062 認められる為には 後編
「さて、詳しく話してくれるね? もちろん最初から最後までだよ」
応接室に場所を移し、ルンベックはリーザに問いかけた。
護衛の半数は、ホールで襲撃者たちを見張っている。
残り半分は、屋敷内と外の警備へと散っていった。
一応、正司が周囲の気配を確認したが、それはそれである。
ちなみに正司は自室待機。
これはリーザが願い出たことだ。
「そうですね、最初から話すとなると……」
リーザが口を開いたとき、応接室の扉がノックされた。
顔を出したのは、デンティ。
デンティは「お話中のところ、申し訳ありません」と一言述べたあと、ルンベックに耳打ちする。
ルンベックが頷いたのを確認して、そのまま部屋を出て行った。
「話の腰を折った形になったが、もう大丈夫だ。さあ、話してくれるかな」
「分かりました、お父様。では、タダシが急に動き出したことから話します」
マップに白線が出たことで、正司はそこへ向かった。
この突然の行動だが、リーザには「魔法みたいなもの」と説明した。
説明を受けたリーザ自身、よく分かっていない。
そのため、ルンベックへの説明は簡単なものになった。
「タダシには、目的地が分かるようです。そこへ行くと倉庫がありました」
「ふむ……まあいいか」
倉庫には鍵がかかっておらず、中に入ったら、奥まったところに少女が隠れていたことを話した。
「タダシが発見した女性は背中を斬られて、気を失った状態でした」
「剣を持った何者かに襲われたわけか。それは問題だ」
「ええ、彼女の知人か襲撃者が、この周辺にいると私は判断しました。ただ、しばらく待ってみましたが、それらしい者は現れませんでした。仕方なく、周囲の商店に女性を保護したことだけ告げて、屋敷に戻ったのです」
「なるほど、もしだれかが屋敷にやってきたら、そのどちらかと判断したわけだね」
「はい、そうです。そのすぐ後にやってくるとは思いませんでしたが」
リオスと名乗る「オスマン家の家令」がやってきた。
少女の名はモリーで、自分のところの使用人だから返してほしいと言ってきた。
当然リーザは断る。
リオスが敵か味方か分からない。
保護した者をホイホイと渡せるわけがない。
「キミが感じたのは、どっちだった?」
「敵ですね。味方だとしても、善意で保護しようとはしていないと思います」
会話の中で軽く脅しをかけてきたことや、金で解決しようとしたのを考慮すれば、限りなく敵に近いとリーザは言った。
「なるほど。それで追い返した日の夜に襲撃か。せっかちなことだ」
「それだけ大事なのかもしれません」
「そうだね。その場合、本人もしくは本人が見聞きしたこと、もしくは本人が盗み出した物が大事だったのかもしれない」
「盗み出した物……ですか?」
「引き取りに来た者が『オスマン家の家令』と名乗ったならば、その可能性がある。今度は、私が出席した晩餐会の話を聞かせてあげよう。関連がありそうだ」
ルンベックは、晩餐会の終盤で、コルドラールという財務部長と話をしたことを告げた。
「彼はオスマン家の出身らしい。そして晩餐会に遅れてやってきた理由は、屋敷から『書類』が盗まれたからだそうだ」
「盗まれた? ただの書類ですか?」
「そう言っていたね。貴金属でも契約書でもない。ただの書類が盗まれた。金目のものではないので、あとは家令に任せてやってきたと話していた」
「……なかなか符合しますわね」
「そうだね。襲撃者の件も含めて、探りを入れてみる価値があるだろう」
ルンベックは明日、領主の屋敷へ招待されている。
会談のあとは、ガーデンパーティが開催されるのだ。
今日の晩餐会は、町政を預かる者たちのみが参加を許されていたが、明日は町の有力者や裕福な商人も呼ばれている。
トエルザード側も、この町にいる者の多くが招待されている。
デンティやヒューシャも当然参加する。
「分かりました。明日、私は私で動こうと思います」
「……リーザ、それはいけないよ」
ルンベックは軽く目頭を押さえつつ、沈痛な声を出した。
「どうしてですか、お父様」
「私はそれに賛成しかねる。タダシくんと一緒に、屋敷で大人しくしていなさい」
