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063 後始末は大切

 領主の館にて、もうすぐガーデンパーティが開かれるはずだった。

 だが、集まった招待客が狙われた。何者かの襲撃を受けたのだ。


 ここで一体、何が起きたのか。

 時間は少しだけ遡る。




 パーティ前日の夜。

 ルンベックは、晩餐会を終えて屋敷に帰還した。


 ホールに入ると、なぜか大量の捕縛者が転がっていた。

 ルンベックは目をしばたたいたが、現実は変わらない。


 ゴロツキらしき者が大量に転がされているのだ。

 聞けば、連中は少し前に襲撃してきたという。


 捕まえたのは、ルンベックが連れてきた護衛のひとり――ラムエルだと言うが、もちろんそれは信じない。


 これには絶対、正司が関わっている。ルンベックは確信した。

 それはいい。いろいろ問題あるが、それは脇に置く。


 問題とすべきは、襲撃者たち。

 彼らがどのような目的でやってきたかである。


「何があったか話してくれるかな」


 ルンベックは、リーザに穏やかに問いかけた。

「ええ、いまお話ししようと思ったところです」


 そしてルンベックは、リーザから日中の顛末を聞いた。

 すべてを聞いて、頭を抱えたくなった。


「事件性のある女性を見つけて保護したら、すぐに貴族の使いが引き取りにきたと……そして夜に襲撃ね……ここに転がっているのがそうなのかな」


「はい、お父様。全員もれなく捕まえてあります。このラムエルが!」

「ええっ、オレぇ!?」


 ――げしぃ


 何かを激しく蹴った音が聞こえた。

 ルンベックは、とりあえず聞こえなかったことにした。


 そして考える。

 なぜたった一日留守にしただけで、こうも面倒事を引き寄せてしまうのか。


 それでもルンベックは、現実的な判断を狂わせたりしない。

 これだけの規模の襲撃をおこせるのだ。


 よほどの大物が背後にいる可能性がある。

 ここからは対処を誤ってはならない。


 義侠心や正義感だけで行動すると、足下をすくわれる。

 ルンベックはまず、正司とリーザを自室に戻した。


 これ以上、関わらせないためだ。

 そして連れてきた護衛たちに、襲撃者の尋問をするよう命じた。


「人数は多いですから、手っ取り早くいきましょう。多少のミスは許します」


「尋問中に甚大な怪我をした場合は?」

「許します」


「捕縛者が減ってしまった場合は?」

「許します。これだけいるのです。数をかぞえ間違うこともあるでしょう」


 手荒な真似をしてやりすぎても構わないから、効率重視でいこう。

 そう言っているのだ。


 それを聞いた襲撃者たちが震え上がった。

 結果、さしたる労力を必要としないまま、彼らはすべてを吐露することになった。


 隠れている者を含めて、全員捕縛されたことも大きい。

 遅まきながら、ここが手を出してはいけない場所だと気付いたのだ。


 そして夜半過ぎにはもう、襲撃者から聞いた話をまとめることができた。


 彼らに与えられた命令は、屋敷を襲撃して女性を殺害すること。

 しかるのち、町の外へ脱出せよと。


 女性の指定はない。

 どうやら殺害目的の中に、リーザも入っているらしい。


「これはやってくれたね」


 どうやらルンベックの判断は正しかったようだ。

 町の中にまだ、彼らを手引きする者がいる。


「なるほど」とルンベックは頷いた。

 トエルザード家に喧嘩を売るのならば、高く買ってやると。


 いつになくルンベックがやる気になったところで、屋敷に一台の馬車がやってきた。


「夜分にお呼びだてして、申し訳ありません」

「いえ、ひそかに来るようにと言われましたが、何かあったのですか?」


 やってきたのは、この町の領主ヘイディーである。

 少し前、ルンベックはヘイディーに使いを出していた。


「どうやらこの町でトエルザード家に対して、よからぬことを考えている者がいるようです」

「なんと!?」


「少し前、この屋敷に襲撃がありました。しかも大人数です」

「まさか……それで、被害は?」


「幸いみな無事です。それと襲撃者は全員捕縛済みです」

「それは不幸中の幸いでした」


「尋問をして、いくつかの情報は引き出せました。というわけでヘイディーどの、少し情報交換をしませんか?」

 ルンベックは、ヘイディーに笑いかけた。


「え、ええ……もちろんです」

 どうやらヘイディーの知らないところで、この町で「何か」が蠢いている。


 ルンベックはそれに気付いている。

 それを察したがゆえに、ヘイディーは断ることができなかった。


「それはよかった」

 ルンベックは笑みを深くした。




 ルンベックは、ヘイディーから昨今の町の様子を聞き出した。

 もちろん、一通りの知識は備えていたが、領主だからこそ得られる情報もある。


 また、派閥を含めた家同士の繋がりについても、質問した。

 必要な情報を特定せず、そのつど気になったことを掘り下げるように聞いている。


 ヘイディーもここで我を張ると、フィーネ公領の為にならないと考え、なるべく協力する姿勢をみせた。


「なるほど。オスマン家は、新興の中でも飛び抜けて裕福な家なわけですね」

「はい。ただ、その資金源については謎な部分も多いのです」


 予想通りというか、領主からみてもオスマン家の財には、不明瞭なところがあるらしい。

「把握している資産以外に、なにか資金源となるものがあると?」


「私はそう考えています。だからといって、拘束して調べるわけにもいきません」

「なるほど、財務部長の家ですからね。疑いだけで動くわけにはいきません。道理です」


 オスマン家は、土地や店を多く持っている。

 だが、オスマン家が日頃使っている金は、それを大きく凌駕しているという。


 他の町で商売をやっているのか、どこからか資金を得ているのか、裏で稼いでいるのかは分からない。

 ヘイディーもおかしいとは感じつつも、証拠がないため、何も手を打てずにいた。


「領主には、財務部の任命権がないですからね。不用意に動くとフィーネ公からの叱責もあるでしょう」


「おっしゃる通りです。町の私物化を防ぐ意味でも、政治と財政と軍事は独立させた方がよいと、私も思っています」


 金の出所が疑わしいだけで、罷免もできない。

 一番良いのは、敵対せずに静観することだとヘイディーは言った。


 この辺はトエルザード家も同じだ。

 各町の領主は、町民の意見を十分聞いた上で、トエルザード家当主が任命する。


 領主はひとつの町と複数の村を管理するが、町のすべてを自由にできるわけではない。


 町の政治と財務は切り離して考えるべきであり、それがごっちゃになると、独裁政権が発生してしまう。


 おなじように政治と軍事も分けて考えなければならない。

 領主が独自の軍事力を持つと、独立などということもありえる。


 政治、財務、軍務は互いに監視し合いながら、よりよい関係を築いていくのが理想である。

 町をよくするという同じ目標を掲げたライバル同士なのだ。


 ゆえにヘイディーは、財務部長のコルドラールに対して強く出られない。

 証拠がないまま糾弾でもすれば、いいがかりをつけたと言われるのがオチである。


「不明瞭な金……王国の関与があるのかもしれませんね。国境の町は、王国も影響力をもっておきたいでしょうし」


「それは私も考えました。他ですと『抜け荷』が怪しいとは思います。ただ、前職の財務部長が清廉な方でしたので、そのようなルートは開拓されていないだろうというのが、私の見立てです」


