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022 更なるお節介

 正司が渡したのは、イヤリング型の通信器。もちろん魔道具である。

 カールとクリスティーナは、その価値を正しく理解している。


「お二人にそれを差し上げますので、有効活用して下さい」


 そう言われても困ってしまう。

「このような高価なものを」とか「代価が」と二人は言うのだが、正司は「これもクエストの一環ですから、お代はいただきませんので、遠慮しないでください」と言って譲らない。


「しかし、遠慮しないでと言われても……」

 クリスティーナとしては、いろいろ複雑である。


 公主コンジュの娘として、他国人にあまり大きな借りを作るのはよくない。

 かといって、このイヤリングを突っ返すには、あまりに有用過ぎるのである。


「クリスティーナさん」

 カールはクリスティーナに囁いた。


「これがあれば、いつでもタダシさんに連絡がつきます。タダシさんが困ったときに私たちが手助けするのはどうでしょう」

 カールがそう提案した。


 カールとしても、オリジナルの魔道具に見合ったものなど返せない。

 はっきり言って、それくらいしか思いつかなかった。


「そうね。公主の娘として、わが国に害を及ぼすことでなければ、私も同意するわ。タダシが何か困ったときは遠慮なく頼ってください。……それでいいかしら」


「身に余る光栄です。その時は遠慮なく頼らせていただきます」

 正司が答えたことで、その場は収まった。


 ちなみに、ここでカールとクリスティーナの認識が少しだけズレていた。

 カールとしては貴重な魔道具に対する返礼を用意できないため、働いて返すという結論に至ったが、クリスティーナはその前提条件が少し違っていた。


 いまだかつて、どこの国も「魔道具での通信」に成功した例はない。

 そのことをクリスティーナは知っていた。


 これがあれば、政治、経済、戦争の常識が覆されるのだ。


 たとえば、遠方と連絡を取るには早馬を駆けさせたり、鳩を使うのが一般的だ。

 他にも狼煙をあげたり、手旗信号を使ったりと遠くの人に何かを伝える手段はいくつも存在している。


 どの国もその方法を使っている。

 魔道具で通信しているという話は聞いたことがない。

 つまり、これはもう国宝級の魔道具なのである。


 クリスティーナが用意できるもので、これに見合うものは存在しなかった。

 ゆえに、自国の利益と真っ向からぶつからないかぎり協力するくらいしか、返せるものがないのだ。


 同じ「働いて返す」にしても、カールとクリスティーナではそのくらい考え方が違っていた。


 クリスティーナはここで気持ちを切り替え、できるだけ軽い調子で話しかけた。


「主にこの屋敷を使うことになるでしょう。ですが拠点はまだあります。もうひとつの屋敷に案内します。ガババは神出鬼没なのです」

 クリスティーナは微笑むと、二人を二階へ誘った。


 正司は前回、クリスティーナに教えられて地下通路を使っている。

 そのとき不満に感じたのが、灯りである。


 クリスティーナは燭台を持って移動した。

 これはよくない。

 片手が塞がるし、目の前しか灯せないので不便である。


 今回も通路を通ることを見越して、正司は準備を怠らなかった。

「この地下通路にふさわしい灯りを用意しましたので、通路の天井に張り付けてもよろしいですか?」


 正司が『保管庫』から出したのは、『灯り』の魔道具である。

 ただし通常の魔道具とは違う。


「これは?」


