表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/138

002 人恋しくなる

 土宮つちみや正司ただしは異世界で生きていくため、意を決して森の中へ足を踏み入れた。


 といっても、気配遮断のスキルを使用したままであるが。


 情報によると、気配遮断は段階が上がると、よりグレードの高い魔物にも効果があり、発見される確率も下がると書かれている。


 ただし、敵対行動すると気配遮断の効果はすぐに解ける。

 これは段階をいくら上げても駄目なようだ。


 正司は魔物を見つけてそっと近づき、火魔法で攻撃。

 すぐに気配遮断を発動することを繰り返していった。


 そのおかげで、火魔法と気配遮断の使い方にどんどんと慣れていった。

 ここまで安全に危なげなく、魔物を倒している。


「うわっ……むぐっ」


 正司が歩いていると、いきなり魔物が寝そべっているのに遭遇した。

 おもわず声をあげて、慌てて口を塞ぐ。


(危なかった。気配遮断を5段階まであげておいて良かった)


 小さな声をあげたくらいでは、魔物は正司を認識しないらしい。


(この魔物……寝ている?)


 腹のあたりが上下に規則正しく揺れている。

 正司はゆっくりと後退し、十分離れたところで火魔法を放った。


 マップを見ると、消えた魔物の場所に赤い×が付いていた。初めてのことである。


 そこへ行ってみると皮が残されていた。

 魔物を倒し続けてちょうど十体目。ようやくドロップ品が出た。


 マップだと魔物は赤丸で記され、ドロップ品は赤×になるらしい。


 スキルの〈品定ひんてい〉で皮を見ると、『スロムザドウの皮』と出た。

 早速情報で詳細を確認する。


 スロムザドウ――四つ足の魔物で、長い首が特徴。樹木の多いところに棲息。長い首を使って巻き付いたり、遠距離から噛みついてきたりする。ドロップ品は、肉、皮、魔石。


 ドロップ品――魔物が稀に落とすもの。ドロップの内容によって、魔物を5段階のグレードに分ける。G1の肉に始まり、以降グレードが上がる毎に皮、魔石、素材、コインの順にドロップ品目が追加される。