危険なのだ。それは親としては当然の話。
だがリーザは逆に首を横に振った。まるで分かっていないという風に。
「残念ながらお父様、そういうわけにはいきません。明日、タダシはクエストをするでしょう。そして私はお母様から、『できるだけ』タダシの好きにさせるよう言われております」
「タダシくんはいま、私の護衛だよ。それでもかい?」
「そうです」
リーザは一歩も引かずに、ルンベックと対峙した。
ミュゼは、自分が責任を取れる範囲内で、正司の好きにさせていいという趣旨の発言をしている。
決してルンベックの希望を全部無視していいとは言っていない。
それでもリーザは続けた。
「お父様はこの旅で知ることになると思います。タダシが望む、望まないにかかわらず、物事はタダシの周りに収束していくことを」
「つまりトラブルから遠ざけても無駄ということかな」
「かえって面倒なことになるかもしれません。『最善な選択』というのは、結果が出てはじめて分かるものですから」
正司との旅で、リーザはそれを学んだ。
ミュゼははじめから、何となく分かっていたフシがある。
あまり行動を制限させようとしなかったのは、本能で理解していたのかもしれない。
正司が「人を助けたい」と考えたとき、その優先順位は行動のトップにくる。
そしていま、正司はラムエルの恋を手助けしようとしている。
同時に、自らが見つけた女性を気に掛けている。
この状況で手を引けと言ったところで、意味はない。
正司は必ず、物事を解決させようと動き出す。
「私も妻から似たようなことは言われているが……分かった。今回だけは、キミの好きにするといい。その結果如何で、今後のことは考えよう」
「ありがとうございます、お父様。どんな結果になるのか楽しみですわ」
「なんだろう……最近、妻に似てきたね」
ミュゼに似てきた。
それは果たして褒め言葉だろうか。それとも……。
「ではもう自室に帰って寝なさい。淑女は夜更かしをしないものだ」
「はい、お父様。お休みなさいませ」
「ああ、お休み」
リーザは一礼すると応接室を出て行った。
入れ違いにデンティが入ってくる。
「どうだ?」
「すぐに来るそうです」
デンティは答えた。
「そうか。今夜は……眠れそうにないな」
「そのようです」
しばらく後、屋敷に滑り込んでくる一台の馬車があった。
翌朝正司は、起きてすぐ、襲撃者たちを治療して回った。
彼らは一晩中痛みに耐えていたらしく、顔は真っ青だった。
治療が終わっても、疲れと寝不足でグッタリしている。
「ありがとう、タダシくん。これで十分だ。朝食が用意できているから、先に済ませるといい」
「はい、ありがとうございます」
ルンベックが、あまり襲撃者と接触させたくない雰囲気だったため、正司は素直に食堂に向かった。
ちょうどリーザも席についたところだったので、一緒に朝食を摂ることにした。
この襲撃者たちであるが、実は護衛たちの手によって、朝までずっと尋問が行われていた。
といっても足を砕かれた上に全員が拘束されたことで、黙秘を続ける根性はなかったようだ。
ほとんどの者が洗いざらい吐くという、尋問する側としては、まことに都合のよい結果となった。
ルンベックは、尋問から得られた結果を知っている。
それは政治的な問題が絡むと判断できるもので、正司には聞かせない方がいいと考えた。
同じようにリーザにも、伝えないことにした。
彼らの半分は町のゴロツキで、残りは傭兵団からあぶれた者だった。
「フィーネ公領の治安は、随分と悪くなったものだね」
最初、報告を聞いたルンベックは、そんな感想を抱いた。
金次第でなんでもする人間は、どの町にも一定数いる。
また、傭兵団に所属しているものの、性根は犯罪者と変わらない者たちもいる。
それでも簡単にこれだけの人数が集まったのは、異様である。
この町は流通が活発化して、他に比べても発展している。
それでさえこうなのだから、想像以上にフィーネ公領が貧しいことが分かってしまった。
そして連中の目的は、正司が連れ帰ってきたモリーの殺害だった。
これは予想通りである。
リーザから聞いた話からも、何か仕掛けてくることは十分考えられた。
