005 第二のクエスト
マップに表示された黄色い三角。
前回の通りならば、クエストをくれる人物の印である。
「あの人か」
洗濯物を取り込んでいる女性がいる。
歳は正司より一回り上に見えた。
日に焼けた肌をしているのは、砂漠で暮らしているゆえだろう。
大きな籠に洗濯物を入れ終わったところを見計らって、正司は声を掛けた。
「あの……ちょっとすみません」
「ハイッ!?」
女性は、見たことの無い人物――正司から声を掛けられて、やや戸惑っていた。
(砂漠の集落なんて、全員が知り合いみたいなものでしょうし)
目の前の女性がクエストをくれるかもしれない。
そう思って、丁寧に話すことにした。
「申し訳ありませんが、少々私の話を聞いていただけないでしょうか」
「いいですけど……外の方がわたしに何か?」
不審そうに正司を見ている。
外というのは、集落の外なのか、砂漠の外なのか。
ここで正司ははたと困ってしまった。
クエストの件、どう切り出せばいいのだろうか。
(何かお困りのことはありませんかじゃ、怪しさ大爆発ですよね。かといって、世間話から相手に切り出させるのは難易度が高いです)
ゲームとは違い、話しかけたらすぐにクエストが発生するわけではないのだ。
アライダのように切羽詰まっていなければ、そうそう用件や悩みを他人に打ち明けたりしない。
「自己紹介させてください。私は外からきた魔道使いのタダシと申します」
「はあ……わたしはマリナーゼです」
「お名前を教えていただき、ありがとうございます。えーっとですね……」
どう切り出すか悩んだ正司は、ひとつ思いついた。
このシュテール族は水を信奉してる砂漠の民である。
道中カダルから聞いた話だが、この世界の人は色んな物を信奉していて、みなそれを大事にしているのだという。
何かを信奉するのは、一種の宗教であろうと正司は考えた。
この信奉するという設定を使えば、今後も話がスムーズに進むのではないかと。
「えー、私はクエストというものを信奉しておりまして」
「はあ……」
「クエストのお導きというものを大切にしております。お導きではその方の悩み、いま困っていることを解決する必要があるというか、私がそれを解決する使命を受けているというか……人助けの手伝いをすることが、私の行動理念になっているのでございます」
「それはまた、ご立派なことで……」
やや要領を得ない正司の話を前に、マリナーゼは幾分引き気味に見えた。
「差し出がましいことではございますが、いま、何か困っていることはございませんでしょうか」
「…………」
そう問われて、マリナーゼは少しばかりビックリしてしまった。
たしかに今、困っていることはあった。
だがそれは家族以外の者は知らない。
もちろん目の前のタダシと名乗った男は知るよしも無い。
ピンポイントで「困ったことはないか」と聞かれて、なにか自分の心を見透かされたような恐怖を感じた。
マリナーゼは半歩後ずさる。
「警戒されるのも分かりますし、信用に足らないと思われるのももちろんでしょう。これでも私は少々魔法を嗜んでおりまして、お役に立てることもあるかもしれません。もし、お困りのことがございましたら、お話しいただければと存じます。また、他言無用ということでしたら、私の心にのみ残し、それは生涯どなたにもお話し致しません。墓場まで持って行くことをお約束致します」
営業時代に培ったトークを交えて、正司は心を込めて話した。
初対面でそんなことを言われても、ただうさん臭いだけだが、マリナーゼはこのタダシと名乗る男に話してみようという気になった。
それは正司のもつ雰囲気、真面目な男性が持つ誠実さが垣間見えたからであった。
「そういうことでしたら、ひとつあります」
そう言って、マリナーゼはつい最近起こった、ちょっとした出来事を話した。
悩みというのは、マリナーゼの義理の母バレリアについてだった。
マリナーゼが夫と結婚し、この家に入ったとき、バレリアからこう言われた。
もし生活するために金がどうしても必要になったときは言いなさい。ただし男どもには内緒だよと。
そのときバレリアは、自分の填めている指輪をマリナーゼに見せた。
それはバレリアの義母の義母の義母……何代も前にこの家に入った先祖が、嫁入り道具として持ち込んだものらしかった。
もしかの時に売って金に換えるようにと言われて、親から手渡されたのだという。
換金のために用意された指輪なので、それなりの宝石が付いていた。
だが、その機会はやってくることなく時が過ぎ、息子に嫁が来ることになった。