 ここでようやく情報にドロップ品の項目が追加された。

 スロムザドウは魔石まで落とすので、G3の魔物であることが分かる。


「G4でドロップする素材とか、G5のコインってなんなんでしょう」

 情報を見たがコインについては載っていないので、手に入らないと詳細が分からない仕様は相変わらずだ。


「これで魔物のグレードとドロップ品の関係が分かりましたけど、ドロップ率が高くないおかげで、素材やコインはいつ手に入るか分からないですね」


 これらが情報欄に記載されるのは、まだしばらく先になりそうだった。

 ドロップ品の種類をグレードごとに並べてみると、以下のようになる。



  G1――肉

  G2――肉、皮

  G3――肉、皮、魔石

  G4――肉、皮、魔石、素材

  G5――肉、皮、魔石、素材、コイン



 ちなみに正司は、〈品定〉で魔物の名前をいちいち調べたりしていない。

 倒すと自動的に情報に追加されるので、品定する必要がないのだ。


「そういえば……この皮を使って革靴を作れるんじゃないでしょうか」


 正司の足の裏は、尖った石や枯れ枝を踏んだことで傷だらけになっていた。

 一度、足の裏を回復魔法の練習がてら治療している。


 魔法で傷を治せるとはいえ、森の中を靴なしで歩きたいとは思わない。


 スキル欄の【生産】を見てみる。


「一番近いのは〈革制作〉でしょうか。一度スキルを取得してみないことには、新しい情報が追加されないのが痛いですね」


 1段階目を取るだけならば貢献値は1で済むので、正司は〈革制作〉を取得した。


〈革制作〉――魔力を使い、魔物や動物の皮から革製品を作成する。段階によって革製品の質が変化し、使える素材と作れる物が増える。


「やっぱり合っていたようです。必要なのは魔力と皮……スキルの説明にもありましたけど、スキルは実際の作業を省略できるようですね」


 魔法は念じると発動する。つまり必要なのは素材と魔力だけである。


 気配遮断もそう。もしこのスキルを持っていなかったり、段階が足らない場合、別の何かで埋めるか、かなり煩雑な手続きや手順が必要なのかもしれない。


 情報から読み解く限り、スキルというものはそういった『面倒なもろもろ』をすっ飛ばして、結果だけ寄越してくれる便利なものではないかと正司は考えている。


 正司は皮を握りしめて、靴になれと念じてみた。

「……だめです。まったくできる気がしません」


 スキルが発動した感じがしなかった。

 自分の考えが間違っているのだろうかと、正司はもう一度情報を見る。


 スキルと革制作の項目をじっくりと読んでいく。


「あっ、もしかして……これがG3の皮だからでしょうか?」

 革制作の説明には、段階によって使える素材が増えるとある。


 G3とは魔物のグレード3番目のことであり、それは5段階目まである。

 そして革制作のスキルも5段階まであって……。


「素材と同じ段階まで生産スキルをあげないと駄目なのかもしれません」


 G3の皮から革製品を作るために段階を上げるか、それとも他の生産系スキル――たとえば金属制作も取得するか。


 30歳である正司は、壮年期に入ってしまった。落ち着いてもよい年頃である。

 勇者への憧れや、中二的な思考はもはやない。


 ゆえに森を抜けて人里に出たら、安定的な生活を目指すつもりである。

 できれば生産職のスキルを取得して、素材採取から販売までひとりで行うような職に就きたいと思っている。


 いるか分からない魔王を倒すのを目標することもなければ、討伐を生業なりわいにするつもりもない。

 そこそこ狩りができる戦闘力があれば構わないのである。


 いまは上下パジャマ姿で移動しているが、いずれは鎧を着て防御力を上げようと思っていた。

 そのとき素材として使うのは、金属ではなく革であろう。


「残り貢献値は少ないですけど……革制作の段階を上げても、損はないですよね」


 次にドロップする皮のグレードが4かもしれないし、5かもしれない。

 正司はステータス画面から、革制作のスキルを最大の5段階まで上げてみた。


「これで出来るかな」

 もう一度皮を握って、靴を念じてみる。


 すると、皮が光に包まれて一足の靴ができあがった。

 靴底も縫い紐もすべて革でできている。


「やっぱり予想は当たっていました」

 品定で見てみると『冒険者の靴 G3 最高品質』と出た。


「段階を上げただけのことはありますね。早速履いてみましょう」

 さすがに最高品質らしく、靴下を履かなくても足にフィットしてくれる。


 この場で足踏みしたり、飛び跳ねたりしてみた。

 今までとは違う感触にとても満足できた。


「……あれ? さっき」

 気分がよくなり冷静になったことで、正司はつい先ほどの違和感に気付いた。


 正司はこれまでマップを見つつ進んでいた。

 気配遮断の効果はバッチリで、いままですべて、マップで魔物を見つけてから先制攻撃してきた。


 だがさっきの魔物だけは、真横を通るまで正司は気付かなかったのである。


「今までの魔物とさっきの魔物の違いはなんででしょう?」

 マップに映る魔物と映らない魔物がいる。そう考えたとき、ひとつの結論が頭をよぎった。


「もしかしてマップに表示されるのって、アクティブな魔物のみ?」


 あれは寝そべっていたのではなく寝ていたような気がする。

 寝る――つまり魔物の意識がない状態だったために、マップに映らなかったとしたら。


「そうすると、マップも完璧じゃないのかもしれません」


 マップはレーダーと考えてみる。レーダーに魔物の『何か』が反応したからだ。

 たとえばそれは『意識』だったらどうだろう。


 そして今さらながらに、恐ろしいことに気付いた。

「これ、土中にいる魔物は発見できるんでしょうか。水中とかもそうです」


 マップの表示範囲にいるすべての魔物を容赦なく表示するものだと思っていたが、果たして本当にそうなのか。


 隠密に優れた魔物、超高速、たとえばマップの範囲外から一瞬でやってくる魔物とかもいるかもしれない。


 生き残ることを最優先にしてきた正司にとって、この考えは衝撃であった。

 このマップはひどく頼りないものに思えてきたのである。


「魔物発見は、生死を分ける重要なことです。なぜ私はすべてマップ任せにしていたのでしょう」


 正司はスキル欄を開いて、今まで気にも留めなかったスキルを探しだし、すぐに取得した。


〈気配察知〉――魔力を使って、周辺の生きているものを察知する。段階があがることによって、察知できる精度、種類、距離などが変わる。


「気配を察知しているのだから、生きているもの全般ですよね。これも5段階目まで上げておきましょう」

 すると今までまったく感じなかった生き物の気配が濃厚に感じられるようになった。


 さらに魔力を使って念じると、その距離は伸びていく。


「魔物の気配が分かります。これはいいですね。マップと併用していくことにしましょう。気をつけなきゃいけないのは、魔力を使わないでいると察知できる範囲が狭いことですね」