それでも襲撃先は、トエルザード家所有の屋敷である。
襲撃が成功しても、大きな問題に発展する。
「そもそも、そういった連中をいくら集めたところで、満足な成功は望めないだろうに」
数にものをいわせるのは有効な手段ではあるが、ここには多数の護衛がいる。
襲撃を開始した時点で護衛と戦闘になっただろうし、護衛の技量は、町のゴロツキを軽く凌ぐ。
護衛の手にかかって、遠からず全員斬り伏せられたはず。
それでも襲撃が強行されたのは、こちらが思っている以上に、モリーが重要人物だからと考えるのが妥当である。
昨晩の時点でルンベックは、馴染みの傭兵団に人を走らせていた。
雇用するためである。
翌日の会談に護衛の多くを連れていくため、手薄になった屋敷を守らせるのだ。
そしてつい先ほど、傭兵団から了承の返事を貰っている。
夜半のことだったので、連絡がついた者からここへやってくる手はずになっていた。
残りの傭兵は、準備ができ次第、順次ここへ駆けつけることになっている。
「屋敷の警備はいいとして、問題は……」
財務部長のコルドラールは、書類が盗み出されたと言っていた。
それとモリーが関係しているのか、現時点では不明。
だが、もし関係あるとしたら……。
「この件で二人に動かれるわけにはいかないね」
正司とリーザを遠ざけた理由がそれだった。
政治的な判断が必要となるため、単純に悪を懲らしめてお終いとはいかなくなる可能性が出てきたのだ。
正司たちが朝食を終えてホールへきたときにはもう、ルンベックたちはいなかった。
領主の屋敷へ出発したという。
「今日はそんなに早いの?」
「会談があると言ってましたね」
正司とリーザは見送ることすらできなかった。
気付いたら、護衛も消えていた。昨日捕まえた襲撃者たちもだ。
リーザはのけ者にされた気分を味わったが、よく考えたら、本当にのけ者にされたのだと気付いた。
「これは……お父様、私の知らない情報を握っているわね」
よくある「子供にはまだ早い」というやつである。
昨日情報交換したものとは別の判断材料をルンベックは持っているに違いない。
リーザはその結論に至ったものの、どうすることもできなかった。
(ということは、お父様は反撃に出たってことよね。この場合、私はどう動けばいいかしら)
屋敷を襲撃されたのだ。ルンベックの性格からすると、やられたらやりかえす。
ルンベックはその辺、抜かりはない。
(護衛を連れて行ったってことは、向こうで必要になる可能性を考慮した? 領主の屋敷で何があるというの?)
「えっと、リーザさん?」
険しい顔のリーザに、正司が戸惑っている。
「ねえタダシ、状況を整理しましょう」
「えっ?」
「お父様はデンティたちと一緒に領主の屋敷へ出かけて行ったわ。ほとんどの護衛を引き連れてね」
「そうですね。かわりにこの屋敷を守るために、傭兵団が来ていますけど」
「彼らはフィーネ公領ですぐに戦力になるために雇っている子飼いだから安心していいわ。つまりお父様は、領主の屋敷で自前の兵力が必要になるかもって思ったのよ」
「そうなんですか?」
「自分の身を守らせるだけなら、半分も連れていけばいい方よ。それでも大所帯になるし」
呼ばれたパーティに多数の護衛を連れて行くこと自体、先例がない。
これは、ルンベックがオスマン家を敵認定していることが関係している。
昨夜の失敗は、もう敵に伝わっているはずである。
さすがに昨夜以上の手勢を瞬時に集めるのは難しいだろう。
こちらが反撃するとしたら、今日が最適のはず。
だからルンベックはその場で指示が出せるよう、護衛を連れて行ったのかもしれない。
「ねえタダシ。昨日の襲撃、あなたはどう考える?」
「昨日の件ですか……それってずいぶんと漠然とした質問ですけど」
「タダシが思ったことを聞きたいの。あなたはどう感じた?」
「そうですね……昨夜の襲撃はとても性急すぎる気がします。よほど急ぐ理由があったとしか思えないです」
女性を保護した直後、引き取りにきた者がいる。
ここまではいい。そういうこともある。
問題は、その日の夜に襲撃があったことだ。
