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027 強制クエスト

「馬車を止めて!!」

 リーザの絶叫に、御者は慌てて急制動をかけた。


 手綱が引っ張られ、馬が悲鳴をあげて後ろ立ちになる。


「どうしました?」

 異変を感じてアダンがすぐにやってきた。


「バイダル軍が動き出したわ。5km先だそうよ」

 その言葉に、アダンは正司の魔法だとすぐに理解した。そしてもはや疑うこともしない。


「5km前方にバイダル軍! こちらに向かっている」

 他の護衛に聞こえるよう、アダンは叫ぶ。


 一方馬車の中でリーザは頭を抱えていた。

(間に合わなかった……動き出した軍は止められない)


 こうなったらもう、両国は戦争に突入するしかない。

 そうなれば、エルヴァル王国が間違いなく出てくる。


 王国は全力で戦乱を長引かせるよう動く。

 次は頃合いを見て、友好国を助けるという名目で参戦してくる。


 ラマ国首都に通じる北と南の道。その両方から攻め立て、落としにかかる。

 二国で攻められれば、ラマ国だって防戦一方になる。


 さすがにボスワンは落ちないだろうが、それ以外の町はまず持ちこたえられない。

 ラマ国はどこかで停戦協定にサインせざるを得なくなる。


 実利はミルドラルに渡し、王国は商業の利権を手にする。

 戦争が始まれば、これは決まった流れとなろう。


(どうすればいいの? 今から打てる手は?)

