047 土地の利用法
朝の日差しを浴びて、正司は起きた。
「今日は良い天気ですね」
廊下で掃除をしている使用人に挨拶をしながら庭に出た。
日課の軽い運動をはじめるのだ。
身体強化を施せばまるで十代に若返ったかのような、いや、それ以上のスペックを与えてくれる。
「――よっと」
大きな木の枝に飛び乗り、てっぺんを目指す。
スルスルと登っていく様は、猿そのものである。
(このお屋敷からの眺めはいいですね)
元から町一番の高台に建っている。
ルンベックが昇った塔には遠く及ばないが、木の上からでも、ラクージュの町並みがよく見えた。
炊煙が朝靄の中をたなびくように伸びている。
これから人々が動き出す時間帯である。
(何でも電化製品に置き換わってしまって、こういうのはもう見られなくなったんですね)
正司は物珍しそうに、町並みを眺めていた。
すると、ある場所に目が止まった。
先日、ミュゼに案内された『空き地』である。
そこだけ、ぽっかりと空洞ができているようだった。
(あそこは、護衛の報酬で私が貰った土地でしたね。そういえばどうしましょう)
もとは軍の訓練地だったらしく、平地でだだっ広い。
建物は解体されて運び出されているため、今はただの空き地。
(家を建てるには大きすぎますし……そもそも今は屋敷住まいですから、家は必要ないんですよね)
午前中、ミュゼからさまざまな教育を受けている。
この世界に来てまだ日数の浅い正司には、体系的に知識を吸収できる今の状況は、願ったり叶ったりだ。
当面はこの生活が続くと言ってよい。
その場合、トエルザード公の屋敷に住み続けることになる。
(日本人として、あんな一等地を遊ばせておくのは忍びないです)
国土のほとんどが山脈である日本において、土地は貴重かつ稀少なものだ。
この世界でも魔物が湧かない土地は貴重という認識らしい。
ならば、ただ『空き地』として遊ばせているよりも、何らかの活用をした方が自分のためにもいいし、町の住人の為にもよいのではないか。
どのような利用方法があるか、何が可能なのか。
法に触れるものがあるのかないのか、この世界の一般的な産業を理解しているわけでない正司には、判断つかないこともある。
しばらく考えた末、午前中の講義の時間にミュゼに質問することにした。
(一応候補はあるんですけどね)
たまたまカルリトと出会った際、魔物の石像の展示を薦められた。
カルリトは見たことのない魔物について驚き、感心し、ずっと覚えていたらしい。
そのため、「この感動をみんなに」というわけではないようだが――町中に住む人に見せたら面白いと提案してくれたのであった。
(展示すると博物館みたいな感じでしょうか。法に触れる産業ではないですし、既得権益を脅かすこともないでしょうし……それを第一希望にして聞いてみましょう)
なんとなく法に触れそうな産業で正司が思いつきそうなのは、塩の販売や酒の製造、たばこ、薬類もその可能性がある。
賭博や風俗などは裏社会と切っても切れないだろう。
こういったものには手を出さない、出したくないと考えていた。
たとえば最初、このラクージュの町が盆地にあり、火山活動の結果できた地であると聞かされたとき、正司は温泉が湧くのではないかと予想した。
水魔法で探索し、土魔法で深く掘り下げることで、比較的容易に原泉を手に入れることができるのではと夢想した。
だが、この町には「湯屋」と言われる銭湯もどきがいくつもあり、人はそこで日々の汚れを落としていることも分かった。
正司が温泉を引いてしまえば、商売がモロに被ってしまう。
もし正司がよかれと思ってやったことで「湯屋」の経営が成り立たなくなり、相次いで廃業するようになったら忍びない。
そもそもお金を稼ぎたかったら、魔物のドロップ品をルンベックに買い取って貰えばよいのである。
元からある店を廃業に追い込んでまで、新たな事業を始めるつもりはなかったりする。
(あとでミュゼさんに聞いてみましょう)
正司は木の上から大きく跳躍し、五回転して着地して走り出した。
そんな行動の一部始終を見ていた庭師の老人が、腰を抜かさんばかりに驚いたのは、ご愛敬であろう。
「それはとてもよい考えですわ」
土魔法で作った魔物を展示して、町の人に見てもらいたいと話すと、ミュゼは手放しに賛成してくれた。