そのとき、自分が親から言われたことをそのまま伝えたという。
その嫁もまた姑となり、新しく来た嫁に同じ話をし、結局指輪は換金されることのないまま、代々受け継がれてきたのだという。
「義母もね、そろそろ足腰が弱くなったから、指輪をわたしに譲るって言っていたんだけどね」
ふとした拍子に無くしてしまったのだという。
どうやら歳を取って痩せ衰え、指が細くなったことが原因らしい。
「なるほど、それはお困りですね」
「金に換えるための指輪だから、由緒もなにも無いし、わたしはしょうがないと諦めているのだけど、義母の落ち込みようが酷くてね」
先祖に顔向けができないと、最近では心が弱くなり、愚痴をこぼす毎日なのだそうな。
「その指輪を探してほしいと」
「この広い砂漠じゃ無理とは分かっているんだけど、どうしてもねえ。頼まれてくれるかしら?」
マリナーゼがそう言ったとき、目の前に『クエストを受諾しますか? 受諾/拒否』と表示された。
正司は受諾を選択する。
「分かりました。探してみましょう」
「期待はしていないから、見つけたらでいいからね」
砂漠で落とした指輪を見つける。
普通ならば不可能なことだろう。
だが、正司がクエストを受諾したことで、マップに白い点線が表示されていた。
(次の行き先を示しているんですよね、これ)
その通りに歩いて行くと、井戸の近くを通った。
集落に井戸は二本あって、そのどちらも枯れかけているという。
(井戸は素通りですか……どこまで続いているんでしょう)
点線を追って、村はずれまで来た。
さらに点線は進み、草が生えているあたりで途切れている。
「これはクヌラム草かな」
生えている所を見るのは初めてだが、魔物を寄せ付けないと言われているクヌラム草は、村の外周部にないと意味が無い。
念のためと品定してみると、クヌラム草と出た。
「背丈の高い草だったんですね」
ススキに似た草で、正司の胸くらいまで伸びている。
クエストの点線はここで終わっている。
つまり、ここに指輪があるということだ。
「……ありました、これです」
クヌラム草の根元に、半ば砂で埋まるようにして指輪が見つかった。
「きっとこれを採りに来たとき、葉か茎に引っかかって滑り落ちたんでしょう」
指輪を拾い上げて確認する。
年代物の指輪には、見たことない石が填まっていた。
品定しようとしたが、正司は思いとどまって、足早にその場を去った。
指輪の価値を正司が知るのは、何か反則をしている気になったのだ。
(早くマリナーゼに指輪を届けましょう)
正司は足早に戻っていった。
「まあ、すごい! どうやって!?」
「そういう魔法があると思ってください」
「魔法……半信半疑だったけど、魔道使いって、凄いのね」
マリナーゼに指輪を渡すと、思いっきり驚かれた。
まさか話をしてすぐに見つけてくるとは思わなかったようだ。
「クヌラム草の根元にありましたので、それを採取しに行ったときに、誤って落としたのでしょう」
「クヌラム草……ウチの旦那が隣の集落に行くとき、義母があれを採りに行ったことがあったわ。そうか、そのときだったのね」
「かもしれませんね。それで確認ですけれども、指輪は間違いないですか?」
「ええ、義母に見せてもらったのと同じものよ」
マリナーゼがそう言うと、『クエスト完了 成功 貢献値1』と表示された。
(やっぱり1でしたか。これは先が思いやられますね)
新しいスキルを五段階目まで取得しようとすると、16ものクエストをこなさねばならない。
「そうだ、お礼をしなくっちゃ」
マリナーゼがそう言うのを正司は慌てて止めた。
「いえ、先ほども言いました通り、私はクエストを信奉しておりまして、報酬はいりません。クエストが達成できたことがなによりの報酬です」
水を信奉しているマリナーゼにとっても、人が何を求めるのか、外から強制できるものではないことを知っている。
「でも高名な魔道使い様を無償で働かせるのも悪いわよ」
「いえ、これはクエストとして行ったことです。報酬は成功をもって支払われていますので、お気になさらないでください。これが私の生きる糧でございますれば、お礼は不要です。ではこれにて」
これ以上は問答してもしょうがないと、正司は早々に話を切り上げた。
そして次のクエストを探しに、集落内を歩くのであった。
「……クエストが見つかりません」
集落を歩き、マップがほぼ埋まったというのに、クエスト表示がひとつも出なかったのである。
「これは誤算です。人が少ない集落だと、困った人間がいないこともあり得るわけですね」
