003 初クエスト
目の前に広がる砂漠に、正司は頭を抱えた。
これは自分を人里へ送り出すつもりがないのかと、世界を呪いたくなった。
もし神様がいま降臨したら、文句を言っているところである。
温厚な正司でもさすがに怒る。
「北と東は山脈で、南は海だったんですよ。西が砂漠って、私に死ねということでしょうか……いや、土宮正司30歳。こんなところで挫けては駄目です。道はきっとあります」
わざと自分を奮い立たせる。
頬を叩いて甲高い音を響かせたあと、正司は森と砂漠の境界を北に向かって歩き出した。
南は海にぶつかったが、北は山脈。
山脈はどこかで途切れているかもしれない。そうすれば迂回できる。
ならば向かうのは北しかない。
そう自分に言い聞かせ、周囲を確認しながらゆっくりと北上した。
「左手側が砂漠、右手側が森が続く感じですね」
歩き始めて二時間。変わらない風景に正司は早くも飽きていた。
瞬間移動で帰れるので、砂漠に入ってもいいのではと思い始めていた。
「しかし延々と砂漠が続くと、生き残れる気がしないんですよね」
主に精神的な意味で。
希望なく砂漠を歩き続けるのは苦行である。
たとえ水と食糧があったとしてもだ。
「一気に進んでみましょうか。でも人がいたり、何かの痕跡を見逃すと困りますし」
歩いた道のりしかマップには表示されない。
マップが更新される範囲は約300メートル。
500メートル右に人がいたとしても、マップには一切表示されない。
「もっとこう、便利な魔法があったら良かったのに……」
すでにこの世界に来てから30日あまり。
痒いところに手が届かない仕様に、正司は微妙な暮らしにくさを感じていた。
「あれ?」
マップに黄色い三角が表示された。
今までマップに、黄色のマーカーは出たことがなかった。
もしかしてと思い、正司が森の中へ向かうと……。
「やっぱり人です。というか、少女?」
14、5歳くらいの女の子だろうか。それがひとりで歩いている。
魔物が出る森の中を少女がひとり。
とてもシュールな光景だが、この機会を逃す正司ではない。
まず気配遮断を止める。
そして少女の方にゆっくりと近づいた。
「えっと、こんにちは」
驚かさないように、正司は遠くから声をかけた。
少女は正司を見て目を大きく見開くと、すぐにやってきた。駆け足である。
「○&◎×#▲$! ○#◎%&!!」
「えっ、何? 何?」
一気にまくし立てられたが、相手が何を言っているのか分からない。
聞き取れないのではない。まったく知らない言語を喋っている。
(えっと……スキルで言語を覚えていましたよね。たしか〈上流語〉というスキル名だったはずです)
正司は〈上流語〉を頭の中に念じてから話しかけた。
「こんにちは、私の言っていることが分かりますか?」
「○■&×! △#&&○!」
「……だめですか」
通じなかった。
この少女は、正司の知らない言語を話している。
ステータスを開いて、スキルの【言語】を見る。
以前取得してしまった〈上流語〉はそこにはない。
「会話が通じないわけだし、別の言語スキルが必要だけど……この〈共通語〉でいいのでしょうか。共通とか書いてあるし」
残り貢献値は4である。言語は無段階だったので、ポイントは2必要である。
ここで〈共通語〉を取得すると残りは2になる。
ここで貢献値を2失うのは痛い。
だが、せっかく見つけた相手と話が通じないまま、別れたくはない。
「大丈夫、きっと通じます」
正司は〈共通語〉を取得し、使えるように念じた。
「これで大丈夫かな。私の言葉が分かりますか?」
「◎$&$▲○%……」
「ええっ!? これでも駄目なんですか?」
絶叫したら、少女がビクッとなった。
「どういうことなんでしょう? どうして話が通じないのでしょうか。共通語で駄目ならばもう方法が……いや、こんなときの情報じゃないですか!」
正司は手を前に出して、少女に落ちつくように促した。
本当は正司が落ちつきたかったのだが。
少女は、動きを止めて周囲に目を走らせる。
大声で魔物を引き寄せると思ったのだろう。