「似たようなものは他にあるのでしょうか」
正司がそう質問したのは、この世界の博物館があるのか、競合しているのか知らなかったからである。
「王国に、各分野の研究機関があります。その研究結果を発表、展示する場が機関内にあると聞いたことがあります。許可が得られれば、それを見学できるといいますわ」
王国にあるようだが、正司が提案したような、誰でも見学可能なものではないらしい。
「貴重な資料や研究結果でしょうし、許可制にするのは当然かもしれませんが、せっかくの研究を多くの人に知ってもらえないのは悲しいですね」
「他国の利益に繋がる研究もあるでしょうし、秘匿する場合がほとんどだと思いますわ。充分、開かれているほうだと思いますけど?」
正司の言に、ミュゼは首を傾げた。
ここで正司とミュゼの認識の違いが明らかになった。
正司の場合、「学問は社会に還元するもの」という刷り込みがある。
どんなに有益な発見でも、それを独り占めし、独占したまま死んでしまえば意味はない。
人は社会から利益を享受しているのだから、学問でそれを還元していくのは当然と考えていた。
一方ミュゼの考えは違う。
有益な発見をするのに掛かった時間やお金は計り知れない。
結果だけを社会に広めることは、その過程を無価値なものとすることになる。
ゆえに普通は秘匿するもので、研究結果を広く知らしめることはよほどのことがない限り、行わない。
「他に展示するような機関は、ないのでしょうか?」
「そうですわね……これもやはり王国の話ですけれども、先々代の王が大陸中から集めた珍しいものを展示した部屋があると聞いたことがあります。巨大なひとつの部屋に所狭しと飾られているそうですわ」
海のもの、山のもの、人が作ったものなど雑多に置かれているらしい。
それはただのミエではなかろうか。そう正司は思った。
(ということは、一般的な博物館は存在していないのかもしれませんね)
学校の語源となった学問は、古代ギリシャの言葉で「ヒマ」を意味していると聞いたことがある。
生活するだけで精一杯の人に、学問をする余裕がない。
学ぶことは特権階級にだけ許された行為だったのだ。
そしてミュゼのような「研究結果は秘匿するもの」という認識が各国共通であるならば、博物館のようなものを作ろうとしないのも頷ける。
(でしたら、やってみるのもいいかもしれませんね)
それはおもしろいことになるのではなかろうか。そう正司は思った。
「それで、わたくしは魔物の石像を見たことないですが、どのようなものでしょう?」
ミュゼが興味を持った……というよりも、見極めようとしている目だ。
「石像の実物ですか。『保管庫』の中にたしかまだあったと思います」
拠点に置いた魔物の像は、各一体ずつ。
複数作成したものをしまい込んでいたはずと、正司は『保管庫』から直接取り出すのではなく、メニューを開いた。
『保管庫』の中身がリスト化されて出てくる。
(えっと……これですね。「実物大魔物フォルダ」ってタイトルをつけて入れたんでした)
正司が虚空に指を這わせるのを、ミュゼが不思議そうに見守る。
すぐに正司の横に巨大な魔物の置物が出現した。
石でできているため、ピクリとも動かない。
それでもリアルな外観に加えて、塗装までしてある。
いまにも動き出しそうなそのフォルムに、ミュゼは二歩後ずさった。
「これが……そうですか?」
「はい。クレントギガーズというG4の魔物ですね。乱杭歯のような牙で獲物を噛み砕くそうです」
『情報』から得たものをそのまま読み上げただけ。
だが、ミュゼには効果覿面だった。
なにしろ本物そっくり、実物と見まごうものが目の前にあるのだ。
しかも正司のいう獲物とは、人間のこと。
ついつい、この魔物の前に自分が投げ出されたらどうなってしまうのか、想像してしまった。
「これは習作ですけど、こういったものを説明文付きで展示しようかと思うのです」
「そ、そうですか……それは斬新……ですわね」
本当に習作? ミュゼは疑わしそうに石像を見る。
第5段階まで上げた〈土魔法〉は、正司の想像通りのものを作り上げる。
塗装は鉱石を削り出した顔料を使用しており、これまたリアルさをより際立たせている。
