表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/138

017 物知りの老人

「おかみさん、ただいま」

「おや、あんたかい。もう仕事は済んだのかい?」


「ええ、大きなのがひとつ終わりました」

「そうかい。それは良かった」


「しばらくは毎日宿に戻ってこれそうです」

「あいよ。ゆっくりしてっておくれ」


 宿の自分の部屋に戻り、正司はほっと一息ついた。


「随分と豪華な割り符を貰っちゃったな。国主様って言っていたけど、この町の領主様? でもここって首都なんだよな。つまり……王様?」


 もしかしてこれは、あの人が王からもらった割り符なのだろうか。

 そう考えると怖くなる。正司は割り符を保管庫の中にしまった。


「うん、見ていない。何も知らない……それでいいや」

 意外とヘタレなところがある正司であった。


 念願の貢献値を手に入れ、残り貢献値は6に増えた。

 たが、まだ溜まっているとは言い難い。


 ひとつ困ったことは、魔物狩りで得た肉と皮、そして魔石と素材にコインが有り余るほど出てしまったことだ。


「これら……どうしようか」

 いっそ料理のスキルを取得して、料理屋でも開こうかと考えるが、そうすると今度はそれにかかりきりになる。


「皮は……革鎧とか革製品を作ればいいよな。魔石は売る? なにかスキルで使えないかな」


『情報』で調べると、魔石は魔道具制作に使える事が分かった。

 つまり、スキルの『魔道具制作』を取得すればよいことになる。


「将来的には取得したいけど、今はまだ余裕がないかな」

 貢献値を集めることに苦労している現状、あれこれ手を広げるのが良いこととは思えない。


 今あるスキルを伸ばしつつ、必要になったときのために溜めておきたいのだ。

「だけど……この町で気付いたけど、もしかしてクエストを持っている人って、全員表示されているわけじゃない?」


 正司が気になったのは、そこだ。

 砂漠の集落では人口が少なかったから気付かなかったが、この町にはかなりの人が住んでいる。


 にもかかわらず、クエストを持っている人が少ないのだ。

 単純に困っている人がいないとも考えられるが、正司は別の理由に思い至っている。


「ひとつの集落や町に数人?」


 困っている人全員が表示されるのではなく、集落や町で総量が制限されているのではなかろうか。


 クエストをクリアしてもクエスト保持者が増えないことから、一定期間、たとえば一ヶ月とか、三ヶ月とかで入れ替わるのかもしれない。


「もしそうならば、定期的に町を巡ればいいんだけど……」

 その場合、どうしてそのような仕組みなのかが分からない。


「これは神の見えざる手ってやつでしょうか。私の場合、ただ貢献値が必要なだけですので、深く考える必要はないのでしょうけど」


 正司は現在、攻撃は魔法だけである。

 健康になったとはいえ、肉体を使うことに抵抗がある。


 今後も物理攻撃のスキルを取得するつもりはない。

 かわりに、生産系をできるだけ取得したいとも考えている。


 魔物を狩って、その素材で何かを作り出す。

 考えるだけで楽しそうだと正司は思うが、その前に死んでしまっては元も子もない。


 そのため、病気、怪我、不慮の事故、呪い、毒などといった脅威をできるだけ排除したいとも考えている。


 思った以上にクエストを所持している人が少ないことから、えり好みできないどころか、クエストを探して町を巡る必要が出てきている。


「前途は多難ですね」


 そう独りごちる正司であったが、なぜ通常のクエストの他に、連続クエストや緊急クエストが存在するのか。

 そこはいまだに謎だった。




「食事かい?」

 階下に降りてきた正司に、おかみさんが話しかけてきた。


「ええ。それと今日は久し振りにお酒でも飲もうかと」

 ライエルのクエストを完了させた祝杯をあげたかったのだ。


「そうかい。酒は何がいいかな」

「果実酒をお願いします」

「はいよ」


 料理とともに運ばれてきた果実酒をちびちびやっていると、マップにクエスト表示が現れた。


(クエストを持った人が通りを歩いている?)

