061 認められるためには 前編
正司たちがリムの町に着いた翌日。
「では行ってくるよ」
ルンベックは今日、リムの町の領主に会う。
ルンベックの予定は詰まっており、午前中は領主と会談。
昼食後も領主の屋敷で、有力者と根回しの会談が入っている。
夕方から晩餐会が開かれるらしく、ルンベックの帰還は夜になるとのこと。
「行ってらっしゃいませ、お父様」
「そうそう、出かける前に少しだけ小言を言わせてほしい」
「何でしょうか」
「キミの顔を知っている者は少ないだろうが、あまり出歩かないように」
「分かっています、お父様。あまり出歩きません」
リーザは「あまり」の部分に若干アクセントを強く発音した。
言いつけを守るつもりは「あまり」ないようだ。
「……まあいい。何か困ったことがあったら、デンティを頼るといい。あれは真面目な男だ。この町で顔が利く」
「はい、心得ております。ここはトエルザード公領ではありませんもの。そうですわよね、お父様」
「……分かっているのならいい。帰りは夜になるが、緊急事態が生じたら迷わず伝令を寄越すんだよ。いいね」
「はい、心得ております」
「返事だけは一級品だね。じゃ、本当に行ってくるよ」
やや嘆息して、ルンベックは出て行った。
――ここはトエルザード領ではない
そうリーザは言った。
普通だと、「だから無茶なことはしない」と聞き取れる。
ルンベックはなぜか、リーザが「だからバレないように動きます」と聞こえた。
なぜだろうか。
ルンベックが言ったように、デンティは信頼のおける人物である。
デンティは重要な町の管理者に選ばれるくらいの人物だ。
リーザもデンティは信用に足る人物であると理解している。
(人柄は問題ないけど、やや生真面目なのよね)
忠誠心が高いのはいい。
そのせいで後継者問題について、頑固そうな印象をリーザは受けた。
別段、結婚相手がラムエルでも、他の誰かでも構わないとリーザは思っている。
だが、正司がこの件に首を突っ込んでいる。
できれば穏便な形で終息してほしいと、リーザは切に願っている。
父親からは釘を刺されたが、多少のことは目を瞑ってもらいたいとも思っている。
「さて、お父様は出かけてしまったし……タダシはどうするのかしらね」
正司はクエストを信奉しており、ラムエルの問題を解決するために動くことは確定事項。
あとはどう動くかだが、その方向性がリーザにはさっぱり分からない。
ミュゼは正司の後をついていくだけで、別段何かしようとはしなかったらしい。
(私は無理ね)
常識が邪魔をして、寛容になれないこともある。
(とりあえず、タダシの予定を確認しましょう)
リーザは、正司にあてがわれた部屋に向かった。
実は正司だけ、他の護衛たちとは別の部屋を与えられている。
これはミュゼの希望をルンベックが叶えたことによるものだ。
部屋で正司は、ミュゼから貸し与えられた書物を昨晩から読み込んでいるはずである。
正司が受けたこれまでの講義で、各国の現状や風俗、生活様式などは一通り学んだ。
講義しきれなかったものは、書物で補完することになる。
旅の時間を有効に使うようにと、ミュゼから課題も出されている。
思いの外、正司が勤勉だったこともあり、それなりの量の課題が出ている。
馬車の中でそれを知ったリーザは、目をまるくしたものだ。
「……ねえ、タダシ。いるかしら?」
リーザが扉をノックし、部屋に入ると、そこに本の山に囲まれた正司がいた。
「あっ、おはようございます、リーザさん」
「すごい量の本ね。もしかして、もう課題をやっているの?」
数十冊も積み重なっている本を読み込んだのだろうかと、リーザは目を丸くする。
「そうですね。できるところから手をつけている感じです」
「昨日出立したばかりなのに、頑張るのね。……どれどれ」
正司が書いたものを眺めると、リーザの知らない用語がいくつも並んでいた。
(お母様……タダシにどれだけ詰め込めさせたのかしら)
リーザは通常の勉強だけでなく、経済や政治、礼儀、マナー、教養など広く浅く学ばねばならず、それほど深く書物を読み込むことはしていない。
16歳という年齢もあり、高度な専門的知識を有しているわけではない。
(タダシに抜かされた気分ね)