 抜け荷……つまり、秘かに物資を通過させて、その見返りを貰っているかもしれないとヘイディーは言った。


「とすると、晩餐会での話になりますが、オスマン家で盗まれた書類が気になりますね。部下が保護した女性との関係がありそうです」

「証拠となるようなものが盗まれたとお考えですか?」


「さて、それは分かりませんが……明日のパーティで、私が揺さぶりをかけてもよろしいですか?」


 ルンベックとヘイディーは十年来の付き合いであり、互いによく知っている。

 どうやら屋敷を襲撃されて、ルンベックが相当怒っていると判断したヘイディーは、同意するように頷いた。


「真実を明らかにするのですね。でしたら、その手はずを整えましょう」


 ルンベックが折れないことをヘイディーはよく知っていた。

 やましいことがあろうがなかろうが、これでコルドラールは、厳しい局面に立たされることになる。


「それと明日のパーティが終了するまで、この襲撃が表に出ないようにさせたいと思います」

「公表しないということですか?」


「そうです。捕まえた者は一時的に隠しておきたいですね。どこかにアテはありますか?」

「警備隊に任せるのは駄目ですか?」


「どこで漏れるか分かりません。何も情報を与えたくないのです」


 敵を疑心暗鬼に陥らせたいと言うので、ヘイディーはしばし考えた。


「……分かりました。警備隊ではなく私の私兵を使います。それでどうでしょうか」

「結構だと思います」


「でしたら、早朝に護送用の馬車を寄越します。それに乗せてください。使ってない公館がひとつありますので、そこへ押し込めましょう」


「ご協力ありがとうございます。よろしくお願いします。これで敵を追い込めます」

「この町は善良な民も多いですので、お手柔らかにお願いします」


 制裁を加えるのは敵だけにしてくれと、ヘイディーは言外に匂わせた。

「もちろんですとも。では、敵を追い詰める話を詰めましょう」


「……はい」

 どうやら話はまだ終わりそうもなかった。




 深夜を深くまわって空がしらみ始める頃、ようやくヘイディーが帰った。


 直後、ルンベックは、デンティを呼び出した。

 明け方が近いにもかかわらず、デンティはすぐにやってきた。


「少し確認をしたい」

「はい、なんなりと」


「やってきたリオスと名乗る家令だが、顔は覚えているな」

「もちろんです」


「明日、首実検をやってもらおう」

「かしこまりました」


「それと領主は、オスマン家を新興と言っていたが、民の間ではどのように受け止められている?」


「そうでございますね……それなりに人気のある家と言われております」

「ほう? どうしてまた」


「コルドラール殿が財務部長に抜擢されたとき、民の間では歓迎する動きが出ておりました」


 先代の財務部長は、いわば旧体制を引きずっているような人物だったらしく、堅実であるものの面白みに欠けていた。


 コルドラールが町の財務を受け持つようになってから、明らかに外の風が入ってきたということらしかった。


「その話を聞く限りだと、なかなかのやり手のようだね」

「人気取りもうまいようです」


 目に見えて分かることを優先的にやっている印象を受けたとデンティは語った。


「そうすると、俗物的な人物かな」

「間違ってないと思います」


 デンティのところには、町の民が知り得ない情報も集まってくる。

 コルドラールが各方面に金をばらまいたり、人を大勢雇ってを通したことも耳に入っている。


 自分勝手、つまりワンマンなタイプということらしい。


「なるほど……領主は今回の襲撃が突然行われたことを懸念していたが、そういうことをやりそうな人物と考えてよいのかな」


「言い出したら聞かない人物ではあると思います。また、感情よりも計算高い面が勝っていると思います。もし、一見考えてないように見えるのでしたら、裏に何か理由が存在するのではないかと思います」


「なるほど。領主の考えと一致したね。領主は、『あとでどうにでもなる』から行動を起こしたのかもしれないと考えていた」


「はて、それは一体……?」


「この町の領主をしのぐ権力と繋がりがあるのか、他国と通じているのか、領主殺害までを視野に入れているのか。もしくは、すべてをなげうってでも必要なものがあったのか……理由はいろいろ考えられる」


