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025 拠点へ招待

 正司とライエルがこの短い間に知己を得ていた。

 それはリーザにとって衝撃的な出来事であった。


 自分たちがいくら動向を探っても分からなかったライエル将軍に、正司はあっさり会っていたのである。


 正司はライエルのことを「現役を引退した老人」だと思っていたし、事実老人にコインを渡したと言った。

 正司の言うその「老人」は、おそらくライエル本人だろう。


(というか、ライエル将軍のこと、覚えていないようね)

 道中でもリーザは正司に説明したが、名前まで覚えていなかったのだろう。


 本当にただの老人と思っている風だった。

 そこまで思い立って、リーザはがっくりとうなだれた。


(ということは、若返ったのは……ライエル将軍?)


 その予想にリーザは愕然とするも、見方を変えれば、それはよい方向に進んでいるとも言える。


 もしライエル将軍が若返っているならば、それはそれで問題ない。

 これでラマ国と戦争を回避できる。そうリーザは思った。


 ミルドラルの三公のうち、バイダルとトエルザードが反対すれば、フィーネ公も考え直す。

 二公が反対すれば、強行しようと思ってもできないのだから、あとは説得すればいい。

 これで懸念はひとつ片付いたのだ。


「今日はこの辺で野営しましょう」

 リーザはそう提案した。


 こうなったら正司を連れ回して、ゆっくりと帰還しよう。

 そうリーザは考えた。


 ラマ国には大きな町が少ない。

 よって、ある程度の規模の町にトエルザード家所有の屋敷がある。


 多少遠回りでもそこに寄って、正司から聞いた話を伝えることにする。

 そこで伝令を出せば、すぐに家へ届けてくれる。報告はそれで問題ないだろう。


 あとは町の状況を検分するという名目で、観光でもすればいい。

 正司と一緒にどこを巡ろうかと、リーザは観光予定を立てていた。


「野営ですか? この近くに町はないのですね」

「村はあるけど、町はないわね。魔物が出ない広い土地があれば別だけど、この辺に町を作る意味はないんじゃないかしら」


 魔物が出るかどうかに依存するため、仕方ないのだとリーザは言った。


 もっとも、別のルートを通れば町はあったのだが、ミルドラルに帰るため、そしてリーザがバイダル領を通りたかったために、山を下りてからかなり北よりのルートを選択している。


「では私が壁を作りましょうか」

「待って!」

 馬車を降りようとするのをリーザが止めた。


 ボスワンから出てくる馬車はない。

 みな検問に引っかかっているのだ。


 だから問題ないのかもしれないが、ここで正司の土魔法を大々的に見せるのは得策でないとリーザは考えていた。


(ライエル将軍には、正司が瞬間移動を使えることはバレているはず)

 そう考えたリーザは、正司の提案に待ったをかけた。


「どうしました?」

「ちょっと待って……いま考えるから」


 隠しておける手は隠しておきたいと、リーザは考えている。

 そして土魔法は目立つ。


「決めた。街道周辺で土魔法を使うのは止めましょう。普通の野営にするわ」

「……そうですか。分かりました」


 雇い主のリーザにそう言われてしまえば、正司も受け入れるしかない。

 理由は分からないが、そういうものだと納得するだけだ。


 土魔法で家や壁を作ることを止められてしまった。

 リーザがそうすべきというのならば、それでいい。


(野営なんて初めてですね……)


 正司は都会っ子ではないが、野宿はしたことがない。

 現代日本では、それが当たり前である。


 異世界に落っこちた最初の日でも土魔法によって、雨露を凌げる場所を作った。

 ではリーザたちの野営とはどういうものなのか。


 リーザたちは馬車に座ったまま仮眠し、護衛たちは火を焚いてその周囲で眠るらしい。

 なんともワイルドである。


 馬車泊するリーザたちは快適かというと、実はこの馬車、以前より狭い。

 荷物が増えて窮屈になっているのである。


 リーザは正司に馬車泊を薦めたが、一緒にいるだけで緊張するのである。

 とても眠ることなどできそうにない。


(どうしましょうか……土魔法で家を作るのを止められてしまいましたし)

 しばらく悩んだ結果、夜の間だけ拠点に帰ればいいのではないかと思い立った。


(いえ、それはだめですね。私は護衛で雇われたわけですから、一人だけいなくなるのは……)