「えっと、情報で新しいものが追加されていれば……」
『情報』欄を開く。すると一番上に、「シュテール族」というのが追加されていた。
シュテール族――砂漠の民。国家を持たない少数民族。
載っていた。
説明はシンプルだが、これはシステム関連の説明でないからである。
事実のみを記すとこんな感じになるのだろう。
新しい情報が追加されたことから、この少女はシュテール族の民なのだろう。
問題は、彼女が話している言葉である。
スキルの【言語】をもう一度見る。
するとその中に〈シュテール語〉というのがあった。
「この流れからすると、この少女が話す言葉は〈シュテール語〉ですよね。だけど、残り貢献値は2。冒険できないのが痛いです」
すでに言語は〈上流語〉と〈共通語〉の二つを取得しているが、いずれもこの少女には通じなかった。
正司がこのあと別の場所に行っても、状況は変わらないかもしれない。
その場合、ここでシュテール語を取得したことで、だれとも会話ができず、クエストをひとつも受けられなくなる可能性がある。
「ですがこの少女、さっきから必死で訴えかけているんです。言葉が分からないからといって、無視もできません……ええい、ままよ!」
正司はシュテール語を取得した。
「お願いします。どうか……どうか、お父さんを助けてください!」
「ちょっ、ちょっ、待って! いまので話が通じました!? いやそれよりも、何のことでしょう?」
「あんなに何度もお願いしたのに、聞いてなかったんですか?」
少女が驚きの声を発する。ちょっと怒っている。
「ちょっと待ってください。あなたの話す言葉がようやく理解できたところなんです」
「どういうことです?」
「ああ……えっーと……シュテール語。そうです、シュテール語を長い間使っていなくて、忘れていた……みたいな?」
「それでも今は思い出したんですよね」
「そうですね。もう大丈夫です」
「でしたら、お願いします。この先に父がいるんです。裂け目に落ちてしまって、でもわたしじゃ降りられなくって……声も聞こえなくなって……わたし、どうしたらいいか。お願いします、父を助けてくださいっ!」
そのとき、正司の視界にだけ文章が現れた。
クエストを受諾しますか? 受諾/拒否
これがクエストかと正司は思い、無事クエストが表示されたことに安堵した。
もちろん、すぐさま受諾を押す。
(あれ? マップに点線がでていますね)
クエストを受諾した直後、マップに白の点線が現れた。
「こっちです。お父さんはこっちにいます!」
少女に手を引かれた先は、点線が伸びた方向と一致している。
点線はマップの灰色の部分までずっと続き、少女が誘導する先も同じ。
これはクエストの進行先を表しているのかと正司が考えていると、かなり深い裂け目が見えてきた。
「あそこです。お父さんが魔物と戦っているときに魔物と一緒に落ちて……」
「これが裂け目ですか……随分と深いですね」
裂け目は崖のように切り立っていて、上から覗いただけでは下は見えない。
「落ちたあとは声がしたんです。この森にだれかいるから探してきてくれって。でもわたし、見つからなくって……何度かここに戻ってきているうちにお父さんの声がしなくなったんです」
「そうですか。では、私が下に降りて確かめてみましょう」
「わたしも行きます!」
「いや、危険ですし、ここで待っていたら……」
「行きます」
「えっときけ……」
「行きます!」
「…………」
「…………」
少女の決意は変わらないらしい。目力が違う。
「分かりました。その代わり、下は危険ですので私がキミを抱き上げて降りるけど、いいですか?」
「わたしはアライダです」
「私は正司……タダシです。それで、アライダさん。その条件でいいなら、私が下に連れて行きます」
「はい、問題ありません、タダシさん」
いまの日本に、こんな力強い目をした人がどれだけいるだろうか。
視線で人を殺す表現があるが、アライダの視線こそ凶器であると正司は思った。
さて、約束したからには、連れて行かねばならない。