「灯りをともす魔道具ですが、人感センサーです。人感センサーというのは、人が通るとそれを自動的に感知して光るようになっています」


 これがあれば燭台もいらないし、普段は消えているので、魔石の消耗も押さえられると正司は説明した。


「べ、便利ですね。私の部屋にも欲しいくらいだわ」

「余分に作りましたので、差し上げましょうか」


「い、いえ、いいわ。出所が問題になりそうですし……」


 部屋に入るたびに自動で点灯する魔道具。

 どこで手に入れたのかと必ず話題になる。


 出入りの商人以外から魔道具を買ったとなると、どこで知り合ったなどと、いろいろ煩くなる。

 ガババの活動がそれでバレては元も子もない。


「そうですか。カールさんはどうです?」

「そのような特殊な魔道具を持てる身分でもありませんので、ご遠慮いたします」


 平民が出所不明の魔道具を所持していた場合、上流階級のよくない類いの人たちに注目されてしまう。


 変な人に目を付けられては困るので、カールもまた辞退するのであった。


「そうですか。まあ、ただ明るくなるだけの魔道具ですしね」

 と、正司は気落ちするでもなく、通路の天井に『灯り』の魔道具を設置していった。


 等間隔に設置していくに従って、今まで真っ暗だった通路が見違えるように明るくなった。


「ここが出口よ」

 城に近いもうひとつの屋敷。そこの衣装ダンスの中から三人が出てきた。


「ここはもしかして、第一門の中ですか?」

 カールがおそるおそる尋ねた。


「そうよ。第一門を出入りするには警備が厳し過ぎるから、お祖父様が地下通路を作らせたの」


「たしかに、通行はすべて記録されると聞いています。平民では、第一門の中へ入る許可がほとんど出ませんので、中へ来たのははじめてです」


 第一門の内側には城がある。

 また、それをとりまく上流階級のみが住まう場である。


 公主の覚えめでたいライエル将軍ですら、第二門の中に住んでいるくらいなのだ。


「ここと先ほどの屋敷を繋げる通路。決して他言しないように」

「はっ、心得ております」


「ガババの姿で外を歩くのは問題ないわ。ガババはこの屋敷に住んでいることになっているから。身分は祖父が作ったものを使っているの。あとで教えるわね」

「畏まりました」


「それと私が秘かに購入した三つの館があるから、それも教えましょう。物資を置いたり、一時的な隠れ家に使ったりしています。移動は地上のみだけど、第二門の中にあるから最初の屋敷に戻りましょう」


「いえ、ちょっと待ってください」

 クリスティーナが提案すると、正司が待ったをかけた。

「どうしたの? タダシ」


「その館ですが、地上を進むと人の目に触れる可能性が高いです。どうせならば、三つの館も地下通路で繋げたらどうでしょうか」


「そうしたいけれども、地下通路を掘るのも大変な労力なのよ。お祖父様でさえ、優秀な土魔法使いを一年間拘束したわけですし」


「館の場所は分かりましたし、私が繋げましょう」

「できるの? というか、タダシは土魔法が使えて?」


 驚くクリスティーナに正司は「はい」と頷いた。

 カールはと言うと、「そういえば、孤児院を土魔法で建てましたね」と言い出し、クリスティーナの目を剥かせた。


「ではやってくれるかしら」

「分かりました」

 もちろんクリスティーナは半信半疑だ。


 三人は地下通路に戻る。

 正司はマップを広域にした。すると、先日案内された館が現れた。


(このまま直線で繋げるように掘ればいいですね。できるだけ振動させないようにしてと……)


