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057 正司の怒り

「じゃ、行きますね」

 正司は二人を伴って、〈瞬間移動〉で跳んだ。


 行き先はもちろん町外区域。

 呼ばれる棄民たちが住んでいる場所である。


 正司は彼らが安全に過ごせるよう壁を作った。

 あれからどうなったのか気になっている。


 というよりも、正司は子供たちに会いたくなったのだ。


 ――カンカンカーン


 大工仕事の音が聞こえた。

「……あれ? 移動先を間違えましたか?」


 周囲を見渡せば、大工や石工いしくせわしなく働いている。

 どこか別の場所に移動してしまったのかと、正司が周囲をよく見る。


「……合っていますね。あれは町の壁ですし、反対側に私が新しく作った壁もあります。これはどういうことでしょう」


 間違っていなかった。ただ、景色が違うのである。

 正司が以前見た棄民の集落はもう、どこにもなかった。


(ここで働いている彼らは一体……?)


 忙しそうにしている職人たちに目を向ける。

 みな一心不乱にノミを振るったり、木材を運んだりしている。


 これから何かを建てるところのようだ。

 地面には線が引かれ、所々に縄が張ってある。


(あれは縄張りというやつですね。ここは町外区域で間違いないはずですけど、この活気はなんでしょう?)


「ここにいるのは町の職人たちですな。所々、見知った顔があります」

 正司の視線に気付いて、レオナールがそんなことを言う。


「町の職人さんですか。……ですけど、ここは町の外ですよ」

 なぜ職人が町外区域で働いているのだろう。正司は首を傾げた。


「町中の職人が集まったような賑わいね。レオナール、何か聞いていて?」

「ひとつ思い出しました。先日より町外区域に関する問い合わせがいくつか来ていたと思います」


「内容は知っているかしら」

「いえ、ただの問い合わせですので、通常レベルの対応しかしておりません」


「問い合わせの内容が想像できるわね。通常通りの返答だとすると、商会がどう解釈したか……かしら?」


「そのようですな。困ったものです」

「本当ね」


 ミュゼとレオナールは、納得した表情を浮かべた。

「どういうことですか?」


 この中で、唯一意味が理解できないのが正司だ。

 ミュゼは、午前中にいつも浮かべる表情、何かを教えるときの顔で正司に向き直った。


「ミルドラルは三公が統治していると話したと思います。法令の仕組みは覚えているかしら?」


「はい、大丈夫です。各公領で法が違うと民が混乱するので、ミルドラル内で統一の法を使っているんですよね。細かな違いは、条例で対応する感じで」


「そうです。まだ法の中身はすべて話していませんが、町の定義は教えましたね」

「はい、それも聞いています」


 正司はミュゼとの講義を思い出した。

 町や村については、キッチリと定められている。


 公家こうけが魔物の脅威から守らなければならない場所として、町や村がある。

 たとえば、まったく関係のないところに人が住み着いても、そこは町や村とは呼ばない。


 それはただの『集落』である。


 トエルザード家は、集落に一切の保護義務を持たない。

 その代わり、集落に住む者は税金を支払う必要もない。


 町や村の外は、権利が発生しないかわりに保護義務もない場所となる。

 街道や管理地など、魔物を定期的に狩る場所も存在するが、いま論じているのは「定住」に関してである。


 つまり町や村には、「ここに住めば、危険な魔物から守られる安全な場所」という意味がある。


 町の壁の外に畑を作ったら、そこは「町の外にある畑」という扱いになり、保護対象から外れる。


 畑を作るのは勝手だが、魔物が出る他の場所と同じ扱いである。

 耕作や収穫は、自衛してがんばりなさいとなる。


「私が作った壁は……町の外という扱いですか?」

 ようやく正司は気付いた。


「問い合わせがあったというのは、そのことでしょうね。タダシさんが作った壁は町に入るのか、入らないのか。……もちろん入らないわ」


 ミュゼが言うと、レオナールが頷いた。


「タダシ殿が勝手に作られた……とこの場合は強弁できます。そうすると町外区域に住む者たちは、これまで通り町の外に住んでいることになりますので、税を支払う義務を負いません」


 あのとき正司は、国に捨てられた子供たちを見て義憤にかられ、勢いのまま、町の外に壁を作った。

 それが法によってどう解釈されるかなど、細かいことは何も考えていなかった。


 ミュゼとレオナールは、棄民たちが税を払わなくていいよう、これまで通り『町の外』と扱ってくれたらしかった。


「今回はそれがあだになったわけね」

「そのようですな」


「徒……ですか?」

「ええ、徒です、タダシ殿。ここが町の中なのかという問い合わせに対して、答えは決まっております」


「町の外ですよね」


「はい。その結果、この地はだれのものでもなくなったわけです。言うなれば、トエルザード家が保護する対象から外れた地。だれが何をしても、法的には問題なくなります」


「えっ? それって……」


「ここに住んでいた者たちがいません。どこかに追いやられたようですね。町の法の管理外ですから、発言力のある力の強い者が勝ちます。彼ら大工や石工たちは、ここに家や店、倉庫を建てるために商会から雇われたのでしょう」