あまりに物珍しい。展示すれば、物珍しさに行列ができるだろう。
「一般の人は、あまり魔物と遭遇してもじっくりと観察する余裕がないですしね。きっと喜んでくれると思うのです」
なるほどとミュゼは納得しかけて、ハタと気付いた。
いまの口ぶりからすると、正司は魔物と出会っても、じっくり観察する余裕があることを意味する。
それはそうだ。
そうでもなければ、これほど精巧な石像を作ることはできない。
どうやったら魔物をじっくり観察できるのか。
いくら考えても、ミュゼには納得できる回答が思いつかなかった。
「午後は、その展示について話し合いましょう。協力してもらう人を連れてきます」
「はい、よろしくお願いします」
これは自分ひとりで考えない方がいいと、ミュゼは直感した。
はじめて正司がやる気をみせたものだ。
優秀な使用人をつけて、ぜひとも成功させたい。
この成功の中には、「つつがなく始める」ことも含まれている。
始める前に、町を上げての「てんやわんや」になることは避けたいのだ。
ミュゼは考える。
正司に一般的な教育を施すために、最低でも一年はかけるつもりでいた。
半年あればどこへ出してもおかしくない教養は身につけさせられるし、平行して上流社会の振る舞いも教えるつもりだった。
詰め込み過ぎて、嫌がられては元も子もない。
それでも一年というのは、かなり早いペースである。
だが、そのペースで本当によいのか。もっともっと短縮した方が人々のためになるのではないか。
甚だ不安になるミュゼであった。
「不可能だと思うぞ」
「そうですわよね」
ルンベックとミュゼの夫婦が一緒に昼食を摂っている。
執務が残っていたルンベックにミュゼが軽食を運び、そのまま食事となったのだ。
正司は別の場所でリーザとミラベル、そして公子のルノリーと一緒に食べている。
ミュゼは、正司の教育の進捗具合について報告するとともに、もっと仕上げを早められないかと夫に相談した。
だが、ルンベックは首を横に振る。
「ずっと凶獣の森にいて、最近出てきたわけだ。国の名すら知らなかったと聞いている。保有している知識はおそらく偏っている。凶獣の森や魔物の生態については誰よりも詳しいだろう。だが、人の営みや、上流階級のふるまいや考え方、一般の民の思考もそうだが、そういったものに疎い傾向がある」
「はい、それはわたくしも感じましたわ」
「そこで足りないものを埋めていこうという話になったわけだ。本人もそれを自覚し、望んでいる」
「とても熱心に聞いておりますわ」
「それは重畳。いまは広く浅く知識を蓄えてもらいつつ、興味のある分野を深く掘り下げる手法で進めているのだったな」
「はい。まだ始めて間もないですけれども」
「10日や20日でどうにかなるものではないのは分かる。そんなんで教育が終了するようだったら、どの国もどの家も、後継者の教育で頭を悩ませることはなくなる。教育には時間がかかるものだ。はっきり言って、そこを焦っては意味がないと思っている」
「言いたいことは分かりますわ。ですからわたくしも、一年でも詰め込み過ぎると感じているほどですもの。ただ、タダシさんが簡単にできることが、実は一般の魔道士でも不可能なことが多すぎると思うのです。これは早急にどうにかしないと、周囲から浮いてしまうことが懸念されますの」
これはリーザも通った道で、正司が怖いのではなく、正司の異常性を知った者たちの反応が怖いのである。
遠巻きにして避ける、もしくは正司自身を怖がる。
それを知れば、正司の心に深い傷ができるかもしれないし、人間嫌いになる可能性もある。
逆に、取り入ろうとしたり、利用しようと近づいたりする者も出るかも知れない。
正司の周囲に人を近づけさせなければいいのだが、それをずっと続けるわけにはいかない。
異常性をあらかじめ正司に理解させると言っても、何が出てくるのか分からない状況でもある。
そもそも「あれも駄目、これも駄目」と言い続けるわけにもいかない。
クエストを信奉していることから、それを制限させることも控えたい。
ようは一般的な常識を自然に身につけて、心が曲がらないように伸ばしてくのが教育の目的である。
時間をかけるのは、当然のことなのだ。
だがしかし……とミュゼは思う。