 土を押しのけるのではなく、削り取るようにして掘り進めていく。

 地下通路と同じように掘っていくが、トンネルを強化するのも忘れない。


「す、すごい……」

 正司が掘る速度は、人がゆっくり歩くのと同じくらいであった。


「これほど早く通路ができるなんて……」

 カールもまた、正司の魔法技量に目を見張っていく。


「館はこの上ですね。階段を作りますが、出口はどうしましょう」

「一階の納戸に繋げられるかしら」


「納戸ですね。分かりました」

 地下からでも、マップを見れば館の構造は一目瞭然である。


 正司は納戸の中に出入り口を作った。

 クリスティーナの言葉通り、地下からピタリと位置を合わせたのである。


「…………」

「…………」

 クリスティーナもカールも声がでない。


「同じように、あと二つも繋げてしまいましょう」

「え、ええ……そうね」


 残りふたつの館にも通路を繋ぐ。

 灯りの魔道具はそれすらも考慮に入れていたらしく、すべての通路に設置することができた。


「そういえばクリスティーナ様」

「な、何かしら」

 やや心ここにあらずだったクリスティーナが慌てて答える。


「衣装タンスの出入り口は魔道具で封印してありましたね。あれはどうしてですか?」


「お祖父様が使っていた頃は、屋敷に使用人がいたから、勝手に開けられると困ることがあったのよ」


 一部の使用人には話してあったが、屋敷に働くすべての使用人に明かしたわけではなかったらしい。


 ゆえに秘密の通路が露見しないよう、魔道具で封印していたのだという。

 いまは無人の屋敷となっているため、泥棒が見つけないためというのもあるらしい。


「なるほど、そういうことでしたか。でしたら、館の納戸にも封印を施しましょう」

「はへ?」


 簡単に言うが、封印の魔道具はかなり高度な技術を必要とする。


「鍵をかける形でいいですね。素材は指輪でいいでしょうか」

 正司がちょいちょいと納戸の扉と指輪を合わせ、魔道具を製作していく。


「魔道具って、瞬きする間に完成するものだったかしら」

「いえ、絶対にそれはありません。魔道具の中に魔法陣を埋め込む作業が必要になりますので」


「そうよね。ほかにも魔力を込めて魔石を馴染ませるのよね」

「はい……そう聞いておりますけど……終わったようですね」


 正司は、出来上がった指輪をクリスティーナとカールに手渡した。

「同じものを二つ作りました。お揃いの指輪ですけど……いいでしょうか」


 つまりこれから結婚するクリスティーナに指輪を渡してもいいのかと聞いたのだ。

「問題ないわ。これは魔道具ですもの」


「そうですか。それはよかったです。この指輪を納戸の扉にかざさない限り、扉が開くことはありません」


「そ、そう。良かったわ」

「では残り二つの納戸も封印しに行きましょう」


 指輪にはまだ魔法を入れる余地があった。

「封印はこの指輪ひとつで済みそうですね」


「そうなの?」

「はい。使った魔石にまだ余裕があったようです」


「な、なるほど。ちなみに教えて欲しいのだけど、どのグレードの魔石を使ったのかしら」


「えっと……G5ですね」

「…………」


 それは余裕があるはずだとクリスティーナはカールの方を見た。

 カールは頭痛を抑えるように、額に手をあてている。


 G5の魔石が市場に出回ることは珍しい。

 優秀な魔物狩人には、それぞれの素材に予約が入っているからだ。


 G5の魔石など、普通に持ち歩くものではない。


 呆れた顔で見られているのにも気付かず、正司は封印の作業を行った。

 結局、当初の予定通り、すべての封印をひとつの指輪で済ますことができた。


「これで防犯は完璧ですね」

「そうね。祖父が作った魔道具の封印とは大違いだったわ。あっちは、鍵ひとつに魔道具がひとつ必要だったわけですし……」