 魔力を使えばかなり遠くまで察知できる。

 だがその間ずっと魔力を消費し続けていることになる。


 探索中ずっと最大まで気配を察知していると、魔力がなくなるかもしれない。


 正司の戦い方は先に敵を発見して、気付かれずに近寄り、必殺の間合いからの魔法攻撃である。

 マップよりも広い範囲の気配を拾うことができるので、これは重宝する。


 あとは消費魔力との兼ね合いである。

 できるだけ早い内に、最適の索敵範囲を見付けたいと正司は考えた。


 問題はマップと同じで、魔物が寝ているか、気絶しているときである。

 それは追々検証した方が良いと考えた。


 正司は先ほどまでとは違い、しっかりとした足取りで森の奥へと進んで行った。




「……もしかして、入ってはいけない方へ進んでいるとか?」

 森が深くなってきた。


 木の背が高く、幹も太い。大木ばかりが目立つようになってきた。

 木と木の間隔が大きく開いているのは、その間を魔物が徘徊しているからである。


 正司は暗くなるまでに気配遮断と火魔法のコンボで数十体の魔物を倒した。

 あれからドロップしたものは、G3とG4の肉がひとつずつと、G3の魔石が一個である。


「瞬間移動も確かめたいし、もとの草原に戻った方がいいですね」

 正司が念じると、身体がブンッと震えて、朝の場所に戻ることができた。


「もう暗くなってきましたね」

 森の中から魔物の遠吠えが聞こえる。


「気配遮断があっても無防備では安心できません。ですので、これです」

 正司は土魔法で、草原に自分が入れるくらいの穴を掘った。


 そこに潜り込むと、もう一度土魔法で蓋をする。

 周囲の土を固めてしまえば、それだけで簡易拠点の出来上がりである。


 無論、空気穴は開けてある。




 さて時刻は夕方。

 すでに異世界に来てから半日以上経っている。


「お腹が空きましたね。それに喉も渇きました」


 これまで戦ってきて、魔物はそれほど怖くないと正司は考えはじめていた。

 スキルが優秀すぎるし、魔法の一撃で沈むためだ。


 気配察知で遠くの魔物の存在は分かるし、気配遮断で近づくこともできる。

 火魔法を撃てば、大抵一発で消えてなくなってしまう。


 まれに耐えるのもいたが、そのときは二発目を打ち込めばいいし、複数いても冷静に対処できるようになっていた。


 いま正司を困らせているのは、喉の渇きと飢えである。


 スキルに〈料理〉はあったが、あれで貢献値を使うのはもったいない。

 生き残るという意味では食事は重要だが、何もおいしい物が食べたいわけではない。


 肉はドロップ品で一番多く出る。

 おそらくこれまでの経験からすると、料理のスキルを取得すれば、魔力と材料だけで料理が完成するはずだ。


 スキルが通常の作業を魔力で肩代わりするものならば、味は別としてスキルを使わなくても肉くらい焼くことはできるだろう。

 味は別としても。


「……よし、肉は自分で焼いて食べましょう」


 一人暮らしが長かったせいで、それなりに料理はできる。

 正司は魔物の肉を取り出し、石の上に置いた。


 このまま火魔法で肉を焼くと焦げると判断し、石を熱することにした。

 フライパンの代わりである。


 正司は魔力を絞り、なるべく威力が弱くなるように火を出した。


「ただのファイアとなるように念じたけど……まあ、想定の範囲内ですよね」

 石は赤々と熱を帯び、僅かな時間で焼き肉が完成した。


 ナイフもないため、木の枝で作った即席の箸をつかって、一口噛んでみる。


「うまい……かな? 臭みはないのが幸いだけど、弾力があるので顎が疲れそうです。あと塩が欲しかった」


 さすがドロップ品である。火を通せば、魔物の肉でも食べることができた。


「……よし、これで食糧の問題は片付きました。摂取できるのはタンパク質だけだけど、飢える心配はなくなったのは大きいです。あとは水ですね。水は生きていくのに必須ですし、水魔法は取得した方がいいでしょう」