 もうすぐ宿の前を通る……と思っていたら、宿の中に入ってきた。


「飲めるかな」

「ダバルフさん。どうしたの、珍しいね」


「家で飲んでいたら辛気くさくなってしまってな」

「あらあら、学者さんは大変だこと……えっーっと、席が空いてないねえ」


「相席いいですよ」


 正司はすぐに手をあげた。

 おかみさんがダバルフと呼んだ老人は、正司が待ち望んだ人物。

 クエストを持っているのだ。


「じゃ、同席させてもらおうかのう」

「すぐにお酒を持ってきますね」


 正司の前に座った老人は、見たところコインを使う前のライエルと同い年くらい。

 七十代の後半くらいに見えた。


「旅人のタダシです」

「ダバルフじゃ。近くで星の研究をしておる」


「へえ、星……ですか?」

「さよう。山の上は夜空を見上げやすいのでな」

「なるほど」


 地上の灯りが届かないところがいいのだろう。

 こうして夜でも空いている店もあるし、人や馬車が夜道を歩けば、灯りをともすことも多い。


 かといって人里離れた場所には魔物が出るため、あまり町の外にはいられない。

 たしかに山の中腹にある町ならば、星を観察する条件としてはよいのかもしれない。


「はい、ダバルフさんの好きな蒸留酒よ。ほどほどにね」

「分かっておるわい。酔うほどには飲まん」


 ダバルフは蒸留酒を美味しそうに飲んだ。

「星のなにを研究しているんですか?」


 正司としては仲良くなる切っ掛け作りとして、ダバルフの興味がある話題を振ったにすぎない。


 だが、おかみさんが『学者』と称しただけのことはある。

 自分の得意分野については、かなり饒舌だった。


「はじめは、なにげなく星を眺めておったのじゃ。だが、朝方に星が消える」

「ええ、そうですね」


「あれは星が消えたのではなかった。周囲が明るくなったことで、消えたように見えただけなのじゃ。その証拠に黒くて長い筒を用意して、星が消えたあたりを見てみたら……」

「まだそこに星があったんですね」


「そう、その通り! そこで儂は考えた。夜になって星が現れるじゃろ? あれも周囲が暗くなったから見えるのではなかろうかと」


 ダバルフは星が現れるあたりに筒を設置し、ずっと見張っていたらしい。

 すると、予想通り、周囲にはまだ星が一切見えないにもかかわらず、筒の中だけは星が見えたのだという。


 この黒くて長い筒は周囲の光を遮断して、僅かだが星を見えやすくする。

 正司も昔、そうやって眺めたことがある。


「それはすごい発見でしたね」


「そうじゃろ? 若い頃にそれを見つけて大喜びしたものじゃ。夜は空に黒いシーツが被せられ、穴が空いたところから昼間の光が漏れているなどと言う者もおるが、それは間違っておる」


 蒸留酒を飲みながら、ダバルフは陽気な声を出す。


「星は不思議なものですよね。私も夜空を眺めるのは好きですよ」

 凶獣の森で生活していた頃、拠点ですることがなくなると、正司はよく空を見上げていた。


 夜になると、何もすることがない。

 自分が知っている星座を探そうとしたが、ついぞ見つけることはできなかった。


「そのうち儂は星の動きに注目するようになった。知っておるか? 一日のうちで、星が緩やかに動いておるのを」

「ええ」


「そうか。一年の内でも、乾季と雨季では星の高さが違う。儂はそれをつぶさに観察して過ごすようになった」


 以前正司はこの世界の暦が気になって、人に聞いてみた。

 とくに羅針盤を開発したあとでは、星の運行はどの程度知られているのか気になったのだ。


 その結果、各国で認識に違いがあるものの、一年を四つに分けて、寒季、雨季、暖季、乾季と呼んでいることが分かった。


 今は暖季が終わり、そろそろ乾季に入る頃だという。

 乾季に入ると風が強くなり、しばらく雨が降らない。


 水不足の集落があれほど焦っていたのも、本来雨季で降った雨が流れ込んでくるはずだった。

 それが一向にやってこないので、このままだと井戸が干上がることを心配したらしい。


 砂漠の集落で、井戸が干上がれば大問題である。

 密儀魔法を使うのも頷ける話だった。


 つまり正司の感覚だと、この世界でも暦の知識は存在している。


 ただし、それはおそらく日の光が作る影の位置などで一年を判断していて、暦が一周するまで何日かかるかを単純に計算したものだと考えていた。


(星の運行と暦の関係もしっかり確認したわけじゃないんだろうな)