習作と言って出してきた石像ひとつにしても、いろいろと常軌を逸している。
正司が興味を持ったことであるし、積極的に自分から言い出したことなので、ミュゼは全面的に協力したいが、正司の言う『博物館』の完成図が分からない。
それがどのようなものになるのか、目の前のルンベックですら想像できないに違いない。
「駄目だと言えば反発もしよう。協力しつつ、うまく収まるように誘導していくのがいいだろうな。二ヶ月後には三公会議がある。その『博物館』とやらが動き出すのは、フィーネ公領から帰ってきてからだろう。その間に準備を整え、じっくりと腰を据えて取り組めばよい」
「そう上手くいくかしら……」
ルンベックの言葉を受けて、ミュゼはそっと反論ごと息を飲み込んだ。
「魔物の石像を展示するんですか?」
「そうなのです、ルノリーさん。まだ凶獣の森の魔物しか作っていませんけれども、砂漠やラマ国の山中にいる魔物など、これからどんどん増やしていけたらと思うのです」
昼食時、正司は博物館構想をリーザたちに語って聞かせた。
ちなみに一番劇的に反応したのがルノリーだった。
目をキラキラと輝かせて、もの凄い食いつきを見せた。
さすが男の子、分かっていると正司は内心喜んだのだが、実はリーザもミラベルも、正司の石像は見ている。
リーザは眉間を抑え、ミラベルは「あれか~」と遠い目をした。
石像があまりにリアル過ぎて、ミラベルは二度と見に行っていない。
日本の遊園地には、『お化け屋敷』という定番の施設がある。
作り物であることは分かっているし、情報が氾濫した昨今でも、「お化け」と称されるものの存在は、公式に確認されていない。
それでもお化けは怖いのだ。
知識として知っていても意味はない。怖いものは怖いのである。
一方、この世界では魔物の脅威は現実としてある。
子供が魔物に出会えば死。
つまり、日本の「お化け」とは、比べものにならないくらいの脅威度である。
それが限りなくリアルな造形をもって陳列されていれば、ミラベルが二度と見たくないと思うのも頷ける。
というか、チラ見しただけでも夢に出てきそうなものだ。
実物を見たことないルノリーだけが喜んだのも致し方ない。
ちなみにリーザの反応はいつものことである。
その何段階もの先が軽く想像できるので、目頭を揉んでいたりする。
「タダシさん。その石像、僕も見たいです」
よせばいいのにとリーザが思う間もなく、ルノリーがそんなことを言う。
「そうですか? では……」
正司は『保管庫』から石像を取り出そうとして、思いとどまった。
「……いまここで見せてもいいのですが、出来上がったときの感動が半減してしまうでしょう。ルノリーさんには、博物館のお客さん第一号になってもらいましょう」
「本当ですか?」
「ええ、完成品を真っ先に見る……というのはどうですか?」
「はい、見たいです。とても見たいです!」
「でしたら、そのときまでのお楽しみにしましょう。アッと驚かせるものを用意しておきますね」
「楽しみにします!」
ルノリーの笑顔に、正司も笑顔で返す。
正司が「あっと驚くもの」と言うからには、本当にそうなのだろう。
リーザはルノリーがその時、どんな反応するのか目に浮かぶようであった。
「大がかりなものになるかもしれませんので、時間はかかると思います。ミュゼさんが人を集めてくれると言っていましたし、思ったより早くお披露目できるかもしれません」
「お母様がですか? でしたらそうですね。お母様はそういうこと、得意な人ですから」
適材適所に人を配置するのがうまいらしい。
とくに家臣たちからは、絶大な信頼を得ているという。
「そうですか、午後に連れてくると言っていました。どのような人が来るのでしょう。楽しみですね」
「ねえ、タダシ。その博物館というのは、魔物の石像を展示するだけなのよね?」
それだけならばまだ大丈夫と、リーザの勘が告げている。
「そうです……ああ、それだけだとすぐに飽きられてしまうかもしれませんね」
なるほどと、正司はリーザの言わんとしていることが分かった。
近年、第三セクターが作った箱物は、おしなべて失敗の憂き目をみている。
というのも行政主導でやろうが、業者に丸投げしようが、爆発的なヒットを見込めるようなものでは最初からなかったりする。