正司がいま取り組んでいる課題は土木関係らしく、課題が専門用語と数字で埋め尽くされていた。
「これから取り組むのは、旅行記や手記なんですけど、これらはどうしても嵩張るんですよね。古いものは独特の表現があったりして、読みにくいです。当時の流行語なんですかね」
どうやら正司が読んでいるのは、技術書だけではないらしい。
「さすがに私も、旅行記までは読んだことないわよ」
積み上がった書物の背表紙を眺めたが、聞いたことのない書名ばかりが並んでいる。
ミュゼはすべて目を通しているのだろうが、リーザはまだそこまで至っていない。
日記や手記、旅行記といったものは、自分が分かる範囲のものを書き連ねているだけだが、それが書かれたのが百年、二百年前だと、知識の前提条件が違う。
読む側に当時の知識がないと、かなり苦戦する。
これを正司に読ませる意図は何なのか。
ミュゼは何を見据えて、正司にこのような教育をしているのか。
(ざっと見た感じでは、内容に偏りはないようだけど……あえて言うならば、旅行記や日記は孤軍奮闘している人たちの話ばかりよね)
旅先で出会った人たちのことを書いた旅行記や、開拓のため故郷を離れた人の手記や故郷に宛てた手紙を集めたものなどらしい。
のちに成功して書物として残した人たちの半生だ。
みな波瀾万丈な人生を送っている。
「読んでいて、意味が分からないところもあるんですが、昔の人は大変だったようですね。お腹が空きすぎて気が変になる話が書いてあった後に、延々と虫を捕る方法が書かれていたりするんです。美味しくないみたいですけど」
「それはまた……」
苦労話を脚色するのは常であるが、話半分にしても、虫を食べて飢えを凌ぎたくない。
「移動もいまと比べると危険だったようですね。街道は少なく、道と呼べるものも僅か。兵の巡回もないから、いつ魔物に襲われるか分からない。みなで集まって、ビクビクしながら移動していたみたいです」
数世代前までは、隣町に向かうにも命がけだったと聞いている。
「人はいつでも食べるのに必死だったのよ。余力ができてはじめて街道を増やしたり、道幅を広くしたりしたのだもの。魔物から人を守ると言っても、町を安全にできなければ意味がないし。そういう意味では、帝国に比べて大陸の西側は大きく遅れていたと思うわ……それはそうと、タダシ」
「はい、なんでしょうか」
「今日はどうするつもり? 私たちは明後日の朝には出立するわよ」
「そうでした。クエストを進めないといけないですね。ですが次の目的地がまだ出ないのです。こんなこと初めてなんですけど」
「目的地? どういうこと?」
「次に何をするか分かる魔法みたいなものと思ってください。それに導かれる感じなのですが、まだ出てこないのです」
「……よく分からないけど、いいわ。いまは目的がないのね。だったら私が町を案内してあげる。すぐに支度しなさい」
「観光ですか、それはいいですね。ここで本だけ読んでいてもしょうがないですし」
リーザは、正司を連れて屋敷を出た。
お忍びみたいなものなので、馬車は使わずに歩きである。
道すがら、リーザは正司にこの町のレクチャーをする。
「ここは国境の町だけあって、色んな人たちが行き来するのよ。だから旅人やこの町に住んでいる人相手じゃなく、行商人たち相手の商売も盛んなの」
「犯罪者を監視するのも盛んですよね」
「そうよ。犯罪者の情報は、なかなか領を越えて共有されないもの。連中は都合が悪くなると、他領へ逃げるのよ」
領を出ていったのが分かれば、もちろん犯罪者の情報は渡す。だが通常の犯罪者の情報までは、多すぎて共有していない。
そのため手配された者は、なるべく他領へ逃げて行くのである。
ほかにもフィーネ公領からトエルザード公領へ働きに行く者、商売しに行く者など、多種多様な人々がこの町にやってくる。
領を出る最後の町で買い物をしておこうと考える人も多いようだ。
とくに行商人は、最後の商品をここで補充していく。
逆に、トエルザード公領で買い込んだ商品の一部をここで卸していく者もいる。
とにかく人が溢れ、商品が溢れ、犯罪者も溢れているのが、国境の町リムであるらしい。
「この町の領主は大変ですね」