「便利になってよかったですね……どうせならば、最初の屋敷も同じようにしましょうか」

「この指輪で封印をするの?」


「そうです。魔道具ひとつですべての鍵が開いた方が便利ですので」

「……そうね。できるのならば、やってくれるかしら」


「はい」

 結局最初の衣装タンスの封印もまた、正司が用意した指輪に施すことができた。


 ひとつの指輪で魔道封印の鍵が五つ施せたのである。

 やはりG5の魔石は違うとクリスティーナがしみじみ思っていると、正司がクリスティーナの方を見ていた。


「封印はこれでいいとして、次はどうしましょう?」

 そう言われても、クリスティーナはもう十分だった。


 もともとそこまで考えていなかったので、他に必要なことは思い浮かばない。


「カ、カールはどうかしら」

「そうですね……少し考えたのですが、もし地下通路が新たに作れるのでしたら、私の自室に繋げられないでしょうか」


 カールの家は当然ながら第二門の外にある。

 ここへ来るまでにひとつだけ、門を潜らねばならない。


「なるほど、それはそうですね」

 クリスティーナが用意した屋敷はすべて貴族街と呼ばれる場所にある。


 そこへカールが向かうには、門番に用件を言って、通して貰わなければならない。

 今回のように、正司が瞬間移動で運べば別だが、普通に出入りすると人の記憶に残ってしまう。


 それが頻繁にあれば、不審がられる。


「どうでしょうか、タダシさん」

「分かりました。構いませんよ」


「ですが、かなり距離がありますけど」

「そうですね……少々時間を戴くことになると思います」


「いや、時間はかかるのは当たり前ですけど……そういうことを聞いたのではなくてですね」

 カールは可能かどうかの心配をしたのだが、正司にその意味は通じなかった。


 正司は、マップを最大まで広域表示した。

(大丈夫ですね、ちゃんとカールさんの部屋も表示されています)


 問題ないことを確認した正司は、今日のうちにやってしまうと言い出し、カールたちを慌てさせた。


 まだそんなに魔力が残っているのかと心配するも、正司は「大丈夫」だと気負うことなく答える。


 本当にできるのかと訝しんでいるうちに、「では、やってしまいましょう」と作業を開始してしまったのである。


 地下通路を繋げる作業は、優秀な土魔法使いを使っても数ヶ月から年単位必要である。

 そもそも人が通れるような通路を魔法で作る発想はあまりない。


 それよりももっと有効な魔法の使い方があるからである。


 正司が掘り進むのを後からついていくクリスティーナとカールであるが、クリスティーナがそっとカールに囁いた。


「あとで少し話しましょう」と。

 カールも話したいことがあったので、ゆっくりと頷いた。


 本当に今日のうちに、正司はカールの自室に地下通路を繋げてしまった。

 まさかという思いだが、事実である。


 そして「他にありますか?」と笑顔で問われて、クリスティーナもカールも背筋が冷えた。


 正司にとって、これくらいの作業は何でもない。

 それが、本当だと分かったからである。


「いえいいわ。本当にありがとう、タダシ。もう十分すぎるわ」

「そうですか? カールさんはどうでしょう」


「私が言い出したことではありますが、ここまで通路を繋げていただいてありがとうございます。ここからはクリスティーナ姫と連絡を取り合い、やっていけると思います」


「そうですか、それは良かったです。ありがとうございました」

「お礼を言うのは私の方ですわね、タダシ、ありがとう。後継者を見つけてくれて」


 そこまでクリスティーナが言ったとき、アナウンスが流れた。


 ――クエスト終了 成功 取得貢献値1


(やった!)