 今回の事件を有耶無耶うやむやにできると考えているのならば、この後でもっと大きなことが起きる可能性がある。


「昨今は、町の外も騒がしいようですが」


 魔物の出没と、窃盗団の襲来。

 それによって、多くの兵が町の外へ駆り出されている。


「あれらが偶然か必然か……パーティでは領主と一緒に、コルドラールに揺さぶりをかけることに決めたよ」


 屋敷の警備は傭兵団が受け持ってくれる。

 領主の屋敷に護衛を連れて行っても、問題なくなった。


 明日……いや今日は、忙しくなる。そうルンベックは言った。




 ルンベックは、領主の屋敷に着くや否やヘイディーと会談をはじめた。

 一緒にやってきたデンティとヒューシャは、先に控室へ行っている。


「捕縛した者を引き取っていただけてありがとうございます」

「いえ、問題ありません。事が終わるまで、こちらでしっかりと捕まえておきます」


「それで、数名連れてきていただけたでしょうか」

「はい。依頼をしてきた人物を知っていると話していた者を三名連れてきてあります」


「それはよかった。警備の強化の方も?」

「万全です。屋敷の内外を固めさせておきました。魔物や窃盗団の被害で兵が減っていたので、かなり苦労しましたが」


「今回はタイミングが悪かったですね」


「そういうこともあります。そうそう、財務部長はパーティが始まる前には来るそうです。昨日遅刻しましたので、今日は絶対に間に合うようにすると返事が来ました」


「家令もですか?」

「はい。確認をとりました。ちゃんと来るそうです」


「私の方も護衛を連れてきました。流れ次第では、多少手荒なことになるかもしれませんが、ご安心ください。手早くやりますので」


「お手柔らかにお願いしたいですが、今回の件は我が町の汚点でもあります。フィーネ公にもそのように伝えるつもりです」


 まさか招待した公家こうけを襲撃するとは、一体襲撃者は何を考えているのか。

 ヘイディーは穴があったら入りたい気分だった。


「屋敷は傭兵団に守らせましたが、もしかするとすべてが陽動で、窃盗団が何かするかもしれません」

「まさか……」


「限りなく低いですが、様々な可能性を考えておくべきでしょう」

「そうですね……おや? 部屋の外が騒がしいですね。招待客が紛れ込んでしまいましたか?」


 ヘイディーがそんなことを言った直後、伝令が火急の用件を持ってきたと連絡が入った。


「すぐに入れてくれ」

 ルンベックが指示を出し、ラムエルが転がるように室内へ入ってきたのである。




 モリーが目を覚まし、自分が見聞きしたことをすべて語った。

 正司とリーザは、モリーの話から、オスマン家が何をしようとしたのかを知った。


 すぐにラムエルを伝令として走らせた。

 また、屋敷に残る傭兵団にモリーを預け、二人は町の外へ跳んだ。


「それで正司、これからどうするの?」

 正直リーザは、こんな時にラムエルの色恋を優先する意味はないと考えている。


 正司が「クエストが更新されました」というから、付き合っているに過ぎないのだ。

 早く終わらせてほしいが、それは口に出さない。


 あくまで正司が動くのを黙ってついていく。

 それに徹しようと考えていた。


「えっと、白線は……こっちですね。町の壁に沿って回り込む感じです」

「そう。じゃ、行きましょう」


 二人が壁に沿ってしばらく歩いた。

「ここから森の中へ進んでいますね」


「へえ、この森は魔物が出るわよ」

「そうですね。このまま行ってもいいですか?」


「目立たないようにね」

 正司もリーザも、ここにはいないことになっている。


 とくに正司については、トエルザード家以外の者には、その存在をなるべく知られないようにと、ミュゼから言われていた。


「ちょっと遠いみたいなので、〈身体強化〉で一気に進みたいのですけど」

「お母様が言っていた、アレをするのね、いいわよ」


 ここは人目もない森の中である。

 リーザはすぐに許可を出し、両手を広げた。


 正司はリーザを抱え上げると、一気に加速した。

 抱え上げたら、猛スピードで進むのである。


「…………」

 目を閉じ、ぎゅっと正司にしがみつくことで、なんとか悲鳴をこらえるリーザ。


「…………」

 リーザに抱きつかれて、緊張しっぱなしの正司。


 およそ十数分進んだだけで、二人とも荒い息を吐くほどに疲弊してしまった。


「着いたの?」

「ええ。目的地はあそこみたいなんですけど……どうしましょう」


 ここは魔物が出る森の中でもかなり深い場所。

 そこに簡易柵が設けられ、物資が山積みになっていた。


 物資を守るのは、ガラの悪そうな男たち。

 どう好意的に解釈しても、法を逸脱しているようにしか見えない。


「町を経由しないで荷を運び出している連中ね」

「そんな人がいるんですか?」


「あの中に一目で盗品と分かる物が入っているんでしょう。あそこにあるのはすべて、町中には持ち込めないものよ。守っているのは……見た感じ兵士崩れね。人数がいれば魔物が出てもなんとかなるし……ねえ、タダシ」


