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028 後始末は大変

(強制クエストの報酬で貢献値が3も貰えました。これは凄いですね)


 あまり反応すると目立つので、正司は平静を装ったが、微妙に挙動が変わったことに何人かが感づいた。


 素知らぬ顔ができればよいが、感情を制御する練習などしたことがない正司ゆえに、リーザたちが違和感を持つのは、しょうがないことである。


 高貴な者たちは、相手の微妙な変化を感じ取るのが処世術なのだから。

 目立たないよう必死な正司の挙動は、それなりの人たちに筒抜けであったわけである。


(頻繁に強制クエストが発生すれば、貢献値不足も解消されるのですが、今回のような不幸な事件に遭遇するのが引き金だとすると、考え物ですね)


 通常のクエストでは、もらえる貢献値が1で不変であった。

 連続クエストの場合、なぜか2貰えた。


 連続クエストで毎回2貰えるのか、それともたまたまなのかは、これから検証していかねばならない。


 そして今回の強制クエスト。

 正司が何もしていなくても始まってしまった。


 ほんの30分程度の働きで、なんと貢献値が3貰えたのである。

 かなり割の良いクエストである。


(強制クエストだと、毎回3貰えるのでしょうか。だとすると、めったに発生しないからこそ3貰えると考えた方がいいですね)


 この強制クエスト。

 極端に受ける条件が限定されているのではないかと正司は考えた。


 発生条件は厳しく、また達成可能時間も通常のものに比べて短い。

 とりあえず受けておいて「時間ができたときにやる」は、難しいのかもしれない。

 

(もし強制クエストが発生したら、何をおいてもまっさきに解決した方がいいですね)

 そんなことを正司が思いつつ、今回の事件を振り返ってみる。


 引き金は、バイダル公の家族が賊に狙われたことだ。

 孫娘が重傷を負い、その弟が誘拐された。

 痛ましい事件だと正司は思う。


(突然強制クエストが始まったのは驚きましたが、もし私が遅れていたら、誘拐された少年は殺され、賊は散り散りに逃げたのかもしれません)


 リーザと同じ年ということで、少年と言うにはやや微妙な年齢。

 それでも、荒事には向いてないらしく、助けに来たときには安心して泣いていた。(と正司は思っている)


 正直、助けられて良かったと思っている。


 もし強制クエストが発生しなくても……いや、通常のクエストマークがなくとも正司は誘拐犯の捜索を手伝ったはずである。

 もちろん、クエストの白線が出ないため、捜索は難航しただろう。


 犯人は複数――しかもかなりの集団ということから、土魔法で大人数が集まっている場所を探知すれば見つかったかもしれない。


 だが、その方法で間に合ったのかと聞かれれば、かなり微妙である。

 今回、かなり幸運に左右された部分が大きい。


 たとえば、リーザに頼まれて長大な壁を作った。

 賊たちがそこで立ち往生している場面に出くわしたことが大きかった。


 たまたまフルムが誘拐事件についてしっかりと語ってくれたことで話がスムーズに進んだ。

 もし何かの歯車が狂った場合、誘拐の話を聞くまでにもっと時間がかかり、手遅れになっていたであろう。


 そして賊がまとまっていたことも大きい。

 フルムの話を聞く限り、ラマ国領内に入ってしまえばもう目的は達成したようなもの。


 いつまでもタレースを手元に置いておく方がリスクが高い。

 また集団でいる必要もない。あとは逃げるだけだ。


(つまり、今回の救出劇は、薄氷の上の勝利という感じでしょうか)


 一歩どころか、手順が半歩ズレれば、失敗していた可能性が高かったのだ。


(そういえば、クエストは世界に貢献する……これが発生する条件でしたが、この誘拐されたタレースさんを救出することが世界に貢献したことになるのでしょうか)