 正確に記録を取っても、五年や十年では、確証を得るには至らないのだろう。

 ゆえに記録し、情報を引き継ぎ、世代を超えて研究を続けていく集団が必要になるのかもしれない。


 正司はダバルフの話を黙って聞いていた。


「そのうちのう、いくつかの星について調べているうちに奇妙なものを見つけたのじゃ」

「奇妙なものですか?」


「うむ。他と同じ動きをしないもの……儂は『仲間はずれの星』と呼んでおるが、それを見つけたのじゃ」


(……ん? これは)


「もしかしてそれって、途中から戻って、さらにまたすぐに向きを変えて進んだり、クルクルと小さな円を描きながら進んでいく星のことですか?」


「おおっ、おぬしも知っておったか」


(やはりあれですか……惑星。ということは、この世界もどこかの宇宙にある星のひとつ。そして、太陽系のように恒星が複数の惑星を持っているわけですね)


 ちょうど良い状態の光と水があれば人は生存できる。

 適度な星の大きさが必要で、その環境さえ揃えば、地球と同じように発展していける。


 重力が大きすぎず、小さすぎず、そして大気がしっかりと星を覆うような環境がこの星にはあるのだろう。


(どんなにゲームのようなシステムがあったとしても、根本のところで物理法則に従っているのなら、惑星が存在していてもいいですしね)


 正司がそんな感慨に浸っている間にも、ダバルフの説明はさらにヒートアップしていた。


「いくつか『仲間はずれの星』を発見したが、なぜそうなるのか皆目見当がつかん。もうかれこれ十年以上経っておるが、どうしても分からんのだ」


 正司のいた世界でも天動説と地動説で宗教裁判がおこり、一度は天動説が勝った経緯がある。


 地球が丸くて、数多ある星と同じようなものであり、特別な存在ではないのだと信じられなかった人は多い。


 観測から導き出した結論を受け入れられない人たちに、いかに合理的な考え方か伝えても意味は無い。


(この世界はどうだろう)


 宗教といったものはほとんど見かけていない。

 何かを信奉している、つまり個人の信仰が大事とされているものの、宗教を無理矢理信じさせたり、信じるものが違うからといって、排斥したりしていない。


 これはおそらく地球にはいない魔物の存在があるからだろう。

 絶対的強者がいる世界では、『神』の存在は発露しにくいのかもしれない。


 なぜならば、人は神が作った特別な存在であるという教義があったとしても、「じゃあ、なんで魔物があんなにも強いんだ」という話になる。


 今でも人は、魔物のいないところに細々と住んでいる。

 この世界の人間は、地球とはちがって驕れる環境にないのである。


「ダバルフさんは、その『仲間はずれの星』がなぜ存在するか知りたいのですね」

「そうなのじゃ。なんど考えても分からん。だれか知る者はおらんだろうか」


 そこまで話したとき、正司の目の前にクエスト表示が現れた。

(やっぱりそうか)


 ダバルフが解決してほしい問題。

 それは惑星の運行に関する合理的な説明だった。


 正司は受諾を押して微笑んだ。


「私でよろしければ、お答えできるかもしれません」

「おおっ、本当かね」


「『仲間はずれの星』……私は惑わしの星、つまり惑星と呼んでおりますが、それはこんな動きではありませんでしたか」


 正司は魔物の皮で作った紙を取り出し、覚えている惑星の運航をいくつか線で表してみた。

「うむ。このような動きじゃ。これはいったいどういう理屈でそう動いておるのじゃ?」


「そうですね、まず私たちが立っているこの大地が丸いことからお話しなければなりません」


 地球で一般的な教養を得た者ならだれでも知っている内容である。


 地球が丸い星であること、太陽系という太陽を中心としたひとつの家族の中にあること、そしてそれ以外はもっと遠く離れた場所にあることをより一般的な話で説明した。


「ふむ……そうすると、『仲間はずれの星』は陽の光を放つ巨大な星を巡る仲間というわけじゃな」

「そうです。さすが理解が早いですね」


 ダバルフは学者であるから、とりあえずどんな荒唐無稽な話でも、まず理解しようと努める。

 ここまで正司の説明に矛盾したことがないことも理解していた。


「それでどうしてあのような動きになるのじゃ?」


「それはですね。この星が内側から数えて何番目にあるかによって変わってくるのです。周の内側に星があった場合、このような動きになります。サンプルがあった方がいいですね……」


