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032 孤高の魔物狩人

 ポイニーの町に入った馬車は、大路を避けて進む。

 馬車がゆるゆると進み、人通りの少ないのどかな一帯にでた。


 家々がまばらな一角である。

 生け垣の綺麗な屋敷があり、馬車はその前で止まった。


 アダンが門に添えられた金具に手をかけると、金属を打ち鳴らす音が響いた。

 呼び鈴の代わりだろうと正司が思っていると、屋敷の中から使用人らしき者が現れた。


 顔を知っているのか、アダンを見るなり使用人が慌てだした。

 事前に知らせを出せなかったため、急な訪問で驚かせたようだ。


 アダンがリーザの来訪を告げると、使用人は大慌てで屋敷の中へ戻ってゆき、変わって壮齢の男性が早足でやってきた。


「これはこれはリーザ様、ようこそいらっしゃいました」

「過度な礼は不要ぞ、ガゼイ」


「かしこまりました。……して、このガゼイを驚かせるために突然いらっしゃった訳でもございますまい。何かありましたかな」


「バイダルとラマ国について何か聞いているか?」

「いえ……私どもの耳には入っておりませんが、何かありましたでしょうか」


「やはり知らぬか。……つい先ほど戦争に突入しかけた」

「なんと!?」


 ガゼイの目がまん丸に見開かれた。

 リーザは「後ほど話す、他言無用ぞ」と伝えて、屋敷の中に入る。


 トエルザード家所有の屋敷は、いつ訪れてもいいように中は整えられている。

 今回のように急な来訪でも問題ない。使用人たちは別にして。


 リーザは旅の埃を落とすと言い添えて、部屋に向かった。そこで着替えをする。

 もちろんミラベルも一緒だ。ライラが付き従っている。


 その間、男性陣は荷物の整理である。

「これを運び入れてしまおう」


 正司からのプレゼント――巻物や魔道具の類いである。


 本来魔道具は、誤動作を防ぐために、処理を施した革袋に入れた方がよい。

 だが、ボスワンでそんなものを買い込めば目立つ。


 そのため魔道具などは、少々大きめの木箱に、余裕を持たせて入れてあった。


「荷物は私どもが運びますので、タダシ殿はこちらでお待ちください。おいっ、来客の手配だ」

 アダンの言葉に、使用人たちがキビキビと動き出す。


「……あの、えっと?」

 正司はうら若い女性に先導されて、屋敷の一番景観のよい部屋へ通された。


 アダンから「くれぐれも丁寧な対応を」と裏で厳命されたことを正司は知らない。

 応接室で正司は、湯気立つお茶を前にして途方にくれている。


 正司を先導したのは若いメイドだった。

 今も正司の斜め後方にいて、無言で立っている。


 背中越しに見られているのを感じた正司は、挙動がぎこちない。


(どうにも落ちつきません……絶対、私を見ていますよね)


 メイドの仕事は客人をもてなすことであり、それは会話の相手をすることではない。

 リラックスできるよう出しゃばらず、かといって何かあればすぐに対応できるような位置で控えていることだ。


 それがよくできたメイド。

 トエルザード家が客人の前に出してよいと判断したメイドの姿である。


 お茶を飲み干すと、音も無くやってきたメイドが、そっと替えのお茶を用意する。

 もちろん無言で。しかも手際よく。そして音も無くもとの場所へ戻る。


(えーっと…………どうすればいいんでしょうか)