 ワンワンと泣いているタレースの姿を見るに、あまり重要人物とは思えない。


 今後タレースが成長して、世界に貢献するような片鱗を見せるのかもしれないが、いまその萌芽は感じられない。どこにでもいる少年である。


(……いえ、タレースさん本人はこの際どうでもいいのかもしれませんね)


 タレースが助け出されたことによって、戦争が回避された。

 それが大きいのかもしれない。


 正司がそんなことを考えている間にも、話し合いは続いていた。


 賊を包んだ土の柱はどうやっても破壊することはできないとアダンが主張したことで、部隊を率いて誘拐犯を捕まえにいく段取りが話し合われている。


 土魔法の解除は正司しかできず、また賊がいる場所も正司が知っている。

 ゆえに正司とフルム率いる第二軍の2000名が、誘拐犯の捕縛に向かうことが決まった。


 妥当な案である。

 フルムはリーザに正司の貸し出しを願い出て、リーザもそれを了承する。


 問題が発生したのはこの後である。

 事の発端は、公家の孫が誘拐されたことにある。


 賊は多数。しかも危険人物である。

 そこへ他家の者を向かわせるわけにはいかないとフルムは主張した。


 フルムはバーガンに留守を任せ、ついでにリーザたちの対応をしてもらうつもりだった。


 ところが、リーザは自分も現場に行くと言って譲らないのだ。

 そうなればもちろんリーザの護衛たちも同行する。


 フルムにとっては、なんでわざわざ後処理の現場に同行したがるのか、意味が分からない。

「危険ですので、この場でお待ち戴きたく……」


「こちらの心配は無用である」

 と、リーザは先ほどからとりつく島もない。


 何度かの押し問答の末、結局リーザたち一行もまた、同行することに決まった。

 たとえバイダル軍の万人長であるフルムでも、公家直系への命令権は有していない。


 ゆえに火急時および、直接害がない限り、リーザの言を退けることができない。

 よって、リーザとその護衛全員が同行できることになった。


 その決定に一番胸をなで下ろしたのはリーザである。

 迂闊なことをやらかしまくる正司が同行するのだ。


 知らぬ間にライエル将軍と接触して、数十歳も若返らせたのは記憶に新しい。

 ひとりにさせると何をしでかすか分からない。


 そして報告をコロッと忘れる。

 リーザの頭の中では、すでに「うっかりタダシ」という名が付けられている。


 しかも今回拙いのが、フルムたちの興味が正司に向いていることだ。

 道中、何かと正司に質問してくることが予想された。


 家臣でなく、ただの『雇われ』であることが分かると非常に困る。

 いくら言い含めても、どこでボロが出るか分かったものではない。なにしろ「うっかりタダシ」なのだ。


 そのため、リーザは正司のガードをせざるを得なくなった。

 リーザが軍に同行すれば、いくらでも公家の力で撥ねのけられる。


 そして当の本人――正司はというと。

(リーザさんは、好奇心旺盛ですね)