 小さくガッツポーズを取る正司であった。


「タダシ?」

 急に様子が変化した正司に、クリスティーナがいぶかしげな声を出す。


「あっ、なんでもありません、うまく行ったので取り乱しました。考え事をしていただけですので、気にしないでください」

「そう? それならばいいのですけど」


 貢献値がもらえたことで、正司はまたもや奇行にはしってしまった。

「なるべく人前で考え事をしないようにします」


 ぺこぺこと頭を下げる正司の姿は、上流階級の前に出てきた平民のそれである。

 そこにクリスティーナは違和感を覚える。


 これだけの魔法を使えるならば、たとえ無名でもそれなりの扱いをされてきたはずである。

 それこそ貴族と同等の敬意を払われてもおかしくない。


 クリスティーナもなるべく正司をそのように扱おうとしている。

 だが正司を見る限り、そんな風に扱われてきた様子は一切ない。


 クリスティーナに対しては一歩下がったままであるし、同じ平民のカールに対しても丁寧な口をきく。


「あの……タダシ」

「あっ、そうだ。忘れていました」


「どうしたの?」

 急に大声を出した正司にクリスティーナは驚いた。


 この間、カールは沈黙を守っている。

 カールとしては大魔道士の正司はもはや、軽口をきける相手ではないと思っている。


 ラマ国公主の娘と大魔道士が会話しているときに、無粋な割り込みをすることはできない。


「クリスティーナ様がこの町を出ていっても、戻ってこなければならない時があるかと思います」


「そうね。頻繁には戻れないけど、夫を説得して……そうね、数年に一度くらいは帰ってきたいわね」


「突然カールさんの手に負えない事態がおこることも考えられます。そんなときすぐに帰れる手段があると便利だと思うのです」


「すぐに戻ると言っても、馬車を飛ばしても丸一日はかかるし、そもそも許可が出ないと思うわ」

「短時間で、秘かに往復ならば可能かと思いまして、巻物を作っておきました」


 正司は『保管庫』から「瞬間移動」の巻物を取り出した。


「これは……?」

「『瞬間移動』の巻物です。これを使えば、町と町の間でも一瞬で移動できます」


「えっ!?」

 クリスティーナは巻物を広げた。


「これ、本当に瞬間移動の巻物? それに回数がおかしいことになっているのだけど」

 巻物の回数には8と書かれていた。


 この巻物1本で、瞬間移動を8回唱えられるわけだが、低位の魔法ならばいざ知らず、これほど特殊で高位の魔法がなぜ8回分も封じられているのか。


 クリスティーナが正司をマジマジと見ていると、同じ巻物をどんどん出すところだった。


「カールさんも必要になることがあると思いますのでどうぞ」

「あ、ありが……えっ!?」

 それ以上、言葉にならなかった。


 先ほど正司はなんと言ったか。

 カールは思い返して、絶句していた。


 正司はたしかに「作った」と言った。

 巻物を作る場合、制作者がその魔法を使える必要がある。


 そのことから考えれば、正司が「瞬間移動」の巻物を作れる可能性はある。

 大魔道士級の土魔法に加えて瞬間移動の魔法も使えるのだ。それだけで驚愕に値する。


 だが正司が凄いのは、それだけではない。『魔道具製作』までも習得しているのだ。

 ところが今度は、『巻物製作』まで習得していることも確定してしまった。


「ちょ、ちょっと、タダシ……それ、いくつあるのかしら」

『保管庫』から次々と巻物を取り出す正司に、クリスティーナが引きつった笑みを浮かべた。


「えっと、ある程度数が必要だと思ったので、クリスティーナ様とカールさん用に百巻ずつ作りました」

「…………」


 やはり聞き間違いではなかった。

 クリスティーナも正司が巻物を「作った」という言葉を聞いていた。


 まさかと思ったが、取り出した巻物の数を見て、確信した。

 これは間違いなく正司が作っていると。


 正司は、自分をじっと見つめているクリスティーナに気がついた。

 なぜそんなに自分を? と正司は考えて、ひとつ思い至った。


「あっ、もしかして……これ嫁ぎ先へ持って行けないとかありますか? かさばりますよね」

 なにしろ巻物百巻分である。


「持って行けますが……他者に知られないように持ち運ぶのは不可能ですね」

「やっぱり、そうでしたか。迂闊でした」


 クリスティーナはガババとしての活動を秘密にしている。

 嫁ぎ先へ嫁入り道具を運び込むため、大荷物を移動させることになるが、それらはすべて使用人が準備し、荷運び専用の者が運ぶ。


 クリスティーナが抱えて運ぶわけではないのだ。

 荷造りした者が、この巻物の山はなんだということになる。


 クリスティーナの秘密がそんなことでバレるのはよくないと正司は考えた。


(私のような『保管庫』があればいいのですけど……いや、ないならば作ればいいのですね)


 いま正司が持っているスキルで出来ることを考えて……。

(よし、これでいきましょう)


 正司は『保管庫』から魔獣の皮を取り出した。

 クリスティーナとカールは分からなかったが、取り出したのはG5の皮である。


「これで袋を作りますね」

 正司は『革制作』のスキルで道具袋を作成した。


「…………」

 この作業をクリスティーナは黙って見ている。

 見ても意味が分からなかった。


 魔獣の皮が光ったと思ったら袋になったので驚愕したが、これまで正司の非常識なやり方を見ていたため、反応するのに疲れていた。


「これに魔石を付けて……できるでしょうか」

 正司は頭の中で、空間拡張をイメージしてみる。


 オリジナルの魔道具を作る場合、素材と魔石、そして完成した魔道具をより鮮明にイメージすることが大切である。


 成功すると、魔道具を作るイメージが固まり「出来る」と脳内に訴えかけてくるのだ。


 今回の場合、正司のイメージがうまくいった。

(大丈夫そうですね。では作ってしまいましょう)