 非常に洗練された部屋で、庭の眺めも素晴らしい。

 非常に優秀なメイドに傅かれた正司は、非常に居心地の悪い時間を過ごすことになった。


          ○


 ガゼイはトエルザード家の家臣で、この屋敷の管理を当主から任されている。

 屋敷の維持管理だけでなく、ポイニーの町で見聞きした内容を定期的に届けてもいる。


「……というわけだ。道中に手紙は書いた。これを家とバイダル公のもとへすぐ届けてほしい」


「かしこまりました。いつもの者がおりますので、至急届けさせます」


 ガゼイに事情を話したリーザは、いろいろなことを父親に丸投げすることにした。

 そろそろ自分の許容量を越えてきたのである。


 ガゼイには国境付近での衝突が未然に防がれたことと、賊の集団がバイダル公の屋敷を襲い、多くの死傷者を出して逃亡したこと、そして捕まったことを聞いて驚いた。

 すべて初めて耳にする内容だったのである。


 リーザが渡した手紙にはもっと詳しく書いてあるが、すべて話すわけにもいかない。

 手紙を読んだリーザの父がうまくバイダル公と交渉して、ものごとを収めてくれることを祈るばかりである。


「最近、この町で変わったことはないか?」

 ここでようやく町の情報収集に入る。


 エルヴァル王国へ留学していた頃も、リーザは定期的に各国、各町の情報を集めていた。

 だが、どうしても情報に偏りが出てしまう。


 住んでいる者がもたらす生の情報には適わない。


「最近ですと、食料品が値上がりしました。これは町を訪れる商人が減ったからのようです。入ってくる荷が減ったことで、その分の値上がりがおこりました」


「減った商人の出身は?」

「王国です。いま思えば、戦争の噂を聞いたのでしょう」


 戦争の匂いをかぎ取った商人たちは、商いを一旦手控えたのだ。

 近くで戦争がおこれば町の門は閉ざされる。


 そうすれば、民間人であり他国人である王国商人は出入りできなくなる。


 町中にいた場合、持ち込んだ物資は一括で買い上げられるが、その値段は相場よりも安くなるのが常だ。

 商人とて、もちろん安値で売りたくないが、軍に睨まれると後が大変である。


 軍としては、一括で買い上げるのだから多少勉強するのは当たり前だという認識である。

 文句を言われる筋合いはないと。


 黙って商品を差し出す商人と、それを安値で受け取る軍人。

 戦争になるとそんな光景が町の至る所で繰り広げられる。


 目端の利く商人たちは、戦争が起こりそうな町を避けるのである。


(ポイニーの町は国境の町の次。たしかに戦禍が押し寄せる可能性があるが、攻めるのはバイダル軍の方であろう。攻めてもこちらが負けるかもと思ったのか? いや、ミルドラルの三公が賛成したわけではないから、一旦は劣勢になると考えたのか)


 バイダルとラマ国の戦争の話が、どこかで漏れたか、予想されたのだろう。

 商人たちは、物の動きでそれを読む。


 ファーラン国王が商会長を勤めるルブラン商会が戦争で儲けようと物資を動かし、それを察知した商人たちの間で情報がやりとりされた。

 リーザはそう見ている。


(ルブラン商会の物の動きが派手だったということかしら。ラマ国の相手としてミルドラルを考えれば、バイダル領で商いを手控えるのも分かるわね。……とすると、商いを手控えた商人たちは、一国と一公家の戦争まで読んだということ? 最終的にどうなるか分からないけど、バイダルが押される展開を予想したのかもしれないわね)


 なかなか鋭い。リーザはそう考えて、王国商人の読みの鋭さ、強かさに舌を巻いた。

 同時に、戦争が回避されて、本当によかったと思った。


「戦争が回避されれば商人がやってくる。物価の値動きをみておくように」

「はい。注視しておきます」


「他には?」

「町の外に人が膨れあがってきております」


「見たわ。理由は分かって?」

「周辺の村人がやってきて、勝手に住み着いたようです。人が増えても収入は変わりませんから、村で溢れた人の受け皿が、どこにもないようです」


 余剰の生産物など、どの村にもない。

 村はただ「魔物が湧かない」というだけの場所で、肥沃だからとか、水が豊富だからというわけではない。


 魔物が湧かない地だから住める。村では、居住性や生産性は二の次となる。

 そのため人が増えると、どうしても食い詰める者が出てくる。


 村よりも町の方が、まだ労働力を必要とされる。

 だったら貧しい村を出て、町で暮らそう。

 そう思って出てくるものの、町中で税金を支払って暮らす元手がない。


 町の外に住み、日中は町に行き、手間仕事などで少しずつ金を貯める。

 将来は町中で家を借りる。それを夢見て、彼らは壁の近くから離れないのだ。


 リーザはガゼイからあらかた情報を聞き終えた。

 手紙はすでに出してあるため、明日にはここを出発できる。


 ここからバイダル公の住むウィッシュトンの町まで、あとふたつ町を通過しなければならない。

 急ぐ旅ではなかったが、ファファニアのこともある。


 リーザが王国に留学していたとき、裏社会の情報も集めていた。

 犯罪結社『十字蛇』は、要人の暗殺を得意としていることも知っている。


 もし強力な毒でも使われたら、魔法で解毒は難しい。

 治癒魔法で時間稼ぎをしつつ、毒の種類を特定し、ポーションを調合しなければならない。もしくは治癒魔法とポーションの両方を使う必要が出てくる。


 治癒魔道士が複数いてもいい。正司が助けになり得る可能性は十分あった。

(なんとしても全回復してもらいたいわね)