「はい、なんでしょう」

「ここは町からどのくらい離れているの?」


「そうですね、15キロメートルほどでしょうか」

 正司が〈身体強化〉して全力疾走したのだ。これでもまだ、近いほうである。


「そういえば、誘拐されたタレースを連れ戻してきたときも、かなりの距離を往復していたわね」

 昔を思い出して、リーザは脱力した。


 15キロメートルという距離は、どうがんばったところで、町の警備兵が見つけられる場所ではない。


「あの人たちに白線が伸びているんですけど、友好的な会話は無理ですよね」


「問答無用で襲われるわ。というか、これはラムエルのためにやるんでしょ。だったら、タダシがラムエルの代わりに倒せってことじゃないかしら」


 リーザがミュゼから言われたのは、「正司が確実にいると思われる証拠はなるべく残さない」だった。


 ――謎の大魔道士がトエルザード領にいる


 それだけでどれほど大きな抑止力になるか。

 ルンベックが町を離れたいま、正司の情報はもっとも価値があるものとなっている。


 ゆえに、あまりハデなことをして、正司が確実にそこにいないと思われると困る。

 同時に、リーザもまたトエルザード領にいることになっている。


 つまりこの二人、誰からも顔を見られたくないのだ。


「私がラムエルさんの代わりに倒すのですか?」

「そう。できれば顔を見られないように、魔法でなんとかできない?」


「……できるかな? 一応できると思いますけど」

「だったらやってちょうだい。お父様の方も気になるし、ラムエルにばかり関わっていられないわよ」


「分かりました……それっ」


 かけ声とともに〈土魔法〉で作ったつぶてが飛んでいく。

 マップで位置を把握しているから、狙いは正確だ。


 礫は荷を守っている者たちの膝やみぞおち、脇腹、背中、頭や手の甲などを狙い過たずに撃ち抜く。


「ぐわっ!」「ぎゃっ!」「げふぅ!」

 一度に十を越える礫を受け、全員が倒れ伏した。


「タダシあなた……まあいいわ。それじゃ拘束……いえ、周辺の魔物を倒せる?」

「ええ、簡単ですけど」


「だったらそれをして終わりにしましょう。あとは別の人に任せちゃいましょう。どうせ顔を出せないし」


「そうですね。クエストの白線は町の方へ戻ったみたいですし」

 正司は周辺の魔物を〈火魔法〉で殲滅すると、〈瞬間移動〉で町へ戻った。


 そこからは流れ作業である。

 リーザが言うには、何をやってもすべてラムエルの手柄にすればいいとのこと。


「遠慮はいらないわ。すぐに片付けてちょうだい」


 裏路地にいる集団や、町壁を守っている警備隊の兵たち、その他、クエストの白線が指し示した相手を、正司はすべて昏倒させていった。


「ラムエルさんはいま伝令として領主の屋敷に行っていますよね」

 辻褄が合わなくなると正司が指摘する。


「それくらいの時間、誤差よ」

「……誤差ですか」


「誤差よ。それより、次はどこへ行くの?」

 たしかに細かい時間の差異など、両方を見ている者がいない限り、真実は分からない。


「えっとですね……ここから北へまっすぐ延びていますね」

「領主の屋敷がある方角ね。じゃ、行きましょう」


「はい」

 そう言った背後には、気を失った者たちが死屍累々と積み重なっている。




 パーティはもちろん中止となった。

 招待客の控室は荒らされ、血の跡が部屋に彩りを加えている。


 招待客をこのまま帰すわけにはいかないので、領主の使用人たちが右往左往しながら、彼らを別室へ誘い、今頃は必死になって事情を説明している頃だろう。


「料理は破棄なの? 実にもったいないわね」

 リーザが庶民じみたことを言う。


 たったいま襲撃があり、内部に協力者がいる時点で、だれが信用できる人物か分からない。

 そんな中で作られたものを、客に提供できるわけがない。


 もしかして食べたかったのだろうかとルンベックは思うものの、優先すべきことを思い出した。

 突然やってきたリーザと正司から、事情を聞かねばならない。


「……リーザ」

「分かっていますわ、お父様。ちゃんと説明致します。タダシのクエストのことを」