 そこまで考えたとき、ふと妙案が浮かんだ。


 ――みんなで移動すればいいのではないでしょうか


 早速聞いてみることにした。

「あの……」


「なあに、タダシ。あなたは手伝わなくていいわよ。みんな慣れているから」

「いえ、そうではないのです。……たとえばですが、夜の間だけでも私の拠点に移動するというのは駄目でしょうか」


「……拠点?」

 拠点とはなんだろう。いつ拠点を作ったのかと、馬車の中の三人が顔を見合わせていると、正司が慌てて付け加えた。


「凶獣の森に拠点を作ってあるんです。そこなら魔物も出ないし、他の人も来ません。朝になったらここへ戻ればよいかと」


「…………」

 意味が分かった……というか、もともと正司は凶獣の森出身だ。

 そして瞬間移動で気軽に帰れる。


「ちょっと待ってね」

 リーザは馬車を降りていった。


「タダシおじちゃんのお家は、凶獣の森にあるの?」

「ええ、そうですよ」


「他にないの?」

「他にですか? ……ないですね」


 日本では、賃貸マンションを契約していたが、それをここで言ってもしょうがない。

 他に拠点や家と呼べるものは持っていない。


「そうなんだ」

 ミラベルは納得したのか、それ以上尋ねてこなかった。


 隣に座っていたライラだけは、ミラベルの呟きを聞き取った。

「凶獣の森にしか家がないなんて……変わってる」


 一般の常識からしたら、本当にそうだと、ライラは心の中で頷くのであった。


「タダシ、その拠点には馬車も一緒に移動できるの?」

 馬車の窓から顔を差し込んで、リーザが聞いてきた。


 はしたない行為だと、ライラが注意しようと口を開いたとき、正司が答えた。

「ええ、まったく問題ありません」


「だったらお願いするわ」

「ありがとうございます」

 これで野宿をしなくて済むと、正司は礼を言った。


 そして何となくタイミングを外されたライラは、リーザの態度を注意できずに口を開いたままであった。




「……ここがタダシおじさんの拠点?」

「そうですよ、ミラベルさん。ここはどうですか?」


「すごいです」

 ミラベルは素直に感心しているが、年長組たちも同様である。


 数十メートルもある壁が草原全体を覆っている。

 しっかりと高さがあることから、G5の魔物でも乗り越えるのは不可能だろう。


 そして家……と呼ぶにはあまりに物騒すぎるほど強固な城……もしくは砦と呼べそうなものがあった。

 他にも倉庫らしき小屋がいくつかあり、畑も存在していた。


「ここでどれだけの人が住んでいたの?」

 リーザとしては正司以外にも人が住んでいるかもしれないと考えていたが、それにしては人の気配がない。


「えっ? 一人ですよ」

 あっけらかんと言う正司に、リーザは何度も拠点に目をやった。


 壁で囲った内側は広い。数千人か、数万人でも収納できるだろう。

 そして立派な砦がある。この中だけでも200人くらい常駐できそうである。


 正司が凶獣の森の拠点にと誘ったとき、リーザはアダンと話し合った。

 拠点にいくことで、正司のことが少しでも分かればいい。そう思って同意したのである。


 正司と親睦を深めるためにも、拠点訪問は都合がいい。

 それにわざわざ街道を馬車で進んでいるのは、正司と親しくなるための布石でもあった。


 そのため、正司の提案に「イエス」と答えたのだが、ここでも予想が簡単に覆されてしまった。

 正司のことだから、少々派手な拠点を造ったのではないか。そう思っていた。


 拠点は円形の壁に囲まれ、砦はその中心部。外周まで1kmくらいはある。

 ここは王侯貴族が使う自宅の敷地より広い。


「ある意味、タダシらしいかしら」

「かの御仁の家でしたら……これくらいが普通なのかもしれませんな」


 リーザとアダンは、揃って乾いた笑いをあげるのであった。

 ともすれば、頭を抱えてしゃがみ込みたくなるからである。


          ○


 その日の夜。正司を除いた全員が集まって、いつもの会議が開かれた。

 議題は、正司の拠点についてである。


「それとなく聞いてみましたが、ここは凶獣の森のほぼ中央にありますな」

 アダンの言葉に、全員が目を剥く。


 拠点に着いてすぐ、正司は全員を砦の中へ招待した。

 砦の中は、大きな厨房もついていた。


 野営の準備をする必要がなくなったため、ライラとブロレンが料理を担当した。

 空いた時間で、アダンは正司に拠点についていろいろ質問したのである。


 西と東にそれぞれ1000km以上離れていると正司は言っていた。

 北の山脈と南の海も等距離にあるという。


 凶獣の森の大きさから考えて、アダンはだいたい中心部分であると判断した。


 他にもG5の魔物はどこにいるのかとか、この周辺はどのグレードの魔物が出るのかなどを聞いた。


 その間、カルリトは壁まで走っていったり、他の建物を覗いたりしている。

 手分けして、それとなく情報を集めて回ったのだ。


 リーザとミラベルはあちこち動き回るわけにもいかないので、応接室(急遽正司が作った)でまったりした時を過ごしていた。


 リーザたちの護衛はセリノ一人であるが、正司の拠点内ということで、問題ないだろうという判断が下されたのである。


「ここに魔物が湧かないということは……」

「人為的に作られた場所ではないようです。ですので、通常の空白地スポットでしょうな」


 もとから魔物が湧かないのか、それとも森林火災などでたまたま木が生えない場所が生まれ、そのままスポットとなったのか分からないが、凶獣の森の中にあって、魔物が湧かない地ができていたことになる。