これでは、保護した女性に何かあると言っているようなもの。
しかも引き取りにやってきた者が帰っていったのは、もう夜になろうかという時間帯。
それからほんの数時間で襲撃があった。
よほど隠したいものがあるのだろうと正司は考えた。
リーザもそれに同意する。
「加えて、お父様はもう少し別の何かを知っているようなのよね。というわけで、私たちは出遅れた感じなのだけど」
本来ならば、事件の中心にいるはずなのに、どうにも外されてしまった感じだ。
「それでいいのではないでしょうか。私はクエスト……ラムエルさんの件で手一杯ですし」
「それでも鍵はモリーよね。あの娘が目を覚ませば、問題は一気に解決するのかもしれないのだから。でも気になるわ。お父様が何を掴んでいるのか」
今日、領主の屋敷でガーデンパーティが開かれる。
もちろん正司とリーザは留守番である。
「それでタダシは、どうするつもり?」
「私はモリーさん次第ですね。クエストの白線は相変わらず彼女を指していますので」
「そう……だったら、早く目を覚ますといいわね」
目を覚ますまで、しばらく「待ち」ねと、リーザは呟いた。
この屋敷にはもう、ルンベックや護衛だけでなく、デンティすらいない。
僅かな護衛と、ルンベックが手配した傭兵団が屋敷を守っている。
じりじりと時間だけが過ぎ、そろそろ昼になろうかという頃になって、ようやくモリーが目を覚ました。
「タダシ、事情を聞きに行くわよ」
「はい」
使用人の話では、多少の混乱はあるものの、本人はいま落ちついているという。
最初目を覚ましたとき、連れ戻されたのかと暴れたようだが、背中の傷がなくなっていることに驚いた拍子に、ここが自分の知っている場所ではないことに気付いたらしかった。
リーザと正司が向かった頃にはもう、すっかり気を落ち着けていた。
「それであなたの名前はモリーでいいのね」
「はい。オスマン家の専属書記をやっています」
「あなたは、倉庫の中で倒れていたのよ。背中に大きな斬り傷を負ってね。そこは上流階級の屋敷が建ち並ぶ場所にある憩いの場。どこで何があったの? それとどうしてあそこにいたのかしら」
リーザは、自分たちがモリーを見つけて保護したことを告げた。
そしてここがトエルザード家所有の屋敷であると伝えると、ひどく驚いていた。
近くの屋敷だと思っていたようだ。
「本来わたしのところへ、来てはならない書類が紛れ込んでいたのです」
事件のはじまりはこうだった。
モリーは昨年、オスマン家に書記として雇われた。
綺麗な字を書くこと、丁寧な仕事、そして各種言語に明るいことから、別の貴族から紹介を受けたのだという。
手紙や重要書類を清書するのがモリーの仕事だが、書記は家の内部事情を知ってしまうため、仕事内容は選ばれる。
「書記は一度雇用されると、よほどのことがない限り、ずっと続けることができます」
「内部事情を知ってしまうからね。それで」
継続して雇ってもらえるよう、モリーは積極的に働いたらしい。
先輩の書記が手一杯のときは、さほど重要でない案件なら任されるようになってきた。
「いつも走り書きのようなメモが回ってきて、それを清書しているのです。仕事を与える方も、わたしもメモの中身など、いちいちすべて把握していません」
その日も粛々と与えられた仕事をこなしていたという。
仕事をこなし、メモと清書した完成書類を提出したあと、急にモリーは呼び出された。
ミスでもしたかと思っていたら、どうにも雰囲気がおかしい。
しきりに今日の仕事について聞いてくる。
たしかに見せられた書類はモリーが行った仕事だった。
なぜそれをと考えているうちに、雇い主が何を気にしていたのか理解してしまった。
「すぐに顔に出たのだと思います。直後、屋敷の兵に捕まって、一室に閉じ込められました」
「ということは、本来あなたのところへ来るはずのないメモが来たと。それはなんだったの?」
「警備部長に宛てた手紙で、中身は警備の段取りについてでした。これこれこのように変更してほしいと書かれていて……それで……」
モリーはガクガクと震えだした。
「それで……何が書いてあったの?」