 と、とんちんかんな感想を抱いていた。


 ともかく、リーザたちを含めた2000人強が誘拐犯を捕縛しに出発したのである。




「まさかこれほど離れていたとは……」


 正司がタレースを連れてすぐに帰ってきたので、かなり近い場所に誘拐犯がいるとフルムは考えていた。

 リーザも同様である。


 だが実際は、砦から20km近く離れていた。

 時速80kmほどで荒野を走破した正司は、往復で30分ほどしかかかっていない。


 現場で救出にかかった時間は、ほんの数分である。

 正司の非常識さを知らないフルムは、現場はそれこそ、目を凝らせば見えるくらいの距離だと考えていた。


 確認するまでもない。

 行って、捕縛して、救出して、30分で帰って来たのである。


 そのため、捕縛のための準備だけはしてきた。

 食糧や寝床などは、みな置いてきてしまっている。


「あの先ですね」

 一度行ったことがあれば、マップの灰色部分は解除されているので、正司は迷うことがない。


 そのため、本人は呑気なものだった。

 たとえ行軍に触発されて、魔物が多数出没したとしても。


 現れた魔物はフルム隊が対処することが決まっていた。

 G2やG3の魔物でも大勢で取り囲み、ゆっくりと時間をかけて戦う姿に、リーザがじれた。


 ちなみに先導する正司であるが、馬車の中にいる。

 マップで道を外れると、中から指示を出すという、傍から見ると、なんとも摩訶不思議なやり方だったりする。


 あれでよく道が分かるなと、随伴する兵士たちはしきりに首を傾げている。

 一方、アダンなどは、土魔法で周囲を把握しているのだろうと考えていた。


「タダシ。あの魔物、土魔法だけで倒せるかしら」

「もちろんですけど?」


 何を今さらという顔をする正司に、リーザは「もう馬車を止めて待っているのが面倒なのよ。やり過ぎないように倒してちょうだい」と告げた。

「はい、分かりました」


 それ以降、魔物が現れるたびに、正司が魔法で倒している。

 馬車の中から、一撃で。


「よろしいのですか?」

 アダンがリーザに囁く。


「時間がかかって仕方ないもの。それに土魔法はもう見せちゃっているでしょ」


 リーザが小窓を開けて外を覗くと、姿が確認できたそばから土槍で貫かれていく魔物が目に入った。


 土魔法は、他に比べて地味である。

 だが、正司のやっていることは派手である。


 魔物の足を縫い止め、串刺しにしていく。

 しかも一瞬で。


 討ち漏らして他に被害がでないよう、正司はマップを見ながら注意深く倒している。

 正司が周囲に配慮しているため、そういう倒し方になっているが、分かる者からすると、派手に倒しているのと変わりない。


 魔物の足を完全に止めてからの一撃必殺。

 難易度の高い魔法を連発する姿を、多くの兵士が目撃している。しかも馬車の中から。


「通常、自分から離れれば離れるほど、発動には多くの魔力と集中力が必要なのですが……」

 馬車に併走するブロレンは呻く。


 ブロレンの常識からすれば、通常の魔法使いは、あんな戦い方をしない。

 自分を中心とした半径数メートル以外から魔法を発動させないのだ。


 それ以上離れると、極端に発動も制御も難しくなる。


 ブロレンが遠くの魔物を攻撃するならば、自分の周囲に攻撃性の風を発生させて、それを敵にぶつける。

 敵のすぐ隣で魔法を発動させるのは大変だからだ。


「つまり、わざと難しい方法で倒しているわけでしょ? タダシは分かってやっているのかしら?」

 ぼんやりと、馬車の窓から首だけ出したリーザはそんなことを呟く。


 はしたない姿だが、アダンがうまく身体で隠している。


「難易度の差に気付いてないのかもしれません」

 沈痛な面持ちでブロレンは答えた。


 最初に自分の周囲で土の槍を作る。これが一番簡単だ。

 難易度だけでいえば、自分から離れた場所に作れば作るほど、難しくなり、必要な魔力も増える。


 自分の足下で作った土の槍を、地表を這わせるように移動させた方が最終的に使用する魔力も少なくて済む。


 素早い魔物ならば避けられる可能性があるが、それを考慮しても、わざわざ魔物の足下で魔法を発動させる者はいない。


 正司にとっては、どちらも同じ土魔法という認識なのだろう。


