020 金貸しガババの正体
クリスティーナの顔が正司のすぐ近くに迫った。
女性に免疫のない正司は、狼狽えてしまう。
半ばパニックを起こし、遠ざかろうとするが、両肩をがっしりと掴まれて動けない。
「さあ、正直に話して」
「あ、あの……ちょっと顔が近くありませんでしょうか」
「そうかしら?」
弱点を見つけたとばかりに、クリスティーナがもっと顔を近づける。
これならば抹殺も容易かもと思うものの、武器がないため実行できない。
そのため、不本意ながら女の武器を使うことにした。
正司の胸に手を這わせ、耳元で囁くように尋ねる。
「王国の刺客に襲われたって言っていたわね……だれかしら?」
「い、言えません」
「どうして?」
「名前は出さないでって言われていますので」
「……そう、ありがとう。よく分かったわ」
正司の言葉だけで、クリスティーナはほぼ事態を把握した。
エルヴァル王国が刺客に襲撃させた事実に驚いたが、正司が護衛している相手はそれだけ大物なのだろう。
(とすると、ミルドラルしかないじゃない)
西側諸国は、エルヴァル王国とラマ国を除けば、あとはミルドラルだけ。
王国がミルドラルの重要人物を襲撃し、それをラマ国のせいにしようとした。
とすれば相手はミルドラルの三公か、その家族。
もしくは国の重鎮ということになる。
(ミルドラルに与えてある屋敷を見張らせましょう。動きがあるかもしれないわ)
そんなことを考えつつ、自分の知らないところで陰謀を巡らせていた王国に腹が立つ。
「またか!」という気分だ。
「あ、あのクリスティーナさん?」
奥歯をギリッと噛みしめたクリスティーナに、正司は焦りの表情を浮かべた。
顔のすぐ近くで、美人が不快感を露わにしたのである。
正司としては、ビクビクものであった。
「あの国は、露見しなければ何してもいいと思っているようね」
「いつか痛い目をみさせてやる」と吐き捨てるクリスティーナの姿に、正司は空恐ろしいものを感じた。
「その襲撃については、父様は把握していないと思うわ。その方は城に訴え出なかったのかしら」
「父様?」
「父のレジルオール。この国の公主よ。知っているでしょ?」
「えっ?」
「えっ?」
クリスティーナは天をあおいだ。古ぼけた天井が目に入っただけだが。
正司が本当に知らないようなので、どう説明しようかと、頭を悩ませる。
「タダシと言ったわね。あなたまさか、たった三つしかない西方諸国の代表者を知らないわけ? 護衛をしているのに?」
絶断山脈の西には三国しかない。
エルヴァル王国とラマ国、そしてリーザの出身国であるミルドラルだ。
ラマ国の頂点に立つのが公主レジルオールであり、クリスティーナの父でもある。
「そうだったんですか。申し訳ありません、不勉強なもので」
「…………」
諸国を巡っているわりには無知だと、クリスティーナは正司の評価を下げた。
同時にクリスティーナは、今はそれどころではないと思い直した。
自らの与り知らないところで、そんな陰謀が進行していたのだ。
これは捨て置けないと、クリスティーナは最近の謁見予定を思い出してみる。
外から来た有力者の謁見予定は入ってなかった。
(なるほど。とするとこの国にはお忍びで視察に来たわけね)
ラマ国とミルドラルは、この先戦火を交える可能性がある。
三公のひとつトエルザード家の娘がこの町にいると分かれば、理由をつけて留め置くこともできる。
戦争になったときに、その身柄は切り札として使える可能性もある。
ゆえに来訪を名乗り出ていないのだろう。
「あの……」
「な、何かしら?」
「それでクリスティーナ様は、本当に金貸しガババなのでしょうか?」
「そうよ。私としては、どうしてタダシがその名を知っているのか、興味があるのだけど」
「名前については、少々小耳に挟みまして……その金貸しガババがなぜあのようなことを?」
正司が階下に視線を向けると、クリスティーナは「ああ」っと納得した表情を浮かべた。
「そうね、これを話したら私とあなたは一蓮托生よ」
さらに顔を近づけて、クリスティーナは口の端をつり上げた。
「えっ!? それでしたら、何も聞きませんです、はい」