「………………」

 いまここはもの凄い活気に満ちている。大勢の人が入り乱れて働いている。


 だがここには元々、棄民たちの集落があった。

 粗末な、それこそ吹けば飛ぶような家屋で暮らしていた大人や子供たち。彼らはどこへ行ったのか……。


「さ、探してきます」

 正司はヨロヨロと歩き出した。




 正司が作った壁は、門の周辺に限られている。

 できるだけ広くと思って作ったので、それなりの面積があった。


 そして今はどこもかしこも建築ラッシュで、多くの人が行き交い、資材が運び込まれ、ときおり縄張り争いの怒号が飛び交っている。


 そんな中を正司は歩く。

(そうだ。壁を守る兵の方たちに聞いてみましょう)


 これまで町の門を守っていた兵たちは、正司が壁を作ったことで、その外を監視することへと、活動の場を移していた。


 ミュゼの提案によって、壁には階段が設置された。

 兵は容易に壁の上までのぼれるようになった。


「彼らはトエルザード家が雇ったものですから、私が聞いてまいります」

 正司の意図を察したレオナールが代わりに聞きに行った。


 結果、もといた棄民たちの情報は、すぐに分かった。

「どうやら一番端に追いやられたようですね」


 もともと町の壁にくっつけるようにして四角く三方を囲む壁を正司が出現させていた。

 一番端といえば、その四隅である。


 正司たちが行くと、子供たちは本当にそこにいた。


 壁のすぐそばで、固まって震えているのである。

「よかった、ここにいたのですね」


 見知った子供たちだけではなかった。

 以前みた倍以上の子供たちが集まっていた。


 それだけでなく、働けそうもない老人や、怪我をした大人などもいる。

 町中で働けない者たちが集まっているようだ。


 聞けば、数日前に商人を名乗る者たちがやってきて、すぐに彼らは追い出されたようだ。

 元からあった家はすべて解体され、火にくべられてしまったらしい。


「なんでそんな」


 抗議をしようにも、向こうは屈強で荒っぽい男たちを従えている。

 乱暴な者たちに抗える力があるのならば、彼らだって町の外などで暮らしていない。


 徐々に隅へ追いやられ、いまではこうして、すみっこで丸くなっているしかないという。


「ここはだれのものでもない安全な場所ですから、こうなる可能性もありました」

 レオナールの言葉は、正司の心にヒビを入れた。


 よかれと思ってやったことだった。

 だがそれが彼らを追い詰めることになった。


 これは正司が悪いことなのか。

 それとも子供たちに非があるのか。


「おい、ここが空いているぞ」

 裕福そうな商人が、部下を10人ほど引き連れて現れた。


 ここに集まっている棄民たちは五十人ほど。

 数の上では五倍だ。だが棄民たちはもう、商人が現れたことで及び腰になっていた。


「……ったく、出遅れたがしかたない。ここらすべてに縄を張れ! グズグズすんな!」

 商人は部下を急かして、場所取りをさせた。


「そこの薄汚い者どもは、あっち行かせろ!」

 犬猫を追っ払うかのように、子供たちを威嚇する。


「ちょっと待ってください! あなたはここで何をするつもりですか」


 人を人とも思わない態度に、正司が抗議する。

「あん? ここはわしの商会が倉庫を建てる場所だ。さっさとね!」


 護衛が剣をチラつかせると、棄民たちは怯えて、追い立てられるように徐々に移動した。


 だがここは壁の隅である。

 もう、どこにも移動する場所などない。


「この場所は、彼らのために作ったんです。あなたのものではありません」

 普段、めったに怒ることのない正司である。


 人と衝突すれば、自分から引くことが当たり前になっていた。

 だからこそ、今回も無意識に引く……つもりはなかった。


 正司は怒っていたのである。

 ただ悲しいかな、口調こそやや強めだが、端から見てもまるで迫力がない。


 商人も一瞬怪訝な顔をしただけで、まったく効果がなかった。


「おい、こいつをさっさとつまみ出せ」

 商人が護衛に命令する。


 正司を捕まえようと護衛が腕を伸ばす。

 正司は無意識に〈身体強化〉をかけた。


 そんなとき、成り行きを見守っていたミュゼが、パンッと一度だけ、手を打ち鳴らした。

 全員の視線がミュゼに注がれる。


「そこの商人。あなたは見ない顔ですが、どちらの方かしら」

「はあん?」


 商人はミュゼを下から上までなめ回すように見て、ニヤリと笑った。


「どこぞの商会長の奥方かな。悪いがここは譲れんな。帰って旦那に伝えてもらおう。ここはペヌッド商会の持ち物だとな」


「ペヌッド商会……王国に同じ名を持つ商会がございます」

 すかさずレオナールが囁く。


「そう……王国ね」

 ミュゼは笑みを深くした。見る人が見れば、震え上がる笑顔である。


 一方で正司は考えていた。


 最初、自分の行いのせいで、子供たちに不利益を負わせてしまったと、正司は深く反省していた。


 だが、商人の登場で、考えが少し変わった。

 理不尽なものに対する怒りが芽生えたのである。


(彼らはなぜこうも傍若無人に振る舞えるのでしょう)