 必死にリーザは考えた。


 進軍をはじめた軍隊を相手に打てる手は何か。

 こちらは馬車が一台だけ。


 何をしようと考えても、どだい無理な話だ。


「……ん」


「……ちゃん」


「……お姉ちゃん」


「えっ? ミラベル? なに?」

「もう、何度も呼んだのに」


 頬を膨らませるミラベルを抱き寄せ、リーザは謝る。

「ごめん、ミラベル。もう無理みたい。戦争を止められなかった」


 リーザは泣きそうだ。すべてが遅かったのだ。


 するとミラベルは、反対にリーザの頭を撫でて、しっかりと抱き返した。

「タダシさんに頼めばいいじゃん」


「タダシに? だってタダシは護衛として雇ったわけだし……」

 逡巡しているリーザをおいてミラベルは正司の手を握った。


「ねえ、タダシおにいちゃん。軍隊がもうすぐやってくるんだって。なんとかできないかな?」

「なんとかですか?」


「そう。おにいちゃんならできると思うな」

「えっと、どうすればいいんでしょうか」


「戦争が始まらないよう……ううん、さっきわたしたちが出てきた町を襲わないように、軍の足を止めてほしいの」


「……なるほど。軍をここより進めないようにすればいいんですね」


「そう……おにいちゃんにお願いしていい?」

 やや上目遣いに正司を見るミラベル。


 正司は「おにいちゃん、お願い」と言われて戦慄していた。

 ミラベルの上目遣いは、10歳にしてすでに破壊力が抜群だった。


 これは正司でなくとも引き受けてしまいそうだ。

「分かりました。これ以上兵が進めないようにしましょう」


「ありがとう、タダシおにいちゃん!」

「いえ、いいんですよ。ちょっと外の様子を見てきましょう」


「わたしも行く」

 正司とミラベルが馬車から降りると、リーザとライラも付いてきた。


「ねえ、タダシ。本当にできるの?」

「そうですね。ここはずいぶんと広い……開けた土地ですね」


 視界一面に荒れ地が広がっている。

「草一本生えない土地みたいね。魔物も出るから開拓する人もいないわ。無人の荒野よ」


「なるほど。でしたら好都合ですね」

 付近に影響がでないのはいいことですと、正司はひとりごちた。


「タダシ殿、砂埃が見えてきました。バイダル軍が近づいてきたようです」

 護衛たちはみな馬を下りている。そして馬車を守るように集まっていた。


「それでは急いだ方がいいですね」

 やってくる軍が見えた。先遣隊だろうか。数は数千といった感じだ。


「軍の足を止めるならば、壁を作ればいいですよね」

 詠唱もかけ声も何もない。


 正司がそう言った後、馬車の後方に高さ5メートルほどの壁が出現した。

 ただし、一気にではない。数百メートルごとに時間差で、ザッ、ザッ、ザッっと壁が継ぎ足されていく。


 できた壁は長い。すでに端は左右とも見えないほど続いている。


「えっ!?」

「えっ!?」

「えっ!?」


 壁は一瞬だった。

 地面から土が盛り上がり、それで終わった。


 それが次々と続いていった。

 見ている間に、人を寄せ付けない長大な壁になったのだ。


「高さは少し足りませんけど、これでどうでしょうか?」

 魔力が抜けた感覚がありますね。これは貴重な体験ですと、正司は落ちついた声で分析している。


「だ……大丈夫じゃないかしら」

 リーザの言葉通り、壁の500メートル手前でバイダル軍が停止していた。


 突如沸き上がった長大な壁に、バイダル軍は恐れをなしたのである。


          ○


 この時バイダル軍は、2000人の部隊ずつ、四つに分かれて進軍していた。

 全部で八千人の大部隊である。


 第一軍が停止したので、後ろも随時停止を余儀なくされた。

 困ったのは、第一軍を任されていた千人長のバーガンである。


 バーガンは千人長という役職であるが、なにも千人ピッタリを率いるわけではない。

 千人以上の兵を取りまとめる権限を有している。


 そのバーガンが二の句がつげなくなっている。

 原因は目の前に現れた壁だが、根本はもっと別の所にある。


(いま……一瞬で壁が出来上がったぞ?)


 じっと前方を見ていたから分かる。馬車が道からどかないため、先触れを出して移動させようと命令を出すところだった。


 急な大軍を見て、困っているのだろうと解釈したバーガンなりの措置である。

 そのため、馬車から人が出てきたので、「何をやっているのだ、馬鹿め」と判断の拙さに悪態ついたところだったのである。


 それがどうだ。

 一瞬で壁ができあがり、命令を出してもいないのに、自分の部隊が見事、「まるで練習したかのように」一斉に急停止したのである。


 そしてバーガンはすぐに気がついた。

 壁を作った意図は自分たちの進軍を阻むため。


 目の前にそれをなし得た魔道士がおり、相手がその気になれば、魔法がこちらを向くことになると。


「全軍停止……はしているか。そのまま待機」

 当たり前の命令を出す。だが、軍隊はそれが仕事だ。


「私はこれから、くだんの魔道士と話をしてくる。伝令は後方に事情説明。決して短気を起こさないように伝えよ。メルロは私が離脱したあとの指揮を任せる。ドミナはついてこい。魔法使いとしての知識が必要かもしれない」


「「ハッ!」」


 壁は横に長い。後方の部隊にも十分見えたはずだ。

 暴発するなよと心の中で祈りつつ、バーガンはドミナを伴って、部隊を抜け出した。


          ○


「二騎やってきますね」

 呑気な声を出したのは正司である。


 リーザたちはというと……。


「「…………」」

 やはり呆然としていた。


 土魔法は以前も見たことがある。

 一瞬で建物を作り、壁を作ったのを目の当たりにしている。


 あの時も驚いたが、今回はもっとだ。

「果てが……見えませんな」


 ようやく回復したアダンの声に、リーザがハッとなる。

「そ、そうね。これを越えるのは難しそうよ」


 壁の高さはおよそ五メートル。

 軍単位でこれを越えて進軍しろと言われれば、みな匙を投げるだろう。


 大勢が協力すれば越えられる。

 だが馬は無理だ。そして食糧を積んだ馬車も無理。


 持てるだけの荷物を持って徒歩で進軍?

 そして城壁に守られた町を攻める?


 普通はそんなことしない。

 万一撤退となっても、またこの壁に阻まれるのだ。


 敵が追いすがってきたら、降伏しない限り殲滅される。


 ではこの壁を作った魔道士に壊させるか?