正司は逃走を試みる。
「聞かせてあげるわ」
だが回り込まれた。
「いえ、ご遠慮申し上げいたしたい所存でござ……」
「聞きなさい!」
「…………はい」
顔を近づけただけでは飽き足らず、正司の両頬を掴んで正面を向けさせたクリスティーナに、正司はただ頷くしかできなかった。
いや、正確には頷くこともできなかった。
「私は普段、城で暮らしているのよ」
「そうでしょうね……顔が近いです」
「城内で耳をそばだてていれば、色んな噂が入ってくるわ。……で、そのうち、気がついたの」
「何をです?」
「それまで真っ当に生きてきた貴族や商人が、ある日突然姿を見かけなくなったり、落ちぶれたりするのよ」
クリスティーナは持ち前の好奇心で、何があったのかを探ったらしい。
正司がみたところ、クリスティーナの年齢は二十代半ば。
単独で貴族や商人の秘密を探れるものなのだろうか。
そんな風に正司が思っていると、クリスティーナは胸元のペンダントに手を伸ばした。
「これは祖父が使っていた魔道具で、『姿変えのペンダント』と呼ばれるものよ。一点物で、祖父が無理を言って作らせたの」
これをつけてペンダントに嵌まっている魔石を回して裏返すと、身につけている者の姿が変化するのだという。
クリスティーナはこれでガババの姿になって、そんな落ちぶれた貴族や商人に近づいたらしい。
「信用を得るために、他国から流れてきた豪商という設定にしたかったのだけど、肝心の商品がないじゃない。だから、金貸しを名乗ることにしたのよ」
なんでも、貴族たちは多額の借金をこさえており、そのせいで首が回らなくなっていたのである。
「どうして借金なんかをしたのでしょう」
「騙されたり嵌められたりしたのよね。架空の投資話や取引話、女性問題の解決、先祖伝来の品を売って欲しいと言われて偽金を掴まされたっていうのもあったわ」
それらはみな本人がもう少し世情に明るかったり、注意深く生きていれば防げたかもしれないことである。
だが、被害に遭った人に、騙されてから言ったところで仕方が無い。
「私は裏で糸を引いている存在を突き止めたのよ!」
「それがエルヴァル王国ですか」
「なんで知っているの!?」
「だって、さっき下で言ってましたよね」
「うっ……そうね。エルヴァル王国はこの国に何度も軍を派遣しているわ。ほとんどが小競り合いだけど、たまにこの町を攻略しようと、大軍で押し寄せてくる。けど、この前結んだ停戦条約の期限がまだ残っている。だからこうして搦め手を使ってくるのね」
ラマ国の力を落とさせ、秘かに内通する勢力を作り上げることに力を注いでいるらしい。
途中からそれに気付いた貴族は、王国との関係をキッパリと切るのだが、時すでに遅い。
借金で身を持ち崩すことになった者たちが出たのだという。
「私がそういう人たちにお金を貸して、なんとか持ち直してもらうまで支えて行きたいのよ」
自分が借金で没落してまでも、国を裏切らなかった者たちに報いたい。
そうクリスティーナは考えたらしい。
「ですが、そんなお金はどこから……?」
いくら父親が公主だからといって、そんな大金を右から左へ移せるとは思えない。
「はじめは私の自由になるお金を使っていたのよ。でもそれだけじゃ、すぐに足りなくなったわ」
「でしょうね」
「身の回りの物を売り払ったけど全然足らない。だから発想を変えたの。金がなければ、生み出せばいいじゃないと」
「はあ」
「何を言っているのだ、この人は」という顔を正司がした。
「普通の人……と言っても、金持ち限定だけど、短期の金貸し業を始めたのよ」
クリスティーナが言うには、どんなお金持ちでも、「その場」で現金が必要になる場面は多いという。
そういう相手に金を貸し、利ざやで儲けを出しつつ、それを困っている人の救済金に充てる。
だが、それでも限界はある。そこでクリスティーナは考えた。
「悪人から奪えばいいじゃない」
「その理屈はおかしい」
「おかしくはないわよ。悪人は成敗されて、こっちはホクホク。万々歳じゃない」
「いまホクホクって言った!」
結局、クリスティーナがどんなに救済しようとも、諸悪の根源がこの町に居座っていては意味がない。