 視線を遠くにやる。

 多くの職人が、家や店、倉庫を建てている。


 あれらはみな、縄張り争いに勝ち抜いた商人たちのものらしい。

(なぜあんなことをするのでしょう)


 境界線を巡ってののしり合っている。

 あまりに醜い争いだ。


(私はこんな光景を見るために壁を作ったのではありません)

 子供たちが、魔物の脅威から安心して暮らせるようにしたかっただけだ。


 なぜ子供たちが脇に追いやられなければならないのか、なぜ醜い争いを見せられなければならないのか。


 この現実に、正司は怒っていた。

 好き勝手振る舞う商人たちに、心底怒っていた。


「……タダシさん。好きにしていいですわよ」

 すべての責任は、わたくしが取りますから。


 タイミングよく、そうミュゼが囁いた。

 とびきりの笑顔つきで。


(そうですよね。ここは我慢してはいけないところです。私は何のために壁を作ったのか。それを彼らにしっかり聞かせて……いえ、違います!)


 正司は商人を見た。

 まだミュゼに喰ってかかっている。


「ありがとうございます。ミュゼさん。今回はその好意に甘えさせてもらいます」

 驚いたことに、普段とは違う低い声が出た。


 正司が一歩前に出ると、商人が攻撃の矛先を正司に変えた。


「なんだ? 使用人ぶぜいが何かするつもりか? やれるなら、やってみろ!」

 正司を使用人と嘲り、上から目線で挑発した。


「ここは誰の土地でもありません……だから好きにしたんですよね」

 正司の言葉に、商人は鼻で笑った。


「だからさっきからそう言っているだろ。ここはもう、わしのもんだ。さあとっとと出て行け」


「出て行くのはあなたの方です……いえ、あなたは逃がしません。ここで一部始終を見ていってもらいます」


「はん? 何を言っ……」

 商人は最後まで言葉を発することができなかった。


 地面がずんっと揺れたあと、商人や護衛、配下の者たちは足場ごと高みに持ち上げられてしまった。


 出来上がったのは、半径20メートルの円柱。

 側面は10メートルもの高さがある。


 もはや人が下りられる高さではない。


「あなたがたは、そこで一部始終を見ていてください」


 正司は壁を作るとき、周囲一帯を歩いている。

 つまりマップに灰色の部分はない。


(まず全員を上に移動させましょう)


「うおっ!?」

「な、なんだ?」

「オレがどうしてここに」

「いま、一瞬で移動しなかったか!?」


 職人や商人をマップと連動させて、円柱の上に跳ばした。

〈瞬間移動〉とマップの連携ワザである。


 200人を超える人たちが円柱の上で騒いでいる。叫びだした者もいる。

 だが正司は、それを完全に無視した。


(次は土地を綺麗にしましょう)

 今まで棄民が住んでいた場所には杭が打たれ、木や石が運び込まれ、縄が張られている。


 正司はそれをすべて土中深くに埋め込んだ。

 一瞬の出来事である。


「「………………」」


 円柱の縁にいて、その光景を目撃した者は黙り込んだ。

 もしかして、とんでもないことが起こっているのでは? 遅まきながら、そう考えたのである。


(ここは誰のものでもなくて、占有した者のものという認識でしたら、私がそれをしてもいいですね)


 正司は博物館を作ったときと同じ要領で、巨大な建物を作り出した。

 イメージは学校。


 といっても、複雑な構造ではない。

 ただ教室のような箱と廊下をつなげ、端に階段を作っただけのシンプルなものだ。


 何の飾りもない。

 それと同じものを各階分作った。


(……できました。これを複数、作ってしまいましょう)


 正司が通った高校に似た外観の建物ができた。

 一番イメージしやすかったのである。


 各階に教室は五つ。

 それで五階建ての建物ができあがった。


 一度作ればイメージが固まるため、二棟目以降は早かった。

 敷地に隙間なく、都合十個の建物を作り上げた。


「完成です。これはみなさんが自由に使っていいものです」

 壁に背中をひっつけている棄民たちに向かって、正司はそう微笑みかけた。


 正司が円柱の上に載せたのは職人と商人のみ。

 四隅に固まっている棄民たちはそのままである。


「この家は、みなさんのものです。自由に使ってください。だれにも文句は言わせません」


 正司はそう穏やかに語りかけた……が。

 棄民たちは、壁と一体化したかのようにピクリとも動かなかった。


「タダシ殿、これは騒ぎになります。ここは私に任せていただけないでしょうか」

 すかさずレオナールが寄ってきて、そう告げる。


「えっと、子供たちに安全な家をですね……」


「子供たちは人数もいることですし、それでしたら見張りの兵に頼みたいと思います。また、上にいる方々は……こちらは屋敷から人を呼びましょう。いずれにせよ、大勢の力が必要になります。私にお任せ願えないでしょうか」