 このような大魔法を平然と行う相手と戦うのは無謀だ。


 自分たちの周りに同じような壁を作られたら、それで終わる。

 やはり戦うのは得策ではない。


「近づいてくるのは、あの二騎だけみたいね。ということは話し合いかしら」


「壁を作った大魔道士がいると分かって、わざわざ戦ったり、壁を越えようとは思わないでしょう……おっと近づいて来ました。私が出ます」

「私も行くわ」


「危険では?」

「数の利を捨てて二騎で来たのよ。戦いにはならないでしょう」


「なるほど、それはそうですな。では私が先導しましょう」


 余裕な声を出すアダンだったが、実はこのとき、正司の魔法を見て腰が抜けていた。

 下半身に力が入らず、ややへっぴり腰で馬に掴まっていた。


 アダンとリーザが前に出ると、二騎は速度を落とした。

 それに合わせて二人は進む。


 馬車から百メートルほど離れたところで両者は出会った。


「バイダル軍千人長バーガンである。この壁を作ったのは貴君らか?」

 馬から下りたバーガンが声を張り上げた。


 その間、バーガンはアダンとリーザを素早く目で確認する。

 ひとりは一般的な護衛の格好をしている。


 若い女性の方は重要人物だとすぐに見て取れた。

 そして肝心の魔道士はここにいない。


 馬車の方だろうと探したところ、ひとりだけ服装が違う正司を見とがめた。


(あれが魔道士どのか。思ったより若いな)


 現代日本でぬくぬくと育った正司は、苦労の多い軍人に比べて、年齢より若く見える。


 ほかに該当しそうな人物がいない以上、間違いないだろうとバーガンは考えた。

 そこで正司の顔や服装などを事細かに記憶した。あとで報告するためである。


(あの若さでこれだけの魔法を操るか。末恐ろしいな)


「私は、トエルザード家家臣のアダンである。主家筋にあたるリーザ様とミラベル様を国元へ送り届ける任を受けている」


 アダンの名乗りを聞いてバーガンは驚いた。

 魔道士の近くに少女がいるのは気づいていた。


 ここにいる女性を合わせて、あの馬車はトエルザード家の姉妹を乗せていたのだ。

 たしかに年齢は合っているとバーガンは思った。


 ここはミルドラル領でもラマ国領でもない空白地帯。

 そしてバイダル軍相手に、トエルザード家の名を出してきた。


 軍は大所帯である。中にはリーザやミラベルの顔を見知っている者がいる。

 ここで偽名を名乗るほど愚かではないと考え、そのまま本人であると仮定して話を進めた方がいい。そうバーガンは判断した。


「これは公家の方々でしたか、失礼致しました」


 バーガンが公家に対する礼をとったことから、リーザが前に出てきた。

 アダンは一瞬険しい顔をしたが、何も言わなかった。


「バーガンとやら、なにゆえ軍を進めた?」


 リーザの口調が変わった。公人として振る舞うとき、リーザは尊大な口調になる。

 普段はかなり砕けた感じなので、これは意識してやっていると思われる。


「それは……軍事機密ゆえ」

 言葉を濁すバーガンに、リーザの眉根が狭まった。


「バイダル公の命か? バイダル公は三公の合意なく勝手に軍を進めたか。これは重大な裏切り行為ぞ。それとも三公の合意を取り付けたか? にしては他軍の旗がないようだが」