 正司は土魔法で星を作り出し、テーブルの上で転がした。


「ここから見たときの動きが……こうやって少しずつ変わっていくため、一度戻ったように見えるのです」


「ふむふむ……」


「外側にある場合はこんな感じです」

 簡易太陽系モデルを作成したことで、ダバルフにも視覚的に理解できた。


 紙には、惑星の運行が平面的に描かれている。

 星との関係で少しずつずらして描く。


「なるほど、なるほど……たしかにそう見える。じゃが、そうすると儂らはこの星にどうやって立ってられるんじゃ?」


 それを説明するには万有引力の仕組みから話さねばならない。

 そもそも重力が万有引力によって引き起こされることは、なかなかに理解されにくい。


「それはそういうものと理解したらどうでしょう。今は星の運行について理解するのを優先すべきかと」


「なるほど。道理じゃな。一度にやろうとすれば、すべてを失うかもしれん」


 ダバルフは納得し、正司が書いた線と太陽系モデルを見比べ、自分が観測したデータを思いおこしながら、差異がないか検証していた。


「どうですか?」

「おもしろい。実際の運行と非常に似通っておる。この紙を貰って良いか?」

「ええ、どうぞ。さしあげます」


「ありがとう。今まで目の前にあった霧が晴れたようじゃ。この天体図と運行を記した紙があれば、儂が作成したデータと照らし合わせられる。こうしちゃおれん。すぐに帰って検証じゃ」


「そうですか。お役に立ててよかったです」

「おぬしに最大限の感謝を。儂の十年が無駄にならずに済むやもしれん。ありがとう。本当にありがとう」


 ダバルフが手を差し出したので、正司はそれを握った。

 ダバルフは晴れ晴れとした顔で出て行った。


 ――クエスト完了 成功 貢献値1


(今回は簡単だったな)


 理系の正司にはそれほど難しくない内容だった。

 どう説明すればいいか悩むところはあったが、理論そのものはすでに確立している。


 それを噛み砕いて説明するだけで貢献値が1もらえたのだから、美味しいクエストと言えた。


「あら、ダバルフさんは?」

「研究すると言って、帰って行きましたよ」


「せっかちねえ」

 おかみさんはそう言うと、テーブルに置かれていた硬貨をエプロンのポケットに入れた。


「おかわりはいる?」

「そうですね……じゃあ、ダバルフさんと同じ蒸留酒を一杯だけ」

「まいど」


 ダバルフさんが満足して帰っていった。

 そして正司のもとには、貢献値が1残った。


 今日は美味しいお酒が飲めそうだと正司は喜んだ。




 翌朝、正司がまだ宿で寝ていると、扉が叩かれた。

「……ん? 出立するからと伝えに来たのかな」


 リーザにはこの宿の場所は伝えてある。

 正司が扉をあけると、おかみさんが立っていた。


「あんたにお客さんだよ」

「あっ、はい。ありがとうございます」


 やはりかと、正司が階下に降りていくと、知らない顔の人だった。

「あれ?」


「はじめまして、タダシさん。私はカールといいます」

「どうも。タダシです」


「この町で荷駄商人をやっています。荷運びに関するものならなんでも扱っています。お見知りおきを」

「はあ……」


 リーザとは関係なかった。

 そして、意味が分からなかった。


「朝食がまだですよね。私もなんです。どうですか、一緒に」

「そうですね。せっかくですし」


 昨日お酒を少し飲み過ぎたので、水くらいで良かったのだが、正司は目の前のカールと一緒に朝食にすることにした。


 おかみさんに注文して、運ばれてくるまで他愛のない話をする。

「はいよ、おまたせ」


「ありがとうございます」

「これはおいしそうですね」


 正司とカールは食事にした。


 スープとパンに、切った野菜がいくつか茹でてある。

 酒を飲んだ翌日でも、胃に優しいメニューであった。


 しばらく二人は無言で食べ続ける。

 何か目的があって会いに来たんじゃないのかと正司が思いはじめた頃、カールがゆっくりと口元を拭って、正司の方を見た。


「先日、孤児院の建物が短時間のうちに建て替えられましてね」

「はあ……」


「たまたまこの地を訪れた旅の土魔法使いたちがやってくれたと説明があったんですよ」

「はあ」


 院長のワブルには口止めをしておいたので、そのような説明をしたのだろう。


「そんな短時間で建物をひとつ造りあげてしまうような土魔法使いの集団なんて、聞いたことがありません。そこで子供たちに話を聞いたのです。……まあ、最初は渋る様子ですが、お菓子をあげると……ね」