 もちろん、魔物が湧かないからといって、ここに魔物が入ってこられないわけではない。

 そのため正司は周囲を壁で囲ったのであろう。


「一周しましたが、出入り口はありませんでしたぜ。こりゃ、瞬間移動前提ですな」

 カルリトの言葉に、リーザは「ああ、そういうことね」と頷いた。


 つまり外から入ってくるには、あの高い壁を越えねばならないのだ。

 そもそも凶獣の森にわざわざ入るような物好きがいないため、本当にここは安全地帯なのだろう。


「少しセリノに建物内部を歩いてもらったけど、他の人が住んでいる形跡はないみたいよ」

 リーザは、セリノに命じて、護衛よりも探索を行わせた。


 結果、ほとんどの部屋はまったく手が加えられていないことが分かった。

 石造りの机や椅子が置いてあったりするが、形だけ。


 だれかが生活していたような形跡は見つからなかったという。

「ということは、タダシ殿は本当にここに一人で?」


「凶獣の森のどこかで暮らしていて、ここに移ったのかもしれないわね」

 魔物が湧かない地は貴重である。

 しかもこれほど広ければ、引っ越しを考えたとしても不思議ではない。


 そして、これだけ広い場所に一人でいた正司。

 孤独に耐えきれず、寂しくなって森を出てきたのかもしれない。そうリーザは判断した。

「他に何かあるかしら」

「外壁近くを歩いたが、どうやっても壁の向こうは見えなかったぜ」

 カルリトの言葉にリーザが頷く。


「ここが凶獣の森ではない可能性もあるわけね」

「僅かに……だけどな。聞いたことのない鳥の声がした。少なくとも北方にはいない鳥だった」


「これだけ広い場所が発見されていないことから、可能性のある土地は北の未開地帯か、南の凶獣の森だと思うけど……」


「気温から、北とは考えられないです。瞬間移動した瞬間にムワッとした熱気を感じましたし、ここはかなり南の地で間違いないと思います」

「私もアダンと同じく感じたわ。とすると、凶獣の森でほぼ間違いないと考えていいわね」


 こうしてひとつひとつ正司の言葉を検証していった。


 拠点に関する意見が出尽くしたあとでリーザは全員の顔を見回した。

「昼間の件について、意見を聞きたいの」


 そう言って、割り符の話を始めた。

 正司が割り符をだれに貰ったのか、どうして貰ったのかなどを話した。


 護衛たちも大凡のことは聞いて知っていたが、公主が無制限の責任を負うくだりで息を呑んだ。

 また公主発行だけでなく、裏書きにライエル将軍の名が出たことで、その驚きは一層強くなった。


「これらは私の予想だけど、おそらく間違っていない。タダシは若返りのコインを取りに行ったみたいなの」

「…………」

「…………」


 やはり、護衛たちはみな声が出なかった。

 正司がいる場だと、その話が出来ない。


 ゆえに細かい内容までは伝わっていなかったのだ。

「すると、たったひとりでG5の魔物を狩れるわけですか」


「労せず狩れるみたいね」

「……はぁ~」


 前衛なし。魔法だけで次々とG5の魔物を狩る。

 言うは易しだが、行うにはどれだけの腕が必要なのか。


「おそらく本当のことなのでしょう。魔石や皮、肉なども以前から多数持っていましたし、単独でG5の魔物を狩ることは予想できていましたので」


 それでもこうサクサクと狩っているとは、だれも思っていなかった。


「ライエル将軍はおそらく年齢による衰えがあったのね。そしていまは、若返った分、数年間は余裕ができたと見て間違いないわ」


「後継者の育成も始めておるでしょうな」

「そうね。これで戦争回避ができたのだから、喜ぶべきでしょうけど、少々複雑ね」


 なにしろ、正司の瞬間移動がライエル将軍に筒抜けになっているとリーザは言った。