 変な恨みが残っていると、政治的決断に悪影響を及ぼす。

 リーザは、交渉の最終手段が『戦争』であると考えている。


 安易に攻め込むのは下策。

 とくに、国力が拮抗している相手に対しての戦争は、下策中の下策である。


(大陸の東を統一した帝国だって、すべての地を御していないですもの)


 内乱に明け暮れる帝国を見る限り、武力による解決は何十年、何百年経っても、禍根を残すのだと教えてくれる。


(願わくば、タダシに帝国のような欲がありませんように)


 正司がこの前見せた土魔法だけでも、使い方によっては、一国を落とすことも可能である。


 凶獣の森から出てきたばかりで世間知らずをいいことに、名誉欲や支配欲を囁く者が現れることだってありえる。


 リーザは正司が力に溺れないよう、監視しつつ導いていこうと考え始めていた。


          ○


 翌朝早く、リーザたちは屋敷を出発した。

 次の目的地は、バイダル公のいるウイッシュトンの町である。


 途中の町は寄らずに通過することで、その日の夜には到着できる。

「バイダル公にも手紙を出したし、町に入ったらまずは屋敷に行くわよ」


「屋敷ですか……とすると、ポイニーにあった屋敷のような感じでしょうか」

「そうよ。あそこにも大きな屋敷があるから、そこに滞在することになるわね」


 到着はおそらく今日の夜。

 そして旅装のままバイダル公に会うのは失礼にあたる。


 トエルザード家所有の屋敷に一旦は腰を落ち着ける。

 町には門番がいるので、リーザのことはその日のうちに伝わる。


 バイダル公が迎えの者を寄越してくるので、そのとき会いに向かえばよい。

 もしくは何らかの会が催され、その招待状がくるだろうと。


 三公はみな遠い親戚みたいなものである。

 本家、分家ともに、それぞれの血が入っている。


 それでも公家に連なる者が他の公家を訪問するには、やはり段取りが必要である。

 リーザがそんな説明を正司にした。


「なるほど、手間のかかるものなのですね」

「そうね。呼び出しがあるまで二、三日はゆっくりできると思うわ。旅の疲れもそこで落としましょう」


「分かりました。その間、私は町を散策してもよろしいのでしょうか」

「そうね……目立ったことをしなければいいわ」


「ありがとうございます」

 そう答える正司の声はやや弾んだ。


「目立つ行為はしないでね。物を売るのも駄目よ。必要ならば私が相場より高く買い取るから」

「はい、分かっています」


 実はここまで、ラマ国を出てから一度も町中でクエストを受けていない。

 理由は明白で、正司は護衛の依頼を受けていたからである。


 もちろん護衛といっても、自由時間はある。

 クエストマークを見つけたこともあった。


 だがこれまでの経験上、ほとんどのクエストには「時間制限」が存在していた。

 あたりまえである。クエストを受けたら、そこで時間が止まるわけではない。


 みな何らかの事情を抱えて生きているのだ。

 時間制限がないほうがおかしい。


 そして、受けたクエストがすぐにクリアできるとは限らない。

 これまでを振り返ると、正司のスキルが間接的にでも必要だったことが多い。


 これも当然な話で、スキルを使わずにクリアできる程度の悩みならば、本人か周りの人でも悩みを取り除くことが可能である。


 それができないから困っているのである。


(まだ持っていないスキルが必要な場合、新たにスキルを取得しなければなりませんね)


 現在正司が持っている貢献値は4である。

 4もあれば、第三段階まで取得できる。


 だがそれを使ってしまえば、残りはゼロ。後々を考えれば、色々拙い。

 貢献値が必要だが、それを得るには貢献値を使わねばならない。

 なんとも悩ましい。


 そういった理由で、リーザのもとを長期に離れられないため、これまで正司はクエストを受けてこなかった。


 そしていまの話からすると、バイダル公と会うまで数日必要になるらしい。

 これでクエストを探しに、町中へ出られるならば、こんな嬉しいことはない。

 正司が喜んだのも当然であった。


 ちなみにリーザは孤児院の事を知らない。崖に作った住居も同様だ。


 そのため正司に釘を刺しておけば、ある程度は仕方ないにしても、そうそうおかしなことにはならないと考えていた。


 一方の正司は……。

(目立つことをするなと言われても、もともと目立つことは苦手ですし)