かといって、若い女性に触れるなど、高校のときでもなかった。
もうどのくらい昔なのか、思い出せないほどだ。
正司は生唾を飲み込んだ。
緊張で、喉が渇いている。
それを悟られないようにポーカーフェイスを決めると、正司は恐る恐るアライダの腰に腕を回した。
アライダは躊躇なく正司の首に両手を回してきた。
「…………」
一瞬硬直しかけた正司だったが、すぐに再起動してアライダを抱え上げた。
「では、いきますね」
「はい、お願いします」
「……っと、その前に練習してからにします」
身体強化を施し、その場で何度か跳ねる。
人をひとり抱えても、軽くとんだだけで、数メートルの高さまで上がれた。
アライダが振り落とされないのを確認すると、正司は何の躊躇もなく、裂け目に身を躍らせた。
少女を抱いている緊張感に比べたら、裂け目の底などピクニック気分で行ける。
途中、岩の出っ張りに足を掛け、落下の勢いを一度だけ軽減したあとは、そのまま裂け目の底まで一気に落ちた。
「……ひゃぁあああ」
アライダの上げる叫びに、少しだけ心地よさを覚えながら、正司は裂け目の底にストンと着地した。
案の定、身体強化に加え筋力を増量させてある正司の身体は、この程度の衝撃などまったく問題にしなかった。
(なんでしょう、すごい身体になった気がします)
念じなければ超人的な効果を発揮しないとはいえ、魔力を流すだけでテレビ画面の中のヒーローのような力を発揮できる。
(でもこういうのは、自重した方がいいですよね)
正司はヒーローではない。
困っている人は助けたいと思うが、全員を救うことはできない。
ましてや、世界の平和を守ることもできない。
ただスキルの効果で強い力を発揮できるだけだ。
そのことを絶えず意識していないと、道を誤ってしまいそうになる。
「あの……もう、大丈夫です。お、降ろして下さい」
耳元で囁かれた言葉に、正司は慌てた。
「すみません。別のことを考えていました」
アライダをそっと地面に降ろす。
「いえ……それより父を」
「それならばこっちです」
もう間違いない。
点線はクエストの行き先を示している。正司はそう確信した。
(クエストの受諾画面は出ましたし、いまがクエスト進行中なんでしょうけど、どこで何をしろというのは表示されないようですね)
中途半端で不親切なクエスト表示だと正司が思っていると、点線の先に横たわる人物がいた。
「パパッ!」
アライダが駆け寄るが、反応がない。気絶しているのか、あるいは。
周辺にもマップにも魔物の反応はなし。
魔物が死んでいればドロップ品以外は消え去るため、落下の衝撃で死んだのだろうと予想する。
「ねえ、パパ……お願い。目を覚まして」
正司はアライダの肩に手を添え、ゆっくりと語りかける。
「揺らさない方がいいです。見てください、両足が折れています。落下のときに腰も打ったかもしれません。いま目を覚ましたら、激痛でのたうち回るだけでしょう」
「でも、パパが目を覚まさないのっ!」
「痛みで気絶したんだと思います。なので、いまのうちにパパを治した方がいいですね。私に任せてもらえますか?」
自分で言っていて、なんてうさん臭い言葉だろうと正司は思った。
「……治せるの?」
少女のすがるような目に「もちろん」と言ってやりたくなるが、いまだ回復魔法の効果がよく分からない。
足の裏の傷や骨折、火傷は治ったが、すべて自分自身の怪我だ。
いまだ他の人に使ったことはない。
「やってみましょう。場所を私と代わってくれますか」
「……お願い、パパを治して」
アライダが地上にいたときは気丈にも父と呼んでいたが、実際に怪我した姿を目の当たりにして、いつもの呼び方に戻ったのだろう。
回復魔法のやり方はよく分からない。
ただこれまで通り、魔力を使って念じればいいと正司は思っている。
(強く念じればそれだけ魔力を使うけど、効果があがる気がします)
攻撃魔法の場合、「燃えろ」とただ念じるときよりも、より強く「燃えろ!」と念じた方が、多くの炎を出せた。
形式はよく分からないので、両手のひらをかざして念じることにした。
――治れ!