 どうせならと、正司は水魔法を5段階まで取ってしまった。


 本当に5段階まで必要かと問われれば、正司は答えに窮するところである。

 だが、元来のスキル上げマニアの血が騒ぎ、どうしても最高まで上げたくなるのであった。


 徐々に暗くなることに不安を感じた正司は、無段階の〈暗視〉を取得した。


 それと今日一日、森の中を歩いて分かったのは、動物がいないということだった。


 気配遮断で移動していたため、動物にも気付かれていないはずだが、一度も見かけなかった。

 魔物は人だけでなく、生きているもの――動物までも襲うのではないかと正司は思っている。


「いまのうちに他の必要そうなスキルを取ってしまいましょう」

 今日一日で必要と感じたのは、スタミナと敏捷面だった。


 身体強化は身体の能力をあげるが、それにともなって弊害もあった。

 まずすぐ息が切れる。


 身体強化して10キロメートルくらい走るのは簡単だが、スタミナは別らしい。

 他にも、速度が上がっても反射神経までは良くならず、何度か避けきれず、木にぶつかってしまった。


 これはスキルでなんとかできる。

 最初の頃に取得したスキルに〈魔力増量〉というのがあった。


 その近辺に〈筋力増量〉や〈スタミナ増量〉などが並んでいた。


 これらは身体強化と別に存在しているらしく、ある程度取得しないと危険だと正司は判断したのである。


 というのも、全速力でどのくらいの速さが出せるのか実験しようとした。

 身体強化の検証である。


 ちなみに、幾ばくも行かないうちに大木と衝突し、骨折している。

「あんなデカい木、避けきれないですよ」


 それ以上は危険と判断したので、残りの検証はしていない。


 同時に、いくら身体強化をしても、瞬時に避けられる反射神経は身につかないし、骨の硬さを上げるわけではないことも分かった。


「ある程度身体は強化されているけど、万能ではないってことですね」


 大木にぶつかった速度だが、時速80キロメートルは越えていただろう。

 即死してもおかしくなかった。


 それが単純骨折だけで済んだのは身体強化のおかげだと思っている。

 ただし運動能力の向上が、身体本来の能力を上回ってしまっているらしい。


「ということで、死なないためにもスキルを取得しましょう」




 それから一時間後。

 いろいろ考えた結果、今日正司が取得したスキルは以下のようになっていた。



5段階:〈気配遮断〉〈魔力増量〉〈魔法効果増大〉〈瞬間移動〉〈回復魔法〉〈火魔法〉〈土魔法〉〈身体強化〉〈革制作〉〈気配察知〉〈水魔法〉


3段階:〈筋力増量〉〈スタミナ増量〉〈敏捷増量〉〈器用増量〉


無段階:〈上流語〉〈品定〉〈暗視〉



 異世界初日から取り過ぎである。


「残り貢献値はたった4になってしまいました。しかしこれ、どうやったら増えるんでしょう」


 実は情報で、いまだ貢献値の項目が表示されていない。

 つまりスキルと同じく貢献値を一度でも取得しない限り、情報には表示されないらしい。


 スキルは5段階まで上げなくてもよかったが、性格的に中途半端にしておくのが嫌だったのと、どれも必要なスキルばかりなので、いざ使うときになって段階が足らないと困ると考えた末の選択である。