 僅かな日数でG5の魔物を狩りまくってコインを取得するためには、どうしても往復の日数がネックになる。


 何らかの手段を用いたとライエルが予想するのは、想像に難くない。

 そして一番可能性が高いのが、瞬間移動である。


 将軍ならば、間違いなくその可能性に行き着く。


「まさかとは思うが、正司が将軍の前で瞬間移動して見せたとも……」

「それはさすがにないでしょう」


「そうよね。でも確証を得てないにしろ、瞬間移動と攻撃魔法は持っていると思ったはず」

「なるほど。それで土魔法を使わせなかったのですな」


 街道に巨大な一夜城が出来上がれば、話題になる。

 いろいろな手がかりをたぐり寄せて、正司の存在にたどり着くだろうとリーザはみていた。


 今回、リーザたちが馬車ごと拠点に移動したのは、そういう意味でも良かったと言える。

 ここは正司が拠点に使っている場所。安全地帯である。


 要所要所でリーザの馬車が目撃されればいいわけで、夜中にどこにいるのか探す者はいない。

 これから野営するときは、正司の拠点を毎回使ってもいいくらいだとリーザは考えている。


「それでタダシ殿のこと、いつ大公閣下に知らせるのでしょう?」


「町に入ったら手紙は書くわ。でもすべて書いても信用しないだろうし、信用されるくらい詳細に書くのは嫌なのよね。……だから、直接会って話をするつもりよ」


「その方がよいかと思います」

 トエルザード家も決して一枚岩ではない。


 より家を発展させてくれるものを当主にという意見は、いまだ根強い。

 正司がフリーであることから、いらぬ関心を寄せる者がでるかもしれない。


 ここは慎重に事を運ぶべきだとアダンは言った。

 結局、安全な拠点にいることで、深夜の会議は夜遅くまで続いた。


          ○


 馬車は進む。ガタゴトと。

 翌朝、拠点で朝食を済ませた一行は、正司の魔法でもとの街道へ戻った。


 町はいまだ封鎖されているのか、街道には人っ子一人いない。

 ときおり兵が連れだって道を駆けてゆく。伝令か何かかと思われた。


「昼前には町に着くのだけど、どうしようかしら」

「何か困ることでもあるのですか?」


「入ったら出られるか分からないでしょ」

「ああ……そういうことですか」


 割り符を使えば強引に命令を下せる。

 だが、そもそも町に入る意味はあまりない。


 食糧や水を補給する必要がないため、余計な軋轢を引き起こすくらいならば、町を迂回した方がいいとリーザは言った。


「決めた! 町に入らないで移動しましょう」


 リーザの決定に正司は秘かに落ち込む。

 町に入れば、一日、二日は留まると思ったのだ。


 そして町には困っている人がいる。

 また、一度町に入れば、次からは瞬間移動で訪れることができる。


 そういう意味で、町に入らない選択は、残念なものだった。しかし……。


「ここ……町の外なのでしょうか」

 粗末な家々が道の脇に並んでいる。


「そうよ。彼らは町中に住めなかった人たちね。ラマ国の食糧事情は決して良くないわ。町も小さいし、そもそも国の多くが山岳地帯ですもの」


「はい。分かります」

 ここまでおよそ平坦とはほど遠い道が続いていた。


 ここが日本だったら地名に山、谷、丘、森、坂などが着いたことだろう。

 途中、あまりに馬がバテるので、正司は回復魔法をかけたほどだった。


「町に住めなかった者は、こうして壁の周囲に寄り集まって暮らす感じね。魔物は湧かないけど、徘徊してくることもあるから命がけよ」


「えっと、それってもしかして、税金の問題でしょうか?」

「単純に町の収容能力を超えているのが大きいと思うわ。私が習っただけだけど、どの国の町も似たような感じらしいし」