強い思いで何とかなる。そう信じて正司が念じると……。
強烈な光の柱が一瞬で立ち、光の圧力でアライダの髪が逆立つ。
正司は目を瞑っているので、周囲の状況がよく分かっていない。
ただ、閉じたまぶたを通して、強い光が感じられる。
目を開くと光にやられそうなので、そのまま流した魔力を止める。
――シーン
正司がゆっくり目を開けると、呆然とした顔のアライダと、同じく呆然とした男の顔があった。
ふたりとも正司を見つめて。
「「あんた(あなた)何者なんだ(なの)?」」
ふたり仲良く絶叫した。
男はアライダの父親でカダルと名乗った。
砂漠の民――シュテール族だという。
カダルは身体を駆け巡る何か訳の分からないものに戸惑い、慌てて目を開けたらしい。
その時、太陽が落ちてきたのではないかと思えるほど、まばゆい光が自分を包んでいるところだったという。
すごい勢いで身体が修復されていくと感じられたようだ。
「骨が……なんていうのか、勝手に動いてくっつくんだ。ズボンを突き破っていた骨がだぞ! 筋肉がぐわんぐわん波打って、骨の周りに集まって、肌が引っ張られるように修復していった。こんな経験、だれかに話しても信じてもらえそうにないわ!」
正司が聞いたところ、通常の回復魔法は、少しずつ何回にも分けて治療していくらしい。
傷口を塞いだり、折れた骨をつないだりするが、それだけで五分や十分は余裕でかかる。
今回のような大怪我を治す場合、二、三時間で済めばいい方で、通常は途中で魔力が切れる。
腕の良い治療師が複数人でやれば可能だが、普通は何日もかかるような怪我だったという。
「あー、そうなんですか。込めた魔力が多かったからですかね」
よく分からないので、誤魔化してみた。
「それも不思議なのだ。秘薬は何を使ったのだ? 霊薬はいつ飲んだ? 呪文を唱えていなかったが、もしかして無詠唱なのか?」
タラリと正司の額から、汗が滴った。
知らない言葉が次々と出てきた。
(助けて、情報さん)
正司は「ちょっと待ってくださいね」と言いつつ、『情報』を開く。
秘薬――魔法を発動するときに使用する媒体。植物、鉱物などがあり、使用する魔法によってひとつないし、複数の秘薬が必要となる。同じ魔法でも複数の秘薬の組み合わせがあり、効果が高いもの、そうでないものが存在する。
霊薬――魔法の効果を高める飲み薬。調合師が制作可能。飲んで魔法を使うと身体が薄く発光する。霊薬の効果や持続時間は、作った調合師の技量に比例する。
呪文――魔法を発動させるとき、補助となる言葉。呪文によって発動の失敗が減り、効果が上がり、使用する魔力も減る。ただし呪文は正確に詠み上げなければ効果がない。暗記しなくても、呪文書を読んでも効果は変わらない。
無詠唱――呪文を唱えなくても、脳内で呪文を唱えるか、効果を念じるだけで発動可能となる技法。習得には高い技量を必要とする。
「あー、無詠唱です」
正司は、やけっぱちぎみに言った。
呪文など知らないのだから、しょうがない。
「なるほど……相当強力な魔道士なのだな」
「詮索しないでいただけると助かります」
「悪かった。初対面の相手にお礼を言わず、質問ばかりして。まずは怪我を治してくれてありがとう。そして娘を救ってくれてありがとう」
カダルは深々と頭を下げた。
「やめてください。必死な娘さんの姿が、私を動かしたのです」
魔物の出没する危険な森の中。
外縁とはいえ、実際にカダルは魔物に襲われたのだ。
少女にとって、あそこが脅威であることに変わりない。
そこへ現れたのは正司。正体不明の中年男性である。
普通なら警戒するし、日本ならば通報案件である。
正直、正司の方も切羽詰まってなかったら、見なかったことにして離れるところだった。
最初に声を掛ける相手として、若い少女は難易度が高いのだ。
いつ少女が奇声をあげて逃げるかとビクビクしながら声を掛けた正司に対して、アライダは近寄ってきた。
もしアライダが逃げるそぶりを見せたら、正司の方が先に逃げたであろう。
そう考えれば、アライダが出会いを引き寄せたと言っていい。
「あの……それでですね。裂け目の上へ出ませんか? マップだとそこへ向かえと」
「マップ?」
「いえ、こっちの話です。ここは薄暗いですから」
「そうだな。だがここは相当深い。どこか裂け目の終わりを見つけて、そこから上がる算段を……」
「私が担いでジャンプしますよ。二人くらいならば、なんとか」
「はっ?」
正司は、少しばかり身体能力が高いので、人を抱えて壁と壁と蹴りつつ上に上がれると話したが、ものすごくうさん臭そうな目で見られた。