 それについて後悔はしていない。


 3段階までしか取得できなかったスキルもあるが、これはもう残り貢献値が少なかったので、どうしようもなかったのである。


 この貢献値を取得する方法が分からないと、これ以上スキルが取得できない。

 切実に貢献値を溜める方法を欲する正司であった。


「メニュー項目の中で、情報に記載されていないのはクエストだけですね」


『保管庫』は、念じることで収納と取り出しができた。

 このとき微量に魔力を使用しているらしい。


 魔力を使用しないやり方もある。

 メニュー欄から保管庫をタッチすると保管した物の一覧が出る。

 それをタッチしても物の出し入れができた。


 この保管庫の画面は、いくつかのタブに分かれていた。

【貴金属】【素材】【ドロップ品】【加工品】【その他】である。


 魔物からのドロップ品は、すべて保管庫にしまってある。


 ためしに野草をいくつか仕舞ったら、勝手に【素材】と【その他】に分けられて保存された。かなり便利な機能といえる。


【素材】欄に入ったものは、何かの材料に使うようである。

 情報を見ても何に使うのかは書いてないので、いまの段階で正司には分からない。


 マップの時もそうだが、『情報』は色々と便利な反面、完璧さを求めると微妙にもやっとする部分が残っている。

 そこがもどかしいと正司は思った。


 それでも便利であることには変わりない。

 正司はそう思うことにした。




 翌日もマップの灰色部分を無くすために周辺の散策をしつつ、魔物を狩った。

 身体強化だけでなく、各種のステータスらしきものを上げたので、昨日と比べて、探索が格段にやりやすくなった。


 また気配遮断は万能で、魔物の目の前でダンスを踊っても気付かれることはない。


 調子に乗って魔物の顔の前で手を振っていたら、振った手が僅かに当たったらしく、気配遮断が解けたことがあった。


 急に魔物の目の焦点が正司に合ったので、驚いて至近距離から火魔法を叩き込んでしまった。

 このとき、飛び散る火の粉で手足をかなり火傷している。


 自分の魔法でもダメージを受けることが分かった。

 これは気をつけなければならない。


 火傷は回復魔法で元通りになったが、パジャマの上は大部分が燃え、下は穴だらけになってしまった。


 そこで正司は、ドロップ品の皮で防具を作ることにした。


 出来上がったのは、『冒険者の帽子』『冒険者の胸当て』『冒険者の手甲』『冒険者のズボン』。

 すべて最高品質の出来で、正司はこれを冒険者シリーズと呼ぶことにした。


「下着の上に革鎧ってどうなんでしょう……」


 使い物にならないパジャマは脱いだ。

 これで地肌に直接革鎧となったわけだが、女性が着れば扇情的な姿だろう。


 正司の場合はあまりにも痛々しい。

「……深く考えないことにしましょう」


 こうして二日目も無事に過ごし、夜は草原に戻る。

 正司はこの生活を十日間続けた。


 草原の近所だけならば、大分マップが埋まった。

 ただし森は広い。


 いくら進んでも出られないし、誰にも会えていない。


 魔物が多数徘徊していることから、人里離れた場所であることは正司も理解している。

 ただ、草原からそれなりの距離を移動して探索しても、まるで終わりが見えないのだ。


「貢献値も溜まらないし、やはり魔物をいくら倒しても無理そうなんですよね」

 この十日間で分かったことはいくつかある。


 まず、魔物のドロップ率。

 これが思ったよりかなり少なくて、大体一割。十頭に一頭の割合しかドロップしない。


 そして魔物のグレードが上がるにしたがってドロップの種類が増えるが、魔石、素材、コインは、なかなかドロップしないのだ。

 とくにコインはいまだ見たこともない。


 そして貢献値が増えない。

 これは正司にとって、かなり痛い。


 レベルという概念はやはり存在せず、どれだけ魔物を倒しても何の変化もなかった。

 システムメッセージの表示は常に『オン』にしているので、何か自分に変化があれば知らせてくれる。


 貢献値を溜めるには、『クエスト』をする必要があるのではと正司は思っている。


 そして新しいスキル。

 貢献値が残り4しかないため、新しいスキルを取るのが憚られている。


 スキル取得後、じっくり眺めることをしなかったため気付くのが遅れたが、実はこのスキル欄には、新しいものがいくつか増えていた。


「スキルが増えた条件は分からないですけど、先に取得したスキルの派生なんでしょう」

 そういうゲームがあることを正司は知っていた。


 正司は火魔法と土魔法を取得してある。

 そのせいか、〈溶岩ようがん魔法〉なるものが出ていた。