悄然としつつ、正司は家に戻った。
寝台に腰掛け、治癒魔法の段階を上げてみる。
段階を2にするだけなら貢献値は1で済む。
これで内臓疾患が治ればいいのである。
治癒魔法の段階をひとつあげると、残り貢献値がゼロになった。
「治癒魔法を使ってみましょう――身体よ、治れ!」
必死に念じると、魔力を消費した感覚があった。
「これは成功ですか?」
ステータスを見てみる。
心体傷病弱:内臓疾患(重度)
「腰痛が消えました! けれど、内臓疾患はそのままですね」
内臓疾患は段階2では治らないらしい。
それでも偏頭痛に続き、長年苦しめられてきた腰痛が消えたのは朗報だった。
「段階を次にあげるには、貢献値が2必要ですから、クエスト二回分ですね。この集落では無理そうですね」
このあと運良くクエストが発生したとしても、一つが限界だろう。
だとすると、別の集落に行った方がいい。
「この周辺には二十の集落があると言うし、明日、カダルさんに聞いてみましょう」
その日正司は、すぐに就寝した。
翌朝、正司は早く目が覚めた。
睡眠時間は十分足りている。
寝台の上で、スキルとクエストについて考えてみた。
貢献値は、正司独特のものだ。
おそらく、他のだれも貢献値を使ってスキルを取得していない。
カダルたちと砂漠を歩くついでに、魔法についていろいろ質問してみた。
知識のすり合わせという名目で、カダルが知っている魔法について聞いたところ、正司のそれと大きく違うことが分かった。
魔法の習得は、呪文を覚えることから始まる。
呪文を正確に発音することで、特別な事象を引き出すらしい。
カダルは魔法を使えないので、その辺の詳しい理由は分からないという。
ただし、呪文を使うだけでは現象が動くのみ。
効果がほとんど出ないため、効力を補助するもの――秘薬が必要になる。
「魔術使いは、使える魔法の種類が多くない。だから秘薬もそれほど必要としない。だが魔道使いになると、背中に秘薬袋を背負って歩くらしいぞ」
魔法によって必要な秘薬は異なり、組み合わせも複数あるため、いつも余分に秘薬を持ち歩いているのだとか。
「何か大変そうですね。集落の中には魔法が使える人はいないんですか?」
「いるにはいるが、そもそも秘薬が手に入らないし、そんな優秀なわけでもないんだ。擦過傷を治せるくらいなら、何人かいるぞ」
攻撃魔法に使用する秘薬がこの砂漠にはないので、外から購入するしかない。
必然、そうまでして魔法を使う必要性はないと考えるようで、攻撃魔法を習得しようとする人は、ほとんどいないのだという。
「ということは、擦過傷を治す秘薬は採れるんですね」
「おう。必要なのはヨモギカヅラとオオバシ草なんだよ。ほら、ここまで歩いてくる途中に丸っこい草が生えていただろ。あれがオオバシ草だ。あと集落の軒下なんかにヨモギカヅラが生えてくるな」
比較的容易に収穫できる二つの秘薬のおかげで、小さな傷を治す擦過傷の魔法は習得する人が多いのだという。
この擦過傷を治す魔法は、どこでも研究も進んでいて、他の秘薬の組み合わせも発見されているらしい。
クロブキ豆の皮とクヌギの葉でもいいし、ニチョウの枝とウンマン草でも同じ効果が出ることが分かっているという。
複数の組み合わせがあるものは、それぞれの種類を覚えて、見つけた端から収穫しておくと、秘薬切れを起こしにくい。
このように現地で調達しながら旅ができるため、行商人は簡単な魔法を使える人が多いのだとか。
つまり魔法と秘薬は、切っても切れない縁という認識が正しい。
一方、正司の魔法は、それとは違う。
魔力を使って念じるだけで発動する。
呪文と秘薬を使用しないため、この世界にある魔法と別物なのかとも考えられるが、他の魔法を見たことがないため、今のところ検証できないでいる。
そして霊薬である。
飲むと一定時間、魔法効果が上がるらしい。
正司も今度霊薬を手に入れて、自分が飲んだ場合、効果が違うのか確かめてみたいと思っている。
こうしてみると、貢献値を使用してスキルを取得したり、スキルの段階を進める正司は、他の人と大きく違っているように思える。
「とすると、問題はクエストですね」
クエストについてはいまだ謎である。
『情報』には、世界に貢献とあった。
この場合、世界とは人間社会のことだろうと正司は思っている。
そして人に優しい、もしくは人のためになる行為。クエストを通してそれを推奨……半ば強制されている。