「それが仕事よ。有能じゃない者には任せられないけど」
「なるほど。この町の領主の方は有能な方なんですね」
「いまの領主は、フィーネ公領でも有名なアルノルト家の次男ね。父様と同じくらいの歳で、名前はたしか……ヘイディーとか言ったわね」
リーザは留学前に何度か来たことがあるが、それはもう何年も前の話である。
町の様子も様変わりしているらしく、正司と一緒に店を見てまわった。
といっても買い物は控えめにして、道行く人を眺めたり、景気を判断したりと、リーザは町の観察に余念がない。
「あっ……」
「タダシ、どうしたの?」
「クエストが更新されました」
「どういうこと?」
「行き先が分かったのです」
「その魔法のようなものよね。詳しくは聞かないけど、それでどうなるの?」
「町の北側に向かって白線が伸びています」
「北側というと、今日父様が向かった方角ね。領主の館があるわ。上流階級の人たちがよく住む場所よ」
「高級住宅街ですか? 私が行っても大丈夫でしょうか」
「ラマ国とは違って、門番がいるわけじゃなし、私もついていくから大丈夫よ。さあタダシ、さっさと行きましょう」
どうやらリーザの方がやる気になったようだ。
というより、明後日の朝には出立するので、終わらせるならば、早く終わらせてくれというのが本音だろう。
「分かりました。こっちです」
ふたりは白線の導く先に向かって、仲良く歩き出した。
高級住宅街の一角に、「憩いの広場」がある。
人々の目を楽しませる緑が豊かな場所だ。
正司の感覚でいうと、キチンと整備されたそれなりに広い公園だろうか。
子供連れの姿も垣間見える。
「ここなの?」
「ええ、こっちですね。マップだと木々の向こうに建物があるんですけど」
歩いて行くと、倉庫のような小さな建物があった。
リーザが取っ手に手をかけると、スッと開いた。
「鍵がかかってないわね。さすがに不用心じゃないかしら、これ」
白線は中に繋がっており、正司がそれを告げてから先に中へ入る。
雑多な用具が乱雑に詰め込まれており、前のものを出さないと、奥まで入れないようになっていた。
「この奥なんですけど……ん?」
「どうしたの?」
「誰かがいるようです。足が見えます?」
「ええっ!? もしかして死んで……?」
「か、確認します」
正司は、手当たり次第に用具をどけて奥に進む。
〈身体強化〉したので、どんなに重いものでも楽々どかすことができた。
正司の姿が用具の奥に消えて、すぐに目的の人物を掘り当てて戻ってきた。
「怪我をしています」
少女は気を失っていた。
年齢はリーザと同じくらいで、金色の髪を短く切っている。
長い髪を維持するのは大変で、働くのにも邪魔になる。
豊かな長い髪は、富の証しといえる。
それゆえ無理して髪を伸ばす女性はいるが、裕福な者ほど髪を短く切りそろえたりしない。
そのことから、気を失った少女はそれほど裕福な者ではないとリーザは見当をつけた。
だが、それにしては服が上品すぎる。
「背中を大きく斬られています。すぐに治療します」
顔が青白いのは失血したからかもしれない。
すぐに〈回復魔法〉をかけたため、背中の傷は塞がった……が、意識は戻らない。
「怪我のせいで気を失ったのかもしれないわね。それで、この娘は何者なの?」
「さあ、私にも分かりません」
クエストの白線は少女まで続いていた。この少女がクエストにかかわる何かであるのは確かだ。
だが、当の本人は意識がない。
「とにかく、このままにしておくわけにもいかないわ。小屋から出ましょう」
「はい」
正司はもとよりリーザも、気を失った少女をほっぽり出すつもりはなかった。
『背中』を斬られている。つまり、何者かがこの少女に危害を加えたことを意味する。
「近くに味方か敵がいるかもしれないのだけど、分かるかしら?」
「人の気配は分かりますが、それが敵か味方かは分かりません」
「まあ、そうよね。そこのベンチで休ませましょう」
この少女を探している人が近くにいるかもしれない。
もしくは追っている者が伺っていることも。
正司とリーザはベンチに座り、さりげなく周囲を監視する。
しばらく待ったが、それらしい人物は現れなかった。