「いえ……その……」


 バーガンは非常に困った顔をした。

 それだけでこの進軍、三公の合意が成されていないことが分かる。


「軍の総大将はだれである?」

「……フルム万人長まんにんちょうでございます」


赤兜あかかぶとのフルムか。よい、ならばフルムと話す。ここに来ておろうな」

「はい。第二軍におります」


「ではフルムを呼んでもらえるかな。直接話したい」

「はっ……ドミナ」


「分かりました。呼んで参ります」


          ○


「長い話かな」

「さあ、どうでしょう……一人、軍に戻って行きましたね。だれかを呼びに行ったのでしょうか」

 ミラベルと正司は、馬車の近くでぼんやりと立っていた。


 当然暇である。

 そしてミラベルはまだ10歳。すぐ飽きがくる年齢である。


 リーザが開く会議に参加しているものの、難しいことは分からない。

 10歳で政治について理解しろというのが無茶だったりする。


 ゆえにこういう交渉ごとでも、前に出るのはすべてリーザである。


「ミラベルさん、バイダル家について教えてもらえませんか?」

 正司は、ミルドラルについてほとんど知らない。


 バイダル軍がどうのこうのと言われても、正直何がなんだか理解していないのである。


「うん、いいよ。えっとね、お父さんとバイダル公は仲がいいんだ。それでタレースくんとお姉ちゃんの結婚話が持ち上がったの」

 名前の挙がったタレースとは、バイダル公直系の孫らしい。


「そうなんですか。リーザさんの歳で結婚なんて早いですね……いや、そうでもないのでしょうか」

 現代日本だと十代で結婚というと早い印象があるが、ここは異世界。

 平均寿命も短いだろうし、十代での結婚も珍しくないのかもしれないと正司は思った。


「だけどお父さんは、お姉ちゃんを留学に行かせたの」

「はい、そうみたいですね」


「だから結婚の話が流れたの」

「……?」


 ミラベルの話は要領を得ない。

 よくよく聞いてみると、リーザとタレースは同い年。

 家どうしも仲がよいので、婚姻に障害はないように思える。


「お姉ちゃんは、お兄ちゃんを補佐するみたい」

「……なるほど、そういうことですか」


 以前リーザには、ルノリーという弟がいると聞いた。

 ルノリーが公家を継いで、リーザがそれを補佐する。


 トエルザード公は、そのために留学させたらしい。

 となると、リーザは婿を迎える必要が出てくる。


 タレースが直系の孫ならば、互いに家に縛られる立場。

 どんなに条件が揃っていても、結婚は難しい。


「リーザさんにはよい相手が見つかるといいですね」

 おそらく家臣の中で、優秀かつトエルザード公の覚えがよい若者が選ばれるのだろう。


「そうだね!」

 正司の言葉に、ミラベルは気持ちよいくらいの笑顔を浮かべた。

 それを見た正司は、「もしかするともう、相手が決まっているのかもしれませんね」と考えるのであった。


          ○


 正司がミラベルとそんな話をしていると、リーザとアダンが戻ってきた。


「ねえ、タダシ。ここに建物を作ってほしいの」

「ここにですか?」

 野営で建物を作るのは禁止されて新しい。


 どうしてなのだろうと、正司が小首を傾げていると、リーザは小声で「込み入った話になりそうなの。だからその中で話し合いたいのよ」と伝えた。


 アダンは口を開きかけたが、どうせこの壁を作ったことはバレているため、リーザはそれを利用しようとしたのだろうと解釈した。


 正司は「分かりました。建物は何階建てがいいですかね」と呟きつつ、たまたま思いついた建物――日本武道館に似たものを作ってみた。


 大きさは本物の数分の一である。

 一瞬でできたそれに、フルムとバーガンは肝を潰すほど驚いた。

 アダンも驚いたが一応慣れている。


 すぐに万人長フルムが駆けつけてきたが、口をパクパクするだけで、何を言っているのか分からない。


 それどころか、突如追加された建物に、他の千人長も全員集まってしまった。

 集まらざるを得なかったともいう。


 結局集まった全員でミニ武道館――正司の建てた砦に入って会談となった。


 ちなみに集まった千人長の中にはリーザと面識がある者もいた。

 といっても五年ほど前の話であるが。


「リーザお嬢様は、美しくなられましたな」


「それはどうであろう。長らく留学していたため、故郷のことは話でしか聞いたことがない。だが、三公の合意無く軍が動くほどに変わったとは思えんが」


 トゲを忍ばせたリーザの言葉に、そばにいたフルムは苦い顔をする。


 そして「そのうち分かることですが」と前置きした上で、今回の出征について語った。

 込み入った内容の話についてである。


 先日、バイダル公の住む城に賊が押し入ったという。

 もちろん城の守りに抜かりはない。


 侵入者はすぐに発見され、衛兵が向かう。捕まるか殺されて終わりかと思われた。

 だが、侵入した賊が思いの外強く、そして思ったより数も多かった。