「レベルとか経験値という概念がないようですし、普通の人は地道に頑張っているのでしょう。私の場合、人のためになる行いでスキルを得ることができます。それはなぜなんでしょう?」
この問題については、まだ答えが出ない。
引き続き考えておいた方がよいだろうと、正司は思うのであった。
「そういえば、なんで最初の『残り貢献値』が202だったのかも不明ですね」
もらうにしても、202ポイントは中途半端である。
「もとの世界で私が溜めたとか?」
もしそうだとしても、何をすればどのくらい溜まるのか分からないため、確認のしようがない。
クエストひとつにつき貢献値が1ならば、202回分のクエスト達成をしなければならないが、さすがにそれだけ繰り返せば、少しくらい覚えていると思う正司であった。
「あとは……あの日、30歳の誕生日でしたけど、誕生日プレゼントってことはないでしょうし」
だが特別なことと言えば、それくらいである。
9月11日の朝、正司はタンスをくぐってこちらの世界に来た。
もとの世界がどうなっているのか分からないが、瞬間移動で何度戻っても、あの場所に再び穴が開くことはなかった。
「私の誕生日が9月11日……9と11?」
理科系であった正司は、数字を弄り倒すのが好きである。
「三平方の定理の応用で……9と11の二乗の和を計算すると202になりますね。平方根が外れれば、直角三角形の斜辺の長さになるからルート202だけど……さすがにこれは偶然の一致ですよね」
81と121の和で、202。
数としては合っているものの、わざわざ2乗の和にする必要もないだろうと考える正司であった。
「一番近い集落?」
「はい。クエストを受けたいんです」
正司はカダルに他の集落へ行きたい旨を伝えた。
「そういえば、この前もクエストとか言っていた。結局クエストとは何なんだ?」
「人助け……でしょうか。困っている人の役に立つことと考えてもらえれば」
「それをしに他の集落へ?」
「そんな感じです。人助けをするために旅をしている……と思ってください」
かなり端折ったが、大幅に間違ってはいないと正司は思う。
「そういうことなら……というか、だったら首長のいる集落へ行ってくれないか。そのために俺は娘を森にやったんだし」
「水不足の解消でしたっけ」
「そう。首長の集落はここから二日歩くが、俺たちの集落の中では一番大きい。そこには人も多いし、人助けもしやすいだろう」
それは悪くないなと正司は思った。
小さな集落をいくつも回るよりも、効率がいいかもしれない。
「分かりました。その集落に行ってみます。場所を教えてもらえれば、すぐにでも立ちたいのですけど」
「ずいぶんと急ぐんだな」
「私の事情と思ってください」
「腕の立つ者を護衛につけようと、狩りから戻ってくるのを待っていたんだが」
「場所を教えてもらえれば、一人でも大丈夫ですよ。この前くらいの魔獣でしたら、一瞬ですし」
「お前の場合、そうなんだよなぁ……」
この集落までの道中、結局クヌラム草は焚かなかった。
魔物が襲ってきた端から、正司が魔法で倒してしまったために、必要なかったのだ。
それを知っているカダルは、正司の言い分が間違っていないことも分かる。
「方角さえ分かれば、よほどのことがない限りたどり着けますので」
「まあ、一人で凶獣の森にいたくらいだしな。砂漠は余裕か」
「ええ。そういうわけで、その首長の集落の場所を教えていただけないでしょうか」
「よし分かった。首長の名前はタンドレスだ。日が昇る方角へ進めば、二日で着く。タダシならば半日で着くだろう」
カダルとアライダを抱えて裂け目から飛び上がった正司の身体能力をみているので、カダルはあまり心配していない。
「分かりました。日が昇る方角ですね」
「ああ。それと、もし行くならアライダには挨拶しておいてくれ。アイツはタダシがもっと滞在してくれるものと思っていたからな」
「分かりました。ちゃんと伝えておきます」
正司は日本で十代半ばの女の子と接点を持ったことがなかった。
ゆえに、アライダとも何をどう話していいのか、よく分からない。
「唯一の例外は、兄の子かなぁ」
中学校に上がるというので、お祝いを持って駆けつけたことがある。
何を持って行けばいいのか分からなかったので、高価なボールペンと図書カードという無難なものになってしまった。
別に兄夫婦にも土産を渡し、そそくさと帰ろうとすると、姪っ子がやってきてお礼の言葉をもらった。
会話というにはあまりに短いが、それが思い出せる限りの出来事である。
「アライダさん」