「違う、そうじゃない」

「分かっています。今回の場合、それを説明した方が話が早いのです」


 そう前置きして、リーザは今朝からのことを語り出した。



「……というわけで、お父様。タダシの言うとおり来たら、ここが終着点だったのです」

「…………」


 娘が何を言っているのか分からない。

 道を歩いて肉と卵と野菜を順に拾って、家で料理が完成した。


 いまの説明は、そんな感じだ。

 リーザの説明には、「なぜそうなったか」がすっぽりと抜け落ちている。


 理由を聞いても、「クエストだからです」では、納得できない。

 ルンベックが悩んでいると、領主の使いがやってきて、捕縛が完了したと報告してきた。


「いま行く」

 この件は後回しにしよう。

 そう思ってルンベックが立ち上がると、当然のごとくリーザも立つ。


「リーザ、ここからは政治的な話になる」

「捕縛にタダシが協力している以上、私にも聞く権利があります」


「……ついてきなさい。ただし、目立たないようにね」

「はい、お父様」


 今回、リーザの話が真実ならば、正司は常人には計り知れない理由で捕縛者を見つけている。

 十分すぎるほど、この問題に関わっているようだ。


 そしてこの屋敷だが、実は多くの捕縛者が出ていた。

 たとえば、本来招待客を守るはずの警備兵は、全員捕まっている。


 中には無実の者もいるだろうが、選り分けていられない。

 分からないから、全員拘束するしかないのだ。


 一室に押し込められている。

 強引に出ようとすれば、問答無用で取り押さえられる。


 もちろん招待客を襲った者たちは、全員捕まえてある。

 こちらは完全に武装解除され、転がされている。


「おい、俺をどうするつもりだ」

 別室へ行くと、わめいている男がいた。


 警備部長のバッテリオだと使用人が教えてくれた。


 縄こそかけられていないものの、左右を屈強な兵に挟まれ、身動きできないくらい両腕を強く掴まれている。


「さて、バッテリオ殿。いろいろ聞きたいことがある。正直に話してくれるかな」


 バッテリオは、この町の軍部の長である。それなりに権力を持っている。

 だがトエルザード家当主と比べれば、まったく及ばない。


「な、何を言って……」

 足掻こうとするバッテリオに、ルンベックはゆっくりと頷く。


「素直になった方が後々のためになると思うね。私がフィーネ公になんて囁くかで、キミの家や家族、そして親類縁者の運命が決まる。文字通り、命が決まると思っていい」


 軽く脅しをかけただけで、バッテリオはガタガタと震え出した。そのとき……。


「問題をおこして領主を失脚させる予定だったみたいですわ、お父様」

「リーザ、お前……なぜ」


「この後に及んで、隠れているわけにはいきませんので」

 しれっと話を逸らすリーザ。


「そういうことではない。なぜそんなことを知っているのかな」


「つい先ほど、財務部長のコルドラールから聞いたからです、お父様。家令のリオスは昨日ぶりでしたが、いい声で話してくれましたわ」


 どうやらここへ来るまでに、尋問を済ませてしまったらしい。


「コルドラールはどうしたんだい?」

「しかるべきところに『置いて』あります。それで今回の事件の全容は、こんな感じですわ」


 財務部長コルドラールは、王国と密約を結んでいた。

 といっても、最初はそうと気付かなかったらしい。


 金銭を受け取って便宜を図っているうちに、抜け出せなくなった感じだ。

 バラされれば、自分はお終い。そう思うと、関係を切るに切れなかったようだ。


 そして運良く……いや、運悪く、フィーネ公領で悪事を働いた者たちが徒党を組みだした。

 彼らを利用しつつ何かできないか。


 王国からそんな話を持ちかけられ、コルドラールは領主に退場願う案を思いついた。


「財務部長と警備部長が手を組めば、領主にミスさせることは容易いことですわ。フィーネ公から罷免されれば、次の領主はこの町の有力者から選ばれる可能性が高い。どちらかの家がその座に就くことも、実現性のある夢となったわけです」