 そして今回、大人数の移動なのか、もともとこの辺に溜まっていたのか、結構な頻度で魔物が現れる。

 それを正司が倒すのであるが、音にするここんな感じである。


 ――ガシィ、ザッ……ガシィ、ザッ……ガシィ、ザッ……ガシィ、ザッ


「ガシィ」で魔物の足を固定させ、「ザッ」で土の槍が魔物の身体を貫く。


 連れてきた2000人の兵士たちの顔色が徐々に悪くなった頃、ようやく目的の場所に到着した。


 最初にそのように倒してしまった以上、途中から倒し方を変えても意味は無い。

 結局最後までやり通した。


 目的地に到着して、これ以上正司のぶっ飛び具合を見せなくてよくなった。

 リーザたちが一番ホッとしたのはいうまでもない。


 やはり「うっかりタダシ」は健在なのだとリーザは再確認した。




「これ全部に人が入っているわけですか……いやはや」

 フルムが呆れた声を出す。


 乱立する土の柱。

 空気穴を残して、それ以外の部分はすべて土で閉じられていた。


 荒野には魔物が出没するため、鼻のところに空気穴を開け、それ以外を覆ったのは、魔物に襲われないための配慮である。


「それで、どうしましょうか」


「前みたいに顔だけ出してみたらどうかしら」

「分かりました」


 リーザに言われて、正司はすぐに顔部分の土をすべて退けた。

 現れた顔は、どれも悲惨の一言だった。


 涙で顔がぐずぐずになっている。

 さすがに様子がおかしいと感じた兵が近寄ると、男たちが必死に訴えかけはじめた。


「手が痛い。足も痛い!」

「足の感覚がなくなった! オレの足はあるのか?」

「胸が苦しい!」


 どうやら、魔物に襲われても大丈夫なようにガッチリ作ったことがあだとなっていたらしい。


 土塊が身体を圧迫するように形成されたらしく、我慢できないほど身体を締め付けていたのである。


 砦を出発してからここまで四時間強。

 胸まで圧迫されていたことで、呼吸もままならず、全員が息も絶え絶えであった。


「さすがにこれは……」

 彼らは憎き誘拐犯ではある。


 だが、現状はどうだ。

 ふてぶてしい顔をした大人たちが、痛みに顔を歪めながら助けを求めている。


「すぐ拘束を外しましょう」

「そうだな。事情を聞く前に死なれると事だ」

 兵の提案に、フルムも即答した。


 正司が呼ばれた。

「五人ずつ土魔法を解除すればいいのですね」


「兵の準備はできています。タダシどののタイミングで解除して問題ありません」

 捕まえた男一人につき、三人の兵士が担当する。


 両脇で兵士が武器を構え、一人が後ろに回って縄で縛るのだが、土魔法を解除された男たちは、だれも抵抗することはなかった。いや、できなかった。


 解放された瞬間、力尽きたように座り込むのである。


「こ、こいつ、傭兵団『鎖の紋章』の幹部じゃないか!」

 兵士の一人が賊の顔を覗き込んで、驚愕の声をあげた。


「あそこにいるの、『流星狼』の首領だぞ。見たことがある」

「結社『十字蛇』の入れ墨が入っている者を見つけたのですけど……」


 ただの賊ではなかったらしい。

 中に名が轟くような有名人が交じっていたらしく、顔を知っている兵士らの声があがる。


「なかなか豪快なメンバーがいるようだけど、もしかしてこれ……大事?」

 リーザは握った拳で、額をトントンと叩く。落ち着け自分と言い聞かせているのだ。


 大規模かつ名の知れた集団。

 喰うに困って、身代金目的の誘拐? その線は消えた。

 それはもう、きっぱりと消えた。


「犯罪結社『十字蛇』は、エルヴァル王国を根城にしていると噂されておりますな」

 そう、『十字蛇』はただの結社ではない。尻尾すらなかなか掴ませないと有名な犯罪結社であった。


「その名前、知っているわ。伊達に王国に留学していたわけじゃないもの……それに父様も何度か煮え湯を飲まされたことがあったはず」


「ご当主様がですか?」

 信じられないとアダンは目を見開く。


「『十字蛇』は個々の戦闘力が高くて、結束も固い。情報が漏れないから、事前に動きが掴めないのよね。それに得意なのが略奪と放火でしょ。すべての人や物を守り切れるわけじゃないから、気がついたらやられていたってこともあったはずよ」