 これは以前、スキル欄に絶対に無かった。

 土魔法と水魔法の関係で〈樹林じゅりん魔法〉というのもあった。


 情報から溶岩魔法を調べるには、貢献値を1使用してスキルを取得する必要がある。

 残り4しかない貢献値を使ってまで調べる価値があるのか悩んでしまう。


 他にも〈治癒魔法〉というのが載っていた。


 実はこの〈治癒魔法〉。

 正司は、病気を治す魔法ではないかと思っている。


 というのも回復魔法をいくら自分にかけても、偏頭痛や腰痛は一向に治らないのである。


「病気と怪我は、カテゴリが違うようですね」


 回復魔法の段階が上がったことで治癒魔法が出てきたと、正司は信じている。

 そして、このスキルが正司の想像通りならば、自分の病気を治すことができる。


「いま残っている4の貢献値を使ってもいいですけど、ここで使い切るのは怖いですね」


 クエストがいまだひとつも発生していない以上、この貢献値の残り4は、正司の命綱になるかもしれない。


「早く人里に行きたい……」


 そしてこの十日間で気付いた最大のことは、スキルの正しい使い方である。

 スキルは念じれば魔力を糧(・・・・)にその効果を発揮する。


 つまり念じない限り、その効果は発揮されないか、されてもごく僅か。

 これは「念じる=魔力を消費する」だからではと正司は思っている。そのため……


「身体強化ってこうやるんだ」


 正司が「身体強化のスキルを使う」と漠然と念じるのではなく、「速く走れるように」と念じる――つまり魔力を使うことで、下半身が強化されたのである。


 意識して魔力を消費するのが必要だったのである。


「なんとなく身体全体が強化されるんじゃなくて、こうして目的を持った方が、より使いやすいんですよね」


 今までは、全身にまんべんなくブースターがついていて、身体を動かすたびにプシュー、プシューと噴いていた感じだ。

 これが意外に身体を動かしづらく、大木にぶつかったりしたのである。


 一方、目的を持って身体強化すると、足裏だけブースターが発動するようなもので、速く走ることができるものの、他はそのままなので、制御が楽なのだ。


「使い方に慣れれば、全身を強化しても平気なんでしょうけど、いまの私ではこれが精一杯ですね」


 もともと身体強化のスキルを取得したとき、身体が軽くなった気がした。

 それは間違いない。森の中を一日移動できたのだから、30歳の体力とは思えないほどだ。

 だが5段階目まで上げた身体強化の力は、そんなものではなかったということである。


 腕だけを強化して大木を握り潰したときは、昔見た大猿が登場する映画を思い出してしまった。


 これを知ったとき正司は、正直脱力してしまった。

 これまでの10日間はなんだったのかと。


 今ならチーターより速く走れる。

 瞬間移動を併用すれば、かなり効率的に人里を探せるようになる。


 魔物を倒すのもいいが、経験値やレベルという概念がないのならば、この森に長くいる意味は無い。

 ドロップ品が欲しいのならば、瞬間移動でここに来ればいいのだ。




 今日までの十日間、正司は草原を起点に、東西南北すべての方角へ足を伸ばしている。

 その方針は変えず、身体強化した身体でもっと移動範囲を広げていった。


 魔物との戦闘を繰り返しつつ、さらに三日、瞬間移動で草原と往復しながら、マップの灰色地帯の先へ進んでいった。


「あれは……山脈?」


 最初に変化が現れたのは北だった。

 高い山の連なりがそびえ立っていた。


「北は山脈ですか。これは駄目ですね」


 麓まで森が続いている場合、その先は山脈を上るしかない。

 越えられるのかと思うほど高い山である。


 山の向こうに人里があるかは分からない。

 もしかすると、ずっと山が連なっているかもしれない。


「進むとしたら、南かな」

 瞬間移動で草原まで戻り、その日は休む。


 翌日から、南を重点的に進むことにした。


 そして二日後。

 身体強化をかけて森の中を黙々と進み、ようやく明るい場所へ出た。

「森が切れたのか……よかった、これで人里に出られ……んでしょうか?」


 急に拓けた場所に出たが、そこで正司は愕然としてしまった。

 視界があまりにも拓けすぎていた。


断崖だんがい絶壁ぜっぺきに海って……」


 森は終わった。代わりに海が現れた。

 つまり、海があるからそこで森が切れただけだった。


 数十メートルも下から、波が立てる水飛沫の音が聞こえてくる。


 左右どちらを見渡しても、そそり立つ断崖が続いている。

 つまり、南端は海で決まりである。


 それは正司の希望を打ち砕くものだった。