 両部長は手を組み、領主を追い落とす案を実行した。

 トエルザード家から当主がやってくるのは知っていたため、そのとき開かれる宴席で客人が怪我をする。


 その責を領主に負わせることを思いついたという。

「屋敷内は領主の兵が守っているわけだから、警備隊のミスにはならないわけか」


「それに町の外には窃盗団がいますので、警備隊はそっちにかかりっきりになっていると言い張れるわけです。魔物が街道に出たのは予想外だったようですけど」


 窃盗団が街道を使わずに移動していたため、魔物の行動範囲が変わったのだろう。


 招待客を襲撃するといっても、実行犯が捕まっては意味がない。

 だが、警備隊全員を引き込むわけにもいかない。情報漏洩のリスクは高まってしまう。


 そこで警備部長は、当日の巡回表をいじり、うまく隠れ家までのルートを作ったり、逃走経路に人を配置しないように腐心した。


 書記のモリーが逃げ出さなければ、この計画はほぼ成功していただろう。

 手引きする者や逃走を手助けする者がいれば、どんなに警戒していても、完全に防ぐことは難しい。


 窃盗団に罪を着せる計画のため、実行犯は逃げおおせてしまう。

 領主は糾弾され、トエルザード家に対して面目を失う。


 フィーネ公が寛大な処置をしたとしても、コルドラールとバッテリオが辞任するよう本人に働きかける。

 そんな流れになっていたらしい。


「話は分かった。この町の中に襲撃した者たちの隠れ家があるのだね。それと逃走に協力した警備兵もいる。よし、彼らを捕まえよう」


「あっ、お父様。それらはすべて捕まえましたわ」

「えっ?」


「ここに来るまでにすべて倒してあります……漏れはないと思いますわ」

「いや……漏れがあるかを聞いているわけじゃ……」


 なんとも仕事の速い……いや、そういう問題だろうかとルンベックは考えた。

 話を聞いていたヘイディーが、ここで口を開く。


「でしたら窃盗団を追いましょう。あやつらをトエルザード公領へ入れるわけにはいきません」


 さすが領主である。ヘイディーはすぐに気持ちを切り替えた。

「窃盗団を追っていたのが警備隊だったか。だとすると、故意に逃がしている可能性もあるね」


「あっ、それも捕まえてありますわ」

「えっ?」


「彼らは町の西にある森の中、15キロメートルほど進んだところにいました。盗んだ荷物を守っていましたので、全員動けなくしてあります」


「えっ?」

「腕や足を骨折していますので、動けないと思います。もしかして、眠らせた方がよかったですか?」


「いえ……そういう意味で言ったのでは……」

 ヘイディーは「あれ? 何かおかしいぞ」と思い始めた。


「町の外と中にいる者で、捕縛が必要な者は、ほとんど捕まえていると思いますわ」


「そ、そうですか。では襲撃で怪我をした招待客の治療を……」


「終わっています」

「…………」


 どうやら、今回の事件に限って考えれば、ルンベックやヘイディーよりも、リーザの方が全体を把握しているらしい。


 ルンベックは頭を切り替えて、疑問を解消することにした。


「それでリーザ、コルドラールはどこにいるんだい? 尋問したんだよね」

「コルドラールは今、少し騒がしいけれども暖かいところにいますわ」


「それは、安全なところかね。たとえばすぐに逃げられるような場所ではないのかい?」

「大丈夫だと思います。少し騒がしいですけど」


「さっきから言っている、その騒がしいというのは?」

「ほんの少し、魔物の声が聞こえるところです、お父様」


 それは人々が『凶獣の森』と呼んでいる場所だったりする。




「えっ、オレじゃないですよ!」

 知りませんって……そう否定したラムエルの肩を、ルンベックがゆっくりと叩く。


「キミには悪い話ではないと思う。これは私からの頼みと言うことで、納得してくれないだろうか」


「…………」

 ルンベックの言葉に、ラムエルは反論できずに黙り込む。


 正司が町の内外で捕縛した者たちは、すべてラムエルの手柄になった。

 というか、そうしてしまった。


 正司とリーザが表に出るのはよくないし、そもそもこれはラムエルのためのクエストである。

 最終的に手柄がラムエルのところへ帰結するのはおかしくない……気がする。


「いや、帰結しては駄目だろう」


 ルンベックはそう反論したが、「でしたら、タダシがやったと宣伝してもいいのですね」とリーザに言われては、どうしようもない。


 ヘイディーは領主として報告をフィーネ公にあげねばならず、自領の者の手柄にし難い。

 ルンベックは、護衛のほとんどを屋敷に連れてきてしまっていて、候補がいない。


 たしかに、フリーで動けた者はラムエルを除けば、ほとんどいないのが現状だ。

 今後のことを考慮すれば、ラムエルの名を出して、世間の目を躱した方がよいのは分かる。


 なにも「真実」がいつでも最良とは限らないのだ。

「タダシがラムエルのために動いたことですもの。だいたい合っていると思いますわ」


 それは違うとルンベックは言いたいが、もう有効な手だと認めてしまった。