最初の建築費を回収することもできず、毎年維持管理費だけが膨らんでいく。
最後は行政が尻ぬぐいする形で閉鎖という例が多い。
公共性のある、もしくは社会性のあるものだから採算は度外視……などと言ってはいけない。
やるからには、赤字を垂れ流してはいけないのだ。
(テーマパークなどでも、民間が血を吐く思いをして運営していてすら、赤字になることがあるわけです。ただ魔物の石像を展示するだけの博物館に未来はないかもしれません)
ならばどうすればいい? 正司は考えた。
日本で隆盛を極めたテーマパークはいくつかある。
あのコンセプトを持ってくるのはどうだろうか。
正司は、日本で大人気のテーマパークのいくつかを思い起こす。
(人を多く雇うことになりそうですが、それは町の雇用にも繋がりますし、いいことかもしれません。ただの博物館ではないもの――形が見えてきましたね)
これはいいことを聞いたと、正司はほくそ笑む。
ただ広いスペースをつくって、魔物の石像を並べるだけの予定だったが、そんな簡単なものではないのだ。
何度も足を運んでもらえるつくりにする。
やりがいが出てきたと正司は独りごちる。
「タダシ? ねえ、タダシ? 聞こえてる?」
不安をかきたてられ、リーザが何度も呼びかけるが、思考に集中した正司の耳には届かなかった。
その日の午後。
正司はミュゼからふたりの人物を連れてこられた。
「初めまして、タダシ殿。レオナールと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
ひとりは、執事然とした佇まいがよく似合う壮年の紳士レオナール。
白い口ひげと優しそうな目元が特徴のナイスミドルである。
年齢を聞いたところ50歳ということで、正司よりもかなり年上であることが分かった。
「これはご丁寧に。タダシと申します」
「わたくしに深い礼など不要でございます。タダシ殿。わたくしはお館様の配下のひとりでございます。レオナールと呼び捨てください」
レオナールは、ルンベックの個人的な部下であり、正司の博物館に協力するよう言われてやってきた。
そしてもうひとりの人物。
「初めまして、私はエリザンナと申します。ミュゼ様の秘書のひとりでございます」
ミュゼには複数の秘書がいて、今回レオナールとともに正司に協力するため選ばれたのがエリザンナである。
年齢はかなり若く、20歳。ひっつめの髪のせいか、美人であるのにやや目つきが鋭い。
有能そうに見えるものの、目つきで損をしているなと正司は思った。
エリザンナの母親は、当主のルンベックと同い年であるという。
エリザンナの家は代々トエルザード家に仕えており、エリザンナもミュゼが信頼する者の一人であるらしい。
「エリザンナはとても有能な秘書ですの。きっとタダシさんの役に立つと思いますわ。それとレオナールは夫が信頼をおいている部下のひとりですわ。用件はすべてレオナールを通すといいと思います」
実際、正司が引き合わされたこの二人は、かなり有能であるらしい。
正司は内心、自分につけるのではなく、別の仕事をさせた方が有意義なんではないだろうかと、本気で心配した。
「それでタダシさん、魔物の石像を展示する……でよろしいのでしたわね」
ミュゼが確認するが、正司は頷かない。
「大まかなところはそれで合っているのですけど、もう少し工夫が必要かなと思い直しました」
「工夫……ですか?」
レオナールが不思議そうな声を出す。
ルンベックより遣わされたレオナールは、いくつかのことを厳命されてきた。
正司がやることをあまり否定するな、というのがそれだ。
常人には理解し難いこともある。
その場合、これまでの常識が邪魔をして、つい否定的な意見ばかり言ってしまうことにもなりかねない。
自分の常識で計らず「まず肯定して、その上でどうすればよいのか」を判断してみろと言われたのである。
「ただ展示するだけでは飽きられてしまいます。そこで、何度でも足を運んでもらえるような工夫が必要と考えたのです」
「はあ……」
やはりレオナールには意味が分からない。
ミュゼがルンベックに話した正司の博物館構想。
それをレオナールも聞いて知っている。
本物と見まごうばかりの石像を次々と展示するのだ。飽きられるとは一体何の話だろうか?