「屋敷に連れ帰りたいけど、このまま連れ去っていいものか悩むわね。とりあえず言い訳できる状況を作っておきましょう」
「言い訳ですか?」
「誘拐じゃない、私たちが拾ったというのを周囲に知らしめておくのよ。ついてきなさい」
この憩いの場は、住宅街の中でも少し特殊らしい。
いくつかの商店が近くにあった。
リーザはここで少女を拾ったこと、身寄りがどこかにいると思うが、本人が気を失っているので、分からない。
拾った責任もあるのでと、少女を見せて回るついでに、屋敷に連れ帰ることを触れて回った。
怪我があったことはもちろん言わない。
身元不明の少女を保護したことだけしか話していない。
「これで根回しは済んだわ。さあ、帰りましょう」
人目のない所へ向かい、〈瞬間移動〉で屋敷に跳んだ。
午後も町の探索をする予定だったが、少女が気になる。
正司とリーザは屋敷から出ずに過ごすことにした。
「あの娘、もしかすると貴族のもとで働いていたのかもしれないわ。といっても、あれは使用人の服っぽくないのよね」
使用人についてはリーザが詳しい。
リーザの話によると、あれは仕事着ではなくある程度裕福な人の普段着だろうと。
「それなりに着古した感じがあるけど、服の汚れはほとんどないのよね」
泥がついたり、変色していないことから、職人や商人ではないだろう。
少なくとも、屋内……たとえば屋敷の中で働いているとリーザは予想した。
かといって、洗濯や掃除をするような感じでもない。
「……まっ、見た目と服装から分かるのはそのくらいね。あとは気がつくまで待ちましょう。明日に分かればいいわ」
そう楽観したリーザだったが、情報は意外なところからやってきた。
リーザが憩いの場付近にいる商店へ言付けしたことが功を奏したようで、壮年の男性が、少女の身柄を引き取りに来たのである。
応対はリーザが行うので、正司やデンティは同席しないようにと言い出した。
少女は攻撃を受けている。
一人で会うのは危ないのでは? と正司は心配する。
「護衛は扉の外で控えているから大丈夫よ。それにタダシもいるんだし」
やってきたのは、見ず知らずの人物である。
めったなことはおきないとリーザは笑いとばした。
リーザは客間でその人物と単独で会った。
使用人は部屋の中で控えているが、戦闘能力はまったくない。
護衛は部屋の外で待機している。
正司は「絶対に顔を出すな」と言われたので、部屋に引っ込んでいる。
「それで……あの娘を引き取りたいって、どういうことかしら」
リーザは薄く微笑みつつも、穏やかに問いかけた。
「モリーはわたしどもの使用人でございますれば、いつまでもここに置いておくのはご迷惑になるかと愚考致します」
屋敷にやってきたのは、リオスと名乗る壮年の男。
オスマン家に仕える家令らしい。
(オスマン家ね。あとでデンティに聞いてみた方がいいわね)
オスマン家というのには、リーザは心当たりがなかった。
黒い服に折り目正しい所作から、リオスが貴族に仕えているのは間違いない。
デンティならば知っているだろう。
リオスの年齢は五十代くらいで、髪の半分くらいに白いものが交じっている。
物腰は柔らかいが、有無を言わせぬ口調にリーザは先ほどからすこしカチンときている。
「モリーはいま寝ているわ。明日には気がつくでしょう。それまでウチで預かります」
「そう言われましても、モリーはわたくしどもが雇っている使用人でございます。ここにいる理由はないと思いますが」
「理由ですって? 寝ているからというのは理由にならないかしら」
腕を組んでやや挑発気味に告げるリーザに、リオスは一瞬だけ厳しい目を向けた。
「トエルザード家にとっても好ましくないことになるかもしれませんが」
「まあ、それは怖いこと」
「そうでございましょう。でしたら……」
「お帰りはあちらよ」
「……はっ?」
「モリーを今ここで渡すつもりはないわ。本人が起きたら、ちゃんと送り届けるつもりよ。もちろんあの娘が帰りたいと言うところにね」
「…………」
リオスはしばらく黙る。
リーザは交渉は終わったとばかりにベルを鳴らし、使用人に来客が帰る旨を伝えた。
するとリオスは少しだけ態度を変えて、早口で言った。
「わたくしどもの使用人がご迷惑かけました。すぐにお詫びの品を贈りたいと思います。それでいかがでしょうか」