 バイダル公の指示のもと、城内にいる兵たちが侵入者に殺到した。

 侵入者はそれだけ大多数だったようだ。


「まさかその隙を突かれるとは思いませんでした」


 城の上階にいたバイダル公の孫息子と孫娘が狙われたのだという。

「老公には太子としてジュラウス殿がおったはずだが」


「はい。ジュラウス様の娘でありますファファニア様が襲われ、続いてご子息のタレース様が誘拐されたのです」


 ジュラウスはバイダル公の後継者である。

 娘のファファニアは17歳。リーザのひとつ上だ。

 そして息子のタレースは16歳。ミラベルが話したように、リーザと同い年である。


「して賊はどうなった?」

「ファファニア様負傷の知らせが飛び込んできたあと、潮が引くように侵入者たちが去っていきました」


 どうやら賊は初めから陽動だったようだ。

 城の庭先で発見され戦闘になったところも、作戦のうちだったのだろう。


 当然、守備兵の目がそれに向く。

 本当の目的は別にあった。おそらく風魔法か何かで侵入したのだろう。


 侵入者は強く、そして数が多いということから、城の兵が応援に駆けつけた。

 迂闊と言えば迂闊だが、すべてに対応できるよう配備するには多くの兵が必要となる。


 それに公家全員に十分な護衛を付ければいいという話でもない。

 警備兵のミスではあるが、敵の方が一枚上手だったということだろう。


「ファファニア殿が怪我をしたといったが、容態はどうなのだ」

「刃に毒が塗られておりまして、その場で右腕を肩から切断。また、左足も壊疽をおこしましたので、それも……」


「ひどい話だな」


「なんとか一命を取り留めたと聞いております。ミラール殿とクレイム殿が治療にあたっておりますが、毒の影響か、目が見えなくなりました。治療はいまだ続いていると聞いております」


 それだけでかなり強力な毒であることが分かる。

「して、ご子息のタレース殿は?」


「誘拐されましたのですぐに捜索しました。町を出たところで痕跡を発見。賊の隠れ家を見つけて強襲しました」

「ふむ……それで助けだしたのだな」


「いえ、強襲した者たちが全滅致しました」

「なぜ!?」


「敵の数が想像以上に多かったからです。賊は200名を越えていました。そのとき、こちらが集めたのは30名ほど」


「対抗できる数ではないな」


「はい。その後、賊はタレース様を連れて移動し、その都度アジトを見つけては襲撃したのですが、敵の数が多くいまだ奪還なりません」


 太子の娘が重傷を負い、息子が拉致されたのだ。

 バイダル公の怒りは相当なものだろう。


「その誘拐事件とこの度の進軍、何か関係があるのだろうな」


「はい。賊の死体には、所属を示すものが何もありませんでした。ですが、使われている武器や、身に纏ったものから、ラマ国の者ではないかと」


 三つの国民に明確な差異はない。

 だがわずかながら、服装の好みや使用する武具に違いが見られる。


 賊が身につけていたものに、ラマ国の色を見たという。

 そして賊が逃げる方角もまた、ラマ国へ通じる道であったという。


「それで誘拐されたタレース殿の奪還はどの程度まで?」


「賊の数が想像以上に多く、こちらは兵を分散させて捜索させました。発見しても、奪還するほどの戦力が集まらなかったのです」


 それで結局逃げられているらしい。

 賊が200名を越えている段階で、それ以上の兵を集めなければならない。


 分散して捜索しているならば、集めている間に逃げられてしまう。

 かといって、少数で突っ込めば餌食となる。


 捜索する範囲をいくつかに分け、各所に500人規模の集団を投入したらしい。

 その兵がいまいる8000であるらしい。


 賊がラマ国側へ逃げていることから、国境を跨がせてはならじと、散っていた兵をサクスの町に集めたという。


 すると、国境を挟んだラマ国側、ウォルテックの町にも兵が集まりだした。

 状況からすると当たり前の話である。


「して、進軍した理由は?」


「タレース様を誘拐した一団がサクスの町を迂回し、今まさに国境を越えようと移動している情報を掴みましたので、全軍にて進んだ次第です。この責はすべて私がとる所存です」


 国境を越えてしまえばもう追う術はない。すべてはここが瀬戸際だ。

 そう思った故の進軍だったらしい。


「それでも戦争を仕掛けるとしか思えんこの行動、どのような理由があれ、許容できん」


「分かっております。ですが、私どもが動かねば、だれがタレース様を救出するのでしょうか。私たちの望みは、誘拐されたタレース様を無事奪還することなのです」


 フルムがそう告げたとき、正司の前におきまりの文章が現れた。

 ただし、文言もんごんは、これまでと少し違う。


 ――強制クエストが受諾されました


「えっ!?」

 受諾と表示されたのである。いつものように、「受諾/拒否」の選択はなかった。


(強制クエスト? 強制って……受諾されましたってでたのですけど……もしかして私には選択する権限はないのでしょうか)