「なるほど、そういうことですか。傭兵団『鎖の紋章』もまた王国が高額で雇い入れることの多い集団です」

「とするとこの賊集団、見えてくるものがあるわね」


 これだけの規模の一流どころを多数動かして何をしたいのか。

 身代金目的で公家の人間を誘拐するだけではないだろう。


「道を使わず荒野を突っ切るようでしたが、この先に町があるのでしょうか」

「ラマ国傘下の小さな町があるはずよ」


 バイダル軍は誘拐犯の足取りを追ってきた。

 それはつまり、誘拐犯たちが足跡を残したからこそ、跡を辿れたわけである。


 たとえばもし、ラマ国領内の小さな町で誘拐犯の姿が目撃され、それがラマ国首都の方角へ向かったとすれば噂になる。

 バイダル軍は探しに向かうだろう。


「その小さな町に王国の手の者がいて、バイダル兵が聞き込みに入った途端、大騒ぎすることも考えられますな」


 国境付近での争いが回避されたとして、結局は両国が戦争になるのは避けられない。


「どうしても王国は、戦争を起こさせたいみたいね」

「そのようですな」


 全員の拘束が終わり、さあ帰るぞという段になって、日が傾きはじめてしまった。


 通常の行軍ならば夜になろうが問題ない。

 夜通し行軍すればいいだけである。だが、いまは拘束した230人の賊がいる。


 賊を連れて魔物が出る荒野を夜通し歩くか、ここで野営するかの決断をしなければならない。


「おそらく伺いをたてにくると思いますが、いかがいたします?」

「ここまで来たら、もう仕方ないじゃない。タダシ、魔力の残りはどうなの?」


「魔力の残りですか? よく分かりませんが、大丈夫だと思いますけど?」

「そう。ここで野営するとして、すべてを囲むような壁を作ることは可能かしら」


「はい。大丈夫です」

「ちょっと作ってみてくれるかしら……あっ、建物もなのだけど」


「はい」

 正司は学校の体育館くらいの建物を四つ作り、それを囲むように壁も出現させた。


 壁の高さは、前と同じ5メートル。

 もちろん出入り口はない。


「アダン、建物が出来ちゃったし……お願い、行ってきてくれる?」

「はっ、野営を提案してきます」

「よろしくね」


 先に建物を作ってから聞いたことが功を奏したのか、すぐに了承された。

「交渉にもなりませんでしたよ」と、戻ったアダンがリーザに囁いた。


 万人長のフルムがリーザに命令できないのと同じように、リーザもまた、フルムに強制する権限を持たない。


 どちらも意見を通したければ、相手に了承して貰わねばならない。


 今回の場合、アダンがフルムと交渉する前に「野営のことですね、分かりました」と返事が返ってきたのである。


 建物のひとつに拘束した誘拐犯を押し込み、残りのふたつは2000人の兵士たちが使用する。

 最後のひとつはリーザたちが使うことにした。


 正司が注文を聞いて、中を区切り、使いやすくするのも忘れていない。


 あっという間に出来上がる内装に、立ち会った兵たちが目を剥く。

 リーザの護衛たちはもう慣れたので、何も言わない。


 建物の振り分けが決まったところで、野営――という名の宿泊準備に入った。


 兵士たちから「これは野営とは言わない」「今までの野営とはなんだったのか」と盛大な嘆きが聞こえてきたが、リーザたち一行は聞こえないふりをしている。


 もちろんリーザたちは、バイダル軍とは別である。

 何しろ秘密が多いのだ。


 ここまでの道中、フルムは一度だけ、残してきた本隊に伝令を出している。


 野営する事を知らせたいが、足の速い馬を選んだとして、魔物が出没する中を走らせるのは危険である。

 伝令は諦めることになった。


「食事はどうしましょう? 肉ならば兵士のみなさんに配れるくらいありますけど」

「それは駄目ッ!」