「そうですね……はい、分かりました。レオナールさんにお任せします」


「ありがとうございます。タダシ殿はミュゼ様とともに屋敷にお戻りください。私も兵の所へ向かいます。ミュゼ様は屋敷から、人の派遣をお願い致します」


「それがよいでしょうね。タダシさん、屋敷に向かってもらえるかしら」

「分かりました……その前にこの円柱はどうしましょう」


「町の壁には、はしごが備え付けられております。それを持ってこさせましょう。高みにいる者など、タダシ殿が気にする必要はございません」


「そ、そうですか……それでは私は屋敷に戻ります」


「はい。よろしくお願いします」

 あとのことはすべてレオナールに任せて、正司はミュゼを伴って跳んだ。




「……ふう、行きましたね。では私も後始末をするとしましょう」

 レオナールは息をひとつ吐き出し、兵を呼び寄せに向かった。


 棄民たちに建物をあてがうのは簡単だ。

 均等に割り振れば、あとでどうとでもなる。


 棄民たちも、いまは驚きの方が強いが、半日もすれば気持ちも落ちつく。

 壁を守るトエルザード兵は、すでに耐性がついている。


 なにしろ自分たちが立っている場所は、ほんの少し前まで何もないところだったのだ。

 そして、壁が一瞬で出現したのを見ていた。


 耐性がついているというより、トエルザード家の恐ろしさを理解したと言い換えてもいいかもしれない。

 そのため、レオナールの頼みは、二つ返事で引き受けられた。


「今後も立ち退きを迫る者が出てくるかもしれません。そのような方々は必ず排除するよう、お願いします。方法はお任せします。さもないと……」


「さもないと?」

 兵がごくりと唾を飲み込んだ。


「悲劇が降りかかります」


「わ、分かりました。これを見て、まだグダグダ言う者がいるとは思えませんが、そのように取りはからいます」


「よろしくお願いします」


 兵たちはみな、壁の上で見張りをしていた。

 今回も、正司が建物を作る様子を見ている。


 レオナールの言葉がなくても、あえて逆らってやろうという気はおきない。


「それでレオナール様、高みにいる商人たちですが……」

「もうしばらくあのままで」


「はい……よろしいのですか?」


「ええ。どこの商会か知りたいですし、職人たちの雇い主を聞き出しておきたいと思います。はしごだけは下に置いておいてください」

 まだ使いませんけどと、レオナールは言った。


 兵はニヤリと笑って請け負った。

「はしごに手を触れないよう、見張らせておきます」


「よろしくお願いします。ここに住んでいた棄民だけは、くれぐれも粗略に扱わないでください。魔道士殿が怒りますので」


「それは厳命させておきます」

 このときだけは、兵も真面目な顔をした。




 後日、レオナールのもとに「建物にちょっかいをかける者は皆無です」という報告が届いた。


 兵が流した噂か、それとも商人がバラまいたのか、町民があれに近づくと魔道士の怒りが爆発すると、まことしやかに語られることになった。


 ちなみに正司に突っかかったペヌッド商会をはじめ、棄民を追いだした商会は、すべてトエルザード家が把握している。


 名前を告げないと、円柱から下りられなかったらしい。

 その辺の細かい事情は、正司に伝わっていない。




「派手にやったそうじゃないか」

 めずらしくミュゼのもとに、ルンベックが現れた。


「あら、あなた。お仕事はもういいのですか?」

「さすがにな……途中で投げ出してきた。大人数を〈瞬間移動〉で運んだんだって?」


「そうですわ。近くにいる人を跳ばせるのではなく、見えないくらい離れていても、本人の同意無しに移動させられるものなのですね。驚きました」


 これでトエルザード家の魔道士は〈土魔法〉だけでなく、〈瞬間移動〉を使えることが分かってしまった。


 ルンベックとしては、秘匿させておきたい情報だったが、ミュゼは違うようだ。


「やってしまったものは仕方ないとして、タダシくんはどうしてああも棄民に固執するのかね」


「人々が虐げられていることに、我慢できないようですわ」

「だが、税を払わない者を払った者と同列に扱うのは不可能だが?」


 それは為政者として当然の言葉。

 この世界のだれもが理解している常識的な考え。


「あなたはそれでいいのですよ。ですがタダシさんは別。領主ではないのですから、そのような考えに縛られる必要はないと考えますわ」


「なら、タダシくんの考えの先に何があるのか。分かるのか?」

「いえ、わたくしも為政者側ですから。ですが何か新しいものの萌芽が見え始めました。でもそれは、やってきてからでないと、分からないでしょう。わたくしも含めて……」


「できれば先に知りたいものだな。各方面への説明が大変そうだ」

「常識的な方面は、あなたにお任せいたしますわ」


「……分かった。善処しよう」




 こうして多くの噂と憶測を呼んだ今回の事件から数日後、ミュゼの名前で布告が発布された。