 リーザの説明を聞いて、正司の眉が歪む。

 まず大前提として、町を壁で囲んで、魔物の襲来を防ぐ義務が王、貴族、領主、町長、名目は何でも良いが、支配する者に課せられているらしい。


 もちろん魔物が町に入ってきても、武器を持って集団で囲めば倒せる。

 だが子供や老人、戦えない女性もいる。


 町民に戦えない人を守れ、命をかけて戦えと言ったところで始まらない。

「それよりも魔物が入らない町を作ってくれ」と言われるのがオチだ。


「町は一度作ってしまうと、大きさを変えられないのですね」

「あたりまえじゃない。町を広げようとすれば、何十年分もの予算が消えて、工期もそのくらいかかるわよ」


「何を大袈裟な」と正司は最初思ったが、思い直してみると、壁の建材――この場合は規格化された石だが、それをどこから切り出してくるのか。


 ひとつひとつ手作業で切って、形と大きさを揃えて運ぶ。

 運ぶのは人と馬だ。そして町に着いたら手作業で組んでいく。


 町を広げる目的は、新しい土地の確保だ。家十軒分の広さを確保したところで焼け石に水。

 それなりの面積を広げるためには、建材用の石は何万個必要だろうか。

 計画から完成まで何十年もかかるとリーザが言うのも頷ける。


(そういえば日本でも、駅や駅前の拡張工事は十年、二十年のスパンでやっていましたね)

 人が住んでいると、そこに配慮しなければならず、簡単には進まないのだろう。


 結局馬車は町の門に近づくことはせず、手近な迂回路に入った。

「町の外ですが、家の数に比べて人が少ないですね」


「もうすぐお昼だし、外の住民はみんな中に働きに行っているのかもしれないわね。ボスワンの町でも出入りを止められていたのは、馬車と馬、徒歩だと商人くらいだったでしょ」


「そういえば、農民と狩人は普通に歩いて出ていましたね」


「あれは情報封鎖が目的なのよ。徒歩ならばどれだけ急いでも一日に移動できる距離に限りがあるから。おそらく封鎖も二、三日で解けると思うわ。その程度情報を遅らせば問題ないと考えたのね」


「何があったんでしょうか」

「それこそ教えてくれないわよ。変に嗅ぎ回ると逆に目を付けられるから、住民は目を伏せて興味ない振り、知らない振りをするものよ」


「なるほど……」

 やぶ蛇にならないようにリーザも護衛たちに事情を聞きに行かせなかったのだろう。


「それでも予想はつくわ。国政か軍事に関わる何かだと思うわ。他国に知られて対策を採られる前に準備を終えたい……そんな雰囲気だったし。まっ、そのうち分かるでしょ」


 結局馬車は町を迂回して進み、日が暮れると正司の拠点へ向かう。

 そんな旅を続けた。


 正司の拠点はとても快適で、旅をしているのを忘れそうになる。

 食事は魔物のドロップ品がメインとなるものの、味は絶品。


 ボスワンの町で買い込んだ携帯食料と合わせて、それなりに豪華なものとなった。

 一度ミラベルがせがむため、正司は壁の上に瞬間移動した。


 G5の魔物の体当たりでも大丈夫なように、壁はかなり厚く作ってある。

 それこそ壁の上を歩けるほどに。


「タダシおじさん、これ、凄いよ!」

 地上数十メートルの高さから眺める凶獣の森に、ミラベルは感嘆の声をあげる。


 それに触発されたリーザが自分もと言い出せば、ライラが「では護衛に」と言い、アダンもブロレンも……結局、全員で壁の上に降り立ったこともある。


 どこを見渡しても、一面の森である。

 リーザもここが凶獣の森であると再確認できた。


「この辺に出没するのは、G2とG3ばかりですね。もっと北に行けばG4が出てきます。しばらく行かないとG5には出会えませんけど、そうすると絶断山脈だと思いますが、高い峰が霧の向こうにうっすらと見えてきます」