リオスが提示した金額は、リーザが表情を動かすくらいには多かった。
「ずいぶんと気張るのね」
「それはもう、大事な使用人ですから」
「分かったわ」
「では……」
「本人に聞きたいことが増えたわね」
「…………」
結局リオスは何か言いたそうな顔を何度もしたものの、結局何も言わずに帰っていった。
「ビックリしました。てっきりリーザさんが引き渡すのかと思って、ハラハラしていました」
「あの娘はモリーというそうよ。それでね、タダシ。モリーには何かあるわ」
「やはりそうですか」
「背中に斬り傷があるのが普通じゃないし、あのリオスという家令の態度。どうも面倒事の臭いがするわ」
「それに引き取りに来た人が、敵か味方か分からないですよね」
「私もそう思う。だから渡すわけにはいかない。そうしたら、使用人数年分の給金を見舞金として提示してきたわ。迷惑をかけたお詫びですって」
まったくもって怪しすぎる。
あれでは、何が何でも手元に置きたいと言っているようなものである。
「背中を斬られたというのも、何か事件に関わったんでしょうか」
「そうね。モリーが犯罪に荷担したか、巻き込まれたのだと、私は思っている」
そしてモリーを取り返しにきたのが善良な者なのか、そうでないのか、現時点では分からない。
ゆえにリーザは、この場でどのような条件を出されても渡すつもりはなかった。
一方正司は、リーザがキッパリと断ったことでホッとしていた。
相変わらず、マップの白線はモリーに繋がったままだ。
クエストをクリアするためには、モリーと話す必要がある。
(しかしラムエルさんのクエストと、あの少女にどんな繋がりがあるのでしょうか)
少女を連れて屋敷に戻ったとき、すぐラムエルに顔を確認させた。
本人は見覚えがないといい、そもそもこの町の知り合いはほとんどいないとも言っていた。
(分かりませんね)
モリーに何かあるはずだが、本人はまだ目を覚まさない。
明日になれば分かるだろう。正司がそんなことを考えていると……。
「ねえ、タダシ。いいかしら」
「はい。何ですか?」
「ちょっと相談があるのだけど」
そう言って、リーザは正司に顔を近づけた。
ヘイディーが主催する晩餐会は、大層豪華なものとなった。
さすが流通の町と思えるような品々が、テーブルに所狭しと並べられた。
領主の面目躍如といったところだろう。
だが、領主の館に集まったのは、二十人足らず。
想定した規模に比べて、参加人数はかなり少ない。
「本当に申し訳ありません」
「いえいえ、火急のことと聞いています。私は気にしません」
平身低頭するヘイディーに、ルンベックはにこやかに笑いかける。
実際、参加予定者はこの倍以上いたわけで、これでは領主に求心力がないと思われても仕方ない。
「そういっていただけると、気持ちが楽になります。いやはや、まさか立て続けに大きな事件が起きるとは、まったく思いもしませんでした」
しきりに汗を拭いているヘイディーを慰めるようにルンベックは語る。
「街道に魔物が多数現れたそうですね。民を守るため、警備隊が向かうのは当然のことです」
街道に迷い出た魔物が複数おり、旅人や商人に多くの怪我人が出た。
ヘイディーはすぐに対策室を設置し、通常の警備隊だけでなく、町の常備兵の一部を選りすぐって派遣した。
現地に向かった者を指揮する者、町に残って対策を立てる者、それを取りまとめる者など、文官武官問わず、上流階級の何人かが晩餐会どころではなくなってしまった。
今も上がってくる報告に右往左往していることだろう。
「今回は出現した魔物の数が多く、広範囲に亘っているようです。知らせを受けたのが午後でしたが、現場にたどり着いたのは恐らく夕方でしょう。このまま朝まで状況は分かりません」
「心中お察しします。最近は、魔物の出現が増えているようですね」
「北の地ではもっと多いと聞いています。うまくいかないものですね」
ヘイディーは力なく笑う。
怪我をした者たちがそろそろ町まで到着する頃である。
彼らから事情を聞く必要がある。
討伐に役立てるためにも、文官の何人かは夜を徹して聞き取りをすることになる。
ヘイディーももしかすると、それに付き合うことになるかもしれない。