 なにが「ね」なのか、カールは正司に向かってウインクした。

 ちなみにカールはいい歳したおっさんである。


「えっとそれが何か?」


「それ以上はアレですが……実は私、町の情報屋もやっています」

「はっ?」


「あらかじめ言っておきますが、非合法なことはしていませんよ。この町にそういった組織もありませんし」

「はあ」


 正司はここではじめてカールを警戒した。

 寝起きであまり頭が回っていなかったらしい。


「情報を買いにくるお客さんもいますが、いま言ったように非合法なネタは取り扱っていません。あくまでこの町に関するもろもろのネタのみですね」


「えっと、ひとつ質問いいでしょうか」

「はい、なんでしょう」


「なぜ私にそんな話を?」

「気になりますか?」


「気になりますよ、もちろん」

 正司に近づいた目的が分からない。


「そうですね。ではそれを先にお話しましょう。……実は探して欲しい人がいるのです」

「はいっ?」


 言っている意味が分からない。

 分からないことだらけだ。


「順を追わずに話すとそうなってしまうのですけど、タダシさんならできるかと思いまして」

「なぜ私ならできると思ったのですか?」


「ウオンナさんでしたっけ? 彼女の亡くなったご両親について、短期間で調査されましたよね」


「あー、それは誤解ですね。別に私はそういった事ができるわけではありません」


 話が中途半端に伝わっている。

 子供たちに正司の事を聞いて、そのときウオンナの話も小耳に挟んだのだろう。


 それで勘違いするのも仕方ないが、正司はクエストに導かれただけであり、情報屋が欲するような調査能力は持ち合わせていない。


「隠したいのも分かりますが、お礼を致しますので、ぜひ引き受けていただきたいのです」


 どんなに頼み込まれても、クエストが発生しない限り正司には探す手段がない。

 そして目の前のカールにクエストマークはついていない。


(カールさんは困っているようだけど、困っている人全員にクエストマークが付くわけじゃないんだな)


 マークが付く付かないの違いは、いまだ分からない。


「そう言われても本当に無理ですから……そもそもカールさんは情報屋ですよね。どうして自分では探さないのですか?」


「私は人足にんそくを派遣する元締めのようなものです。情報は自然と入ってくるのですが、それは一般の町民か、商人、労働者、職人に限った話です。今回私が調べてほしいのは、それとは外れるのです」


「つまり……貴族のような?」


「まあ、そうですね。貴族や大商人のみを取引相手としている『金貸しガババ』を見つけ出してほしいのです」


 ――金貸しガババ


 なんて名前だと正司は思った。


「知らない名前ですね。まったくもって、無理な相談ですよ」


「無理は承知しているのですが、もう少し話を聞いてもらえないでしょうか」


 必死に頼み込んでも無理なものは無理。

 それでも話だけは聞くと、正司はカールに伝えた。


「金貸しガババというのは、金持ちにしか金を貸さない金貸しなんですが、我々は顔を拝むことすらない、幻の存在なのです」


「金持ち相手の金貸し……命を狙われることもありますし、そういった人はあまり人前には出ませんよね」


「まあ、そうですね。ガババはどこで知ったのか金持ち連中の懐具合を正確に把握して、融資を持ちかけるのですね。それなりに高い利率だと聞いていますが、それはまあいいんです。中には返せなくなった者も出るようですが、そのうち担保品が市場に出回るようになるので、まあ、そういうことなんでしょう」


 話を聞いていると普通の金貸しだ。

「その人物を調べてどうしたいんですか?」


 被害に遭った人の依頼だったりすると、教えてもロクな結末を迎えない。


「その金貸しガババの存在に気付いたのは、孤児院が関係しているんです」

「はっ?」


「あなたが建て直したあの孤児院ですが、定期的に匿名の寄付があるようなんですよ」

 いつの間にか正司が建て直したことになっている。


 旅の土魔法使いという設定はどこにいったのだろう。


「その匿名の寄付がガババだというのですか?」


「ええ。そこからガババが金持ち専用の金貸しをしているところまでは調べられたのですが、そこから先がとんと……」


 つまりカールは、一応自分で調べたが、これ以上は無理だと判断したらしい。

 どうやら孤児院については早くから目を付けていたらしく、正司が建て直しをしたときもすぐに情報をキャッチできたのだろう。


 以前から子供たちを懐柔していたのかもしれない。

 ウオンナのことを知っている以上、かなりの数の子供たちとも顔見知りである可能性も高い。


 もちろん院長のワブルの元にも何度も通っているはずである。

 今回の建て直しも、金貸しガババの仕業かと思って調べてみれば、まったく別の存在が浮かび上がった。そんな感じだろうか。


 その人物は、ウオンナの両親が生前頼んでいた服を探し当てたりと調査能力に優れている。

 これはとカールが思っても不思議ではない。


 一方正司は、カールの言うような能力は一切無い。

 だが匿名で寄付するという行為と、金持ち専用の金貸しという職のギャップに興味が出てしまった。


(これは日本の昔話で言う義賊? 鼠小僧のようなことをしているのだろうか)