 あとはそれを押し通すだけである。


 ラムエルの説得に多少時間がかかったが、今回の件は確実に終焉へと向かっていった。

 ……とルンベックは考えたが、実はルンベックの予想より少しだけ事件の規模が大きかった。


「200人以上の捕縛者だと!?」

 今日、正司が捕まえた人数である。昨日の襲撃者は入っていない。


 それと招待客を襲った者たちも、数に入れていない。

 純粋に、正司が屋敷に来るまでに捕縛した者たちが、200人を超えていたのである。


「大丈夫です、お父様。タダシはうまくやったので、顔を見られることはありませんでしたから」

「だから、そういう話じゃ……」


 捕まえた者の中だと、窃盗団が一番多い。

 行動が大胆だったのは、数が集まっていたかららしい。


「だって、お父様。複数の窃盗団が寄り集まったのですよ」

「それはそうだが……」


 20人規模の窃盗団が三つも集まれば相当な数になる。

 当然、うまい汁を吸おうとして、町中にも協力者が現れる。


 そのような者たちを吸収しつつ膨らんでいけば、手出しのできない規模まで膨れあがるのも頷ける。


 正司は顔を見せるまでもなく、それらをすべて倒してしまったらしい。


 そして次に多いのが、驚いたことに、町の警備隊であった。

 そこにいた者たちを全員倒したのだから、数も多いというものである。


 悪事に荷担していない者も交じっている可能性がある。

 このあとの審議は慎重にすべきだ。


 それでも襲撃者の逃走ルートをわざと外したり、最終的に窃盗団に罪を被せるため、町に呼び寄せようとしたりと、内情を知って動いていた者も多い。


 そういった者たちを、正司はクエストの白線で見つけた端から昏倒させていった。


 最後は町のゴロツキたちである。

 トエルザード家の屋敷に襲撃を仕掛けた連中と大差ない境遇の者たちがいた。


 どうやら日頃からお目こぼしの見返りに、情報を提供したり、非合法な活動を手助けしていたりしたらしい。


 彼らは、窃盗団との連絡役を担っていたようだ。


「ということは、窃盗団は直接的には関係なかったのか」

「うまくおびき寄せられて、利用された感じですわね」


 最終的に、罪を着せられるための駒として用意されたようだ。


「その200人……どうやって見つけたとか聞かれそうだが」

「我が家の家臣は優秀ですと言えばよろしいではないですか」


「そんな優秀な家臣……いたらいたで、警戒される」

「今はそのくらいの方が、ちょうどよいのでは?」


「……警戒されると、あとが大変なのだけどね」

 そうは言うものの、ルンベックはリーザの提案を受け入れた。


 もう誤魔化せないところまできていたので、ラムエルには英雄になってもらおうと。




「……というわけなのよ」

「……オレ、何もやってないですって!」


 リーザの説明に、ラムエルは絶句した。

 伝令くらいしかやっていない。


 それなのに、英雄に祭り上げられてしまった。


「大丈夫よ。不安がる町民のためにも『事実』を公表せざるを得ないけど、それだけだから」


 公表されるのは、都合良くねじ曲げられた事実である。

 だからこそ、為政者に都合がいい。


「いや、オレはそんな……」

「ヒューシャとの仲を認めてもらうには、うってつけだと思うけど」


「うっ……ですが、そんな嘘の英雄譚で認められても」


「デンティにはすべて話してあるわよ。その上で、あなたは町の英雄となってもらったと。デンティはどう判断するかしらね」


 すでにデンティには、娘のヒューシャの想い人がラムエルであることを話してある。


 ヒューシャを庇って瀕死の重傷を負ったことや、そのあとのヒューシャの態度から、デンティは大凡を察した。

 もっとも、ラムエルがヒューシャを救ったのは事実である。


 領主を失脚させる大がかりな計画が練られていて、それを未然に救ったばかりか、懸案だった窃盗団を「ついで」とばかりに捕縛した豪傑。


 さらに最愛の人を、身をていしてかばったのだ。

 今後は、吟遊詩人が面白おかしくかき立てることになるだろう。


 そんな町を救った英雄が、結婚してこの町に住む。


 みんなで祝福しようじゃないか……という流れまで持っていくとリーザがデンティに話すと、「さすがにそれでは断れませんね」と苦笑いしていた。


 ラムエルがヒューシャを救った時点で、デンティの気持ちは固まっていたのかもしれない。


 その後、デンティ、ヒューシャ、ラムエルの三人が、余人を交えずに話し合って、ふたりの結婚が認められた。


 ラムエルはこのまま護衛として三公会議についてゆき、帰りに結婚式をあげる手はずになった。

 その頃までには、英雄譚は町民の知るところとなっているだろう。


「ありがとうございました。予想外すぎて、いまだ実感できないのですけど……」

 英雄はともかく、結婚できる運びとなったラムエルは、喜色満面だ。


 正司に礼を述べるラムエルに対して、正司は「いえいえ、これは私が受けたクエストですから」と謙虚な姿勢を崩さない。