 ――棄民救済


 トエルザード家当主であるルンベックの名ではなく、その奥方、ミュゼの名で発布されたそれは、多くの町民が困惑することとなった。




 ちなみに、町外区域での作業を終えたレオナールが屋敷に戻ってから向かった先は……。


「みなさま、どうでしたかな?」

 ほほほほと穏やかな笑みを浮かべつつ、レオナールは護衛隊の面々を見渡す。


 そこには、汗と涙で顔をグシャグシャにした面々が、疲労困憊の様子で突っ伏していた。


「これ……何なんですか?」


 力ないその声に、レオナールは「強化ガラスというものらしいです」と宣った。


「こんなのガラスじゃない! 見てください、この残骸の山をっ!!」


 柄が折れて、投げ出されたハンマーがあった。

 歯がボロボロになった、のこぎりがある。


 変形したとんかちが転がっていたが、一体これで何千回叩いたのだろうとレオナールは思った。


「格闘のあとが見えますね」


「そりゃ……コインの売買代金を全員で分けても、生涯いただける賃金を上回りますからね。本気でやりましたとも」


 護衛隊のひとりが疲れ切った声を出す。


「途中から意地になりました。見えているのに取り出せない。しかも覆っているのは透明なガラスですから……オレたちの力を見せてやるって」


 だがガラスはそのまま。

 つまり、どんなに意地になっても、破壊できなかったらしい。


「それで考え方を変えたんです。これは固くて柔らかい……つまり粘りけがあるということ」


 力を加えると、ガラスの表面がなだらかにヘコんだという。すぐにもとに戻ったが。

 これは衝撃を受けても、力が分散されていることを示していた。


 それをなくさせてやればいいのではないか。

 そう考えた護衛隊の面々は、鍛冶場の炉をひとつ借り切って、火にくべたという。


 そんなことをしたら中のコインすら無事でいられるか分からない。


「鉄が溶ける温度で一時間も漬けたんですよ……どうして無事なんですか?」

 万策尽きたところに、レオナールがやってきたらしい。


「この強化ガラスは、大事なものを展示するために使うつもりです。壊されて盗まれると困ることになるのですが、その様子ですと大丈夫ですね」


 たとえば博物館が閉まったあと、翌日の朝までに破壊されて中身が盗まれた……などということが起きては困る。


「一日戴いた我々ですら無理だったのです。これを破壊する者は現れないでしょう。我々が断言します。破壊不可能です」


「その言葉が聞きたかったのです……というわけで、箱は回収させてもらいますが、後日、みなさんには特別勤労手当を支給致します。くれぐれも口外なきよう、お願いします」


「自分たちの恥になることでもあります。決して口外しません」

「ありがとうございます。それでは失礼します」


 ホクホクとした顔で、レオナールは箱を回収して去っていった。




 ミュゼの布告によって、町内が騒がしくなった頃。

「お母様、タダシがまた派手にやったそうですわね。あの布告はその後始末ですか?」


 ミュゼのもとを訪れたリーザは、そんな質問を投げかけた。

 町では壁の外に出来た壁、町外区域にできた多くの建築物、そしてミュゼの布告と、話題に事欠かない。


 もはやこれは隠すこと不可能。

 それどころか、世界中にむけて宣伝しているかのような有り様である。


「後始末ではなくて……そうね、意思表示かしらね」

 意外な言葉に、リーザの顔が驚きに包まれた。


「トエルザード家が本気で棄民救済を掲げるのですか?」

 まさかという表情をリーザが浮かべる。


「そうね。タダシさんは、棄民が出る社会を憂いているのね。砂漠からここまで、多くの捨てられた人を見てきたと思うわ」


「それは砂漠の民はそうでしょうし、私と出会った場所も、どこの国にも属していない地でしたし……」



 通常の町民はわざわざ危険な場所へ出かけたりしないものだ。

 あんな辺鄙なところを旅していたのだから、会う人みんな棄民であってもおかしくない。


「タダシさんには、わたくしたちには見えない『何か』が見えているようですね。ですから、現実との違いに苦しんでいるのです」


「それでお母様はあのような布告を? ですが、どうやって救済するのです? 町の民は反発すると思うのですけど」


 棄民を生み出す一番大きな原因は、食料不足である。

 町や村の中に畑や牧場を作らねばならないため、人が居住できるスペースが限られてくる。


 多くの人が町に詰めかければ、それだけ食料の減りは早くなる。

 畑のスペースが限られている以上、彼らを喰わすことはできない。


「救済は、タダシさんがやるのですよ」


「丸投げですかーっ!?」

 リーザの絶叫が屋敷に轟いた。


「丸投げとは人聞きの悪い。タダシさんがすることの責任をわたくしが取ると言っているのです。仕事の問題も、親を亡くした子供たちのことも……それに食べ物ですら、タダシさんの手腕で何とかするでしょう」