「しゅ、襲撃あとの逃走経路が書かれていました。そこは巡回から外すようにと……それと町の外れにいる集団の場所も書いてありました」
「警備部長宛てというのは間違っていないのね?」
「はい。間違いないです。宛先は、バッテリオ警備部長殿となっていました」
「そんな立場の者が襲撃に荷担……?」
リムの町は、三人の代表者で構成されている。
政治を司る領主、軍事を司る警備部長、財政を司る財務部長の三人だ。
リムの町の領主ヘイディーはアルノルト家の出身。
財務部長はコルドラールで、オスマン家の出身。
そして最後の警備部長は、バッテリオ。
モリーが見たのは、文官の長が武官の長へ宛てた手紙である。
そして内容だが、穏便に済ますにはいささか物騒な代物。
文官と武官の長が組んでまで襲撃しなければならない相手など、この町に一人しかいない。
「まさか領主襲撃? あなた、よく無事だったわね」
考えられるのはそれくらいである。
「いえ、それが違うのです。領主様への口裏合わせが書かれていましたので」
最後にあったのは、領主に聞かれたときに行う問答だったとモリーは言った。
「あれ? そうすると私の予想は違ったのかしら。だったら、だれを襲撃するっていうのよ」
そこまで念入りに計画するような相手はこの町にはいな……。
「いたわ!」
「どうしたんですか、リーザさん。突然大声を出して!?」
「そうか、そういうことだったのね」
「何がです?」
「お父様がこの日、ここへ来ることは一般には伏せられていた。けど、領主にだけは知らせてあった。でもそれは領主に知らせたというだけの話で、昨晩の晩餐会や、今日行われるガーデンパーティの準備もあるし、警備の問題もある。当然、二人の部長は知っていたはず。だったら……」
襲撃対象をこの領内の人に限定する必要はない。
もしルンベックに何かあれば、領主のクビがとぶ。
「ねえ、モリー、よく思い出して! 手紙の最後には、本当に領主に向けて口裏合わせの言葉が書いてあったのね」
「わたしはそう解釈しました」
「ならば、襲撃対象はトエルザード家の者かもしれない……あなた、そんな重要なものを見てしまって、よく無事だったわね」
モリーが清書したのは、その場で殺されてもおかしくないほどの危険文書だ。
「嫌な気配をヒシヒシと感じましたので、閉じ込められてすぐに、怖くなって逃げ出しました」
トイレに行きたいと願い出て、そのまま小窓から逃走したらしい。
そもそも屋敷は、自分がいつも働いている場所だ。
追っ手の目を欺くような場所は、よく分かっている。
それでも兵のひとりに見つかり、後ろから斬りかかられたらしい。
「わたしが逃げたことを公にしたくなかったようでした。追ってくる兵も数人……それで捕まえられると思ったようです」
ここで掴まったら殺されてしまう。
モリーは知恵と勇気を振り絞って、見事屋敷から脱出。
ただし、血を失いすぎたことで、頭がぼーっとしてきた。
これは遠くまで逃げられないと、どこか隠れる場所を探したらしい。
目についた倉庫に逃げ込んだのだった。
「あそこは清掃で使ったことがありましたので、鍵の在処も分かっていたのです」
さすがに中から鍵はしめられないが、扉を閉めておけば見つからない。
そんな風に考えて、念のため、奥まで潜り込んだところで気を失ったらしい。
「なるほど……それをタダシが見つけたわけね。よし分かったわ、すぐにお父様に知らせましょう」
「あっ、目的地が変わりました。白線が別の方角へ延びました」
「クエストというやつね」
「そうです。町の外へ向かっているようです」
「お父様のいる領主の屋敷ではなくって?」
「違います。次の目的地は別の場所のようです」
「…………」
リーザはよく分からないという顔をした。
予想が確かならば、ガーデンパーティのときに襲撃がおこる。
ルンベックはまだ、領主と会談している時間帯。
(だとすると別件? それはないと思うのだけど……)
ガーデンパーティまで、まだ時間的余裕はあるはずである。
正司に従って、町の外へ行くべきか、領主の屋敷に乗り込むべきか、リーザは悩んだ。