 リーザの胸の内を知ってか知らずか、正司は丁寧に凶獣の森を解説するのであった。


 こうして昼は街道を進み、夜は凶獣の森にある拠点で宿泊。

 馬車はゆるゆるとミルドラルを目指して進んだ。


 国境の町に着く前にはもう、道を行き交う人の姿を見かけるようになった。

 町の封鎖が解けたのだ。


 町の名前はウォルテック。

 これより先は荒野がしばらく続く。北へ向かうと未開地帯に出てしまうため、ウォルテックの町より先には村も存在しない。


 国境の町を越えた先がミルドラルのバイダル領である。

 ウォルテックは、ラマ国最後の町となる。


「門の前、ずいぶんと物々しいわね。戦争でも始めるつもりかしら」


 武装した兵が集まっている。鎧と武器だけでなく、腰に携帯食を携えている。

 このまま進軍できる状態、いわゆる完全武装だ。


 リーザはその様子をいぶかしく思いつつも、目立たぬように馬車を走らせ、ウォルテックの町に入った。

 封鎖も解かれていることだし、ここで情報を集めたかったのである。


 国力ではミルドラルの方が上。兵の質はラマ国だろう。

 総戦力が拮抗しているため、両国が戦う場合、総力戦になる可能性がある。

 といっても、ミルドラルの場合は、三公すべてが出張った場合であるが。


 ちなみにラマ国とエルヴァル王国は現在、休戦協定を結んでいる。

 先代の国王とラマ国の国主が交わした取り決めである。


 だが、王国は国王が代替わりしていることで、いつまた協定が破棄されるか分からない。


 同時に、ロスフィール帝国が絶断山脈を越えてやってくるとも限らない。

 リーザとしては、ラマ国がミルドラルとの戦端を開くような行動に出るとは到底思えなかった。


 とすると、残された可能性としては、ミルドラルが戦争を仕掛けたということになる。

 だが、それはそれでおかしい。


 ミルドラルは、三公の合議制によって運営されている。

 北のフィーネ公は戦争に賛成し、東のバイダル公は反対している。


 リーザの父であるトエルザード公は中立。

 ライエル将軍が健在であれば、戦争反対に回ると明言している。


(父様のことだから、確証があるまで絶対に動かないはずだけど……)

 馬車は町の中心部にある、トエルザード家所有の屋敷に向かった。




「バイダル軍が国境付近に軍を展開させているですって!?」

 屋敷に入るとすぐに使用人を呼んで、状況を確認した。


 すると、使用人の口から驚くべき話がもたらされた。

「いまのところ、サクスの町に駐屯しているだけのようですが、周辺に兵を放っているようです」


「どうしてそんな……」

 驚きとともにリーザは呆れてしまった。


 おそらくこれはバイダル公の独断。

 だが、戦争反対派のバイダル公がなぜ国境に軍を持ってきたのか。


 大量に兵が移動すればすぐにラマ国に察知される。

 そうなればラマ国だって兵を集結させるに決まっている。


「国境に兵を集めた理由……分からないわね」

 バイダル公の意図が不明である。


 一方、ラマ国が情報統制した理由が判明した。

 どのくらいの兵がどこへ移動しているのか、軍が集結するまで隠しておきたかったのだ。


 道を行き交う人が多い中を移動すれば、軍の陣容だけでなく、総兵力もバレてしまう。

 町に入った兵の数や、運び込んだ物資の量が戦う前にバレるのは拙いと考えたのだろう。


 町の封鎖が解かれたということは、軍の移動が完了したことを意味する。

 つまり、あとは戦うだけなのだ。


「……拙いわね」

 このままでは両国が戦争に突入してしまう。


 ライエル将軍は健在。

 そのことをバイダル軍が知らなければ、緒戦で大打撃を受けることも考えられた。


 もし三公の合議を待たずに戦端が開かれたならば、他公の軍はここに来ていない。

 その場合、ライエル将軍がいなくても、バイダル軍に勝ち目はない。


 緒戦から勝ち続けたとしても、いずれは負けてしまう。

 勝手に戦争を仕掛け、負けそうになってから救援を要請しても、他公は冷ややかだろう。


 自分で尻も拭けないのかと、今後の合議にも影響を及ぼす。

 リーザの父トエルザード公と、ここのバイダル公は仲が良い間柄だが、政治的判断は別。


 同じく、戦争賛成派であるフィーネ公だからと言って、無条件に助けを寄越すとも思えない。

 勝手に戦端を開いて負けた場合、どうしてもバイダル公の地位低下が懸念される。


「――どうしたらいいのかしら」


 リーザは悩んだ。



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