 一見手ぶらに見える正司だが、『保管庫』には大量の魔物肉が入っている。

 ここにいる兵士全員分の肉を提供するくらい訳ない。


 だが、それをした場合、どこからそれを取り出したのか、なぜこんな高級な魔物の肉があるのかなど、説明できないことばかりが持ち上がってしまう。


「駄目でしょうか?」

「駄目よ。今回はなし。私たちも携帯食で我慢しましょう。みんなと同じがいいわよね」


「それは……そうですね」

 正司が30分で往復したことで距離感が狂ったが、ここは魔物が跋扈する荒野のど真ん中である。


 兵士たちも食事にありつけないからといって、不満を口にするとは思えない。

 明日には戻れるのだから、ここは「何も持っていない」ことにするとリーザは言った。


 もちろん、こっそり自分たちだけ肉を焼いて食べるということもできるが、それをしない配慮も必要だろう。


 水だけは正司が新鮮なものを出したので、それで喉を潤す。

 あとは馬車に積んである保存食を囓る程度に留めておいた。


 ちなみに、以前正司が巻物を持ってきたとき、リーザたちはそれをどうやって持ち帰るのかで、大変頭を悩ませた。


 正司が帰ったあとの会議で話し合い、リーザたちの荷物を置いていくことが決まった。


「タダシおじちゃんみたいにできたらいいのにね」

 その時、ミラベルがそう言った。


 正司が何か得体の知れない魔道具を持っているのは知っていた。

 それはかなり貴重なもので、どこからともなく物を出すことができる不思議な魔道具だった。


 そんな魔道具、どこの国でも見たことがない。

 持っているという話を聞いたことがない。


 次に正司が来たとき、様々な魔道具を置いて帰った。

 リーザたちは「もしかして、どこかに物を収納する魔道具って、正司が作ったのか?」と。


「ひとつ欲しい」と喉まで出かかったのである。

 だがリーザは堪えた。


 どんなに有用な魔道具でも……いや、有用な魔道具だからこそ、ねだってはいけない。

 これ以上借りを作るのはよくない。距離感を大切にしようとぐっと唇を噛みしめて、我慢したのだ。


 どうやら正司は、どこかに隠せるその超有用な入れ物に、二千人分の肉を余裕で入れられるらしい。

 とんでもないものを当たり前のように使用している。


 そんな相手に、どう常識を教えたらいいのだろうか。

 携帯食を囓りながら、リーザはそのことに思い至って、つい大きなため息を吐いてしまうのであった。


 簡単な食事を終え、周囲が暗くなってきた頃、バイダル軍の兵士がやってきた。

 アダンが応対に出る。


「捕まえた者の尋問を開始するようです。参加するか打診がきましたが、どうしますか?」


 兵士はリーザと正司の意見を聞きにきたのだ。

 なにしろ、誘拐犯を見つけたのも捕まえたのも正司である。


 そして正司にとってリーザは主。

 どうやらその辺を加味して、配慮されたようだ。


「尋問はそちらに任せると答えてちょうだい。どうせ口を割らないと思うし」

「そうですな。では、そのように伝えておきます」


 もはやこれは、身代金目的の誘拐ではないとリーザは考えている。

 彼らの後ろにいるのはエルヴァル王国だろう。


 現状、リーザは王国を敵認定しているため、これ以上の情報は追認でしかなかった。

 それにいくら犯人たちが喋ったとして、王国へ抗議することは事実上不可能だ。


 捕まえた中に王国の重鎮でもいれば別だが、そんなことはありえない。

 連中が証拠となるようなもの……たとえば王国発行の命令書を持参していることも、同様にありえない。


 つまり確実な証拠が出ないかぎり、事実を知ったところでどうすることもできないのである。


(今回は戦争回避ができたことと、バイダル公に『貸し』を作れただけ良しとしましょう……って、何か忘れてないかしら?)