「本気ですか?」

「もちろん、本気ですとも」


「根拠は? タダシが解決してくれると考える根拠はなんですか、お母様!」

「夫はタダシさんを『世界の神秘』と考えました。それは知っていますわね」


「ええ」

「夫の考える『世界の神秘』は、わたくしのと少し違うようです」


 ルンベックは何か大きなこと、新しいことをする人物、いわゆる先駆者パイオニアとしての役割を考えていた。


 一方のミュゼは、過去の例から開拓者フロンティアとしての側面を重視していた。


 絶断山脈を越えたり、未開地帯を抜けたりといった、そのときまで人がだれも想像だにしなかったことを成し遂げてきたのが『世界の神秘』であると。


 それは『世界の神秘』たる者の強い意志によってしか、なし得ない。


「わたくしは、タダシさんが解決してくれると信じているのです。もし見込み違いでしたら、その責任はわたくしがすべて取ります」


 正司の行為を後押しするのではなく、ミュゼが矢面に立って行うことで、批判の矛先をこっちに向けさせようとする。


 あの布告は、ミュゼの覚悟の印だった。


「お母様……」


「それはそうと、この町にファファニアさんが到着なさったようですわ」

「本当ですか!?」


「ええ、先ほど使いの者が屋敷に来ました。日を改めて挨拶に来るそうです」

 バイダル公の孫娘が、とうとうやってきたのだ。


「ではファファニアさまに会えるのですね」

 嬉しそうに言うリーザに、ミュゼは釘を刺す。


「これからタダシさんのすることは、すべて公になってくるでしょう。ファファニアさんがタダシさんに興味を持っているのは確定。バイダル公の思惑も分かりすぎるほどです」


「そうですね、私もそう思います」


「滅多なことはないと思いますが、タダシさんを連れてバイダル領に……なんてことも考えられます」


「……っ!?」

「気をつけないと、そういう可能性もあるということです」


「ですがお母様。気をつけると言っても何を……」


「ファファニアさんは17歳で、あなたのひとつ上です。……たった一歳しか違わないのに、どうしてこうあなたはちんちくりんなのかしら」

 リーザの言葉に直接答えず、ミュゼは娘のコンプレックスをえぐった。


「ち、ちんちくりん……」

 絶句しているリーザをよそに、ミュゼは続ける。


「あなたはとても勉強熱心で、それは美点ですが、普段はがさつですし、魅力といえばわたくしに似た顔くらいでしょうか。もう少し背が欲しいですわね。女らしい丸みもあればもっと……女性らしいファファニアさんと比べると、あちこち微妙ですわね」