その博物館でしか見られないのならば、飽きる飽きないの問題ではないのではないか。
ついそう指摘したくなってしまったレオナールだが、慌てて頭を振る。
ルンベックから、否定から入るなと言われたばかりなのだ。
まず肯定して、その上で考える。なるほど、難しい問題だとレオナールは、身を引き締めた。
「そういうことですか。了解しました。……して、どのような工夫が必要と考えたのでしょうか」
「はい。まず揃いの制服を導入しようかと思います。形から入ることになりますが、ひと目見て、博物館の人だと分かるのは重要ですし」
揃いの制服という概念も、この世界では一般的ではない。
各自が動きやすいものを用意したりするのが普通である。
上流階級の場合、支度金を渡して揃えさせることもあるが、それは仕事にふさわしい着衣が求められるからである。
全員同じ服という発想は、持ち合わせていなかった。
「なるほど、よい案ですな」
まず肯定して、そのあと考える。レオナールは今回も実践した。
「ほんとうはアトラクションも入れたいのですけど、そういったものは後回しにして、レストランを併設しようかと思うのです。中で食べられるような場所をいくつか作って、そこで休憩してもらうことも考えています」
今日顔合わせしたレオナールとエリザンナは、正司の考えについていけない。
レストランなど、必要なのだろうかと顔に出ないようするので精一杯だった。
ミュゼは正司の思考に一日の長があり、まだ耐性があった。
だがやはり、レストランの必要性は首を傾げるばかりである。
三人の持つ博物館のイメージは、庭園に置いてある石像を見せるのに近い。
庭に食事処を作る感じだろうか。
それで何がしたいのか、なかなかイメージが湧かないようだった。
「レストランを出すといいますが、どこかのお店を移す感じかしら」
それならばいくつか心当たりがあるとミュゼは提案した。
「できれば、ここだけのオリジナルというのを考えています。ちょうど魔物のドロップ品の肉が大量にありますので、それを提供しようかと思います」
「ああ……」
そういえば、リーザが大量に買い取った話は聞いた。
あれでも極々一部だろうというのも聞いている。
ドロップ品の肉料理を出す店。
魔物の石像の展示に加えて、魔物の肉ならば、かなり流行る。
三人ともようやく顔に理解の色が浮かんだ。
「それと土産物屋さんですね。特産品となるようなものを多数置いて、子供たちをとりこにしたいのです」
それも理解できると、三人は納得した。
地方に出ると、その土地でしか手に入らないものが多々ある。
わざわざ帝国から珍しいものを取り寄せることもある。
正司がいう、「ここでしか手に入らないもの」が本物であったら、かなりの集客が見込めるのではなかろうか。
「タダシ様、その土産物でございますけれども、何を予定していらっしゃるのでしょうか」
正司の話を聞いて、エリザンナは「これは金になる」とすぐに気付いた。
同時に、正司が考えている土産物に興味が湧いた。
「土産物屋を思いついたのが少し前ですので、まだ構想中ですが、これなんかどうでしょう」
正司は『保管庫』から魔物のフィギュアを取り出した。
直径10センチメートルほどの精巧に作られたミニチュア版魔物である。
「12種類でシークレットの1種類を入れて、中が見えないような売り方とかどうでしょう?」
「ひ、ひとつ拝見してもよろしいですかな」
「どうぞどうぞ。いっぱいありますので、手にとって触ってください」
正司は3セット取り出した。
G3からG5までの魔物と分かる。
レオナールが手に取ると、それなりの重さがあることが分かった。
これも石でできているのだ。
「これを……土産ですか?」
「ええ、どうでしょうか? 大きさは3種類くらいあってもいいと思うのですけど、あまり大きくなると購入が難しいですよね」
「は、はあ……ですが、これを作るのはどうやって……?」
「一度に作ってしまえばいいかなと思っています。こんな感じです」
正司は『保管庫』から一抱えのある岩を取り出した。
以前、『保管庫』の容量を確認するために、大量にしまったのだ。
その岩が次々とフィギュアに変わっていく。
素材を揃えて、完成形を念じて魔力を注ぐ。それで出来上がってしまう正司だからこその荒技である。
「「「…………」」」
さすがに三人とも唖然とした。
そのため、三人が再起動する間に、正司は別のものを取り出していた。
「ドロップ品って結構余っているので、いい機会ですからすべて土産物に変えてしまおうかと思っているのです。魔物繋がりでいいかなと思いまして」
正司が取り出したのは、魔物の皮で作った製品、魔石を組み込んだ魔道具などである。
それが溢れんばかりに床に積み上がった。
「博物館を思い立ったのがつい最近なので、あまり準備もできていませんが、土産物として、少しは賑わうかなと思うのです。どう思いますか?」
「やりすぎです」
これにはさすがにレオナールも突っ込んだ。