 人の物を奪っているわけではないので厳密には違うが、金持ちから貸した金の利子を頂戴し、それを貧しい人に配っているのかもしれない。


(話を聞く限りだと面白そうなんだけどなぁ……)

 いかんせん、正司には調べるような能力は皆無である。


「それでカールさん。ガババを調べてどうしようというんです?」


「どうしようもしません。これは私個人の趣味……でしょうか。謎が謎のままだと我慢できないのです。それに本当にヤバそうなネタは売りませんしね。たとえばタダシさんのようなネタはとくに」


「……えっと、私のネタというのは?」


「ミルドラルが秘匿している魔道士ですよね」

「えっ?」


「ですから大丈夫ですって。ミルドラルの公館に入っていった馬車は私も確認済みです。タダシさんは公館には泊まらず、ここでいろいろと町のことを調べていたのですよね」


 分かりますよとカールは何度も頷いた。

 どうやら、正司の調査能力を買われて、国情を偵察しにきたのだと思われているらしい。


「いや、あのですね。リーザさんとは途中で出会っただけで」

「そういう設定なのですね」


 だめだ。情報屋のくせに人の話を聞かない。

 そう正司は思ったが、カールとしては他に考えようがなかった。


 リーザたちと一緒にやってきたのは把握済みだし、一度ミルドラルの公館に訪れているのも分かっている。


 それ以外の時間はなにをやっているかと、情報を集めてみれば、町の中をふらふらしている姿のみがあがってくる。


 先ほどのようにカールが考えるのも頷ける話である。


「大丈夫です。だれにもいいません。そもそも今回の金貸しガババについても、タダシさんの件に関しても、悪用するつもりはまったくないんです」


 純粋に好奇心が強すぎてしょうがないから情報を集めたし、人に渡して差し障りのないものはちゃんと選んでいると、カールは力説した。


「いや、そういうわけではなくてですね」

 どう説明しようかと、正司は頭を悩ます。


 リーザと偶然であって、たまたま目的地が一緒だったから馬車に同乗させてもらったと話すのは、いかにもうさん臭い。


 公女が初めて会った旅人を馬車に同乗させるのかという話である。

 そもそも旅人は公女に近づかない。


 あのとき正司はリーザが公女であることを知らなかったので、クエストを発生させるためにお近づきにとホイホイ乗ったが、通常ではありえない。


「タダシさん、どうかされましたか?」

「いえ……何でもありません」

 説得を断念した正司であった。


「そこでですね、できれば引き受けていただきたいのです。報酬はそれほど出せませんが、何かあれば力になります。どうですか?」


 正司は悩んだ。


 正直、ガババの話には興味がある。

 だが、本当にカールが信じているような調査能力はないのだ。


「まあ……そうですね。やるだけ、やってみます」

「本当ですか、ありがとうございます」


 クエストの為ではない。

 たまには好奇心の赴くままに行動してもいいのではないか。


 そう考えたのがひとつ。

 もうひとつは、リーザに聞いてみようという、単純に人任せな考えだった。


「では分かったら、私のところへお知らせください。荷担ぎ屋のカールと言えば、だいたい通じますから」

「はあ、分かりました」


 この町に来たとき、かなり急な上り坂があった。

 あそこで立ち往生した馬車を後ろから押す人たち。


 リーザの馬車は正司の魔法で必要なかったが、あれで町に入ったのだから目立ってしまった。

 その頃からすでに注目されていたのだろう。


 荷押し人も使っていないのに、余裕で町に入ってきた馬車。

 そこから一人だけ下りた正司は、早い段階でカールの耳に入ったのかもしれない。


「……まあ、やるだけやってみるか」


 金持ち相手に高利貸しをして、まるで義賊のようなことをしている金貸しガババ。

 それはいったい、いかなる人物なのか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