 あろうことか、すでに受諾済みである。マップには白い線が現れている。


「どうしたの?」


 突然声をあげた正司に、リーザが問いかける。

 ちなみにフルムの前で正司の名前は出していない。


「どうやらクエストが発生したようです」

「クエスト? いつも言っているあれのことよね。発生したって、どういうことかしら」


 リーザの口調が砕けたものに戻っている。

「すみません、タレース様の奪還は、私がすることになりそうです」


「はっ?」

「はい?」

「は?」


 だれも正司の言ったことを理解できなかった。

 この長い壁を作り、砦まで一瞬で作り上げてしまった大魔道士。


 それが、「タレースは自分が奪還する」と言い出したのだ。

「なぜ?」「どうして?」「どうやって?」といろんな疑問が湧いて出た。


「すぐに行って戻ってきますので」

「ちょっ、ちょっと……」


 正司は身体強化をして窓から飛び出した。

 目指すは、白線の先である。


          ○


 正司が作った長大な壁は、バイダル軍だけでなく、誘拐犯たちの足も阻んでいた。

 彼らは230人という大所帯である。


 全員が壁を乗り越えようとすれば、大変な時間がかかる。

 そのため、土魔法使いと火魔法使いが壁を壊そうと試みた。


 だが、壁の強度が想像以上であり、いくら魔法を打ち込んでも、僅かな傷を付けることすら叶わなかった。


 誘拐犯たちは、身体能力に優れた者が多い。

 5メートルの壁ならば、何人かで協力すれば乗り越えることもできる。


 だが、10台の馬車と彼らの生活物資などは、壁の反対側に運び入れられない。

 また、彼らが乗ってきた馬も同様である。


 壁を越えたとして、残りの行程をすべて徒歩で移動するのは、物資を持ち込めない以上、悪手である。


 剣で斬りつけても、硬質な音を響かせるだけ。

 誘拐犯たちは、一度バイダル領へ戻るべきかと真剣に話し合っていた。

 そこへ正司がやってきたのである。


(えっと……数が多いですね。顔だけ出して固めましょう)

 2回目である。慣れたとはいえないが、一度やっている分、勝手が分かっている。


 ――ザザザッ


 それだけで終わった。

 その場にいた全員が、一瞬で土に閉じ込められた。


 ちなみに制御が甘いので、顔だけ出してといっても、鼻や口が出ているものの、目が隠れていたり、頬がすべて土に埋もれていたりする者も多い。


 酷いのになると、口の周辺しか出ていない。

 何しろ230人もいるのである。そういった者が出ることもある。


 呼吸さえ出来ていればいいので、正司は気にしないことにした。


(白い線は……こっちですね)