ちょうどその頃、クリスティーナのもとには、子飼いの者たちが集まり始めていた。
「最初のうちは市井の人たちを救ったりもしたのよね。だから感謝されたりして、私の願いを聞いてくれるようになったの」
王国からの刺客は、狙いを定めた貴族や商人だけでなく、行きがけの駄賃とばかりに、町の人々に対しても悪事を働いていた。
ようは、小さな詐欺である。
それで困った人たちをクリスティーナが救済したのだという。
「何度か悪人を襲撃して荷や金を奪ったの。お金は使い道があるとして、荷はね……邪魔でしょ」
「邪魔でしょと言われましても……」
「邪魔なのよ。だから、町の人たちに配って歩いたの。そうしたら話題になってしまって……『ラマの夜明け』って知っている?」
「いえ、私はまだここに来て日が浅いものですから」
「そう。『ラマの夜明け』というのは、奪った荷を夜中に配ったことからそう呼ばれ始めたのだけど」
ラマ国内で、夜明けとともに物資が玄関先に置かれている。
頻度はそれほどではないものの、噂になるのは早い。
いつしか、邪魔になった荷を置いて回る集団のことを『ラマの夜明け』と呼ぶようになったらしい。
「悪党を懲らしめ庶民に配る。つまり義賊になったわけですか」
「望んでなったわけじゃないのだけど、そうなるわね」
壮絶な人生を歩んでいると正司は思った。
公主の娘としての職務もあっただろう。
それに加えて金貸しガババとして活動し、こうして義賊にもなっている。
少なくとも正司には真似できない生き方である。
「あれ? そうすると、何が困っているのでしょう?」
正司がここへ来た理由。
金貸しガババの正体が分かったのは偶然の産物であり、本来はクエストマークを追いかけてきたのである。
目の前の女性、クリスティーナには、いまだクエストマークがついている。
「そういえば、さっきも困っている人を探していると言っていたわね」
「はい。クリスティーナ様は何かお困りのことがございますか?」
「私?」
クリスティーナは首を傾げる。
「きっと何かあると思うのですが」
今までクエストマークの表示はいつも正しかった。
現在進行形で、何か困っていることがあるはずなのだ。
「うーん、そうね。コーリン商会の尖兵は潰す予定だし……何かあったかしら?」
物騒な言葉も聞こえてきたが、正司はあえて突っ込みをせず、じっと待った。
クリスティーナは、あれも違う、これは解決したと、頭を悩ませている。
身分の高い人の方が、悩みをうまく思いつけないのではと正司は思う。
「もしかすると、少し大きな悩みかもしれませんよ」
「大きな悩み?」
ピンとこないようだ。
正司は続けた。
「ラマ国の平和を守るとか……そこまで大きくはないでしょうけど、身近な悩みではないのかもしれません」
クリスティーナの行動力ならば、少々の悩みなど、自分で解決してしまいそうである。
そこで正司は、もっと根本的なもの……本来では解決できそうもないことを提案してみた。
もちろん、世界平和を口にされてもクエストクリアできるはずもないのだけれども。
「そうね……ひとつあったわ」
「何ですか?」
「私はこう見えても26歳なのよ」
「そのくらいの年齢に見えますけど?」
「もう少し若く見えるでしょ? ほ、ほらっ、25歳とか」
どうやらクリスティーナも年相応の女性らしく、若く見られたいらしい。
「そうですね、とても若々しいと思います」
どこが……とは、決して言わない正司であった。
「それでね、もうこんな歳じゃない。だから……」
「若返りたいのでしょうか? あいにくコインはもうないのですけど」
二、三日待ってもらえれば、一枚や二枚は手に入るかもしれないと正司が考えていると、クリスティーナは「違う違う」と首を横に振った。
「結婚適齢期ということで、結婚の話が来ているのよ」
「それはおめでとうございます」
どこが悩みなんだろうと訝しみつつ、とりあえず祝っておいた。
言葉だけだが。
「心がこもってないわね……まあいいわ。それで相手は、クロヴィルの町の跡取りなのだけど、私が嫁いで行くことになるじゃない。この町を離れるのよ。だから、ガババとして活動ができなくなるの」