「私が聞いた話では、それだけではなかったとか」
「はい、その通りです。それと前後するようにして、犯罪者集団の情報が飛び込んできたものですから、町壁の警戒を最大限まで引き揚げました」
「そうでしたか、それは素晴らしい判断です。逃亡しているのは北から流れてきた窃盗団と聞きました。ここの兵は優秀です。きっとすぐに掴まることでしょう」
「そうだといいのですが……いえ、そんな暗い話は忘れて、楽しんでください」
「はい、そうさせていただきます」
他の町で荒らし回った窃盗団が、なぜか今日、徒党を組んでリムの町へやってきた。
魔物出没で町が浮き足だっているところに入ってきた情報だったため、対応が遅れてしまった。
犯罪者の集団を町中に入れては拙いし、他領へ行かせてもよくない。
ヘイディーは警備兵たちを総動員して、町壁周辺を探らせたのである。
町周辺に仮本部を設置し、指揮する者たちがすべて出払ってしまった。
やはり彼らはいま、職務の真っ最中であり、この晩餐会に参加していない。
「窃盗団といえば聞こえはいいですが、かなりの数の逃亡兵が交じっているのです。彼らにも同情できるものはありますが……いや、これは口に出さない方がよいですな」
これ以上言うと、現フィーネ公への非難になりかねない。
ヘイディーは小さく首を横に振った。
逃亡兵と聞いて、ルンベックには思い当たることがあった。
現フィーネ公は、北の未開地帯で魔物相手に何度も大きな敗北をしている。
兵だけでなく一般人にも大きな被害が出たらしい。
そのせいで、多大な借金を王国からしている。
財政の首根っこを掴まれたと言っていい。
なぜそんな馬鹿なこととルンベックは思うが、これには理由がある。
フィーネ公は、夫を魔物との戦いで喪っている。
北の魔物討伐と未開地帯の開発は、その弔い合戦の意味合いがあった。
結果が大敗となったことで、フィーネ公の求心力は落ちてしまったのは自業自得とは言え、やるせないものがある。
未開地帯から逃亡した兵の数は多いと、ルンベックは聞いている。
彼らは行き場をなくし、帰るに帰れず、犯罪者へと身を落とすことになった。
逃亡兵は、なまじ武力を持っているだけにタチが悪い。
無駄な戦いで仲間を死地に追いやったとして、彼らは現フィーネ公を恨んでいるらしい。
町や村で悪さをしていた彼らが最近、より集まって徒党を組むようになった。
すると行動は大胆化し、小さな町では手に負えなくなってきた。
この辺は、食い詰めた傭兵団と同じである。
力を持つが故に、安易な方へ流されてしまった者たちは、もう元に戻れない。
フィーネ公は窃盗集団の討伐に乗りだし、多くが捕縛された。
彼らは徐々に追い詰められ、ついに国境付近へと現れた。
そしてちょうど、ルンベックが町を訪れたときにやってきたのである。
ヘイディーとしては、「なんて間の悪い」という気分だろう。
「これはこれは、お初にお目にかかります。私は町の財務部長をしておりますコルドラールと申します」
やや背が低く、腹の出た男性が挨拶をしてきた。
「ルンベックです。財務部長というと、メルディ女史の後任ですね」
「さようでございます。メルディ殿がご高齢で公務を取り仕切るのが困難になってきましたので、私が変わることになりました。以後お見知りおきいただけたらと思います」
「これはご丁寧に。リムの町の財務部長といえば、巨大な商圏を預かるようなもの。優秀でなければ務まりますまい。こちらこそよろしくお願いします」
ルンベックが見たところ、コルドラールはまだ四十代そこそこ。
おそらく前財務部長メルディの下で働いていたのだろうが、これはなかなかの抜擢である。
しかし晩餐会が始まってから紹介された中にはいなかったなとルンベックが考えていると、ヘイディーが説明してくれた。
「コルドラールさんは用事があって遅れてきたのです。コルドラールさん、家の方はもう大丈夫なのですか?」
「ええ、そちらは家令に任せましたので問題ありません」
「おやっ、何かありましたか?」
コルドラールのやや含みを持たせた言い方が気になったため、ルンベックは多少マナーから外れていようとも、気にせずに問いかけた。