「パパ、大丈夫よ。タダシさん、わたしを抱いて下まで飛び下りたんだから」
「この高さでお前を抱いて、ここまで!?」
カダルが見上げた空は、遙か高みにある。
「ええ、大丈夫だと思います」
「……そうですか。我が一族の戦士でもできないですが……うーん」
「おそらくあなたを地上に連れて行かないと、クエストがクリアにならないんですよ」
「クエスト?」
「私の都合です」
「そうですか。ではお願いします」
「お願いされます」
正司は父と娘を両脇に抱えて、身体強化全開で飛び上がった。
三度、壁を蹴ることで地上に到着した。
二人を降ろしたときに、『クエストを完了しました 取得貢献値1』という表示が現れた。
「ようやく貢献値がもらえたけど、1か……少ない」
驚き、そして喜ぶ父娘の横で、正司はうなだれるのであった。
正司が『クエスト』欄を開いてみると、『完了済み』のところに「助けを求める少女」というのが追加されていた。それをタッチする。
助けを求める少女 成功(貢献値1)
少女に話しかけ、裂け目の中に消えていった父親を助ける。
書かれた内容はシンプルだった。
ただ事実が記されているだけ。
与えられた情報は少ないが、いくつかのことが分かった。
まず、クエストを受諾する前にもこの情報は表示されるだろうということ。
文面から、それと分かる。
そして途中経過は加味されない。
今回の場合、地上に父親を連れて行けばどんな状態でも成功になりそうな気がする。
少女も正司が怪我を治せるとは思っていなかったし、実際マップは怪我をした父親を見つけた時点で、地上を指していた。
怪我の状態のまま地上まで連れ出しても、クエストクリアとなっていたはずである。
(詳細は分からないですけど、不親切な受諾画面は状況に応じて行動を選択してもいいようになっている感じでしょうか)
点線は目的地を指すだけ。そこで何をするのかは、正司に任されていると考えられる。
(あと、結果でボーナスとかはないんですね、残念です)
傷を完全回復させた上で地上に連れて行ったが、もらえる貢献値は1だった。
(クエストの成功、大成功にかかわらず、報酬は一定と考えた方がよさそうです)
そこで正司はもう一度『情報』欄を見た。最新の情報ではなく、少し前。
(ありました……ちゃんとクエストが載っています)
クエスト……困っている人に話しかけることでクエストが発生する。受諾しない限り、達成しても貢献値はもらえない。クエストには単発、連続、強制の三種類があり、連続の場合、クリアする度に次のクエストが発生していく。途中で失敗するか、拒否した時点で、連続クエストの残りは発生しない。
貢献値……世界に貢献することによって獲得できる。貢献値は自身のスキル取得にのみ使用できる。
正司は、クエストの冒頭の文章に注目した。
(困っている人に話しかける……ということは、会話が通じないと発生しないわけですか)
危なかった。
シュテール語を選択して、残り貢献値がゼロになっていた。
森を出るまでの間に無駄なスキルを取得していた場合、ここでスキルを受けられず、詰んでいた可能性もある。
そして貢献値。
これは「世界に貢献した」と表記がある。人を助けたというのではなく、わざわざ世界に貢献したと書くあたり、正司が思っているものと若干違うのかも知れない。
(貢献値はただの報酬と考えましたけど、それだけじゃなく、世界そのものに何か関係するのかもしれません)
まだまだ分からないことだらけである。
「タダシよ、少しいいだろうか」
「あっ、はい。なんでしょう」
「俺たちは、ここへタダシを探しに来たのかもしれない」
「はい!?」
「シュテール族の水盤に記された場所にいたのがタダシなら、俺たちはタダシを探しにここへ来たことになるのだ」
「えーっと、少し待ってくれますか」
正司は『情報』を開いた。
目の前で画面を操作する正の姿に、カダルもアライダも特段反応を見せない。
このことから、ステータス画面を含めて、マップなどはカダルたちには見えないことが分かった。
そもそも正司がやっていることを理解していないようなので、この作業が一般的でないことが予想できた。
そして『情報』には、以下が追加されていた。
水盤――シュテール族の中で水を信奉する者たちが使う密儀魔法。状況の打破を願うと、水盤にそれを解決するために必要なものが映し出される。
「密儀魔法って?」
「そうか。タダシはシュテール語が使えるから、密儀魔法についても知っているのだな」