「ははあ……」
クロヴィルの町というのは、北の門を出て、街道沿いに数日行った先にあるらしい。
「するとクリスティーナ様は、結婚後も金貸しガババを続けたいと?」
「違うわ。たしかにエルヴァル王国の野望を阻止する必要はあると思っているけど、さすがに夫には迷惑はかけられないもの。あっちで大人しくするつもりよ。……ただ、せっかくうまくいったこの組織を解散させるのは忍びないじゃない。だから後継者がいないか、考えているのよ」
クリスティーナがそこまで話したとき、おなじみのシステムメッセージが現れた。
――クエストを受諾しますか? 受諾/拒否
なるほど、後継者問題かと正司は考え、『受諾』を押す。
「分かりました。私が後継者を探してみます。もちろんこれはクエストとして私が受けたものですから、お代は頂戴いたしません。また、ここで話した内容も墓まで持って行きます。決して外部に漏らさないことを約束します」
「後継者を探してくれるの?」
「はい。それがクエストですので」
正司は『クエスト』欄を開いた。
「義賊の継承」というものが新たに加わっている。
またマップには、おなじみの白い線が出ていた。
「……分かったわ。どうせあなたに知られたからには、仲間に引き込むか、殺すしかないのだもの。信じてみることにする」
「こ、殺さないでくださいね?」
あまりに物騒な台詞に、正司はオドオドと懇願した。
「ふふっ……どうしようかしら」
そこではじめてクリスティーナは微笑んだ。
正司はクリスティーナに連れられて、屋敷の地下通路に案内された。
「出入りはこの魔道具で管理しているの。祖父が若い頃に作らせたものなのだけど」
「クリスティーナ様のお祖父様は、ずいぶんと豪快な人ですね」
「姿変えのペンダント」だけでなく、地下通路を塞ぐのを魔道具で行うとは、まるで秘密基地だ。
「土魔法使いを一年間拘束して地下通路を掘らせたみたいね。私が生まれる前の話だけど」
そういえば、建物も古かったなと正司は思いだした。
クリスティーナの祖父が若い頃ということだから、ひょっとすると五十年くらい前なのかもしれない。
「何のためにこんな通路を作ったんですか? ここ、結構深いですよね」
「秘密に移動するためみたい。お忍びで動き回りたかったから、自由に出入りできる屋敷が欲しかったのよ。さっきの屋敷だって昔は使用人が住んで、管理も行き届いていたのよ」
「ではこの先はお城に続いているのですか?」
「違うわ。さすがに祖父も城からは伸ばせなかったらしいわ。使わなくなっても、埋めるのは難しいし」
なるほどと、正司は納得した。
たしかに、勝手に城からの出入り口を作っては、防衛上よろしくない。
もしそのことを誰にも伝えずに亡くなった場合、それを見つけた者が城に出入りし放題になってしまう。
「ではどこに繋がっているのですか?」
「城の近くにある屋敷のひとつね。その二軒とも祖父が購入したものなの」
やはり豪快だなと正司は思った。
「ここよ……少し待ってね」
クリスティーナが指輪をかざすと、壁としか思えなかった場所に扉が出現した。
「これはすごい」
「見た目は幻影で隠してあるだけだけど……ただし、鍵は扉に埋め込まれているから、この指輪でなければ外れないわ。ついてきて」
長い階段を上がり、もう一度同じ動作をした。
どうやらそれが最後の鍵らしい。
「ここは……納戸ですか」
「衣装部屋ね。祖父のこだわりらしいわ」
衣装部屋から衣装タンスへの連絡通路。
やはりクリスティーナの祖父は、どこかこだわりがある人物らしい。
「それで私の後継者を探して欲しいのだけど、この二つの屋敷はその人にあげるわ。あと、私が秘かに購入した家が三つあるので、それもつけてあげる」
「大盤振る舞いですね」
「そのかわり、エルヴァル王国の野望を阻止するために動いてほしいのと、被害を受けた人たちの救済はしてもらうつもり。あと、できれば情報を集めて定期的に私のもとへ送ってもらえるとありがたいわね」
「なるほど、今までクリスティーナ様がやってきたことをそのまま引き継ぐ感じですね」