「……うーん、お母様から、できるだけタダシのやりたいようにと言われているのよね。しかたないか。お父様のところには、ラムエルを行かせましょう」
正司の目的地は他にあるようなので、領主の屋敷にラムエルを行かせることにした。
ルンベックがほとんどの護衛を引き連れていってしまったので、使える者があまり残っていない。
「モリー、あなたは貴重な証人よ。けっしてこの屋敷から出ないようにね」
傭兵団は続々と後続が到着し、いまではかなりの数が屋敷に集結している。
百人単位で攻めてきても、籠城できるくらいには戦力が整っている。
リーザはラムエルを呼んで、事情を説明した。
非常に驚いたようだが、「あなたの行動にかかっているのよ」とリーザに言われて、がぜんやる気になった。
また他に残った護衛たちもいる。
彼らと傭兵団にも事情を話した。
とくにモリーを守らせることに全力を注ぐように伝えておいた。
ラムエルはすぐに出立させている。
リーザの話を聞いて、領主の屋敷へすっ飛んでいった。
「タダシ、時間がないわ。町の外ね。すぐに行きましょう!」
「分かりました。でしたら、〈瞬間移動〉を使ってもいいですか?」
「この際構わないわ。責任はわた……お母様がとると言っているし、了解を得なくていいから、好きにやっちゃいなさい!」
「はい。ではまず、町の入り口まで、移動します」
正司はリーザを連れて跳んだ。
ラムエルは馬を走らせ、領主の屋敷に駆け込んだ。
だが、なかなか屋敷の中に入れてくれない。
取り次いでくれと言っても、駄目なのだ。
ラムエルがトエルザード公直属の護衛であることは分かっているはずであり、なおかつ、火急の用件と告げたにもかかわらずだ。
「ならば押し通るまで!」
さすがに剣を抜くわけにはいかないが、それは向こうとて同じ。
正式な使者を追い返す非礼を働いたのは相手の方である。
強く出るラムエルに屋敷を守っている兵たちはやや困惑気味だ。
「どうした……ん? ラムエルではないか?」
中から出てきたのは、同じ護衛仲間のひとり。
「いいところに。お館様に火急の伝達があるんだ。だけど、ここを通してもらえなくて困っている」
ラムエルが声を張り上げると、護衛仲間は「火急だと!? それになぜ足止めを喰らってる!?」と驚愕の声をあげる。
高貴なものの身辺は常に守られなければならない。
その護衛が近づくことを許されないのは、かなり不自然なことだ。
「仕方ないから押し通ることにしようと思ったところだ」
「俺も協力しよう」
そこで押し問答がはじまり、大騒ぎになってしまった。
周囲から何人もの兵が集まり、何事かと屋敷の中からも護衛が集まってきた。
事情を聞いて護衛たちが気色ばむ。
「いいか、我らはトエルザード公直属の護衛である。これ以上の妨害行為は実力を持って排除する。これが最後の通告だ…………全員、抜剣!」
どうやら、話し合っても埒があかないと思った護衛たちは、強硬手段を取ることにした。
ラムエルを除いた全員が剣を抜いたのである。
ジャリンと硬質な音が響く。
これは異例のことである。
主君を守るために剣を抜いた。つまり、目の前の兵を敵と認定した行動である。
「ま、待て!」
護衛たちの態度が本気であると悟った警備兵が折れた。
「火急の用件だ。通してもらう」
ラムエルが叫ぶ。
不承不承だが、警備兵たちが道を空けた。
「俺たちが守る。さあ、いくぞ」
ラムエルは左右を護衛たちに守られながら、屋敷内を進む。
護衛たちは抜剣したままだ。
使用人が何事かと声を出し、驚いて手にしていた盆を落とす。
その横を駆け足で進む。
「お館様、報告があります!」
「騒々しいな。ここは領主の館だぞ」
部屋に駆け込んだのは、ラムエル一人。
ルンベックは領主と会談中だ。室内には十人の人間がいた。
ともに護衛を四人ずつつけていたのだ。
「リーザ様より、伝言です。昨日保護した女性からもたらされた情報で、今回のパーティですが、襲撃が予定されている可能性が高まりました」
「やはりそうか」
「知っていたのですか!?」
「いまその対策を練っていたところだが……とにかく話を聞こう」
「はっ、報告します。保護したモリーは、オスマン家の専属書記でした。そして本来ならば見るはずのない機密文書を見てしまったのです」