 なにしろ正司には、待望の貢献値が手に入ったのである。




 ルンベックたちの旅立ちは、一日ずれてしまった。

 後処理が残ったのである。


「それで何がおきたら、あれほど怯える事態になるんだい?」

「さて、私はなんとも……タダシに説明させましょうか?」


「いやいい……」


 凶獣の森からコルドラードを連れてきたら、様相が一変していた。

 髪は白くなり、目は落ちくぼみ、肌は病人のように真っ白になっていた。


 奥歯を強く噛みしめたらしく、歯ぐきから血が流れだしていたし、頭を掻きむしったらしく、頭皮には爪の痕が何十とできていた。


 そしてうわごとのように「帰りたい、帰りたい」と呟いている。

 よほど彼は家が好きなのか。温かい家族が待っているのだろうか。


「それで王国の介入は確認できたのですか?」

「密約はあったようだが、立証は無理だね。関わった商人はいるけど、国自体の関与は証明できそうもないかな」


「その商人を追い詰めないのですか?」

 強引に口を割らせないのかとリーザは問いかけた。


「手札のひとつとして押さえておくつもりだよ。何人かの商人の名前が挙がったし、しばらくは泳がせる。どうやら小物っぽかったしね」


 トエルザード家がどこまで掴んでいるか、それを悟らせないためにも、小物を追い回すのは止めるとルンベックは言った。


 今回の件で、フィーネ公はトエルザード公に、いくつかの借りができてしまった。

 これ以上ルンベックが主体的に動いて、王国の介入まであばいてしまえば、かえって両公家の間に溝ができてしまうかもしれない。


 あくまで降りかかった火の粉を払った程度に留めておいた方がいい。

 そんな判断らしい。


「そういえば、お父様。モリーですけど、タダシが雇うことにしたようです」

「領内へ連れ帰るのかい?」


「証言をしたあと、逆恨みで命を狙われる可能性があります。町を出るのは確定していたのですけど、どうやらフィーネ公領からも出たいようでしたから」


「タダシくんが個人的に雇うのは構わないよ。そうすると、旅に同行するのかな」

「いえ、証言が終わったら、タダシが〈瞬間移動〉で運ぶそうです」


「…………そうか」

 まあ、ひとりくらいいいかと、ルンベックは何も言わなかった。


 さすがにルンベックたち一行を一瞬で自領まで跳ばしてしまうと、政治的にも軍事的にも面倒――というよりも言い訳が立たなくなる可能性があるが、女性をひとり内密に運ぶくらいは、許容範囲だろう。


 正司と旅するようになって、ルンベックの許容量は、確実に広がった。

 といっても、まだ領を出てから三日目だったりするが。


 今回の事件はフィーネ公が主導して、解明させなければならない。

 今後、コルドラールとバッテリオの尋問が行われることだろう。


 三公会議にも影響を及ぼすかもしれない。

 内容次第では、他国まで波及するかもしれない。


「旅に出たばかりなのだけどね」

 それがルンベックの正直な感想である。


「ではお父様、後顧こうこうれいもなくなったことですし、出発しましょう」

「まだ、なくなってはないのだけど?」


 ルンベックは、領主のヘイディーと議論を重ね、オスマン家の陰謀を逆手に取る準備を行っていた。


 兵を配置し、あらゆる事態を想定していたが、あっけなく崩されてしまった。


 領主の屋敷ばかりか、町の壁の外や町中の警備兵たちまでもが、正司が一網打尽にしてしまった。


 迎撃の計画が台無しになったルンベックでさえ脱力しているのだ。

 悪事とはいえ、長年計画してきたものが、正司の気まぐれのような行動でご破算になった敵方は、いったいどんな気持ちだろうか。


「えっと、私の顔に何かついていますか?」

「いや、何もついてないよ」


 正司を凝視していたら、変な顔をされた。

 ルンベックは、この何の変哲もない男性が、どれほど常識外なのか。


 実際に巻き込まれてみて、ようやく理解した。

 そしてこれが、正司の力のほんの一部であることを知っているだけに、背筋が冷たくなるのである。


「さあ、お父様。出発の合図をお願いします」

「そうだね。じゃ、やってくれ」


 その言葉とともに、馬車はゆっくりと動き出した。

 一行は、ようやくリムの町を発つ。




 その後の話。

 悪人たちの野望を見抜き、単身で事件を解決した英雄がこの町には存在する。

 彼は自らが愛した美姫と一緒になり、よくこの町に尽くした。


 彼の功績は歳を重ねるごとに増え、フィーネ公領とトエルザード公領の双方に利をもたらしたという。


 その英雄の名はラムエル。

 彼はその生涯において、「自分は作られた英雄ですから」と決して認めようとはしなかった。


 だが彼の生涯は、英雄の名に恥じないものだったと、町の歴史書は綴っている。


 フィーネ公領で英雄の町といえば、ここリムの町を指す。

 それだけ彼の功績は、後世に残っているのである。



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