「そう。それでこの屋敷だけど、城にもっとも近い区画にあるのよ」
クリスティーナが言うには、正司と出会った屋敷は二番目に内側らしく、一番目と二番目の間には門が設置され、門番が常時見張っているのだという。
「つまりお祖父様は、城からこの屋敷に向かい、地下通路を通って門を抜け、別の屋敷に出没したと、そういうわけですか」
「その通り。あそこまでならば、身分を明かせば入ることができるから、楽なのよ。治安もいいし、うってつけだったのではないかしら。住宅区や商業区は治安の問題もあるけど、何より、人の目があるでしょ?」
誰もいないはずの家から人が出てきたとなれば、いつか噂になるかもしれない。
それを避けたかったようだ。
「なるほど、仰るとおりです」
「あとで三つの家……これはもっと小さいものだけど、それも教えるわ。これらを全部ひっくるめて後継してくれる人を探したいのよね。どう? 出来るかしら」
「はい。解決できるのではないかと、思っています」
「そう? 随分と強気ね」
不審げな目を向けられるが、正司の『マップ』には次の目的地が記されているのだから、それに従っていけばいいのである。
よって正司は「大丈夫です。問題ありません」と堂々と答えるのであった。
「まあ、駄目だったら、消せばいいだけだしね」
「そ、それは本気ではないです……よね?」
すぐにオドオドとした態度に戻ったのだが。
残りの家は地下通路が繋がってないので、地上を案内してもらった。
どれもさほど大きくない家だった。周囲の家に比べればだが。
そしてクリスティーナと別れたあと、正司は一旦宿に戻ることにした。
そろそろ日暮れになろうとしているのである。
翌朝正司は、『マップ』の白い線に従って歩いた。
着いた先は、とても賑やかな場所だった。
クエストの白線が示した先で、上半身裸の男たちが汗を垂らしながら荷物を運んでいた。
「ここか」
まさかという思いが強い。
大勢の荷運び人が、朝のラッシュ時さながらの動きで、行き来している。
「おや、タダシさんではありませんか」
男たちの間を縫って現れたのは、この町の情報屋カールだった。
表では荷担ぎ屋として、男衆を取りまとめ、裏では情報屋として市井の噂話などを集めている。
「これはカールさん。おはようございます」
「おはようございます。もしかして私に用事でも?」
「え、ええ……」
白い線はカールを指していた。
「そうですか。私が依頼してからまだ二日しか経っていませんが、まさかもう金貸しガババを見つけたのですか?」
「ああ……えっと……とりあえずここで話すのは少々……」
「そうですね。では私の自室でお話をお聞かせ下さい」
カールは正司を客室ではなく、もっと奥の自室へと通した。
「ここでしたら、絶対に話を聞かれる心配はありません」
「そうですか、助かります」
「先ほどの話ですが、まさか本当に金貸しガババを見つけたのですか?」
「ええ、そうですね。見つけました。偶然ですけど」
「おお、それはすごい。一体どうやって……いえ、それを聞くのは御法度でしょう。それで、金貸しガババというのは何者なのでしょう? 他国の間者だったりするのですか?」
興味津々に尋ねてくるカールに、正司はどう答えようか悩んでいた。
クエストで知り得た事実は口外しないと約束しているが、これはそのクエストの一環であるため、話さないわけにはいかない。
だが、金貸しガババの正体が、実は公主の娘などと軽々しく口にしていいものだろうか。
おそらくだがよくない。
(カールさんはこの町を愛しているのはよく分かる。エルヴァル王国のことを話せば、理解もしてくれよう。だけど、クリスティーナの正体まで告げていいとは思えない。もし話すならば、それは本人からだ)
悩みに悩んだ正司は、まず当たり障りのない事から話すことにした。
「金貸しガババには会えました」
「おおっ、早速ですか! さすが私が見込んだ人です。……それで、どのような人でした? なぜ金貸しをやっていると? そして上流階級のみを相手にする理由はなんだったのでしょう?」