コルドラールとしても聞かれたからには、何か返答しなければならない。
「いや、大したことではありません……ただ、私の屋敷に泥棒が入ったようなのです」
「なんと。ということは、巷を騒がせている窃盗団でしょうか」
「さて……大したものは盗まれていませんので、それは違うでしょう」
「盗まれたのは、金目のものではなかったのですか?」
「まあ……そういうことです」
「町の財務部長の屋敷に忍び込んでまで、何を盗んだのでしょう」
ここまで尋ねられると、さすがにコルドラールも嫌な顔をするが、相手はトエルザード公である。
数瞬、言いよどんだあとで、「書類です」と答えた。
「ほう……機密文書ですか。それはまた大事ですね」
「いやいや、ただの書類ですから価値のないものです。大方金になると思い込んで盗んだのでしょうな。しかしこの町も物騒になったものです。まあ、それも時間の問題。町の常備兵たちが解決してくれるでしょう。ですからわたくしはこうして晩餐会に出席できるというものです」
そう言ってコルドラールは声をあげて笑った。
ルンベックが晩餐会に出席している頃。
正司の部屋に、ラムエルとリーザがいた。
三人でモリーという少女について話し合っていた。
「デンティの話だと、オスマン家は実在するようなのよね。本当にそっちも心当たりないのよね」
名門とは行かないが、最近のオスマン家は登り調子であると認識されている。
「オスマン家って名前はまったく記憶にないです。それにオレは上流階級の人たちに知り合いなんかいませんよ」
ラムエルは、モリーと面識はないばかりか、オスマン家の名前すら聞いたことがないらしい。
今回に限っては、クエストが誤動作をおこしたのだろうか。
そんなことを正司が考えていると、リーザが不思議そうな顔をした。
「そういえばおかしいわね。オスマン家ってどんなに大きく見せても、町の新興勢力以上ではないのよ。トエルザード家に対して影響力をもつなんてことはあり得ないのよね」
そのわりにはリオスと名乗った家令は、自信満々だった。
そこがリーザには解せなかった。
「家の出世頭が、財務部長でしたっけ?」
「そうね。最近就任したみたいだけど」
若くして町の財務を預かる立場になったらしく、かなりのやり手だと上流階級の間では噂されているとか。
「ちゃんとした家なんですよね」
「リオスの服装も所作も貴族に仕えている感じだったわ。言葉は選んでいるものの、嘘はない感じだった」
そこらの町民が「騙り」をしたとは思えないと、リーザは言った。
「悪人が取り返しに来たという線は薄くなりましたね」
「私としてはどっちでもいいんだけど、何かひっかかるのよね」
モリーが気がついても、あそこには返したくないとリーザが言った。
「私はモリーさんと話してみたいだけですし、あまり気にしていないのですけど、モリーさんがどうラムエルさんと接点あるのか。それがずっと気になっています」
「ああ、タダシのクエストのことね。私たちの出発は明後日の朝だから、それまでに解決してほしいわね……タダシ、どうしたの?」
「変ですね。マップに人を表す点が急に増えました。この屋敷の周囲を取り囲んでいます」
「ちょっと、それ……侵入者? というか、襲撃?」
「まだ屋敷には入っていませんけど、〈土魔法〉でも探ってみますね」
正司はマップと〈土魔法〉、そして〈気配察知〉で探ったところ、33人の人間がこの屋敷を窺っていることが分かった。
それを聞いて、リーザの顔が険しくなる。
何かを計算しているような顔だ。
「護衛たちに知らせ……いや、屋敷の中で動きがあったら外に伝わるかも。タダシ、その33人だけど、なんとかできる?」
「はい、できますけど」
「……できるのね。そういえば、そうだったわ」
焦って損をしたとリーザは頭を掻いたあと、視線をラムエルに向けた。
「ねえタダシ。たとえばだけど、以前みたいに一気に拘束することはできるかしら」
「できます」
「できるのね! だったら、少しだけ……たとえば、下半身だけとかできる?」
「やったことありませんが、出来ると思います」
「あれが賊と仮定すると、目的は私たちかモリーだと思うの。そしてここにいるラムエルは私たちの護衛。襲撃者にいち早く気付いて、迎撃に出ることはあるわよね。そう、私が指示したとかで」