 母親から相次いで駄目だしをされ、微妙と評せられたリーザは、ワナワナと震えた。




 そんなミュゼとリーザの会話が交わされてから数日後。


 バイダル家の紋章が入った馬車が、トエルザード家の屋敷に入っていった。

 馬車に乗っているのは、バイダル公の孫娘ファファニアである。


 トエルザード公に、到着の挨拶をするための訪問である。

 もちろん事前に使いを出しており、挨拶が終われば、歓迎の晩餐会が開かれる。


 晩餐会には、ファファニアの他に、町に住むバイダル領の有力家臣たちが招待された。

 ホストはもちろんトエルザード公で、ミュゼを含めてリーザやミラベル、ルノリーも揃っている。


 ホスト席にはルンベックとミュゼが座り、本日の主賓であるファファニアがミュゼの隣に座っている。


「この素晴らしい町に来られて幸せですわ。私もできるだけ長く滞在したいと思います」

 そう言って、ファファニアは優雅に礼をした。


 ファファニアは遊学しにきたわけでも、表敬訪問でもない。

 他領で経験を積むための就職、そう見られている。


 ファファニアが自領で領主の仕事を手伝った場合、姉の才覚が弟を上回っていると周囲が判断すれば、お家騒動の危険がある。


 ゆえにファファニアが領を出ることは別段おかしくない。

 その先がトエルザード領であるのも普通のことだ。


 ただ、少しだけ普通と違うところがある。

 ファファニアは、特別扱いしないでほしいという言葉とともに、博物館の従業員を希望した。


 これは経験を積むというよりも、別の目的もあるのではないかとトエルザード家が疑うのも頷ける。

 というか、それ以外の要素はあまりない。


「バイダル公が掌中しょうちゅうの珠のように寵愛されていると伝え聞いていますわ。我が領でお預かりして、公を失望させないか心配ですの」

 ミュゼは少し困った顔で微笑んだ。


 言外に「よく公が許可を出しましたね。それほど魅力あるのですか?」と匂わせている。


「祖父と両親は、大喜びで送り出してくれましたの」

 と、ファファニアも負けていない。


 あたりまえですよ。当主のみならず、家族全員が応援してくれていますと返している。


「うふふ……」

「ほほほ……」


 晩餐会の間中、ミュゼとファファニアのにこやかな会談が続き、なぜかだれも口を挟まなかった。


「ところで、タダシ様はいらっしゃらないのかしら……ご挨拶とお礼を伝えたかったのですけど」


 すでに正司がトエルザード家の屋敷に住んでいることを掴んでいるらしい。


「タダシさんはこのような席は苦手なのですわ」

 これは本当である。


「そういえば、普段から表に出ることはありませんものね。こういう集まりも苦手でしたか」


 納得という風にファファニアは頷く。

 ちなみにルンベックは、正司の偽物――というよりもわざと誤認させるような人物を連れ回している。


 ファファニアもそれは当然知っていて、言っている。

 情報収集力のない者たちは完全に騙されて、それが正司だと思い込まされている。


 遠くの地にあっても真実に辿りつけているバイダル公の情報収集能力は、さすがと言えよう。


 ファファニアは、ルンベックが普段連れ回しているのが正司本人ではないと、完全に掴んでいるようだ。


「タダシさんには、あとで会わせますわ」

「はい。楽しみにします」


 この場に正司がいないのは、本人の希望もあるが、他の招待客がいる中で、正司を表に出したくないという判断も働いている。


 あとでファファニアを正司と会わせることは既定路線であったので、予定に変更はない。


 ただ一般的な女性の魅力として、ファファニアとリーザを比べた場合、どちらに軍配が上がるのか、ミュゼには理解できてしまった。




 和やかなうちに晩餐会は終了し、人々は帰路に就く。

 今回はパーティではないので、まだ夜は更けていない。


 男性のもとを訪れるにはやや遅い時間だが、トエルザード家の屋敷内であるため、滅多なことを言う者はいない。


「タダシ様、お久しゅうございます。このような回復した姿をお見せできるのも、すべてタダシ様のおかげです。あの時は、本当にありがとうございました」


「いえいえ、たまたまです。でも無事に解決して良かったですね」

 たまたまで半死半生の身が完全回復するわけがない。


 加えて、襲撃犯一味だけでなく、協力者を含めてほぼ全員が捕縛された。

 たしかに事件は解決したが、それをこれだけさらっと言える正司に、ファファニアは空恐ろしいものを感じた。


 この人は、どこまで奥が深いのか。そう考えたのである。


「やはり大魔道士様にはあの程度のことなど、児戯に等しいのですわね。尊敬致しますわ」

「……? ありがとうございます?」


 正司としてはすでに終わったことであるし、魔法を使って回復させただけである。

 あまり大それたことをした自覚はない。


「私の両親も、タダシ様に直接会ってお礼を言いたいと言っておりますの。今度、両親に会っていただけるかしら」


「それはいいですけど、すぐには無理そうですね」


 いろいろ予定が詰まっているのでと正司が説明すると、「大魔道士様の予定に合わせます」と、えらい食いつきを見せてきた。


「そうですか……これからファファニアさんには博物館を一緒にやっていくわけですし、挨拶は早めの方がいいですね」

 そう呟く正司に、ファファニアの心は沸き立った。


「はい! でしたら、すぐにでも連絡を……」

「そうそう博物館で思い出しました。ファファニアさんには『宣伝部』を統括してもらおうと思うのです」


「宣伝……部ですか?」

 虚を突かれたことで、ファファニアは先ほどの言葉を最後まで言えなかった。


「はい、宣伝部です。とても高度な教育を受けていると聞きました。すぐにでも人を導いていけるとも」


「それは……もう、両親から厳しく躾けられましたから」

「色々考えた結果、宣伝部が適任だと思ったのです」


 両親と会う算段を進めたかったファファニアだが、ここで焦ってはよくないと思い直した。


 それにこれから先は、ずっと一緒である。

 プライベートで話す機会などいくらでもあると、まずは正司の話を聞くことにした。


 ファファニアが『宣伝部』に就任することについて、実はこれ、ミュゼの発案だったりする。

 いくら特別扱いは望まないと言っても限度がある。


 あからさまに冷遇しては、両家のためにもよくない。

 かといって、どこまで内に取りこむか、その線引きは非常に難しい。


 とくにファファニア――もしくはバイダル公の目的が正司個人に向いている場合、扱いには細心の注意が必要だ。


 本人の資質や能力から、博物館の八つある部門長のどれかを任せる方がいいだろうということになった。


 そして家柄を加味した結果、一番向いているのは『宣伝部』ではなかろうかと。

 宣伝部ならば、バイダル領に顔も利くファファニアは適任である点も考慮された。


 他の七部門は『展示部』『食堂部』『購買部』『遊戯部』『事務部』『警備部』『倉庫部』であるため、唯一宣伝部だけが、外へ出かけることができる。


「宣伝部ですか。どのような仕事か分かりませんが、タダシ様に認めてもらうよう頑張りたいと思います」


 ファファニアは宣伝部の内容をあまり把握できてなさそうだと、正司は感じた。

(なるほど。通常の商会でも、独立して宣伝する部署は存在していないのでしょうね)