 正司はG5の皮で作った道具袋と、同じくG5の魔石を使って、「拡張袋」を製作した。


「成功です。うまくいってよかったです」

「な、何を作ったのかしら……」


 正司が袋と魔石を握って、静かに祈っていたようにしか見えていない。

 だが確実に何かをしている。


 クリスティーナは聞くのは怖いが、聞かなければならないとも感じていた。


「作ったのは定番のアイテムですね。無限収納とまではいきませんでしたけど、この中に荷車一台分くらいならば物を入れることが可能です」


「「えっ!?」」

 クリスティーナだけでなく、これまで黙ってなりゆきを見ていたカールが揃って声をあげた。


「こんな感じです」

 正司は巻物を次々と「拡張袋」の中に入れていく。


「ええっ? ど、どうして……」

「袋の中を拡張しました。『拡張袋』と呼んで下さい。あっ、カールさんの分も作りますね」


「はい!?」

 余ったG5の皮でもうひとつ袋を作成し、同じ手順で「拡張袋」を作成した。


「巻物百巻くらいは余裕で入りますので、どうぞ使ってください」

「あ……ありがとう、タ、タダシ」


 目の前の人物は、まさにとんでもない化け物だった。

 あまりに現実離れしたふるまいに、クリスティーナとカールは、ともに思考が追いついていかなかった。


 本当に、巻物百巻が小さな袋に入りきったのである。

「これを差し上げます。お持ちになってください。それと使い方ですけど、手を中に入れて中に何が入っているか念じてください。それで分かると思います」


「そ、そう……そうなのね」

 両手で拡張袋を握りしめて、クリスティーナはカクカクと頷いた。


「それでは以上ということでよろしいでしょう」

「え、ええ……」

「そ、そうですね」


「では私はそろそろおいとまさせていただきます。いつでも通話できますので、何かありましたら、アフターフォローいたしますので」


 正司は一礼して、宿の自室へ跳んだ。


          ○


 正司がいなくなった。

 固まっていたふたりのうち、再起動はじめたのはクリスティーナの方が早かった。


「いまのは夢……ではないですわよね」

 夢としか思えない出来事であったが、クリスティーナの手には「拡張袋」が握られている。


 試しにその中へ手を入れてみると、頭の中に「中に入っている物」のリストが浮かんできた。


 欲しいものを念じれば、手に吸い付く仕様らしい。

「……あった」


 巻物を一本握りしめて、クリスティーナは「ハハッ」と力なく笑った。

 自分が助力を請うたのは、とんでもない化け物だった。


「まさかあれほどの大魔道士だったとは……」


 ここでカールがようやく再起動をはたした。

 それでもまだ衝撃から回復しきれていない。


「なぜあれほどの者が無名なのかしら」

 気になるのはそこである。


 ラマ国とて、諜報活動には力を入れていた。

 エルヴァル王国という仮想敵国があるため、手を抜いていない。


 だが、正司のような人物の噂は一度も聞いたことがない。

 隠されていたか、最近台頭してきたか。


 あれだけ多芸であるのならば、最近台頭してきたというのも考えにくい。


「どこかの国が隠して……いた?」

 クリスティーナはそこに考えが至ってゾッとした。


 もし正司が敵としてラマ国に襲いかかったらどうなるだろうか。

 たった一人で蹂躙されるのではないか。そんな気がしてしまう。


「私が聞いた限りでは、この町に来たのは、ただ護衛として雇われただけと言っていました」


「ではどこの国……となると、残っているのはエルヴァル王国しかないのだけど……そんなはずはないのよねえ」


 そもそもエルヴァル王国の人間ならば、クリスティーナが王国と敵対していると分かった段階で手伝ったりしない。


 そう考えれば、正司はエルヴァル王国所属では絶対ない。断言できる。

 ではどこか? という問題がつきまとうのだが。


「帝国という線も薄いですね」

 カールの言葉にクリスティーナは頷く。


 ロスフィール帝国もラマ国の敵である。

 敵国を援助するとは思えない。