 正司の感性からすると、目立つことといえば、電車に乗って大声で話したり、人目もはばからず電話したりのような、迷惑行為をまず思い浮かべる。

 たしかに車内に限らず町中で大声をだせば目立つ。


 他にもブログやSNSなどで犯罪行為を投稿自慢したり、他人を貶すような発言を連発したりすれば目立つ。


 正司の考える目立つとは、いわゆる「悪目立ちする」ことである。

 良識ある大人が眉をひそめるような行為をすると目立つのである。


 それを正司がするかといえば、ノーである。

 だからリーザに目立つことをするなと言われて、「分かりました」と答えられた。


 では、孤児院の建物を建て替えたり、崖のあばら家の隣に洞窟型住居を作ったのはどうなのか。


 家を建て替えたり、新たな住宅街を新設したりするのは、現代日本では普通のこと。


 通りを歩いていて、「ああこの家、新築するのですね」とか「この道は工事中で迂回しなければなりませんか」といった風に、建て替えや工事の現場に遭遇しても、「めんどうだな」くらいの程度の認識である。


 そのため正司は、「目立つことをした」という認識が薄い。

 あくまで必要だから魔法でやった程度の認識だったりする。


 これは正司が知っている魔法使いがブロレンしかおらず、あまり魔法談義をしたことがないのが要因だろう。

 またサービス精神が旺盛であることも関係している。


 砂漠で井戸を掘ったときも、「魔道士様はこのくらいできるんだ」と魔法に疎い砂漠の民が感謝こそするものの、「その魔法は異常ですよ」と指摘されなかったことから、勘違いが始まったとも言える。


 そして正司が救ってきた相手が、やはりことごとく魔法に疎かった。

 正司が救ってきた人たちも、ともすれば「貧乏人」と揶揄されるような存在だった。


 ゆえに「すごい魔法だ」と思われても、「通常の魔法使いと比べて異常だ」という反応がなかったのである。


 何はともあれ、翌朝、馬車はポイニーの町を出発した。


          ○


 ウイッシュトンの町へ向かう道すがら、正司はマップを見ながらぼーっとしていた。

 馬車から覗く外の景色にも飽きて、することがなくなっていたのだ。


 そんなときふと、クエストマークを見つけた。

 慌てて馬車の小窓を開くと、道から外れたところで休憩している人がいた。


 軽装の鎧を身に纏った、正司と同じくらいの年齢の男だった。

(クエストを持っているのはあの人ですか)