家の裏で何かを乾燥させていると思ったら、あのザザ虫もどきだった。名前は覚えていない。
死体が残ることから魔物ではない。
砂漠に生息している生き物のようで、集落の中を歩いたときも一度、干しているのも見かけている。
「タダシおじさん、なあに?」
あどけなく小首を傾げて近づいてくる。
正司は頭の中で、姪っ子と会話したときのことを思い出しつつ、心を落ち着かせる。
「私は集落を立つことにしました」
「えっ、首長の集落に行くの?」
「そうです。カダルさんに場所を教えて貰ったので、このあと向かおうと思っています」
姪っ子に言い聞かせるような、ゆっくりとした喋り。
理由は、緊張した正司がうまく言葉を紡げないからである。
「そっか、行っちゃうんだね。寂しいな」
本当にアライダが寂しいと思っているか、正司は判断がつかない。
だが、そう言われたことで、ついホロッと来てしまった。
「私もここで暮らせたらいいのですけど、クエストをやらないといけないのです」
「クエスト……そう言えばタダシおじさん、そんなこと言ってたね」
「はい。ですからどうしても人の多い所へ行くことになるのです」
アライダが下を向いたので、正司もまた視線を落とす。
なんとなくもの悲しい気分になった正司は、それを払拭するように、やや強く声を出した。
「そうだ。私からアライダにプレゼントをあげましょう」
それはただの思いつき。
姪っ子と話している気分になったことで、感情が引きずられたのだ。
正司は保管庫から毛皮を出した。
(えーっと、これが一番見栄えがいいですね)
まるで氷の世界に閉じ込められたような、青白い毛皮。
もちろん凶獣の森でのドロップ品である。
(覚えています。死に間際に周囲一帯を氷漬けにした魔物でしたね。あのときは寒くて大変でした。……これで防具を作れば、ちょうどいいでしょう)
正司の魔法一発で沈まなかった珍しい魔物である。
情報で見ると、『凍結幻狼の毛皮』と出た。
「おじさん……それ」
「これでアライダの防具を作りますね」
毛皮の大きさはバスタオル三枚分くらい。
革の防具制作には、十分な量であろう。
正司はアライダに似合う防具を念じた。一生懸命念じた。すると……。
「……できました」
正司の手の中で、一枚の毛皮が革鎧に変化した。
『絶対凍結の兜 G5』『絶対凍結の胸当て G5』『絶対凍結の篭手 G5』『絶対凍結の腰鎧 G5』『絶対凍結の脛当て G5』が出来上がった。すべて高級品である。
「えっ? ええっ? 皮がどうしてっ!?」
目の前の光景が信じられないアライダが驚く。
もう正司のことについては驚かないぞと、決意していたのにである。
「これをあげます。どうやら毛皮の効果らしくて、熱に対する耐性がかなり高いようです。砂漠に住むんでしたら、きっと役に立つと思います」
「皮に耐性がつくのはG4から……それも滅多にないのに……」
呆然としているアライダに防具一式を手渡し、正司はやはりそそくさとその場を去ったのである。
別れは苦手であり、どんな顔をしていいのか分からなかったからだ。
「……では行ってきます」
「おう、今からでいいのか? もうすぐ一番暑い時間帯だぞ」
「ええ。問題ありません。この外套をもらいましたので」
身体強化をかけて駆け抜ける予定でいたので、いつ出発しても構わないと考える正司であった。
ちなみに裸の上に革鎧という斬新な出で立ちだった正司を見かねて、カダルは自分のお古一式を渡していた。
鎧の下に着る服と外套である。
命を救ってもらったお礼にしてはショボいんだがというカダルに、正司は首を横に振った。
「いえ、これで私もなんだか砂漠の民になれたような気がします」
そう言って笑ったのだ。
事実カダルが渡した外套は、シュテール族が好んで編む布を使っており、その特徴的な縫い目を見れば、正司がシュテール族に歓迎されたことが分かるようになっていた。
カダルのちょっとした心遣いである。
「それではまた。近くに来たときは必ず寄りますので」
「おう。待っているぞ」
瞬間移動があるため、実は簡単に戻れるのだが、それは言わぬが花である。
カダルひとりに見送られ、正司は首長の集落に向かって一気に加速した。
「……一瞬で見えなくなっちまった」
唖然とするカダルであった。
その後、家に戻ったカダルを出迎えたのは、とんでもない防具に身を包んだ娘であった。
「パパ、どうしよう、これ。もらっちゃったの……あと、防具が合わなくなった頃に調整に来てくれるって」
どこぞの王国の宝物庫にしまってあるような革鎧を見て、カダルは頭を抱えた。