 直近で何か思い出したのだが、リーザはそれがなんだったのか、忘れてしまった。


「タダシ、この建物に鍵をお願いできる?」

「はい」


 全員が建物の中に入り、正司が鍵をかければ、もはやだれも中には入れない。

 簡単な(かんぬき)だが、だからこそ外から開けることはできない。


 ちなみに捕まえた賊たちは、鍵付きの個室にご招待している。

 逃げ出すことも、口裏を合わせることもできないようになっている。


「会議をしましょう……タダシはどうする?」

「でしたら私は、部屋で別のことをしています」


「そう……分かったわ。今日はありがとうね」

「いえ、どういたしまして」


 正司が作った建物は十分大きく、全員分の個室を広くとっても、まだ空きがある。

 リーザたちは一番大きな部屋で会議をすることにした。


 ちなみにアダンたち護衛は、リーザが会議をすると予想していたので、驚きはない。

 正司が部屋に入ったのを確認すると、リーザが「では今日の会議をはじめるわよ」と言った。


 それでもだれもが、「今日の……って、これ、毎日あるの?」と心の中で突っ込んだのだが。




「今日はみんな、おつかれさま。おかげで戦争は回避できたわ。結果としては上々よ」

「間一髪で王国の陰謀を潰せたのが大きいですな」


「アダンもそう思う? やはり王国が絡んでいるわよね」


「間違いないでしょう。あれだけ有名な集団を動かせる資金力、コネ、そして動機と言ったら、エルヴァル王国以外思いつきません」


「一応、バイダル公家の自作自演も視野に入れているのだけど、どうかしら」


「タダシ殿のおかげで事なきを得ましたが、そうでなければかなりバイダル公家の不利な状況が生まれました。自作自演の線はないと思います」


「ブロレンはどう?」


「同意見ですね。バイダル軍の態度にも不審なところはありませんでしたし、時折、風の探知をかけましたが、どこかと連絡を取り合っていることもなかったです。誘拐事件の裏は十分とれたと判断しました」


「アダンはどう思う? とくに軍の動きや規模について意見を頂戴」


「そうですな。私としては些か動かした軍の規模が大きいように思えましたが、敵の規模が不明であるため、致し方ないかと感じました。何しろ国境付近での攻防ですから、賊を追って、ラマ国との戦争になることもありえます。それを視野にいれておったのでしょう」


「その辺詳しく話して」

「分かりました」


 万人長フルムの言葉が正しいとするならば、誘拐事件が起きて、敵の規模が判明した。

 二百人以上の戦える賊が相手ということで、居場所を探すのにも、多数の兵を出す必要がでてきた。


 四、五十名の集団では太刀打ちできない。

 しかも探す場所はかなり広範囲に及んだことが考えられるため、千人、二千人では満足な捜索ができなかった可能性がある。


 ラマ国付近で痕跡を発見したことから、国境に兵を集めて、広範囲に捜索する必要がでてきた。

 フルムとしては、この時点で「見つけ次第捕縛」が望ましい。


 発見の報を持ち帰り、準備を調えてから捕縛に向かうには時間が足らないし、国境を越えられてしまう恐れがある。


 だがそれだけの兵を出せば、隣国を刺激してしまう。

 現状、ラマ国が誘拐犯を支援している可能性を捨てきれない以上、事情を知らせてラマ国に任せる案は採用できない。


 絶対に国境を越えさせてはならない。

 だがバイダル軍が集まれば、かならずラマ国にも伝わる。


 もし賊を追いかけている途中で、ラマ国が出てきたら大変である。

 両方を相手にできる規模を揃え、万一にも他国へ逃げられないためにも、近隣から集められるだけの兵を集めたのではないか。


 それならば、今回の動員数も理屈が通る。

 そうアダンは説明した。


「そう……だったら、バイダル軍は一応シロとして考えるわね」


 疑い出せばキリがないが、狂言ならばまだしも、実際に跡継ぎが誘拐されているのだから、これ以上バイダル公を疑っても仕方ない。


「あとはラマ国の可能性ですが、直前に回復したとはいえ、計画実行の段階では、ライエル将軍は寝たきりだったのでしょう。敢えて誘拐事件をおこして他国兵を自国に招き入れるようなことをするとは思えません」