「あると思いますけど」
「たまたまここに三人いたんですもの。タダシに補助を任せて、ラムエルが賊に突っ込んだりするのも自然だわ。ということで、いいかしら?」
「えっ、オレ!?」
リーザに見つめられて、ラムエルは眉根を寄せた。
「動きはタダシが封じるから問題ないわ。あなたが取り押さえるの。いい?」
「あ……ああ、オレは護衛だし、やれと言われれば……やります」
「じゃあ、やりなさい。タダシ、状況はどう?」
「半分が敷地に入ってきました」
「残り半分は増援か見届けね。さあラムエル。やっておしまいなさい!」
「はう……いや、はい!」
ラムエルが剣を持って立ち上がった。
「タダシ、足止めお願い」
「分かりました……終わりました」
「……はっ?」
ラムエルが素っ頓狂な声をあげたが、リーザはそれに構わず扉を指した。
「さあ行くのよ。我が家の敵をすべて倒しなさい!」
「はっ、はい! 行ってまいりますっ!!」
ラムエルが剣を抜いて飛び出していく。
「ねえタダシ、敵をどんな風に拘束したの?」
「膝まで土で固めました。抜けられると困るので、少し強めにしてあります」
「なるほど、少し強めね。だからさっきから悲鳴が聞こえるのね」
リーザが扉を指したのには意味があった。
正司が魔法を使った直後から、絶え間なく悲鳴が轟いているのだ。
今頃は、部屋で休息していた護衛たちも大慌てで部屋を飛び出していることだろう。
「リーザ様、敵襲です。敵の悲鳴が聞こえてきました。安全のため、奥の部屋へ避難ください」
案の定、護衛が駆け込んできた。
「大丈夫よ。いまラムエルを行かせたから。そもそも敵襲で敵の悲鳴が聞こえたこと自体、おかしいでしょ?」
「言われてみれば……?」
あれ? っと、護衛たちが顔を見合わせる。
「ちょっとした魔法で動きを止めたから、外はラムエルに任せていいわ。あなたたちは敵の拘束を手伝ってあげてちょうだい」
「我々はリーザ様を守るため……」
「ねえタダシ、動いている敵はいるかしら?」
「いませんけど?」
「だそうよ。安心してここを離れていいから……さあ、さっさと仕事をしなさい!」
「「はいっ!!」」
護衛たちは駆け足で出て行った。
その後しばらくは、てんやわんやの様相を呈したが、ほどなくしてすべて収まった。
簡単に言うと、侵入してきた賊は見張りを含めて全員拘束された。
33人は、屋敷のホールにまとめて転がしてある。
「お手柄だったわ、ラムエル」
デンティや使用人たちが集まった中で、リーザはわざとらしくラムエルを褒め称えるが、本人はものすごく微妙な顔をした。
「オレ、痛みでのたうち回っている連中を剣の腹で殴って回っただけなんですが……」
賊の両足はすべて砕かれていた。
ポキではなく、グチャという感じで。
正司が手加減を間違ったのである。
「攻撃魔法の効果を確かめるために、魔物の足を拘束したことがあったんです。失敗しました」
とは正司の弁。
その時の記憶に引きずられて、ほんの少し、力加減がごにょごにょしてしまったらしい。
すぐに治療しようとした正司をリーザが止めている。
「魔物相手の拘束じゃ、そうなるのはしょうがないわね。でも命に別状ないし、逃げると困るから、一晩だけこのままにしておきましょう」
「ですが痛がっていると思いますけど」
「こういう連中に情けをかけちゃいけないのよ。いいから治療は明日! それより見張りをつけて、ここに転がしておいてもいいけど……お父様が帰ったら、説明が面倒よね」
「何が面倒なんだい? それでこの有り様はどういうことかな?」
ホールの入り口に、ルンベックが立っていた。
「あら、お父様。お早いお帰りで」
「全然早くないけど……私はあまり出歩くなと言ったと思うけど」
「もちろん、あまり出歩いていませんわ、お父様」
しれっと答えるリーザを疑わしそうにルンベックは見る。
「それと緊急事態がおきたら伝令を出すように言ったよね?」
「ちょうど今からお知らせしようと思った所でしたのです。お父様が帰られて良かったですわ」
「そうか。それは運が良かった。……で、話してくれるよね、すべて」
ルンベックは、にこやかに語りかけた。