「あっ、いや……少しですけど。状況を打破するのに必要なものが映し出される……んですよね?」
『情報』にあったことをそのまま伝えてみる。
反応は劇的だった。
「その通り。俺たちは水を信奉するから、水盤を使うんだ。それで水盤に現れたのが、森の中にひとりでいる俺の娘の姿だった」
「えっと……どういう? もう少し詳しく説明してもらえるとありがたいのですけど」
上機嫌のカダルは、正司がその状況を打破する人物だと信じて疑っていないらしい。
正司が丁寧に頼むと、ことの始まりから教えてくれた。
それは、集落における水不足の問題。
目の前に広がる砂漠は、デルギスタン砂漠というらしく、とても広いのだそうだ。
この砂漠の北部に、水を信奉するシュテール族が二十の集落に分かれて暮らしている。
「南部にはエルヘイム族が同じように集落を作っているが、交流はないな。遠すぎて、行き来できない」
「なるほど……砂漠ですものね」
「同じシュテール族でも火と風と土を信奉する者たちもいる。みなこの砂漠の北部で集落を作っている」
「そうなんですか。みなが水を信奉している訳ではないんですね」
「ああ。だからか知らないが、あまり仲がよくない。火の一族は火像、風の一族は風鳴、土の一族は土壁の密儀魔法が使える。それゆえ、一族の血を混ぜるのを嫌うんだ」
カダルが説明してくれる間に、こっそりと情報で確認している。
密儀魔法――数人から十数人が一カ所に集まって発動させる魔法。正当なる血と儀式によってのみ発露する。効果は属性によって異なる。
そもそも密儀という言葉は、数人で祈りを捧げる儀式のことなので、この世界でも説明はだいたい合っている。
火像――シュテール族の中で火を信奉する者たちが使う密儀魔法。罪人を特定するために、疑われた者が個々に像を作成し、燃えた像の持ち主が罪人となる。
風鳴――シュテール族の中で風を信奉する者たちが使う密儀魔法。特殊な回廊で願いを請うと、回廊を流れる風の音色でそれが可能かどうか判断できる。
土壁――シュテール族の中で土を信奉する者たちが使う密儀魔法。将来において起こることが分かっている事柄がいつ起こるか、土壁の皹の長さや皹が走った向きで判断できる。
「水盤に風景が移し出されるだなんて、他に比べたら、具体的で便利ですよね」
「それほど便利ではないさ。密儀魔法に関われる者は決まっているし、水盤はすぐに映し出さなくなる。映し出されるものをそこにいる者が記憶しなければならない。場所や人物が映し出されても、それがどこで、誰なのか分からないと意味が無いんだ」
「あー、そうかもしれませんね」
記録に残すことができなければ、一瞬の記憶力がものをいう。
「今回映し出されたのは、森の中で娘が一人だけ」
「それがアライダさんだったのですね」
「そう。同じ一族だからな。娘の顔を知っている者は多かったからよかった。だが、場所はどこか分からない。一応『凶獣の森』だろうと見当をつけたが、そこへ娘一人を行かせるわけにはいかない。そこで俺がついていったんだ」
「半信半疑……いや、場所が合っている保証がなかったけど、私と出会えたことで水盤が示した人物だと思ったわけですね」
「そうだ。水不足を解消して欲しいと願って現れた映像が、森を彷徨う娘だった。とにかく森に何かある……いや、誰かに会えると信じて来たら、あんたと出会った」
「だから間違いないのではないかと?」
「そういうことだ」
正司は考えた。
現在、正司の持つ力は、この世界では異質であることが分かっている。
とりあえず、秘薬や霊薬を使わず、呪文もなしで魔法を使う者はいないか、限りなく少ないのだといえる。
世界の常識を得るためにも色々な話を聞き、『情報』で確認しておきたい。
そして何より、クエストをこなして貢献値を溜めたい。
「分かりました。私に水不足という状況を打破できるか分かりませんが、その集落に行ってみた方がいいでしょう」
「来てくれるか?」
「はい。よろしくお願いします」
その水不足が永続的なことなのか、しばらく凌げばいいものなのかも分からない。
最悪、正司の水魔法で水を出してもいい。
とりあえず人の多いところへ行ってクエストを受けたい。
それと、この砂漠を抜ける方法を教えてもらいたいと正司は考えていた。
「俺たちの集落はここから歩いて一昼夜のところにある。一番この森に近いんだ。俺たちを派遣したのは別の集落で、そこから二日ほど歩く感じだ」
「い、意外に遠いですね」
やはりこの砂漠は思ったより広いのかもしれない。
そう正司は思うのであった。
なんにせよ、人と出会えた。
一歩前進である。