「ちょっ、ちょっと待ってください。一度に質問されても答えられません。まず離れてください。そこっ、その椅子に座ってください。……でないと話せません」
迫ってくるカールを引き剥がし、正司は落ち着けさせるために、一度座らせた。
温厚な人物のように見えるカールであったが、どうやら知識欲は凄まじいらしく、食いつきぶりは、正司の想像の上をいっていた。
「ああ、これは失礼しました。分かっています。落ちつきます。大丈夫ですから、はい。続きを仰ってください」
落ちついたと言いつつ鼻息が荒いカールに、正司は薄気味悪さを覚えた。
(それでも、『マップ』ではこの人を指しているんですよね)
クエストの次の目的地がカールであるならば、彼から情報を引き出さねばならない。
「えっとですね、金貸しガババについて話はできます。ただし、私が見聞きしたことすべては話せません。カールさんも情報屋ですし分かると思いますが、これは私とその人との信頼関係によるものです」
「なるほど。仰る意味はよく分かります。私もすべての情報を右から左へ流したのでは、情報屋失格の烙印を押されることでしょう。タダシさんにお任せ致します」
「ありがとうございます。それではお話します」
正司は、クリスティーナと一緒に地下通路を歩いたときに話したことなども踏まえて、必要最低限のことを話すことにした。
「金貸しガババの容姿ですが、まるっきりヒキガエルです。顔はつぶれ、横に広がっていますね。頬にニキビの潰れた跡が残っていまして、お世辞にも整っているとはいえない容姿です」
「ほう。それほど目立つ人物なのですか。でも……そのような風体の噂は入って来ていませんね。これは貴重かつ不思議なお話です」
カールは自身の情報を吟味しつつ、そう評した。
「背丈は私よりもやや高く、横幅はかなりあります。ゴツゴツとした体つきと考えていいでしょう。そして全身を覆うローブに身を包んでいます」
それらはすべてクリスティーナの幻影魔法によるものだが、底の厚い靴をはいたり、肩パッドを入れたりと、地味に苦労しているらしい。
「なるほど、だいたい想像できました。それで?」
「声はだみ声ですが、よく通ります。年齢は不詳ですが30歳とも40歳とも見えるようです。外見はこれでいいでしょう。彼がどうして人目に触れずに活動できるのか」
「そうです。そこが知りたいのです!」
カールの情報網をもってしても、ガババの情報は入ってこなかった。
世話になったらしき者も確認できたが、彼らは一様に口を噤んでいるため、結局有益な情報は得られていないのが現状なのだ。
「ガババのもとには、上流階級の噂がどんどんと集まってきます。また、以前支援した者たちも、せっせと噂をガババのもとに持ち寄るのです」
「……ということは、その噂を便りにお金を貸す相手を選んでいるというわけですか」
「そうですね。ガババが声をかける段階で、そうとう切羽詰まっているでしょう。また、上流階級の人たちは、他所からお金を借りたと吹聴しませんので、一般には噂が広がることがないのです」
「なるほど、なるほど、道理です。豊富なツテがあれば、宣伝せずとも金を貸す相手を見つけるのですね」
「まあ、そういった面もあります……ね」
「おや? 何やら歯切れが悪いようですが?」
「ここから先は不用意に話せない内容なのです。ガババとの約束でもありますので」
正司がそこまで言うと、カールが難しい顔をした。
短い間だが、カールは正司の性格をある程度見抜いていた。
たとえば、報酬欲しさに値をつり上げようとしているのではない。
本当に、不用意に話せないと正司が考えていることが分かる。
ならばカールに取れる手段は何か?
報酬額を増やす?
力尽くで聞き出す?
懇願してみる?
どれも違うとカールは考えた。
未知の魔法を使う魔道士相手に、それらはすべて下策である。
よって、カールは最大最強の技を使うことにした。
「それを聞かせていただくために、私は何を差し出せばよろしいのでしょうか。忌憚ない意見を聞かせてください」
そう、何が欲しいのか、直接相手に尋ねることである。
これまでの勘が告げていた。
正司を裏切ってはならない。
それは下策であると。