ラムエルはリーザから聞いたことをそのまま話した。
最初は頷いて話を聞いていたルンベックだったが、警備部長バッテリオの名が出たところで、厳しい顔をした。
領主のヘイディーも同じだ。
「まさか……」と絶句してしまった。
「……報告は以上であります」
すべて言い終えたラムエルに、労いの言葉は無い。
ルンベックは忙しく頭を働かせており、ヘイディーにいたっては自分の世界に入ってしまっている。
「思ったより事態は切迫しているようですね。それと、外が騒がしかったが何かあったのかな?」
「報告をあげようとしましたところ、門の所で止められました。仲間が来てくれて事なきを得ましたが、屋敷に入れてくれないのです」
「ヘイディー殿?」
「屋敷の周辺は、バッテリオの警備兵に任せることになっていました」
「屋敷の中と外で命令系統が違うのですね」
「そうです……外は言い含められているようですね」
ルンベックがいま何を確認したのか、ヘイディーにも分かったようだ。
「彼が伝令に来たことで、事態が動いたかもしれませんね。この部屋は安全でしょうが、他が心配です」
この部屋の内外は、領主の私兵とルンベックの護衛たちが固めている。
今日はガーデンパーティが開かれるため、すでに招待客が集まっている。
それらの警備は、完全とはいえない。
「すぐに警備を強化させます」
ヘイディーは兵に指示を出した。
ルンベックも本日の招待客の中で、自領出身の者へ事情を説明する使いを出すことにした。
選ばれたのはラムエル。
ラムエルは今日、ルンベックの警備要員ではない。
そのため、伝令に走らせても警備上、問題はない。
「伝えてきます!」
「すぐに行ってくれ」
「はいっ!」
ラムエルは走り出した。
ラムエルは廊下を走り、角を曲がり、目的の場所――パーティの控室へ駆け込んだ。
「みなさん、お知らせがあります」
ラムエルがそう告げたのと、控室の反対側の扉が開かれるのが同時だった。
見るからに賊と分かる覆面をした者たちが、なだれ込んできた。
「侵入者だ!」
屋敷の兵が迎撃に向かう。素早い動きだ。
だが突然のことだったため、招待客の方はまったく動けない。
賊は一様に顔を隠している。区別はつかない。
それが控室に入った瞬間に、バラバラに散った。
「きゃぁああああ」
招待客のひとりが悲鳴をあげた。若い女性だ。
その女性に向かって、賊が剣を振り上げた。
賊が剣を振り下ろそうと向かっていく。
「ヒューシャ!」
ラムエルは走り出した。腰に剣を佩いているが、抜く時間はない。
ラムエルは賊とヒューシャの間に飛び込んだ。腕を伸ばし、ヒューシャを自らの身体で抱え込む。
――ザクッ
ラムエルの肩口から腰の半ばまで、剣が走った。
直後、大量の血が天井に向かって噴き上がった。
「ラムエル!?」
ラムエルの腕の中で、ヒューシャの目が見開かれる。
「くそっ!」
襲った護衛がもう一度剣を振り上げたが、屋敷の兵に阻まれて、追撃は失敗する。
その頃にはも大勢は決したようで、賊の半分は撤退の準備に入っていた。
思った以上に、控室に屋敷の兵がいたのである。
「退けっ!」
その言葉とともに、賊が撤退していく。
「追えっ!」
兵の半数がそれを追う。
「ラムエル……ラムエル!!」
ヒューシャはラムエルの身体にすがりつくも、ラムエルは目を閉じたままだ。
「彼は……娘を守ってくれたのだね」
「ラムエルーっ!!」
父親のデンティが、沈痛な面持ちでやってきた。
デンティもラムエルが身体を投げ出したところを見ていた。
娘が斬られる直前に割って入ったのをしっかりと目にした。
そして深い斬撃、噴き出る血飛沫。
あれでは到底助からない。
デンティはそっとヒューシャの肩に手を置いた。
「ううっ……ラムエル」
泣き崩れるヒューシャの声が、控室に響く。
「えっと、タダシ」
「はい。治しますね」
ラムエルの身体が強い光に包まれたあと、身体を両断しかけていた傷が綺麗さっぱり消え失せた。
「えっ?」
「えっ!?」
「ええっ!!」
周囲が目を剥いている中……。
「あれ?」
ラムエルが目を覚ました。