「やってられっかぁ――!」


 正司は海に向かって特大のファイアボールを放った。

 うなりをあげて飛んでいったそれは、水平線のはるか彼方で爆発した。


「はぁー、なんかもう、やる気が失せました」


 正司が取れる手段は限られている。

 ここから東西どちらかに進むか、草原に戻るかである。


 今回は少しでも先に行こうと、マップの灰色部分を放置して進んだ。

 広域で見ると、まるで土中に展開する蟻の巣のようになっていた。


 北は山脈、南は海だった。

 正司はこれまでスタート地点の草原から、東西南北すべての方向に探索の手を伸ばしていた。


 すでに草原から東西へ千キロメートル以上、調査が進んでいる。

 この断崖絶壁から東西どちらかに進むよりも、すでに探索が済んでいる所から始めた方が効率はいいはずである。


「〈水中呼吸〉のスキルがありましたけど、海がどこまで続いているか分からないですよね」

 残りの貢献値が4しかない状態で、そんな冒険はおかせない。


 正司は泣く泣くもとの草原へ戻るのであった。


「今日はもう寝よう」

 そしてふて寝した。




 翌朝目を覚ました正司は、土の家から這いだした。

 家……砦と化した家である。


 毎日少しずつ土魔法で拡張していったことで、堅牢な要塞に近くなっていた。

 正司は凝り性なのである。


 一晩寝たことで、正司は冷静になれた。

「これで海まで一瞬で行けるようになりましたし、あれは悪くないと思うことにしましょう。海の幸が食べ放題じゃないですか」


 ポジティブシンキングである。

 普通ならば釣りをするか、断崖絶壁から飛び込むくらいしか魚を採る方法はないが、正司には水魔法がある。


 うまく応用すれば、断崖の上からでも魚を捕獲できるのではなかろうか。

 そう前向きに考えることにした。


「さて、今日は東西のどちらに向かいましょうか」


 正司は身体強化の正しい使い方を覚えたあとでも、魔物を倒しながら進んでいた。

 魔物の強さが、そのエリアによってかなり違うことに気付いたからである。


 正司の予想では、人里に近い方が魔物が弱い。

 根拠はないが、ゲームならば人里から離れるに従って、魔物は強くなっていくものである。

 ここでもそんな原理が働いているのではと思っている。


「そう考えると、北はやっぱりナシだったんですよね」


 正司がこの世界に降り立った草原はG3の魔物が中心で、G2とG4の魔物もたまに出会う感じだった。


 北に進んだときは、G3よりG4の魔物が増えてきて、巨大な山脈が見えたころにはG4が中心でG5の魔物が交じるようになっていた。


 あれ以上北の山に近づいたら、G4とG5の比率は逆転していたかもしれない。


 魔物のグレードがあがったことと、山脈が見えてきたことで、正司は北への探索を断念した。

 おそらくこれ以上行っても、人里はないと判断したのである。


 一方、南に向かうとG3よりG2の魔物が増えてきた。

 つまりグレードが下がってきたのである。これはもしかしたら、森が切れる前兆か? と期待した正司は歩を速めたが、結果は断崖絶壁の海。


 ガッカリな結果となった。


 そして西と東であるが、両方とも魔物のグレードは高かった。

 というよりも一部を除いて、出現する魔物のグレードは3が一番多いのかもしれない。


「イメージ的には山脈に近いとG5がちらほら出てくる感じですから、西と東ならどちらに行っても同じでしょう」

 判断材料がないため、正司は東に向かった。


 東の端には何かロマンがありそうだと判断したからである。もちろん根拠はない。

 そして進むこと、数百キロメートル。


「……マジですか」


 山脈が見えてきた。

 北に向かったときと同じような山の連なりである。


「いや、まだ引き返すのは早計です。せっかくここまで来たのだから、もう少し頑張ってみましょう」


 魔物はG4が増えてきた。このままだとG5が出てくるかもしれない。

 それでも正司は自分を信じて前に進む。


 そして更に進むこと、数十キロメートル。

「……正直自分が馬鹿だった。山脈が見えた時点で引き返せばよかったんだ」


 結果、G5の魔物が増えてきたことで、撤退を決断することになった。


「それでも収穫はありました。コインが手に入ったんですし」


 今まで謎だったG5独自のドロップ品。

 コインの謎がようやく明かされることになった。


「これでようやくコインの情報を閲覧できます」


 コイン――コインを折ることで、HP、MPの総量を上げるか、年齢を下げることができる。コインの表面に書いてある模様によって効果が分かる。どの程度の効果があるのかはランダムである。