 それにいまの帝国は、内乱鎮圧のため、超人材不足と言われている。

 人は多いが、使える人材には限りがある。


 各地で叛乱勢力が力を増しており、西側に侵略する余裕すらないというのが一般的な認識だ。


 正司のように「何でも使える」魔道士を手放すとは思えない。

 それこそ、皇家に取りこむくらいしそうである。


「帝国なら実力さえあればいくらでも出世できるし、こんなところにいる意味はないわね」

「とすると……ミルドラルとなります。一応トエルザード家に雇われた形になっています」


 正司は「雇われている」と言った。身内でも家臣でもなく、雇われていると。

 つまり傭兵と同じような意味合いだ。


 それでも正司はミルドラルの者なのか。ふたりとも「それはありえない」と結論を下した。

 ミルドラルは、国としての規模を考えると、王国にやや劣る。


 だがそれは三公の勢力をすべて合わせたときの計算である。

 各公家の力はほぼ均衡しており、ミルドラルを国として考えるか、公家として考えるかで、大分違ってくる。


 正司がどこかの公家に属しているのならば、それは国内バランスが大きく傾くことを意味している。

 無名のまま隠しておくことなどありえない。


 そもそもミルドラルの利益にそって動くべきで、ラマ国に友好的な活動を黙認するとも思えない。


 結局二人とも、いくら頭を捻っても、合理的な結論を導き出すことができなかった。


 他所から来たのは確かだが、祖国は不明。

 ただし、ラマ国に対してはかなり友好的に接している。


 同時にエルヴァル王国より襲撃された過去を持ち、現在はミルドラルのトエルザード家に雇われている。

 結局、正司の素性はそれ以上分からなかった。


「クエストを信奉していて、世界を巡っていると言っていたから、また会えるわよね」

「いつでも連絡がつきますし、瞬間移動ですぐに戻ってこれそうですから、会おうと思えば、いつでも会えるのではないでしょうか」


「そういえばそうね……瞬間移動、なんて反則な……えっ?」

「どうしました?」


 クリスティーナが急に顔を引きつらせたので、カールが訝しんだ。


「ま、まだ一般には知らせていないのだけど……」

「は、はい」


「ライエル将軍が若返ったのよ。コインで」

「それは朗報ですね。ですがよくコインが手に入りましたね。あれはいま、王国が予約分を含めてすべて押さえてしまったと思ったのですが」


「通りすがりの魔道士がふらっとやってきて、コインを十枚置いていったって話なの。もちろんそんなのは信じなかったのだけど……」


「通りすがりの魔道士……コインを置いていった……」

 カールには心当たりがあった。ありすぎるほどあった。


 なにしろ、目の前でG5の皮や魔石を普通に取り出していた者が、さっきまでいたのである。


「三十歳以上若返ったの。いまにも死にそうだった将軍の面影はもう完全になくて……コインの高騰ぶりならば、全財産はたいても一、二枚購入するのがやっと。それも王国が手を回していたのだからもうずっと入手できなかった……」


「それは聞いて知っています。ではその十枚のコインというのは?」

「将軍が言うには、数日の間に獲ってきたのですって」


「それは……」

 普通ならば一笑に付す。だが、カールは笑えなかった。


 瞬間移動でG5の魔物が出るところまでいき、乱獲すればコインは手に入る。

 もちろん、息をするようにG5の魔物を倒せればの話であるが。


「彼は……タダシは……ラマ国の救世主なのかしら」

「ええ……」


 クリスティーナの言葉は間違っていない……そうカールも思うのであった。


 何とも腰の低い救世主であろうか。

 それはさすがに口にしなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 相変わらず正司の清々しい程の暴走ぶりw 現代で言えば無償で長年の願いを叶えた上に数億円以上を配っているに等しいw 「金を出せ!」と言ってきた強盗に「これで足りますか?」と5億円ポンと渡す…
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