 時間のあるときに、手の空いている者が宣伝したり、何かのついでに宣伝することはあっても、独立した部署をつくって組織的に行う活動はしていないと正司が考えたのは合っている。


 インフラが整っていないこの世界では、遠くの村や町まで宣伝することはほとんどないのだ。

 自分の住んでいる町中で知ってもらえればいい。その程度の認識である。


「宣伝部は、博物館の宣伝をするだけではなく、情報を知って、それを操るような感じでしょうか。情報を発信するには、大元を知らなければなりませんし」


「なるほど、その通りです」


「それと、宣伝した結果がどうなったのかの検証ですね。効果があったのかなかったのか、どの世代にもっとも効果的だったのか。これを集めるのも宣伝部の仕事になると思います。事務部で危機管理……いわゆるクレーム対応をしますけど、それを極力減らすためにも、博物館を知らない人に誤解なく伝えることが重要です」


「そ、その通りですね」


「情報を知るということは、説明できる知識を蓄えることでもあります。八つの各部門は独立していますので、それを繋げて考えられる人でなければなりません。また町の人と、ひとくくりにしても、上流階級から商人、職人、生産者などさまざまです。彼らすべてに興味を持ってもらうのも大切ですが、まずはターゲットを絞ることから始めた方が良いでしょう。それを判断して、どこに宣伝をかけるのかを考える必要があります。それが成功してはじめて、次のステップに移れるでしょう」


「……は、はい」


「そう考えると、宣伝部は下準備がとても重要になります。また、限られた予算、限られた時間で、多くの情報を伝えなければなりません。日頃から話を聞いてもらえるよう、色々な人と交流する必要がでてきますね。私はこう考えるのです。博物館という『モノ』を人に宣伝する。それはつまり、人とモノに橋を架ける作業ではないかと。私はそれをファファニアさんにやってもらいたいのです」


「が、がんばります!」


 そう言ったところで、ファファニアの頭はイッパイイッパイだった。


 最初ファファニアは「宣伝」と聞いて、「ああ、人と会ったときに博物館の話題を出せばいいのね」と軽く考えていた。


 正司の話を聞く限り、かなり本格的なことをするらしい。

 というか、言っている内容は分かるが、話が細かすぎて、一度ではすべて理解できなかった。


(あとでもう一度、聞きましょう)


 どうせ時間はある。

 これから正司と、なるべく多くの時間を一緒に過ごして、正司の考え方を理解していけばいい。ファファニアはそう考えていた……のだが。


「それと、なるべく早く博物館オープンの目処をつけたいと思います。いま従業員の教育をやっていますので、ファファニアさんもそれに参加してください」


「はい、それは構いませんけど、オープンを急ぐというのは、何か理由があるのでしょうか」


「あります。ファファニアさんも知っていると思いますが、もうすぐフィーネ公領で三公会議が開かれます」


「そうですわね」

「ルンベックさんがそれに参加するので、私も護衛として出発しなければならないのです。博物館のオープンは帰ってきてからになりますが、その前に一通りの形だけでも整えてから出発したいと思っています」


「……えっ!?」

 正司がフィーネ公領へ行く? これは初耳である。


「私が戻ってくるのは三公会議が終わってからになります。しばらくはレオナールさんやミュゼさんたちが従業員の面倒をみてくれることになっています」


「そ、それは良いですわね」

 ファファニアは呆然としつつも、なんとか表面だけは取り繕えた。


「というわけで、まずは私が出発するまでの短い間となります。よろしくお願いします、ファファニアさん」


「はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします。タダシ様」

 正司が差し出した手を握り返し、ファファニアは乾いた笑みを浮かべた。


(これは仕組まれたかしら?)

 自問しても答えの出ない問いである。


 ファファニアの悲願成就は、正司が三公会議から帰ってきてからになりそうである。


「まだフィーネ公領に行ったことがないので、楽しみです」


 無邪気にそんなことを言われ、ファファニアは「それはよかったですね」と言うのが精一杯だった。


 ファファニアの前途には、少しだけ暗雲が立ちこめていた。



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[気になる点] 無税のままだと真面目に税金を払うの人は少ないので、かなりの人口が無税の場所に引っ越すことになり、税収減になるのでは?
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