 男は何かに耐えるようにも見えた。

 すぐに向かおうとして思い直す。いまは護衛中だったのだ。


「リーザさん!」

「な、何かしら、タダシ」


 急に名を呼ばれてリーザが驚く。

「いま道の側にクエストを持った方がいたのです」


「えっと……そう」

 正司はクエストを信奉して旅をしているとリーザは聞いている。


 困っている人を助ける旅だとも言っていた。

 その実、詳しいことは聞いていない。


 道ばたで困っている人がいるのだろうと、リーザは考えた。

 よく分からないが、正司にはそう見えたのだろうと。


「申し訳ありませんが、少しだけ馬車を離れてよろしいですか?」


 正司は護衛である。勝手に護衛が馬車を離れるわけにもいかない。

 だから許可を取ったのだ。


「いいわよ。ここはバイダル公領だし、ウイッシュトンの町近くに危険もないと思うから」


 もともと正司の護衛はイレギュラーなところがあった。

 いなくなっても問題ない。


「ありがとうございます。クエストを受けて戻ってきます」

「それはいいけど、時間がかかるのかしら。馬車はこのまま進むけど、タダシは大丈夫?」


「あとで追いつきます……でも、馬車がどこにいるか分からないかもしれませんね。どうしましょう」


「一本道だし、馬車はこのまま道なりに進むわ。合流できなくてもウイッシュトンの町に入れば、屋敷の場所は門番が教えてくれるわね」


「なるほど。それはそうですね」

「もうすぐ町をひとつ抜けるけど、そこへは寄らないからタダシも無視して進んでいいわよ」


「分かりました。覚えておきます。それでは行ってきます」

「気をつけてね」


「はい。なるべくはやく戻りますので」

 正司は馬車から降りて、『身体強化』を施した。


 まだクエストを持っている人からそれほど離れていない。

 正司は、一気に加速した。


          ○


 クエストを持っていた人物は、護衛のアダンたちと同じような武装をしていた。

 そのため、『身体強化』ですぐに男がいた場所に戻れたものの、すぐに近寄ることはしない。


 男は切り株に座っている。馬車で通過したときのままだ。

 正司は少し距離を開けた状態で話しかけた。


「あの~、すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」

 正司が声をかけると、男は顔をあげ「なんだ?」と聞き返してきた。


「お話があるのですが、近くに寄って構わないでしょうか」

「……ああ」


 許可が出たので、正司は「では失礼させていただきます」と歩いて行った。


「変わった格好をしているな。あんたは?」

「私はクエストを信奉して旅をしているタダシと申します」


 変わった格好というのは、正司が纏っている外套のことだろう。

 ここまで正司はシュテール族の外套を好んで着ていた。


「クエスト? ちょっとよく分からんな。……俺はルフレットという。魔物狩人まものかりゅうどをしている。それで話ってのは?」


 魔物狩人とは、積極的に魔物を狩ってドロップ品を回収している職業を指す。

 冒険者でもハンターでもいい。ようは、依頼されたり、もしくは自らの意志で魔物を狩る存在である。


 正司はルフレットの格好を見た。

 アダンと同じような動きやすそうな革鎧だが、かなり使い込まれているのが分かる。


 年季の入ったものを修繕しながら使っているようだ。


「ルフレットさん。唐突に聞こえるかもしれませんが、何か困っていることはないでしょうか?」


 その言葉を聞いて、ルフレットは笑った。

「本当に唐突だな。どうしてそんなことを聞く?」


「私が信奉しているクエストとは、困っている人の話を聞いて、それを解決する手助けをすることなのです。もちろん急にこんなことを言われても戸惑うかもしれませんが」


「いや……人とは違う変わったものを信奉することはよくある。それで俺が困っていると?」


「ええ、そう見えたものですから話しかけました。もし秘密の内容でしたら、それは決して他人には漏らしません。ですので、ぜひ私に話していただけないでしょうか。そして解決する手助けをさせていただけないでしょうか」