 マップを一番近距離表示にして見つけたのは、かなり小さな土の像。

 観光地にある撮影用の型抜きみたいになった子供がそこにいた。


「えっと、タレース様ですか?」

 見えている部分は額から顎まで、そして両頬の半分ほど。


 白線は少年を指しているが、一応確認したのだ。

 正司は安心させようと笑いかけた……が、タレースはそれを見て泣き出した。


          ○


 あまりに泣きわめくので、正司は解放を諦め、土人形のまま持ち帰った。


 砦に到着したとき、フルムをはじめ、バーガンたちの顔は安心してよいやら、怒ってよいやら、とても複雑だった。


 タレースは、リーザと同じ16歳。

 土人形から脱したあとは、フルムに抱きついたまま離れなかった。


「……それでタダシ、誘拐した者どもは?」


 最初リーザは、タダシの名前を出さない方向で話を進めようとしたが、窓から飛び出してしまったあとは、それも諦めた。


 さすがに同じミルドラルの兵相手に、必死で隠すのは心証がよくないと考えたのだ。

 そのため、秘密のお抱え魔道士タダシだと説明した。


 説明はしたが、紹介するつもりはない。

 これ以上詮索するなというオーラを発したら、フルムが察してくれたので、それに乗っかっている。


「トエルザード公も、可愛い姉妹に自身の護衛を付けたのですな。さすがです」

 と勝手に誤解していた。


 正司はトエルザード公の護衛でもないし、そもそも臨時で雇われているだけだ。

 だからリーザは丁重に無視をする。答えなければ、嘘を吐いたことにはならない。


 それよりも先ほどから、アダンやライラの視線が痛い。

 正司の身体強化。あれはなんだと、リーザに目で訴えかけている。


(私も知らなかったわよ!)


 あれは明らかに身体強化だった。

 やはり正司は、使えることを隠していたのだ。


 武に疎いリーザでも、身体強化が使える者が稀少であることは知っている。

 魔法使いよりも数が少ない。


 一説には先天的なものが重要と言われているが、使用できる者が少ないため、研究が進んでいないのが現状だ。


 アダンやライラはもちろん使えない。

 トエルザード家の家臣でも、「わずかに使える」という者が数人いる程度。


 魔法使い以外でG3の魔物を単独で倒すならば、身体強化は必須と言われているため、有名なところではライエル将軍などが使えているはずである。


 ただし、そういった有名人以外では、「飯のタネ」もしくは「生存の切り札」になることが多いため、なるべく隠し、ここぞというときに使われることが多い。

 研究が進まないのも、その辺に由来している。


 ここは正司が土魔法で作り上げたミニ武道館――砦の三階。


 先ほど正司は、窓から飛び下りるやいなや、獲物を狩る肉食獣のごとき速度で駆けていった。


 誤魔化しようもないほど、身体を強化させていた。

「まさか土魔法だけでなく、あれほどの身体強化が使えるとは……」


 とフルムが呟いたとき、「にょほほほ……」と、リーザは変な笑い声をあげる羽目に陥ったのである。


 そして瞬く間にタレースを担いで帰ってきた。土人形の形になってだが。

 それを見たリーザの護衛たちは、手を額に当てた。


 ものすごく既視感のある光景だったからである。

「誘拐犯たちは向こうの方にいます」


 そう正司が答えたとき、リーザたちは「どのような姿」でいるのか、幻視できた。


 そのため、正司が窓から外を指差したとき、アダンは護衛の立場を忘れて発言していた。

「タダシ殿……土の柱はいくつ建っておりますかな」

「土の柱ですか? えっと……230ですね」


「「…………」」


 護衛たちは、揃ったしぐさで手を額に当てた。

 それはもう、完全にシンクロしたと言ってよいほどであった。


(一瞬で全員捕まえたのか……)

 みな心の中で思うことは一緒であった。


 誘拐犯たちは、先ほどのタレースと同じ格好をしているとアダンが説明し、だれも脱出できないと太鼓判を押した。


 アダンとしては、それは揺るぎない事実であったが、フルムをはじめとしたバイダル軍の上官たちは今一信用しきれていない顔をしている。


 何しろ、230人を拘束したと言われて「それはお手柄です」にはならないからだ。

 リーザが連れてきた魔道士でなければ、「嘘を吐くな!」と怒鳴っていたところだ。


 そんな簡単に拘束できるならば、自分たちはここまで苦労していないというのが本音である。


 そのため、第一軍の2000名で誘拐犯を回収しに行くとなったが、リーザも同行すると言い出した。


 タレースが無事に戻ってきた以上、フルムはリーザをあまり関わらせたくない。だが……。

「土の柱を解除できるのは、タダシ以外におらん」


 リーザにそう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。

 なにしろより高位の者は、他人の魔法に干渉できてしまう。


 逆を言えば、下位の者は高位の者の魔法に干渉できない。

 その常識に照らし合わせれば、正司以上の魔道士のみが、正司の魔法に干渉できることになる。


 みなが顔だけ出た状態のタレースを思い出した。

 あれが230体あるらしい。


「……タダシ殿にご同行願えますでしょうか。もちろんリーザ様がたも」

 と言わざるを得ないのである。


「よかろう」

 やや尊大に言い放つリーザの横で、なぜか正司は上機嫌だった。



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