違う代表がいるでしょ。あれのファンだけは、観客席で同じ動作を追いかけるのよ」


 リーザに言われて正司は舞台と観客を交互にみる。

 するとたしかに、何人かのグループが同じ動作で踊っているのだ。


 観客は舞台上のだれかとシンクロしていた。

「つまり、『この人』って決めた代表と同じ踊りをするのですね」


「そういうこと。見る側にも勉強を強いるのよ、この舞台舞踊は」

 舞台に代表が五人いれば、その五人についた人たちが自分推し(・・・・)の代表を真似る。


 最初に正司が観客を見て思った違和感の正体が分かった。

 シンクロしているようで微妙に違っていたのは、自分推しの代表が違う踊りを踊っているときがあるからである。


「そろそろクライマックスね。いま中心で踊っているのがきっと『総代そうだい』よ。数ある代表の中のトップといえば分かるかしら」

「代表のトップ……だから総代なのですね」


 たしかに代表の中の代表だけのことはあった。

 素人の正司がみても、総代の踊りはキレッキレだった。


(この熱狂具合は、宝塚がイメージされますね)

 あれも何組とかあったなと正司は思っていると、舞台の上に演者たちが勢揃いしていた。


 観客も演者も、興奮は最高潮に達したようで、舞台を見ていない者もいる。

 軽いトリップ状態だ。


 一体感があるのだか、ないのだかわからないくらい騒がしくなり、秩序と無秩序の間をギリギリを保ったまま、演目はフィナーレを迎えた。


(はあ……何か疲れる踊りでしたね……って、リーザさん、一生懸命拍手していますね)

 そういえば本場の何たらを見たいからと半ば強引に正司を連れてきたのを思い出す。


「良かったわね、タダシ。あれは本物の舞台舞踊よ」

「私には少し、刺激が強すぎたようです。何か疲れました」


「だらしないわね。歳なんじゃないの? あっ、カーテンコールだわ」

 演者たちが順繰りに出てきて、観客に挨拶をしている。


 この辺は地球の演劇と同じだなと思っていると、徐々に有名な演者が登場しているらしく、観客のボルテージは上がっていった。


 そして一際大きな歓声があがったのが、総代と呼ばれる演者だった。

 隣でリーザも「きゃああああ」とか叫んでいる。


(今日のリーザさんは、おもしろいですね。貴重な経験ができました)

 呑気にそんなことを思っていた正司だったが、最後にだれかが総代の横に並んだ。


 団長か、支配人だろうか。年嵩の男性だ。

(えっ!? マップにクエストマークですか? しかも場所は……)


 いつのまにか、マップには黄色の三角が出現していた。

 最後に出てきた男性が、クエストを持っているのだ。




 ルンベックは、バイダル公コルドラードと会談していた。


「久し振りじゃな」

「そうですね。前に会ったのは、やはり三公会議のときでしたね」


「そうじゃったのう。あのときはまだ、ラグラットがおったな」

「惜しい人を亡くしましたね。しかも魔物との戦いでなんて」


 突然ラグラットが死んで、フィーネ公領は混乱した。

 それを収めたのがルソーリンで、彼女がいま暫定的に当主の座についている。


 以後、当主代行としてよくやっている。


「次の当主は息子のラコルであろう? あれはまだ若いからのう」

「10歳だそうですね。しばらくはルソーリン殿が代理を務めるでしょう」


 当主の仕事は、決裁の承認を除けば、人と会うことがそのほとんどである。

 統治機構が出来上がっている状態ならば、優れた家臣が多数いれば問題ない。


 これはトエルザード家も同様だ。

 ルンベックに万一があっても、ルノリーが成人するまでミュゼが立派に支えるだろう。


「それでルンベック殿の目的はあれじゃろう? フィーネ公の気持ち……もしくは執着であろうか。あれをなんとかしたいと」


「ええ、このままではフィーネ公領の発展は望めません。私は現状を維持するのがやっとと試算しましたが、どうですか?」


「こちらも同じじゃ。凶作が二年続けば、財政は破綻するとみておる」

 なかなか厳しい見方だなとルンベックは思ったが、たしかにギリギリで持っているようなところがある。


 ひとたび天秤が悪い方に傾いてしまえば、政治不安は一気に加速するだろう。


「何か手を打てますか?」

「打診したが、断られたわ」


「……というと?」

「思った以上に、エルヴァル王国が深く入り込んでいるのかもしれん。五年前のあれ、真実かもしれんの」


 先代当主のラグラットが打ち出した政策。

 魔物の住む地を減らし、自領を豊かにしようと、多くの兵を伴って、未開地帯開拓に乗り出した。


 裏に王国との密約があったと噂されている。

 必要な資金を無償で提供するかわり、王国から多くの商品を買い求める。


 これはあくまで噂である。

 ただ、フィーネ公領から物資が大量に購入されたため、王国の経済は一気に潤った。


 そして魔物討伐は年を跨いで、継続して行われる。

 王国商人がフィーネ公領に根を張る時間は、十分あったと言える。


「そして失敗じゃ」

「そうですね」


 二年目はなんとか維持できたものの、三年目に失敗。

 いまでもそのときの傷痕が癒えていない。


「我が領はできるだけ譲歩するつもりです。それで老公には、なんとかフィーネ公を説き伏せていただきたいのです」


「ふむ……重大な役目じゃな。わしは、三つの大きな問題が残っていると思っておる」

「ひとつは王国への借金ですよね」


「そうじゃ。どれだけの額を借り入れているのか見当もつかん」

「なるべく復興支援という名目で援助したいと思っています」


「それはわしも協力しよう。二つ目は、北の防衛じゃな。圧倒的に兵が足りておらん」

「こちらからも派遣する形になるでしょうか」


「多少はそうなるであろうな。その辺は交渉しだいだと思っておる。そして三つ目。これが肝心じゃ」


「鉄と塩ですね」

「うむ。平地が多いこの地では鉄がまったく採れん。そして人が生きていくのに必要な塩もじゃ。王国と手を切ると、その辺の供給に難が出てしまう」


「鉄も塩も日常で使いますからね。しかも掘り出すのに手間がかかる」


「わしのところも、余剰分はほとんどない。ラマ国を巻き込めば可能じゃが、なかなか難しい問題であろう」


「そうですね。鉄と塩は少し考えてみます」


 鉄も塩も翌年から供給量を三割増やすと言っても、なかなか難しい。

 そう簡単に増やせるものではないのだ。


 そうすると、不足分を王国から買い入れることになるが、足下を見られることも考えられる。

 かといって、当主権限で値段を下げさせるような強権を発動させると、それはそれで信用を失ってしまう。


「解決できそうか?」

「どうでしょう。為政者が商売に口を出してもいいことはありませんからね」


「そういうわけじゃ。あとは三公会議の流れをみつつ、考えていけばよいじゃろう」

「分かりました。ともにミルドラルのためにがんばりましょう」


「そういえば、わしの可愛い孫の件じゃが……」

「伺いましょう」


 そこからルンベックとコルドラードは、ひそひそと会話をはじめた。



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