「そうね。動乱を呼び込む必要は感じないわ。とくに、ラマ国とエルヴァル王国の仲がよくない状況で、さらにミルドラルと事を構えるのは愚策だとだれでも分かるもの」


 ということは、もし黒幕がいるとしたら、それは巨万の富を持ち、実行可能な王国ではないかと意見が一致した。


「……それで、タダシのことだけど」

 リーザがそこまで言うと、全員が目頭を揉んだ。みな、あまりに反応が早い。


「ちょっと……タダシの魔法、派手にやりすぎたかしらね」

 壁が延々と続いている。


 しかもやってくる兵士たちの目の前で出現したのだ。

 言い逃れできない状況である。


「ヘタに誤魔化すより、沈黙を通した方がよいと思います」

「そうね」


 今のところ、土魔法と身体強化が使える魔道士と認識されている。

 これ以上、正司のぶっ壊れ性能をみせないで別れよう。


 それで意見が一致したところで、ライラが思い出したように言った。


「そういえば、ファファニア様が賊の襲撃時に重傷を負ったと聞きましたが、大丈夫でしょうか」


「そうだった。何か忘れていると思ったのよ!」

 ようやくリーザは思い出した。


 戦争回避と、誘拐されたタレースのことばかり気になって、すっかり忘れていたが、タレースの姉であるファファニアが重傷を負ったと言っていた。


「ミラール殿とクレイム殿が治療に当たっていると言っておりましたね。名のある方々だと聞いておりますが」


「そうね。ミラールは病気治療の使い手で、国の第一人者よ。おそらく毒の治療を受け持っているのでしょう。クレイムは怪我を治す回復魔法が使えるわ。けど、毒を治療しない限り、傷を塞いでも意味はないわね。毒の治療が終わらなければ、迂闊に手が出せないから、最低限の治療のみしかしていない可能性もあるわ」


 怪我を修復させるには、回復魔法が必要になってくるが、毒に冒された場合、どうしても毒に染まった身体ごと、肉体を活性化させてしまう。


 傷が塞がっても、毒の巡りが早くなり、かえって命を縮める結果となってしまう。


 通常の回復魔法使いは、その辺をわきまえているので、毒に影響を及ぼさない程度の治療を行うはずである。

 どの程度ならば大丈夫なのかは、長年の経験がものをいう。


 世に名が知れた回復魔法使いのクレイムならば、程度を間違えるはずがないとリーザは言った。


「せっかく戦争を回避できたとしても、ファファニア殿に死なれると、いろいろ禍根を残すかもしれませんな。これもいっそタダシ殿にすがってみてはいかがでしょう」


「うーん……そうね。でもタダシは毒の治療ができるかしら」

 怪我を治したのはリーザたちもこの目で見ている。


 失った腕を生やすほどの腕前だ。

 刃物の傷痕など、綺麗に治してしまえるに違いない。


 だが、病気と怪我は別物である。

 それでもリーザは「タダシならば、出来そうかも」と思ってしまった。


 ファファニアはリーザのひとつ上の年齢。何度も会った事がある。

 もしファファニアが死んでしまったり、重篤な状態で後遺症がのこったりしたら、次代や次々代に悪い影響を残す。


「明日タダシに聞いてみましょう。ミラールができなく、タダシにそれが出来るようならば、やらない手はないものね」


 こうして正司に治療について相談することが決まった。


 この後も会議は続き、正司のことをどう誤魔化すかとか、実家への連絡をどうするかとか、やはり大回りして帰りながら、正司と一緒にいる時間を作ろうとか、実家にいくら本当のことを話しても、信じて貰えないのではないか、信じて貰うにはどうしたらいいかなどが話し合われた。


 こうして会議は、いつものごとく夜遅くまで続けられるのであった。



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