『情報』によると、コインの種類は『HP増大』『MP増大』『年齢減少』の三つである。


 正司が持っているコインには、フラスコの瓶が描かれていた。

 絵柄からこれは、MPの総量をあげるコインではないかと予想した。


「……で、このコインですけど、使ってみないことには分からないですね」

 周囲の安全を確認してから、正司はおもむろにコインを折ってみる。


「これはっ!?」


 身体の中に、何かがものすごい勢いで沸き上がってきた。

 ちょうど丹田のあたりに蛇口があって、そこから水が放出されているような感じだ。


「……収まってきたかな?」


 体感だと数十秒。

 身体の隅々にまで巡った何かは次第に融け、正司の身体に吸収されていく。


「これで魔力の総量が上がったんでしょうか」


 ステータスで調べようと思ったが、あれはHPとMPが100%で表されていて、総量があがっても意味が無いはず。


「それでも念の為確認しておきましょう」



   HP/MP 100/120



「…………増えている」


 100%表示じゃなかったのか! と突っ込みたい正司であったが、総量が増えたのだから120%でもいいのかと思い直した。


「あれ? ということは、HPとMPはパーセントで増えるわけですか」

 理科系出身である正司は、その結果に喜んだ。


 20パーセント増量を数値で表すならば、魔力が100なら120になる。

 200なら240。300なら360、400なら480である。


 つまり、もとの魔力が多ければ多いほど、パーセンテージでの伸びは大きくなる。


「これはもしかして、かなり貴重なものなのかもしれない」

 ただ数値が増えるよりも、よっぽど貴重である。


「この分ならば、HPのコインもパーセントで増加でしょうね。あと年齢の減少ですが……若返りと考えていいのですよね。でしたらちょっと欲しいかも」


 土宮正司、30歳。見た目通りである。

 全盛期の肉体に戻れたらと夢想するも、その頃のイメージはもはや遠い過去。


「……G5の魔物を中心に狩ってみようかな」


 魔物は倒されるとその存在は世界に還元されて、どこかで生まれ変わる。

 それならば、ここで正司にコインを提供してもいいのではないか。


 そう思う正司であった。




「結局、西しかないわけですね……ははっ」


 東へはあれ以上進んでいない。

 山脈が見えてから魔物のグレードが上がったので、そこで引き返した。

 残るは西だけになってしまった。


「マップの灰一色の中を地道に行くしかないようですね」

 マップは一番狭く表示させたときで半径300メートルほど。


 これが300メートルと判断したのには、根拠がある。

 マップに表示された岩や木までの距離を何度も測った。


 そしてマップを5段階まで広げた場合、最初の限界値が次の限界値の半分ほどだったことから、倍々と広がっていくことが分かった。


 よって300、600、1200、2400、4800メートル……誤差はあるが、およそ5キロメートルが、マップで表示できる最大となる。


 身体強化した場合、5キロメートルくらい1分程度で進んでしまう。

 もちろん途中の魔物を無視した場合でだ。


 変なところで真面目な正司は、道中出会った魔物は、きっちりと倒している。

 また、ときどきその地点から北や南に進んだりして、ある程度探索に幅を持たせるようにしている。


 引き返したりもしているので、マップはまるであみだくじのような形になっていた。


「なんとなく、魔物が弱くなって来たような気がします」


 今までは、用心のために最大火力で倒していたが、最近は余裕ができてきたので、魔物の強さを測りながら戦っている。


 とは言っても、一方的であるのは変わらないのだが。


「……ん? あれは?」


 この森は平坦な場所があまりなく、上がったり下がったりと起伏がある。

 遠くが見渡せる場所に来たので、正司は目を凝らしてみた。


 およそ20キロメートルは先になるが、森が切れている。

「やりました! ようやく、この忌々しい森からおさらばできます!」


 さすがに何日もサバイバル生活を続けてきた正司は、木と魔物に飽き飽きしていた。


「そうと決まればっ!」

 正司は身体強化を最大にして、走り出した。


「森の終わりだぁ!」

 数分後、正司はようやく森を脱出できた。


「そして砂漠だぁ!」

 目柄の前には一面の砂漠地帯が広がっていた。


「なんてこったー!!」

 正司は、頭を抱えた。



 砂漠は、森の中より生きづらい環境ではなかろうか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読み直しーー この特大のファイアーボールがのちのち関係してくるなんて誰も予測してないw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