「…………」

 ルフレットは突然現れた正司という男を測りかねていた。


 つい先ほど馬車が目の前の道を通ったので、それに乗っていたのかもしれない。

 そう思った程度だ。


 ここでようやくルフレットは、じっくりと正司を観察した。

 見た目はどこにでもいる町民のような感じだ。


 ただ、見たことのない外套を着ている。

 異国的な服装なので、ミルドラル出身ではないと思われる。


 クエストを信奉して旅をしていると言っていたが、たしかにそうなのだろう。

 理由は分からないが、人の手助けをしたいらしい。


 目の前の男は長い旅をしてきたのだろう。

 そこまで考えてルフレットは、話してみようかという気になった。


「まあ、たしかに今困っていることがある。それが解決できるかどうかは分からないが、聞いてくれるのか?」


「はい。お願いします」

 ルフレットは苦笑しつつも、話すことにした。

 悩んでいることがあったのだ。



 今年28歳になるルフレットは、もう十年以上魔物狩人として活動していた。

 以前は気の合う仲間とグループを組んでいたが、四年前、グループ内の男女が揉めて、解散することになった。


 その男女は付き合っていたらしいが、男の方が裏で別の女性と付き合っていたことが、喧嘩の原因らしい。


 グループ内の仲が悪くなると、さまざまなことがうまくいかなくなる。

 周りで喧嘩を見ている方も馬鹿らしくなる。


 結局、幾ばくもしないうちに、自然と解散する方向へ気持ちが向かっていたらしい。

 ルフレットは、その男女や共にグループを組んでいた仲間とは離れた。


 いい機会だからと、生まれ故郷の村に戻ったのだ。

 それ以降、ルフレットは村の周辺で魔物狩人を続けている。ひとりでだ。


 ルフレットにとって、その方が都合がよかった。


 それなりの実力があったルフレットだが、G3の魔物は単独では狩れない。

 G2の魔物までである。


 そして他の者と組む場合、人数を揃えない限りG3は狩れない。

 つまりまた前と同じ大所帯になるか、それとも個人で魔物狩人するか。


 二、三人の少人数で組んでもG2しか狩れず、それで収入が頭割りになるため、あまりよろしくない。


「普段はほそぼそとお決まりの場所で狩りをしていたんだが、最近、少しばかり人とかち合ってな」


 村の近くでG1を中心に狩り、たまに出てくるG2を狩る生活は順調だったという。

 このところ若い魔物狩人が、ルフレットの狩り場を使うようになり、魔物と遭遇する機会が減ってきたらしい。


 魔物は時間が経てば湧いてくるが、それは一日、二日のことではない。

 しばらく別の狩り場を使おうと、遠出をしたらしい。


「普段と違うものだから、つい奥に入り過ぎてしまってな」

 G2の魔物に囲まれてしまったという。


 逃げるにも、少しは魔物を倒さないと拙い。

 少しでも生存出来るよう、大木を背にして戦っていたところで救援が入った。


 助けに入ったのは、これまた若いグループだったらしい。

 男女合わせて6人という大所帯で、ルフレットがG2の魔物に囲まれていると、加勢を申し出てくれたという。


「それで俺は助かったが、そのとき傷の手当てをしてくれた者がいてな」

 回復魔法の使い手がグループ内にいたらしい。


 熟練者ではなかったが、それでも傷の痛みが引き、大層助かったという。

「優しい言葉をかけてくれてな」


 ルフレットに微笑んでくれたその笑みが忘れられず、思い悩んでいたという。

 そして最近は、以前出会った狩り場へ、何度も足を運んでいる状態らしい。


「出会えるかどうかは分からないが、今の狩り場は若い者が使っている。本格的に狩り場を移してもいいかと思っていたんだ。だが……」


 先日、その狩り場で魔物を探していると、見たことがある盾を見つけた。

 あのときルフレットを治してくれた回復魔術使いが使っていたものだとすぐに分かった。


「俺が凝視していたんだから、見間違えようがない」


 周辺には小剣も落ちており、明らかにここで戦闘があったことが窺えたという。

 ここで何があったのか。


 心配になって周辺を探ったルフレットだったが、それ以上の痕跡は見つけられなかった。


 あの集団がどの町や村の出身なのかも分からないし、無事なのかそうでないのかも不明。


 気持ちばかりが焦り、最近は魔物よりも彼女を探して彷徨い歩いているらしい。

「無事でいるのか。俺は、それだけでも知りたいのだ」


 どうやら恋煩いの果てに、ルフレットはずっと思い悩んでいるらしい。


「その盾は、本当にその人のものだったのですか?」


「特徴的なので間違いない。もし無事ならば取りに来るだろうと思って、目立つ場所に立てかけておいた。だが何度見に行けど、その盾はそこにある」


「なるほど……その方の名前は分かりますか?」

 ルフレットは首を横に振った。分からないらしい。


「俺が覚えているのは、長くて銀色の髪、焦げ茶色の瞳で、痩せていてすらっとしていることくらい。あと回復魔術を使うことだけだ」


「見つけるには難しそうですね。何歳くらいですか?」

「十代の後半だと思う……さすがに難しいか」


 ルフレットも言っていて、それが分かったのだろう。息を細く吐き出した。


「せめてどうしているかだけでも知りたい。無事なのかどうなのか……探せるだろうか」


 ここではじめてクエスト受領画面が表示された。

 もちろん正司は受領を押す。


「大丈夫です。私が探してきます。その……希望に添う結果にならないかもしれませんけど」


 魔物が出没する領域に盾が落ちていたこと。

 それがいまだ放置されていることを踏まえて、正司はそう伝えた。


「分かっている。覚悟はできているんだ。ただ、宙ぶらりんな状態が嫌なだけなんだ」


「では探して来ます。ルフレットさんのお住まいはどちらですか?」


「俺はこの細道を辿った先にある小さな村に住んでいる。目の前に大きな木があるからすぐに分かるはずだ」


「そうですか。では分かりましたらお伝えします」

「ああ、待っているよ」


 そう言ったものの、ルフレットはさほど期待しているような感じではなかった。

 内に抱えていたものが吐き出せてすっきりした。その程度の認識らしい。


「それでは私は待っている人がおりますので、この辺で失礼致します」

「ああ、話せて良かった」


「それではまた後日」

「無理はしないでくれ」


 そう言ってルフレットは細道の方へ去っていった。

 それを見送ってから、正司はマップに示された白線を見てみる。


(クエストを受領してから、街道にそって白線が続いていますね。この先には何が待っているのでしょうか)


 白線は、馬車の進行方向と重なっている。


(とりあえずは、馬車と合流しましょうか)

 正司は身体強化を施して、街道を疾走した。



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